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とりかへばや・国文大観2 - (2015/02/10 (火) 16:20:48) のソース

<p>吉野の山の嶺の雪、おぼつかなからぬはどに、ふみな<br />
らし給ふ御恨さへ、解くる世なきほどながら、月日もはかなく過ぎて、女君の御うぶやの程<br />
にもなりにけり。恐ろしく危ふき事におぼしさわぎて、ひまなきみどきやう、すほふ、大殿に<br />
もあやしながら、人め例ならす見せじと、そへ始められたる御いのりども、殿の内ひまなき<br />
四八入<br />
----<br />
ひじ ほきぐご くロく ひドハぴいほヨへ<br />
7で・こち窘奮しにや・か撃よりはればれしか事のみ惱み碆給ひしを・いとだひ<br />
らかにをかしげ探る女にて生れ給ひぬるを、おぼしつるはいの如く、行く末かみなく思ひや<br />
らる、さまにておばするを、いみじき 事に、おと.いおぼしよろこび、御うぶやの儀式ありさ<br />
ま、限ある事にことを添へ、急ぎさわぎ給ふさま、ことわわにも過ぎたり。大殿よりも、御湯<br />
殿の事などまで、おぼしやりたるさまこちだきを、かひがひしう待ちとうはやし給ふに、す<br />
べてたがふ所なく、唯宮の宰相なるちむの御かたちなるに、.さればよとうち見るに、胸はつ<br />
ぶれて、うとき人にだにあらで、昔よりへだつる事なく、かだへにまつはれたる人にしも、い<br />
かに怪しともをこがましとも思ふらむと、班かしく心憂きに胸いたさまで思ひあまう、こも<br />
ちの君、いみじかうつる事のなこう、綿などうちかつぎ、所せげにくゝみ臥せられて、寢給ひ<br />
つるに、さし寄うて、「ものけ給はる」とめる聾に、うち驚きて見あげ給へれば、だいなる時だ<br />
に、いみじうはつかしげに、おぼろげの人見えにくきを、まいて思ふこゝろありゝうちはゝゑ<br />
みて、「これはいかゞ御覽する。<br />
この世には人のかだみのおもかげを我が身にそへて哀とや見む」とのたまへる班かし<br />
げさに何事かば言ばれ給はむ。顏をひき入れ給へるもことわりなりや。いでやさばれ、かく<br />
ありはつべき身ならばこそは、世の人の見思はむ言の葉を、聞き入れられ奉るもあいなし、<br />
すべて、我が身のよつか諏をこたうのみこそ思ふにも言ふにもつきぬ心ちすれと、涙さへ落<br />
つるを、さばかりもてさわがるゝに、ゆゝしと見る人もこそと、煩はしければ、立ちのきぬる<br />
----<br />
名殘も、女の御35のうちぞいと苦しう清えぬばかりなれど、人はいかでか思ひ知らむ。ひと<br />
つに喜びて、殿うへ御湯殿、大將殿のうへむかへ湯などもてさわがるゝに、中納言の御あり<br />
さまありますさまじうと目といむる人もこそゐれど、人がらのあまり思ひずまし.さま悪し<br />
からすもてしづめたまへけるなめりとそ見なしける。七日の夜、大將殿の御うぶやしなひに<br />
て、上逹部殿上人殘'りなく參りつどひたるに、・宮の宰相のみぞいたはる事ありて參らぬ'に、<br />
いかにと人知れず思ひ截はれしを、たひらかにねんじなしても、人のうへにうちきゝて、遙<br />
にいぶせきに、おぼしあまふ、左衞門がつぼねにおはしけり。「かばかりのちぎかをおぼし知<br />
ら松にはゐらじ。唯今宵いめばかり」と責め誠ひ給ふを、いとわりなき事と思へど、いと心苦<br />
しきに、のぼうて見れば人々は皆出で居たり。おとなしき人は、峯盤所の方にて、とかうこと<br />
澄きて、おぼうへの線どもなど見給ふ事どもありて、我が御方におはしなどして、こもちの<br />
御方、なかなか今宵ゆくてなどして、人すくなにて臥し給へり。なかなかきもありぬべさま<br />
ぎれかなと見て、おんとのあぶらなど、とかく紛はして入れてけり。女君、いと折あしとおぼ<br />
し寡がら、あ雀がちなりける契わのあはれにのがるべくもあら浄めつる●に、いと暗くあらぬ<br />
ほかげに、いとさゝやかに細うをかしげ鳳る人の、色は隈なく白きりに、白きき諏どもにうつ<br />
もれて、かし・うに菊のうへおぼえて綿ひき散されたり。こぢたく長き髪をひきゆひてうちや<br />
りたるなど、かくてこそまことにをかしう見まほしけれと思ふ8に、大かだはかをう滿ち、い<br />
みじうなつかしげなり。よりつをかきつくし。さばかり隈なく色めかしく色好みの深ぐ哀と<br />
九。<br />
----<br />
九一<br />
35にゑめられむと、つくし給ふ言の葉けしき、なにのいばきも靡きつべきに、女君も、心づよ<br />
からすうち泣きて、いみじう哀げなるけしきに、いとゞ立ちわかるべき塞もなし。とには、中<br />
納言拍子とうて、伊勢の海謠ふなる聾、優れておもしろう聞ゆるを、あやし、かばかりの人<br />
を、心にまかせて見つゝ、などてうとかうけむ、さばかりのかたちのに.はひやかに、海をやぎ<br />
をかしきにばたがひて、いみじう物まめやかに、怪しさまでもてをさめて、い老い詑う物を<br />
思ひ亂れたるさまの常にあるは、いかばかりの事を思ひしめて、外にうつろふ心のなかるら<br />
むと、ゆかしき事ぞ限なきや。まだ事もはてぬに、中納言きぬどもを人に脱ぎかけて、いと<br />
寒かりければゝ截ひて衣着かふとて、紛れ入命給へるに、帳の内に、あきれ戴ひさわぐ∴氣色の・<br />
怪しさに、さしのぞき給へれば宀おきかへる人は、帳よりとに出でたるべし。い虎くさわぎ<br />
て、勗だ\うがみなどおとしだなり。女君、いみしとおぼし入ふィし、隱さむの御心弛なきに、<br />
やをら寄わて、扇の枕上に落ちたるを、火のもとにょうて見れば、赤き紙に竹に雪の降うだ<br />
るなど書きたるが、塗骨に張りたるに、裏の方に心ばへある事ども、潔らひすさびたる、その<br />
人のなりけり。さればよと思ふに、かく紛れむとてこぬにこそあ參けれと思ふにいみじう妬<br />
かるべき事のさまなれど、さしも覺えす。男ばさこそあらめ、女ばし勢、いと深くはおはせぬ<br />
折と言ひながら、今始めたる事ならねばなかたちの人も知らぬやうもなかうつらむ、かうな<br />
どせうそこしけむものを、かゝる程のうちとけ入り給ひつらむは、おぼろけにおぼすにはあ<br />
らぬなめり、かの人の志にまかせて、嬉しとは思ひながら、なま心おとうせぬやうはあらじ<br />
----<br />
かし、いと班かしき人もかつはうち思ふらむかし、のどかに我なきひまひまも多かるもの<br />
を、かばかーちとけ給へる程のいみじう騷がしうのゝし夷る折し諮寃る人墓8ら<br />
む人めこそ、我がだめ人のためいみじういとほしければ、いかにすべき萬にかあらむ、さう<br />
とて、このあたうにかき絶えなむも人ぎゝいとかろがうし、さりとてかくのみかだみに人目<br />
もつゝむまじかめるに、知らす顔にて過ぐさむ事もいと心なき事と思ひ亂れて、あそびや何<br />
やかやとあれど、いたうももてぱやさす。このうぶやのほど過ぎぬれば、例の吉野山に入り<br />
てそよりつおぼし慰めける。そのほどのこといもくだくだしければ、さのみ書きつゞけむや<br />
は。宮の宰相・は、忍ぶる道の逢ふ事かたき戀ひ思ひに、なげき沈みつゝも、これは心をか・は<br />
し、をりをり過ぐさぬゆきあひに心を慰みて、例のくせは、これは限なければ、ひとつことの<br />
みやは。あるべきにはあらす。中納言の漏う聞かむ斯も、いとかたはらいたし。なは宣耀殿の<br />
ないしのがみはしも、かぎりなくをかしうて、人に心おかるゝふる按ひは、思ひのどめられ<br />
なむかしと、猶思ひなされて、又立ちかへう、"宰相の君といぷ人を、なくなく語らひ盡して、<br />
いかなるまぎれにかありけむ、御物忌かたうて、梨壷にも按うのぼう給はぬ夜入わにけり。<br />
かんの君、あさましういみじとおぼす.に、物も覺え給はす。さはいへど、つきづきしく心深く<br />
ひきつゝみて、動きをだにし給ふべくもあらす。泣く泣く恨み侘びて、明けぬれば出ですな<br />
う諏。珍らかに、かたみにわりなしとおぼせど、言ふ方なくて、かだき御物忌に〉」とづけて、<br />
帳のかたびらおろしまはし、もやのみすも參う渡しなどして、ぬもなる人うへにもあげすな<br />
四九二<br />
----<br />
四九<br />
どして、心しりの二人ばかりぞわりなく思ひ誠ふに、男は、名高くいぱれ給メ御かたちを、ゆ<br />
かしくいみじと聞き思ふ御有樣なれば、見奉らむと思ふに、白ハ今ばよりつ忘れたり。そびえ<br />
いとちひさきてあだうこそおはせねど、くせと見ゆべくもあらす。みぐしはいとをよりかけ<br />
れるやうに、ゆるゝかにこちたうて、あながちにても見ゆる。御顏は唯中納言の今少しあて<br />
に、かをうすみたる氣色添ひて、心にくゝなまめきまされ.り。あぢきなく心を蠱す中納言の<br />
女君は、あてにをかしげに、こまかになつかしう、らうたげなる事ぞ似る物なき。この御有樣<br />
は、にはひそめてだい目もあやなる光ぞ、こよなかりけるかしと見るに、こゝろぎもゝつき<br />
はてゝ恨みわぶるに、大.かだはいみしうたをたをと、あてになまめかしう、あえかなる氣色<br />
ながら、更にだわみ靡くべうもあらす。心を惑はし涙をつくして、その日も暮れ、その夜も明<br />
けぬべきにおぼしわび鳩かんの君もいみはてぬれば.「殿も參う給ひ、中納言もおはしなむ<br />
を、かくてのみいとわりなかるべきを、まことに深き御心ならば、志賀の浦をおぼいて出で<br />
室いなば、いかに嬉しからむ」と言ひ出で給へる聲の、わりなくあいきやうづきたるほども、唯<br />
中納言なりけり。珍らしういみじきにさへ聞き惑ひ、いとゞ出づべき心ちもせす.)<br />
「のちにとて何を頼みそ契うてかかくては出でむ山の端の月。めづらかなるわぎかな」と<br />
毛いひやらす。<br />
} h志賀の浦とだのむることに慰みて後もあふみと思はましやは。我が君、よし見給へしと<br />
一<br />
ぞうつくしうのたまふに、あやにくならむもわりなくて、たましひの限りといめ侵きて、か<br />
----<br />
らのかぎりながら出でぬ。その後かき絶え御文のかへうもともなく、雲居にもて離れ給へる<br />
.に、すかし出され奉りし事の、妬く悲しう悔しき.に、又このむろはほれ戚ひて、物のひまもや<br />
と、うちにのみ侍(、ば、中納言の參う給ふを見るに、つゆも逹はぬ顏つきの、彼はあてにな寮<br />
,めかし、う心にくき氣色まさう、これははなばなと今めきて、こぼるばかりの愛敬ぞすゝみ給<br />
ふらむかしと見るに.胸つぶれて思はむ所も忍ばれす、ほろはうとこぼるゝをき中納言もい<br />
.と怪しとおぼしたれば、「いはけなくよりへだてなく、みなれそなれて、みだう心ちのうちは<br />
、へ苦し3のみなりまされば、ながらふまじきなめりと思ふにつけてみだれまされば、こゝろ<br />
弱くめゝしきやうに侍るそや」とおしのむふ。「誰納千年の松ならねど、後れ先だつすゑの<br />
露もとの雫こそあはれなるべけれ」といひても。心のうちには、いかに我ををこがましとも<br />
見給ふらむとなしだなけれど、なつかしううち語らぷQかくのみ思ひ侘びてひとつ心にあは<br />
れを知るかたとても、かたみに心のみこそかよへ。わりなき人めの關を、あながちに憚らす、<br />
見聞きつけたらむもなのめならす、いとはしうはつかしかるべければ、かたみにいみじうつ<br />
ゝみ給素はどに、あひ見る事はいめよりもげにいとはかなく難し。今ひとかたはだ、すかし<br />
出されにし後は、今はいよいよもて離れつれなきに、まことに枕よりあとより戀のせめくる<br />
心ちして、左右の袖をぬらし侘びつゝ、かだがだのかたみと中納言のいと見ま濃しかりけれ<br />
ば、すいうなるやうなりとも、いかゞはせむと思ひておはしたれば、出でさせ虎まひぬとて、<br />
梨壺の方を見入れて、歩み進みてはひらまほしけれど、かひなければ、うち歎くをことにて、<br />
四究四<br />
----<br />
四九<br />
「いつち毘で給へるぞ」と問!.ば、一、大殿におはする」と聞ゆれば、そを喪ざまにおはしたり。<br />
大方には忍びて、例の中納言の方なる西の虎いに、忍びやかに入り給へれば、いと暑き日に<br />
て、うもとけときちらして居たりける。見つけて、「いとふびんにむらいにイb侍るに」とて逃<br />
げいるに、「あが君たいさて」といふ膵、聞か麟ば、女もなき班なれば、心安くてついきて入り<br />
たれば、「まことに見苦しう」とうち笑ひてつい居ぬ。「みだう心地のあしきに、對面の久しく<br />
なるは、いみじう戀しく心細ければ、わぎと尋ね參うつること」と恨むれば、「わ・りなしゃな<br />
めげなるに」といふを、「おのれも苦しきにさて侍らUするぞ」とてさうぞく解けぱ、「さらば<br />
よかなり」とて居たり。凉しき方に書のおまし數きて、うち休みて、團扇せさせて物語などす<br />
るに、中納言の、紅のすいしの袴に、白きすいしの軍衣着て、うちとけたるかたちのあつき<br />
に、いとゞ色はにはひまさりて、常よのもはなばなとめでたきをはじめ、手つき身なり、袴の<br />
腰ひきゆはれて、けぎやかにすきたる腰つき、色の白さなど、雪をまうがしたらむやうに白<br />
うめでだくをかしげなるさまの、似る物なく美くしきを、あないみじ、かゝる女の又あらむ<br />
時、わがいかばかり心を盡し戚はむと見るに、いみじう物思はしうて、亂れよりて臥したる<br />
を、{、暑きに」とうるさがれど聞かす。物語などして、暮れぬれば風凉しくうち吹き、秋來にけ<br />
る氣色殊に覺ゆるに、いとおこすべくもあガbす。内侍の督の御方にも露の御せうそこ傳ふる<br />
人もなく、こゝらの年むろの思ひ塞しうなりなば、我が身のあとなくなり綴べきよしを言ひ<br />
つゞけて恨むるさまの、いみじうあぱれなるに、このわヵうにもかくぞ言ひけむかし、げに<br />
----<br />
女にて、心よわく靡かではあるまじくもあるか{仏、さてもうしろめだのわぎや、忍びても、さ<br />
ばかりひとつ心になびかしはていは、それを又なき事に思ひ歎きて、逢ひてもあは腱戀のひ<br />
とつにてもあらす、又かくそへて思ひいふよ、いかにひまなき心のうちならむと、苦しきに<br />
もゝさまざまにあつかはるゝに、忍びがたくて、<br />
「ひとつにもあらじなさてもくらぶるに逢ひての戀とあはぬ歎を」。うちはゝゑみたる氣<br />
色にて紛らはすけぱひ探ど、すぐよかに、おし放ちて見るめでたさは、物にもあらぎわけり'。<br />
身に近くうち添ひて、すくよかならす、亂れたるなつかしさに、更に逢ひての戀も逢はぬ思<br />
ひも、慰みぬる心地しイ、、思はしういみじきに見けるをやと思ふいとはしさも、さし置かれ<br />
で、いとゞかき抱き寄せられて、<br />
「くらぶるにいづれもみなぞ忘れ諏る君にみなるゝほどのこゝろぱ」とも言ひやらす、う<br />
るさければ、「そもだのもしげなるなり。誰にも離れぬかたみとしも、おぼさるらむ」とてお<br />
くるを更におこさす。「まことはあな物ぐるはし。殿の御まへにのたまぶ事ありつれど、いみ<br />
しう暑かうつればうち休みしに、急ぎ立ちて參らねば怪しとおぼすらむ。嚢づ參めて來む」<br />
とて起るを、いかに覺ゆるにか、あやにくにひき別るべき心地もせす。「あが君」とつと捕へ<br />
てわりなり亂るゝを、「こはいかに、うつし心はおはせぬか」とあばめいへど、聞きも入れす。<br />
き拭いへど、をゝしくもてなし、すくよかなる見るめこそをとこなれ、取うこめられてはせ<br />
んかだなく心よわきに、こはいかに玄つることそと人わろく涙さへ落つるに、さても珍らか<br />
九六<br />
----<br />
九七<br />
に、あさましくとば思ひながら、哀に悲しき事、かだがたの思ひ、ひとつにかき合せつる心ち<br />
して怪しなど思ひ咎められむも・、事のよろしき蒔の事なりけり。殘る隈なく晃盤しつと思ふ<br />
に、かばか釦心にゑみて、覺ゆる事のなかうつるかなと覺ゆるぞ、心まどひの一つなるに、か一<br />
丁ごく、曇れて、あ嚢しかりけるなども、思ひわおけしきなるを、中納言はいかに思ふら蘭<br />
一むと悲しう、世にながらへて逑に我が身のうさを人に見え知られぬるよと涙もといまらぬ<br />
けしきの、美くしう哀なる事ぞ似るものなきや。「我もなくなく、今ば片時離れてもえあるま<br />
じきをいかやすべき」と言ひ侘ぶるに、夜も明けぬれど起き出づべき氣色もなし。今ぱいひ<br />
はしたなめても馬我が身のよつかぬ有樣を見知・5れ諏れば、だけかるべきゃうもなし、心を<br />
荒だてゝも、あさましき世語うに、きるべき人とうち言ひ出でゝもいかゞはせむ、吉野の宮<br />
ののたまひしやうに、これもこの世の事ならす、さるべき契にこそはありけめとおもひなす<br />
に、いともて離れがだければ、「あはれ、げに人目のいとれいなきやうなるを、圃じ心にあひ<br />
おぼゝして、人目見苦しからすもてなし給はいなむまことに深き御心とは知るべき。世にう<br />
もれ、人々しうなどはおぼすべき身ならねば、いつもいつもさうげなくて、かばかりの對面<br />
はかたか乃べきにもあらす」といとなつかしげに語らひ慰めて出すも、げにさることゝ思へ<br />
ど、唯片時立ち離るべき心地もせぬに、おき別れむ事の侘しうおぼゆれば、かへすがへす誓<br />
ひ契うてからう・bて出でぬる名殘も夢の心ちして、なぞや世に清えやしなましと、この人に<br />
出でまじらふもはつかしうあさましうもあべいかなとお毛へど、殿うへのゑばしも御らん<br />
----<br />
せぬをばいみじきものにおぼしたるとおもふにぞ、せめて引きとやめらるゝこゝちする。れ<br />
いのまつうち笑みて限なき御氣,色にうちまぽう給ひて、「今宵はこゝに物せられつるか。宰<br />
相の中將の、文のこと問ふべきことあめとてわぎとまうできたうつれば」と聞えても胸うち<br />
つぶる。「右の大殿の、うちにいみじう思ひ歎かるなりや¢猶人の恨なく、もてなされよ」との<br />
たまふも、かだばらいだきに、「人の御恨ある。へきもてなしありとも思ひ給へぬは」とこだへ<br />
たるもことわりなり。御まへにて御臺など唆ゐうて、出で給ふぼどに、宰相の文、<br />
「いかにせむだいいまの間のこひしさにゑぬばがりにもまどはるゝかな。くれぎらむに、<br />
あが君あが君」とぞある。うけひきかへうもとせぎらむも、我が身いとあやしかるべければ、<br />
例のすぐすぐしううち書きて、<br />
「人むとにゑぬるゑぬると聞きつるも長きは君がいのちとそ見る」と殊更に書きたる、筆<br />
のだちど書きざま目も及ばすそ、今朝はいとゞ見なさるゝや。このくれのあふせを、いかに<br />
とも書かぬ、いなとやといと侘しければ、又立ちかへう、<br />
「死ぬといひいくらいひても今さらにまだかばかりのものは患はす」。右の大殿におはし<br />
ぬるにぞ、持ちて參れる。いとうるさけれど、心をやぶらじと思ふばかりに、<br />
「まして思へ世にだぐひなき身のうさに歎きみたるゝはどの心を」・げにと待ちとうぼろ<br />
はうといとゞなかるゝ◎すなはち右の大殿におはしたれば、中納言、いと人め怪しかるべき<br />
に、出でゝだに逢ひなばのがれやらむやうなしと思ふに、いとむつかし5うるさければ、「ひ<br />
四九八<br />
----<br />
九九<br />
るよりみだう心ち苦しうて、え獵面賜はらぬ。かしこまりは殊更にまゐうてなむ」といとす<br />
くよかに言ひ出でたり。恨めしう悲しきに、人めもえつゝみあへす。「聞えさす"へき事ありて<br />
なむ・猶此集。憲し出でさせ給へとの仙祁へど・畳しから麗は・いかでかおはしまいだ<br />
らむに、みつから聞えさせ諏やうは侍らむ。亂りむねいとふかくに起うて侍る提なれば」と<br />
て出ですなりぬるが悲しう侘しき卩に、わりなくうち忍びて、哀ゑる人略諸共静らむかしと思<br />
ひやらるゝに、このわだうは、かだかたいと立ち離るべきかたなきぷるさとなれど、人め怪<br />
しかうぬべければ立ちかへる心ちにも、あるにもあらす歎きあかしつ。中納言弦おもなく交<br />
らひて、この人に見えむ事のまばゆきに、みたり心地にことづけて、とにも立ち出で給拭ね<br />
ば、宰相の中將、H々に立ちかへう恨みわび、いかにいかにと問ひきつゝも、かひなくてのみ<br />
かへる心地、いと侘しかうけわ。からうじて内へ參う給ふと聞きたまふに、心もさわぎて、あ<br />
うありてうち見給ふ心ち獄、年むうもかくこひつくせど、ゆきあはぎらむ人を見つけ允らむ<br />
35地して、心雲どひのするなかに、中納言もうち見合せ♂し、氣色異に顔赤みて、いみじうもて<br />
しづめて、物遠くすくよかにて、馴れ寄るべくもあらぬに、よそに見るこゝち、猶いみじう、<br />
心もとなくわびし。御前にめしありて參うたれば、例のけぢかく召し寄せて、れいのないし<br />
のかみの御事なりけわ。うちまもり御覽す、中納言のかたちの、いみじうにほひやかに、見ま<br />
ほしきを御覽じて、かんの君のいとよく似たりと聞く角げにこれが髪長くて、よくけさうし<br />
ひたひ髪長やかにかゝわだらむは.天女の天降わだらむも.麗しう・とさとしかうぬべし。こ<br />
----<br />
れ陸讐ゑ蓐うづき・華かな華まは・並ぶ人穹じをなど覺しや歪・縫御b<br />
んせではあるまじく、わりなき御心地せさせ給ひけり。けぢかくならしては、宰相にご命に<br />
たれば、・まめやかに畏まうて、いかにもよのつねの有…樣を、思ひ離れたるさまを、すくよかに<br />
奏して侍ふが飽く壁なく御覽せまほしけれぱ、むさにいださせ給は繊を、宰相は我がや5に<br />
御らんじつけだらむ時、例なきさまにても、御横目あらbかしと思ひよるに、いつも御らん<br />
じつけては、かくのみかたらひなづさはぜ給ふと見しかど、日むろは何とも思ひといめられ<br />
ざりしを、うしろめだく胸のみつぶれて毒もゝうなし。から'5じて御懿んを立ち出でたれ<br />
ば、待ちうけて、れいのやすみ所にする所につれて行くを、せめて唱えひき唱離れす、諸共に<br />
御とのゐなどやうにてとい、まうぬ。この君だちの候ひ給ふ時は、殿上人などもいと心殊に思<br />
ひて、殿居所につどひあつまるに、宵のほどは、物騷しうむつかしければ、こ雲やかなる物語<br />
のやうにて、いたく誰をも見入れすなりぬれば、とかくゆき別れぬるぬどに、泣き恨み給ふ<br />
さま、いみじうあはれなり。「人めもいと怪しかるべし。あが君や、綾ことにあひおぼさば、い<br />
とかくいち、じるく、なもてなし給ひそ。見るめのかたく、ゆきあふせあるまじき事こそ、かや<br />
う・にぱおぼさめ。あけくれかくさしむかひ、御らんせらるゝにぱ、何の珍らしきふしにかさ<br />
もおぼさるべき。唯よつかぬをこがましき身のありさまを、殊更にもてかろめたまふべきな<br />
めりとなむ思へば、いと誌心うき」と向ひびつくちてえんすれば、「かうの給ふ、いと心憂く<br />
わびしく、なかなかよのつねに、あふせ難からむことはどてもありや。かうて見奉るこそ、お<br />
----<br />
し放ち略手くよげ給へる覧るミ裳どひの例竃譬書方苳しとてわ豢畿<br />
氣色なるも、哀ならぬに獄あらねど、さりとて、かくのみ戴嫉し立てられてのみも、いと怪し<br />
う、よつか颪身の有樣も顯はれぬべければ、猶入め見苦しから顕程にをと契る唱、いと堪へ<br />
がだき・とに思ひ菽ひたり。忍びわだうの事をほのめかし出でゝ、「氣色は皆知り侍りにしか<br />
ど、何とて我が身は例のやうならで、誰にもあやめ顏ならむと思ひ侍りしかば、唯破れぼれ<br />
しきやうにて渦ぎ侍るを、さるべからむときどきはいとはしげなる氣色も慰めさせ給へ」と<br />
言ひ毘でたる畠に、いみじういとほしければ、煩はしき思ひ交らねば、心安くへだてありては<br />
見えじと思へば、始よりあらしさまを委しう語うて、それに心慰むまじきよしをいふ。いで<br />
あな心う、れぐひなげなりし氣色を、かくいぶに、これこそはつきぐさのうつろひやすき心<br />
なめれと見るに、あはれと思はむ限は、うちはのめかしいふべきにもあらぎめり、又思ひう<br />
つろふ方あらむ時はー、珍らかなる事のありしやと、言ひ田でむと思ふに、いとうしろめたう、<br />
かゝる入にしものがれぬ契のありけるよと思ふも、いと心憂し。かうのみしつゝうちにもい<br />
つくにも、身を去らぬ影の如く立ち添ひたれど、まことに思ふ心のゆくばかりのあふせは、<br />
いとかたうのみもて潔しつゝ、大か禿はいとなつかしううち語らひ心勝ひ見るぼどぱ、怪し<br />
かりける身のえさらすのがれざりける契うを思ひ知り、いみじう靡き、冷がら立ち離れだち<br />
城れば、きはーいへど、心に任せつべ・きゆ"さあひを、颪馬に心安くもあらす、わ・り{仏くあ∵りが虎う<br />
もてなすも、いと侘しうなりまさるに、思ひ煩ひ忍ぶる人になど、時護言ひす\めて、我は<br />
----<br />
知らす顔にて、いとより、さうぬべきひまをつくう幽でゝあひ見するρげにいと珍らしう、哀<br />
にいみじき心ぎし、これこそはよのつ煎の事と思へど、猶中納言に、なからすぎはわけてけ<br />
る心なれば、例の事に覺えなりにたり。心弱くせめてもて離れた,る、さまざまの事のみまさ<br />
うてわりなけれど、彼にさし離れたるほどの心なぐさめに、はだことびとを見るべき心ちも<br />
せすQこれはその紛はしばかりのむつびにや、哀になつかしう、今は大かだの人めばかりを<br />
こそつゝめ宀中納言の聞きやつけむの、恐しきかたは失せて、ありしよりもしげううちほの<br />
めきわたるに、女もこよなく亂れにたる心地していとよ5靡き、あはれなるも、つらき人・は、<br />
まつ胸潰れておぼえけり。中納言、この氣色は皆へだてなく、見聞き知り給へれば、あやしの<br />
事どもやと、をかしうもよつかすもうち歎かれつゝ、今はたまいて、女君に見聞き知る氣色<br />
ばかりも見せす。いつまでかはと思へばいとなつかし♪うち語らひて、例の月毎のおこる事<br />
のあるによりへめのとのなの六條わだうなるに、はひ隱れて物し給ふに、宰相は尋ね來にけ<br />
るものから、まちかき柴垣のもとに立ち隱れて見たれば、うちゑぐれつゝ曇りくらしたる夕<br />
の空の氣色哀存るを、簾垂卷き上げて、紅に薄色の唐綾重ねて、詠め出でたるゆふばえ、常よ<br />
うも隈なくはなばなと見えて、つらづゑつきたるかひなつきなど、物をみがきたるやうにて<br />
涙をおしのむひて、<br />
蒙ぐれするゆふべの室の氣色にも劣らす顧る義がだもとかな。いましもあらじ璽<br />
が身に」とひとりも"りつゝながめ窪し繊繪に圭口くと戦筆及ぶべく謬らす。や叺住<br />
五<br />
----<br />
五。三<br />
相は、、心まどひまさりて、ぶと寄り來るまゝ.に、<br />
「かきくらし涙玄ぐれにそぼちつ、だつねぎりせばあひ見ましやは」。思ひかけぬに驚か<br />
るれど、をりはたあ・はれなれば、<br />
「身ひとつにゑぐ惚ゝ塞とながめつゝまつとばいぱで抽ぞぬれぬる」。けしきをだに人に<br />
知られでばひ隱れ、輔人詠め給ひけるほどの、つらさをも言ひやらす、「かうのみつらき御心<br />
ならば、更にえあるまじうなむ、思ひなちゆく」と言ひ鑑しつゝ、いと心安き所なれば、うち<br />
重ねイ、臥し、よりつに泣きみ笑ひみ言ひつくす言の葉、まねびやらむ方なし。萌くるも知ら<br />
.す、諸共に起き店つゝ見るに、近づくべくもあらず、あきやかにもてなし、すくよかなるこそ<br />
をゝしかりけれ、亂れたちてうち靡きとけたるもてなしは、すべてたをだをとなつかしう哀<br />
げに、心苦しうらうたきさまぞ限なきゃ。例の人は心ならぬ歎きむすぼ、れながら、うちと<br />
けぬとても、猶よのつねなりけり。はとに我も人も、みならひたる人の、ひきかへ心苦しう匂<br />
ひゃかにうち靡きたはぶれもするに、げに懐かしう安らかにとけたるもてなし、はだ言はむ<br />
方なく、これを出し立て、よそに見る時もあるはいみしきわぎかなと、ひとぶるに籠めずゑ<br />
て、我が物に見按ほしきまゝに、「年頃は例の男の御ありさまと見るを、かくて見奉る蔵いみ<br />
じきものゝ姫君よりもげになむ覺ゆるを、もとの御有樣もさこそはあめるを、今は忍びて女<br />
ざまにて籠り居給ひね。かくてのみは、心のまゝに見奉るべき故も、げになき事な離ば、いみ<br />
しうなむ侘しき。昔よりかゝる申となりぬればいみじうあるまじき事」といへど、「そのびん<br />
----<br />
なきに隨ふこそ例の事なれ。御だめに略いとあやしき御有樣なり」とひだぶるに我が物と見<br />
なして、おきふし語らぷを、げにさる事にはあれど、かゝるさまにて、あるべくめうつきにけ<br />
る身の、俄にさて入り居なむも怪しかるべければ、さらばともえ思ひならぬを、恨み泣きつ<br />
ゝ臥し趨き、いと思ふさまに胸あきて、れい籠う居給へる程よむも、多く遒ぎ行くに、右の大<br />
殿又いかにおぼし歎くらむとおぼしやるもいと苦しければ、御文聞え給ふ。「例の心ちの常<br />
よりもをこたう侍らねば、かうてのみ籠うはべるに、つひにいかになりはつべき身にかと、<br />
心ぽそき.にそへても、<br />
ありながらあるかひもなき身なれども別ればてなむはどぞ悲しき」とあるを、こゝにば<br />
「いかならむ御心地もうち任せ給はむこそよのつねならめ。時々さし離れたる御はなれゐ<br />
め、心得すなむ、いかなるべき御なからひにか」とおとゞなげき人々うちさゝめき思へる氣<br />
色見え、心ひとつには、身のをこたりを思ひゑれば、ことわりに身のみつらう恥かしきに、か<br />
うのみ心をやうて、殿のの給ふもいとほしう、忍ぶる人もいとありしやうにはいられすなり濫<br />
にたるを、かきつゞけながめ給ふほどに、この御文を、殿もさすがにゅかしう覺して、まつひ<br />
きめけて見給ひて、ゆゝしきことをものたまふかなと、つら挙も忘れうち歎かれて、「などか<br />
くのみ心えすあつしう物し給ふらむ。人がら末の世には、いとあまうすぐれて、せうそくに<br />
は過ぎ給へるぞゆゝしきや。御手などこそ、いとかうは人の書き臨でぬわ頴を」とうち返し<br />
見給ひつゝ、御かへうあはれと見給ふばか・りと、そゝのかし給ふに、いとゞこ\ちも、おくし<br />
五。四<br />
----<br />
五。<br />
懿載駄験い義蕘痞》え善で誉護ふるし。いとをかしげし<br />
書き給へるを、ゆかしげなき沸.爭なれば宰相に見せでもあらばやと思ひてひろげさせぬを、さ<br />
なめりと見ながら、あながちにはひとちて見るに、ふとむねつぶれて、さこそいへ、見るに顏<br />
の色うちかはう、まめだつけしきの猶いみじう物深げなるを見るに、かゝる入を頼みて我が<br />
身をもてかへて入り居なむよなど、だのもしげなく覺ゆるに、宰相は、千代の命延びぬる心<br />
ちして、か餮参ゆな、趨き臥し嚢墾れて、あ世毯嬰で契恚咢ひて、象広り』<br />
數の多く過ぐれば、出で給ひなむとするを、「浚だいかにもて離れ、殊の外なる御けしきなら<br />
む」と言ひかへして恨むれど、さてのみあるべきならねば、こしらへ出して、我も所々に出で<br />
ぬ。かくのみする程に、十月ばかりより、おとなしの里に居籠ることゝなりて、心地れいなら<br />
す。かゝらむと思ひよらす、唯いかならむと心細く起き臥しつゝ、これ蹟かくれ所もとむべ<br />
き心地ならねば、右の大殿にお蹟すれば、女君、いとあてはかにらうだげなるさまして、かう<br />
物し給ふぼどは、よりつ思ひけちて、あだうも離れす、あつかひ歎き給へるは、見るにいと哀<br />
なればなからむ後のしのび所に、おぼし萬つばかりとお唱へば、心といめて哀にうち語らひ<br />
給ふ氣色を、父おとゞは嬉しう35ゆきて、御いのうや何やと立ちさわぎて、思ひあつかひ聞<br />
え給ふ。女君も又たいならすなりたまひにけり。あ雲ううちしき動かたはらいたき事と覺せ<br />
…ば、人にけしきも知らせ給はす、いつかたにも入しれぬ。宰相は、を・れいなら添、籠り物し給<br />
----<br />
へば、おぼよそばかりの慰めだに、人め繁からむを思へば、文をだに、思ふ心ゆくばが・りは書<br />
きやらす、わりなく思ひ歎くほどに、しはすばかりにもなりぬ。ぷし玄づみ、おどろおどうし<br />
から諏御心ちなれば、大殿ばかりには絶えす參り逋ひ給へど、物も更にまゐらす、いたくお<br />
もやせて、つゆ橘柑子やうの物も見いれす、つきかへしなどし給ふを、殿もおぼし惑ひて、御<br />
いのうひまなくおぼしさわぎ給ひたるに、中納言の御心の中に、さる人こそかくはあれ、こ<br />
の女君なども、かくこそは物し給ふめりしかとおぼし合するに、言はむ方潔く心憂く、まこ<br />
とに今ぞあとはかなくもゆき隱れぬべきこゝちする、心ひとつには思ひやるかたなし、さう<br />
とてわれこそかゝれと人に言ひ合すべき事にもあらす、親などにしもまちおぼさむ事、いと<br />
いみしう耻しきをはいかゞせむ、猶かの人にや知らせて、同じ心に思ふべき、逢ひ見ぬ戀の<br />
かきなる要ゝに恨み侘び、忍びかねても、人目をつゝむべくもあらぬもいとわびしう、又あ<br />
やしかりける我が身の契を思ひゑるにも、この人はさし放ちがたうあはれなれば、六條わだ<br />
うにゆきあひて、まち聞かむ所も恥かしけれど、をのこの姿となり給ひにければ、さはいへ<br />
どおもなく、「かういみじき事を歎き重ねるに、月頃になればいとちぎうもうらめし5、疎ま<br />
し嚢で窘しと言ひ出でたるを、宰相蕩に撃bかにあ婆しと闘良駅と淺から労<br />
ける契を、なくなく言ひ知らせて「かゝる事さへ出できぬとならば、猶はじめも聞えしやう<br />
に、むす.ぶの祚の契をたがへぬさまにおぼしなりね。かくてのみは、誰が爲もいと堪へがだ<br />
くなむ◎差れもたれも何と嫁く苦きほどなるこそ、うちわだうなどにて、常に同じ所にある<br />
。六<br />
----<br />
丑。七<br />
もつきづきしけれ、おの.おのおとなかんだちめなどになりぬれば、殊なる事なくイしは、えう<br />
ちわたうなどにて御とのゐもなし。里にてもかたみにゆきあ♪ハ事、人讎をおぼせは、おぼろ<br />
けならぬ限はなく、見まはしさもあまりわりなきを、か、る序に、身をなきになしつとおぼ<br />
τて、聞ゆ懐護讐給ひ餓。かゝる御妻塔は、いかでかあゑき、.とそ。唯荏せか<br />
し」と言ひ知らするも、いと趾かしうさることなれば、今はかゝる方にても、あるべきものに<br />
覺し慰みたるに、あらはれて今は籠う居ぬと人に知らるべきならねば、殿のうへ辰も知られ<br />
奉らで、閉ぢ籠うおぼし歎かせむも、いとほしうおぼゆ。よつかすなりにける身を、思ひ知り<br />
しよわ、世にばあらであらばやと、思ふこゝろは深くなりながら、殿うへのおぼさむ所に憚<br />
うて、今まで世にながらへ1し、怪しき有樣を、人に御らんせられぬる事、我が身のばてもなくゑ<br />
なしつる、心憂くいみじき事とてはなばなとあいぎやうづき、美くしげなるかたちの露のま<br />
よひありて、物思ふべくもあら諏に、いみじうおぼゝれて、袖を顔におしあてゝ泣きいり給へ<br />
るが、例なき有樣を思ひとくにば、をかしうあさましけれど、見るには、七八尺の髪ひき垂れ<br />
て、その遣はことわりうけたらむ女もなかなか何にかはせむQさまかばめて、をかしうあは<br />
れなる人がらなるに、宰相はいとゞことわりなれど、「すべてこはさるべきにこそは。かう巻<br />
おぼし入りそ」と泣く泣くこしらへて、今日明日にても、このさまをかへて、籠う居給ふべき<br />
よしをいぷ・げにか5ながらはあゑき事駿もわらね興ミそはあゑきな瞬れと思ひな<br />
τ鬟、交らひ煢にたる世の思ひいで多し。塞砿る.、とのみ、はるけやるべき方なきをも<br />
----<br />
とゝして、さばかりいみじう涙を流し、言の葉を蠱し給ふは、こはげにさ思ふにこそと思ふ。<br />
宰相ばうちあかれぬれば、いみじき文かきをしつゝ、うつ墨繩にはあらす、ともすればこの<br />
女君"、我にけしき見するだび、見せぬだびさしまじゆつゝ、うらなくだにあらす、忽ぴまぎ<br />
るゝ氣色を見るに、このはども又たいならすなりにたるを、かうのみあ浚だになりにたる契<br />
のほどを淺からす知らるゝなるべしと見るに、たぐひなくひとすぢならむ志に今だに.かば<br />
かうの我が身のおぼえつかさくらゐを捨てゝ、深舞山に跡絶えなむは、後の世の思ひやうだ<br />
の迅しきに、この世はかへつる事にても、そは悔しかるべきやうなし、人がらのをかしうな<br />
まめき箆る事こそ人にことなれ、かばかもの人に身をまかせて、入り居なむ我が身のちぎ参<br />
はいと飽か綴ことなるべきを、まいて人の心きはめてだのもしげなく、あまうあだめきすぎ<br />
て、この綾しう色めき、只今だに志劣らぬさまに見えす、ひき忍ぶる心いとふかし、まして今<br />
はこれはかうぞかしと、おだしう、常の如く目馴れて、つらき心も見えむ時は、いかばかりか<br />
ば物の悔しう、人笑はれなる"へきと思ひつゞくるに、宰相の語らひにつかむ事は、猶いと迅<br />
のし、かうてのみ又世に攤で交らひ過ぐすべきならねば、いかにもいかにも我が身は世にも<br />
なりな・りなむとするぞかしと思ひなるに、親たちを見奉るにも悲しう、うちに參うまかつる<br />
も物あばれに、常の事と思ふ時こそあれA今ひと月ふだ月世にはあるべきと思へば、吹く風<br />
につけても、もの悲しう心ぼそき事限なし。宰相はかくことざまに思ひつややる心のうちを<br />
ば知らす。今は我が物にこそ籠めすゑ見るべきと思ふに、<br />
五。《<br />
----<br />
五。九<br />
るび、右の大殿の君の、又もれいならぬさまを、心苦しげに歎きて、れいのわりなきはどに、<br />
身のあ・りさまをも、世のうれへをも、ことつゞけてもえ言ひ遣らす、唯うちなげきつゝ、<br />
「さまざまに契ゑらるゝ身のうさにいとゞつらさ栃を結びかだめそ。冬の夜ふかく寢ばさ<br />
びし」など言ひ紛はしたる有樣の、あてにあえかに、いみじうなまめきたるあぱれを、さしあ<br />
たうて見る時獄、-もとより志烹みにしかだは、いとたぐひなくあはれにて、中納言だに籠う<br />
居給ひなば、この入をも何事にかばつゝまむ、さてこそは見めと思ふかね、cとも、胸つぶれ<br />
て、嬉しういみじきに、左みぎの福ぬるゝ心地して、つらしとまで思ひよられける我が身.も<br />
恨めしかりければ、わりなりかまへつゝゆきあふべかめるを、中納言は、さればよ、たいかう<br />
ぞかし、さばかり憂へかけつとならば、ひとへにいかなるべきことそなど思ひ歎きてもあら<br />
す、さてしもあなだ澄まの深き心のあやにくに添ふべかめるよとお略ふ・は、うらめしうもあ<br />
れど、そのまゝにうらみ言はむも、ひとわろくよつか諏こゝちするに、おもひゑのびつゝ、<br />
さらぬがぼに、いみじくものかなしきまゝに、こへちもなぬるともおぼえす。』しはす,つもも<br />
うがた、殿にまゐうたまへれば、おほかたはさわがしけれど、夜の・まのへだてもおぼつかな<br />
く7、おぼしめしたる御心なれば、いつしかと、待ち喜びまもう聞え給ふに、あ要ゆ盛ににはひ<br />
給へうしかたちの、い瓷うおもやせてうちゑめりて侍ひ給ふを、胸つぶれて、「などいたくそ<br />
んじ給へる。猶心地あしきにや」のたまふ。「わぎと苦しと思ふ所も侍らねどもれい球らで久<br />
し卸つ侍りし舞にや」と聞、一ん給へ婆と恐髪.事、いの£.、。で噂先ま窕むべかりけれよ<br />
----<br />
とて、さるべき人々召しな、御修法、祭、秡、など、すべき事の給ふを見聞くに、あはれかくお<br />
ぼしたるに、あとはかなく溝えうせなぱ、いかばかりの御おもひならむと見奉るに、えねん<br />
せす、ぼろほろと涙のこぼれぬるを、もて要ぎらはせど、怪しう思はすなるさ按どもを、身の<br />
やくと思ひしに、命もつくる心ちしき。今はつかさくらゐ極め、出で交らひ給ふきはになり<br />
ては、おはやけわだくし、人に譽められめんぼくあり、はかばかしから諏身の、おもてを越し<br />
給へば、その歎きを篭慰みて、さるべきにこそあ動けめと、憂をやすむるきばに、かうのみ例<br />
ならす、心地あしげなるよりも、物思畠歎かれ箆る氣色の見ゆれば、「いとこそ侘しう生ける<br />
かひなけれ」とてうち泣き給〜ハに、いと堪へがたう悲しくて「何事をかは思ひ給へむ。みだう<br />
心ちの例ならす侍るを、かくおぼし騷がせ給ふにつけても、命さへ思ふにかなはす、御覽じ<br />
・はて擁、bれすやなりなむと、思ひ給〜ハるばかり'になむ」と一聞え慰めて、ねん、じて、御まへにて物</p>
<p>に、隨豪妄で色壷へ、夸ぞ垂菱黌せな。御みつか農霙奮、うへの里<br />
ぞ、下襲のうちめまで、氷解けたる池の面のむと輝きたるに、もてなしも用意も、いとゞ心を<br />
添へて、まつ殿に參う給ひて、殿うへ拜し奉り給ふ。御かたちの光るばかり見硬,る事、今年は<br />
常よ耄、いといみじと見奮給ひて、事彎.歪あへ給はす、うあ簒籍へるに、暴る一<br />
五一。<br />
----<br />
その年のやよひ警耄・花罐よ髦、となる篆るに・南殿の櫻の花・御覽じはやさ竺<br />
給ふ・世にあ皇ある導の博士ど蘯して・いみじかゑきだいの事と心を?す・その=<br />
人ことに目を驚かしたり。宰相の中將も、人より殊なるさまして、參うあひて見るに、かばか…<br />
虔奢ひ矯、世のおぼえ雪嚢、ぞもてなさ発るに、婁かへ貯からむやと、豊.<br />
つぶれて、目をつけて見れどいと大方にもてすくよけえゆきあは守。ないしのかみの御方に<br />
蔘り給へるに、殿上人上逹部めまた侍へば、蹤で居もてはやすも、今はかやうのまじらひ、は<br />
したなく苦しけれど、いかゞせむ。宰相に、琶琵をゝのかして、梅が枝うたひたる聲も、いみ<br />
じうめでたし。宰相は、この人にうつろひては、慰みにし心なれど、猶めさましう、心強くて<br />
やみ給ひ■にしと思ひ出つるに、胸心しつかならでまかでぬ。中納言はせちゑことに參う、い<br />
とまめによりつを勤め給ひつゝ、ちんのさだめなど.に、.年老いやんむとなき上逹部などより凾<br />
も、唯この人の言ひ出で給ふを、畏きことにおぼし、世にありがだきおぼえ、世のきはなわ。<br />
日になりて、題賜はりて文ども作る。中納言作ふノ出で給へる、すぐれて名を得たる博士とい〜<br />
へど、作り及ぶなかりけり。この世には更にもいはす、もろこしに弘かゝるたぐひなかうけ<br />
うと、うハ、を始め奉り、すんじのゝしうて、御前に召して、さるべき人々をさしわけ、おんぞ<br />
脱ぎてかづけさせ給ふ。おりて、けしきばかり舞踏し給ふかたち、用意ありさま、いつよりも<br />
すぐれて、めでだく御覽せらる。花の匂ひもけおさるゝやうなるを、見る人涙を落す。まして<br />
㎜父おとゞは、あはれかゝりけるものを、我が思ひ歎きしよ、大方は誰かばゑる人のありける、<br />
----<br />
七二<br />
かくてもげにいとよりあり譲。へき事にこそありけれと見給ふに、御よろこびの涙、ましてこ<br />
とわりなりや。右の大殿は力更にもいはず。ふた所の御心のうちの嬉しさ、劣う優らざりけ<br />
り。暮れ行くまゝに、御遊はじまるに、中納言、又ぱ吹きたつべきかはと齢ぼせば、をりをり<br />
の御あそびに、玄ぶりかくしたる音を、心に入れて吹きたてたる、雲居を分け響きのぼう、そ<br />
いろ寒くおもしろきこと言ばむかたなし。さまざまけう鑑したる適えあわさまは、.すべてこ<br />
の世のものならす、あまうかゝるはえや、なからぎらむとゆゝしきに、うへ、いといみじう御<br />
心ゆきときありて、さらでもこの人は、つかさくらゐども、ゑかるべきやうもなきに、今日か<br />
く萬すが、れだらむゑるしあらむこそ、我が志のゑるしならめとおぼしめして、右大將の宣旨<br />
くださせ給ふ。これもいと人にすぐれたると覺しめして、權中縞言になさせ給ひつ。めいぼ<br />
くあり、嬉しなどはよのつねなりや。大將の宣旨うけたまはりて、夜に入りて、父おとゞひき<br />
つやきて出で給ふ。近衞司の格して、待ち迎へ奉る。そいろ寒くめでたきにつけて、あはれ我.<br />
が心ひとつこそ、人に逹へる身と歎かしさの絶ゆる時なけれ、大方にぱかくきらきらしうな<br />
うのぼる身を、跡はかなくなりなむ事よなど、かへるにつけても心ひとつはかきくらされ物<br />
悲しきも知り給はす。大殿やがてひきついき、右の大殿に遞ゐ入れ給ふを、待ちうけ、殿のう<br />
ちのゝしり喜びたるさまぞ、后に立ちて見給はましにもまさめて、うれしげなるや。權中納<br />
言は、我が身のよろこびも人に優れておもたいしきは、唯世の人のなりのぼるにつゞきたち<br />
にしいとはし、さばかりと思へば、さしも喜ばれす、いみじかわけるかたちざえのほどかな、<br />
----<br />
かゝる身をもてうつもらさむ事も、我が身になりて思ふにかたしかしと、よもすがら思ひ明…<br />
して、御悦の事などかきて、<br />
「むらさきの雲のころもの嬉しさにありしちぎうや思ひかへつる」◎うちと、御悦や何や<br />
とさわがしけれど、我が心ひとつにはなかなか心づくしに思ひ亂るゝをうなれば、心おくめ<br />
るもをかしうあはれにて、「御よろこびをこ乃ゝこれよわまつと思ひ給ひつれ」とて、<br />
「物をこそ思ひかさぬれぬぎかへていかなる身にかならむと思へば」とあるをおぼしけ<br />
るまゝに、ことわりにあはれなるに、いうめかしさは、よろこびもおぼえすぞ、うちなかる、<br />
や。よろこびや何やともてさわがるゝに、いとゞひまなくイ、、ゆきあふ事かたけれど月日を<br />
數へつゝ我が物となるべきぞかしと思ふに、わりなき心を慰めすぐすに、大將は身の所せく<br />
なりゆくまゝに、げに猶捨てがたき身といひながら、かくてあるべきならすと思ひ、いと心<br />
細くて、うちなどにとのゐがちに侍ひ給ふに、權中納言も參り給ひて、例の休み所に行きあ<br />
ひて語らふを、忍びやかに、人のかへうもとをぞかく。うちけしきばみて取らすめる。かくせ<br />
ばへだてがぼなり、隱さねばいとはしく思ひ煩ひたる氣色を、右の大殿の君のなめりと玄る<br />
見て、「いでw黍竟む」と雲に、舌口砦方なし患へるをか』δに、戯ぶれて引きば三<br />
たれば、つゆもへだて顏にはと思へば、えもひきかくさす、えもいはぬ紫の紙に、墨うすくあ<br />
るかなきかの書きざま、違ふべくもあらす。「目の前のうれしさをぞ思ふらむ」など言ひ遣う<br />
たりけるかへしなるべし。<br />
----<br />
「うへに着るさ夜のころもの袖より慾人ゑれぬをばだいにやは聞く」とぞ書き允る。見る<br />
に猶まばゆければ、「あまう薄墨にて、何とこそ見えね。誰がそよ」と言ひ紛ら拭して、さしゃ<br />
うたれば、あまへて一、何事かあるしとぞ問ふ、「いさ、たどたどしくて、え見えす」とて止みぬ。<br />
心のうちにぞ、男も女も、頼もしげなきもめば人の心かな、この女君、見るめ有樣はこめかし<br />
うあてやかに物遠きながらかくこそは物し給ひけれ、うちうちの我が心こそ、いかゞはせむ<br />
に思ひなさるれ、よその人ぎゝ事のありさま我がだめいみじき事なりや、ましてよのつねな<br />
らむなべての人の心いかならむと思ひやるに、いと.憂けれど、今更に何かは、露も物しげな<br />
る氣色を見えむと思へば、女君には、かけてもけしきもらさす。この月ばかりこそ、かくても<br />
あらめと思へば、殿に日々に參う、とのゐなどゑつゝ、年むうかくてはあれど、上逹部殿上人<br />
などに、殊なる事なければ、目も見入れ、物言ひふるゝ事もなきを、あたらいみじうおはする<br />
に、人を人ともせす、物違く上すめき給へるなど、それば,かうをぞなんに思ひ聞えたりつる<br />
を、この頃となりてあまねく人に目見入れつゝいと懐しうもてなし給ひて、さるべき女房な<br />
どの・うら出でがたきものに思ひ聞えたるを、なさけなからぬほどに聞きといめなどし給、・ハ<br />
ぞ、いとゞ人の心づくしなるや。うちの御とのゐなるに、二十日あまふの月もなきはど、やみ<br />
はあやなしと覺ゆるにぼひにて、五せちのころ、なべてかたきのとありし人を思ひ出でゝ、<br />
殿上人など玄づまりたるに、麗景殿のわ允うを、いと忍びやかに立ちヤ《うて、<br />
「冬に見し月のゆくへを知らぬかなあなおぼつかな春の夜のやみ」と、すゑつかだおもし</p>
<p>五一四<br />
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ろく、うそぶきたるに、ぷとさし寄り侍りて、<br />
「見しまゝにゅズへも知らぬ月なれば恨みて山に入りやしにけむ」とうたふる、ありしけはひなり。物の心ぽそきに、わぎとさし過ぎたうしもだいならす、さしもやばと思ひつる同じ心なりけるもすぐしがだくて立ち寄り給ひぬとぞ。』</p>