此処では、理想を追求致しましょう。
「混迷の時代」と、言われ続けて何年になるでしょう。
多分日本のみだと思いますが、何故混迷しているのでしょう。
当たり前です。国力は、衰えてきているとは言え、GDP世界第3位です。
世界のTOPを、歩んでいます。日本国民は、物には、充足しています。心は、疲弊しています。
明治から、戦前、戦後と、先進国を目指して、ひたすら「追いつけ追い越せ」と、言い続けて、現在に至り。世界のTOPに並び、お手本がいなくなった状態です。
自ら理想とする世界を想い描かなければ、目指すところがありません。
前にお手本があった状態では、足下を見つめて、踏み外さないように歩んでいけば、いつか失敗もせずに追い着くでしょう。
さあ、追い着いた状態からお手本が無くなってしまった状態で、「理想」を、思い浮かべられなければ、そして、足下だけを見つめて歩いて行けば、何処に行くのか何処に行こうとしているのか、迷ってしまうのは、当たり前です。
かつて、人類が知性を持ち世界中に生存地を広げて行った時代、そして大航海時代、人類は、北極星を目当てに求める方向を定めて世界中に生存地域を広げていきました。
理想を描けなくなれば、迷うのは、当たり前です。
私が、かつて中学時代(四十数年前)遠足に行き、細い山道を歩んでいたとき、何故、私にこの様な事を、何であいつが問いかけるか解らなかったのですが、少し離れたところから「オーイ、○○何処の政党を応援する?」と言ってきました。唐突です。
私は、少々教師の意見や小説の内容、政治社会情勢等で疑問を持ち、仏教書等を読んでいましたから、「中庸」が肝心と思っておりまして、「民社党かな」と軽い気持ちで言いました。すると、問いかけてきた同級生より、もっと遠くから、社会科の教師が大声で「理想論を言うな!」と叫んできました。
当時、社会党も自民党も社会全体で、理想論を非常に非難し現実論だけを尊重していたように感じます。
先に述べたように現実ばかり、目先の事ばかりを追いかければ、いずれ迷って仕舞う事は、当たり前です。
社会が、今の日本を、「混迷」した日本を、作ってきたのです。
今、日本は、「理想」を、追求してきた人々、組織にあこがれ、賞賛を与えています。
ノーベル賞を受賞した科学者・オリンピックの金メダリスト・小惑星探査機「はやぶさ」のチーム。
大いに「理想」を描き、そこに行き着く様、行き着かなくてもそこに行く為に「現実」を、しっかりと見つめ足下を確かめながら、「一歩一歩」回り道もいとわずに歩んでいきましょう。
最終更新:2011年02月17日 12:36