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森園生の溜息 - (2008/06/22 (日) 02:27:01) の1つ前との変更点

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<p>森園生の溜息<br>  <br>  ぽかぽか陽気の過ごしやすい日、俺はまたぼけーっと文芸部室にいるわけだが、どうしてそんな時間の無駄をやっているのかと<br> 問われれば、大抵の人間の日常の無駄に過ごしている物である、別に俺のSOS団の部室にいる時間が他人の過ごしている時間と<br> 大差ないと声を大にして反論したい。それにたまに起きる奇想天外な事件は、その退屈な日常の埋め合わせどころか、<br> お釣りが来るほどのセンセーショナルに襲われるからな。<br>  そんな暇をもてあましている中、何やっているのか知らないが、珍しくハルヒは長門と朝比奈さんとともに<br> ネットに没頭中である。何をやっているんだとディスプレイをのぞき込もうとしたが、<br> どうやら男子禁制のものを閲覧しているらしく、画面ごと隠された上にハルヒからエッチバカスケベ変態とまで言われてしまった。<br> なんなんだ一体。<br>  ほどなくして、SOS団女子3人組はいそいそとどこかへ出かけて行ってしまった。行き先は具体的には教えてくれなかったが<br> 学校外に出てくるらしい。もちろん朝比奈さんはメイド姿のままだったが、本人はもう諦め気味に頷くだけである。<br>  そんなわけで今日のところは男子のみ解散という流れになると思いきや、何とハルヒたちが戻ってくるまで<br> 部室から出ないように厳命されてしまった。おかげで、部室に軟禁されてしまった俺と古泉副団長なわけだが、<br> 時間を潰すべくやってきたボードゲームもやり尽くしてしまった状態である。<br>  ……何というか、男子二人と部室に二人っきりというのは正直息苦しい。当の古泉の野郎は仏頂面で動かないが、<br> 一体こういうときは何を考えているんだろうね、こいつは。<br>  ま、二人っきりというのも余り無いので、せっかくだから話を振ってみることにする。<br> 「なあ、古泉。聞いてみたいことがあるんだが」<br> 「何でしょうか? あらかじめ言っておきますが、答えられることと答えられないことがありますので」<br>  といきなり釘を刺されてしまった。やれやれ、ぼーっとしているようで警戒感の強い奴だ。<br>  俺は何を聞こうかある程度思考をめぐらせてから、<br> 「最近あの化け物――神人を倒すのもめっきり減ったんだろ? なら以前は相当頻繁に発生したのか?」<br> 「ええ、涼宮さんは中学時代はイライラしっぱなしでしたからね。一日二回なんていうのもしょっちゅうですよ。<br> おかげで機関は常時臨戦態勢でしたから」<br> 「せっかくだから、その神人討伐の時のおもしろいエピソードを話してくれよ。暇つぶしにはちょうど良さそうだからな」<br> 「ほう……あなたもようやく機関の働きを知りたくなってきたんですか?」<br>  くくっとにやけた笑みを薄気味悪く上げる古泉に、俺は眉をひそめて手を振りながら、<br> 「どうせやることもないからな。退屈しのぎだ」<br>  そんな俺に古泉はしばらく真剣なまなざしで考えて、<br> 「……良いでしょう。せっかくなんでとっておきのエピソードを紹介して差し上げます。そう……」<br>  古泉は俺に視線だけ向け、<br> 「僕が初めて機関に入り、神人と対峙して――そして、森さんと出会った話をね」<br>  <br>  <br> ~~~~~~~<br>  <br>  4年前、僕は突然自分に特別な能力が備わっていることに気がついた。<br>  いや、気がつかされたと言うべきだろう。<br>  ある時点を境に世界を作り出したかも知れないと言われる少女。涼宮ハルヒ。<br>  彼女によって僕はある能力を与えられ、役割を与えられた。<br>  <br>  それは彼女のストレスが最高潮に達したとき、発生する閉鎖空間、その中に生まれる周囲を破壊し尽くす神人を倒すこと。<br>  自らの止められない感情の暴走――神人という新種の病原菌を作ったのと同時に、彼女の理性はその治療薬を作り出したのだ。<br>  <br>  だが、最初僕はその役割を受け入れられなかった。どうしても自分の能力を受け入れられず、<br> しばらくふさぎ込んだ生活が続いた。昼夜問わず、閉鎖空間が発生したことを感じ取り、神人の破壊行動が頭の中に<br> 鮮明に映し出され続けた。学校にも行かなくなり、夜もろくに眠れず、ただベッドの中で耳を塞ぎ続けることしかできなかった。<br> その状態が続けば、僕は自殺という道を選んだかも知れない。<br>  でも、変わった。僕と同じような役割を与えられた人たちが組織した『機関』という存在が僕を迎えに来た日に。<br>  <br>  僕は身支度を終え、機関へと赴くことになった。最初はあまり乗り気ではなかったが、一人でいてもふさぎ込むばかりで<br> 何も変わらない。どうせなら同じ仲間のいるところへ行った方が気が紛れるだろうと思ったからだ。<br>  機関の用意した自動車に乗せられた僕が連れて行かれた先は、ごつい男たちが巣くう軍事基地だった――<br>  <br> ~~~~~~~<br>  <br> 「おいちょっと待て」<br>  思わぬ展開に、俺は話し途中で思わず突っ込んでしまう。だが、古泉は首をかしげ不思議そうな顔を浮かべると、<br> 「何か変なところがありましたか?」<br> 「機関ってのは超能力者の集団だろ? 何で軍事基地が出てくるんだよ。鉄砲や大砲は必要ないはずだ。<br> お前のような超能力があればな。大体、軍隊でもあのバケモンは止められないと言ったのはお前だろ?」<br> 「確かにそう言いましたが、最初から超能力者があっさりと神人を倒せると思っているんですか?<br> それに怪獣映画にしろ何にしろ、現実で最初にそういった脅威に持ち出されてくるのは銃や大砲のような兵器です。<br> 倒せるとは分かっていても、ろくに使ったこともなく、信頼性もない超能力に頼る人はいません。機関も同じです」<br> 「じゃあ、最初は普通の軍隊が倒していたってのか? お前の話と矛盾するじゃねえか」<br> 「倒すのは超能力者ですが、とどめだけです。そのサポートに軍隊を利用したんですよ。牽制や移動など当時の超能力者だけでは<br> とても対応できませんでしたからね」<br>  古泉の説明に、俺はふむと頷き、<br> 「なるほどな。だが、初期の機関ってのはそこまで困窮していたのか?」<br> 「金銭面ではそこまでせっぱ詰まっていませんでしたよ。バックに大きな勢力がいましたからね。ただ……」<br>  古泉は一旦視線をそらすと、<br> 「肝心の超能力者がいなかったんですよ。僕が機関の敷地に初めて踏み込んだとき、まだ他に一人しかいませんでしたから」<br>  <br> ~~~~~~~<br>  <br>  名前は?<br> 「……古泉一樹」<br>  基地の事務室っぽいところで、直立不動で質問に答えていた。名前、歳、性別、経歴……耳のアカまで<br> ほじくり返されそうな勢いだ。<br>  話を聞くところに寄ると、どうやらここは機関の本部というわけではないようだった。どちらかというと、<br> 最前線基地といったところか。神人が現れると、ここから部隊が飛び出て閉鎖空間に突入するというわけだ。<br>  ほどなくして事務処理を終えると、僕は基地内を一回り案内してもらえることになった。<br>  そこまで大きくない基地に200名ほどの戦闘・事務要員がひしめき合っているため、かなり混雑しているように感じる。<br> しかし、迷彩服のようなものを身につけている人たちは、がりがりにカットされたごついおっさんたちが<br> 僕を睨みつけるように睨んできて、物陰に隠れたい気分になった。<br>  しばらくして、射撃訓練場に着く。パンパンと銃声が鳴り響き耳が痛くなってきた。<br>  そして、そこから一人の兵士が現れた。僕を案内してくれた事務の人と一言二言言葉を交わすと、<br> ヘルメットを降ろし素顔をこちらに見せてきた。<br>  これから君の面倒を見てくれる人だ、挨拶を、と事務の人が言う。僕はその姿にしばらく唖然となってしまった。<br> 「……森園生です。よろしく」<br>  やる気のない声。それは若い女性のものだった。<br>  <br>  翌日、僕は森さんに連れられて、ブリーフィングルームに行った。神人について詳しく教えてくれるらしい。<br>  室内には年老いた指揮官や立場の高い機関の人たちがいた。物珍しそうに僕の顔を眺めてくる。<br> 「座って」<br>  森さんに促されて、僕は一番前の席に座る。<br>  ほどなくして、機関の人たちの自己紹介が始まった。機関の上層部と思われる人たちは日本人だったが、<br> 軍隊の指揮官は外人だった。紹介を聞く限り、機関に雇われた傭兵らしい。<br>  始めよう、と機関の人が口を開いたのと同時に、ブリーフィングルームのモニターに一人の少女が写しだされた。<br> 歳は僕とさほど変わらなそうで、長めのストレートな髪型が目につく。<br> 容姿は、はっきりと自分の趣味に従って感想を述べるなら、めちゃくちゃかわいい。<br> 僕が今まで出会った中ではトップクラスに属するのは間違いない。<br>  しかし、何だろうか、映像を通しても伝わってくるまがまがしさは。恐怖すら感じる。<br> 「これがあなたに力を与えた涼宮ハルヒよ」<br>  僕は森さんから告げられた言葉を聞いて愕然となってしまった。<br>  こんな年端もいかない少女が僕に得体の知れない力を与えたって?<br>  その通りだ、と初老の指揮官が言う。そして、次に映し出されたモニターの映像を見たとたんに、<br> 僕は椅子を蹴飛ばして後ずさった。<br>  白く光輝く巨人。全身は人の形を成しているが頭身に対して短い足、異様に長い腕……僕の頭の中に<br> フラッシュバックされ憶を蝕み続けたあの化け物だ。<br>  その恐怖心に耐えられなくなった僕は頭を抱えて床に突っ伏してしまいそうになるが、<br> 「ちゃんと話を聞いておきなさい」<br>  と、森さんが無機質な口調で僕を抱え揚げ元の椅子に座らされた。<br> 「……今の内に慣れておかないと、後で後悔することになる。本当よ」<br>  続けて言われた言葉には――何か特別な感情が込められていた感じがした。<br>  続けても大丈夫か?と指揮官が確認してくるが、僕は数度深呼吸して、<br> 「大丈夫です。続けてください」<br>  そう返した。ここで逃げ出せば家から一歩も出られない引きこもり状態に逆戻りだ。<br> なんのためにここに来たのか思い出すんだ。僕の返事とともにモニター内の化け物が動き出す。<br> かなりの巨体のはずなのに、自らの重みを全く感じていないような軽い動作で走り始めた。<br> 一歩踏み出す度に辺り一面の建物が激しく揺さぶられるところを見ると、あれは幽霊みたいなものではなく、<br> 実体を持った何かであることがわかる。ほどなくして光の化け物が腕をふりおろして、手近にあったビルを粉砕した。<br> 轟音とともにそれがまるで破裂するように、辺り一面に残骸が飛び散る。<br> 「あれが涼宮ハルヒのストレスが最高潮に達したときに現れる怪物。私たちはそれを神人と呼んでいる。<br> 我々が住む現実には出現せず、あくまでも彼女が作り出した閉鎖空間と呼ばれる隔離された領域のみで暴れる」<br>  森さんの言葉に僕はただ唖然とするばかりだ。自分と大差ない歳の少女があんなものを作り出しているのか。<br>  初老の指揮官が言う。<br>  現在、閉鎖空間とその内部で破壊活動を行う神人を確認したのは26回。これらに関してはすべてこちらで掃討を完了している。<br> 失敗は一度もない。最近では奴――神人の動きも理解できているため作戦の遂行はきわめて円滑に行えるようになっている。<br> 一回30分もあれば完了できるほどにな。一方で涼宮ハルヒに対する監視体制もほぼ完全なものとなり、<br> 事前に閉鎖空間の発生予測もやりやすくなった。こちらのサポート体制はほぼ万全になりつつある。<br> 君は最後に奴をしとめればいいだけだ。実に簡単な仕事と言えるだろう。<br>  それを受けて、君のやるべきことはわかっているな?と機関の人間が言う。<br>  だが、僕は眼前のモニター内で荒れ狂っている神人を見るにつれて、自身に与えられた役割が果たせるのか、<br> 気持ちが揺らぎ始めていた。どんな兵器よりも強力で凶暴。通常の軍事力では歯が立たないような代物。<br>  ――そんなものを本当に僕は倒せるのか?<br>  <br> 「……力が使えない?」<br> 「はい……」<br>  僕は食堂で、面倒見役の森さんが食事をとっている目の前で、がっくりと肩を落としていた。<br> 女性らしくもないがつがつとした喰いっぷりで僕に視線だけを向けてきている。<br> 「わからないわね。事情は聞いているつもりだけど、あんたは自分に神人を倒せる能力があるって自覚しているんでしょ?<br> 閉鎖空間や神人の発生も認知できる。なのに、その使い方がわからないってのは矛盾していると思うけど」<br> 「僕にも詳しくはわからないんですが……」<br>  さっき現在機関に唯一いる超能力者と面会をしてきた。てっきり他の軍人みたいなごつい男をイメージしていたが、<br> 意外にも僕と大して年齢も変わらず、オールバック気味の髪型に軽薄そうな口調の少年だった。<br> 何度か超能力者としての役割やその力の使い方をレクチャーされていたが、ふと彼にいわれてあることをやってみた。<br> 超能力者なら涼宮ハルヒの閉鎖空間内でなくてもできることが一つだけあるらしい。<br>  しかし、だめだった。力を持っている自覚はあるのにその使い方が全くわからない。いろいろ実体験を元に<br> 現超能力者からやり方を教えてもらっても無駄だった。<br> 「そう」<br>  森さんはお茶をすすりながら、ぶっきらぼうに答える。まるで他人事――いやまあ、知り合ってから間もない他人なんだけど、<br> 世話役なんだからもうちょっと親身な反応を見せてくれてもいいんじゃないか?<br> 「関係ないわね。私たち機関にとって、あなたが戦力として使えるかどうかが重要なのよ」<br> 「…………」<br>  僕はその森さんの言葉に憮然とするばかり。まるでもの扱いじゃないか。<br>  だが、彼女は食事の後始末をしながら、どうでもいいという感じで、<br> 「事実を言ったまでよ」<br>  そうとだけ言った。<br>  ……このとき、森さんはまるで溜息をついているように見えた。そんな素振りは一つも見せていないのに、僕にはそう感じた。<br>  今でもそのときの森さんの姿は僕の脳裏に焼き付いていた。<br>  <br>  それから数日間、もう一人の超能力者と一緒に訓練っぽいものを受けてみたが、一向に僕が超能力が使えるようになる<br> 予兆すらなかった。<br>  <br> ~~~~~~~<br>  <br> 「あのとき、僕は機関にやってきたことを少し後悔し始めていましたね。最初は役割もその力の意味もわかっていたので、<br> 後は機関のサポートの元、淡々と神人狩りをすればいいと思っていましたから。存在は認知していましたが、<br> いざあの神人の破壊活動を見せつけられ、怖じ気ついてしまっていたんです。あまつさえ、それが使えないとわかったときの<br> 絶望感ときたら……」<br> 「無理もねえな。腕一降りで周囲のビルをなぎ倒せるような化けもんだ。俺ならとっとと逃げ出すね」<br>  俺のあきれと関心のこもった言葉に、古泉は苦笑するばかり。<br>  ふと、俺はさっきの話の部分で伏せられている箇所があることに気がつき、<br> 「そういや、超能力が使えるかそうでないか確かめる方法があるって言っていたよな? いったいどうやるんだ?<br> 俺がおまえに初めて超能力の話を聞かされたときは、閉鎖空間でしかできないといっていた覚えがあるんだが」<br> 「……それを聞きたいんですか?」<br>  俺の疑問に対して、古泉はにやりといやらしい笑みを浮かべる。<br> 「お教えすることは可能ですよ? ですが、仮にあなたがそれを使って確かめてみたら、<br> 実は超能力の素質があるというオチがつくかもしれませんが?」<br>  その言葉に俺はぞっとして、手を振り、<br> 「いんや、聞きたくなくなった。話を続けてくれ」<br>  <br> ~~~~~~~~<br>  <br>  超能力が使えないとわかった翌日、僕は荷物をまとめて家に帰る準備をしていた。<br> 役に立たない人間がここにいても仕方がない。ならば、じゃまにならないうちにとっとと帰ろうと思った。<br> それを機関の上層部の人間に伝えたところ、軽く溜息をついただけであっさりと許可してしまった。<br> 機密事項とかそんなのはいいのか?とこっちから訪ねてしまったが、答えは簡単。言ったところで誰も信じない。<br> 確かにその通りだった。新聞社にこの話を持ち込んでも、何かの記念品でももらって追い返されるだけだろう。<br>  そんなわけで、VIP待遇でここにつれてきたときとは裏腹に、最低限の電車賃だけもらって<br> 僕は基地から出て行こうとしていた。<br>  季節はずれの豪雨が降り注ぐ中、僕は傘も差さずに基地の出口に向かう。たくさんの兵士や機関の人間の視線にさらされながら<br> 一歩一歩踏み出す足はまるで鉄球でもつけられているように重い。<br>  この重みは何なんだろうか。<br>  逃げ出すことへの罪悪感? いや、逃げるも何も僕には何もできないことがわかったんだ。ここにいても無意味なんだ。<br> だから逃げるんじゃない――逃げるんじゃないんだ……<br>  ずぶぬれになり、上着にたまった水がズボンの裾をたどって靴の中に流れ込む。がっぽがっぽと不愉快な感触と音が<br> 豪雨に紛れることなく、耳に入る。<br>  出口のゲート近くになると、ほとんど人もいなくなり、たまに物資を運び込んでくるトラックだけが目に止まった。<br> ゲートでチェックをしている係員はこちらに気がついていない。<br>  ……ふと、ゲートの隅に一人の人間がいることに気がつく。<br> 「…………」<br>  いつもの戦闘服姿で直立不動のまま、こちらを見ているのは森さんだった。<br>  僕の歩みはゲートの出口から自然と外れ、森さんの前にたどり着く。<br> 「見送りにきてくれたんですか?」<br>  知り合ってから数日もたっていなかったが、まともに言葉を交わしていたのはこの人だけだった。そのためだろうか、<br> 総スカン状態で出て行く後ろめたさに救いを求めてしまっていたらしく、森さんに語りかける口調は喜びの感情が交じっていた。<br>  一方の森さんもどういう訳だか、笑顔を浮かべていた。しかし、優しさというよりも清々したようなものだったが。<br> 「ま、一応、あんたの世話係だったから。最後に挨拶の一つぐらいしておかないとと思ってね」<br> 「そうですか……」<br>  森さんの口調はあくまでも軽い。<br> 「気にすることはないわ。できない人間がいても仕方がない。これは事実よ。むしろ、無駄にうじうじされる方がよっぽど迷惑。<br> あんたの判断は間違っていないし、尊重されるべきものだわ」<br>  彼女からもらった言葉は僕の中のにある結論と一致しているものだった。力が使えず、役に立てない。だから出て行く。<br> それでいい――それでいいじゃないか。<br>  なのに、何なんだろう。このやりきれない気分は。まるで模型を作っている最中に、<br> 重要な部品が壊れてしまってどうしようもなくなったときみたいだ。目の前には完成すべきものがあるのに、<br> 自分には完成させるだけの力がない。そして、周りの人たちはそれを無理して完成させる必要がないと言っている……<br>  僕の頭にふつふつと矛盾した怒りが沸いてきていた。機関の人たちは僕が必要だからここにつれてきた。<br> でも、使えないと少しわかっただけで帰っていいなんて、あっさりとしすぎていないか?<br> もうちょっとがんばってみようかとか、他の手段を講じてみるとか誰一人も言ってくれないのはおかしくないか?<br> 「……どうかした?」<br> 「…………」<br>  森さんの問いかけに僕は黙って地面を見つめているだけ。頭に降りかかった雨水が髪の毛にたまり、<br> 地面に向かって垂れ下がった毛を通して流れていく。<br>  僕の気持ちはゆがんでいる。それはわかっている。だが、納得できないのも事実だ。そして、さらに不愉快なことがある。<br> それは森さんが笑顔――それも見送りのための作り笑顔ではなく、自身の喜びを表現したものに見えることだ。<br>  勢いよく顔を上げた。頭にたまった水滴が上空に巻き上げられ、森さんの身体にも降りかかる。<br> 「森さんはどうして嬉しそうなんですか……?」<br>  自然と僕の声は押し殺したものになっていた。<br>  質問の意味がしばらく理解できなかったのか、森さんはきょとんとしていたが、やがてぽんと手をたたくと、<br> 「嬉しいに決まっているじゃない。まさかここにきて子供のお守りをさせられるとは思っていなかったから。<br> あんたが辞退してくれるなら、わたしもその任務を解かれる。喜ぶのは当然じゃない?」<br>  あまりのぶっちゃけぶりに僕は激高して、<br> 「ふざけないでください! 僕が――僕がどれだけ不安な気持ちでここに来ていたと思っているんだ!<br> なのに、そんなどうでもいいどころか、鬱陶しいなんて思っているなんて酷すぎるじゃないか!」<br>  だが、僕の怒りに、森さんはただ首を振って、<br> 「当たり前じゃない。最初は誰だってそうよ。その後に言葉を交わしていくにつれ、気持ちのつながりができていく。<br> でも、わたしとあんたは数日前にあっただけ。ろくに言葉も交わしていないわたしに何を期待しているわけ?」<br>  ――僕は森さんに何の反論もできないどころか、自分の愚かさに気がつかされてしまった。<br>  森さんとは会って間もないのだ。ほとんど赤の他人に等しい人が、どうして僕の気持ちを理解してくれると思っているんだ?<br>  …………<br>  …………<br>  …………<br>  そうか。僕は誰か頼れる人を求めていたんだ。<br>  涼宮ハルヒという常識はずれの存在からこの妙な力を与えられたと自覚したときからずっと続いていた孤独感。<br> 親に相談しても眉をしかめて病院の手はずをされるだけだった。友人に話しても変なやつ扱いされて終わり。<br>  そんな中、機関という僕と同じ立場を共有している人たちが現れた。僕は嬉しかった。<br> この異常な力を理解してくれる人たちがいる。それならば、きっと僕の不安な気持ちも受け入れてくれる。<br> そんな僕の一方的で身勝手感情は、最初にまともに言葉を交わした森さんに向けられてしまっていたんだ。<br> 森さんの気持ちなんて一つも考えず、ただ理解してくれるはずだと期待していた。頼れる人であってほしいと思いこんでいた……<br> 「すいません……すいません……!」<br>  雨にまみれて、僕の目からは多量の涙が流れ落ちていた。自分の愚かさと恥ずかしさと悔しさで止められなくなっていた。<br>  森さんは謝罪の言葉を並べ続ける僕に、困った顔を浮かべ目をそらすと、<br> 「で、どうするの? 帰るの、帰らないの?」<br>  単刀直入に聞いてくる。<br>  どうするべきか。僕は迷っていた。いても意味がないのは事実だ。しかし、帰ったところで今の僕に居場所があるのか?<br> また誰も僕のことを理解してくれず、ふさぎ込んだ毎日が戻ってくる……<br>  ふと、森さんの横顔が目に止まる。それは以前にも見た少しだるそうで、なぜか溜息をついているような感じがしたものだ。<br>  彼女は僕の視線に気がついたのか、こちらに目だけを向けてきて、<br> 「無理しなくていいのは事実よ。いったん家に帰って、また気が向いたらここに来ればいいわ。<br> 機関はいつでも超能力者を探しているんだから。そのときも歓迎してくれるはずよ。ただ……」<br>  ――そのとき見せた森さんの表情を僕は一生忘れられないと思う――<br> 「たぶん、そのときわたしはもうここにいないでしょうけどね」<br>  この一言で、僕の決意が固まった。<br>  ここに残る。<br>  理由の一つは、この先も超能力が使えるようになるかはわからないけど、使えるようになりたいから。<br> そうなれば、ここにいる人たちと同じ立場に立てる。僕はもう一人じゃなくなる。<br>  もう一つの理由は、森さんだ。それは漠然としてまだ自分でもはっきりとはわからない。だけど、なぜか確信していた。<br>  <br>  ――この人を次の作戦に一人で参加させるわけにはいかないと。<br>  <br> ~~~~~~~<br>  <br> 「俺の知っている森さんとは結構違うな。もうちょっとかしこまってプロといった感じだが、おまえの前だとそんな感じなのか?」<br>  俺は頭の中にあるのはメイド森さんとOL森さんだから、軍人森さんはいまいちぴんとこない。<br>  だが、俺の質問に古泉は上の空で全く答えようとしなかった。なにやら懐かしさをひしひしと噛みしめているかのようだ。<br> よっぽどその時のことが記憶に色強く残っているんだろう。<br>  そのまま、古泉は俺の質問に答えず話を続け始める。<br>  俺は内心やれやれと思いつつも、追求はせずに耳を傾けた。<br>  <br> ~~~~~~~<br>  <br>  翌日、結局ここに残ることを機関の上層部に伝えると、まあがんばってくれとだけ言われて復帰を許可された。<br> やっぱり超能力が使えない僕にはあまり期待がかけられていないらしい。だが、それも森さんの言ったとおり、<br> 仕方のない話だ。使えるかそうでないか。僕に対する評価の判断基準はその二つしかない。<br>  ところで話は変わるが、超能力が使えないにも関わらず基地内での僕の人気は上がりつつある。<br> どういうわけだか、僕がここに来て以降、閉鎖空間の発生が一度も確認されていないのだ。<br> 人によっては、それがおまえの超能力なんじゃないかとからかい半分に言われてしまうほどの平和っぷりらしい。<br> 以前は一日に2回出撃があった日もあったほどだから。<br>  あの雨の日の以降、僕は積極的に森さんと一緒にいるようにした。<br>  食事の時は必ず相席するようにしているし、訓練の時もコバンザメのごとくくっついていった。<br> 射撃訓練の時はすごい銃声音に耳を閉じているだけで精一杯だったが。<br>  森さんはいつでも無愛想だった。同僚の兵士に語りかけられても適当に相づちを打つだけ。<br>  僕が話題を振っても、<br> 「そう」<br>  の一言で終了。ボールを投げても懐にしまわれてしまっている気分だ。<br>  別の日には、何でそんなに無愛想なんです?と単刀直入に聞いたみたところ、<br> 「作戦に必要なことなら話すわ。それ以外にいちいち口を開いても仕方ないじゃない」<br>  で終了。うーん、プロというか何というか表現しがたい。<br>  <br>  ただ、訓練で真剣なときでも食事を取っているときでも、やはり森さんは溜息をついているように見えた。<br> 何かに憂鬱になっている。ただそれがなんなのかさっぱりわからなかった。<br>  <br>  他人から見ればどうしてそんな無愛想な人間につきまとっているのかと不思議がられるかもしれないが、<br> 正直なんで森さんにここまで入れ込んでいるのか僕自身にもよくわからない。とにかく、あの溜息が気になるのだ。<br> 何というか……表現しがたい何かを感じる。どうしてもその正体を突き止めたかった。<br>  だがこんな状況が続くだけなら何も変わりはしない。というわけで、僕は基地外へ遊びに行くことにした。<br> もちろん森さんも誘ってだ。せっかくの休日、親睦を深めるのも悪くない。<br>  最初は二人っきりというのも微妙だと思い、もう一人の超能力者を誘ったみたが、ナンパしようぜナンパ!とか言って<br> 別の色男グループに混じって出て行ってしまった。全く軽薄な人である。あんなんで神人討伐なんて言う重役が務まるんだろうか。<br> 僕もその一団に加わるように勧められたが、丁重にお断りさせてもらったことは付け加えておく。<br>  てなわけで森さんに声をかけたわけだが、いつものように無愛想でぶっきらぼうな返事でOKを出してきた。<br> 別にどうでもいいという感じは変わっていなかったが、簡単に承諾したのは意外だった。<br>  <br>  翌日、僕と森さんは基地のゲートを抜けて、街へと向かうバス停に座っていた。バスが大幅に遅れているのか、<br> 予定時刻になっても、一向にやってくる気配がない。<br>  待っている間、僕は何か話題を森さんに振ろうと、脳細胞をフル活性化させていた。<br> 僕が誘った以上、森さんを退屈させるわけにはいかないのだ。事前に、軽薄超能力者からレクチャーを聞いておいたが、<br> 基地に出てすぐに予定外な事態にぶつかるとは思っていなかったため、冷や汗ダラダラの状態である。<br>  僕は青い色彩が満たされた空を見上げると、<br> 「今日はいい天気になりましたね」<br> 「そうね」<br> 「気温もそこそこ」<br> 「活動しやすいわね」<br> 「最近は涼しいですから、夜もよく眠れるんですよ、僕」<br> 「そうね」<br> 「あ、でも森さんたちはいつ出撃するかわからないから、ゆっくりとはできないか」<br> 「そうね」<br> 「……ええと」<br>  ――再び流れる沈黙――<br>  僕は内心で頭を抱えてしまう。どうしたらいいんだ。会話が続かない。これではますます雰囲気が険悪になるだけじゃないか……<br>  ふうっとここで森さんが初めて溜息をついた。実際の行動としてそれを見たのはここに来て初めてだろう。<br> 「別に気張らなくていいわよ。どのみち、あんたが外に出るならあたしもついて行かないといけない決まりになっていたんだから。<br> 保護者代わりって訳。子供らしく好きに遊びなさい。わたしは遠巻きにそれを見ていてあげるから」<br>  相変わらずのぶっきらぼうな答え。って、OKしたのは僕が誘ったからじゃなくて、そういう決まりだからなのか。<br> それならそうと最初から言ってくれればいいのに。<br>  そうむくれる僕を森さんは完全にシカト。あー、失敗だったかな? こんなんだったら最初から基地にこもっていた方が<br> なんぼかマシだったかもしれない。<br>  ――と、ここで森さんの表情が少し引き締まった。気がつけば、携帯電話が着信を知らせる振動を発している。<br> それを彼女は一つの無駄もない動きで取り出し、何事か話し始めた。どうやら基地かららしい。<br>  ほどなくして通話を終えると、森さんは荷物を持ってすっと立ち上がる。<br> 「残念だけど、今日のあんたとのデートは中止よ。ついでに、信じていた訳じゃないけどあんたの御利益も今日で終わり」<br> 「えっと、なん……ですか?」<br>  唐突にかけられた言葉に、僕は内容を理解できず頭に?マークを浮かべる。<br>  森さんは基地の方にゆっくりと歩き出し、そして言った。<br> 「出るわよ。閉鎖空間、そして、神人がね」<br>  ……全身から血の気が引いた。<br>  ついに出る。ここしばらく涼宮ハルヒは安定していた。だが、ついに彼女の精神が再び不安定になったのだ。<br>  僕はまだ超能力を使うことはできない。だから、おそらく基地で待機なるだろう。<br>  しかし。<br>  それでいいのか? このままだと森さんは閉鎖空間に行ってしまう。あの溜息を僕に残したままで。<br> その理由を僕は全く知らないままで。<br>  ふと、彼女が空を眺めていることに気がついた。そして、誰に言う出もなくぽつりと、<br> 「こんないい天気の日に戦争なんて……ね」<br>  この言葉を聞いたとたん、僕の神経が一気に引き締まった。そして、僕の口からも言葉が飛びます。<br> 「一緒に行きます」<br> 「え?」<br>  森さんが珍しく拍子抜けした声を上げた。よく聞こえていなかったかもしれないと思い、僕は森さんの前に立つと、<br> 「一緒に閉鎖空間に行きます。あそこで森さんと一緒に神人をはっきりと見てみたいんです。許可してください」<br>  そう言い切った。恐れがないといえば嘘になる。しかし、今行かなければきっと後悔する。<br>  最初は驚きを見せていた森さんだったが、やがて、<br> 「……わかったわ。上にはわたしの方で調整する」<br>  <br>  ブリーフィングルームには、もう一人の超能力者や機関のお偉方、それに兵士たちの指揮官が集まっていた。<br> 物々しい雰囲気の中、正面のモニターを眺めている。<br>  そこにはどこからか隠し撮りされている涼宮ハルヒの姿が映っていた。まだ午前中――そういえば、今日は平日だった。<br> 最近の不登校生活のせいですっかり曜日の感覚が狂っているな――で閑散とした商店街を一人でさまよっていた。<br> 何をやっているんだ?<br>  いつもの徘徊だろう、と機関の人が言う。彼女は定期的にこうやって街の中を歩き回るらしい。<br> 機関は彼女と直接的に接触はほとんどない――というより彼女は周りの人間と親密なレベルで接触することが全くないため、<br> その行動に何の意味があるのか、さっぱりわからないという。<br>  以前にも教室の机を廊下に出したり、学校の校庭に巨大な絵文字を書いたりしたな、ともう一人の超能力者が言う。<br> どうやら涼宮ハルヒという少女は、その神懸かり的な力に合うように奇っ怪な性格を持っているらしい。<br> 「ところで、この映像は誰が送ってきているんですか?」<br>  僕は隣に座っていた森さんにこっそりと聞いてみる。すると、彼女はモニターから視線は外さず小声で、<br> 「機関のエージェントが常に彼女のそばにいて、その観測班が映像を送ってきているわ。<br> 閉鎖空間発生のタイミングを逃さないために、24時間ずっとね」<br>  その言葉に僕はまるで盗撮――いや、実際に盗撮をしていることにバツが悪くなった。年頃の少女を丸裸にしているようだから。<br> とはいえ、自分の頭の中には神人討伐という彼女によって押しつけられた義務があるのも事実だ。<br> 自分で望んだことなんだから、我慢してもらうしかないよな。<br>  ぼちぼちだぜ、と超能力者が言う。彼女の踏み出す足の力が強まっている。<br> もっと近くで聞けば、派手な足音が聞こえてくるだろう。<br>  ここでモニターが二つに分割される。片方は今まで通り涼宮ハルヒの姿、もう片方は地図だ。<br> 最初は彼女のいる場所を示しているかと思ったが、どうやら違う場所らしい。<br>  ――唐突だった。僕の頭に警告音が発せされた。詳細なその場所、規模……次々と閉鎖空間発生の情報が流れ込んでくる。<br> どうやら来たらしい。<br>  閉鎖空間が発生したぜ、場所は予想通りその辺だ、と超能力者がモニターの地図を指さす。<br> 涼宮ハルヒがいる場所から数十キロ離れた市街地、しかも旧市街らしく古い建物が不規則にぎっしりと詰め込まれている地区だ。<br> 僕に与えられた情報も寸分の違いもなく、その地点を指していた。思わず、超能力者の方を振り返ると、<br> 親指を上げてにこやかな笑みを浮かべてきた。軽薄な人だが、その超能力は本物らしい。<br> 涼宮ハルヒは本当に自分の感情ストッパーをでたらめに選んだらしいな。<br>  では始めよう、と初老の指揮官が声を上げる。<br>  作戦の概要はこうだ。<br>  空中指揮所ヘリ1機・攻撃ヘリ2機・輸送ヘリ2機・5台の車両に分乗して閉鎖空間に入る。<br>  その後はまずヘリはそのまま神人近くに兵員を降ろす――ただし、場所から見て着陸できる場所はないだろうな。<br> ロープで降りてもらうことになるぞ。降下完了後、輸送ヘリは離脱、あとは攻撃ヘリが降下した地上部隊を援護。<br>  車両部隊は神人の活動範囲外ぎりぎりで待機。神人掃討完了後、地上部隊を回収し閉鎖空間消失後基地まで帰還する。<br>  前回と全く同じだ。<br>  <br>  何が何やらわからない部分が多かったが、僕が把握できたのはそれだけだ。ヘリコプターで突入して、神人をやっつけ、<br> 最後にトラックか何かで基地まで戻る。聞いた限りじゃ簡単そうに見えるが……<br>  何か質問は?という初老の指揮官。<br>  それに対し、一番後ろの席に座っていた中年の兵士が、新しい超能力者は今回どうするんですか、と返す。<br>  すると一気に僕へ視線が集まった。<br>  初老の指揮官は、僕へ手を伸ばし紹介するような素振りで、本人の希望により今回彼も作戦に参加してもらう、とだけ言った。<br>  それを最後に、質問が挙げられることはなかった。<br>  <br>  作戦会議終了後、僕と森さんだけ残される。そして、指揮官からこう言い渡された。<br>  今回僕は降下後の地上部隊を回収する車両に乗ってもらう。森さんもそれに同行するように。<br> 貴重な超能力者だ、危険にさらすわけにはいかないからな。<br>  しかし、森さんは猛然とそれに反発した。<br> 「以前にも要望したように、わたしは最前線へ行くことを望んでいます。それに遠巻きから見るだけの車両部隊では<br> 古泉がここでモニターを見ていることと大して変わりません。彼とわたしをヘリに乗せてください」<br>  初めて聞く強い口調の森さんに、僕は少し驚いていた。<br>  指揮官も面食らったように、ヘリからはロープで降下することになる、素人にできることではないと再反論する。<br>  だが、森さんは凛とした表情で言い放った。<br> 「ヘリからはわたしが背負って降下します。どんな状況下におかれようとも、わたしが彼を守ってみせます」<br>  普通ならそんな森さんを僕はかっこいいと思っただろう。しかし、なぜか僕の目には彼女がそういう風に見えなかった。<br>  自分の都合、それを優先しているように見えてしまったから。<br>  <br>  <br>  結局、森さんの言い分が通り、僕と森さんは地上部隊に入ることになった。指揮官の言うとおり、命の危険があるチームだ。<br> しかし、それは他の人たちも同じこと。僕だけが安全地帯でのうのうとしていることには僕自身も反対だ。<br>  基地内は一気にあわただしくなり、兵士たちが準備を始めていた。装備品のチェック。チームに対して檄を飛ばす。<br> 基地の外では、数名が小さなヘリを押して運んでいた。下部に武装が施されているところを見ると、<br> あれが攻撃ヘリとして使われるらしい。てっきり映画とかでよく見かけるでっかいものが出てくると思いきや、<br> まるっこい形の小さなヘリだ。あんなので大丈夫なんだろうか? 空中指揮所になる方も武装が着いていないだけの同型だった。<br>  奥には大きな輸送ヘリ2機がすでに準備万端な状態で待っている。あれに乗ってあの化け物の眼前に行くのか……<br>  <br>  <br>  自分の準備を忠実にこなしていく人の中、僕はどうにも居心地の悪さを感じてしまい、人気のない基地の裏側にいた。<br> ここで出撃まで大人しくしておこうと思ったが、先客がいた。てっきり準備に追われて姿を消したもんだと思っていた森さんが、<br> すっかり装備を調えてそこでだらんと地面に座り込んでいる。その顔はさっきとは打ってかわって、いつもの憂鬱なものだった。<br>  邪魔をしてしまったかと思い、僕はそそくさと立ち去ろうとしたが、<br> 「別に邪魔じゃないから」<br>  そう僕の心を読んだように森さんが言った。<br>  僕は森さんの隣に座り、<br> 「なんか違和感がしてしまうんですよね。みんなきっかりとやるべきことをしているのに、ただ見ていることしかできない自分に」<br> 「……そう」<br>  森さんはいつもの相づちを打ってきた。<br> 「やっぱりまだ何もできない僕がここにいるのは間違いかな?」<br>  つい出てしまう本音。森さんとともに行くという理由はあった。しかし、さっきのあわただしい基地内を見て、<br> 僕は森さんしか見ていなかったことを痛感させられてしまった。無力な自分が行って、多くの人に迷惑をかけたりしないのか、<br> それを急に不安に思うようになってしまったのだ。<br> 「今更ね」<br>  森さんのズバリな指摘に僕の胸がちくりと痛む。<br> 「だけど、自分だけじゃなくて周りが見えたことは大きな成長よ。自信に思いなさい。でも、もうすぐそんなことをなんて<br> 考えてもいられなくなる。ひとたび戦いが始まれば、もうそんなことなんて全く気にならない――気にしている暇もない」<br> 「…………」<br>  僕は黙って森さんの言葉に耳を傾けていた。こんなことを言ってくれる彼女は初めてだ。<br>  そして、森さんは僕に顔を向けると、<br> 「古泉、生き残りなさい、焦らず、周りの仲間を信じて動けばみんな助けてくれる。それだけに集中するの、いいわね?」<br> 「……はい」<br>  僕はうなずく。初めて森さんから受けたアドバイスだった。その貴重な一つ一つの言葉を脳裏に深く刻み噛みしめる。<br>  ほどなくして、森さんを呼ぶアナウンスが聞こえてきた。彼女は立ち上がりその指示に従って指揮所へと歩き出した。<br> その前に一つだけいつもの見えない溜息と言葉を残して。<br> 「あんたはまだ先がある。わたしとは違うから……」<br>  <br>  森さんと入れ違いに、初老の指揮官が僕の元にやってきた。見た目は怖そうなおじさんだが、語りかける口は優しげだ。<br>  彼女についてだが。<br>  その口から出たのは、森さんことについてだった。僕はわかっていますと頷く。<br>  指揮官は言う。<br>  彼女とは以前に付き合いがあった。<br>  その時は男勝りの迫力を持っていた。<br>  ここに来て、彼女を見て驚いたよ。<br>  実力は全く変わらなかったが、以前の威勢の良さは消え失せ憂鬱そうな表情ばかりしている。<br>  彼女の近くにいた人物に聞いたところ、前の仕事で何かあったらしい。<br>  しかし、それが何なのかはわからない。<br>  彼女の口は恐ろしく堅い。問われても話すことはないだろう。<br>  過去に何があったのかは問題ではなく、彼女が今後取る態度に不安がある。<br>  何かしでかすのではと危惧している。<br>  もっとも彼女の性格上、裏切りや暴走なんて言うことはないだろうが。<br>  君(僕のことだ)の世話役にしたのは、君にも彼女を見ていてほしかったからだ。<br>  ……彼女のことを頼む。<br>  <br>  僕は指揮官に対してただ黙って頷く。<br>  ……森さん、あなたは何を考えているんですか? そして、何を――<br>  <br>  <br>  いくぞ!という地上部隊のリーダのかけ声とともに、兵士たちが輸送ヘリに乗り込み始める。<br> 僕も遅れまいとついて行くが、結局森さんに腕を引っ張られてヘリに乗り込んだ。<br>  自分の服装は他の人の都市用迷彩服とは違い、動きやすいジャージ姿――合うサイズが無いらしい――で、<br> 頭には軍用ヘルメット、胸には装甲版入りの防弾チョッキを身に付いている。おかげで狭いヘリの中、<br> 所狭しとひしめく兵隊さんの中に一人民間人がぽっかり浮いてしまっていた。<br>  輸送ヘリ一機に、乗員5名・地上部隊10名という構成だ。もう一機の方に超能力者が乗り込んでいる。<br>  ほどなくして、機体が揺らぎ、小型の攻撃ヘリと輸送ヘリが飛び立った。<br>  見下ろせば、軍用トラック5台も同じタイミングで走り出し、基地のゲートから出て行っている。<br>  閉鎖空間までここから5分程度で着くはずだ。否応なく僕の心臓は高鳴り始めていた……<br>  <br> ~~~~~~~<br>  <br>  古泉はしゃべり疲れたのか、一息つくために自らお茶を注ぎ始める。<br>  俺は今のうちに聞けることは聞いておこうかと思い、<br> 「ヘリ5機とトラック5台だけかよ。意外に小規模だな。てっきり戦車や戦闘機がばんばん出てくるもんだと思ったが」<br> 「あなたは機関をNATOかなにかと勘違いしていませんか?」<br>  と、あきれ口調でこっちに顔を向ける。そして、お茶を入れ終えると定位置に座り、<br> 「機関はまだまだ小規模でしたから、それだけの装備を調達するだけでも大変だったんですよ。<br> 軍用ヘリなんていくらお金があっても簡単に買えるものではありませんし、整備の手間もかかりますから」<br>  そうお茶をすすりながら言う。ま、確かに店に行ってほいほい買える代物ではないだろうからな。<br>  ふと、ここで俺はあることに気がつき、<br> 「なあ、古泉。さっきから基地基地と言っているが、それはどこにあったんだ?<br> 仮にも機関は非公開の民間組織みたいなものだろ? 本物の銃や武装ヘリコプターを置いておける場所なんて想像もできないが。<br> 外国にあったとも思えないしな。そんなものが飛び交っていたら、警察がすぐに駆け込んでくるはずじゃ」<br>  俺の指摘はどうやら機関の機密事項に当たるらしい。古泉がどう答えようかと真剣な表情で考え始め、<br> 「そうですね……。今ではもう廃止されている場所ですが、詳しくは言えません。<br> とりあえず日本国内であって日本国内ではない場所とだけ言っておきましょうか」<br>  その古泉の言葉に、俺は即座にある場所が脳裏に浮かび、<br> 「おい、それってまさか……」<br> 「おっとそれ以上は禁則事項です♪」<br>  俺は古泉の演じる朝比奈さん得意ポーズに、猛烈な不快感をぶつけられ顔をしかめた。<br>  <br> ~~~~~~~<br>  <br>  後一分!<br>  ヘリ内に叫び声がこだまする。バタバタとヘリから発せされる音が大きいため、でかい声ではないと<br> 近くでも相手が何を言っているのか聞き取れない状態だ。<br>  僕は開けっ放しになっている出入り口?から落ちないように、ヘリの奥に縮こまっていた。<br> 隣では銃を肩にかけて目を閉じている森さんがいる。眠っているのではなく、雑音を取り払って精神を集中させているようだ。<br>  <br>  ほどなくして、さっきまで太陽光に照らされていたヘリ内が急に灰色に染まった。<br> 月明かりでも、曇りの緩い太陽光でもない。存在するものすべてがまるで色を奪われたような状態になっている。<br> 「閉鎖空間に入ったわね」<br>  いつの間にか、目を開いて外を眺めている森さんの一言。その視線の先にはもう一機の輸送ヘリが飛んでいる。<br> あそこに乗っている超能力者が僕ら全員をこの灰色な世界に招き入れたのか。やはり彼の実力は本物のようだ。<br> 外見を当てにしてはいけないというのは、まさに常に軽薄な性格をさらしだしている彼に与えるべき言葉だろう。<br>  ふと、他の兵士たちの隙間から見える街並みが目に入った。僕はそれをもっとはっきりとみたいと思い、<br> 落下の恐怖心を押さえつつ、ヘリの入り口部分に顔を出す。<br> 「……すごい」<br>  思わず簡単の言葉が口からこぼれ出た。<br>  空・地面・人工物……すべてが灰色とかし、昔の白黒映画に近い状態になっている街並み。違和感を超えて美しくすら感じた。<br>  と、ここで気がつく。僕たちのヘリの側面数キロぐらいの場所がゆっくりと明るくなってきている。<br> 最初はただぼんやりとした光にすぎなかったが、やがてその輝きが強まり少しずつ何かの形ができ上がり始めた。<br> 「よく見ていなさい。あれが神人――涼宮ハルヒの感情の暴走、そしてわたしたちの敵よ」<br>  背後から森さんの言葉。それに僕の背筋――いや、全身に寒気としびれに似た感覚が走り、震えた。<br>  じわりと発光体が人の形へと変貌を始める。青白い身体、長い腕、それにしては短い足、顔に当たる部分には<br> 血のような赤い大きな点が三つほど浮かび上がった。不安定にその三つは位置を変えるが、口と目を模っているように感じた。<br>  今日のは前回に比べて大きいな、と隣にいた兵士が言う。比較できるものはないが、確かにビデオで見たものに比べて<br> 一回り大きく感じた。となると、あばれっぷりも前回以上だというのだろうか?<br>  ところが、完成刑と化した神人はぼーっと立ったまま一歩も動こうとしない。てっきりすぐに暴れ出すものかと思ったが……<br>  ヘリが方向を変え、神人に向かって移動を始めた。両サイドで攻撃ヘリが護衛する中、超能力者が乗る輸送ヘリが先行する。<br>  作戦では神人の近くに着いた時点で、ヘリから降下することになっている。下は事前の打ち合わせに出たとおり、<br> 小さな家・ビルが不規則、かつ密集しているため着陸できる場所はなさそうだった。<br>  こちらがでかい音を立てて向かっているにもかかわらず、神人は身じろぎ一つしない。<br> 「何で動かないんですか?」<br>  大声で近くの兵士に聞いてみる。<br>  すると、神様の考えることなんてわからねえよと笑いながら返された。続いてげらげらと女性に対するアレな話を<br> 続け始めるのでいくら何でもリラックスしすぎじゃないのか?と不安になる。<br>  一方で森さんは目を閉じたまま、他の話には耳を傾けることなく再び目を閉じていた。<br>  しばらく機内を馬鹿話が蔓延していたが、僕は話しについて行けずまた神人の方に目をやって――<br> 「……あれ?」<br>  意図して出したものではなく、思わず自然と口にしてしまった間の抜けた声。だが、自分で言うのも何だが無理もない。<br> さっきまで灰色世界で燦々と輝きを放っていた神人が跡形もなく消えてしまっているからだ。<br> 「森さん!」<br>  僕は自然と彼女の名前を呼ぶ。ただならぬ口調に、何事かと僕のそばに移動して――顔を硬直させた。<br> 機内の兵士たちも異変に気がつき全員静まりかえり、ヘリの轟音だけが辺りを支配した。<br>  どういうことだ?と地上部隊のリーダが困惑の表情を浮かべる。どうやらこの事態は頻繁に発生しているものではなさそうだ。<br>  リーダはすぐに無線で、前方のヘリに乗っている超能力者と事態把握に努めだした。<br> しかし、聞こえてくる会話の内容から察するに向こうも事態が把握できていないらしい。<br>  僕は難しい顔でじっとさっきまで神人のいた場所をにらんでいる森さんに、<br> 「どうするんですか?」<br> 「さて……ね」<br>  彼女から落ちるんじゃないかとハラハラさせるほどにヘリから身を乗り出し、辺りをうかがっていた。<br> どうやら神人が別のどこかにいるのではないかと探しているようだ。<br>  ――その時だった。<br> 「真下よ! 回避して!」<br>  森さんの叫び。僕が訳がわからずぽかんとしてしまうが、地上部隊のリーダは全く疑問をもたず、ヘリの操縦者へ<br> 指示を飛ばした。同時に無線で先行しているヘリにも指示を出すが……<br> 「うわぁ!?」<br>  突然ヘリ内部が曇り空から顔をだした満月の明かりに照らされたように、青白く輝いた。<br> そして、少し前方をまるで天に伸びる豆の木のように、光の物体がのびていく。<br>  神人だった。突然消えたと思った神人が、今度は僕たちの目の前に現れたのだ。<br>  同時に、ヘリが回避行動をとったことにより身を投げ出されるほどの衝撃が機内を揺るがす。<br> 僕は全く経験のない揺れ方に足をもつれさせ、ヘリの外に投げ出されそうになるが、すんでの所で森さんに抱きかかえられ<br> 落下を阻止してくれた。そのまま抱きしめなが機内の床を転がり落ちる心配のない場所にうまく移動する。<br> 「す、すいません!」<br>  僕は顔数十センチ前にある森さんの口を見て、思わず謝罪の言葉を口にした。だが、彼女はそれには答えず、<br> すぐに僕を離すとまた外の様子をうかがった。<br>  墜落する!<br>  どこからか聞こえてきた声に、僕ははっと息をのんだ。見れば、リーダが盛んに無線で呼びかけを続けている。<br>  程なくしてようやくヘリが回避行動を終え機内の振動が緩くなった。僕は足場の安定を気にしつつ、森さんの隣に移動し<br> 外の様子をうかがった――そのとたん、目の前に広がる絶望的な光景に呼吸が一瞬止まり、冷や汗と鳥肌、そして震えが<br> 一度に全身に伝わった。<br>  外には燦々と輝きを放つ神人の周りを、煙を吐きながら回転する物体があった。それはコントロールを失った<br> あの超能力者が乗っているヘリだ。回避行動ではない。明らかに機体の一部を損傷し、操縦不能の状態に陥っている。<br> きっと、突如出現した神人にぶつかってしまったのだ。<br> 「……森さん、どうするんですか!?」<br> 「…………」<br>  僕の呼びかけに、森さんは苦渋に満ちた表情で唇をかんだ。どうすることもできないのだ。<br> 森さんだけではなく、ここのいる全員がただ黙ってヘリが地上に落ちていく様を見ていることしかできない。<br>  墜落する、墜落する!<br>  無線から漏れる声がヘリの中を虚しく反響する。ほどなくして、その声も収まりヘリが市街地に墜落した。<br> 操縦者が狙って落としたのかはわからないが、ちょうど二車線道路の十字路に砂煙を上げてその活動を停止した。<br> そのすぐそばをヘリの墜落に気がついていないように神人がぼーっと立っている。なんてこった。よりによって神人の目と鼻の先に<br> 墜落するなんて最悪じゃないか。<br>  ――ヘリ内を緊迫した空気と沈黙が流れる。誰も何も言わない。ただ唖然としていた。<br>  また無線が入る。空中指揮所のヘリからの指令だ。リーダは、訓練通りやるべきことはわかっていますとだけ答えると、<br> 全員の注目を自らに向けさせる。<br>  彼は言う。<br>  みんな見たようにヘリが墜落した。だが、不安に思うことはない。そのための訓練は今まで何度も行っているんだ。<br> まず予定通り神人からある程度離れた場所に降下する。そこから徒歩でヘリの墜落地点に向かい、周辺を確保。<br> 車両部隊の到着後、墜落したヘリから負傷者を救助して離脱する。神人の相手は後回しだ。肝心の主役がどうなったか<br> わからないんだからな。車両部隊もこちらとは別行動で墜落地点に向かっているはずだ。そこで合流する。<br>  その指示内容に全員が緊張した面持ちでうなずいた。<br>  訓練はしている。だが、周りの兵士たちの雰囲気から見てもヘリ墜落の初めての事態のようだ。<br>  僕の初出撃は波乱に満ちた幕開けになった。<br>  <br>  <br>  神人から500メートルほど離れた位置にヘリがホバリングを始める。すぐにロープが下ろされ、総勢10名の地上部隊員たちが<br> 次々と降下を開始した。リーダが行け行け!と声を上げている。<br>  降りるだけなら問題なさそうだが、面倒なことに神人がついに活動を開始した。腕を振り回し、周辺の民家をなぎ倒し始める。<br> たまに両腕を地面にたたきつけ、そこから発生する衝撃がヘリを揺るがした。タイミングを計り違えると<br> その衝撃でロープから手を滑らせかねない状態だ。一人一人慎重に降下する必要に駆られているため、<br> 降下に予想以上の時間をとられてしまっている。墜落したヘリでは一刻も早い救助しなければならない人たちがいるというのに、<br> 僕の頭に焦りが生じ始めていた。<br>  だが、森さんはそんな僕の背中をぽんと叩くと、<br> 「あんたが焦っても戦況は変わらないわよ。そんなことよりとっとと背中に乗りなさい」<br>  そう言いながらゴーグル――降下後、ヘリから叩きつけられた風で巻きあがる土埃対策のためだろう――をつけた。<br> 僕はこの歳でおんぶしてもらうことに少々抵抗感を覚えたが、そんなことを考えている暇じゃないと頭を振り、<br> 彼女の背中に飛び乗った。しかし、そんなに体重はない僕とはいえ、森さんは二人分の重量を背負って降りるというのか?<br> 大丈夫なんだろうか?<br>  森さんは僕の不安なんてお構いなしに、ヘリの下へと伸びるロープをつかむ。僕はふと地面が目に入ったとたん、<br> 軽いめまいを覚えてしまった。思ったよりも高い。10メートルはあるんじゃないか?<br>  身体に震えが生じてしまっていることが森さんに伝わってしまったのか、僕の方にゴーグルをかけた顔を向け、<br> 「いい? この高さから落ちればただじゃ済まない。とにかく、暴れられたりすると危ないから目を閉じていなさい!」<br>  そう僕の背中を数度叩く。その言葉を信じた方が良さそうだ。僕はぎゅっと強く目を閉じ、<br> 自らを周りの状況を全くわからない状態に置いた。<br>  しばらくして急な落下感、今までと違うヘリのローター音、そして、猛烈な風にうめき声を上げてしまうが、<br> ひたすらに森さんの背中にしがみつき、よけいな動作をしないように心がけた。<br> 「――いつまで捕まってんのよ、早く離れなさい」<br>  森さんの声。気がつけば、僕たちはいつの間にかヘリからの降下が終わり、近くの物陰に身を潜めていた。<br> 周辺には同じように物陰から、銃を構えて警戒している兵士たちが見える。<br>  僕は森さんの背中から離れると、ヘルメットをかぶり直し、<br> 「これからどうするんですか?」<br> 「……さっき指示のあったとおり、墜落地点に向かうのよ。あの神人の足下へね」<br>  このときの彼女はやっぱり溜息と憂鬱に染まっていた。<br>  <br> ~~~~~~~<br>  <br> 「なあ古泉。ちょっと聞いていいか?」<br> 「何でしょう?」<br>  古泉がお茶二杯目をすすり始めたタイミングで、俺は次の疑問をぶつけてみることにした。<br> 「神人ってのはただ暴れているだけだろ? 弾を当てれば、倒せないにしてもダメージはあるってのはさっき聞いたが、<br> 神人の方からお前らに襲ってくることはないんじゃないか? 大体、ハルヒの奴が無意識とはいえ、<br> そんな通り魔的無差別攻撃を仕掛けるようなまねをするとは思えないしな」<br> 「僕も墜落地点に移動し始めたときはそのように楽観的に考えていましたが、現実は違いましたね」<br> 「どういうことだよ?」<br> 「最初にあなたが言ったとおり、涼宮さんは意図的に傷つけるようなマネはしないでしょう。<br> そのための閉鎖空間でもありますからね。どれだけ暴れても誰も傷つけることがない。<br> 逆に言えば、閉鎖空間の中では神人は何も気兼ねすることなく暴れることができると言えます。<br> 本来、涼宮さんが招き入れた超能力者以外は存在しないはずですから」<br> 「誰もいないはずの場所だから派手に暴れられる。でも、万一そこに誰かがいればそいつの命の保証は全くできない。<br> そう言うことか?」<br> 「その通りです」<br>  古泉が頷くのを見て、俺は少々複雑な気持ちになる。神人を暴れさせているハルヒは人に危害を加えるつもりは全くないが、<br> 結果的に誰かが傷ついてしまっている――なんかやりきれない。ただ神人の存在すら知らないハルヒに責任があると言えないのも<br> 事実ではあるが。<br>  古泉は話を続ける。<br>  <br> ~~~~~~~<br>  <br>  出発だ行こう!<br>  リーダが地上部隊全員に声をかけ、一斉に墜落地点に向かって走り出した。数百メートル離れた場所では<br> 神人の破壊活動により、砂煙が立ちこめ始めていた。<br>  最初、神人は勝手に暴れているだけだから墜落地点には楽につけるだろうと思っていた。<br>  だが、それは甘かった。<br>  まず第一にやっかいなのが、たまに神人がやり出す――なんと言えばいいのか、そう地団駄を踏むといえばいいのか。<br> まるで子供がだだをこねるように足をばたつかせ地面を蹴りまくり始めるのだ。その時の衝撃と来たら、<br> マグニチュード7クラス(想像)の大地震が発生した状態になる。周辺の家は崩壊を始め、ビルからは窓ガラスが飛び散り<br> 僕らの頭上を襲った。さらに電柱が倒れ、僕らの行き先を阻む。10メートル進むだけでも一苦労だ。<br>  さらに神人が僕らを無視してくれそうにもない。<br>  地上部隊10名が狭い路地は入り、墜落地点への道を進んでいたが、突如左上の民家の2階の壁をぶち抜いて、<br> 何かが出現した。<br>  下がれ!伏せろ!<br>  誰かの怒鳴り声が狭い路地に乱反射する。出現したのは、あの神人と全く同じ輝きを放つ太い触手のようなものだった。<br> その先にはあの神人の頭と思われる部分にあった三つの赤い点が顔のように並んでいる。神人の一部みたいなものか。<br>  それはしばらくこちらの様子を探っているかのように、にょろにょろと動いていたが、やがて猛烈な勢いで僕めがけて<br> 向かってきた。<br> 「――古泉っ!」<br>  森さんは僕を突き飛ばし、接近するそれの目の前に立つ。そして、持っていた自動小銃をそれに向けて撃ちまくり、<br> 数発が命中した結果、そいつは痛がるように身をよじると出現した民家の二階に引っ込んでいく。<br>  だが、危機は去らない。続けざまに前方に神人の巨大な足が落下――桁外れの大きさのため、そう表現するしかないのだ――<br> してきた。どすんと地面に加えて空気までも揺るがす。<br>  下がれ下がれ!とリーダが自動小銃を撃ちながら手を振った。あんなものを相手にして進むわけにはいかない。<br> 別の道を変更するということだろう。<br>  だが、神人もそう簡単には見逃してくれない。神人の足の指の一部が地面にめり込んでいることに気がついたときは<br> もうすでに遅かった。デコピン足の指版のように、それが振り上げられると道路のアスファルトが一気に飛び散り、<br> その無数の破片が僕らを襲う。そして、そのうち一発が一人の兵士の足に直撃し、衝撃で前のめりに倒れ込んでしまった。<br>  銃弾のように人体に効率的なダメージを与えるようなものではないが、あの恐るべき怪力から作り出される威力は<br> それと大差なく、人体に当たれば当然その箇所は大きなダメージを追うことになるだろう。<br>  次々と足の指からとばされる破片を避けるために、全員が地面に伏せて逆匍匐前進のように下がり始めた。<br> 負傷した兵士は衛生兵が伏せた格好のまま足の状態をチェックしている。<br>  幸いなのか、僕は森さんと一緒に最後尾にいたため、すぐに路地から出ることができた。<br> 無力な僕はただ物陰から様子をうかがうだけだが、森さんは神人の足めがけて他の兵士を援護するために<br> 自動小銃を撃ち続けていた。<br>  民家やビルの壁に反響する強烈な銃声音に、耳を軽く押さえていたが、ふと背後に何かの気配を感じて振り返る。<br> 見れば、さっき僕を襲った神人の一部が背後の地面から生えるように現れ、こちらにその身をのばしてきていた。<br>  とっさに声にならない悲鳴を上げると、即座にそれに気がついた森さんが僕を肩ではねとばし、またそいつの前に立った。<br> しかし、今度は銃を撃つ暇もなくそいつに体当たりを食らって、そのまま背後の民家にねじ込まれてしまう。<br>  僕は森さんにはねとばされた勢いでしばらく転んで動けなかったが、腕にありったけの力を込めて立ち上がると、<br> 彼女がねじ込まれた民家に近づいて――<br>  その時だった。衝撃でガス管か何かに引火してしまったのか、民家内で火炎を伴った大爆発が発生して、<br> 窓という窓から炎が噴出される。その火にいぶり出され、神人の一部はテープの逆再生のように地面の中に戻っていった。<br> 「森さぁんっ!」<br>  自然と僕は絶叫した。万一、爆発した時点で森さんがまだ民家内にいたなら……<br>  嘘だ。あの人が死ぬわけ無い。こんなにあっさりと死ぬわけがない! そんなことなんて絶対にない!<br>  やがてようやく後退してきた他の兵士たちが路地から出てくる。リーダが様子のおかしい僕の肩をつかみ、<br> どうしたんだと聞いてきた。<br>  僕は動揺のあまり震える唇で必死に、<br> 「も、森さんがあの化け物に襲われて――そしたら民家が爆発して、でもまだあの中に――森さぁんっ!」<br>  また燃えさかる民家に向かって僕は叫んだ。<br>  次の瞬間、爆発した民家の隣にあった店舗の扉がすっ飛ぶ。そして、そこから、<br> 「今なんか呼んだ!?」<br>  そう確認しながら、無傷の森さんが現れた。<br>  その無傷な姿に、僕はほっとする前に唖然としてしまった。<br>  <br>  路地から脱出すると、神人はこちらの姿を見失ったのか、全く別の方へゆっくりと歩き出す。<br> しかし、こちらが10メートル進むだけでも苦労するというのに、向こうは2~3歩で墜落現場から数百メートルを<br> 行き来できるんだから、なんかずるい。あんだけでかいんだから無理もないが。<br>  さて、かといってこちらも油断はできない。少しでも神人の気が変われば、またもやピンチに早変わりだからだ。<br>  さっきの路地の一戦で負傷者が一人出てしまっている。足をやられたおかげで自力で立てず、<br> 別の兵士二人に抱えて歩いていた。<br>  僕はそんな兵士の集団の最後尾をいる森さんにくっつくように歩く。周りには真剣なまなざしで銃口を辺りに向け警戒する<br> 兵士たち。その表情に全く動揺は伺えない。ヘリが撃墜、負傷者発生と最悪な事態に追い込まれているにもかかわらず、<br> 全員が平静さを保っていることに僕は驚いていた。<br> 「すごいですね。こんな状況だから誰か一人ぐらい逃げ出したりするんじゃないかと思っていました」<br>  僕の言葉に、森さんは周りと同じく背中を向けたまま、<br> 「ここにいるのは全員、こういったことで飯を食っているプロよ。あっさり逃げ出すようなら明日から失業は確実ね」<br> 「でも、怖かったりしないんですか? あんなでっかい化け物が暴れている真下に向かっているんですから」<br> 「……怖いわよ。みんな」<br>  さっきと相反することをいう森さん。僕は意味がわからずはてなマークを浮かべていたが、<br> 「みんな怖い。そりゃそうだわ、死にたくないからね。でも、だからといって何もしないわけにはいかないわ。<br> 怖いと思ったとき、いやだと思ったとき、その時にどう行動できるかで人間の価値が決まる。わたしはそう思っている」<br>  ――と、ここで僕の方に振り返ると、<br> 「それにね。墜落したヘリにいた超能力者がいないと、あたしたちはこの閉鎖空間から出れないのよ」<br>  その森さんの言葉に、僕の胸がちりっと痛んだ。確かにその通りだった。あの超能力者しか神人は倒せず、<br> この閉鎖空間に導くこともできない。だから、どうしても彼を助けなければならなかった。そのために全力を尽くしている。<br>  でも、同じ超能力者である僕は、その力を与えられたにもかかわらず、何もできない。せめて閉鎖空間の出入りぐらいできれば、<br> いったん全員を外に出して増援を呼ぶなり、部隊の再編成ができるというのに……<br> 「焦ることはないわ。悪い意味にとらえてほしくないけど、最初からあんたに頼ろうっていう人間はここにはいない。<br> 戦力として数えていないものを計算に入れるほど馬鹿じゃないわよ。今は他の人の邪魔にならないよう、できることをしなさい」<br>  森さんの口調はいつもと同じくぶっきらぼうで無愛想だったが、少しだけ励ましてくれているように感じた。<br>  <br>  僕たちは狭い路地の迷路を抜け出し、市道の二車線道路に出た。その道が延びる先では神人が<br> 手近なビルを片っ端から殴りつけている神人の姿がある。このまま一直線に進めば、ヘリの墜落地点に到着するはずだ。<br>  しかし、そんな簡単にはいかない。上だ!という誰かの叫びにつられて、空を眺めると大きさ数メートルの<br> ビルの破片が無数に降ってきているのが目に入る。気がつけば、神人が殴っていたビルの破片をやけを起こしているかのように、<br> 上空に放り投げまくっているのだ。これではまるで隕石群の落下である。<br> 「なにぼーっとしているのよ!」<br>  またもや森さんは僕の襟首をつかむと、近くの商店の中に投げ込んだ。背中から床に倒れ込んだため、一瞬息が止まり<br> 咳き込んでいたが、地面を揺るがす轟音にはっと気がつき、まだ二車線道路上に立つ森さんに振り向いた。<br> 見れば、さっきまで僕のいた場所に森さんが立っている。その数十センチとなりには、大きさ3メートルはあるだろう、<br> 巨大なコンクリート片がアスファルトにめり込んでいた。間一髪のところで森さんへの直撃は避けられたらしい。<br> 森さんはそんな紙一重のタイミングにも全く動じていない――いや違う。それどころか、あのいつも感じる溜息を<br> ついているように見えた。<br>  さすがに3度目になると、ちょっとした疑念が確信に変わってくる。<br>  閉鎖空間突入後、森さんは三度僕を救ったが、代わりに自分の命をぞんざいに扱っているように見えなくて仕方がないのだ。<br> 神人に襲われたときも僕の身代わりになったし、今だって少し落下してきたコンクリート片がずれていたら、<br> 僕の代わりにつぶされていただろう。僕の命を助ける一方、自らのそれを軽視している。しかも、それが僕に対する保護心から<br> 来るものではなく……ああ、何と言っていいのかわからない。とにかく、そんな気持ちで僕を守っているようには感じない。<br>  それを証拠に、次々と落下してくるコンクリート片を全く避けることなく、路上に森さんは立ったままだ。<br> 今は小さい破片がたまに当たっているだけだが、そのうち致命傷になる大きさのものに当たってもおかしくない。<br>  僕は店舗から顔を出し、森さんのところへ向かう。<br> 「ちょ――何やっているのよ! 戻りなさい!」<br>  そんなわけに行くか! 僕は森さんの言葉を無視して、その腕をつかむと無理矢理さっき投げ込まれた店舗に彼女を引き込む。<br> ほどなくして数個の巨大な破片がさっきまで森さんのいた辺りに次々と落下してきた。あと数秒遅かったら……<br> 「何考えているんですか!?」<br>  僕はそれを認識したとたん、森さんを怒鳴りつけていた。もうちょっとで森さんは床にぶつけられたトマト状態だっただろう。<br> この人は死にたいのか!?<br>  だが、森さんは僕の言葉にただ憂鬱な表情でいるだけ。そして、あの見えない溜息をつき、<br> 「どうでもいいわよ、別に……」<br>  ぽつりとそう言った。確かにそう言った。まるで自暴自棄になっているような人間の言う言葉だ。<br>  僕は激高して再度怒鳴ろうとするが、その一歩前に森さんは頭を振ると、<br> 「あー! ごめん。ちょっと弱気になっていたわ。次からは気をつける。作戦中だってのにあたしは何を考えているんだか……!」<br>  そう自分に対する怒りをあらわにした。それを見て、僕の怒りもすっと終息していく。よかった、どうやら正気を<br> 取り戻してくれたらしい。やはりヘリ墜落から神人のあばれっぷりに外見に出さないだけで動揺しているに違いない。<br>  おい、そっちは大丈夫なのか? 別の兵士が店舗の入り口から顔を出す。<br>  僕らはそれに頷くと、店舗から出て他の兵士たちとともに、再び墜落地点へと歩みを進め始めた。<br>  <br>  <br>  ようやく墜落現場近くまで僕らは移動した。見れば、交差点の中央に傾いた形にヘリがひじゃけている。<br> あんな変形ぶりを見ると、中で無事な人間なんているのか?と疑問に思ったが、ヘリの周辺の民家やビルに<br> 兵士数人が立っている姿が見えた。どうやら生き延びて周辺を確保していた兵士もいるようだ。<br>  ところで、基地であったきり見かけない車両部隊だが、閉鎖空間に突入し撃墜現場に向かう途中、神人の襲撃にあったらしく<br> 行く手を阻まれているとのこと。崩壊した建物がバリケードの役割を果たしてしまっているため、墜落地点への別ルートを<br> 現在空中指揮所のヘリが探索している。つまり、当分の間僕らだけでヘリの周辺の確保をしなければならないと言うことだ。<br>  地上部隊の僕たちは建物の陰に隠れ、墜落したヘリの様子をうかがう。すぐそばを神人の巨大な足が踏みつけられ、<br> 強烈な振動が建物をきしませる。墜落したヘリのチームの兵士たちは周辺にいるものの発砲はしていない。<br> 恐らく神人の足下で手出しができないのだろう。下手に刺激して、また地団駄を踏み始めればヘリを踏みつぶされる恐れもある。<br>  僕たちの方の地上部隊リーダが手を頭の部分で降る。一気にヘリまで近づくという合図だ。<br> 兵士たちはぞろぞろと一直線に並び、ヘリに向かって走り出した。僕と森さんもその最後尾にくっついて移動する。<br> ふと、先頭のリーダが大きく左方向にある大きな看板へ指を指しながら腕を振った。それに反応した森さんが走る速度を上げて、<br> 数発発砲した。すぐに神人の触手が看板の陰から神人の触手が飛び出す。僕からはちょうど陰になって見えていなかったが、<br> どうやら待ち伏せていたらしい。さらに森さんの銃撃が続くと、悲鳴を上げるように身をよじらせてどこかへ引っ込んでいった。<br>  僕らは障害を排除したと判断し、墜落したヘリの民家の陰に入る。そこには墜落したヘリから脱出した3人の兵士がいた。<br>  どんな状況だ?とリーダが叫ぶ。<br>  パイロット2名と乗員・兵員6名負傷。あと機内に3名が重傷者で、ドグが治療中だ。<br> 超能力者もその重傷者の一人だが、意識が戻らない。出血も酷くて早く機外に出したいが、ヘリの残骸に足を挟まれて<br> 動かせない状態だ。<br>  返答に、リーダと一同は苦悩の表情を浮かべる。当然森さんもだ。<br>  超能力者の死亡により、閉鎖空間からの脱出は不可能になる――この最悪の事態は避けられた。しかし、意識不明で<br> 適切な治療を受けさせないと死んでしまう状態。車両部隊の方にはもっと治療するためのものがそろっているが、<br> 神人の作り出したバリケードのおかげで、目下周辺を迷走中だ。到着するのはいつになるかわからない。<br>  リーダは自分のチームを集め、指示を飛ばす。<br>  よし、車両部隊が来るまでここを確保する。ドグは俺と一緒に来い。ヘリに入って一緒に負傷者の治療に当たれ。<br> あと森、お守りの最中で大変かもしれないが、5名を引き連れて南東の角に移動しそこを確保しろ。残りはここを確保し、<br> 車両部隊を待つ。いいな!<br> 「了解」<br>  森さんは凛とした声で答えた。これで彼女は1分隊の指揮官か。真っ先にリーダから指名されると言うことは<br> その実力を認めているようだ。<br> 「行くわよ!」<br>  そう言って森さんは僕の手を引きながら、民家の陰から飛び出した。他5名もそれに続く――が、神人が振るった腕で<br> 飛び散った民家の破片が一人の足に直撃し、空中で一回転するように転んだ。<br>  すぐに周りの兵士が肩を担いで走り出す。<br>  ……これで僕のいたチームは二人目の負傷者、墜落したヘリのチームはもう戦える人はほとんどいない。<br>  絶望的な状況だった。<br>  <br>  墜落地点到着から3時間が経過した。だが、一向に車両部隊はやってこない。神人が墜落現場を中心に回るように<br> 走り回ったりしているため、どの方角からでも進入しがたい状態になっているのだ。<br> さらに走り回った後は当然のごとくがれきの山となり、車両なんて通れる状況ではない。<br> 結局、ルートの探索は中止し、車両部隊はがれきの山を取り除きながら墜落現場に向かっている。<br>  この間、ヘリの中では懸命な治療が続けられ、負傷者は一命を取り留めていた。超能力者も同様である。<br> しかし、もうすぐ輸血も底をつきかけつつあった。どうにかして車両部隊の治療物資をこちらまで<br> 持ってこなくてはならない状況になってきている。<br>  こちらから取りに向かうという案も出されたが、ここに到着してから負傷者が3名増え、これ以上ここから一人でも動かせば<br> 防御に影響が出るとして却下された。<br>  どうすればいいんだと、僕を含め皆頭を抱える。<br>  その間も、涼宮ハルヒの作り出した神人はお構いなしに小さなビルを持ち上げて遠くに放り投げたりしている。<br> たまに墜落現場周辺にも投げつけられるため、その破片がまるで流星群のように僕らを襲っていた。<br> さらに時たま、あの触手が現れてこちらを攻撃してくる。絶え間ない攻撃に全員の疲労もピークだ。<br>  また来るぞ!と誰かの叫びが飛んだ。<br>  見れば、上空から今までより遙かに多いがれきが空を埋め尽くしていた。見れば、水をじゃぶじゃぶと振り返る子供と同じように<br> 民家などのがれきを上に向けて放り投げまくっていた。それらが次々と墜落現場周辺に落下してきている。<br> 「隠れて! みんな隠れるのよ!」<br>  森さんの指示に、一斉に物陰に隠れる。しばらくして、RPGゲームの隕石落としの魔法のように、どかどかと<br> 残骸の破片の豪雨が降り注いだ。その中、大きめの破片が数個墜落したヘリに直撃した。<br>  やがて、一過性の豪雨は去り、神人はぼかすかと手近なビルの解体作業へを始めた。いったんあれを始めると、<br> 粉になるまでやるのでしばらくは残骸ばらまきは無いと言うことになる。<br>  しかし、森さんの持っている無線から流れてきた声はさらなる状況の悪化を示していた。<br>  くそ、さっきの攻撃で輸血がダメになった。このままだと確実に負傷者が死ぬぞ! あと30――20分持つかどうかだ!<br>  その言葉に森さんの苦渋の表情を浮かべた。治療器具か何かがさっきの一撃で破壊されたと言うことだろう。<br> そうなると別のものを用意しなければならないが、遠く離れた車両部隊にしかそれはない。<br>  何かいい手はないのか――何かいい手は……!?<br>  と、僕はあることを考え、<br> 「車両をいっそ放棄したらどうですか? 徒歩でこっちに向かってもらうんです。そうすれば、時間はかかりますが<br> がれきを取り除く必要もなくなりますから……」<br> 「ダメよ。車両部隊は何としてでもここにたどり着かせる必要があるから」<br> 「なんでですか?」<br>  ――森さんは、また対面の民家の窓から姿を現した神人の触手に向け数発発砲して追い払ってから、<br> 「いい? ここは閉鎖空間、そして、わたしたちはそれができた後にここに入った。閉鎖空間って言うのは、<br> 涼宮ハルヒがストレスを膨張させたときにできるものであり、そのタイミングの世界をコピーして作っているようなものなの。<br> だから、神人を除去して閉鎖空間を崩壊させると、消えるのはコピーして作り出されたものだけ。<br> わたしたちは後から入った異物のようなものだから、閉鎖空間が消えてもわたしたちは消えない。<br> そのまま閉鎖空間と重ね合わせた通常の空間に現れるだけ」<br> 「あ……!」<br>  僕はそこでピンと気がついた。つまり、たとえ神人を倒せたとしても、このままでは通常の世界に突然墜落したヘリの<br> 残骸が出現してしまうことにある。閉鎖空間や神人の存在なんて恐らく世間は信じないだろうが、<br> 突然そんなものや重武装の兵士が町中に現れればどうなるか。警察沙汰になるのは間違いない。閉鎖空間の存在を隠したい機関に<br> とってはあまり好ましくない事態に陥るだろう。<br>  ヘリの残骸だけなら、情報統制でも何でもしてそのうち忘れ去れるかもしれないが、場所が交差点である以上、<br> 突然出現した残骸にぶつかるなどして通常の世界で死傷者が出る可能性も捨てきれない。<br> そうなれば、もはや取り返しがつかなくなる。<br> 「だから、車両部隊が到着後ヘリを解体してトラックに詰め込む必要がある。わたしたちのような兵員は武装解除していれば<br> 町中にいてもそこまで怪しまれないから大丈夫だけど」<br>  森さんの苦悩はそこにあったんだ。ヘリをこのままにするわけにもいかないから車両を放棄できない。<br> しかし、あそこのいる部隊の支援がなければ、超能力者や他の負傷者はもうもたないだろう。それに超能力者が死んでしまえば、<br> 僕らは一生ここから出れなくなる。どうすれば……<br>  ふと、僕はあることが頭によぎりぞっとした。ここで本当に超能力者が死んでしまえば、他の人たちは別の超能力者に<br> 期待をかけるだろう。当然ながら、それは僕だ。助けてほしい、なんとかしてくれ。そんな感情を一心にぶつけられることになる。<br> だが、今の僕は自分の力を自覚しているだけで何にもできない役立たずだ。そんな視線が集められれば、<br> 精神的に耐えられるとは思えない。<br>  それを自覚したとたん、僕は必死になった。何か手はないのか。どうにかして超能力者の命を救わなければならない。<br> そのためにはどうすればいいのか――<br>  だが、僕よりも森さんの方が頭の回転は速い。僕のさっきの話をヒントにどうやら打開策を思いついたようだ。<br> すぐに無線機で空中指揮所と連絡を取り始める。<br>  森さんの言った内容はこうだ。<br>  まず車両部隊の中の衛生兵だけをヘリの着陸できる場所まで移動させ、そこで僕たちを乗せてきたヘリが回収。<br> その後この墜落地点に降下させるという方法である。<br>  しかし、この提案に空中指揮所の指揮官は苦い返事を返してきた。<br>  車両部隊から衛生兵のみを切りだせば、そちらの方に負傷者が出た場合に対処ができなくなる。<br> さらに墜落地点に降下させようにも、それを神人が黙って見過ごすとは思えない。<br> 「わたしたちにとっての最大の生命線は超能力者です。彼が死んでしまえば、神人も倒せず、ここからも出られなくなる。<br> つまり作戦失敗は確実なものとなってしまうんです。だから、まず彼の生命の確保を最優先に判断すべきだと思います」<br>  森さんは強い口調で説得にかかる。しばらく、空中指揮所からの連絡が途絶えたが、やがて許可するという判断が下った。<br> もう他に手段はないということだろう。<br>  <br>  15分後、車両部隊の衛生兵を乗せたヘリが墜落地点上空に到着した。バタバタと猛烈な風圧で辺りに砂煙が<br> 辺り一面に立ちこめた。<br>  ヘリはしばらく墜落地点上空でホバリングをしていたが、やがて降下ポイントを固定するとロープが下ろされ、<br> 車両部隊にいた衛生兵たちが降下を開始した。しかし、その光景が神人の目にとまったのか、<br> ずんずんとこちらに向かって歩き出していた。僕たちのチームが必死に発砲してその動きを食い止めにかかった。<br>  僕はそれを耳を押さえて見ていることしかできないわけだが、それでも何か役立とうと周辺に目を配った。<br> ふと、ヘリの左側にある4階建ての小さなビルの3階の窓が、うっすらとあの神人の光を発していることに気がついた。<br> さらに神人の方を見てみると、手から一本の触手――指のようなものがのび、地面と伝ってそのビルに向かっている。<br> さっきから地面や民家から現れるあれは神人の指とかだったのか。<br>  やがて、そのビルの窓を破って神人の指先が顔を出した。じっとヘリの方を見てニョロニョロしているところを見ると、<br> これから攻撃しようとしているのは確実だ。<br>  僕はそのビルを指さし、<br> 「森さん! あそこ!」<br>  その呼びかけに、森さんはまずいと言った表情を浮かべた。こっちは神人の対処で手一杯だからだろう。<br>  と、彼女は無線機を取ると、今まであまり出番の無かった攻撃ヘリに対して、指示を飛ばした。<br> しばらくして、低空で飛んできた攻撃ヘリが脇に取り付けられたロケット弾を発射し、神人の指先をビルごと吹き飛ばす。<br> 痛みに耐えかねたのか、神人の指はメジャーを巻き戻すかのように本体に戻っていった。<br>  ナイスショット! 兵士たちの声が響く。<br>  3人の衛生兵をようやく降ろし終えたヘリは神人から距離を置くべく、加速して飛び立った。何とかぎりぎり乗り切ったか。<br> しかし、それと入れ違いになるように神人が速度を上げて、こちらに向かってきた。そして、その長大な腕を<br> 振り子――先はギロチンなみの凶器だが――のように僕たちとは違うチームのいる建物へ振り下ろした。<br> すぐさま、携帯式のロケット砲がこちらの一人が撃ち放ち、それに直撃させた。<br>  全身に響く爆発音が広がり、その衝撃で神人の腕があさっての方に吹っ飛ぶ。だが、これが悪かった。<br> コントロールを失った腕が僕たちのいる民家の屋根に落ちてきたのだ。<br>  激しい衝撃とともに、家の残骸が頭上に降り注ぎ2名が生き埋め状態になる。しかし、幸いなことにがれきの隙間だったらしく、<br> 他の兵士たちによって引きずり出され、命を失うまでにはならなかった。<br>  僕は衝撃の大きさのあまり、路上に飛び出してしまう。がれきの飲まれないように身体が勝手に反応したからだ。<br> だが、そこで待ちかまえていたのは遙か頭上から見下ろす神人の姿。それはすぐもう片方の腕の指を僕の方に伸ばしてきた。<br> 猛烈な勢いで迫るそれに僕は全く反応できず、思わず目を強くつぶってしまう。<br>  ――すぐに来るであろう痛みを覚悟していたが、代わりに誰かが僕を抱えて地面に伏せたのを感じた。<br> すぐに目と鼻の先で爆発のような音が鳴り響き、アスファルトの破片が全身にぶつけられる。<br> 「古泉っ!」<br>  女性らしき声が耳に入ったが、真正面でなった轟音のせいでうまく聞き取れない。<br>  痛みに耐えつつ、ゆっくりと目を開けると今にも泣き出しそうな彼女の顔が近くにあった。<br> 「大丈夫っ!? しっかりして!」<br> 「……え、ええ」<br>  僕は身体中にこびりついていたアスファルトの破片を払いながら起きあがる。にしても森さんがあんな顔するなんて――<br>  だが、次に森さんの顔を見たとたん、僕は絶句した。言語で表現できるようなものじゃない。引きつりきって<br> 何かにおびえて……いや、酷いショックを受けているような顔をしている。少なくても人を助けて見せるような顔じゃない。<br>  てっきり僕のどこかにおかしなところがあるんじゃないかと思い、全身を触って状態を調べるが特に変わったところはない。<br> なら何だ今の森さんの表情は?<br>  次に森さんの表情を見たときには、作戦中の引き締まった顔に戻っていた。すぐさま僕の手を引くと、<br> 「ここにいたらまずいわ。戻るわよ」<br>  そう言って走り出す。上空では攻撃ヘリが神人を追い払うように機関砲っぽいものを撃っている。<br>  僕たちがさっきいた場所――今では残骸と化した民家に戻った。森さんはすぐにこの場に残っているのはまずいと判断し、<br> 隣の小さな商店への移動を指示し始める。<br>  見れば、攻撃ヘリの活躍で神人はかなり遠いところまで移動していた。少しの間余裕はできそうだ。<br>  また森さんが無線で連絡を取り始める。車両部隊の位置について確認しているようだ。<br>  現在車両部隊は墜落地点のすぐ目の前まで移動していて、あと一つがれきの山を越えればここにたどり着けるとのこと。<br> もう少しの辛抱で――終わりはしないが、状況の改善が見込めるというわけか。<br>  すっかり忘れていたが、ヘリから降下した衛生兵は現在ヘリの中で、負傷者の救護活動に入っていた。<br> 幸い、輸血など新しい治療物資が入ったため、負傷者の危機的状況は去った模様である。<br>  状況が安定したためか、チームの間で少々安堵感が生まれているのがわかった。ともに小さな笑いを浮かべながら<br> なにやらしゃべっている光景も見える。<br>  一方で森さんは無線連絡の最中も様子がおかしかった。何か我慢ができないというように、たまに壁を叩く仕草を見せていた。<br> さっき僕を助けたときと言い、一体何なんだろうか。森さんの気持ちがわからなくなっていた。<br>  しばらくして無線連絡を終えると、いったん指揮を他の人間に任せて、彼女は人目のつかない店の奥の方に行ってしまった。<br>  …………<br>  …………<br>  …………<br>  どうしよう? はっきり言って今すぐ森さんのところへ行きたい。そして、助けてくれたことへの礼を言いたい。<br>  だけどどうしても躊躇してしまう。<br>  僕を助けてくれたときのさっきの表情は何だろう?<br>  それに自分の命を軽視しているのはなぜ? <br>  そもそも僕が機関から抜け出すといったら喜んで、残るといったら溜息をついているのはどうしてだ?<br>  それに……<br>  <br>  そこで僕ははっと気がついた。<br>  森さんの考えていることがわからない。だったら聞けばいい。それだけじゃないか。<br>  <br>  僕は小走りに商店の奥に入った。そこには憂鬱そうな表情で銃の点検をしている森さんの姿があった。<br> 「…………」<br>  何かを言おうとした。でも、言葉にならずただパクパクと口を動かすのみ。<br>  森さんはいつもの溜息をつく――いや実際には吐いていなくて僕がそう感じるだけだが。<br> 「さっきの礼ならいいわよ。任務なんだから」<br>  そう森さんの方から先に切り出してきた。話し方はいつものようにぶっきらぼうで無愛想。そういえば、昔はこんなんじゃ<br> 無かったんだと聞いたな。どんな感じだったんだろうか。<br>  僕はしゃべるのをあきらめ、森さんの隣に座る。一方の彼女は視線をこちらに向けようともせず、弾薬の数をチェックしていた。<br>  二人の間にいやな沈黙が流れる。まるで二人で外に出ようとバス停で待っていた時みたいだ。<br> 「と、とりあえず、さっきはありがとうございました。おかげで助かりました」<br> 「別にいいって行っているでしょ」<br>  森さんの声には多少のいらだちが混じっているように感じた。<br>  ふと、森さんが今までにない表情でうつむいていることに気がつく。憂鬱さに、何か後悔しているような……<br> 「ねえ古泉。聞いてもいい?」<br> 「――な、なんでしょうか?」<br>  突然の問いかけに僕はあたふたと答える。彼女は視線はこちらに向けず、銃をさすりながら、<br> 「あんた、何でここに残ったの? 一回は帰るって言ったのに」<br> 「ええと……」<br>  僕は答えに迷った。<br>  どうしよう……<br>  どうする……<br>  結局僕ははっきりと答えることにした。<br> 「途中で逃げ出すのがいやだったからです。あと――その、森さんがちょっと気になっていて――」<br>  正直な気持ち。森さんのあの見せる溜息っぽいものがずっと気になっている。今でもそうだ。<br> その気持ちはこの閉鎖空間に入ってからも落ち着くどころか、ますます強くなっていた。<br> 自らの命を軽視した行動、あの複雑きわまりない表情……僕の中で森さんの存在はとてつもなく大きくなっている。<br> 「そう……わたしが原因が……」<br>  森さんはすっと銃を片手に立ち上がった。だが、僕の答えに満足した様子はない。むしろ後悔しているような顔つきだ。<br>  そして、ゆっくりと……憂鬱な口調で言った。<br> 「わたしはもう誰もいらないの。誰にも頼られたくないし、誰も頼りたくない。わたしの中に誰も入ってきてほしくない。<br> だからお願い、これ以上わたしの中で大きな存在にならないで……」<br>  その言葉に僕は言葉を失った。だれもいらない。誰も頼りたくない。頼られたくない。<br>  初めて聞かされた森さんの心情は、絶望の色に染まったものだった。たまに見せる溜息もそれが原因なのか?<br> そう言えば、僕が何か森さんに関わろうとするたびにしていたような……<br>  しかし、一度だけ見せた矛盾もある。さっき僕を助けたとき最初に見せた心配に満ちたあの表情。<br> 誰も要らないというならあんな顔をできるわけがない。<br>  僕は自分の思いを森さんにぶつけるべく、言葉を発しようとするが、即座に彼女は銃口を僕の口元に当て、<br> 「何も言わないで。お願いだからもう何も言わないで……!」<br>  森さんの声は悲鳴のようだった。<br>  ふと、また辺りが騒がしくなり始めた。神人が動き始めたらしい。<br> 「……行くわよ」<br>  そう言って森さんは外に向かった。再び兵士の顔に戻って。<br>  <br> 「南東の角に射手をつけて!」<br>  見上げれば、すでに神人は目前まで迫っていた。突然ダッシュしてこちらにやってきたらしい。<br> まったく、意味のわからない行動をとってくれるよ。<br>  森さんの指示で、次々と銃火が神人に上げられるが、さっきまでとは違い銃撃に全く堪えることなく、<br> のっしのっしと歩いてくる。<br>  空中指揮所からの無線連絡が耳に入る。攻撃ヘリ2機で一斉掃射を仕掛ける。ありったけの弾薬をぶつけてやれ。<br> その間、地上部隊は誤射誤爆を避けるために、安全な場所に待避しろ。神人が墜落現場から距離を取り次第、<br> 車両部隊がそこに突入する。<br>  僕の周りで一斉に歓声が上がった。ようやく車両部隊が到着する。そうすれば、状況はかなりよくなるはずだ。<br>  森さんがそれに従って、指示を飛ばす。<br>  だが、問題が発生したここから少し離れた場所にいるチームに連絡が取れないのだ。<br> その場所周辺から発砲音とその光が見えるため健在なのは確実だ。このまま連絡が取れないまま掃射が始まれば<br> 巻き込まれる恐れがある。<br>  無線で何度も呼びかけるが、一向に返答はない。さらに、ちょうど他のチームから死角になった場所になっているため、<br> 黙視での合図もできない。物陰に隠れて移動することも他の兵士から提案されたが、僕たちとそのチームの間を遮っている<br> 住宅がめちゃくちゃに破壊されているため、その中を通り抜けるのは不可能だった。そこを迂回すると墜落現場の交差点に<br> 出てしまうため、いったん神人の眼下に出なければならない状態になってしまっている。<br>  森さんは、真剣な眼差しで考え込んでいるようだった。だが、結論が一向に口からでないところを見ると<br> いい手が思いつかないらしい。<br>  ふと、僕は連絡のとれないチームと僕らの間にある破壊された住宅に目をやった。大地震で倒壊した状態になっている<br> それはとても大人が通り抜けられるような隙間がない。しかし、一方で銃火の光はかすかにその隙間を通してこちらから<br> 視認できている。<br>  ひょっとしたら未成年で未発達な僕なら通り抜けられるかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。<br>  ここから倒壊した住宅までも障害物のない路上だが、神人からまだ見えない位置になる。やるなら今しかない。<br> 「森さん、提案が」<br> 「……言ってみて」<br>  さっきのことをまだちょっと引きずっているのか、森さんの口調はやや尖った印象を受ける。しかし、今はそんなことを<br> 気にしている場合ではない。<br> 「僕が向こうの人たちに、攻撃を知らせてきます。あの倒壊した住宅も僕なら隙間をかいくぐって抜けられますから、<br> 神人に見つからずに行けるはずです!」<br> 「無茶を言わないで! 路上で見つかる可能性もあるし、くぐり抜けている間にさらに崩壊でもしたら……!」<br>  僕は森さんの反論に、作り笑顔を浮かべて彼女の肩を叩き、こう言った。<br> 「そんときは、森さんが助けてください」<br>  それに森さんは一瞬唖然としていたが、やがて歯を食いしばり、<br> 「あんたってやつは……! わかりました。わたしがついて行って援護します!」<br>  そう力強くうなずいた。僕もそれに同じる。<br>  そして、二人そろって路上に飛び出した。幸い、神人はこちらに気がつかず、無事に倒壊した住宅の前にたどり着く。<br> あとは僕がここを通り抜けて向こうの人たちに、掃射を知らせれば――<br>  だが、神人が気がついていないというのは甘かった。突然、三軒先の民家から2本の神人の指触手が現れ、<br> こちらへと向かってきた。<br> 「古泉、行って!」<br>  森さんはしっかりと銃を構えると、それらに向けて発砲を始める。僕は無我夢中で残骸の隙間をくぐり、反対側の路地に抜けた。<br>  そこでは数名が向かってくる神人に応戦する姿がある。何か大きな攻撃を受けたのか、負傷者の方が多い状態に陥っていた。<br> それで無線機も壊れてしまったのかもしれない。<br>  僕は残骸から首だけ出して、手近な兵士を呼び止める。<br> 「攻撃ヘリからの一斉掃射です! 今すぐ身を隠してください! 巻き込まれます!」<br>  了解した!とその兵士は叫ぶと、負傷者共々近くの建物に待避を始めた。それを見て、僕はまた来た道を戻る。<br> そこでは神人の指触手を蹴散らした森さんが待っていてくれた。<br> 「伝えました! 大丈夫です!」<br>  僕の言葉に、森さんが頷くと手を引いて路上をわたり、元いた店舗を目指す。しかし、ここで神人の動作の確認を<br> しなかったのがまずかった。僕が何気なくそっちを見ると、大きなビルの残骸を空に放り投げている姿が見える。<br> いつもの放り投げかと思いきや、それをバレーボールのアタックのように、空中で地面に向けて殴りつけた。<br> 粉砕されたビルの残骸が銃弾のように地面に突き刺さる。<br>  万事休すかと思いきや、突然身体が中に浮かんだ。見れば、森さんが荷物を抱えるように僕をつかんで<br> 器用に一つ一つ破片をかわしながら走っている。なんて人だよ全く!<br>  僕を抱えた森さんは滑り込むように、店舗に飛び込んだ。しばらく僕たちはあがった息を整えていたが、<br> 「死ぬかと思いました」<br> 「あんたを死なせないって言ったでしょ」<br>  森さんは少しだけ微笑んでそう答えた――が、やっぱりすぐに憂鬱な表情に戻る。<br>  僕は確信した。森さんはまだ僕を受け入れられる余地がある。完全におかしくなってしまっている訳じゃない。<br>  やがて、低空を飛ぶヘリの轟音が部屋を揺さぶった。神人への一斉掃射が始まったのだ。<br> 店舗から身を乗り出さないように、その様子を見る、強烈な回転音とともに薬莢が地面に大量にばらまかれる。<br> 時たま発射されるロケット弾が神人の身体に直撃し、痛みか衝撃かでその身をよじらせた。<br>  攻撃ヘリは神人の振るう腕をきれいにかわしながら、掃射を続けていた。たまに機関砲の弾が僕たちの近くをかすめ<br> 身を硬直させられる。<br>  やがて、攻撃ヘリが放ったロケット弾が神人の顔面らしき場所に直撃した。神人は思わず顔を押さえ、<br> 視界を失ったようにふらふらと僕らのいる方角とは逆に歩き出した。やがて、そのまま地面に倒れ込む。<br> 倒したわけではないようだが、かなりのダメージがあったらしい。動けなくなったのか、僕のいる位置から<br> 一向に立ち上がる神人の姿が見えなくなっていた。<br>  ヘリによる一斉掃射は大成功を収めた。それを見届けたのか、ついに車両部隊――大型トラック5台が墜落現場に姿を現し、<br> 墜落したヘリを囲むように展開する。そこから次々と兵士たちが降りて周辺の確保を始めた。<br>  僕たちのチームも店舗から出て、車両部隊に合流した。ようやくこちらの全戦力が結集したことになる。<br>  やがて車両部隊の一部がヘリの解体を始めた。森さん曰く、何度も訓練をしているのですぐに終わるはずとのこと。<br>  その間に、リーダクラスが集まって今後の予定を話し始めた。<br>  まず、負傷者を救助後トラックに乗せる。その後、ヘリの解体を完了し、兵員をすべて回収して、<br> いったんここから離れよう。神人から相当な距離を取った後、超能力者の意識回復につとめる。<br> それが成功次第、状況に応じて閉鎖空間からの脱出か、神人掃討か判断する。<br>  全員がうなずき、またそれぞれの持ち場に戻った。<br>  この間、負傷者が次々と運び出され、トラックに乗せられる。やがてヘリの解体が進むと、あの超能力者も救出された。<br> 血を相当失っているのか顔面は蒼白で、服は赤く染まっている。意識もやはり回復していないようだった。重傷なのは間違いない。<br>  こんな状態で意識が回復するなんてあり得るんだろうか?<br>  僕は前途多難な状況を再認識させられ、車両部隊到着の安堵感もすっかり失ってしまっていた。<br>  <br>  <br>  車両部隊到着後2時間でヘリの解体と負傷者の回収が完了した。周辺確保に努めていた兵士たちも<br> 次々とトラックに乗り込み始めた。<br>  森さんは最後の一分隊を率いて、起きあがった神人を食い止めている。しかし、一斉掃射のダメージが回復したらしい神人は<br> 再びこちらへの移動を始めた。まずい、とっととここを離れないと。<br>  戻れ戻れ!と叫び声が響く中、僕と森さんは撤収する部隊の最後尾を走っていた。地面の震動が大きくなるのを感じるにつれ、<br> 神人が近づいてきていることを感じた。<br>  僕は振り返り、神人の様子を確認して――驚いた。始めてみせる動き、それは手近にあった10階建てぐらいのビルに<br> 回し蹴りを食らわそうとしている。当然、破片の飛び散り先はこちらだ。<br>  みんな伏せろ! その神人の行動に他の誰かが気がついたらしく、怒鳴り声が聞こえてきた。<br> 僕がそれに反応するよりも早く、森さんが僕を抱きしめて地面に伏せた。<br>  細かい破片が全身に浴びせられ、数十センチとなりを数メートル級のコンクリート片がバウンドしていった。<br> キックはパンチの三倍の威力とはよく言ったものだ。放り投げられるよりも遙かに強烈な勢いで破片が飛んでくる。<br>  やがて、こぶし大の破片が近くの兵士に辺り、衝撃で地面を滑るように倒れ込んだ。<br> 森さんはそれを見るや、すぐにかけだしその兵士の足をつかんでトラックまで引きずり始めた。<br>  僕もそれについてトラックに乗ろうとして――<br>  唖然とした。<br>  僕のすぐ目の前に立つ神人。伏せている間に目前まで迫られていることに気がつかなかったのだ。<br>  あまりの恐怖心から身を硬直させてしまう。頭は動けと神経回路に指示を出し続けるが、動いてくれない。<br>  動け動いてくれ!<br>  だが、無情にも動けない僕に向けて神人は腕を振るってきた。振り子のように腕をこちらに振るってくる。<br>  <br>  僕は飛んだ。しかし、それは神人の手によってではない。森さんが僕を突き飛ばしたのだ。<br>  また助けられた。森さんは僕を助けてくれている。僕を受け入れて――<br>  <br>  しかし、そう思ったのは甘かった。森さんは神人の腕が迫ってきているというのに、一向に動こうとしない。<br> さっきまで僕のいた場所に立ったままだ。このままでは直撃する!<br> 「森さん逃げて!」<br>  彼女によって突き飛ばされたショックが残っているため、僕は立ち上がることができずただ叫ぶことしかできない。<br>  <br>  その時、森さんは僕の方に振り向いていた。その顔はちょっとだけ笑顔で――<br>  <br>  <br>  彼女の存在が目の前から消えた。神人の腕にすくい上げられるように、空高く飛ばされた。<br>  僕は……その光景に痛いくらいに目を見開き、呆然と立ちつくす。<br>  <br>  あの高さじゃ助からない!<br>  誰かが叫んだ。<br>  助からない。<br>  もう森さんは助からない。<br>  時期に地面に叩きつけられて、床にぶつけられたトマトのようになってしまう。<br>  <br>  何で森さんは避けなかったんだ?<br>  あの時、森さんは待ち望んでいたような笑顔を見せていた。<br>  まるで死にたかったように。<br>  <br>  ……ああ、ようやくわかった。あの雨の日、言っていた次に僕が機関に来るときには自分はいないという意味が。<br>  森さんは戦って死ぬ気だったんだ。<br>  だから、車両部隊ではなく前線の地上部隊にこだわった。<br>  理由なんてわからない。きっと前の仕事で何かあったのだろう。<br>  そうか、だから誰も要らないなんて言っていたんだ。自分の中に誰かがいれば、その人のために躊躇が生まれるかもしれない。<br>  僕の世話係を嫌がっていたことも、守るべき人を持ちたくなかったのだ。<br>  <br>  <br>  <br>  ――ふざけるなっ!<br>  <br>  なんだその身勝手な理由は!<br>  僕は――僕は森さんに死んでほしくない!<br>  いや絶対に死なせない!<br>  助けてくれた!<br>  例え、それが本意からでなくても僕を何度も助けてくれた!<br>  <br>  だから僕は森さんに死んでほしくない!<br>  生きてほしい!<br>  ずっと一緒にいたい!<br>  これは僕の素直な気持ちだ!<br>  <br>  その気持ちを無視されて――たまるか!<br>  <br>  <br>  <br>  <br>  刹那。<br>  時間に換算して1秒もなかっただろう。<br>  森さんを抱きかかえ、空高く飛んでいた。<br>  ジャンプしたのではない。本当に宙に浮かんでいるのだ。<br>  状況が飲み込めていないのか、森さんは唖然としていた。<br>  僕は言う。<br> 「死なせません」<br> 「え?」<br>  意味が通じなかったらしい。もう一度言う。<br> 「僕がいる限り、勝手に森さんを死なせません!」<br>  僕の宣言に、森さんは口まで開けてさらに唖然としてしまった。<br>  しばらく上空を吹く風に身を任せていたが、やがて森さんはふっと優しげな笑顔を浮かべると、<br> 「……急に飛べるようになるなんて反則じゃないの? あー! まためんどくさいのかかえちゃったなぁ、もう!」<br>  森さんのはっちゃけた口調に、僕は思わず笑い出しそうになった。そうか、これが本当の彼女か。<br>  彼女はすっと僕の頬に手を伸ばすと、<br> 「あたしと一緒にいるのは大変よ。少しでも退屈させたら許さないから」<br> 「……退屈なんてしようがないですよ。あれがいる限りは」<br>  そう神人の姿を見た――<br>  <br> ~~~~~~~<br>  <br> 「話になるのはここまでですね。あとはあなたが以前見たように神人を解体して、車両部隊とともに撤収しただけです。<br> 神人との戦闘は初体験でしたが、使い方さえわかれば大したことはなかったです。拍子抜けするぐらいあっさりと倒せましたから」<br>  古泉の話の締めで、俺はようやく現実世界に帰ってきた。あまりの怒濤の展開につい話に引き込まれてしまっていたようだ。<br>  話を終えた古泉は何杯目かのお茶をすすり始める。にしても、最初の神人との戦いがそんなに過激だったとは驚きだ。<br> 「むしろ最初からあっさりと行く方が不自然ですよ。さっきも言いましたけど」<br> 「そりゃそうか」<br>  俺は腕を組んで頷く。<br>  にしても、今日の古泉はいろいろ暴露しまくったな。特に森さんとの関係とか。<br> 「ま、それなりに盛り上げるように話しましたからね。信じるのもあなたの自由ですよ」<br>  …………<br>  …………<br>  …………<br>  うおい、ちょっと待て。<br> 「何か?」<br> 「まさか、今の話全部作り話じゃないだろうな?」<br>  俺の指摘に、古泉はあのニヤケ嫌みスマイルを浮かべると、<br> 「今言ったとおりです。信じるのも信じないのもあなたの自由だと」<br>  おいおい……<br> 「おや、ちょっと失礼」<br>  俺の言葉を無視して、古泉は自分の携帯をいじり始める。メールでも届いたのか?<br> 「たっだいまー!」<br>  と、ハルヒの元気な声とともに、ここでSOS団女子軍団が戻ってきた。全く女子だけでどこに行っていたんだ?<br>  ハルヒは口を尖らせて、<br> 「ヒミツよヒミツ! あんたみたいな間抜け丸出しの男には一生わからない世界の話だから」<br> 「酷い言いようだな、おい」<br>  俺は抗議の声を上げるものの、朝比奈さんがごめんなさいと頭を下げていることに免じてそれ以上の追求はやめた。<br> やれやれ、今日のSOS団活動は古泉の作り話を聞かされただけで終わりか。<br>  <br>  だが。<br>  ふと思う。今日、俺は事前予告していたわけでもなく古泉に話をしてくれと頼んだ。即興であんな話を作れるものなのか?<br>  <br>  俺は携帯のメールを心地よさそうな笑顔で読んでいる古泉の姿を見ながら、そんなことを考えた……<br>  <br>  <br>  ~おわり~</p>
<ul><li><a title="森園生の溜息(前編) (23s)" href="http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4841.html">森園生の溜息(前編)</a></li> <li><a title="森園生の溜息(後編) (1m)" href="http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4842.html">森園生の溜息(後編)</a></li> <li style="list-style:none;"> <p> </p> </li> </ul>

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