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……回目の2月14日 - (2020/07/24 (金) 15:53:56) の1つ前との変更点
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<p>地球衛星軌道、「機関」時空工作部第二軌道基地……。<br>
上級工作員朝比奈みくるは、部下たちに義理チョコを配っていた。<br>
この光景は毎年のことであった。今年で何年目になるかというと、彼女は既に50歳であったから、20年以上になることは間違いない。<br>
さすがにこの歳にもなれば若い部下たちに本気で惚れられるようなことはないが、渡されるチョコにはホワイトチョコで律儀に「義理」と書かれている。<br>
<br>
朝比奈みくるの部屋に呼び出された彼女と同年齢の副官である男に渡されたそれにも、もちろん「義理」と大書されていた。<br>
「大事に食べさせていただきます」<br>
本当にありがたそうに拝領する直属の部下に対して、朝比奈みくるは尋ねた。<br>
「私のほかに誰かからもらったりはしてないの?」<br>
「それはありえませんよ。たとえ義理であっても、私はあなた以外からは受け取らないことにしてますので」<br>
「……」<br>
その話題は、それで打ち切られた。<br>
その場に他の部下たちがいたら、たぶん非常に気まずい雰囲気になっていただろう。なぜなら、当の二人よりも、部下たちの方が、上官二人の間の関係について神経質になっていたから。<br>
<br>
彼は同年齢の上官である朝比奈みくるにフラれた過去を持つ男であり、そして、彼と彼女はともに50歳になってもまだ独身であった。<br>
普通だったら、上官と部下という関係を良好に維持していくのに支障となる事態だった。<br>
しかし、彼は上級工作員への昇進を蹴ってまで彼女の副官の地位にとどまり続けていたし、彼女も特に彼を煙たがるようなことはなかった。むしろ、上官と部下としてなら、この二人は息の合うコンピであり続けた。そんな関係がもう20年以上も続いている。<br>
それは、彼が古泉一樹の子孫であるからという要因も大きいのかもしれない。朝比奈みくるのような個人としては有能ではあるが扱いづらい上官のもとでナンバー2を務められる彼の資質は、先祖によく似ていた。<br>
<br>
「あっ、そうそう。あなたに相談したいことがあったのよ」<br>
朝比奈みくるは、情報通信デバイスを通じて、データを送信した。<br>
データは、近日中には実行されるであろう時間工作計画の案だった。<br>
「まだ規定事項管理局でシミュレート中だけど、二、三回の修正で、最高評議会に上程できるはずよ」<br>
「あとは、細部の行動の詰めですね」<br>
彼はすばやい理解を示すと、テーブルを挟んで彼女と向かい合わせに座った。<br>
二人で細部の詰めの作業に入る。<br>
それはどこからどうみても、上官と部下であり、それ以外ではなかった。<br>
<br>
<br>
<br>
同じころ、朝比奈みくると同じように義理チョコを配り歩いている長老がいた。<br>
「機関」時空工作部の最高意思決定機関である最高評議会のメンバーである長門有希評議員である。<br>
配る相手は限られている。時空工作部の各局の局長たちと、最高評議会直属の立場である上級工作員たち。義理であるから男女は問わない。<br>
さすがに、長老からもらうそれに対して恋愛方面での勘違いをする者は皆無であった。むしろ、女王陛下から下賜される宝物を受け取るかのように緊張しながら拝領する者がほとんどだ。<br>
<br>
それを緊張せずに受け取るのは、歳の離れた友人である朝比奈みくるぐらいである。<br>
「あげる」<br>
「ありがとうございます。今年も凝ってますね」<br>
「試行錯誤を繰り返した。それは二番目によい出来栄えのもの」<br>
「恐縮です。ところで、話は変わりますが、御相談したいことがありますので、これからお伺いしてもよろしいでしょうか?」<br>
「私はこれから地上に降りる。3時間後ならばいつでもよい」<br>
「かしこまりました」<br>
<br>
長門有希が去っていったあとで、副官が尋ねる。<br>
「長門評議員は、地上に何の御用でしょうね?」<br>
朝比奈みくるはあっさり答えた<br>
「本命チョコを渡しにいくのでしょう」<br>
「本命……ですか?」<br>
「相手はもうお墓の中だけども」<br>
長門有希は、公式記録上の年齢でも100歳を余裕で超えている(*当然、人間に怪しまれないように公式記録上の年齢はすべて改竄されている。実際には200歳近い)。相手が死んでいてもちっとも不思議ではない。<br>
「まあ、それはそうでしょうね。でも、長門評議員はずっと独身だったと聞いておりますが?」<br>
「そうよ。永遠にかなわない片思い。それを今でもね……」<br>
「そうなんですか……」<br>
彼は、それっきり黙り込んだ。<br>
彼は片思いの年数なら自分に勝る者はいないという妙な自負をもっていたのだが、世の中、上には上がいるということを思い知らされた一件であった。<br>
<br>
<br>
<br>
3時間後。<br>
「失礼いたします」<br>
長門有希の部屋を訪れた朝比奈みくるに、いつもの光景が目に入る。<br>
長門有希は、読んでいた分厚い本を閉じた。それが古い恋愛小説であるのは、彼女の心情を反映しているのだろうか。<br>
「相談の内容は?」<br>
「近日中に上程する予定の時間工作計画についてです。重要案件になりますので、事前に長門さんの御意見をお伺いしたいと思いまして」<br>
<br>
その後、二人は、工作計画案について議論を重ねた。<br>
<br>
<br>
<br>
地上、とある墓地……。<br>
その墓石には、大きなハート型のチョコレートが供えられていた。ホワイトチョコレートで、「本命」と大書されている。<br>
墓の主たちは、今ごろ、あの世で仲良く喧嘩しているに違いない。<br>
<br>
その墓石には、「キョン」「ハルヒ」と記されていた。<br>
<br>
終わり</p>
<p>地球衛星軌道、「機関」時空工作部第二軌道基地……。<br />
上級工作員朝比奈みくるは、部下たちに義理チョコを配っていた。<br />
この光景は毎年のことであった。今年で何年目になるかというと、彼女は既に50歳であったから、20年以上になることは間違いない。<br />
さすがにこの歳にもなれば若い部下たちに本気で惚れられるようなことはないが、渡されるチョコにはホワイトチョコで律儀に「義理」と書かれている。<br />
<br />
朝比奈みくるの部屋に呼び出された彼女と同年齢の副官である男に渡されたそれにも、もちろん「義理」と大書されていた。<br />
「大事に食べさせていただきます」<br />
本当にありがたそうに拝領する直属の部下に対して、朝比奈みくるは尋ねた。<br />
「私のほかに誰かからもらったりはしてないの?」<br />
「それはありえませんよ。たとえ義理であっても、私はあなた以外からは受け取らないことにしてますので」<br />
「……」<br />
その話題は、それで打ち切られた。<br />
その場に他の部下たちがいたら、たぶん非常に気まずい雰囲気になっていただろう。なぜなら、当の二人よりも、部下たちの方が、上官二人の間の関係について神経質になっていたから。<br />
<br />
彼は同年齢の上官である朝比奈みくるにフラれた過去を持つ男であり、そして、彼と彼女はともに50歳になってもまだ独身であった。<br />
普通だったら、上官と部下という関係を良好に維持していくのに支障となる事態だった。<br />
しかし、彼は上級工作員への昇進を蹴ってまで彼女の副官の地位にとどまり続けていたし、彼女も特に彼を煙たがるようなことはなかった。むしろ、上官と部下としてなら、この二人は息の合うコンピであり続けた。そんな関係がもう20年以上も続いている。<br />
それは、彼が古泉一樹の子孫であるからという要因も大きいのかもしれない。朝比奈みくるのような個人としては有能ではあるが扱いづらい上官のもとでナンバー2を務められる彼の資質は、先祖によく似ていた。<br />
<br />
「あっ、そうそう。あなたに相談したいことがあったのよ」<br />
朝比奈みくるは、情報通信デバイスを通じて、データを送信した。<br />
データは、近日中には実行されるであろう時間工作計画の案だった。<br />
「まだ規定事項管理局でシミュレート中だけど、二、三回の修正で、最高評議会に上程できるはずよ」<br />
「あとは、細部の行動の詰めですね」<br />
彼はすばやい理解を示すと、テーブルを挟んで彼女と向かい合わせに座った。<br />
二人で細部の詰めの作業に入る。<br />
それはどこからどうみても、上官と部下であり、それ以外ではなかった。<br />
<br />
<br />
<br />
同じころ、朝比奈みくると同じように義理チョコを配り歩いている長老がいた。<br />
「機関」時空工作部の最高意思決定機関である最高評議会のメンバーである長門有希評議員である。<br />
配る相手は限られている。時空工作部の各局の局長たちと、最高評議会直属の立場である上級工作員たち。義理であるから男女は問わない。<br />
さすがに、長老からもらうそれに対して恋愛方面での勘違いをする者は皆無であった。むしろ、女王陛下から下賜される宝物を受け取るかのように緊張しながら拝領する者がほとんどだ。<br />
<br />
それを緊張せずに受け取るのは、歳の離れた友人である朝比奈みくるぐらいである。<br />
「あげる」<br />
「ありがとうございます。今年も凝ってますね」<br />
「試行錯誤を繰り返した。それは二番目によい出来栄えのもの」<br />
「恐縮です。ところで、話は変わりますが、御相談したいことがありますので、これからお伺いしてもよろしいでしょうか?」<br />
「私はこれから地上に降りる。3時間後ならばいつでもよい」<br />
「かしこまりました」<br />
<br />
長門有希が去っていったあとで、副官が尋ねる。<br />
「長門評議員は、地上に何の御用でしょうね?」<br />
朝比奈みくるはあっさり答えた<br />
「本命チョコを渡しにいくのでしょう」<br />
「本命……ですか?」<br />
「相手はもうお墓の中だけども」<br />
長門有希は、公式記録上の年齢でも100歳を余裕で超えている(*当然、人間に怪しまれないように公式記録上の年齢はすべて改竄されている。実際には200歳近い)。相手が死んでいてもちっとも不思議ではない。<br />
「まあ、それはそうでしょうね。でも、長門評議員はずっと独身だったと聞いておりますが?」<br />
「そうよ。永遠にかなわない片思い。それを今でもね……」<br />
「そうなんですか……」<br />
彼は、それっきり黙り込んだ。<br />
彼は片思いの年数なら自分に勝る者はいないという妙な自負をもっていたのだが、世の中、上には上がいるということを思い知らされた一件であった。<br />
<br />
<br />
<br />
3時間後。<br />
「失礼いたします」<br />
長門有希の部屋を訪れた朝比奈みくるに、いつもの光景が目に入る。<br />
長門有希は、読んでいた分厚い本を閉じた。それが古い恋愛小説であるのは、彼女の心情を反映しているのだろうか。<br />
「相談の内容は?」<br />
「近日中に上程する予定の時間工作計画についてです。重要案件になりますので、事前に長門さんの御意見をお伺いしたいと思いまして」<br />
<br />
その後、二人は、工作計画案について議論を重ねた。<br />
<br />
<br />
<br />
地上、とある墓地……。<br />
その墓石には、大きなハート型のチョコレートが供えられていた。ホワイトチョコレートで、「本命」と大書されている。<br />
墓の主たちは、今ごろ、あの世で仲良く喧嘩しているに違いない。<br />
<br />
その墓石には、「キョン」「ハルヒ」と記されていた。<br />
<br />
終わり</p>