<div class="main"> <div>学校から帰宅している時の事だった。</div> <br /> <br /> <div>一ヶ月程前から、毎週火曜日になると長門が他の面々よりも早く帰宅するようになった長門に</div> <div>夕暮れの中、籐で編んだバッグを肩にかけた私服姿の長門に出会ったんだ──</div> <br /> <br /> <br /> <br /> <div>舞台は同日の放課後、いつもの部室にさかのぼる。<br /> あいつの定期的な行動に、といってもあいつに定期的という言葉がどこまで適切なのかはわからんが<br /> うんうん、あいつも自発的な行動を取るようになったんだなと安心していたのもつかの間<br /> 俺の知らない長門がいる事寂しさを覚えるようになった。<br /> 本人に聞けばいいのだが、行動にでようとする俺に周りは「まぁまぁ」と言って静止を促してきた。<br /> やきもきする心が少し暴走したのか俺はポツリと言葉を漏らした。</div> <div>「最近長門はコンピ研、学校の図書室と行動的になったなぁ」</div> <div>長門が帰った部室で残りの面子は、さも楽しげに噛み付いてきた。ハルヒは<br /> 「ふふーん、プライベートの詮索はいただけないわね。みくるちゃんの悩殺画像流出を<br /> 阻止したキョンにはなおさらよ!…そんなに有希が気になるのかしら?」<br /> と、また微妙な勘違いと笑っていない目と古泉、朝比奈さんの失笑を買う台詞をのたまった。</div> <div>「貴方の場合、長門さんに対して自分の娘であるように思っている節があるんじゃないですかね。<br /> 以前、不思議探索の時、あなた方お2人で徘徊しているところを見たんですが<br /> 目配せの仕方や声の掛け方がまるで中の良い親子のようでしたしね」</div> <div>…どうやらお前の仕事は俺の監視になったようだな。</div> <div>「いえいえ、追跡しようとしたのは涼宮さんと朝比奈さんの強い要望があったからですよ。<br /> 朝比奈さんは言っていましたよ?キョンくんがお父さんだったら間違いなく幸せな家族になれるってね。<br /> あまりにも微笑ましい光景だったのか監視している我々の機関の人間も、通行人も<br /> あなた方を見てて幸せになっていたでしょう。涼宮さんなんて珍しく携帯に動画として取り込もうとしていらっしゃいましたし」</div> <div>つうか機関の人間も相当暇なんだな。今度歩くときは電柱脇を一本一本じっくり見ながら歩いてやろうか。<br /> しかし、正直に喜んでいいのか、否か…すると古泉は俺の耳元に囁いた。<br /> 「実はあの時の涼宮さんなんですが、こんな事を言ってましてね……」<br /> 何故か耳を傾けてしまう俺が憎い。忌々しい。</div> <div>だが二の句が告げられる事は無かった。</div> <div>俺と古泉の体に割ってはいるように「団長」と書かれた三角錐がすっ飛んできたからだ。</div> <div>「こぉいぃずぅみぃくぅぅんん…」</div> <div>地べたを張って進むような声に古泉は笑顔を引きつらせ子犬のように身を引っ込めた。古泉に攻撃って珍しいな。<br /> 何を言っていたのかね。くそっ、気になるぜ。いや、気にならないぜ。いやいやいやいやいや…</div> <div>俺が反撃の糸口を探して窓のほうに目をやろうとすると朝比奈さんが<br /> 「本当なんですよぉ。あんまりにも幸せそうで…その最初は私と涼宮さんも…嫉妬…ぁ…やきもch<br /> かなと思ったんですけど、見ているうちに心が澄み渡っていくようでしたよぉ。<br /> 私達もそれを分けてもらおうかと思って写メとっちゃいました」<br /> おぉ!その写真を是非とも、是非とも貴方様の枕元に!拡大諸費用は私めの懐よりお出しいたしますよ。</div> <div>古泉のほうに顔をもどすと……あーニヤニヤするんじゃないですよ、この野郎。<br /> 「僕は普段と違う顔をしている気はありませんが?貴方の内面が僕の顔をそう見せているんでしょう」<br /> あっはっは、と声を上げて笑うこいつに、さっきの事は笑ってもいいんじゃないかと思った。</div> <div>「まぁ僕も貴方が私の父上であるとしたら、それはそれは毎晩めくるめく背徳な………」<br /> 古泉。最近お前が分からなくなってきたよ。分かり合いたくないが。<br /> 「俺、帰るわ」<br /> 「つれないですねぇ……冗談ですよ」<br /> 嘘でも本当でも恐ろしいよ。お前と2人で酒の席とかありえないよ。</div> <div>「……キョン、週末は市内探索2人で行くわよ」</div> <div>下衆な詮索をしようとしている俺達は互いの脳みそを掻き回し合って今日はお開きとなった。<br /> …まぁあいつも人間らしくなってきたもんだ。つうか人間よりも人間らしいよな、長門は。</div> <div>そんな感じで全員が離散して俺一人になったとき、冒頭の状況に遭遇した。</div> <div>はてさて、今回のアイテム「籐のバッグ」は以下の経緯で長門に渡ったものだ。</div> <div>ハルヒを含めたSOS団員から進呈されたプレゼントだった。<br /> ハルヒを除いた面子で決定された一ヶ月前の長門誕生日に。</div> <div>プレゼントの買出しは日曜の探索の時に行ったんだが、午前中丸々かけてもきまらず<br /> 午後に長門を先に帰らせて4人で散策したが結局、丸一日かかってしまった。<br /> 当初全員が、本やそれに係る何かでよいだろうと思って探していたのだが、<br /> 選別に時間をかけるにつれ捻くれていく俺とハルヒの脳がマンネリを許さなかった。<br /> 次第に無言になる古泉と朝比奈さんがそれを象徴していたように思われる。</div> <div>そんな状態で俺とハルヒが見つけてしまったこのバッグは即決だった。<br /> バッグを発見したとき、ハルヒが無言で顔に花を咲かせ<br /> 俺も速攻で手に取り会計をした。これしかないだろうと。ちなみに諭吉3枚分だったが<br /> 出資比率は俺が4割、ハルヒ達2割づつだった。色々世話になってたしなぁ。価格は俺しか知らない。<br /> なんにせよ、全員がこれだけ真剣に人に渡す物を探した事がないであろうというのは後に分かる事であるが。</div> <div>誠心誠意、みんなで選んだものだった。</div> <br /> <br /> <div>そんな経緯があってか、使ってくれているところを見てすごく幸せな気分になった。</div> <div>人からのプレゼントって実際に使うの躊躇したりする事多いだろ? だからなおさらなんだな。</div> <div>「よう、長門。デー、…おでかけか?」<br /> ぶっちゃけ、今言いかけた言葉が今日の予定だと疑わせないような姿をしているように見えた。</div> <div>理知的な顔と、少し不釣合いに見えるような毒気の無い着こなし。落ちかけた陽の光り。</div> <div>こいつ、やっぱり宇宙人じゃないんじゃないか?どっちでもいいのか?宇宙的な完璧な造詣?</div> <div>そんな事を否応なしに感じさせてくれた──</div> <div>無言でこちらに目礼。<br /> 「…そう。あなたも?」<br /> 「そんなとこだ。どこへいくんだ?」<br /> 「…ついてくるといい」<br /> 「おい…いいのか?」<br /> 少し戸惑いがちに肯いた顔を見て、自分が妙な詮索をしていると思われているんじゃと不安になった。</div> <div>「お前がバッグ使っている所をみるのも嬉しいし、みんなにそれを使ってやってるって報告もしたいしな」<br /> 私服でどこへ?とはさすがに聞けなかった。付いてきても言いっていってるんだし…<br /> 「せっかくだし携帯で写真でも撮るか!」<br /> 思わず慌ててそんな事を言う俺。何かあったら空気を読んでだな……はぁ……。</div> <div>スーっと近づいて来る長門が左に立ったのを合図に歩き出した。</div> <div>しかしまぁ、俺の、というか俺達の心が本当に薄汚れているんじゃないだろうかと思わせる目的地だった。</div> <div>「長門……お前ここに来るためにおめかししてきてるのか?」</div> <br /> <br /> <br /> <div>「…………そう。毎週特売日。…どこにいくと思ったの?」</div> <br /> <br /> <div>なんかさ、泣きそうになった。なんでかわからないけどな。こんな気分は味わった事が無い。</div> <div>「よし!何買うんだ!」</div> <div>何故か大声になる俺。でも気にしない。なんでそうしたかわからない。</div> <div>「…今日は餃子というものを作ろうと思っている。食べに来る?」</div> <div>あぁ!と長門の瞳を見て告げる。</div> <br /> <br /> <div>──思い出したんだ。</div> <br /> <br /> <div>あいつがあのプレゼントを受け取ったときの反応を。</div> <div>律儀に一人一人に向かって、ごくごく僅かに、小さく頭を下げて</div> <div>「…ありがとう。大切にする」</div> <div>と、消え入りそうな声で言ってくれた時のことを。</div> <div>制限されている感情で、精一杯応えてくれたいつもより丁寧なこいつを見たて全員が心底「良かった」と顔を見つめあった事。</div> <div>渡された籐のバッグを握り締める小さな手がいつもよりも強く、強く握られていた事を。</div> <div>こいつが本当に喜んでくれたんだと。</div> <div>それでわざわざ着替えて、正装で買い物に出かけてるのかなこいつは。ひょっとして買い物に出るのも<br /> こいつのプライベートにとっちゃ一大イベントなのか。そう思えてならなかった。</div> <div>ゆっくりと歩いていく、ちっちゃなこいつの姿があまりにも幸せそうだったから。</div> <div>宇宙人が…いや長門が幸せを感じている、こんなにすばらしい事なんてそうそうないんだよ。</div> <br /> <br /> <div>帰りに長門邸に寄って餃子を一緒に作り<br /> 「耳たぶくらいの硬さがいいんだぞ」の一言で俺の耳たぶにかぶりついてきた長門や<br /> (重力制限モードで重さ0だった為しばらくぶら下がっていたんだが)<br /> 作りすぎてSOS団全員召集が掛ったのはまた別のお話。</div> </div>