さて、では現在の私の状況を説明する。 特筆すべき事態は皆無の状況を維持していたのはこの放課後までだった。即ち、この放課後に特筆すべき事態が発生したということにほかならない。 珍しく沈黙を守っていた涼宮ハルヒが突然再起動し、この文芸部室にまで引きずられた。 容姿・生体的基礎能力、そして性格が他を非常に大きく逸脱したこの女子生徒は私の高校生活最初の日から私の後ろの席に居座っていたのだが、彼女は他を拒絶 してるようであったし、私も興味はなかったので、これまでと同じように時々友人(補足すると中学から異性としての要素を考慮にいれない付き合いをしていた国木田君や高校から話すようになった数人の女子生徒だ)と話をしながらも大半では黙々と読書にふける学校生活を送っていた。 どうやらそれがいけなかったらしい。 私は客観的に見れば、正にという無口文学少女だろう。しかし私は一人の人間であり、全く話さないわけではない。少々口下手なのを自覚してるのも合間って自発的に話し掛けないだけで、話が始まれば無口なりに話すし、常に無表情というわけでもない。友人もそれなりにいる。 だが、彼女の他を大きく逸脱したエキセントリックな感性に対して私というキャラは見事にマッチしてしまったらしい。 『あんた、気に入ったわ!今度からあんたのこと、有希って呼ぶから!』 『……そう』 そして、クラスで唯一彼女とコンタクトをとれるという理解に苦しむレッテルが追加されて数日が経ち、かくかくしかじかなことがありつつも、新しい部活を作ればいい、と叫ばれ、現在に至る。 確認しよう。私は彼女に特別干渉するようなことはしていないし、影響を与える可能性が高いことも言っていない。 なら何故、私はここにいるのだろう。 【もしもシリーズ壱号作:長門とちぇんじ】 さて、前述のように私はこの涼宮ハルヒという人物によって私の在学する通称北高の果てに存在する部室棟の三階にある文芸部室にまでつれてこられたわけなのだが、 「これからこの部屋が、我々な部室よ!」 「……少し待って欲しい。ここは文芸部室のはず」 現に、窓側にパイプ椅子を置いてそこに座り、片手に文庫本を持ってぼうっとしたようすでこちらを見つめる、文芸部員らしき男子生徒がいる。 「そ。でも今年の春に三年生が卒業して部員ゼロ。新たに誰かが入部しないと休部が決定していた唯一のクラブなのよ。で、こいつが一年生の新入部員」 予想は当たったらしい。 「……では休部になっていないはず」 「似たようなもんよ。一人しかいないんだから」 似て非なるものだと思う。 「しかし、あの人はどうするの」 「別にいいって言ってたわよ」 「……本当?」 「ええ。昼休みに部室貸してって言ったら、好きにすればいいさって。ゆっくりできればそれでいいらしいわ。高校生にあるまじきグータラぶりは、相当変わってるわよねぇ」 変わってる、という事に関して貴女が言える事は無いと思う。 「ま、そーゆーことだ。俺はキョンと呼ばれている。一つ適当によろしく頼むよ」 「……長門有希。こちらこそよろしく」 その声は、落ち着いて堂々とした声だった。容姿は一見して普通、しかしよく見ると結構高い水準にある。しかし、これはこの際関係無い。 「彼女はこの部屋を理解するに困難な部活動の部室にしようとしている。それを、許可するの」 「ああ、別に構わん」 「……しかし、恐らく多大な迷惑をかけると予想される」 「それはそれでいい」 「……そのうちこの部屋の専有権の放棄を迫られる可能性もある」 「そんときはそんときさ。なるようになる」 「…………」 思わず、絶句。よく考察すれば、彼の目的に当該の部室の絶対的必要性は著しく低い。故に生じる無関心さなのかもしれない。 「ま、そういうことだから。これから放課後、この部屋に集合ね! 絶対来るのよ!! 来なかったら、死刑だから!!!」 「…………了解した」 むしろ、圧し負けたというに近い。しかし、死刑は嫌。 そして翌日。 彼女は私に先に行くよう指令を下し、廊下へと消えた。 部室に到着した私だが、既に彼は来ており、少々行儀の悪い体制で文庫本を片手にしていた。そして、私も読書家だ。珍しく、興味が沸いた。 「何、読んでるの」 「ん、よう長門。本か、伊坂幸太郎の『重力ピエロ』だよ」 眼鏡を通して彼の文庫本を確認する。確か、若い層に人気のある作家だ。 「面白い?」 「ああ、中々ユニークだ。ジョークのセンスも話もな」 「本、好き?」 「暇つぶしの手段として優秀だな。地球人類の創りだした文化の極みだよ」 「……そう」 とりあえず、読書仲間が増えるのであれば先の狼藉も有益かもしれない。 そこから、同性の私からみてもかわいらしいと評価できる朝比奈みくるという先輩がかつての治安維持法も驚愕するような理不尽な理由で強制召喚され、色々あったのちに傍観に徹していたキョン(これで通すことにする)をしばし見詰めてから入部したり、男子生徒が一人追加されたりしたが、割愛する。 むしろ、重要なのはこちらの方。 「おお、そうだ長門。これ、読んでみろよ」 そういう彼に渡されたのは、伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』という一般的なハードカバーの小説。読んだことはない。 しかし彼が奨めるのだから面白いのだろう、と判断して素直に受け取る様を彼が少し神妙な顔でみていたことが少し気になった。 結局、私は今読んでいる本を読み切っておきたかったので借りた本はまだ手を付けていない。 それを読んでいたかのように、彼が私に催促した。私は違和感を覚える。彼は自発的理由から他人に余計な干渉はしない。私や朝比奈みくるの世話などはしてく れるが自らの考えからの行動は少ない。 私は帰り次第、妹をなだめてすぐに本を開いた。そして30分程読んで、挟まれていた栞の存在に気が付いた。 《午後七時、光陽園駅前公園で待っている》 時計を見て、素早く財布を持って、妹に用件を託し、タイミングよく来たタクシーをつかまえ駅前公園へ向かった。時間と距離的にその方がよい。滅多に使わないため、余裕があった。 公園に到着した私は、小走りで公園を回り、ベンチを横になる彼を視認した、と同時にそれを知っていたかねような悠然とした動作で彼が起き上がる。時間にはまだ少し余裕があったようだ。 「今日で、よかった?」 「ああ」 「……もしかして、昨日も?」 「まあな。別に気にしなくていいぞ」 「……何故、ここに?」 「なにかと都合がいいからな。さて、こっちだ」 数分喋るでもなく歩いた先にあったのは、この辺では知れた高級マンションだった。エントランスを抜け、玄関をくぐり、エレベーターで上がって、着いたのは少し殺風景な部屋だ。そしていま、私達は彼のいれたお茶を挟んでこたつを介し、向き合って座っている。 「…………」 「…………ふぅ、少し熱いな、失敗だ。気をつけてくれ」 「……家の人は?」 「いないぞ」 あまり健全な状況ではない。流石に動揺してしまう。 「……お出かけ?」 「いや、最初からいねえよ。俺しかな」 一人暮らしだろうか、初耳だ。 「ん~、まあそうなるな」 少し曖昧な返答をした彼は、再びお茶を注いだ。 「それで、用は?」 すぐには答えず、注ぎ終えたお茶をさしだして、「飲んでくれ」と、彼は言った。従って、飲む。 「うまいか?」 首肯する。事実、美味しかった。彼は、「そうか」とだけいって、こちらを見詰めてくる。 「じゃあ、なんでお前をここに連れて来たかなんだが、」 一拍おいて、 「涼宮。涼宮ハルヒのことだ。んで、俺のことでもある。お前に教えておこうと思ってな」 「……涼宮ハルヒと貴方が、何」 パターンからいえば恋愛沙汰だろうが、この場合役者が明らかにおかしい。私という人選もまた然りだ。 「そうじゃねーよ。うまく言語化できんな。情報伝達に齟齬が発生するかも知れんが、でも聴いてくれ」 それが、思えば実質的な『それら』の全ての開始だったのかもしれない。 「涼宮と俺は、普通の人間じゃないんだ」 「……前者はわかる。しかし、貴方は……」 「ああ、いや、そうじゃないんだ。性格に普遍的な性質を持っていないだとか頭の中が年中ハレハレのパラダイス状態だとかそういうんじゃなくてだな、文字通りの意味で、あいつと俺はお前のような大多数の人間と同じとは言えないんだ」 結構散々に言っている。しかし、本番はここからだったようだ。 「この銀河を統轄してる情報統合思念体によって創られた、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス、それが俺ってわけだ」 「………………?」 「あ~、通俗的な用語を使うとだな、宇宙人に該当する存在に当たるな」 「……宇宙……人……?」 二つの意味で、信じられなかった。 話自体もそうだが、彼はこんな小学生も信じないような嘘をいう人ではないし、そのためにわざわざ呼び出すなど尚更、更にいちいち難しい言い回しをするようなこ ともないはずだ。 現在の状態は、困惑。 「俺の仕事は涼宮ハルヒを観察して、入手した情報を情報統合思念体に報告することなんだ」 「………?」 「生み出されてからこの三年間、俺はずっとそうやって過ごしてきてた。この三間は特別な不確定要素もなく、至って平凡だったよ。しかーし、最近になって無視のできんイレギュラー因子が涼宮ハルヒの周囲に現れた。それが、お前だ」 「情報統合思念体にとってだな、銀河の辺境に位置するこの星系の第三惑星に特別な価値なんかなかったんだ。ところがどっこい、現有生命体が“地球”と呼称するこの惑星で進化した二足歩行動物に“知性”と呼ぶべき思索能力が芽生えたことによってだ、その重要度は増大したんだな。ひょっとしたら、自分らが陥っている自立進化の閉塞状態を打開する可能性があることを否定できんからだ。宇宙に遍在する有機生命体に意識が生じるのは有り触れた現象だったんだが、高次の知性を持つまでに進化した例は地球人類が唯一だったんだし。 情報統合思念体は注意深くかつ綿密に観測を続けていたんだが、三年前に惑星表面に他では類を見ない異常な情報フレアを観測した。弓状列島の一地域から噴出した情報爆発は瞬く間に惑星全土を覆って、惑星外空間に拡散したのさ。その中心にいやがったのが涼宮ハルヒで、そっから三年間色んな角度から涼宮ハルヒという個体に対して調査を行ったんだが、まだよくわかってないんだ。 それでも情報統合思念体の一部はあいつこそが人類の、んでもって情報生命体である手前等にも自立進化のきっかけを与える存在として涼宮ハルヒの解析を絶賛実行中ってわけだ。 情報生命体であるやつらは、有機生命体と直接的にコミュニケートができん。話せんからな。人間は言葉抜きに概念を伝達できんだろ。んだから俺みたいな人間用のインターフェイスを創ったんだな。情報統合思念体は俺を通して人間とコンタクトできるんだよ」 一気にそこまで喋ったためか、彼が唇を湿らすように湯飲みを口へ運ぶ。 「つまりだ、涼宮ハルヒは自立進化の可能性を秘めてる。まぁ大方、あいつは自分の都合の良いように周囲の環境情報を操作する力があるんだろうよ。それが俺がここにいる理由、んでもってお前がここにいる理由って筋書きだ」 「待って。理解しがたい」 「信じてくれ」 ……それは乱暴すぎる。 「そもそも何故、私なの。……いや、百歩譲って貴方の情報統合思念体云々という話を信用したとして、何故私に正体を明かすの?」 「お前は涼宮ハルヒに選ばれたからな。あいつは意識的か無意識的かはわからんが、手前の意思を絶対的な情報として環境に影響を及ぼしてる。お前が選ばれたのにも何かしら理由はあんだろ」 「……無い」 「あるな。お前と涼宮ハルヒが全部の可能性を握ってる」 「……本気?」 「勿論、えらくマジだ」 同じクラスの「谷口」と呼称される男子生徒のように口数が多いわけでもなく、基本的に現実しか見ないリアリストのような彼が、唐突に私に饒舌になったかと思うと、延々と非現実的なSF話を聞かされた。このように特殊な思考回路を有する人物だとは、想像もつかなかったというのが正直な感想。 「まず、そのような話であれば涼宮ハルヒ自身に話したほうが喜ばれると思われる。私はSF的な話題を好んでいないわけではないが、現実的でない話を現実に反映させるようなものには着いていけない」 「情報統合思念体の意識の大部分はな、涼宮のヤツが自分の存在価値と能力を自覚しちまうと、予測のできん危険が生んじまう可能性があると認識してんだ。今はまだ様子を見るべきだな」 「私が今聞いたことを、涼宮ハルヒに伝える可能性がある」 「まぁ確かに、あいつはお前からもたらされた情報を重視するだろうよ。だがあいつの思考回路はともかく知識は結構常識的でな、早々鵜呑みにしたりはしない。これは大多数の人間にも言えることで、現にお前だって今の内容を信じ込んではいないだろう?」 ……悔しくも、理に適っている。 「情報統合思念体が地球においているインターフェースは、俺一つじゃない。情報統合思念体の意識の一部は、積極的な行動を起こして、情報の変動を観測しようとしてやがる。んでもって、お前は涼宮のヤツにとっての鍵みたいなもんだ。危機が迫るとしたら、まずお前だな」 …………。 それから、某男子生徒の登場や、朝比奈みくるから前述の話と類似した、加えて言うなら属性が宇宙から未来へと変更されたかのような話をさせられ、それに起因して彼の話が少し信じられるような気がして来たと伝え、図書館へ行き、などという探索があったのだが、その辺りは原作を想像で改変してから自らの脳内で展開させておいて欲しい。結果はどちらにしろ同じ。ちなみにその後、某男子生徒改め古泉一樹より超能力的話も聞いた。以上。 そして、舞台は世界を朱へと染める太陽の断末魔が出番となった時間帯の教室へと跳ぶ。基本的にこれは電波小説だ、しっかりと着いてきて欲しい。 団活終了後、私は朝に下駄箱より確認した手紙に従い、教室のドアを開け、そこにいた人物を目にし、非常に意表をつかれた。 ――朝倉涼子 私の所属するクラスの委員長を務め、その任を見事にこなしてクラスを纏め挙げている、中々の手腕を有した女子生徒だった。 彼女は私と目を合わせてから、ゆっくりと教室の中心へと歩き出す。彼女の足音が異常なほど良く聞こえた。 「入ったら?」 穏やかな微笑と共に私の入室を促す。若干の驚きの意味を込め、私も言葉を返した。 「……あなたが?」 「そ。意外でしょ?」 意外だ。放課後に教室を呼び出すほどの用事が、彼女にあるとは思えない。近日中に何らかのイベントも無く、前提として私は何の役員にも属していない。 「用は?」 「用があるのは確かなんだけどね……、ちょっと訊きたい事があるの。涼宮さんのことね、……どう思ってる?」 また、涼宮ハルヒ。しかし彼女は涼宮ハルヒの孤立を警戒して幾度かコンタクトを試みようとしていた、その話だろうか。だがそうであれば、俯いてもじもじとする必要性は見つからない。 「人間はさ、よく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔するほうがいい』って言うよね。これは、どう思う?」 「よく言うかどうかは知らない。しかし、言葉どおりの意味であると思われる」 「じゃあさ、例え話なんだけど、現状を維持するだけではジリ貧になることはわかってるんだけど、どうすればいい方向に向かうかわからないとき、あなたならどうする?」 「……話の意図を理解できない。日本経済の話?」 「とりあえず、何でもいいから変えてみようと思うんじゃない? どうせ今のままでは何も変わらないんだし」 「……そういうことも、あるかも知れない」 「でしょ? ……でもね、上の方に居る人は頭が固くて着いていけないの。でも、現場はそうもしてられない。手をこまねいていたら、どんどんよくないことになりそうだから。だったら、もう現場の独断で強行に変革を進めちゃってもいいわよね?」 ……本格的に話が理解できない。どっきり、といわれるものだろうか。掃除道具入れにでも、誰かが隠れているのかもしれない。 「何も変化しない観察対象に、わたしはもう飽き飽きしてるのね。だから、」 そして朝倉涼子は、一拍を置いて、嬉しそうに、 「あなたを殺して、涼宮ハルヒの出方を見る」 ――瞬間的な本能だったのかもしれない。 私は妙な気配を感じた瞬間に僅かに体をずらし、紙一重に朝倉涼子の持つナイフから逃れた。かすった部分の制服や、リボンが見事に切断されている。 思わず、息を呑んだ。朝倉涼子はナイフを持ち、私と対峙している。 この状況は何。何故私が朝倉涼子にナイフを突きつけられなければならないのだろう。彼女は何と言った。『私を殺す』? 何故。 「……冗談は止めて欲しい。本当に危ない。実際に切れているところから本物であると推測される、正直に言えば怖い」 こんな状況でも、何気に冷静でいられて且ついつもどおりの平坦な声が出る事に、内心流石に呆れた。 「冗談だと思う? ふ~ん……」 理解に苦しむ、といった表情で彼女はナイフを弄び始めた。理解に苦しむのはこちらの方。 「死ぬのっていや? 殺されたくない? 私には、有機生命体の死の概念がよく理解できないんだけど……」 「意味が理解できない上に面白くもない。いいからその危険物をどこかに置いて欲しい」 笑顔で言われた。 「うん、それ無理。だって私は、本当にあなたに死んで欲しいんだもの」 言うが早いか、朝倉涼子は素早くナイフを逆手から順手へと持ち直し、こちらへ飛び込んできた。かなり速い。しかし、直線的な動きだったおかげで何とかかわすことができた。直線的な動きは次の行動へと支障を生じる、その隙に教室外への逃走を試みたが、何故か扉は消えていた。 「無駄なの。今この空間は、わたしの情報制御下にある。出る事も入ることもできない」 もはや何も理解できない。理解できた人間はこの場へ来て、私に説明して欲しい。困惑していた。 「ねえ、諦めてよ。結果はどうせ、おんなじなんだしさ」 できないことをいう彼女と一定の距離を取る。 「……あなた、何者?」 しかし彼女は答えず、変わりに回りの机や椅子が跳んできた。反射的に反対方向へと逃げる。 教室の隅に来た時には、教室は手榴弾が暴発したかのような凄惨な状況へと変貌し、瓦解した壁からは幾何学模様の渦巻く空間が露出していた。 私は悪あがきとして、手近な椅子の足を握って、彼女の方へと投げる。 「むだ」 予想に反して勢い良く跳んで言った椅子が、彼女の目前で不可視の壁にはばかられたように空中に静止して、何故かプラズマのようなものを放出している。 「言ったでしょ、今この教室は私の意のままに出来るって」 いい終えると同時に静止していた椅子が弾かれた。さながら某絶対恐怖領域だ。 ふざけている場合ではない。私を殺して涼宮ハルヒの出方を見る? また涼宮ハルヒ。彼女は人気者のようだ。しかし、何故それで私が死ななければならないのだろうか。 「最初から、こうして置けばよかった」 正にそうだ。体が金縛りを受けたかのように動かなくなっている。神経接続の切断などではなく、感覚的には物理的に締め付けられているに近い。これは反則。 「あなたが死ねば、必ず涼宮ハルヒは何らかのアクションを起こす。多分、大きな情報爆発が観測できるはず。またとない機会だわ!」 ……そんなことは知らない。 しかし悪態をつく事もできずに、私は高々に降りあげられるそのナイフを眺めるしかできなかった。 「じゃ、死んで♪」 そして彼女が腰を落として体勢を作り、動き始めた瞬間に、私は砂塵によって視界を失った。聞こえるのは爆音。思わず頭部の保守体勢をとった。……保守体勢をとった? つまり、体が動く。恐る恐る目を開くと、 「っ!?」 目の前にはナイフの切っ先、そしてそれをつかみ痛々しい血を流している手と、 「……キョン……?」 文芸部の少年を確認した。息遣いから、朝倉涼子が息を呑むのを察することができる。彼――キョンは、ゆっくりと喋り始めた。 「一つ一つのプログラムが甘いな。それと側面部の空間封鎖、あと情報封鎖も甘い。だから俺に気付かれちまって、侵入も許す」 「邪魔する気? この人間が殺されたら、間違いなく涼宮ハルヒは動く。これ以上の情報を得るには、それしかないのよ?」 「お前は俺のバックアップだろうが。独断専行は許可されてないってんだよ。俺に従うべきじゃないのか?」 「嫌だと言ったら?」 「仕方ねぇから情報結合でも解除してやるよ」 「やってみる? ここではわたしの方が有利よ? この教室はわたしの情報制御空間」 「はいはい、言ってろ。んじゃ、情報結合の解除を申請するぞ」 適当にあしらうように彼が言った直後、忌々しいナイフが切っ先から光の粒子へと変貌して分解されていく。質量保存の法則は何処で迷子になってしまったのだろうか。 それに気付いたらしき朝倉涼子は常識はずれにも五メートルほど高く跳躍して交代した。オリンピック選手が馬鹿馬鹿しくなりそうだ。私は既に、この2人が人間ではないのだと、本能から悟った。 朝倉涼子の右手が閃光を発した瞬間、よくわからないが『何か』が跳んできた。しかしそれは彼の張ったらしいバリア的な『何か』によって受け止められたらしく、消滅した。安心したのも束の間、即座に多重一斉攻撃が開始されていた。そして、肉眼で確認出来ないほどに速く動かされている彼の腕がそれらに対抗していた。 唐突に、彼の反対側の手が私の頭に乗せられた。 「離れるなよ」 言うと同時に彼の手に力が込められ、私はそれに従って自然にその場へ座りこんでいた。視点を変えたからか、朝倉涼子の攻撃は見えないまでに加速された槍状のものであると、本能的に察した。生態的危機からか、脳の本能的部分が通常より機能しているらしい。だがすぐさま、背後で爆発が起きた。防ぎきれなかった攻撃によるものだろう。 「この空間では私には勝てないわ」 ベタな戦闘系フィクションの悪役が一度は言いそうなことだ。彼は答えずに、私には聞き取ることのできないような速度で何かを呟いた。高速詠唱と言うものだろうか。 「パーソナルネーム朝倉涼子を適正と判定する。当該対象の有機情報連結の解除を申請するぞ」 つまり、お前に勝つぞということ。 「あなたの機能停止の方が早いわ」 つまり、勝つのはこっちということ。しかし彼女の方は実態が何処にいるかがつかみにくいようなエコーがかかっている。 気がつくと、先ほどの朝倉涼子のように高く跳躍した私がいた。違う、跳躍した彼に私が小脇に抱えられているようだ。上空から、先程まで私がいた場所が爆発に飲み込まれているのを確認した。 「危ね。危機一髪だったな」 やれやれ、などと彼は悠長に溜息をついていた。緊張感のなさに頼っていいのか、穿っていいのか、判断しづらい。 「その娘を守りながらいつまで持つかしら」 朝倉涼子の高速詠唱と共に先程の高速槍状物体による多重攻撃が開始され、彼はそれを避けながらそれでも当たりそうなものを弾いている。 一瞬、視界がぶれたかと思うと私たちは彼女の背後にいた。高速移動か、空間歪曲による瞬間移動だろう。Gを感じなかったところから見て、後者だろうか。などという考察を終える前に彼女はこちらへと向き、次の瞬間には攻撃を放っていた。 ……これは、当たった。 そう、私は思った。これまで見えなかった槍状物体が、今度はハッキリと見えた。目を閉じる。 覚悟した衝撃は訪れず、感じ取ったのは私の眼鏡が落ちたことと、 「……!!?」 幾つもの槍に体を貫かれた彼の姿だった。それを見てから、私は彼に庇われたのだと初めてわかった。 「……ぁ……」 思わず、声が漏れる。刺さった箇所は医学的に見て、肺や胃をはじめ肝臓や気道をも貫いている。人体急所諸々だ。出血の量もおびただしい。しかし、彼は安心したかのようにゆっくりとため息を吐いた。 「……お前は動かなくていいからな。大丈夫、平気だ」 穏やかな微笑を浮かべる彼だが、滴り落ちる彼の血液の雫が、ぴちゃん、という音を鳴らしているのが、嫌に生々しく、おぞましかった。少しも平気に見えない。普通は死亡確定コースだ。 彼は刀を抜くかのような動きで、気道部分に刺さった槍を抜き、捨てた。捨てられた槍は少し間をおき、机の姿へと回帰していった。机でできているらしい。 「それだけダメージを受けたら、他の情報に干渉する余裕はないでしょ? じゃ、とどめね」 さも嬉しそうにいってくれる。振り下ろされた彼女の袖口からは、白く光る触手が伸びていた。その姿は、さながらシャムシエル。 「死になさい」 即答で拒否できそうな命令をいってくる朝倉涼子だが、彼女の触手と化した腕は彼の両胸を貫いた。衝撃から飛び散った彼の血液が、私の顔へと引っかかる。肺どころの騒ぎではなく、もう心臓を壊している。本来即死コースだ。 即死コースにもかかわらず、彼は動いて右手で光る触手へと触れた。 「はい、終了だ」 「何のこと? 貴方の三年あまりの人生が?」 「違うぞ、むしろそれはお前のほうだな。……情報連結解除開始だ」 彼が呟くと同時に、教室、いや元教室にある全てのものが光の粒子になって分解され始めた。さて、質量保存の法則はまだ迷子センターにも行きついていないらしい。 「そんな……」 「お前はまあ結構優秀だ。だからこの空間プログラムを割り込ませるのに今までかかったんだ。でも、もう終わりだな」 「……侵入する前に、崩壊因子を仕込んで置いたのね。道理で貴方が弱すぎると思った、予め攻性情報を使い果たしていたというわけね」 「まあな。おかげさんで、割とダメージを受けちまったが確実な方向で行きたかったしな」 「じゃあ、もし最初にあなたの言う通りにしてたら?」 「俺が見誤ると思うか?」 「……あ~あ、悔しいなぁ。全部お見通しだったんだね。所詮わたしはバックアップだったかぁ……。膠着状態をどうにかするいいチャンスだと思ったのにな」 「やかましい、待てないからって無理やり行動すんのはどこかのアホか、子どもぐらいなもんだ。大人しくしてりゃあよかったものを……」 「ふふっ、同情してくれるんだ。嬉しいなぁ……。うん、そうね。わたしも、もういいわ。負けたんだし」 朝倉涼子は、そのあどけない笑顔をそのままにこちらへと向いた。……そう、彼女は『子ども』だったのだろう。 「よかったね長門さん、延命できて。でも気を付けてね? 統合思念体はこのようにいくつも相反する意識を持ってるの。いつかまた、私みたいな急進派が来るかもしれない、それか、キョン君の操り主が意見を変えるかもしれない」 「従わんがな」 「そうかもね」 彼の言い分に、朝倉涼子がおかしそうにころころと笑った。 「それまで、キョン君や涼宮さんとお幸せに」 崩壊が首元まで進んでいた。そして、最後に彼女は、明るく笑った。 「じゃあね」 そして、朝倉涼子は『消えた』。それと同時に、彼が膝から崩れる。 「キョン……!」 私はほぼ無意識的に素早く彼の元に寄り、 「……しっかりして。今、救急車を」 読んでどうする。この状態は普通死んでいるはずだ。自らの焦り具合に再び内心で呆れた。 「いや、いい。肉体の損傷は大したことないからな。正常化せねばならんのは、まずこの空間のほうだな。不純物を取り除いて教室を再構成する」 見ると、360度砂漠な空間だった。しかし突如爆発が起こったかと思うと、回りの砂が失せていき、いつのまにか夕暮れ時の教室へと回帰していた。 彼は床に倒れ、私はそのそばに跪いている。 「……本当に大丈夫?」 「処理能力を情報の操作と改変に回したからな、このインターフェースの再生はあと回しだ」 彼が身じろぐ。反射的に私は彼の後頭部をとり、反対の手で彼の手を動かして私と組ませ、起き上がるのを補助していた。 「今、やってる……って、お?」 彼が動きを止めた。 「どうか、した?」 私が言い終わるや否や、彼は私の顔を軽くぺたぺたと触りだした。少し、くすぐったい。 「っと、すまん。眼鏡の再構成を忘れちまった」 「……いい。貴方には、眼鏡属性はなさそう」 「眼鏡属性って何だ?」 「……ただの妄言。忘れるべき」 「……そっか、なら忘れたほうがいいな」 「いい」 この瞬間、不測の事態が起こった。……教室のドアが、 「うぃ~っす。WAWAWA忘れ物♪~……のぅわっ!!!?」 …………私は無口に該当されるが、この沈黙は痛いと感じる。 そしてこの体勢は、私の方から『致そう』としているようにも見えなくないわけで。 「……すまん」 何が。 「ごゆっくりっ!!!!」 だから何が。 「……面白いヤツだな」 「…………どうしよう」 「ん? ああ、任せろ。情報操作は得意だ」 記憶でも消せるのだろうか、と期待したのも束の間、 「朝倉のやつは転校した事にする」 「……そっち?」 などと冷静につっこみを入れている場合ではない。もしかすると私は、とんでもない体験をしてしまったのではないだろうか。先日、彼の語った非現実的な話を信用するしないの問題ではない。先ほどの事態は、私に本当の危険さとは何かを身を以て体験させた。これでは、彼が宇宙人であると言う事に納得せざるを得ない。真実か否化の論争を越え、事実としてやってきたのだから。 だが、このポジションは美味しくもある。なんだかんだいいつつも、常に彼に意識を置かれ、時に守られるという完全なヒロイン的ポジションで―――――― ………………… ……………… ………… ……… …… … 「…………ダメ」 「いいじゃないか長門。なにやってたのかを訊いてるだけなんだし」 まさか、現在の状況を構成する上で彼と私のポジションを入れ替えた場合の設定でシミュレートした結果を文字に引き起こし、本にして窓辺で読もうだなんて考えていることを、彼には言えない。しかもその結果がもう間違いなく『長キョン』といわれるルートをたどると見て、嬉しくて身もだえしてしまいそうだとも言えるわけがない。 「なにか打ち込んでるようだったが、今度は小説か?」 ……迂闊、彼は地球人類で唯一私の表情を完全に読む事に出来る存在。無敵の無表情でも、彼には通じず、些細な真情の変化をも読まれてしまう。熟年夫婦のようだ。…………それはそれでいいかもしれない。 「……人間は、好奇心から進歩を続けてきた。しかし故に壊滅した存在も多くある。多大な詮索は推奨しない」 「…………言い訳か「ちがう」 …………。 「ちがう」 「ああ、わかったよ、違うんだよな」 「そう。あなたは賢明」 「そりゃあんがとよ」 禁じえない、と言った様子で苦笑を浮かべる彼を、私は恨めしそうに見詰めているだろう。彼の手が私の頭に乗せられた。勿論、撫でるために。 「よし、図書館にでもいくか。ハルヒは風邪、古泉はそれゆえのバイトで、朝比奈さんは鶴屋さんのとこだし、何もせずに帰るのも面白くないだろ?」 「いく」 しかし、先程の設定では彼が様々な危ない目に合う。それは好ましくない。このままであれば私は彼を守る事ができるし、彼も私を守ってくれる。現在のままでは彼の件での敵性存在は多くあるが、他にはないポジションである事も否定出来ない。私は、彼を守る事ができるのだ。それが、私がここにいる理由。 「貴方は」 「ん?」 「貴方は、私が守る」 彼の手を捕まえて、強く、握る。 「信じて」 「信じてるぜ、長門」 「……そう」 ――読了―― 【……ユニーク】 朝倉「ねえ、わたしって明らかに消され損よね。ぴょこんと出てきて情報連結解除されただけじゃない」 喜緑「そのとおりですね。でも、貴女は少しでもキョンさんと絡む事ができた上に、ちょっといい雰囲気にも包まれていたじゃないですか。十分、折檻ものです」 朝倉「(ビクビク)で、でもさ、喜緑さんだって、あの設定だと好き勝手できるわよね!だって穏健派の喜緑さんは鍵たる存在であるキョン君との接触は最低限に限られてるけど、あれだと主流派のキョン君じゃない?プライベートにお付き合いできるじゃない!! ね、ね!!?」 喜緑「まあ……まあまあまあ!!! 何と素晴らしいんでしょう、つまり強引に《禁じられたワード》を進めちゃったりとか、思い切って《禁じられたワード》して《禁じられたワード》にしてもいいってことなのですね? あらあらあら、とても素晴らしい世界ですこと。では早速、涼宮さんから『力』のほうを頂きに……」 九曜「――私……も――冬に――彼を――……うれ……しい―――」 天蓋「可愛い妹と私自身のために! 情報統合思念体にはこの件に関しては協力するわ!」 朝倉「……じゃ」 喜緑「行動は」 九曜「――素早く」 天蓋「進めるべきね!さあっ、続きなさい!!」 (注意兼あとがき:この件に関しては続きません。よい子のみんなは期待しないでくださいね♪ もし続きが欲しければ、ご自分でお書きになるのが得策かと♪ それでは、次のキョン君は誰とちぇんじするのかな? 気長に待とう!! See you again!!) 裏会合 ハ「あたしたちって、何だったのかしら?しかもここですら簡略化されてるし、さっきより」 古「いえ、我々の名字では字数を統一できません。僕たちは二文字ですが、朝比奈さんは三文字だ」 み「で、でもぉ、三人とも名前の方は三文字なんですけどぉ……」 ハ「そうよね。つまりこういうことも可能なのかしら。……えい!」 ナルシスホモ「……おーけー、落ち着きましょうか涼宮さん。僕はリリンです」 ハ「似たようなもんよ。(その属性は互いに)一人しかいないんだから」 み「首ちょんぱですぅ」 ナルシスホモ「神人にですか?」 ハ「神人って何?」 ナルシスホモ「何でもありません。ただの妄言です」 み「ナ……古泉君、心証のなんとやらですかぁ?」 ハ「言いかけたわね。まあいいわ、とりあえず言いたいことは色々あるでしょうね、読んでる奴ら。有希って、キョンをキョンって呼ばないわよね」 み「デフォルメでしゅ」 ハ「2人とも、何か喋った?」 み「いえ……。あ、でもポジションがころころ変わるみたいですねぇ」 作「しかしながら気分によって書くんで、必ずしも続編が出るとは言いがたいんです。短編連作、何処から読んでも大丈夫。途中で切れても大丈夫。連載を途中でブツるよりマシでしょう」 ハ「作者が乗り込んでくるの、ちょっと痛いかしら。長いし。でもそれって逃げてるだけね、周りから、何より自分から」 作「うん」 み「最後だけ少し、綺麗でしたねぇ」 作「私は元々シリアス畑。そっちが本職です。電波と言うのは副職のようなものです。賛否両論あるとは思い……たいのですが、これにて終わりです。ではまた。 ……あと、そこに転がってるの何です?」 キ「リリンのタブリスだろ」