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涼宮ハルヒの追憶 Intermission.3 - (2020/08/25 (火) 12:56:18) のソース

<div class="main">
<div>――Nagato Yuki<br /></div>
<br />
<br />
<div>わたしは何ら変化の無い天井を見上げる。<br />
正確には劣化しているし、宇宙座標上の位置も変わっている。<br />
でも、人はこれを変わっていないという。<br />
微々たる変化は無視し、閉塞感を感じる。<br />
全ては変わっていっているのに、自滅的な行動によって自分を押さえつけている。<br /></div>
<br />
<div>人は記憶を持っている。<br />
わたしは記憶を持たない。全ては無時間性の情報へと帰する運命にある。<br />
人は記憶を持ち、そして人格を形成していく。<br />
記憶、つまり時間の重さを持たないわたしは人格を形成できないのだ。<br />
形成できないというのは語弊が生じる恐れがある。<br />
元からある人格からの変化は望めないということである。<br /></div>
<br />
<div>わたしは後、一時間と十一分で消失する。<br />
(秒単位が必要ないことは彼が教えてくれた事だ)<br /></div>
<br />
<div>わたしは今、泣いている。人間の感情でいう、恐怖を感じている。<br />
これはわたしに元からあったものだろうか。<br />
古泉一樹に以前聞いたことがある。<br />
人の感情で最も重要なのは何かと。<br />
古泉一樹は『死への恐怖』だと答えた。<br />
わたしは今、人間の根本たる『死への恐怖』を感じている。<br />
わたしはインターフェイスなのだろうか? それとも人?<br />
この『死への恐怖』も作られた感情なのだろうか。<br /></div>
<br />
<div>わたしは後、四十三分で消失する。<br />
(彼との一週間は激しいバグを引き起こした)<br /></div>
<br />
<div>わたしはバグを落ち着かせるため、本を読むことにする。<br />
この本はまだこの時代の彼に読ませてあげていない。<br />
彼はわたしの部屋に来て、読むと約束してくれた。<br />
でも、もうそれが現実になることはない。<br />
約束とは時に残酷で、時に優しいものだ。<br />
わたしのデータベースの中には彼の情報がたくさん詰まっている。<br />
わたしはそれを引き出し、完全に頭の中で再現する。<br />
図書館の風景、彼との会話、彼の優しさ。<br />
全てが精密に再現され、視覚情報、聴覚情報、触覚情報、位置情報、嗅覚情報としてわたしに伝わる。<br /></div>
<br />
<div>わたしは後、十九分で消失する。<br />
(彼に教えてもらった料理を作った時、彼が普通だと言っていたのは<br />
わたしのインターフェイスとしての能力が足りないからだろうか)<br /></div>
<br />
<div>偶然性というものは情報量を大幅に増加させ、処理速度を遅らせる。<br />
わたしはこの偶然性というものをとても不思議に感じている。<br />
情報は無限に存在しない(そのため情報統合思念体は処理できる)。<br />
わたしは一つ息を吐いてみる。<br />
この空間は壁に囲まれていて逃げることはできない。<br />
だが、逃げることはできないのか?<br />
できないという可能性が百に限りなく近いという理由で、わたしはそう判断する。<br /></div>
<br />
<div>わたしは後、七分で消失する。<br />
(抱きしめてくれた彼の体温は温かく、飾った花はとてもキレイだった)<br /></div>
<br />
<div>わたしは生まれてから三年間この部屋で待機していた。<br />
時間を重ねることはなく、時が来るのを待った。<br />
そう、わたしが吐く息はこの壁を抜け出すことはなかった。<br />
壁はわたしを囲って、空間を作り上げた。<br />
狭いこの地球の、島国で、なぜまた空間を作らなければならないのか。<br />
わたしは置き手紙をしたためた。<br /></div>
<br />
<div>――わたしは消えた。<br />
 最後にあなたが他の人に見えないように操作した。<br />
 これで目的を果たして欲しい。<br />
 鍵は閉めて、郵便受けに入れておいて。<br />
 わたしがまた帰ってこれるように。    ――<br /></div>
<br />
<br />
<div>わたしは後、三分で消失する。<br />
(彼と現在の彼と過ごした日々はとても、幸せ? なものだった)<br /></div>
<br />
<div>彼は最後の日の夕方、色付きマジックを出してくれないかといった。<br />
わたしはマジックを再構成した。<br />
わたしは今、泣いている。<br />
わたしを囲っていた壁に、あの日作ったアルスメリアが描いてあった。<br />
そしてその横にわたしを模したと思われる適当な絵に、言葉が添えられていた。<br />
『長門、一週間ありがとう。こいつの花言葉は長門に教えてもらったからな。ぴったりだ』<br /></div>
<br />
<div>わたしは後、零分で消失する。<br />
(秒単位が必要ないことは彼が教えてくれた事だ)<br /></div>
<br />
<div>わたしは壁に手をつけ、その花に向かって息を吐いた。<br />
この壁を壊すのは簡単だった。でも、また壁は現れ、壁は無限に立ちはだかる。<br />
だから彼は壁に絵を描いた。未来のわたしを知っているからだ。<br />
そう思うと、わたしの壁は消えた。<br /></div>
<br />
<div>ありがとう。<br /></div>
<br />
<div>幸せな日々。わたしはそう感じながら、また構成情報へと溶けていった。<br /></div>
<br />
<div>そこでわたしは再び、雪を見た。<br /></div>
</div>