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うそつきの本音 - (2007/08/26 (日) 02:12:11) の1つ前との変更点

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<p>「おや、みくると長門っちに一樹くんじゃないか! 今帰りかい?」<br> 飛び跳ねるように元気な先輩に声をかけられたのは、彼が学校に『忘れ物』を取りに<br> 戻ったすぐ後だった。<br> 「鶴屋さん」<br> 「やあやあ、今日もオトコマエだねぇ一樹くん」<br> 「ありがとうございます」<br> 見上げてくる深い色合いの瞳に返事をする、直後には彼女はひらりと身をひるがえし<br> 長門さんの頭を撫でていた。<br> 「ハルにゃんとキョンくんは? ふむふむ、二人っきりで居残りかい?」<br> 「涼宮さんは居残りです、機関誌の原稿を書き上げたいそうですよ。彼は忘れ物を<br> 取りに戻られました」<br> 「なぁるほど」<br> お見通しだと言わんばかりに唇を三日月形にし、鶴屋さんはにやりと笑う。何かを<br> 画策している表情に見えなくもなかった。<br> 長門さんの頭部に乗せていた片手を下ろし、隣の朝比奈さんの手首に移す。<br> 「そうだ、ちょっとみくるに用があったのを思い出したさ! <br> みくる、一緒に帰らないかい?」<br> 「え、用事ですか……?」<br> 「んー、そんなたいしたことじゃないっさ、話があるだけ」<br>  <br>  <br> それじゃあ皆の衆また明日っ!<br> 鶴屋さんは来たときと同じかそれ以上の勢いで、朝比奈さんを引きずっていって<br> しまった。事態を把握できていないらしい朝比奈さんが、呆気に取られたような顔で<br> こちらに手を振っているのが怖ろしいスピードで遠ざかっていく。<br> あっという間に朝比奈さんを連れて駆け去ってしまった鶴屋さんに怯んだかのように、<br> 長門さんは固まっていた。<br> 撫で回された髪の毛がふわふわと、四方八方に跳ねている。<br> 「嵐のようでしたね」<br> 僕が感想を述べると、ようやく身体があることに気付いたみたいに長門さんは二、三度<br> おおきな瞳をまばたかせると、ようやく歩き出した。僕も隣に並ぶ。<br> しばらく黙ったまま歩き続けたが、ずっと沈黙というのもおかしく感じて、僕は口を<br> 開いた。<br> とりあえず、当たり障りのない気象の話題でも。<br> 「もう三月だというのに、この寒さはなんでしょうね。ここ数年は暖冬やら温暖化やら<br> で騒いでいたはずですが。異常気象といってしまえばそれまでですけど」<br> 「古泉一樹」<br> 「はい、なんでしょう?」<br> 掻き混ぜられたままの髪を微風に遊ばせ、彼女はこちらをまっすぐ見上げた。<br> 歩き続ける足は止めない。<br> 「あなたは先ほど、このあたりに変質者が出たらしい、と言った。しかし検索した<br> ところ、そのような事実は存在しないことが判明した。なぜ事実と異なる発言を?」<br> 「嘘も方便、という素晴らしいことわざがありますね」<br> 「嘘つきは泥棒の始まり、ともいう」<br> 「おっしゃるとおりです」<br> 彼女が足を止めたので、一瞬遅れて僕も立ち止まる。<br> 「何かと理由をつけて、説得しないと動けない場合というものがあるんです」<br> 観念的すぎるかな、とも思ったが、他に言いようがみつからなかったので<br> 僕はそう言った。<br> 「説得。誰を」<br> 「周囲を。それと、自分を、です」<br> 涼宮さん一人を部室に残したまま四人で坂道を下っている際、傍目からすれば<br> 分かりやすいほどに彼は落ち着かないそぶりで背後を気にしていた。<br> 誰かが追いついて背中を叩くのを、今か今かと待っているように。<br> そんな彼には理由が必要だった。忘れ物でも変質者でも世界崩壊の危機でも、<br> それはなんでも良かっただろう。彼が彼自身を説得し、学校に戻らなければ<br> いけない自分を周囲に演出できるのなら。<br> 長門さんは目を伏せてなにかを考えているようだったが、再度顔をあげて今度は<br> 別のことを質問した。<br> 「あなたの帰路はこちらではないはず。先ほど通り過ぎた交差点を右に曲がる、<br> それが正しい道程」<br> 「そうですね」<br> 「何か用事でも?」<br> 「いえ、用事は特にありません。閉鎖空間でも発生すれば別ですが、そんな心配も<br> おそらく無いでしょう。家に帰って寝るだけですよ。ああ、書きかけの小説を<br> 仕上げなくてはいけませんね。締め切りまでそう何日もありませんし」<br> 「では」<br> まばたき。<br> 「なぜ?」<br> よく磨かれた黒曜石のような双眸に見つめられて、思わず微笑を浮かべることを<br> 忘れた。<br> 「――約束しました。だからです」<br> 「彼との約束なら無効。条件となる『変質者の出没』そのものが有効ではない」<br> なんとか誤魔化す方法はないだろうかと考え、しかしまばたきという無言の催促に<br> 勝てず、僕は両手をあげて降参した。<br> 「先ほど言ったでしょう。理由が必要なんです」<br> 降参したものの、口に出すのには結構な力が必要だったけれど。<br> 「……そう」<br> まばたきを繰り返していた瞳が、ふ、と逸らされる。無意識に詰めていたらしい<br> 息を吐いた。<br> 「じゃあ、帰りましょうか」<br> 「そうする」<br> それきりその話題は終り、長門さんのマンションに着くまでの間、僕が十喋って<br> 長門さんが一返すという会話のようなやりとりが途切れ途切れに続いた。<br> 普段よりも歩く速度が心なしか遅くなってしまったのには、目をつぶっておいて<br> 欲しい。<br>  <br>  </p>
<p>「おや、みくると長門っちに一樹くんじゃないか! 今帰りかい?」<br> 飛び跳ねるように元気な先輩に声をかけられたのは、彼が学校に『忘れ物』を取りに<br> 戻ったすぐ後だった。<br> 「鶴屋さん」<br> 「やあやあ、今日もオトコマエだねぇ一樹くん」<br> 「ありがとうございます」<br> 見上げてくる深い色合いの瞳に返事をする、直後には彼女はひらりと身をひるがえし<br> 長門さんの頭を撫でていた。<br> 「ハルにゃんとキョンくんは? ふむふむ、二人っきりで居残りかい?」<br> 「涼宮さんは居残りです、機関誌の原稿を書き上げたいそうですよ。彼は忘れ物を<br> 取りに戻られました」<br> 「なぁるほど」<br> お見通しだと言わんばかりに唇を三日月形にし、鶴屋さんはにやりと笑う。何かを<br> 画策している表情に見えなくもなかった。<br> 長門さんの頭部に乗せていた片手を下ろし、隣の朝比奈さんの手首に移す。<br> 「そうだ、ちょっとみくるに用があったのを思い出したさ! <br> みくる、一緒に帰らないかい?」<br> 「え、用事ですか……?」<br> 「んー、そんなたいしたことじゃないっさ、話があるだけ」<br>  <br>  <br> それじゃあ皆の衆また明日っ!<br> 鶴屋さんは来たときと同じかそれ以上の勢いで、朝比奈さんを引きずっていって<br> しまった。事態を把握できていないらしい朝比奈さんが、呆気に取られたような顔で<br> こちらに手を振っているのが怖ろしいスピードで遠ざかっていく。<br> あっという間に朝比奈さんを連れて駆け去ってしまった鶴屋さんに怯んだかのように、<br> 長門さんは固まっていた。<br> 撫で回された髪の毛がふわふわと、四方八方に跳ねている。<br> 「嵐のようでしたね」<br> 僕が感想を述べると、ようやく身体があることに気付いたみたいに長門さんは二、三度<br> おおきな瞳をまばたかせると、ようやく歩き出した。僕も隣に並ぶ。<br> しばらく黙ったまま歩き続けたが、ずっと沈黙というのもおかしく感じて、僕は口を<br> 開いた。<br> とりあえず、当たり障りのない気象の話題でも。<br> 「もう三月だというのに、この寒さはなんでしょうね。ここ数年は暖冬やら温暖化やら<br> で騒いでいたはずですが。異常気象といってしまえばそれまでですけど」<br> 「古泉一樹」<br> 「はい、なんでしょう?」<br> 掻き混ぜられたままの髪を微風に遊ばせ、彼女はこちらをまっすぐ見上げた。<br> 歩き続ける足は止めない。<br> 「あなたは先ほど、このあたりに変質者が出たらしい、と言った。しかし検索した<br> ところ、そのような事実は存在しないことが判明した。なぜ事実と異なる発言を?」<br> 「嘘も方便、という素晴らしいことわざがありますね」<br> 「嘘つきは泥棒の始まり、ともいう」<br> 「おっしゃるとおりです」<br> 彼女が足を止めたので、一瞬遅れて僕も立ち止まる。<br> 「何かと理由をつけて、説得しないと動けない場合というものがあるんです」<br> 観念的すぎるかな、とも思ったが、他に言いようがみつからなかったので<br> 僕はそう言った。<br> 「説得。誰を」<br> 「周囲を。それと、自分を、です」<br> 涼宮さん一人を部室に残したまま四人で坂道を下っている際、傍目からすれば<br> 分かりやすいほどに彼は落ち着かないそぶりで背後を気にしていた。<br> 誰かが追いついて背中を叩くのを、今か今かと待っているように。<br> そんな彼には理由が必要だった。忘れ物でも変質者でも世界崩壊の危機でも、<br> それはなんでも良かっただろう。彼が彼自身を説得し、学校に戻らなければ<br> いけない自分を周囲に演出できるのなら。<br> 長門さんは目を伏せてなにかを考えているようだったが、再度顔をあげて今度は<br> 別のことを質問した。<br> 「あなたの帰路はこちらではないはず。先ほど通り過ぎた交差点を右に曲がる、<br> それが正しい道程」<br> 「そうですね」<br> 「何か用事でも?」<br> 「いえ、用事は特にありません。閉鎖空間でも発生すれば別ですが、そんな心配も<br> おそらく無いでしょう。家に帰って寝るだけですよ。ああ、書きかけの小説を<br> 仕上げなくてはいけませんね。締め切りまでそう何日もありませんし」<br> 「では」<br> まばたき。<br> 「なぜ?」<br> よく磨かれた黒曜石のような双眸に見つめられて、思わず微笑を浮かべることを<br> 忘れた。<br> 「――約束しました。だからです」<br> 「彼との約束なら無効。条件となる『変質者の出没』そのものが有効ではない」<br> なんとか誤魔化す方法はないだろうかと考え、しかしまばたきという無言の催促に<br> 勝てず、僕は両手をあげて降参した。<br> 「先ほど言ったでしょう。理由が必要なんです」<br> 降参したものの、口に出すのには結構な力が必要だったけれど。<br> 「……そう」<br> まばたきを繰り返していた瞳が、ふ、と逸らされる。無意識に詰めていたらしい<br> 息を吐いた。<br> 「じゃあ、帰りましょうか」<br> 「そうする」<br> それきりその話題は終り、長門さんのマンションに着くまでの間、僕が十喋って<br> 長門さんが一返すという会話のようなやりとりが途切れ途切れに続いた。<br> 普段よりも歩く速度が心なしか遅くなってしまったのには、目をつぶっておいて<br> 欲しい。<br>  <br>  </p>

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