「My little Yandere Sister 第２話「桜花咲きそめにけり」」の編集履歴（バックアップ）一覧はこちら
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<p>＜キョンサイド＞<br />
四時間目の授業もチャイムの音が終わらせる。<br />
そして、いつもの弁当の時間になった。<br />
国木田と谷口との下らない談笑がよりご飯の味を美味くしていく。<br />
俺はこのただ飯を食うそれだけの時間を楽しいと思っている。<br />
いや……。<br />
<br />
正しくはそう思っていた。<br />
<br />
その日常はあっという間に、たったの一日で崩れ去ってしまったんだ。<br />
あれだけ長かった日々が、たったの一日で。<br />
恐ろしいほどあっさりと。なんでこんなに容易いのかと思ってしまうぐらい。<br />
それは賽の河原で積み上げられた石の塔を鬼が壊してしまったかのように。<br />
一人、欠如しただけなのに。<br />
「………」<br />
「………」<br />
ただ黙々とした食事。空いた空間にあいつが来るような気がしていた。<br />
ＷＡＷＡＷＡとか言って来てくれると信じていた。いや、信じている。<br />
今でも絶対に来るって思ってる。飄々と教室の扉を開いて何事もなかったように。<br />
それで何か言い訳とか言うんだ。あいつはそんな人間なんだから。<br />
だけどもう来ない。だって―――。<br />
<br />
<br />
My Little Yandere Sister 第二話「桜花咲きそめにけり」<br />
<br />
<br />
クラスを包む朝のホームルームから始まった。<br />
俺はいつものように岡部のつまらない話を聞き流すつもりで何となく窓の外を見ていた。<br />
恐らく同じような状態だろうと思って、窓ガラス越しにハルヒを見ると何の事はない、真顔で岡部の話を聞いている。<br />
ふざけているのは俺だけかと周りを見渡す。<br />
そこで俺は谷口が今日に限って来ていないということに気付いた。体調でも崩したか、調子に乗って。<br />
等と暢気にそんな事思える時だったのに、開口する雰囲気、いや、それ以前に入ってきた時から岡部の様子はおかしいと思っていた。<br />
思っていたが、誰がそれを想像できただろうか？<br />
「みんなに…悲しい知らせがある。<br />
<br />
―――谷口が…死んだ」<br />
<br />
「………え？」<br />
少し聞こえていた会話すら、囁き声すら聞こえない。<br />
それどころか外で窓を叩いている風すら止んだように思えた。<br />
「…谷口が死んだ？」<br />
ピタリと止まった時間。その時間の中で俺は岡部の言葉を反芻する。それしか出来ない。<br />
反芻し、理解する。だが受け入れられなかった。受け入れるわけにはいかない。<br />
あいつはあれでも親友だ。日常に無くてはならない大切な友達だ。<br />
だが現実はそこにある。解ってる。岡部がそんな下らない嘘をつくわけがないって事ぐらい解ってる。<br />
だが、俺にはそれは無理すぎる現実だった。だから叫んだ。<br />
「どうして…どうしてですかッ！？」<br />
「殺されたということらしい…殺人事件だ」<br />
殺人事件。<br />
あいつが？ 確かにあいつはむかつくよ？ むかつくけど、むかつくけどクラス公認のいい奴じゃないか。<br />
どうして？ 誰が？ 何の為に？ 嘘だ…そんなの嘘だ………。<br />
「嘘だろ…嘘だ…嘘だぁぁあああぁああ！ そんなの嘘だああぁぁああぁぁあああああああああッッッ！！」<br />
俺は岡部に掴みかかり、思いっきりその頬をぶん殴った。<br />
自分でもビックリするぐらいの力が出た。ハンドボール部顧問が少しだけ後ろに飛ばされたんだからな。<br />
「落ち着きなさい、キョン！」<br />
暴れる俺へ制する声が掛けられ、同時に後ろから羽交い絞めにされる。恐らくはハルヒだろう。<br />
そのハルヒの声がしても、それは耳に届いただけであって俺自身には届いていない。届かない。<br />
ただ叫ぶしか出来ない程、ただうざったい人間ではあったが親友と呼べた存在の死に悲しんでいた。<br />
「嘘、だ…う、そ…だ……ぐっ、ううっ、あﾞあぁぁぁあぁああぁ！！」<br />
そしてその親友を殺した犯人への怒りに狂い、叫び、泣いた。<br />
俺だけではない。クラスの誰もがその死に涙を流した。アイツの為に。<br />
暴れる俺を止めるぐらい冷静で居られたハルヒも泣いていた。<br />
<br />
……………。<br />
<br />
誰が谷口を憎むというのか。憎むに憎めないアイツを。<br />
まったく弁当は進まない。お腹も減った気がまったくしない。<br />
「国木田…俺、駄目だ。もう、なんか、訳が解らない…国木田はどうだ？」<br />
「…僕もだよ。僕も解らないよ。解らないから受け入れられない…」<br />
別に何かを縋ったわけじゃない。そういう答えだと解っていたから。<br />
俺はチラッと教室に残っているハルヒを見た。その顔はいつものアイツから逸脱し過ぎていて怖く見えて仕方がない。<br />
あんなに暗いハルヒなんて今までに見たことがあったか。いや、見たことはない。<br />
では、今までにあんなハルヒが居ただろうか。今までに居たことなんて、ない。<br />
どの時代、いつだってあいつはあれほど絶望的な顔をしたことはない。<br />
ふと目がこちらを向いた。しかし、それは宙を見つめているように不安定。<br />
「…ハルヒ、大丈夫か？」<br />
どこを見ているか解らない目が俺に焦点を合わせようとする。が、空しく完全に合う事は無いままに固定されてしまった。<br />
「…何でかしら…アイツの事は今でも嫌いなのに、とても虚しい気分なの……」<br />
それはこのクラスの男女関係なく誰もが抱える事だった。<br />
谷口という存在がこのクラスにとって如何に重要であったかがよく解る。<br />
ふとハルヒが重々しい動きで立ち上がる。<br />
「今日はこれ以上授業受ける気になれないわね…。部室で休むわ…」<br />
「俺も同意だ。同行そうさせてもらおうか」<br />
「キョンが行くなら僕も。正直、授業受ける気にはなれないからね」<br />
俺達三人はまだまだタップリと残った弁当箱を片付けると荷物を全て持ってSOS団の部室へ向かった。<br />
今回はちょっと妹に我慢してもらおう。食べ切れなくても仕方ない。<br />
教室を出る前にふと振り返る。谷口が居た机で岡部が用意した花瓶と花がゆらりと揺れた。<br />
おそらくは風に吹かれたから動いたんだろう。しかしながら、それを見て思った。<br />
「見えないだけでまだここに来てるのかもな、アイツ」<br />
「え？」<br />
「そう考えると、悲しさは拭えなくても、愉快じゃないか？」<br />
ハルヒが俺の視線を辿って机の上の花を見ている。<br />
何となく頭に浮かぶ。<br />
俺達に気付かれる事も無くなった谷口が机を指差す。そして何かきっと喚いている。<br />
…多分、俺に気付け、だと思う。アイツが叫ぶとしたらな。<br />
そのうち幽霊であることをよしとして、叫びながらきっと裸踊りでも始めるんじゃないだろうか。<br />
体育の時間になれば女子の着替えを覗く。有り得る。奴だから有り得る。<br />
想像して思わず笑ってしまった。<br />
そこで気付いた。なんだ、あいつは生きているじゃないか。俺達の心の中に。<br />
花瓶の置いてある机。そこに向かって小さく心の中で呟いてやった。<br />
またいつか国木田と俺と三人で昼飯を食おう、谷口。<br />
<br />
＜妹サイド＞<br />
家に帰ったらなんて声を掛けてあげようかな。<br />
きっとあんなゴミが居なくなって喜ぶに違いない。喜ばないはずがないよね。<br />
んー…でもわたしから切り出すというのは違うなぁ…。<br />
話はキョンくんから話を振ってくるのを待とうかな。うん、それが良いに違いないよ。<br />
あー…でも、あんなザザムシでも一応人間なんだから、殺人罪に問われるのかな。<br />
でも、あのクズもわたしがキョンくんの為に作った弁当を盗んだんだから窃盗罪だよね。<br />
なら、わたしは間違ってないもん。制裁を下しただけだから。死刑が妥当だから殺した。それだけ。<br />
法の下で罰した。日本じゃなくてわたしが制定した法で。それでもやっぱりダメなのかな。<br />
でも、裁判所が人を殺してよくて、なんで個人が駄目なんだろう。同じ人間なのに。<br />
んー…難しいなぁ。みよちゃんに聞いてみようかな。<br />
ミヨちゃん…あ、そうだ。それよりもミヨちゃんにもキョンくんを独占する権利を分けてあげなきゃ。<br />
大好きな友達だから。大切な友達だから、特別に許してあげなきゃ。<br />
すっかり忘れてた。わたしってドジだなぁ。<br />
このままだったら大好きなミヨちゃんに嫌われるところだったよ。危ない危ない。<br />
「ミヨちゃ～ん」<br />
「どうしたの、妹ちゃん」<br />
ねぇ、ミヨちゃん。わたしは知ってるよ。ミヨちゃんがキョンくんを、わたしが思っているぐらい大好きなこと。<br />
「あのね」<br />
それは即ち誰かを殺してでも奪いたいという異常な愛。わたしと同じそれの持ち主。<br />
同じ感情を持ってるから同じ匂いを感じ取れる。<br />
「うん」<br />
だから気付いてるよ。<br />
「キョンくん、二人で独占しない？」<br />
<br />
―――ミヨちゃんもわたしと同じ部類の人間なんだって。<br />
<br />
ねぇ、そうでしょう。<br />
ほら。だから今見せたその顔もどことなくわたしの今している顔に似ている。<br />
獲物を狙う狩人のような目。期待をしている殺気。<br />
「えっと…」<br />
だけど困ってる。嬉しいくせに。理由は解るよ。踏み出せないだよね。<br />
手を差し出してあげなくちゃ踏み出せない。優しいから躊躇っちゃうんだよね。<br />
わたしより優秀。そして利巧。ミヨちゃんはだからこそ理性に縛られる。<br />
<br />
わたしはそんな優しくて、不器用な友達である貴女をキョンくんぐらい愛してる。<br />
<br />
「わたし、人殺したの」<br />
そう言えば、<br />
「っ！？」<br />
その反応。あまりにも面白くて、不思議なぐらい笑顔が漏れちゃう。そんな驚くような顔しなくても良いのに。<br />
貴女も同じになるんだから。避けられないんだよ。いずれそうなるって事は。<br />
「あのバカは…キョンくんをわたし”達”から取り上げようとしたんだよ？ 信じられる？」<br />
そう、私からじゃなくて、私達から。<br />
「そ、そんな…嘘、だよね？ 人殺したなんて…」<br />
あぁ、でも驚くのも無理はないかな。ミヨちゃんは良識あるから、殺人なんて出来ないんだもん。<br />
でも、これからは心配ないよ。わたしは架け橋になるから。<br />
貴女がこちら側に正しく来られるように。暴走して危ない橋を渡ったら、途中で落ちちゃうからね。<br />
「本当だよ。谷口っていう高校生殺されたの知ってるでしょう？ あれ、わたしだよ。ほら」<br />
周りには見えないように、ミヨちゃんだけにコッソリあの汚い野郎の汚い血が付いたナイフを見せる。<br />
本当はもっと鮮やかな赤色だったんだけど、もう黒く染まっちゃった。<br />
あいつに似て汚い色だなぁ。真っ赤な血は綺麗なのに。<br />
「妹ちゃん…」<br />
泣きそうな顔をしている。大丈夫。早くわたしの架け橋を渡らせてあげる。<br />
そうしたら怖くも何も感じなくなるから。<br />
「ミヨちゃんは、キョンくんが他の人にとられるの、嫌じゃないの？」<br />
ピクッ、て動いた。可愛いなぁ。やっぱり想像するだけであっても隠しきれないよね。<br />
自分の好きな人を取ろうとする人間への衝動は強いから。<br />
まさしく妬み。それから起きるのは、わたしと同類の貴女なら殺意が起きるはず。<br />
それを理性で抑えてしまう。人はその度に壊れていく。<br />
「嫌、だけど…」<br />
「あのね、わたしは人を殺したとも思ってないし、ましては殺したとすら思ってない。わたしはゴミに制裁を下しただけなの」<br />
「ゴミに…制裁？」<br />
「そう。わたしは、キョンくんが誰かに取られるのは嫌。わたしからキョンくんを取り上げる人は誰であろうとゴミ」<br />
それが自分の父親でも、母親でも。<br />
「妹ちゃん…」<br />
「そして、ミヨちゃんを取り上げる人もわたしにとってはただの汚物」<br />
「え…あ」<br />
わたしはミヨちゃんの首へ腕を回してぎゅっと抱きしめる。ちょっと背伸びが苦しい。<br />
すぐそこに見えるゆれる瞳。半開きの唇。可愛い…本当に可愛い。<br />
「だから、ミヨちゃんは別。だって、大好きな友達だもん。そして友達以上に愛してる」<br />
こんなに愛してやまない友達と、キョンくん。二つとも独占できる唯一の方法。<br />
まだ子供のわたしができる最大の方法なんだよ。そんな気持ちを込めて、ミヨちゃんを抱きしめる。<br />
「ん…」<br />
わたしがそっと耳に口を近づけると息がくすぐったいのか、ちょっと声を漏らす。良い匂い。<br />
そこが同性のわたしから見ても可愛い。思わずキスしたくなるぐらい。<br />
「ねぇ…魅力的でしょう？ キョンくんを、二人で。大好きな人と、ずっと一緒に居られるんだよ？」<br />
綺麗な耳元。ここをなめたらきっと可愛い声で跳ねるんだろうなぁ。いじめたくなっちゃう。<br />
そんなことはしないけどね。<br />
「…ずっと一緒に…」<br />
ミヨちゃん。悩まなくても良いんだよ。<br />
わたしが手を差し出してあげるから。わたしのこの手を掴めば良いんだよ。<br />
「二人で………邪魔なノイズを消そう、ね？」<br />
ミヨちゃんの瞳に、わたしとキョンくんだけが映れば良い。三人が居ればいい。<br />
そのために、今は友達を独占したい。強い仲間。一緒に宝物探しの旅をするパーティ。魔物を駆逐する冒険者。<br />
わたしの目をよく見て。そのまま動かさないでまっすぐに見て。<br />
わたしは貴女の味方だよ。だから貴女は私の味方なの。<br />
おいで。<br />
貴女の心の隙間に入り込んであげる。そのまま補強してあげる。<br />
崩れないように。壊れないように。暴走しないように。危ない橋を渡らないように。<br />
わたしだからできる。わたしじゃなきゃできない。<br />
ほら、もう貴女はわたしと同じ目をしている。<br />
「…うん。お兄さんが手に入るなら…何でもやる」<br />
パーティが、完成した。<br />
「ありがとう、わたしの大好きなミヨちゃん。キョンくんと同じぐらい愛してる」<br />
「わたしもお兄さんと同じぐらい妹ちゃんが大好き」<br />
ずっと離さない。掴んでくれたんだから…わたしの手を。<br />
どんなリスクを背負っても、その手は離さない。<br />
ふと強く風が吹いてカーテンが舞い上がり、わたし達を回りから覆い隠した。<br />
その隙に、そっと唇を重ねた。ミヨちゃんの口は、甘い気がした。<br />
<br />
＜キョンサイド＞<br />
SOS団の部室。ハルヒはいつもの席ではなく近場にすわり、ボーッとしている。<br />
国木田は谷口がSOS団に残した思い出を見て、たまにクスッと笑っている。二人とも、やや怖いぞ。<br />
俺はと言えばホームルームの頃と比べると大してそう暗い気持ちではない。<br />
だが何が行動するにはまだ気分が暗い。倦怠感とは別にまだショックは残っている。<br />
俺は横になるスペースが欲しくて床を探すがまったく見当たらない。このままでは流石に堅くて寝るには痛い。<br />
まぁ、寝る場所ぐらいなら段ボールで作れるけどな。段ボールって以外に柔らかいんだ。<br />
というわけで適当に敷いて、簡易的寝床完成。これなら寝られる。<br />
このまま横になって…おぉ、ハルヒのパンツが見える。白か。<br />
これを頭に焼付け…やめよう。見ていることをばれたらいくらテンションが低いとは言え、何をされるか…。<br />
惜しいことだが団長様には背中を向けて寝よう。<br />
「…ねえ、キョン」<br />
ばれたか！？<br />
「な、なんだ、ハルヒ」<br />
声が上擦っているぜ、俺。Ｋｏｏｌになれ、俺！ 俺はまさしく俺だ！<br />
そうだ！ 俺は俺だ！！ あーーー！！ Ｋｏｏｌになりきれてねぇええええ！！<br />
「あたしたちSOS団に、何かできることって無いかしら」<br />
「…はい？」<br />
なぁんだ、パンツ見たでしょ、じゃないのか。それは助かった。<br />
しかし、何だ。その返答次第では何かをやらかそうという空気は。<br />
「あたしね…なんか苛々しているの。結局は何もできない自分に」<br />
いやいやいや、そんなことはないだろうよ。<br />
お前が望めば世界なんてあっという間にパァッ出たー！ともなるし閉店ガラガラも出来るんだからな。<br />
作りましょう作りましょう、さてさて何が出来るかな、出来ましたー、ぐらいあっさりなんだぜ？<br />
「俺達は結局は高校生だしな。そりゃ、何も出来やしないさ。殺人事件の調査なんてことも、そう楽なものじゃ―――あ」<br />
アチャッー…俺、墓穴掘ったかも。<br />
「なるほど…。それは良いかもしれないわね……」<br />
どうやら採用にはなったようだ。が、何やらあまりよろしくない表情を団長様はしておられる。<br />
さて、このパターンでは先が読めないぞ。国木田は未だに色々とSOS団の中にある谷口を詮索しているようだ。<br />
まぁ、ここまで空気が重いとなんか辛いな。そりゃ確かに悲しいけどな。<br />
谷口はこの状況をきっと近くで見ているに違いない。そう思えば案外、笑えるもんだ。<br />
「キョン、谷口の家に行くわよ」<br />
ふといきなりそんな笑えない言葉が聞こえた。<br />
流石は我等がSOS団の団長。伊達に人外を周りに備えてないな。<br />
「何を言い出すかと思えば。まったく…入れると思っているのか？」<br />
「あ…そう言えばそうよね」<br />
しゅん、と項垂れるハルヒ。何だ、この罪悪感は。おのれぇ…何を感じているんだ、俺は。<br />
罪悪感なんて要らないぞ。間違った事は言ってないって断言できる。<br />
あくまでもこれは一般的な見解であってだな…。<br />
「ご心配には及びませんよ」<br />
葛藤に及んでいる俺の耳に慣れた声が微笑を浮かべながら入っていった。<br />
見れば、古泉が部室の入り口に立っていた。<br />
「知り合いを使って、入れるようにしておきます。現場は荒らさないようにお願いしますね？」<br />
古泉だけではない。後ろには朝比奈さんも、長門も居る。<br />
あぁ、SOS団ってのは案外意外に強い絆で結ばれているんだな。<br />
ってそうじゃないだろう！ 今はもう授業始まっている筈だぞ。<br />
「古泉、長門、朝比奈さん……どうしてここへ？」<br />
「ほんの一瞬とは言っても、彼とは共に部誌を作った中ですからね。少しはセンチメンタルになりますよ」<br />
「わたしも同じです」<br />
「わたしも」<br />
あぁ、くそ。なんて義理堅い連中なんだろうな。<br />
谷口。お前は幸せものだぞ。これだけ周りに思われているんだからな。<br />
「面白いことになっているね、キョン。僕も参加していいのかな、涼宮さん？」<br />
「えぇ、是非とも頭を貸して欲しいわ。古泉くん、今すぐにできる？」<br />
「可能ですよ。ですが、学校は？」<br />
「サボるわ」<br />
…あぁ、なんてこった。谷口。そばに居るならお前はきっと腹抱えて笑っているだろう。<br />
俺のことをな。<br />
こうしていつものSOS団にプラス国木田を交えて俺達は学校を出た。<br />
…教師に見つかっていませんように…。<br />
そう思いながら全速力で学校から抜け出した。…しかし考えてみれば絶対バレるよな。<br />
授業出てない時点で。あ～、困ったな。<br />
もう良いや。ええい、あとは野となれ山となれ！ 知ったことではない！！<br />
<br />
……………。<br />
<br />
「ここね」<br />
「はい、そうです」<br />
そんなこんなで谷口の家に到着した。<br />
途中で偶然偶々新川さんの乗っている車が通ってよかった。おかげで案外早く着いた。<br />
…どうせ偶然偶々じゃないだろうけどな。必然だろう、絶対。<br />
谷口、と表札に書かれたあいつの住んでいた家。<br />
今、ご両親は実家で心を休めようと頑張っているそうだ。<br />
なんでも、泣いていては谷口が悲しむとかなんとか。強い親だと、俺は尊敬するね。<br />
あいつのナンパして失敗してもくじけない性格は遺伝なのかもしれない。<br />
無駄なところに生かしているので長所ではなく短所だが。<br />
「置いてある物は動かさないようにお願いします。現場は保存しておかなくてはなりませんので」<br />
ずいずいと踏み込んでいきそうなハルヒに古泉が忠告をする。まぁ、一番忠告を聞かなきゃいけない奴だろうな。<br />
明らかにやってやろうと言わんばかりのオーラがプンプンだし。<br />
「解ったわ」<br />
「あと、これは手袋です。直に物に触れないようにお願いします」<br />
古泉がそう言って取り出したのは白い手袋。刑事ドラマによく出てくるようなやつだ。<br />
案外、心地は悪くないな。やや通気性に劣るが。これは蒸れそうだ。<br />
全員が手袋をはめるのを確認した古泉が鍵を取り出す。<br />
ガチャッという音と共に開錠される。本当に機関ってのは凄いな。<br />
「谷口氏が殺された部屋へ案内します。こちらです。…少し気分を害するかもしれませんが、我慢して下さい」<br />
そして通されたのはリビングだった。<br />
「ここで谷口が…」<br />
まだ部屋の中に残る血。冷蔵庫の前に人型に張られた白いテープ。<br />
朝比奈さんが少し呻いて口を押さえている。<br />
「朝比奈さん、無理しなくても良いんですよ？」<br />
「ありがとう、キョンくん。わたしは調べる時には、この部屋以外を調べることにします」<br />
しかし何か飲み物を取り出そうとしていたのだろうか。<br />
「古泉、冷蔵庫は発見当時どうなってたんだ？」<br />
「えっと、開いていたそうです」<br />
ということは、そこをやられたのか。<br />
もしかすると相手は顔見知り？ それで何か取り出そうとした時に。後ろから？<br />
「何か指紋とか残ってないのか？」<br />
「残念ながら執拗なまでに証拠を隠蔽されていて髪一本どころか、何も残ってません」<br />
「そうか…」<br />
これはかなり調べなきゃいけなさそうだな…。<br />
団長の性格が性格だしな…。何か手がかりを見つける気満々だろう。<br />
あー…これは腰にきそうだな…。<br />
<br />
＜妹サイド＞<br />
キョンくん達をミヨちゃんと一緒に高校の前で待ち伏せして、追跡したらゴミクズの家に入っていっちゃった。<br />
まだ学校終わってないのに何やってるんだろう。<br />
それ以前に、どうやって入ったんだろう。今は警察の連中が調べているはずなのに。<br />
あの中の誰かが警察と繋がっている、ということかな。<br />
証拠は残してない筈だから大丈夫だとは思うんだけどちょっと心配。<br />
だって、わたしは悪いことしてないけど、この国はそれを認めてくれないんだから。<br />
裁いたのがわたしだってバレたら逮捕されちゃう。あぁ、まだ少年法に引っ掛かるからそうでもないかな。<br />
少年院に送られたら送られたで真面目に反省しているフリしたらすぐに出れちゃうんだよね。<br />
テレビでやってたからわたし知ってるよ。日本の法律の欠点だよ、ふふっ。<br />
でも、きっとわたしが捕まったらキョンくんが悲しんじゃうよね。<br />
わたしは正しいのに、捕まってしまって、離れ離れになってしまうんだもん。<br />
ならあんな無能な連中に捕まるわけにはいかないよね。<br />
…その為には、どんな犠牲すら払う必要がある。うん、そうだよ。<br />
「キョンくんにわたし達以上の存在なんて居る筈ないもんね、ミヨちゃん」<br />
「うん、そうだよ」<br />
ニコッと笑って答える。<br />
「ミヨちゃんとわたしとキョンくんだけが居れば良いんだもん」<br />
わたしより身長の高いミヨちゃんに抱きつくのはちょっとキツい。<br />
けど、何か安らぐ。<br />
どちらからともなくわたしたちはキスをした。<br />
「んっ……」<br />
「あ…っ…」<br />
わたしとミヨちゃんの舌が絡まる度にちょっとだけ水っぽい粘着質な音がする。<br />
「ん…ふ。私の大好きな妹ちゃんと大好きなお兄さん。二人だけ居れば充分だよ」<br />
唇を離して、今度はぎゅっと抱きしめあってお互いのぬくもりを感じる。<br />
ミヨちゃんのさらりとした髪が腕をかする。ちょっとくすぐったい。<br />
「ありがとう。じゃあ、誰を減らそうか？」<br />
「えっと…じゃあ、あの方はどうかな？」<br />
指差した先にはクソ谷口宅から出てくるSOS団の面子。<br />
その中に居る、確かに消さなきゃいけない存在。恐らく現時点で一番邪魔な存在。<br />
朝比奈みくる。<br />
「そうだね、あれは捨てなきゃいけないよね。キョンくんを誘惑して、騙す悪い魔女だから」<br />
みくるちゃんはキョンくんを好きだ。間違いない。見てて解る。<br />
だから何気ないふりをしていつだって誘ってる。わたしには解る。<br />
「お兄さんを誘惑する存在なんていらないね」<br />
お世話になってるからちょっと難だけどね。やっぱり、家でよく聞く名前だし。<br />
やっぱり嫉妬しちゃうよ。<br />
ハルにゃんは…まぁ、いつも名前出る時には愚痴ばかりだから大丈夫だと思う。有希ちゃんは問題外、かな。<br />
だから今は一番邪魔なみくるちゃんを殺さなきゃね。<br />
「じゃあ、準備しようか、ミヨちゃん」<br />
「うん、そうだね、妹ちゃん」<br />
「どうやって殺すか」<br />
「考えよう」</p>
<p>わたし達は微笑みあった。</p>
<p>＜キョンサイド＞<br />
四時間目の授業もチャイムの音が終わらせる。<br />
そして、いつもの弁当の時間になった。<br />
国木田と谷口との下らない談笑がよりご飯の味を美味くしていく。<br />
俺はこのただ飯を食うそれだけの時間を楽しいと思っている。<br />
いや……。<br />
<br />
正しくはそう思っていた。<br />
<br />
その日常はあっという間に、たったの一日で崩れ去ってしまったんだ。<br />
あれだけ長かった日々が、たったの一日で。<br />
恐ろしいほどあっさりと。なんでこんなに容易いのかと思ってしまうぐらい。<br />
それは賽の河原で積み上げられた石の塔を鬼が壊してしまったかのように。<br />
一人、欠如しただけなのに。<br />
「………」<br />
「………」<br />
ただ黙々とした食事。空いた空間にあいつが来るような気がしていた。<br />
ＷＡＷＡＷＡとか言って来てくれると信じていた。いや、信じている。<br />
今でも絶対に来るって思ってる。飄々と教室の扉を開いて何事もなかったように。<br />
それで何か言い訳とか言うんだ。あいつはそんな人間なんだから。<br />
だけどもう来ない。だって―――。<br />
<br />
<br />
My Little Yandere Sister 第二話「桜花咲きそめにけり」<br />
<br />
<br />
クラスを包む朝のホームルームから始まった。<br />
俺はいつものように岡部のつまらない話を聞き流すつもりで何となく窓の外を見ていた。<br />
恐らく同じような状態だろうと思って、窓ガラス越しにハルヒを見ると何の事はない、真顔で岡部の話を聞いている。<br />
ふざけているのは俺だけかと周りを見渡す。<br />
そこで俺は谷口が今日に限って来ていないということに気付いた。体調でも崩したか、調子に乗って。<br />
等と暢気にそんな事思える時だったのに、開口する雰囲気、いや、それ以前に入ってきた時から岡部の様子はおかしいと思っていた。<br />
思っていたが、誰がそれを想像できただろうか？<br />
「みんなに…悲しい知らせがある。<br />
<br />
―――谷口が…死んだ」<br />
<br />
「………え？」<br />
少し聞こえていた会話すら、囁き声すら聞こえない。<br />
それどころか外で窓を叩いている風すら止んだように思えた。<br />
「…谷口が死んだ？」<br />
ピタリと止まった時間。その時間の中で俺は岡部の言葉を反芻する。それしか出来ない。<br />
反芻し、理解する。だが受け入れられなかった。受け入れるわけにはいかない。<br />
あいつはあれでも親友だ。日常に無くてはならない大切な友達だ。<br />
だが現実はそこにある。解ってる。岡部がそんな下らない嘘をつくわけがないって事ぐらい解ってる。<br />
だが、俺にはそれは無理すぎる現実だった。だから叫んだ。<br />
「どうして…どうしてですかッ！？」<br />
「殺されたということらしい…殺人事件だ」<br />
殺人事件。<br />
あいつが？ 確かにあいつはむかつくよ？ むかつくけど、むかつくけどクラス公認のいい奴じゃないか。<br />
どうして？ 誰が？ 何の為に？ 嘘だ…そんなの嘘だ………。<br />
「嘘だろ…嘘だ…嘘だぁぁあああぁああ！ そんなの嘘だああぁぁああぁぁあああああああああッッッ！！」<br />
俺は岡部に掴みかかり、思いっきりその頬をぶん殴った。<br />
自分でもビックリするぐらいの力が出た。ハンドボール部顧問が少しだけ後ろに飛ばされたんだからな。<br />
「落ち着きなさい、キョン！」<br />
暴れる俺へ制する声が掛けられ、同時に後ろから羽交い絞めにされる。恐らくはハルヒだろう。<br />
そのハルヒの声がしても、それは耳に届いただけであって俺自身には届いていない。届かない。<br />
ただ叫ぶしか出来ない程、ただうざったい人間ではあったが親友と呼べた存在の死に悲しんでいた。<br />
「嘘、だ…う、そ…だ……ぐっ、ううっ、あﾞあぁぁぁあぁああぁ！！」<br />
そしてその親友を殺した犯人への怒りに狂い、叫び、泣いた。<br />
俺だけではない。クラスの誰もがその死に涙を流した。アイツの為に。<br />
暴れる俺を止めるぐらい冷静で居られたハルヒも泣いていた。<br />
<br />
……………。<br />
<br />
誰が谷口を憎むというのか。憎むに憎めないアイツを。<br />
まったく弁当は進まない。お腹も減った気がまったくしない。<br />
「国木田…俺、駄目だ。もう、なんか、訳が解らない…国木田はどうだ？」<br />
「…僕もだよ。僕も解らないよ。解らないから受け入れられない…」<br />
別に何かを縋ったわけじゃない。そういう答えだと解っていたから。<br />
俺はチラッと教室に残っているハルヒを見た。その顔はいつものアイツから逸脱し過ぎていて怖く見えて仕方がない。<br />
あんなに暗いハルヒなんて今までに見たことがあったか。いや、見たことはない。<br />
では、今までにあんなハルヒが居ただろうか。今までに居たことなんて、ない。<br />
どの時代、いつだってあいつはあれほど絶望的な顔をしたことはない。<br />
ふと目がこちらを向いた。しかし、それは宙を見つめているように不安定。<br />
「…ハルヒ、大丈夫か？」<br />
どこを見ているか解らない目が俺に焦点を合わせようとする。が、空しく完全に合う事は無いままに固定されてしまった。<br />
「…何でかしら…アイツの事は今でも嫌いなのに、とても虚しい気分なの……」<br />
それはこのクラスの男女関係なく誰もが抱える事だった。<br />
谷口という存在がこのクラスにとって如何に重要であったかがよく解る。<br />
ふとハルヒが重々しい動きで立ち上がる。<br />
「今日はこれ以上授業受ける気になれないわね…。部室で休むわ…」<br />
「俺も同意だ。同行そうさせてもらおうか」<br />
「キョンが行くなら僕も。正直、授業受ける気にはなれないからね」<br />
俺達三人はまだまだタップリと残った弁当箱を片付けると荷物を全て持ってSOS団の部室へ向かった。<br />
今回はちょっと妹に我慢してもらおう。食べ切れなくても仕方ない。<br />
教室を出る前にふと振り返る。谷口が居た机で岡部が用意した花瓶と花がゆらりと揺れた。<br />
おそらくは風に吹かれたから動いたんだろう。しかしながら、それを見て思った。<br />
「見えないだけでまだここに来てるのかもな、アイツ」<br />
「え？」<br />
「そう考えると、悲しさは拭えなくても、愉快じゃないか？」<br />
ハルヒが俺の視線を辿って机の上の花を見ている。<br />
何となく頭に浮かぶ。<br />
俺達に気付かれる事も無くなった谷口が机を指差す。そして何かきっと喚いている。<br />
…多分、俺に気付け、だと思う。アイツが叫ぶとしたらな。<br />
そのうち幽霊であることをよしとして、叫びながらきっと裸踊りでも始めるんじゃないだろうか。<br />
体育の時間になれば女子の着替えを覗く。有り得る。奴だから有り得る。<br />
想像して思わず笑ってしまった。<br />
そこで気付いた。なんだ、あいつは生きているじゃないか。俺達の心の中に。<br />
花瓶の置いてある机。そこに向かって小さく心の中で呟いてやった。<br />
またいつか国木田と俺と三人で昼飯を食おう、谷口。<br />
<br />
＜妹サイド＞<br />
家に帰ったらなんて声を掛けてあげようかな。<br />
きっとあんなゴミが居なくなって喜ぶに違いない。喜ばないはずがないよね。<br />
んー…でもわたしから切り出すというのは違うなぁ…。<br />
話はキョンくんから話を振ってくるのを待とうかな。うん、それが良いに違いないよ。<br />
あー…でも、あんなザザムシでも一応人間なんだから、殺人罪に問われるのかな。<br />
でも、あのクズもわたしがキョンくんの為に作った弁当を盗んだんだから窃盗罪だよね。<br />
なら、わたしは間違ってないもん。制裁を下しただけだから。死刑が妥当だから殺した。それだけ。<br />
法の下で罰した。日本じゃなくてわたしが制定した法で。それでもやっぱりダメなのかな。<br />
でも、裁判所が人を殺してよくて、なんで個人が駄目なんだろう。同じ人間なのに。<br />
んー…難しいなぁ。みよちゃんに聞いてみようかな。<br />
ミヨちゃん…あ、そうだ。それよりもミヨちゃんにもキョンくんを独占する権利を分けてあげなきゃ。<br />
大好きな友達だから。大切な友達だから、特別に許してあげなきゃ。<br />
すっかり忘れてた。わたしってドジだなぁ。<br />
このままだったら大好きなミヨちゃんに嫌われるところだったよ。危ない危ない。<br />
「ミヨちゃ～ん」<br />
「どうしたの、妹ちゃん」<br />
ねぇ、ミヨちゃん。わたしは知ってるよ。ミヨちゃんがキョンくんを、わたしが思っているぐらい大好きなこと。<br />
「あのね」<br />
それは即ち誰かを殺してでも奪いたいという異常な愛。わたしと同じそれの持ち主。<br />
同じ感情を持ってるから同じ匂いを感じ取れる。<br />
「うん」<br />
だから気付いてるよ。<br />
「キョンくん、二人で独占しない？」<br />
<br />
―――ミヨちゃんもわたしと同じ部類の人間なんだって。<br />
<br />
ねぇ、そうでしょう。<br />
ほら。だから今見せたその顔もどことなくわたしの今している顔に似ている。<br />
獲物を狙う狩人のような目。期待をしている殺気。<br />
「えっと…」<br />
だけど困ってる。嬉しいくせに。理由は解るよ。踏み出せないだよね。<br />
手を差し出してあげなくちゃ踏み出せない。優しいから躊躇っちゃうんだよね。<br />
わたしより優秀。そして利巧。ミヨちゃんはだからこそ理性に縛られる。<br />
<br />
わたしはそんな優しくて、不器用な友達である貴女をキョンくんぐらい愛してる。<br />
<br />
「わたし、人殺したの」<br />
そう言えば、<br />
「っ！？」<br />
その反応。あまりにも面白くて、不思議なぐらい笑顔が漏れちゃう。そんな驚くような顔しなくても良いのに。<br />
貴女も同じになるんだから。避けられないんだよ。いずれそうなるって事は。<br />
「あのバカは…キョンくんをわたし”達”から取り上げようとしたんだよ？ 信じられる？」<br />
そう、私からじゃなくて、私達から。<br />
「そ、そんな…嘘、だよね？ 人殺したなんて…」<br />
あぁ、でも驚くのも無理はないかな。ミヨちゃんは良識あるから、殺人なんて出来ないんだもん。<br />
でも、これからは心配ないよ。わたしは架け橋になるから。<br />
貴女がこちら側に正しく来られるように。暴走して危ない橋を渡ったら、途中で落ちちゃうからね。<br />
「本当だよ。谷口っていう高校生殺されたの知ってるでしょう？ あれ、わたしだよ。ほら」<br />
周りには見えないように、ミヨちゃんだけにコッソリあの汚い野郎の汚い血が付いたナイフを見せる。<br />
本当はもっと鮮やかな赤色だったんだけど、もう黒く染まっちゃった。<br />
あいつに似て汚い色だなぁ。真っ赤な血は綺麗なのに。<br />
「妹ちゃん…」<br />
泣きそうな顔をしている。大丈夫。早くわたしの架け橋を渡らせてあげる。<br />
そうしたら怖くも何も感じなくなるから。<br />
「ミヨちゃんは、キョンくんが他の人にとられるの、嫌じゃないの？」<br />
ピクッ、て動いた。可愛いなぁ。やっぱり想像するだけであっても隠しきれないよね。<br />
自分の好きな人を取ろうとする人間への衝動は強いから。<br />
まさしく妬み。それから起きるのは、わたしと同類の貴女なら殺意が起きるはず。<br />
それを理性で抑えてしまう。人はその度に壊れていく。<br />
「嫌、だけど…」<br />
「あのね、わたしは人を殺したとも思ってないし、ましては殺したとすら思ってない。わたしはゴミに制裁を下しただけなの」<br />
「ゴミに…制裁？」<br />
「そう。わたしは、キョンくんが誰かに取られるのは嫌。わたしからキョンくんを取り上げる人は誰であろうとゴミ」<br />
それが自分の父親でも、母親でも。<br />
「妹ちゃん…」<br />
「そして、ミヨちゃんを取り上げる人もわたしにとってはただの汚物」<br />
「え…あ」<br />
わたしはミヨちゃんの首へ腕を回してぎゅっと抱きしめる。ちょっと背伸びが苦しい。<br />
すぐそこに見えるゆれる瞳。半開きの唇。可愛い…本当に可愛い。<br />
「だから、ミヨちゃんは別。だって、大好きな友達だもん。そして友達以上に愛してる」<br />
こんなに愛してやまない友達と、キョンくん。二つとも独占できる唯一の方法。<br />
まだ子供のわたしができる最大の方法なんだよ。そんな気持ちを込めて、ミヨちゃんを抱きしめる。<br />
「ん…」<br />
わたしがそっと耳に口を近づけると息がくすぐったいのか、ちょっと声を漏らす。良い匂い。<br />
そこが同性のわたしから見ても可愛い。思わずキスしたくなるぐらい。<br />
「ねぇ…魅力的でしょう？ キョンくんを、二人で。大好きな人と、ずっと一緒に居られるんだよ？」<br />
綺麗な耳元。ここをなめたらきっと可愛い声で跳ねるんだろうなぁ。いじめたくなっちゃう。<br />
そんなことはしないけどね。<br />
「…ずっと一緒に…」<br />
ミヨちゃん。悩まなくても良いんだよ。<br />
わたしが手を差し出してあげるから。わたしのこの手を掴めば良いんだよ。<br />
「二人で………邪魔なノイズを消そう、ね？」<br />
ミヨちゃんの瞳に、わたしとキョンくんだけが映れば良い。三人が居ればいい。<br />
そのために、今は友達を独占したい。強い仲間。一緒に宝物探しの旅をするパーティ。魔物を駆逐する冒険者。<br />
わたしの目をよく見て。そのまま動かさないでまっすぐに見て。<br />
わたしは貴女の味方だよ。だから貴女は私の味方なの。<br />
おいで。<br />
貴女の心の隙間に入り込んであげる。そのまま補強してあげる。<br />
崩れないように。壊れないように。暴走しないように。危ない橋を渡らないように。<br />
わたしだからできる。わたしじゃなきゃできない。<br />
ほら、もう貴女はわたしと同じ目をしている。<br />
「…うん。お兄さんが手に入るなら…何でもやる」<br />
パーティが、完成した。<br />
「ありがとう、わたしの大好きなミヨちゃん。キョンくんと同じぐらい愛してる」<br />
「わたしもお兄さんと同じぐらい妹ちゃんが大好き」<br />
ずっと離さない。掴んでくれたんだから…わたしの手を。<br />
どんなリスクを背負っても、その手は離さない。<br />
ふと強く風が吹いてカーテンが舞い上がり、わたし達を回りから覆い隠した。<br />
その隙に、そっと唇を重ねた。ミヨちゃんの口は、甘い気がした。<br />
<br />
＜キョンサイド＞<br />
SOS団の部室。ハルヒはいつもの席ではなく近場にすわり、ボーッとしている。<br />
国木田は谷口がSOS団に残した思い出を見て、たまにクスッと笑っている。二人とも、やや怖いぞ。<br />
俺はと言えばホームルームの頃と比べると大してそう暗い気持ちではない。<br />
だが何が行動するにはまだ気分が暗い。倦怠感とは別にまだショックは残っている。<br />
俺は横になるスペースが欲しくて床を探すがまったく見当たらない。このままでは流石に堅くて寝るには痛い。<br />
まぁ、寝る場所ぐらいなら段ボールで作れるけどな。段ボールって以外に柔らかいんだ。<br />
というわけで適当に敷いて、簡易的寝床完成。これなら寝られる。<br />
このまま横になって…おぉ、ハルヒのパンツが見える。白か。<br />
これを頭に焼付け…やめよう。見ていることをばれたらいくらテンションが低いとは言え、何をされるか…。<br />
惜しいことだが団長様には背中を向けて寝よう。<br />
「…ねえ、キョン」<br />
ばれたか！？<br />
「な、なんだ、ハルヒ」<br />
声が上擦っているぜ、俺。Ｋｏｏｌになれ、俺！ 俺はまさしく俺だ！<br />
そうだ！ 俺は俺だ！！ あーーー！！ Ｋｏｏｌになりきれてねぇええええ！！<br />
「あたしたちSOS団に、何かできることって無いかしら」<br />
「…はい？」<br />
なぁんだ、パンツ見たでしょ、じゃないのか。それは助かった。<br />
しかし、何だ。その返答次第では何かをやらかそうという空気は。<br />
「あたしね…なんか苛々しているの。結局は何もできない自分に」<br />
いやいやいや、そんなことはないだろうよ。<br />
お前が望めば世界なんてあっという間にパァッ出たー！ともなるし閉店ガラガラも出来るんだからな。<br />
作りましょう作りましょう、さてさて何が出来るかな、出来ましたー、ぐらいあっさりなんだぜ？<br />
「俺達は結局は高校生だしな。そりゃ、何も出来やしないさ。殺人事件の調査なんてことも、そう楽なものじゃ―――あ」<br />
アチャッー…俺、墓穴掘ったかも。<br />
「なるほど…。それは良いかもしれないわね……」<br />
どうやら採用にはなったようだ。が、何やらあまりよろしくない表情を団長様はしておられる。<br />
さて、このパターンでは先が読めないぞ。国木田は未だに色々とSOS団の中にある谷口を詮索しているようだ。<br />
まぁ、ここまで空気が重いとなんか辛いな。そりゃ確かに悲しいけどな。<br />
谷口はこの状況をきっと近くで見ているに違いない。そう思えば案外、笑えるもんだ。<br />
「キョン、谷口の家に行くわよ」<br />
ふといきなりそんな笑えない言葉が聞こえた。<br />
流石は我等がSOS団の団長。伊達に人外を周りに備えてないな。<br />
「何を言い出すかと思えば。まったく…入れると思っているのか？」<br />
「あ…そう言えばそうよね」<br />
しゅん、と項垂れるハルヒ。何だ、この罪悪感は。おのれぇ…何を感じているんだ、俺は。<br />
罪悪感なんて要らないぞ。間違った事は言ってないって断言できる。<br />
あくまでもこれは一般的な見解であってだな…。<br />
「ご心配には及びませんよ」<br />
葛藤に及んでいる俺の耳に慣れた声が微笑を浮かべながら入っていった。<br />
見れば、古泉が部室の入り口に立っていた。<br />
「知り合いを使って、入れるようにしておきます。現場は荒らさないようにお願いしますね？」<br />
古泉だけではない。後ろには朝比奈さんも、長門も居る。<br />
あぁ、SOS団ってのは案外意外に強い絆で結ばれているんだな。<br />
ってそうじゃないだろう！ 今はもう授業始まっている筈だぞ。<br />
「古泉、長門、朝比奈さん……どうしてここへ？」<br />
「ほんの一瞬とは言っても、彼とは共に部誌を作った中ですからね。少しはセンチメンタルになりますよ」<br />
「わたしも同じです」<br />
「わたしも」<br />
あぁ、くそ。なんて義理堅い連中なんだろうな。<br />
谷口。お前は幸せものだぞ。これだけ周りに思われているんだからな。<br />
「面白いことになっているね、キョン。僕も参加していいのかな、涼宮さん？」<br />
「えぇ、是非とも頭を貸して欲しいわ。古泉くん、今すぐにできる？」<br />
「可能ですよ。ですが、学校は？」<br />
「サボるわ」<br />
…あぁ、なんてこった。谷口。そばに居るならお前はきっと腹抱えて笑っているだろう。<br />
俺のことをな。<br />
こうしていつものSOS団にプラス国木田を交えて俺達は学校を出た。<br />
…教師に見つかっていませんように…。<br />
そう思いながら全速力で学校から抜け出した。…しかし考えてみれば絶対バレるよな。<br />
授業出てない時点で。あ～、困ったな。<br />
もう良いや。ええい、あとは野となれ山となれ！ 知ったことではない！！<br />
<br />
……………。<br />
<br />
「ここね」<br />
「はい、そうです」<br />
そんなこんなで谷口の家に到着した。<br />
途中で偶然偶々新川さんの乗っている車が通ってよかった。おかげで案外早く着いた。<br />
…どうせ偶然偶々じゃないだろうけどな。必然だろう、絶対。<br />
谷口、と表札に書かれたあいつの住んでいた家。<br />
今、ご両親は実家で心を休めようと頑張っているそうだ。<br />
なんでも、泣いていては谷口が悲しむとかなんとか。強い親だと、俺は尊敬するね。<br />
あいつのナンパして失敗してもくじけない性格は遺伝なのかもしれない。<br />
無駄なところに生かしているので長所ではなく短所だが。<br />
「置いてある物は動かさないようにお願いします。現場は保存しておかなくてはなりませんので」<br />
ずいずいと踏み込んでいきそうなハルヒに古泉が忠告をする。まぁ、一番忠告を聞かなきゃいけない奴だろうな。<br />
明らかにやってやろうと言わんばかりのオーラがプンプンだし。<br />
「解ったわ」<br />
「あと、これは手袋です。直に物に触れないようにお願いします」<br />
古泉がそう言って取り出したのは白い手袋。刑事ドラマによく出てくるようなやつだ。<br />
案外、心地は悪くないな。やや通気性に劣るが。これは蒸れそうだ。<br />
全員が手袋をはめるのを確認した古泉が鍵を取り出す。<br />
ガチャッという音と共に開錠される。本当に機関ってのは凄いな。<br />
「谷口氏が殺された部屋へ案内します。こちらです。…少し気分を害するかもしれませんが、我慢して下さい」<br />
そして通されたのはリビングだった。<br />
「ここで谷口が…」<br />
まだ部屋の中に残る血。冷蔵庫の前に人型に張られた白いテープ。<br />
朝比奈さんが少し呻いて口を押さえている。<br />
「朝比奈さん、無理しなくても良いんですよ？」<br />
「ありがとう、キョンくん。わたしは調べる時には、この部屋以外を調べることにします」<br />
しかし何か飲み物を取り出そうとしていたのだろうか。<br />
「古泉、冷蔵庫は発見当時どうなってたんだ？」<br />
「えっと、開いていたそうです」<br />
ということは、そこをやられたのか。<br />
もしかすると相手は顔見知り？ それで何か取り出そうとした時に。後ろから？<br />
「何か指紋とか残ってないのか？」<br />
「残念ながら執拗なまでに証拠を隠蔽されていて髪一本どころか、何も残ってません」<br />
「そうか…」<br />
これはかなり調べなきゃいけなさそうだな…。<br />
団長の性格が性格だしな…。何か手がかりを見つける気満々だろう。<br />
あー…これは腰にきそうだな…。<br />
<br />
＜妹サイド＞<br />
キョンくん達をミヨちゃんと一緒に高校の前で待ち伏せして、追跡したらゴミクズの家に入っていっちゃった。<br />
まだ学校終わってないのに何やってるんだろう。<br />
それ以前に、どうやって入ったんだろう。今は警察の連中が調べているはずなのに。<br />
あの中の誰かが警察と繋がっている、ということかな。<br />
証拠は残してない筈だから大丈夫だとは思うんだけどちょっと心配。<br />
だって、わたしは悪いことしてないけど、この国はそれを認めてくれないんだから。<br />
裁いたのがわたしだってバレたら逮捕されちゃう。あぁ、まだ少年法に引っ掛かるからそうでもないかな。<br />
少年院に送られたら送られたで真面目に反省しているフリしたらすぐに出れちゃうんだよね。<br />
テレビでやってたからわたし知ってるよ。日本の法律の欠点だよ、ふふっ。<br />
でも、きっとわたしが捕まったらキョンくんが悲しんじゃうよね。<br />
わたしは正しいのに、捕まってしまって、離れ離れになってしまうんだもん。<br />
ならあんな無能な連中に捕まるわけにはいかないよね。<br />
…その為には、どんな犠牲すら払う必要がある。うん、そうだよ。<br />
「キョンくんにわたし達以上の存在なんて居る筈ないもんね、ミヨちゃん」<br />
「うん、そうだよ」<br />
ニコッと笑って答える。<br />
「ミヨちゃんとわたしとキョンくんだけが居れば良いんだもん」<br />
わたしより身長の高いミヨちゃんに抱きつくのはちょっとキツい。<br />
けど、何か安らぐ。<br />
どちらからともなくわたしたちはキスをした。<br />
「んっ……」<br />
「あ…っ…」<br />
わたしとミヨちゃんの舌が絡まる度にちょっとだけ水っぽい粘着質な音がする。<br />
「ん…ふ。私の大好きな妹ちゃんと大好きなお兄さん。二人だけ居れば充分だよ」<br />
唇を離して、今度はぎゅっと抱きしめあってお互いのぬくもりを感じる。<br />
ミヨちゃんのさらりとした髪が腕をかする。ちょっとくすぐったい。<br />
「ありがとう。じゃあ、誰を減らそうか？」<br />
「えっと…じゃあ、あの方はどうかな？」<br />
指差した先にはクソ谷口宅から出てくるSOS団の面子。<br />
その中に居る、確かに消さなきゃいけない存在。恐らく現時点で一番邪魔な存在。<br />
朝比奈みくる。<br />
「そうだね、あれは捨てなきゃいけないよね。キョンくんを誘惑して、騙す悪い魔女だから」<br />
みくるちゃんはキョンくんを好きだ。間違いない。見てて解る。<br />
だから何気ないふりをしていつだって誘ってる。わたしには解る。<br />
「お兄さんを誘惑する存在なんていらないね」<br />
お世話になってるからちょっと難だけどね。やっぱり、家でよく聞く名前だし。<br />
やっぱり嫉妬しちゃうよ。<br />
ハルにゃんは…まぁ、いつも名前出る時には愚痴ばかりだから大丈夫だと思う。有希ちゃんは問題外、かな。<br />
だから今は一番邪魔なみくるちゃんを殺さなきゃね。<br />
「じゃあ、準備しようか、ミヨちゃん」<br />
「うん、そうだね、妹ちゃん」<br />
「どうやって殺すか」<br />
「考えよう」</p>
<p>わたし達は微笑みあった。</p>
