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準星迄(TS) - (2010/03/08 (月) 16:10:22) の最新版との変更点

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<div> <div> <p>注意<br /> このSSにはTS要素が含まれます。むしろオリキャラに近い感じです。<br /> 即興で書いてるので、誤字脱字その他諸々あると思いますがあらかじめご了承ください </p> <p> </p> </div> <div>外来種ってのは、もともと生息する在来種への影響のために、しばしば駆除される。</div> <div> </div> <div>それは可哀想かもしれないがその地の生態系を守る上ではやむを得ないと言われる。</div> <div> </div> <div>一方で、それは人間のエゴではないかとも言われる。</div> <div> </div> <div>倫理ってのは答えが無いのを突き詰めていくものだと考えているがそれも正しいのかどうか。</div> <div> </div> <div> </div> <div>簡単に言ってしまえば上記のような問題が、俺の前に突きつけられているのである。</div> <div> </div> <div>今、一人のガイライシュの可否を問うという、なんとも奇妙な大問題への答えを迫れられているのだ。</div> <div> </div> <div> </div> <div> 1,</div> <div> </div> <div> 俺はひとり、部室へと歩いていた。</div> <div> 一人、そう、一人なのである。</div> <div>  ホームルーム終了直後、ハルヒが「今日は用事があるからあたしは帰るから、アンタはさぼらないでよね」というや否やカバンを掴むと教室を飛び出して行ってしまった。何事よりも団活動を優先すべきと豪語するハルヒが休むのだからよっぽどのことがあるのだろう。</div> <div>  ハルヒがいないSOS団で、今日は何をしようか。古泉が新しいボードゲームを入手したと言っていたので、それがどんなものか気になっていた。今度こそ古泉が勝つのだろうか、いや、実際にどんなものか見てみないとそれは分からないな。</div> <div> 部室の扉の前に立ち、いつものようにノックする。</div> <div> </div> <div>「……はい」</div> <div> </div> <div> …………。</div> <div> その返事を着た瞬間、俺の手はドアノブを握ったまま動かなくなっていた。</div> <div> ドアノブがカチカチに凍っていて手の平がくっついてしまったとか、接着剤がべっとり塗られていたとかそういうことではない。</div> <div> ただ、入るのをためらっているだけだ。</div> <div> 俺の知らない人物が、この部室にいるのである。</div> <div>  先程俺が聞いた声は、少なくとも俺の知り合いではない。SOS団に遂に入団希望者が現れたのだろうか、いやまさか、この時期になってそれはあるまい。</div> <div> </div> <div>  ええい、扉の前で考えていても仕方あるまい。向こうが返事をしているというのに、扉をノックしたまま放置だなんて、小学生のいたずらではないか。</div> <div> 俺はドアノブを握ったままの手をひねり、 思い切って扉を開けた。</div> <div> 部室のずっと奥、カーディガンを羽織った女子生徒が、窓に手を置いて外を眺めていた。</div> <div> 髪型はポニーテ……何を言っているんだ俺は。そんな余計なことを考えている場合じゃないだろ。目の前にいるこの女子生徒は一体誰なんだ。</div> <div> </div> <div>「……誰だ?」</div> <div> </div> <div> そう言ったのは、向こうが先だった。それはこっちの台詞である。勝手に部室に入っておいて「誰だ」はないだろうに。</div> <div> </div> <div>「そっちこそ、誰だ」</div> <div> </div> <div> 今振り返れば、俺の言葉も結構な憎たらしさである。俺の返答と呼べない返答を聞いた彼女の眉間にしわが寄ったのがここからもはっきりと見えた。</div> <div> </div> <div>「はぁ? ふざけてんのか」</div> <div> </div> <div> 向こうも俺に負けず劣らずの憎たらしさであった。</div> <div> </div> <div> 初対面にしてこのケンカ腰、まるでお互いに知っているかのような無礼さである。</div> <div> この後は互いに何も話さず、にらみ合いが続いていた。</div> <div> ああ、自分でも思うさ「どうしてこうなった」ってな。後から考えるのは簡単だが、実際その場にいるとそう簡単にもいかないモノなんだぞ。</div> <div> </div> <div>「どうした」</div> <div>「うおぁ!」</div> <div>  後ろからいきなり話しかけられて驚いてしまった。そのリアクションたるや、さっきまで睨みあっていたというのにその剣幕はどこへやら。醜態である。</div> <div> 長門か・……、ビックリするからもう少し居る気配を出してくれ。</div> <div> すると、驚くべき台詞が部室の奥から聞こえてきた。</div> <div> </div> <div>「なあ長門、こいつは誰なんだ?」</div> <div> </div> <div> 俺が部外者だと思っていた彼女が、長門と、確かにそう言った。</div> <div>「お前、長門を知ってるのか!?」</div> <div> すると、彼女は不思議そうな表情をして答えた。</div> <div>「知ってるも何も……ってどうしてお前が知ってるのかこっちが訊きたいくらいだ」</div> <div>  その言葉に、俺は驚きあきれた。お前は何を言っているんだ、と、そう言ってやりたかったが、この生意気口の女子生徒が長門と知り合いで、俺と共にSOS団に属していることを知らないならば仕方のないことかもしれない。にしてももっと違う言い方があるだろうに。</div> <div>「状況はある程度把握した。とりあえず中へ入って」</div> <div> 俺達二人では全く進展しないが、長門のおかげでようやく動くことが出来た。</div> <div> それにしても長門が把握した状況とは一体何なのだろうか。</div> <div> 俺と長門が部室に入ったところで、長門が扉の鍵を閉めた。その瞬間、部室に良く分からぬ緊張感が張り詰めた。</div> <div>  鍵を閉めた、つまりこれからのことは外部に漏れてはならない情報だということだ。長門が把握したというその状況は俺の想像以上に深刻なもののようである。</div> <div>「座って」</div> <div>  長門に言われる通り、なんとなくぎこちない動きで着席した。椅子が床を擦るガチャガチャという音がしなくなって静寂に包まれたところで、長門が口を開いた。</div> <div>「私は貴方の知っている長門有希ではない。貴方は異世界同位体」</div> <div>「……どういうことだ」</div> <div> 上記の台詞の発信源は彼女である。</div> <div>  一方の俺はというと、「貴方は一体何を言っているのでしょうか?」などと突っ込みたくなってしまっていた。いや実際にするのはさすがに空気が読めていないし事態の深刻さとやらを理解していないことになるからするなんて暴挙には及ばないが。</div> <div> ……異世界?</div> <div>「位置座標はほとんど一緒、ただ一つの座標平面に対してのみ全く異なる値を持つ空間」</div> <div>「パラレルワールドってやつか」</div> <div>「そう。私達の力の及ばない領域のひとつ」</div> <div>「つまり、オレが異世界人というのか?」</div> <div> 彼女(一人称が「オレ」だというのにそれほど違和感を感じない)がそう尋ねると、長門は僅かに頷いてから続けた。</div> <div>「彼女が存在する世界は、私達が存在する世界とは明らかな違いがある。その一つが、貴方達二人の性別が逆転しているということ」</div> <div> これを驚くべき言葉とせずして何とやら。長門の言葉に俺と彼女はこう答えた。</div> <div>「「ハァ?」」</div> <div> 見事なシンクロである。まるで双子だ、いや、同一人物ではあるのだが何もここまでそっくりでなくてもいいだろう。</div> <div>「つまり、彼女は向こうの世界で『キョン』と呼ばれている人物」</div> <div>  さっきまで憎たらしいなと思っていた女子生徒が、「もう一人の俺」なのか。つまり、俺は客観的にみるとあんな憎まれ口をたたく奴だったということなのか……? 少し反省しなければならないのだろうか。</div> <div>  要するに……向こうでは俺は女性になっていて、古泉がSOS団ではただ一人の男性ということになるのか。古泉め……いや、何を考えているんだ俺は。</div> <div>「こいつが、オレと同じってことか?」</div> <div> こいつとは何だこいつとは。</div> <div>「性別以外は全く同じ」</div> <div> いや、少しは否定して下さいよ長門さん、全くは無いでしょうさすがに、ちょっとは違うでしょちょっとは……。</div> <div> そりゃあ、とある人物の染色体が一文字くらい違う世界があるかもしれないが、それでも同じ人物と言われてもなあ。性別が違うわけだし……。</div> <div> </div> <div>「ところで、何でオレは異世界とやらに迷い込んだんだ?」</div> <div> それを聞いた長門の表情が少し変わった気がした。話題が遂に「深刻な状態」というところに向かっているのだ。</div> <div>「詳細は貴方の記憶から読み取らなければ分からない。いい?」</div> <div>「元の世界に戻るためなら記憶くらい見られたって仕方ないか、いいぞ」</div> <div> 彼女が同意すると、長門は立ちあがって彼女に近づいた。</div> <div>「こっちを向いて」</div> <div> 彼女が横を向き、長門と向かい合わせになった。長門が彼女の額に手を当てる、彼女が目を閉じた。長門も集中するためか同じく目を閉じた。</div> <div> </div> <div>………………………</div> <div> </div> <div> 無言、というより無音になってから十数秒が経過したころだっただろうか。記憶の読み取り作業が終ったらしく、長門が目を開けた。</div> <div>「…………終わった」</div> <div> 呟くように彼女に知らせると、彼女も目を開けた。</div> <div>「で、原因は分かったのか?」</div> <div> </div> <div> その問いかけに対し、長門は答えるのをためらっているように思えた。</div> <div>「長門、原因は分かったのか?」</div> <div> 彼女の問いかけに対し、長門は何も言おうとしなかった。</div> <div>「どうした?」</div> <div> 俺には嫌な予感しかしなかった。何事もさらりと言ってのける長門が、答えるのを躊躇しているのだ。</div> <div> </div> <div>「貴方には、私から詳細を知る権利を持っている。しかしそれは涼宮ハルヒの願いを裏切ることになる」</div> <div>「どういうことだ」</div> <div> 何を言ってるんだ。意味深過ぎる発言に、俺は寒気までしてきた。</div> <div>「ハルヒの願いを、裏切る? それはどういうことなんだ、何がどう、ハルヒを裏切るんだ」</div> <div>「……言えない」</div> <div> ここまでくると、奇妙という形容詞が似合う程である。長門がここまでためらうのはなぜなのだろうか。</div> <div> </div> <div>「それでも、知りたい?」</div> <div> </div> <div> この先、恐怖の宣告が待っているのか、そう思うと鳥肌が立ってしまう。</div> <div>「ああ、それでもだ。オレは元の世界に戻りたいんだ」</div> <div>「分かった」</div> <div> 彼女の決意表明から数秒、長門が遂に前代未聞の宣告を始めた。</div> <div> </div> <div>「涼宮ハルヒの能力は、こちらの世界のそれとは格段に違っていた」</div> <div> いきなり何を言うかと思えば、結論はまだ先のようである。恐ろしい宣告には、この前置きが必要なのだろう。</div> <div> こちらの世界のハルヒを凌駕するほどの力を持っていたというこのまえおきが意味するのは何なのだろうか、部室にはさらなる緊張感が漂っていた。</div> <div>「統合思念体の影響外、つまり銀河の外側にさえ容易に到達するほどの力であった」</div> <div> それはいったいどのくらいの強さなのだろうか。銀河のはるか向こうにさえ、ハルヒの力が及んでいるというのだ。</div> <div>  それは『強力な』の一言では済まされないようなものだろう。ただでさえ地球上に限っても影響があればそれに対応するために各勢力が動くというのに。</div> <div>「脅威に感じた統合思念体は、弱体化を図ろうとした。しかし、涼宮ハルヒに察知され、防衛策を講じられて幾度も失敗している」</div> <div> この後も、長門にしては珍しい長台詞が続くのであったが、なかなか理解が難しかったので割愛かつ要約させてもらう。</div> <div> 長門によると、向こうの世界のハルヒは統合思念体でさえもてこずる相手だったようである。</div> <div>  監視している組織、つまり古泉が属している機関のような組織を虱潰しに消去させても、ハルヒによってなかったことにされてしまったのだという。つまり、いくらハルヒを守る組織の芽を潰そうとしてもことごとく失敗していたらしい。</div> <div> ハルヒの力を簡単にいえば以下の言葉が説明しやすいのではないだろうか。</div> <div>「統合思念体の情報操作を持ってしてもそのペースを上回る勢いで情報が想像されてしまう」</div> <div>  落書きを消している横で、それ以上の速さで落書きをしている様を思い浮かべた。スピードが違うので、それはいたちごっこではなく、消している側の負けである。</div> <div>「そこで統合思念体は最終手段に出た」</div> <div> 彼女は、時期に来る宣告に身構えた。</div> <div>「自らの自立進化に対する可能性を捨て、涼宮ハルヒを消滅させようと総攻撃を仕掛けた」</div> <div>  恐ろしいことを言った。端末同士でさえも意見が合わないほどにいくつも派閥があるらしい統合思念体が、全て涼宮ハルヒを敵視していたということなのだ。</div> <div>「思念体のもくろみは成功し、涼宮ハルヒもろとも、世界は消えた」</div> <div> それを聞いた瞬間、彼女の表情が一変した。</div> <div> ここは極寒の地ではないというのに、彼女は震えていた。</div> <div>  世界が消えた。それはどのようなものなのだろうか。宇宙空間を漂う地球が、忽然と消えてしまうのがイメージとして浮かんだ。この想像が正しいのかは定かではないが、論ずるべきはそこではない。</div> <div>「しかし涼宮ハルヒの残存意思の最後の力によって、貴方は統合思念体の手の及ばない異世界へと飛ばされていった」</div> <div>「そんな……」</div> <div> すでに驚愕の事実に精神がずたずたの彼女に対して、長門はまだ話すのを止めない。</div> <div>「そして、同時に関連する記憶も一切消去された」</div> <div> 彼女はもう震えが止まらず、いまにも椅子が音を立てそうなほどであった。</div> <div>「それが、貴方がここにいる理由であり、涼宮ハルヒが知ってほしくなかった事実」</div> <div> </div> <div> ようやく、長門の恐怖の宣告が終わった。</div> <div> 自分の住んでいた世界の消滅。それがどれ程のショックなのか、想像することは出来ない。</div> <div>「……どういう、ことなんだよ、おい」</div> <div> ようやくそれだけを言うことのできた彼女に、長門はさらに選択を迫る。</div> <div>「その記憶、思い出したい?」</div> <div>「おい長門、いくらなんでもそれはきつすぎるんじゃないのか?」</div> <div>「……ああ、やっちまってくれ」</div> <div> 俺が長門を制するように言ったが、彼女は俺の言葉にかぶせて答えた。</div> <div> </div> <div>「本当にいいのか」</div> <div>「ああ……、オレは本当のことが知りたい」</div> <div> 俺がこの立場だったら、どうしていただろうか、やはり彼女と同じ答えを出すのだろうか。</div> <div> そして、俺も彼女と同じように、この後絶叫するのだろうか。<br /><br /><br /><div> <div>2,</div> <div> </div> <div>「あの馬鹿!!」</div> <div> </div> <div> 机の天板が割れん勢いで拳を叩きつけた。</div> <div> 部屋に反響したその馬鹿でかい打撃音に驚いた俺と長門は一瞬接地面から数ミリほど浮き上がった。</div> <div> 世界の終焉の、その一部始終を思い出したのだろう。一体、どんな光景だったのだろうか。</div> <div> 彼女の発した『馬鹿』という言葉は誰に向けたものだったのか。</div> <div>「ふざけるのもいい加減にしろよ…………!!!」</div> <div> 叫びながら額を打ち付けるようにして机に突っ伏し、涙を流す彼女に対して、俺は何と声をかけたらよいのか分からなかった。</div> <div> むしろ、何も言わない方がいいのかもしれないとすら思った。</div> <div> この件に関してあまりにも無知な俺が、何を言ったってそれは墓穴を掘る以外の何物でもないような気がした。</div> <div> </div> <div>「それが、貴方の世界で起こったことで間違いない?」</div> <div> </div> <div> 俺が話しかけるのをためらっている中、長門が彼女に対してかけた言葉がそれであった。</div> <div> 彼女は何も言わず、ただ頭を上下させただけであった。制服の生地がこすれる音がしただけであった。</div> <div> </div> <div> 長門は、そのすべてを知っているのだろう。彼女の記憶を覗いたのだから、それは間違いない。</div> <div> 俺はそれがどんなものだったのか聞こうとしてしまいそうになりながらも、その残酷な好奇心から逃れようと無言で抵抗していた。</div> <div> </div> <div> 長門の質問に対して無言で答えて以降、彼女が叫ぶことはなかった。</div> <div> 発狂すること数分が経過し、彼女はようやく落ち着いたのだ。</div> <div> だがそれは落ち着いたというよりも、狂い暴れる体力を消耗しただけのようにしか見えなかった。</div> <div>  まるでついさっきマラソンを完走したかのような疲労困憊の様相で、力無く椅子に座って重力に任せるがままに机に伏したまま、酷く乱れた呼吸をするのみであった。</div> <div> </div> <div>「落ち着いた?」</div> <div> 長門のその問いかけに対して、彼女は顔を上げた。</div> <div> 誰の顔も見ようとすることなく、どこか遠くを見つめるような視線のまま何も言うことはなかった。</div> <div> </div> <div>「はあ」</div> <div> </div> <div> 彼女はため息をついただけであった。そのひと吐きにどれ程の悲しみがたまっていたことだろうか。</div> <div> </div> <div>「もう、どうにもならないんだな……」</div> <div> 涼宮ハルヒも含め世界が消滅してしまった以上、その世界を元に戻すことは出来ないのだろうか。彼女は元の世界に戻ることが出来ないのだろうか。</div> <div>「貴方には、二つの選択肢がある」</div> <div> またしても唐突に長門が話しかけた。</div> <div>「選択肢、か」</div> <div>「消滅すること、又は、この世界で生きること」</div> <div> また極端な選択肢である。簡単にいえば生か死かの選択を迫っているのだ。</div> <div>「私は貴方の意思を尊重する。どちら答えも受け入れる」</div> <div> こんなとてつもない重要な選択を、今この瞬間に決めるように迫るとは、それはあまりに厳しいのではないだろうか。</div> <div> まだこの世界に漂着してその理由を知ってからまだ1時間も経っていないし、精神も落ち着いていないというのに、いまここで決めるというのは</div> <div>「ただ」</div> <div> この逆説の接続詞が聞こえた瞬間、俺の思考がストップした。一体何を付け足すつもりなのか、まるで自分に直接関係あるかのように身構えていた。</div> <div>「私は、後者を推奨する」</div> <div> おい、矛盾してないか、それ。</div> <div>  厳しい選択を迫った後の『生きて』というメッセージに呆気にとられたのか、彼女は『は』とも『へ』とも聞き取れる中途半端な発音のリアクションをとった。</div> <div>「貴方は、涼宮ハルヒの最後の願いを叶えるべき」</div> <div>「ハルヒの……か」</div> <div> 長門が何度も言うハルヒの最後の願いの一つが、世界崩壊のことを忘れてほしいというものだったのであろうが、それは早速破られることとなった。</div> <div>  では、今長門の言う願いとは、何なのだろうか。国語力がればそこまで考える必要もないだろう。さっき長門は、この世界で生きることを推奨した。つまり、それだ。</div> <div>「それにしても、馬鹿だよなアイツ」</div> <div> 彼女は天井を見上げてぽつりとつぶやいた。ハルヒとの最後のやり取りを思い出しているのだろうか。</div> <div>「『どうかアンタだけでも』とか言っちまってさ、自分はどうなった? 一緒に逃げれなかったのかよ」</div> <div>「その時にはすでに統合思念体に捕捉されていた。それが一緒に逃げることは出来なかった原因と考えられる」</div> <div> 間髪いれずに事実を述べるのは、少なからず冷たい態度と捉えても間違いないのだが、どうも腑に落ちない。</div> <div> どうして、長門はそんなに彼女に生きるように言ったのだろうか。いや、まだ彼女は答えを出してはいないのだが。</div> <div> </div> <div> 彼女が長門を見た。数十分ぶりに視線を合わせている。その表情は、だいぶ落ち着きを取り戻しているように見えた。</div> <div> 少し深く息を吸うと、長門に問うた。</div> <div>「じゃあ訊くぞ。お前は、余所者のオレがこの世界にいることに対して反対しないんだな?」</div> <div>「しない」</div> <div>「オレの存在は統合思念体は反対しないか?」</div> <div>「その可能性は低い」</div> <div>「その時は、どっちの立場に立つ?」</div> <div>「貴方を守る」</div> <div> 暇を与えぬ質問ラッシュに対し、長門も即答する。</div> <div>「最後まで?」</div> <div> 最後のその質問は、長門に覚悟があるかを訊いていた。</div> <div>  彼女は、自分がこの世界にいることがどんなことか、あまり前向きにも考えられないのだろう。それも仕方ない、彼女の世界ではその存在が認められなかったハルヒが消されているのだから。</div> <div>「分からない」</div> <div> 長門は、とても正直だった。少しくらい不利な答えであっても、包み隠さずに答えた。</div> <div>「そうか、その答えで間違いないんだな」</div> <div> 長門が頷くと、彼女もそれに応じて頷いた。</div> <div>「分かった。ありがとな、長門」</div> <div> 彼女が感謝の辞を述べ、長門がまた頷いた。ずっと絶望的な表情しか見ていなかったが、ようやく彼女の柔らかな表情を見ることが出来た。</div> <div>「分かったってことは、この世界で生きるってことだな」</div> <div> 久しぶりに言葉を発したような気がする。そんな俺に、彼女は少し照れくさそうにこう言った。</div> <div>「ああ、よろしくな」</div> <div> </div> <div>「ところで、いくつかきになることがある」</div> <div> 俺がそういうと、二人はほぼ同時に視線をこちらに集中させた。</div> <div>「まず一つ、どこで暮らすんだ? 俺の家族に対して情報操作をするとk」</div> <div>「それは推奨できない。しばらくは試験的ではあるけれども私の部屋で生活してもらう」</div> <div> その答えは俺にとっても意外なものだったし、彼女にとっても同様であった。</div> <div>「え、お前の?」</div> <div>「何か」</div> <div> 驚く彼女とは対照的に、長門は『何かおかしなことでも言った?』とでも言いたいようであった。</div> <div>「いや、め、迷惑じゃないのか?」</div> <div>「別に。むしろ賑やかになる」</div> <div>「そ、そうか、本当にいいんだな?」</div> <div> 彼女は動揺しきっていた。</div> <div>「勿論」</div> <div>「じゃあ、これから世話になるな」</div> <div>「よろしく」</div> <div>「ああ、よろしく……」</div> <div> </div> <div>「質問はもう一つある」</div> <div> 彼女が長門とぎこちない握手をしているところに、少々迷いながらも質問を再開する。</div> <div>「どう呼べばいい」</div> <div>「ああ、そうだったな。オレもお前も、それぞれの世界で『キョン』と呼ばれているわけだからな」</div> <div>「ややこしいな。新しい名前を作るのか?」</div> <div>  俺のその言葉に対して彼女が何やら嫌そうな表情をしている。そりゃあ、いきなり自分の名前を変えなければならないのは嫌だろうが、今回は仕方ないのでは……。</div> <div>「時期に必要にはなるのは確か。でも、それはまだ後でもいい」</div> <div> 長門が割り込んでそう答えた。とりあえず、俺達の間だけでも通じるような簡単な呼称はないのだろうか。</div> <div> </div> <div>「メアリー」</div> <div> </div> <div> いきなりそう呟くものだから、彼女が何を言いたかったのか分からなかった。</div> <div>「ん? それは誰だ?」</div> <div> </div> <div> オレが無意識に発したその言葉に、彼女が眉間にしわを寄せた。</div> <div>「誰だも何も、オレだ。メアリー・スミスだ」</div> <div> スミス、その名前を聞いて俺ははっとした。そうか、あの時に使った偽名か!</div> <div>「ああ! どういうことか。なるほどな。じゃあ俺も言っておいた方がいいな、俺はジョン・スミスだ」</div> <div>「ジョンか……もっといい名前が思いつかなかったのか?」</div> <div>  腕を組んであきれたような表情を見せるメアリー。そこにいちゃもんをつけられる程度に精神は回復したようであった。その憎まれ口を聞いて少し安心したものであった。</div> <div>「それはこっちの台詞だ」</div> <div>「まあいいや。とりあえず改めて、ジョン、長門、これからよろしくな」</div> <div> 変にかしこまった挨拶を交わし、握手をした。</div> <div> 初めてメアリーに触れたわけだが、その手は結構温かかったと記憶している。</div> <div> </div> <div> まあ、これがこれから続く騒動の第一章といったところか。<br /><br /><br /><div> <div>3,</div> <div> </div> <div>―――</div> <div> </div> <div> </div> <div> 帰り道、オレは長門と一緒に歩いている。</div> <div> 終始無言で、辺りに聞こえる音は周期の違う二つの足音だけであった。</div> <div> </div> <div>「俺も一緒に言った方がいいのか?」</div> <div>「来るべきではない」</div> <div>「そうか。二人で大丈夫なのか?」</div> <div>「問題無い。彼女を守るのが私の役目」</div> <div>「頼もしいな。じゃあ、気をつけてな」</div> <div>  ジョンも一緒に来ようとしたが、長門がそれを拒否した。あいつがオレと一緒にいるところを誰かに見られるのを防ぐためなのだろうとオレは勝手に推測する。</div> <div> </div> <div> 無言になっているこの間を利用して、これまでのことを整理して先のことを考える。</div> <div> 今、オレがこの世界であった人物はたった二人だけだ。長門ともう一人の自分、それも性別の違うジョンという男。</div> <div> ジョンは見た目こそ全く違うものの、性格としては似ているのかもしれない。オレは普段あんな言動なのだろうか。</div> <div> </div> <div>  明日には、長門の情報操作によって学校に通うことになるのかもしれない。それについては後で長門に聞けばいいのだが、不安な要素があまたの中をぐるぐると回っている。</div> <div> オレはSOS団に入ることは出来るのか。ハルヒに会うことは出来るのか。古泉は、朝比奈さんは、オレの存在に対してどういった立場に立つのか。</div> <div> そうやって色々と考えていると、この世界に本当に居てもいいのだろうかと思ってしまう。</div> <div> 疑問は山積している。その山は不安定で、今にも雪崩となってそのふもとから見上げているオレを潰そうとしている。</div> <div> </div> <div>  ええい、こんなことばかり考えていてどうする。もっと前向きになれないのかオレは! 少なくともこんなこと考えてないで、もっと別のことにしたらどうだ!</div> <div> 他にも長門に訊きたいことがたくさんあるだろうが!</div> <div> </div> <div>「長門」</div> <div> そう言った後で口を塞いだ。これは不覚だ。まさか声になっていたとは思わなかった。</div> <div> 呼びかけられて、数歩先を進んでいた長門が足を止めた。</div> <div>「何」</div> <div> しかし、こちらを振り返ることはなかった。</div> <div> その態度に少し違和感を感じたが、このついでだ、気になっていることを訊いてしまおう。</div> <div>「どうして、お前と一緒に暮らすことなったんだ?」</div> <div> すると、先程部室でジョンと三人で話していた時とは違った態度を見せた。</div> <div>「答える必要のないものもあると、判断した」</div> <div> 長門は小さな背中をこちらに見せたままそう言って、答えることを拒否した。</div> <div> </div> <div>「オレは知りたい」</div> <div>「そう。私は必要な時に答えることにしている」</div> <div> 俺の要求も、軽く流されてしまった。その時とは一体いつなんだよ。オレは今すぐに知りたいことなのに。</div> <div>「…………」</div> <div> 長門は未だに背中を見せたままだ。しかし、歩き出すこともなかった。オレがまだ言い足りないことを知ってのことだろうか。</div> <div> </div> <div> オレは別の質問をぶつけてその答えを手繰り寄せることにした。</div> <div>「あの時に言った理由は嘘ではないんだな」</div> <div> あの時の理由。ジョンの家族に対する情報操作が危険だという理由だ。</div> <div> 長門がそう言った時、ああ、オレに家族はいないのだと、悲しい現実を突きつけられたのだった。</div> <div> その事実を受け止めるしかない。だから、オレは『ジョンの家族』と、そう表現した。あいつも、俺の妹ではないのだ……。</div> <div>「嘘ではない。あれは理由の一つ」</div> <div> 一つ。一つだけしか言わなかったのか。別の理由はジョンの前では言えないものだったのか。</div> <div>「他の理由は何だ?」</div> <div> オレは間髪入れず説明を求めた。</div> <div> すると今になってようやく、長門が振り向いて視線をこちらに向けた。</div> <div> オレの姿を映すその目は、どこか不安げにも見えた。</div> <div> </div> <div>「……貴方は私を信用していない」</div> <div> </div> <div>「分かってるのか」</div> <div> そりゃあ、オレの記憶を覗いたのだから、それくらいは分かってしまっているだろうな。</div> <div>「私は、二の舞にはなりたくない」</div> <div> 積極的にオレを守ろうと動いているのはそのせいなのだろうか。</div> <div> そう思うと、少し申し訳ない気持ちが芽生える。</div> <div>「私は貴方を守ると決めた。しかし、信頼されていないのであれば」</div> <div>「それもうまくはいかない。だから、まずは信頼関係を得ることから始める、か」</div> <div> オレが割り込むと、それに対して何の文句もなく、その通りだと頷いた。</div> <div> </div> <div>「信頼関係、か」</div> <div> その声を聞き、長門の表情が急変した。</div> <div> 素早い動きで気配を察知すると、声のした方向を睨んだ。</div> <div> </div> <div>「朝倉涼子」</div> <div> その声まで、警戒心に満ちていた。</div> <div> 俺にも、その声の主はすぐに分かっていた。が、正直驚いた。もうオレの存在は察知され、消そうという動きになってしまっているのだろうか。</div> <div>「なかなか困ったお客さんが来たみたいね」</div> <div> 後方10メートル。朝倉涼子が柔らかな笑顔を見せて立っていた。</div> <div>「長門、逃げたほうがいいんじゃないか?」</div> <div>「不可能。この周囲は既に朝倉涼子によって封鎖されている」</div> <div>「周りに聞かれたりしないようにするためよ。そんなに警戒しなくても大丈夫よ、彼女には手を出さないから」</div> <div> </div> <div>「今回はね」</div> <div> その笑顔は、いつかの朝倉と大して変わりはなかった。</div> <div> 長門は姿勢を少し下げて構えている。戦闘態勢だろうか。</div> <div>「まだ何も決まってはいないはず」</div> <div>「そうよ、何も決まってないわ。だから長門さんも勝手に決めちゃダメなのよ?」</div> <div> 朝倉の言葉に対し、長門は何も言い返さなかった。</div> <div> これは長門の独断行動なのだ、それが許されるものなのか。朝倉は前進しながら更に言う。</div> <div>「彼女はこの世界の『鍵』と同一人物なのよ。彼女が涼宮ハルヒに与える影響を考えると」</div> <div>「分かっている、しかしそれが悪影響であるとは断言できない」</div> <div>  長門が朝倉の言葉を遮る。しかし、それはただ遮ることだけしか出来なかった。長門のその言葉はより一層、自身の不利な方向に追い詰めているようにしか思えなかった。</div> <div>「それすらも予測できていないからこそ、注意深く行動すべきなのよ?」</div> <div>「分かっている」</div> <div> 返す言葉が無いからそう言っているだけのような長門の返答に、朝倉はあきれたような表情を浮かべていた。</div> <div> 長門は遂に、下を向いてしまった。</div> <div>「『分かっている』だけじゃダメなのよ。私情を挟んじゃダメ、特に今回の場合は。下手をしたら取り返しのつかない事態になっちゃうんだから」</div> <div>「分かっている……」</div> <div>  最早、その言葉しか返すことが出来ていなかった。なぜここまで反論できないのだろうか、自分の決定が間違っていることを暗に認めているのだろうか。</div> <div> 朝倉はオレの横を素通りすると、長門の目の前で足を止めた。</div> <div>「私達には勝手な行動は許されていないの。それを忠告しに来てあげたの」</div> <div> 長門のほほに触れながら、朝倉は相変わらず微笑んでいる。</div> <div> ふと朝倉がこちらを見た。思わず2歩ほど下がった。</div> <div>「今後どうなるかは分からないけども、よろしくね」</div> <div> それは向こうからすればただの挨拶だったのかもしれない。だが、</div> <div>「キョンちゃん」</div> <div> 寒気がした。</div> <div> </div> <div> 朝倉が立ち去った後も、長門は下を向いたまま歩き出そうとはしなかった。</div> <div>「長門」</div> <div>「…………」</div> <div>「早く行こう、日が暮れちまう」</div> <div> あえて先ほどのことには触れなかった。</div> <div> 無言で頷くと、視線の高さを変えぬまま歩き出した。オレは黙ってその後をついて行った。</div> <div> その小さい背中を見ていると、朝倉に言い返せなかったことに対し、長門は明らかに落ち込んでいたのは明らかであった。</div> <div> </div> <div> 本当に、こいつに頼っても大丈夫なのだろうかと、そう思ってしまう自分を責めたくなる。</div> <div>  朝倉の言うとおり、これは独断行動であって、それはパトロンの方針に逆らっていることだったのかもしれない、それでも正当な理由を探そうとしていた。</div> <div> そこまでして、オレをこの世界で生かそうとしているんじゃないか。</div> <div>「長門」</div> <div>「何」</div> <div> やはり、こちらを見てはくれない。しかも、今回は立ち止りもしない。</div> <div>「さっきのは……だな、気にするな。あれはちょっとした意地悪だろう」</div> <div> こんなことしか言ってやれないのかオレは。</div> <div> </div> <div> 再び無言になってしまった。</div> <div> しかもその静寂を打ち破ることは出来なかった。さっきの朝倉の言葉に対して、長門は勿論のこと、オレも色々考え込んでしまっていたのだ。</div> <div> ダメだ、ネガティブになるなとさっき決めたばかりじゃないかよ!</div> <div> そう心の中では意識したつもりでも、実際長門に話しかけることが無いまま、部屋に到着していた。</div> <div> </div> <div> かつてオレが暮らしていた部屋とはまるで違う。すっきりして綺麗な部屋だ。ここで二人で暮らすことになるのか。</div> <div>「ほぼすべての部屋が共有。いい?」</div> <div> 居間の中央付近で立ち止まると、こちらを見て確認を求めてきた。</div> <div>「ああ。いつまでかは分からんが、しばらく世話になるな」</div> <div>「それは間違い」</div> <div> 突然のその言葉に少し驚いた。</div> <div>「ん?」</div> <div> オレがどういう意味だと訊こうとした時、長門はこう言った。</div> <div>「ずっと」</div> <div> 長門、その気持ちは凄く嬉しいのだが……。まあ、暗かった雰囲気を変えてくれたのだから、その言葉はありがたく受け取っておこう。</div> <div> </div> <div> 一段落したところでテーブルに向かい合って座る。</div> <div> 目の前には温かいお茶があるが、まだ熱くて手が出せない。長門はもうもうとのぼる白い湯気を見つめていた。</div> <div> お茶が適温まで下がるのを待つ間、オレはこんなことを訊いてしまっていた。</div> <div>「なあ長門、お前はどうなると思う」</div> <div>「何」</div> <div>「オレの存在の是非だ」</div> <div> すぐには答えなかった。オレは長門には酷な質問ばかりしているのかもしれない。そのことについてオレは今夜反省すべきだろう。</div> <div> 長門の視線はオレの手元にある湯呑に向かっていたが、すっと俺を真っすぐ見た。</div> <div>「私は否定したくない」</div> <div> 答えた時のその視線には、強い意思があると感じた。</div> <div>「それは、お前のパトロンと揉めることになるのか?」</div> <div>「不可避」</div> <div> やっぱり、オレはこの世界で面倒を起こす種なのだろうな。</div> <div>「しかし私は、自分の意思を変えたくはない」</div> <div> 長門がここまで固く決意をしているというのに、オレときたら……。</div> <div>「長門、ごめんな、こんなことばっかり訊いて」</div> <div> オレの言葉は長門の意に反した唐突なものだったのだろうか、一体どうしたのとでもいいたそうな表情だった。</div> <div>「……」</div> <div> 「もう信頼してないなんてことはないから、な。あれは酷いことがあった直後だったから、そう思っていただけさ。そんな疑いはもう晴れた、だから、」</div> <div> なんかこう、改まって言うのは恥ずかしいものである。</div> <div>「ありがとう」</div> <div>「いい」</div> <div> 長門はそう答えながら視線をそらした。その様子が、微笑ましく思えた。</div> <div> </div> <div>「そろそろ適温。これ以上放置すると冷める」</div> <div>「おっと」</div> <div> オレは慌ててお茶を飲む。長門の言うとおり、ちょっと熱いくらいで飲むには丁度良いものだった。その温かさは、身体中に伝わっていった。</div> <div> <p> 久々に飲むお茶は、とても美味しかった。</p> <p> </p> <p> </p> <div> <div>4,</div> <div>  </div> <div> 真っ暗で静かな寝室。見上げても天井が見えるだけ。</div> <div> 二つ並んだ布団のうち、俺の横にあるもうひとつはまだ主を待っている。長門はまだ起きているようだ、こんな時間まで何をしているのだろう。</div> <div> </div> <div> 眠れない。</div> <div> あれだけのことがあって散々疲労しているはずなのに、眠ることが出来ない。</div> <div>  目に見える範囲に時計がないので今が何時かは分からないが、長門に寝るよう勧められて11時に床に就いてから結構な時間が経過しているはずである。</div> <div> </div> <div> 無音のはずなのに、何か聞こえる。</div> <div> </div> <div> それは、あの世界の崩壊の音。</div> <div> </div> <div> 誰かの叫ぶ声。</div> <div> </div> <div>「ダメだ」</div> <div> 一人そう呟いて幻聴をかき消した。畜生、こんなこと思い出してたらいつまでたっても眠れなくなっちまう。</div> <div> しかし、意識的にこの記憶を思い出さないようにするには常に何かほかのことを意識していなければならず、そんなこと、現実には不可能であった。</div> <div> 慣れるしかないのか? あの惨劇に……、</div> <div>「はあ」</div> <div> 再び布団から出る。これで何回目だろうか。体温で暖かくなっていた布団から出た瞬間、冷たい空気が肌をさす。</div> <div> </div> <div>「どうした?」</div> <div>「ふおっ」</div> <div> その呼びかけに驚いて超高速で振り向くと、暗闇の中に長門の姿があった。長門、頼むからもう少し気配を出してくれないか。</div> <div>「眠れない?」</div> <div> まさにその通りだ。長門はオレの心配をしているのだろうか。</div> <div>「ああ、ここに泊まったことは元の世界でも無かったからな」</div> <div>「違う」</div> <div> 長門にあっという間に否定されてしまった。……バレたか。</div> <div>「隠す必要なかったな……。ちょっと思い出してしまってな」</div> <div>「大丈夫、私が一緒」</div> <div> そう言うと、オレの隣の布団に寝転んだ。</div> <div> 俺も横になる。しばらく互いの目を見つめあったまま何も話さない状態が続いた。</div> <div> 無音の中、どれくらいこのにらめっこが続いたのだろうか。</div> <div>「心拍数が標準よりも多い。異常な数値」</div> <div> 触れてもいないのに分かってしまうなんて、さすがである。隠し事は出来そうにないな、等と無理矢理お気楽な考えをしてみる。</div> <div>「まだ落ち着かないんだ」</div> <div>「ここは安全。それに、私が守ると、そう言った筈」</div> <div> 長門は、この台詞の時はいつも即答している。本当に、不思議なくらいオレの味方になってくれる。</div> <div>「ところで、お前はどうしてこんな時間に起きているんだ?」</div> <div>「古泉一樹と朝比奈みくるにこの事態を連絡し、各組織へ伝えるよう頼んだ」</div> <div> こんな時間まで相談していたのか……。みんな、大変なんだな。</div> <div> オレは、みんなの手をわずらわすような行動を控えなきゃな。</div> <div>「無理、するなよ?」</div> <div>「貴方も」</div> <div> 思わず笑ってしまいそうになった。やっぱりバレてるんだな。</div> <div> </div> <div> 隣に長門がいてくれる。オレは深い呼吸をすると、もう一度目を閉じた。</div> <div>「おやすみ」</div> <div>「ああ、おやすみ」</div> <div> </div> <div>―――</div> <div> </div> <div> 翌朝、いつもの如く妹自慢のボディプレスで強烈な目覚めをすると、携帯に一通の未読メールがあった。</div> <div> 送信者は長門だ。寝ぼけ眼を擦って読むと、それは寝起きの低速回転では読んでいられない内容だった。</div> <div> 冷水で顔を洗い、視界もすっきりしたところで改めて小さな液晶に集中する。</div> <div> </div> <div> とても長い内容であったが、要約すれば以下のとおりである。</div> <div> 情報操作によって、メアリーは早速転校生という形で北高にやって来ることになった。</div> <div> ハルヒに与える影響を考えた結果、メアリーは別のクラスに入ることとなったのだそうだ。</div> <div> 最後に、構内では出来るだけメアリーとの接触は避けるべきだという注意があった。</div> <div>『特に涼宮ハルヒの周囲では危険』</div> <div> 下手をすれば、メアリーの存在が危うい。遵守しなければならないだろう。</div> <div> 朝から妙に緊迫したまま、学校へと向かった。</div> <div> </div> <div> しかし寒い。上着も制服も貫通して体を冷やしてくる。</div> <div> 縮んだまま教室へ入る。ハルヒは既に登校していた。</div> <div>「おはよ」</div> <div>「おう」</div> <div> 言うまでもなく、ハルヒはいつもどおりである。俺が教室に入った時、ハルヒは眠たそうに外を眺めていた。</div> <div>「うう寒いな、雪でも降るのか?」</div> <div>「空を見れば分かるでしょ、雪雲なんてどこにもないわよ」</div> <div> </div> <div> メアリーは新しいクラスでどうなっているのだろうか。気になるが長門に接触は避けるように言われているので見に行くことはできそうにない。</div> <div> ところがだ、二日前までいた元のクラスのことが忘れられないのだろう。メアリーは長門の忠告も無視してたびたび俺達のクラスに顔を出した。</div> <div> よせばいいのに、昼休みにも廊下を通るついでに教室を覗いて行く。</div> <div> たびたび目があった気がするが、互いに反応することはなかった。</div> <div>  長門から注意されていたにもかかわらず、危なっかしいなとは思うのだが、自分が同じ立場であったらどうしていたかを考えると、その行動を否定することは容易ではなくなってしまう。</div> <div> </div> <div>「なあ、あの女子生徒って、今日転校してきた人だよな」</div> <div> まだ廊下を往復しているメアリーの姿を確認した谷口がそう尋ねてくる。</div> <div>「ああ、やめとけよ」</div> <div> 俺が卵焼きを頬張りながら答えると、谷口は箸でつまんだ芋を口に運ぶのを止めて眉間にしわを寄せた。</div> <div>「な、何をだよ、まだ何も言ってねえだろ」</div> <div>「この次の瞬間に早速何かのお誘いの言葉でも掛けるんじゃないかと思ってな」</div> <div>「うん、谷口君だとやりかねないね」</div> <div> 国木田がオレに賛同する。</div> <div>「お前も言うか。おいおい、盛大に勘違いしているぞ。いいか? 俺が手あたりしだいにしてると思ってんじゃないだろうな」</div> <div>「まさにその通りなんだが」</div> <div> 俺の返答に、谷口が大げさに頭を下げた。</div> <div>「はあ、情けないねえ。俺はだな、それなりの時間を書けて相手の分析をした上で……」</div> <div>「それってストーカーだよね?」</div> <div>「お、おい、人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ」</div> <div> 国木田の間髪いれぬ突っ込みに、俺は思わず口の中にあったひじきを弁当箱の中に噴出した。</div> <div>「おいキョン、汚ねえな」</div> <div>「すまん、今のはツボだった」</div> <div> むせながら視線を一瞬だけ廊下にずらすと、メアリーの姿はもうなかった。</div> <div> </div> <div>  昼休み以降、メアリーが姿を見せることはなかった。長門に注意されたのだろうか、ただ単に転校生であることからクラスメイトから質問攻めにあっているだけなのか。</div> <div> 放課後、ハルヒは昨日のようにカバンを掴んで何も言わずに教室を飛び出して行った。</div> <div> 呼びかけることも出来ず、一瞬で姿を消したハルヒに茫然としていると、ポケットに入れていた携帯が震えた。</div> <div> </div> <div>「至急、部室へ来て下さい」</div> <div> 古泉からの呼び出しだった。</div> <div>「何だ」</div> <div>「お話したいことがあります」</div> <div> 口調からして、真面目な話のようである。</div> <div>「ハルヒはそっちにいないのか」</div> <div>「涼宮さんは他に用事があるとのことで先に帰ったようです」</div> <div>  帰った? 一体どうしたのだろうか。昨日も同じことを考えた気がするが、あのハルヒが二日連続して団活動を休むのだから本当によほど大切なことがあるのだろう。</div> <div> </div> <div> 通話が終了してすぐに部室へ向かった。</div> <div> 既に古泉も長門も朝比奈さんもそろっていた。</div> <div>「集まって早速なんですが、本題に入らさせて頂きますね」</div> <div> 古泉の表情がやけに真剣である。まさかとは思うが、その本題ってのは、</div> <div>「今日転校してきた生徒が異世界人であると、長門さんから聞きました」</div> <div> やっぱりな。</div> <div>「全部話したのか?」</div> <div>「そう。事実を正確に述べることが最善だと判断した」</div> <div>「長門さんからの報告をもとに検討した結果、今回は機関としてはこの事態に関与することは無いということが決定しました」</div> <div>「どういうことだ」</div> <div>「彼女はメアリーさんとおっしゃいましたね」</div> <div>「ああ」</div> <div>「その名前にどういった意味があるかは分かりませんが、機関として彼女を保護することは一切ないと思ってください」</div> <div>「つまり、不干渉ってことか」</div> <div>「その通りです。むしろ彼女を涼宮さんから遠ざけるように努める可能性もあります」</div> <div>  ハルヒに接触する前に予防策を講じるのか。そのセリフを訊いた直後から、長門はじっと古泉を見ている。瞬きもしないで、真っすぐに古泉を貫くように見ている。</div> <div>「手段は問わない?」</div> <div>「出来れば避けたいですが、機関の方針が今後どのようになるかは……」</div> <div> </div> <div> </div> <div> 「僕個人との関係に関しては何の問題もないのでご安心ください。しかし、あまり好ましい状況とは言えません。涼宮さんに悪影響がないとは決まってはいませんから」</div> <div>「あの……」</div> <div>  朝比奈さんが何か言いたげに小さく手を挙げた。段々緊迫感を増す中で意見を述べるチャンスを失ってしまわないようにするためか、半ば強引に割り込んだ。</div> <div>「とても言いにくいんですけども、メアリーさんが涼宮さんと接触することはとても良くないことである可能性が高くて、その……」</div> <div> 俺も含めて皆の真剣な視線が自分に集中してしまったせいか、朝比奈さんはすっかり委縮して今にも震えそうだった。</div> <div>「ごめんなさい、私としてはみんなと一緒にいたほうがいいとは思うんですけど……」</div> <div>「仕方ない。彼女の世界の二の舞になることだけは避けなければならない」</div> <div> 長門が朝比奈さんにそう言う。</div> <div> </div> <div>「もし、メアリーがSOS団に加わることを望んだ場合は」</div> <div>「先程も述べたように、それは回避する方向で動くと思います。不本意なのですが、仕方ありません」</div> <div>「わ、私もそれには賛成できないんです……」</div> <div> 朝比奈さんが下を向く。古泉も放すのを止め、静まり返ってしまった。</div> <div> 目の前に、二つの青票が突き出された。</div> <div> あくまでも自らの属する組織の意見を代弁したものではあるが、長門のように上の意見や指示を無視するという危険を冒すことは出来ないようだ。</div> <div> 統合思念体がどのような意見になるのかは分からないが、機関と未来人組織は否決の立場をとっている。</div> <div> </div> <div>「ハルヒが自ら接近する可能性についてはどうなんだ」</div> <div>「検討中です」</div> <div> 古泉はそれだけ言って明確な答えを避けた。ところが</div> <div>「そうならないようにする可能性が高いです……」</div> <div> 今度は未来人がはっきりとした意向を示した。</div> <div>「どういうことですか、『そうならないようにする』って」</div> <div>「それは、その……」</div> <div> いかん、朝比奈さんがおびえてるじゃないか。</div> <div>「過去を書き変えてメアリーの存在を消す?」</div> <div> 長門がそう言うと、朝比奈さんは慌てて首を横に振った。</div> <div>「そそそそそんな物騒なこと……」</div> <div>「おい長門、いくらなんでもそれは言いすぎじゃないのか?」</div> <div>「発言が行き過ぎた。ごめんなさい」</div> <div> </div> <div> 朝比奈さんはどんどん縮んでいく。古泉も発言をしなくなる。長門も反省のためか下を向いている。</div> <div> 何だこの嫌な空気は。打開できるのは俺しかいないのか?</div> <div>「ところで……だな、長門」</div> <div>「……何」</div> <div> 長門が顔を上げたところで、</div> <div>「長門はどうしてそこまでメアリーを守ろうとするんだ?」</div> <div> その質問に対して、長門はなぜそう言うことを訊くのとでも言いたそうであった。俺も言い方が悪かったと思って慌てて訂正した。</div> <div>「いや、別に悪いとかそういうことではなくてだな、俺もメアリーがいることには賛成なんだが、長門がここまで積極的になるのが少し意外でな」</div> <div> すると、長門は少しためらいがちに、こう言ったのだった。</div> <div> </div> <div>「彼女の世界で、涼宮ハルヒを殺したのは、私」<br /><br /><br /> 5,<br /><br /><div> <div>「……なんだって」</div> <div> 俺達はただただ絶句した。</div> <div> しばらくの間誰も応答できないでいると、長門がこちらを向いた。</div> <div>「聞こえた?」</div> <div>「ああ、ちゃんと聞こえてる。だが長門それh」</div> <div>「紛れもない事実。その記憶を彼女の視点からの映像として再現可能。見る?」</div> <div> そう言うと希望者を募るように俺達を見回す。勿論朝比奈さんに至っては、長門と目があった瞬間に小さく声を漏らして委縮してしまった。</div> <div> メアリーが最後に見た、世界の様を見ることが出来るのだという。</div> <div>  しかし、それを見たいとはとても思えなかった。勝手に人の記憶を覗くことに対する罪悪感だけでなく、ただどんな光景を見ることになるのか分からないという恐怖感があった。</div> <div> 誰も閲覧を希望していないことを確認した長門が視線を俺に戻した。</div> <div>「遠慮しておくよ」</div> <div> 最後の確認を俺に求めているように思えたので、一応言葉で意思を表した。</div> <div>「……そう」</div> <div> </div> <div> どうしてか、部室の空気が冷たく感じる。緊張感ではない何かが、音を立てることさえ拒んでいるように感じた。</div> <div>「長門さん」</div> <div> 俺が黙ってから数秒、口を開いたのは古泉だった。</div> <div>「何」</div> <div>「メアリーさんの世界の貴方は、どうして涼宮さんを殺したのですか」</div> <div>「それが統合思念体の決定だった」</div> <div> 即答、とはいかなかった。一呼吸置いてからの回答だった。</div> <div>「『私』は当初はそれを無視した」</div> <div> 長門は視線を古泉に向けることはなかった。</div> <div>「しかし、最終的にそれに屈した」</div> <div> だからといって、俺や朝比奈さんを見ているわけでもなかった。</div> <div>「涼宮ハルヒも、それを分かっていた。だから、無抵抗に殺された」</div> <div> 長門が見ていたのは、壁だった。</div> <div> </div> <div> ハルヒは、もう逃げられないと悟ったのだろうか。だが、大人しく殺されるなんて、そんなことをハルヒがするとは考えられないのだが。</div> <div>「……すみません。余計なことを訊いてしまったようですね」</div> <div> 答えている間の長門の様子を見ていて、古泉も俺と同じことを思っていたようだ。</div> <div>「大丈夫。答えるかどうかは私自信の判断」</div> <div> そうはいっても、その言葉は細々としていた。</div> <div> 長門は一人立ち上がって歩き出した。壁を向き、こちらに背を見せると、こぼすように言った。</div> <div>「今のことは忘れて」</div> <div> その台詞は、言わなきゃよかった、という意味にもとれるものだった。</div> <div> 俺達に罵られるとでも思っているのだろうか。それとも、こんなこと口に出さずに心の中にしまっておくべきだったと思っているのだろうか。</div> <div> では、長門がそんなことを口にしたのはなぜなのか。</div> <div> </div> <div>「長門」</div> <div> とうとう俺の呼びかけにも、視線を動かすことは無くなっていた。</div> <div>「無理すんなよ」</div> <div> その言葉を聞いて、ようやく振り返った。</div> <div>「自分を追い込みすぎるのはよくないぞ。俺達がいるじゃないか。それぞれの組織のどうこうじゃなくて、個人として出来ることはあるだろ」</div> <div> その後に「なあ」と言って古泉に同意を求める視線を向けると、古泉は頷いていた。</div> <div>「メアリーさんのことに直接触れることは出来ないかもしれないんですけど、なにか長門さんが困った事があったらいつでも相談にのりますよ」</div> <div> 朝比奈さんもそう言った。</div> <div> 長門の表情が、少しゆるくなったような気がした。しかし、それもまたすぐに引き締まった。</div> <div> 突然歩き出したかと思うと、自分のカバンを手にした。</div> <div>「帰るのか」</div> <div> 頷くと、無言で扉を開けた。そこで振り返ると、俺を見つめた。</div> <div>「貴方は、やはり彼女と似ている」</div> <div> なんだか引っ掛かるような言葉を残し、扉を閉めた。</div> <div> </div> <div> 廊下に響く長門の足音が段々と小さくなっていき、終いには無言になった。</div> <div>「……解散、ですか」</div> <div> 古泉が浅くため息をついた。</div> <div>「状況が悪化しないことを祈るばかりです」</div> <div>「機関がその予防に動くことはないのか」</div> <div> 「全く無いとは言えませんが、長門さんほど積極的ではないことは確かです。現在もなお、メアリーさんの影響については意見が分かれています。そうですよね」</div> <div> 不意にパスを受けた朝比奈さんは慌てながらも答えた。</div> <div>「え、あ、はい。こちらも、まだはっきりとしていないので大きな動きはないと思うんですけど……」</div> <div> </div> <div>「では、僕もそろそろ失礼いたします」</div> <div>「じゃ、解散ってことで。部室閉めましょう」</div> <div>「はい」</div> <div> 二人欠けたSOS団は、なんだか静かというか寂しいものであった。</div> <div> </div> <div>「良く考えたら、まだ二日しか経ってないのか」</div> <div> 帰り道、暗くなりつつある空を見上げながら呟いた。</div> <div>「目の前に解決しなければならないものがある時には、時間が長く感じるものですよ」</div> <div> メアリーがこの世界で暮らすことになって、ようやく二日経過したのである。</div> <div> 時間というものは感じる長さが等しくないから困ったものである。</div> <div> こういう時にはもう少しぱぱっと過ぎてしまえば、メアリーも精神的には楽だろうし新たな生活にも慣れるのではないのだろうか。</div> <div> </div> <div>「ん」</div> <div>「どうかしましたか?」</div> <div> ポケットの中で、携帯が震えていた。誰からだと独り言を言いながら通話を始める。</div> <div>「もしもし」</div> <div>「ジョンか。オレだ、メアリーと言えば分かるだろ」</div> <div> オレの表情が変わったのを見てか、古泉と朝比奈さんもこちらを注視している。</div> <div>「お前か、どうした」</div> <div>「ジョン、今どこにいる」</div> <div>「帰っているとちゅうだ。まだ学校の近くだが、どうした」</div> <div>「ちょっと時間をくれないか? 一人で来て欲しい」</div> <div>「分かった。俺だけでいいのか」</div> <div>「ああ、その方がいい」</div> <div> </div> <div> </div> <div>「メアリーさんからですね」</div> <div> 通話を終えた瞬間、古泉が言う。勿論正解である。</div> <div>「どのようなご用件だったのですか」</div> <div>「俺に相談があるらしい。そういうわけで、俺は学校に戻ることになった」</div> <div>「では、僕達は失礼いたしますね」</div> <div>「また明日」</div> <div> </div> <div> </div> <div> 俺は再び部室の前にいた。ここは俺が指定した場所だ、ここならメアリーとの話も周りに警戒すること無く出来るだろうという判断だ。</div> <div> 扉の前に、メアリーが待っていた。</div> <div>「急に呼び出して済まんな」</div> <div>「いや、特に用はないから大丈夫だ。中に入ろう」</div> <div> 二人が中に入り、扉を閉める。</div> <div>「あー、やっぱりここは落ち着くよ」</div> <div> メアリーは座ろうともせずに話し始めた。</div> <div>「とっとと終わらせたいだろうから、率直に訊くぞ」</div> <div> メアリーが俺だけに言いたいことだ、簡単なものではないだろう。どんな質問が飛んでくるのか、少し構えた。</div> <div>「お前にも経験あるだろ? 目覚めたら違う世界だった、みたいなことが」</div> <div> 予想通りと言っては何だが、なかなか難しい話になりそうだ。</div> <div>「それに類することが無かったとは言えない。だが、今のお前のような経験はない。どこまで相談に乗れるかは分からないぞ」</div> <div>「いや、いいんだ。ただ聞いてくれさえすれば」</div> <div> </div> <div> </div> <div> </div> <div> メアリーは微笑んでいた。といっても、それは弱々しいものであった。</div> <div>「オレは、どうすればいいんだろうな」</div> <div> Yes/Noで答えることのできない5W1Hの疑問文に対して、俺は黙っていた。</div> <div> この世界で新たな人生を始めたらいいじゃないかと、そんな簡単な答えではないことくらいは分かっていた。</div> <div>「オレは皆のことを知っている、なのに皆はオレのことを全く知らないんだからな」</div> <div> 俺が何も言わないこともお構いなしに、メアリーは部室を歩きまわりながら淡々と自嘲の句を並べていく。</div> <div>「ただの転校生なら、お互い初対面だからまだいいだろうさ。オレはあの学校につい二日前まで通ってんだぜ? それが今じゃあ……」</div> <div> 今の俺に、どんな言葉がメアリーに対して使えたのだろうか。</div> <div>「もうやめろ」</div> <div> 俺に言えた言葉は、そのたった五文字だけであった。</div> <div> </div> <div> 割り込まれたメアリーはそれに対しては文句を言わず、そうだなと呟いて続けた。</div> <div>「塞ぎ込んだところで、どうにもならないのは承知だ。長門が助けてくれてるんだしな」</div> <div> この後に続くのが逆接の接続詞であることは、ごく自然に分かった。</div> <div>「だけどな、溜ったもんは出さないとそのうち破裂しちまうんだよ」</div> <div> 愚痴を聞いてもらう為に俺を呼んだ。それを聞いたところで、怒るとかいう感情の変化はなった。</div> <div>「だよな」</div> <div> こういう役目は俺にしか出来ないのだろうしな。それに、世話を焼いてくれている長門に更に心配をかける訳にはいかないと思っているのだろう。</div> <div>「ははは、こんな世界クソだ。この世界が無くなっちまえばよかったんだ……」</div> <div> もう、言いたいだけ言わせることにした。俺には、メアリーを今の慰められる自信はなかった。</div> <div> </div> <div> 特に大した意思もなく、俺は歩きだした。</div> <div>「ん?」</div> <div> まだ二日しか会ってない、ちょっとした知り合い程度だというのに。</div> <div> メアリーに近づくと肩に手を伸ばし、そのまま強引に引っ張った。</div> <div>「……」</div> <div>「……」</div> <div> 今、メアリーは自分の頭を俺の肩にあずけている。互いの体温が伝わっていく。</div> <div> メアリーもそれに抵抗することはなかった。きっと、お互いなんとも思わなかっただろう。</div> <div> 今この瞬間を誰かに見られていようとも、この状態を続けていただろうな。まあ、そもそも部室の中にいるんだからそんなことは</div> <div> </div> <div>「あら、お邪魔だったかしら?」</div> <div> </div> <div> 撤回。</div> <div> 二番目くらいに見られたら面倒な人物がいた。</div> <div> 一番が誰かくらい想像がつくだろ?</div> <div> </div> <div> </div> <div>「朝倉、わざわざ部室にまで来て何の用だ」</div> <div>「お熱いところ失礼。ちょっとばかり報告に来たの」</div> <div> 自ずと視線が鋭くなる。それは冷やかされたからと言って変わることはなかった。</div> <div>「二人とも、顔が怖いわよ」</div> <div> 朝倉が自分の頬を両手の人差し指でつついている。俺達に「スマイル」を求めているらしいが、俺達はそれに応えずただ睨むだけだった。</div> <div> 俺達の表情が変わらないと判断した朝倉は、両手を下して背面で手を組んだ。</div> <div>「現在、貴方の世界で何があったのか、長門さんからの報告をもとに詳しく分析しているところなの」</div> <div> 長門、お前、メアリーの記憶をパトロンにも教えちまったのか。大丈夫なのか?</div> <div>「その結果も元にしてこれからの方針が決まるかもしれないわ」</div> <div>「それを言いに来たのか?」</div> <div> 俺は若干の皮肉をこめて言ったつもりだったのだが、朝倉は「そうよ」と答えた。</div> <div> </div> <div> あっさりとした答えに、俺は内心驚かざるを得なかった。まさか本当に報告だけだとは思わなかった。</div> <div>  一クラスメートである朝倉をそこまで信用してないとかそういうのではないが、ナイフを握って排除にかかる可能性もあると警戒していただけに、これは驚きだった。</div> <div>「長門さんは全てを貴方達には言わないだろうから、私が教えてあげたの」</div> <div> 意表を突かれて俺達の表情が変わったのを見てか、朝倉の口元はますます緩んでいく。</div> <div> 不思議だ。『病んでる』とかそういう恐怖を駆り立てるような要素は微塵も感じられないにも関わらず、朝倉の笑顔を見ていると鳥肌が立ってくる。</div> <div> 自分から勝手にそうさせるものをくみ取っているのだ。先入観が、勝手に視界を塗りかえている。</div> <div>「涼宮さんにとって、いい刺激になりそうだしね」</div> <div> メアリーを利用しようとしているのか。それとも単純に協力しようとしているのか、さっぱり意図がつかめない。</div> <div> 相手の立場がよく分からない以上、警戒は解けない。</div> <div> </div> <div> </div> <div>「どういう考えかは分からんが、悪い方向に持っていこうとするのであればそうはさせないからな」</div> <div>「そう? 頼もしいわね。じゃ、報告は以上だから私は帰るわ。さっきの続きをどうぞ」</div> <div> もう返す言葉が無い。そのまま無言で朝倉を見送った。</div> <div> 朝倉が出て行ってから、メアリーは「何だアイツ」という俺が思っていたことと一字一句違いなく言った。</div> <div> </div> <div>「変なことに巻き込んで、すまんな」</div> <div>「いや、お前が謝るようなことじゃないさ」</div> <div> お前『が』……。自分で言っておきながら、何か引っかかる言葉だ。</div> <div> </div> <div>―――</div> <div> </div> <div>「命令が来たわ。予想通り、排除の方向ね」</div> <div> </div> <div>「……」</div> <div> </div> <div>「一応反対はしたわよ、『このまま存在させた方が涼宮さんに対するいい刺激になるんじゃないか』って」</div> <div> </div> <div>「返答は」</div> <div> </div> <div>「ううん、無視されちゃった。私達の知らない部分で都合が悪いのかしら」</div> <div> </div> <div>「なぜ拒否しない」</div> <div> </div> <div>「上からの命令は絶対だもの。逆らうことは許されないわ」</div> <div> </div> <div>「保身……」</div> <div> </div> <div>「当り前じゃない。自分の存在まで危うくなるようなことを率先してする長門さんのことが理解できないわ」</div> <div> </div> <div>「……そう」</div> <div> </div> <div>「明日」</div> <div> </div> <div>「……」</div> <div> </div> <div>「聞いてる? 明日の下校時よ」</div> <div> </div> <div>「……」</div> <div> </div> <div>「そこで殺すからね」</div> <div> </div> <div>「……そう」</div> <div> </div> <div>「……来るなら、早めにね。今回動くのは私だけじゃなさそうだし」</div> <div> </div> <div>「分かった」</div> <div> </div> <div>―――</div> </div> </div> <div> <br /><br /><div> <div>6,</div> <div> </div> <div> </div> <div>「うぁぁぁっ!」</div> <div> 目覚めの気分は最悪である。汗を吸いこんで湿っぽい服が肌に張り付いて不快感を倍増させてくれる。</div> <div>「……畜生」</div> <div> またしても、二日連続であの悪夢である。たまったもんじゃない。心地よい眠りと目覚めはいつになったら得られるのか。</div> <div> </div> <div> ため息をついて部屋を見回す。既に隣の布団に長門の姿はなった。朝食の支度をしているのだろう。</div> <div> ここでの生活が始まって3日目になるのか。</div> <div> まだここが生活の場であるという実感が無い。自宅でなく、まだ他人の家である感覚なのだ。</div> <div> まあ、これはしばらくすればなれることだろうから、そこまで深刻に悩むことではあるまい。</div> <div> </div> <div> 居間に行くと、既に長門は制服に着替えていた。もういつ出発しても大丈夫といった様子だ。</div> <div>「おはよう」</div> <div>「おはよ」</div> <div> 昨日朝倉が言っていた通り、長門の口からパトロンへの報告の件について聞くことはなかった。</div> <div> それは長門なりの気遣いであるという判断なのだが、朝倉が伝えてきた意図が分からない。</div> <div>  朝倉は、一体何がしたいのだろうか。ただ弄んでいるだけというようにも捉えられるが、だとしたら大きな嘘をついて動揺させることだってできたはずだ。</div> <div>「…………」</div> <div> 長門の視線が、「どうかした?」とでも言っているようであった。</div> <div>「あ、いや、すまん、まだ寝ぼけてるらしい」</div> <div> そう言ってごまかして目を擦った。</div> <div> 長門は小さく頷いたが、どうも様子がおかしいとオレは思った。表情には殆ど(というか全く)現れないのだが、何か引っかかる。</div> <div> これを指摘したらどうなるか。オレと同じような返事が返ってくる可能性が高いが……。</div> <div> </div> <div>「もう一度だけ伝える」</div> <div> オレが何か言う前に、長門が口を開いた。</div> <div>「涼宮ハルヒとの接触は可能か限り避けて」</div> <div> 初日に釘を刺されたことだ。俺も承知しているのだが、どうしても会いたいという気持ちは残る。それを我慢しているのだが……。</div> <div>「もし向こうから来た場合はどうすればいいんだ」</div> <div>「貴方が思う、最も影響の出ない接し方を心がけて」</div> <div> む、難しいことを。確かに、ハルヒに対して何か影響があれば、事態は悪化してしまう。だが、心がけると言っても、ハルヒ相手にどうすれば……。</div> <div> </div> <div>「気をつけて」</div> <div> </div> <div>「ん? 何にだ」</div> <div> すると、長門は黙ってしまった。具体例を出すのに迷ったのだろうか。</div> <div>「……」</div> <div>「長門?」</div> <div>「古泉一樹や朝比奈みくるの属する組織も秘密裏に動いている可能性がある、だから」</div> <div>「そ、そうか」</div> <div> さっきの間は何だったのだろうか。</div> <div> </div> <div> </div> <div> オレが校内で注意すべき人物がハルヒ以外に古泉と朝比奈さんも追加されてしまったわけだが、状況が変わったのだろうか。</div> <div> </div> <div> そんなことをぼんやりと考えながら午前の授業をこなし、昼休みになった。</div> <div> 廊下を一人で歩いていた時に、オレは後ろから誰かに呼び止められた。</div> <div>「あの……、メアリーさん、ですよね?」</div> <div>  オレは驚いて勢いよく振り返った。メアリーという名を知っている人物は限られているからだ。しかし、その声から判断すると長門でもジョンでもない。</div> <div> 誰だ。</div> <div> </div> <div>「ひゃうっ……」</div> <div> そこには腰の引けた姿勢で、若干緊張の面持ちでこちらを見上げる子犬のような、</div> <div>「朝比奈さん……?」</div> <div>「mメメメアリーさんであってますよね、間違いじゃないですよね」</div> <div>「合ってますので怯えないでください、ちょっと驚いただけですから」</div> <div>「はい、すみません……」</div> <div> まさか、朝比奈さんの方からオレを呼ぶなんて思ってなかった。</div> <div> </div> <div> 流石に廊下で話すのはよくないと判断し、人通りの少ない中庭の一角に移動していた。</div> <div> 立ち止まるや否や、朝比奈さんは笑っていた。</div> <div>「どうしたんですか」</div> <div>「ずっと見てて、やっぱり、キョン君に似ているなぁと思ったんです」</div> <div> 朝比奈さんにも言われてしまった……。初対面からケンカ寸前だったあの男とそっくりとは、オレはあまり嬉しいことではないのだけども。</div> <div>「そうなんですか? 長門にもそっくりと言われましたけど、自分では納得いかないんですよ」</div> <div> そう答えると、朝比奈さんはまた笑っている。</div> <div>「たぶん、キョン君も同じことを言いうかもしれないですよ」</div> <div>「ま、まじですか」</div> <div> </div> <div>―――</div> <div> </div> <div>  長門さんからも少し聞きましたが、やっぱりキョン君とそっくりでした。あ、でも異世界でのキョン君に当たる人物なんだから似てて当然かもしれませんね。</div> <div>「でも、メアリーさんて呼ぶのはまずいですよね」</div> <div>「ですよね、だからって長門が新しい名前を付けるとか言って決めちゃったんですよ」</div> <div> 長門さんが? 一緒に生活していると言っていましたが、結構うまくいっているんでしょうか。</div> <div>「どんな名前になったんですか?」</div> <div>「杉浦桔梗って名前になりました。まだ自分でも慣れてないので、呼ばれてもたまに自分だってことを忘れてたりするんですよ」</div> <div> そう言っているメアリーさ……じゃなくて杉浦さんは、明るい表情をしていました。</div> <div>「名付け親が長門だってこと、内緒ですよ」</div> <div> 消えてしまった世界の唯一の生存者だと長門さんからは聞いていたのですが、私にはそのようには見えませんでした。</div> <div> </div> <div> </div> <div> </div> <div>「みくるちゃんに何の用かしら?」</div> <div> その声が聞こえた瞬間、私は固まってしまいました。</div> <div>「すす涼宮しゃん!?」</div> <div>「涼宮……ハルヒ?」</div> <div> 恐る恐る声の下方向を向くと、涼宮さんが仁王立ちしてこちらを見ていました……・。</div> <div> ビシッという音がしそうなほど右腕をまっすぐ伸ばすと、メア、じゃなくって杉浦さんでした、杉浦さんを指さしました。</div> <div>「アンタが噂の転校生?」</div> <div>「こら、人を指でさすんじゃない」</div> <div> 杉浦さんはそう答えると涼宮さんに近づいて行きました。</div> <div>  キョン君と一緒くらいの身長なので、涼宮さんと比べると結構な身長差です。背の高い人が近付いて来たからでしょうか、涼宮さんが一歩後退しました。</div> <div> </div> <div> でも、それ以上下がるまいと踏みとどまって、逆に近づいてきた杉浦さんに迫りました。</div> <div>「な、何よ、何か用?」</div> <div>「あんたが涼宮ハルヒなんだな、」</div> <div>「そ、そうよ、だからどうしたっていうのよ!」</div> <div> 涼宮さんの方がちょっと押され気味です。杉浦さん、やけに強気です、どうしたんでしょうか……。</div> <div>「ちょくちょく話は聞いたことがあるが……」</div> <div> そう呟くと、涼宮さんの頭に手を載せました。</div> <div>「……可愛いな」</div> <div> どう言ったらいいんでしょうか……。私がこういうのはおかしいかもしれないんですけど、なんだか積極的です。</div> <div>「なっ、なっなな何なのよ!」</div> <div> 一瞬で顔が真っ赤になったのが見えました。</div> <div> 杉浦さんの手を振り払うと、二歩三歩と下がっていきます。</div> <div> </div> <div>「とととにかく、そんな調子であたしの団員に手出しすることは絶対に絶対に許さないんだからね!」</div> <div>「どういう意味だそれは、オレにそんな趣味があるとでも言いたいのか?」</div> <div>「うるさーい! 絶対に手出ししないこと! 分かったわね!」</div> <div>「ああ、そんなことしないから安心してくれ」</div> <div> 怒鳴り続けたせいか、一旦呼吸をすると、こちらを思いっきり睨んでます……。</div> <div>「それとみくるちゃん!!」</div> <div>「は、はいい」</div> <div>「何でこうなったかは知らないけど、変な人について言っちゃダメだからね!」</div> <div> なんだか子供に「誘拐犯に注意しろ」って注意しているみたいです……。</div> <div>「わ、わかりました」</div> <div> 私に注意を済ませると、杉浦さんの方を見ることなく背を向けて歩いて行きました。</div> <div> </div> <div>「……何だったんだ」</div> <div> なんだか変な疑いを掛けられてしまった杉浦さんは、あきれた表情でため息をついていました。</div> <div>「あの、あんなのでいいんですか?」</div> <div>「ん? 何がですか」</div> <div> こんなこと、言わなければ良かったのかもしれませんが、気になってしまったのでつい言ってしまいました。</div> <div>「だって、涼宮さんとは……」</div> <div> 杉浦さんだって、別の世界では涼宮さんと一緒にいたはずなのですから。</div> <div>「いいんですよ、オレはこの世界のSOS団には入れませんから」</div> <div>「あ、そうなんです、か……」</div> <div> 笑顔であることは変わりませんでしたが、涼宮さんが歩いて行った方向を見つめている杉浦さんはなんだか寂しそうでした。</div> <div>「ごめんなさい、なんだか余計なこと言っちゃったみたいで……」</div> <div>「いいんですよ、SOS団じゃなくったって朝比奈さんやみんなに会えないわけではないんですから」<br /><br /><br /><div> <div>7,</div> <div> </div> <div>―――</div> <div> </div> <div>  今日も部室へ足を運ぶ。扉を開けると、朝比奈さんはお茶を入れる用意をし、古泉は碁盤とにらめっこをし、長門は読書にいそしみ、ハルヒは団長席で……</div> <div>「ん、ハルヒ、今日は来たのか」</div> <div> その声に反応し、こちらを向いたハルヒの顔は明らかに不機嫌と読み取れるものであった。</div> <div>「何よ、いちゃ悪いって言うの?」</div> <div>「いや、そう言うわけじゃなくてだな。二日も顔を出してなかったからな」</div> <div> 教室ではもちろんハルヒと会っているので、その時にもどうして部室に来ないのかは尋ねたのだが、「後で話すから」などという返答しかなかった。</div> <div> で、二日ぶりには部室に来たハルヒであったが、団長席に座って何やら書かれたメモを睨んだまま動かない。</div> <div> 時折うなり声をあげながら、真剣な表情を浮かべてそのメモに書き足したりといった動作が続いているのだが、一体何を企んでいるのだろうか。</div> <div> </div> <div> 俺は古泉の向かいに座り、一つ石を置いてから(古泉の「ああっ」という悲鳴のような声が聞こえた)団長席に向かって質問を投げかけた。</div> <div>「おい、そりゃあ何だ」</div> <div> すると、ハルヒは全く聞こえていないようにさらりと俺の質問を流すと、俺にこう尋ねた。</div> <div>「ねえ、アンタはどう思う?」</div> <div> 俺は座ったまま団長席を向いたその不自然な姿勢のまま固まった。</div> <div> 疑問分に疑問分で返されて焦っているわけではない。ハルヒの発したその疑問文に欠けている目的語は、まさか。</div> <div>「……あの転校生よ」</div> <div> 正直なところ、正解であってほしくなかった。このサイトがどうとか、最近開店した店がどうとか、そういうのだったらどれだけ有難かったことか。</div> <div>  転校生、そのたった一単語がハルヒから発せられたがために、古泉、朝比奈さんの表情が急変した。長門は表情こそ変えなかったものの、ページをめくる手が止まっていた。</div> <div>「今日の昼休みにみくるちゃんに絡んでるのを見たから注意したんだけど、なーんか不思議なのよね、初対面なのに全くそれを感じさせないの」</div> <div> メモとボールペンを手に、その時のことを思い出すように天井を見上げながら「只者じゃないわ」と呟いていた。</div> <div> </div> <div> 碁盤を挟んで俺と向き合っている古泉は、こちらに時折鋭利な視線を向ける。</div> <div> その視線に文字通り刺された俺は、今この瞬間から穏やかではいられなくなったことをその視線で刻み込まれた。</div> <div>「ねえ、キョンはどう思う?」</div> <div> 長門が最も避けるべきと言っていた、ハルヒとの接触をしてしまった。しかも、ハルヒがメアリーに対して興味を持ってしまった。</div> <div>「どうって言われてもな……、俺は廊下でちょっと見かけただけだから特に大きな印象はないぞ」</div> <div>  ただ話しただけなら良かっただろうけども、ハルヒに対して何らかの影響が出てしまうということになれば、機関や未来人達は何かしらの対策をとることになる。</div> <div>「みくるちゃんは? あの時絡まれてたけど」</div> <div>  一体どういったことになるのか。最も起こってほしくないことを考えるならば、メアリーを殺しにかかるということだが、長門がそばについていればそう簡単なことではないだろう。</div> <div>「え、私ですか……?」</div> <div> 問題は、一番規模の大きなことをするであろう長門のパトロンだ。いまだにどういった立場なのか分からない朝倉が何か仕掛けてくる可能性もある。</div> <div> </div> <div> 回答に迫られた朝比奈さんはしどろもどろになっていた。ハルヒは更に質問攻めを重ね、俺に質問が来ることはもうなかった。</div> <div> </div> <div> 朝比奈さんからのとてもあやふやな答えもしっかりとメモに取っていた時、長門が本を閉じた。</div> <div> その音に顔を上げ、窓の外を見た。もう空は暗くなっていた。</div> <div>「あれ、もうこんな時間。ちょっと考え込みすぎたわね、じゃあ今日はこれで解散ってことで」</div> <div> そう言うとメモを押し込んだ鞄を手にすると風のように部室から出て行ってしまった。</div> <div> </div> <div>「まずいことになりましたね」</div> <div> ハルヒの足音が聞こえなくなったことを確認してから、古泉が俺に対して言う。</div> <div>「再三注意した。彼女がそれを怠ったと考えにくい」</div> <div> しかし真っ先に返事をしたのは長門であった。</div> <div> </div> <div>「涼宮ハルヒへの接触は避けるようにと、今朝も言ってある。自ら話しかけたわけでは無いと判断する」</div> <div>「あの……ごめんなさい!」</div> <div> 突然、朝比奈さんが頭を下げた。</div> <div>「私が話しかけたのがいけなかったんです……それを涼宮さんが見つけt」</div> <div>「何故」</div> <div> 長門が詰め寄る。</div> <div>「はひっ、あの……どんな人なのかなぁって……」</div> <div>「状況は分かっている?」</div> <div>「えうう……すれ違った時にどうしても……」</div> <div>「事態が悪化s」</div> <div>「おい、長門」</div> <div> 俺は半ばあきれたような口調で間に入った。朝比奈さんはすっかり怯えていて、今にも泣きそうだ。</div> <div> 長門はもう一度だけ朝比奈さんを見つめると、こう言った。</div> <div>「……今後も私達の邪魔をするのなら、排除する」</div> <div> </div> <div> 返す言葉も浮かばず、部室から出て行こうとするのを止めることも出来ず、ただ棒のように立っているだけだった。</div> <div> 扉が閉まる音がしてようやく、身体が動いた。遅いんだよ、今更。</div> <div>「驚きましたね」</div> <div> 古泉も、それだけの短い感想だけしか言わなかった。</div> <div>「ああ」</div> <div> まさか、長門が捨て台詞を吐くとは、予想だにしなかった。</div> <div> 苛立っているのか? 何か困っていることがあるのなら相談してくれればいいというのに、何か抱えているのか。</div> <div> しょんぼりと、下を向いたままの朝比奈さんに話しかける。</div> <div>「朝比奈さん、深く気にしちゃダメですよ」</div> <div> とはいえ、これが少なくとも良い方向には向かわないことは周知であった。気が利かないな、俺。</div> <div>「ごめんなさい……私のせいで……」</div> <div> 床に、ぽつぽつと水滴が落ちた。</div> <div> </div> <div> </div> <div>―――</div> <div> </div> <div>「長門さん、こちらへ来て下さい」</div> <div> </div> <div>「拒否する」</div> <div> </div> <div>「もう一度言います、こちらへ来て下さい」</div> <div> </div> <div>「私ももう一度言う。拒否する」</div> <div> </div> <div>「あまり勝手なことばかりされていてはいけませんよ」</div> <div> </div> <div>「喜緑江美里、貴方は彼女の存在を認めない?」</div> <div> </div> <div>「私の意見ではありません。これは総意です」</div> <div> </div> <div>―――</div> <div> </div> <div> </div> <div> いつもは長門が待っているのに、今日は姿を見せない。</div> <div>「まずいな……」</div> <div> ハルヒと話してしまったのが、事態を悪化させてしまったのか。あの言動はまずかったのだろうか。</div> <div> 段々と空は暗くなっていく。そろそろ帰らないと、ハルヒとまた会ってしまったら……。</div> <div> </div> <div> 後で長門には連絡をすることにし、一人で帰ることにした。もう道は覚えたのだが、一人で帰るのはこれが初めてだ。</div> <div> 長門はオレが一人で帰ることを「推奨しない」と言っていた。確かに、警戒はすべきなのだろう。今までは何も問題が無いのはまだ救いが</div> <div> </div> <div>「まじか」</div> <div> </div> <div> 目の前に、朝倉がいた。その影が朝倉だと分かった瞬間、心拍数は上昇していた。</div> <div> 嫌な予感しかしなかった。オレが一人であるところを狙っているとしか思えなかった。この時になって一人で帰ってきたことを後悔するのであった。</div> <div> 向こうもオレの姿を認めている以上、逃げることは出来ないだろう。しかし……</div> <div> </div> <div> 相手が何かしてくる前に、距離を置こう、そう考え、元来た道を全速力で戻っていく。</div> <div>  重たい鞄を持っているので全力といっても体育の時のような速さではないことは勿論、一般常識がまるで通用しない宇宙人から逃げられる訳が無かった。</div> <div>  朝倉はオレが走るよりも早く、とんでもない速度でこちらに接近していた。それは足音という極めて限定された情報からでも判断は容易いことだった。</div> <div> </div> <div> 一瞬、後ろにいたはずの朝倉の気配が消えた。</div> <div> </div> <div> 後ろにいないなら、前か。</div> <div> 分かったところで、もう逃れることは出来なかった。</div> <div> 長門は姿を見せない。</div> <div> </div> <div> だが、オレが予想していた展開とは異なっていた。</div> <div> </div> <div> 超高速で正面に回り込んだ朝倉は、オレの腕を掴んで逃れられないようにしているものの、それ以上のことはしない。</div> <div> </div> <div> 一瞬、どうすればいいのか分からなかったが、急いで朝倉を振り払った。</div> <div> 少しだけ距離をとったが、朝倉からすればいとも簡単に手が届く程の距離しかない。</div> <div> 朝倉は終始無言だった。</div> <div>「どういうことだ」</div> <div>「……」</div> <div> 答えようとしない。無言を貫くのも奇妙だったが、表情もないに等しかった。全くもって朝倉らしくない。</div> <div> この世界の朝倉はたまに黙り込んでしまうのだろうか。それが分からないから自分の元居た世界の朝倉を基準にしてしまうのだが、</div> <div>「昨日っからおかしいとは思ってたんだが、どうしたんだ?」</div> <div> 基準が違っていようが、昨日と比べたらおかしいのは一目瞭然だ。</div> <div> </div> <div>「昨日貴方に会った後に指示があったのよ」</div> <div> ようやく話し始めた朝倉であったが、表情は相変わらずといったところだ。</div> <div>「『排除』と、それだけだったわ」</div> <div> </div> <div> 今日のことは関係なく、それ以前に排除命令が出されていたのか。</div> <div> </div> <div>「どうすればいいと思う?」</div> <div> 人知を超えた力を持つ宇宙人にしては、あまりにも、稚拙な質問だ。</div> <div>「はぁ?」</div> <div> それは刺される側にわざわざ訊くことか。</div> <div>「そんなの、答えはNo.に決まってるだろ。刺されたいなんて思うわけないだろう」</div> <div> </div> <div> 何故、こんなことを訊くのだろうか。</div> <div>「お前個人としては、どうしたいんだよ」</div> <div> 答えようとはしないが、視線が下がった事から否定できないのだろうと判断した。</div> <div>「お前、迷ってるのか?」</div> <div> そう言うと、ようやく朝倉に表情らしい表情が現われた。しかしそれは、困惑の表情だった。</div> <div>「これは私が属する一派だけではなくて、多数の派閥の支持を得た結論なのよ。その命令に背いたら、どうなることか……」</div> <div>「長門みたいに、思い切った行動は出来ないってことか」</div> <div> すると、「そうね」といって僅かながら笑顔を見せたが、いつものような怪しい微笑みとはまるで違っていた。</div> <div>「迷ってるってことは、今も答えは出てないんだな?」</div> <div> </div> <div> 一歩、二歩、少しづつ後退しながら尋ねてみる。</div> <div> </div> <div> 答えは、</div> <div> </div> <div>「…………」</div> <div> </div> <div> 右手に握られたナイフが示していた。<br /><br /><br /><div> <div>8,</div> <div> </div> <div> オレの数歩先を行く長門は、何も言おうとはしない。</div> <div> エレベータが上昇する間も、通路を歩いている間も、その場から逃げだしたいような沈黙が支配していた。</div> <div> 移動中に長門が話すことはないのだが、通常のそれとこの沈黙は別物である。</div> <div> </div> <div>「なあ、長門……助けてくれて、ありがとな」</div> <div> </div> <div>「……」</div> <div> </div> <div> 怖い。</div> <div> 返事が無いのである。</div> <div> </div> <div> 長門が口を開いた時には、オレの先程の言葉の返答であるとは言えないほどに時間が経過していた。</div> <div>「何故、涼宮ハルヒとの接触が避けられなかった」</div> <div> 自問のようにも聞こえた。</div> <div> </div> <div> </div> <div> あの時は、本当にもう駄目だと思った。</div> <div> 迷いつつも、朝倉は決心してしまっていたのだ。</div> <div>「やっぱりそうなるのか」</div> <div>「そうね」</div> <div> オレが後ずさりするのと同じくらいの遅さでじりじりと迫ってきていた。</div> <div>「長門さんは喜緑さんによって部屋に閉じ込められているの。この邪魔をしないように」</div> <div> オレがきょろきょろとあたりを見回していたため、長門の姿を探していたのが分かってしまったようであった。</div> <div> </div> <div> どうするったって、こんな住宅地じゃどうにも……。</div> <div> 足が止まった。まるで泥沼にはまったように足が動かない。</div> <div> 判断に迷っていた。どのみち逃げられそうになかった。</div> <div> </div> <div> オレが逃げるのを止めているにもかかわらず、朝倉の動きは変わらない。</div> <div> ゆっくりと確実に、という言い方は不適切なのかもしれない。以前はとんでもない勢いでナイフをふるっていたしな。</div> <div> まだ迷いが残っているのだろうか。</div> <div> </div> <div>「待って」</div> <div> </div> <div> オレがどれだけ、それを待っていたことか。</div> <div> 喜緑さんに足止めされているという長門が、朝倉の後方にいた。</div> <div> </div> <div> 何故か、朝倉の表情が変わった。しかし、それを振り払うようにして言った。</div> <div> </div> <div>「また邪魔をするの? 相変わらずね」</div> <div> 長門は、何も言わなかった。</div> <div> </div> <div> むごい。</div> <div> 痛快とかそんなものは微塵も感じられなかった。</div> <div> </div> <div>「お、おい」</div> <div>「貴方も、私の邪魔をする」</div> <div> そう言いながら、地面に横たわる朝倉に近づいていく。</div> <div> どうしてだか、このままではまずいと思った。</div> <div>「長門、まさかお前、イラついてるのか?」</div> <div> 長門が足を止めた。それとほぼ同時に朝倉が起き上がっていた。</div> <div> しばらくの静寂。何もかもが静止していた。</div> <div> </div> <div>「貴方を守ると、そう言った筈。だかr」</div> <div>「言っただろ、無理するなって」</div> <div>「していない」</div> <div>「いいや、してるな」</div> <div> 静寂から、突如としての応酬。</div> <div> </div> <div> その間、朝倉は立ち上がってはいたがその場から動くことはなかった。オレ達の様子を見守っているようでもあった。</div> <div>「苛立ってないか?」</div> <div>「無い」</div> <div>「……そうか」</div> <div> </div> <div> オレも、下手に口を出すことが出来なかった。今とりあえず出来ることは、この状況を変えるということ。</div> <div> 朝倉に歩み寄り、こう忠告した。</div> <div>「万一まだ迷っているのなら、オレから一つ提案してみるが、関わらない方がいいかもしれないぞ」</div> <div> すると、困惑の表情を浮かべた。</div> <div>「でも、命令には従わないと……」</div> <div> 長門に睨まれ、それ以上を言うことはなかった。</div> <div>「長門、朝倉が命令に従わなくて済むようにはできないのか」</div> <div>「本人次第。私が関与できない範疇」</div> <div>「そうか。まあ、今夜にでも良く考えておいてくれ、今後どうするのか」</div> <div> オレは立ち尽くしている朝倉を背に歩き始めた。その場からはなれる、現状打破にしては幼稚な手段だ。</div> <div> </div> <div> 一度も振り返らなかったので、その後、朝倉がどうなったのかは分からない。</div> <div> オレが先に歩いていたはずなのに、途中からは長門がオレの前方にいた。何か考えながら歩いていて、オレの歩くペースを見ていなかったのだろう。</div> <div> </div> <div>「苛立ち……」</div> <div> </div> <div> 何か呟いていたが、それだけしか聞こえなかった。</div> <div> </div> <div> </div> <div> で、帰宅した後も何も話そうとはしないのだ。夕食時も、入浴後も、ずっとこの調子だ。</div> <div> </div> <div>「長門、何か悩んでることがあるのなら言ってもいいんだぞ。勿論、オレに対する不満でも何でもいい」</div> <div> 躊躇いながらもそう言ってみたものの、返ってきたのはいつになく無機質な返答だけだった。</div> <div>「ない、おやすみ」</div> <div> そう言って背を向けて一歩。オレは背後から抱きしめ、動きを止めさせていた。</div> <div> </div> <div>「放して」</div> <div>「やだね」</div> <div>「命令」</div> <div>「従うもんか」</div> <div> 言葉ではそう言っているものの、動きでは全く抵抗していなかった。</div> <div>「ごめんな」</div> <div>「何故謝る」</div> <div>「お前に頼られっぱなしじゃダメなんだよな、もっと互いに協力しなきゃならないんだよな」</div> <div>「私は貴方を守r」</div> <div>「だったら」</div> <div> 意図したわけでもなく、アクセントをつけていた。</div> <div>「オレもお前を守れるようにならないと」</div> <div> </div> <div> </div> <div>―――</div> <div> </div> <div>「あの子はもう寝たの?」</div> <div> </div> <div>「1時間前に就寝した」</div> <div> </div> <div>「そう」</div> <div> </div> <div>「ごめんなさい。あれは過剰だった」</div> <div> </div> <div>「いいのよ、ちょっと痛かったけど。それより、どうして遅れたのよ、事前に言っておいたのに」</div> <div> </div> <div>「妨害が想定外の規模だった」</div> <div> </div> <div>「でも、今回はなんとか最悪の事態は回避できたのね」</div> <div> </div> <div>「……」</div> <div> </div> <div>「何かしら」</div> <div> </div> <div>「貴方はいつまでそれを貫くつもり」</div> <div> </div> <div>「……」</div> <div> </div> <div>「形だけでは従っている。でも、貴方がしていることは」</div> <div> </div> <div>「言わないで」</div> <div> </div> <div>「統合思念体に反発し独断行動を続ける私への協力」</div> <div> </div> <div>「……やめて」</div> <div> </div> <div>「私と同等の処分の可能性も」</div> <div> </div> <div>「止めてって言ってるじゃない」</div> <div> </div> <div>「……」</div> <div> </div> <div>「長門さんも、なかなか容赦ないのね」</div> <div> </div> <div>「私は警告をしているだけ」</div> <div> </div> <div>「私も、最初はそのつもりだったんだけどね。私、どうなっちゃったんだろ」</div> <div> </div> <div>「未遂であっても殺害を試みたことは事実。まだ貴方を信用できない」</div> <div> </div> <div>「あら、そう?」</div> <div> </div> <div>――――――</div> <div> </div> <div> </div> <div> </div> <div> 白昼どうどう起こっているこの惨劇に対して、</div> <div> </div> <div> 長門の右手には包丁が握られていた。その刃が外から差し込む光を反射してぎらりと輝いている。</div> <div> その輝きは、銀色ではなく赤色。</div> <div> </div> <div> 何が起こったのか、理解するのに時間を要した。</div> <div>「ハルヒ!」</div> <div> 腹部を両手で押さえて苦しんでいた。その両手の指の間から、絶えず血が流れていた。</div> <div> </div> <div> 制服を引き裂き、それを巻きつけて縛り止血を試みる。しかし瞬く間に布切れは真っ赤になり、真っ赤な液体が染み出ていく。</div> <div> </div> <div> それでも長門は、包丁を握ったままこちらへ近づいてくる。</div> <div> </div> <div> どうしてこんなことになっているんだ?</div> <div> </div> <div> ここに避難すれば安全などと言ってこの部屋に誘導したのは長門、お前じゃなかったのかよ!!</div> <div> </div> <div> 俺は長門の前に立ちふさがると、そのまま掴みかかった。</div> <div>「長門! こんなことして良いと思ってんのか!!」</div> <div> </div> <div> 長門は、全く反応してくれない。</div> <div> </div> <div> 遂に、統合思念体の側に堕ちたのか。</div> <div> </div> <div> 指示にのみ従うそれは、さながら、機械だった。</div> <div> </div> <div>「あれは嘘だったのかよ!!」</div> <div> 肩を掴んでいくら激しく揺さぶっても、長門の表情は一切変わることはなかった。</div> <div>「答えろよ!! 長t……」</div> <div> </div> <div> その時、天地が逆転した。オレは吹き飛ばされていたのだった。</div> <div> 肘や膝に痛みを感じながらもすぐに姿勢を立て直したので、何があったのかはすぐに判明した。</div> <div> </div> <div> ハルヒがオレを突き飛ばし、</div> <div> </div> <div> 再び長門に刺されていた。</div> <div> </div> <div>「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」</div> <div> </div> <div> もう、言葉になっていなかった。裏返ってかすれた叫び声が反響した。</div> <div> </div> <div> 長門は、殺人機械へと変貌したまま戻ることはなかった。</div> <div> 刃がハルヒの身体から抜かれると、そこから血が溢れていた。</div> <div> 崩れるように床に倒れていくハルヒに駆け寄る。</div> <div>「どうしてだよ……」</div> <div> </div> <div> さっきまでオレの呼び掛けに応えることも出来なかったはずなのに、</div> <div> </div> <div>「どうしてそこまでしてオレを守ろうとしたんだよ!!」</div> <div> </div> <div> オレの両手は真っ赤になっていた。</div> <div>  瀕死になりながらも、ハルヒは手を伸ばしてオレの頬に触れた。オレの顔は血と涙でぐちゃぐちゃだったにもかかわらず、ハルヒは手を離すことはなかった。</div> <div> それは、オレも全く同じであった。</div> <div> </div> <div>「アンタ……だけでも……助かってほしいから」</div> <div> </div> <div>  それに対して、オレはどう返したのだったか。もう、覚えていなかった。だが、その後の最期の言葉だけははっきりと、脳髄にまで刻み込まれている。</div> <div> </div> <div>「生きて!」</div> <div> </div> <div> </div> <div>――――――</div> <div> </div> <div> </div> <div>「はぁっ、はぁっ……」</div> <div>「深呼吸して。そう、ゆっくり」</div> <div> 彼女が胸に手を当てて呼吸を整えている間も、私は彼女に触れることが出来なかった。</div> <div> </div> <div>「……はぁ、ひっでぇ夢だよ全く。忘れたいところをピンポイントで見せやがる」</div> <div> </div> <div> 心拍数は異常な数値を示している。発汗も異常な量。</div> <div> 彼女の精神は非常に不安定になっている。度合も、毎晩悪化の一途をたどっている。</div> <div> 現時点では学校にいる間は異常は見られない。恐らく、私と二人だけになるこの空間にいる間のみ、精神が不安定になるものと思われる。</div> <div> </div> <div> 私に対する恐怖心は、根幹から取り除くことが出来ていない。</div> <div> </div> <div> 今の彼女に触れることは出来ない。</div> <div>「いや、いい……大丈夫だ」</div> <div> そう言って彼女は私が触れることを拒む。私から離れようとする。</div> <div> </div> <div>「いつになったら、安眠できるんだよ全く……」</div> <div> </div> <div> 心拍数は未だに安定しない。</div> <div> </div> <div> </div> <div> </div> <div> </div> <div> </div> <div> </div> <div> 今の私には、何もできない。 <div> </div> <div><span> </span>9,</div> <div> </div> <div><span> </span></div> <div> </div> <div> <div> </div> <div> </div> <div>  俺と古泉は腕を組んだりうなりながら黒板を見つめる。そしてカツカツというチョークで乱暴に書く音がたまに部室に響く(長門の読書の邪魔にならない程度に)。</div> <div> 黒板を使った、フィールド無限の五目並べをしているのだ。</div> <div>「三三だぞ」</div> <div> 俺がそう言うと、古泉は慌てて先ほど書きこんだ「バツ」を消した。その瞬間、自分が見逃していた箇所を見つけて拍動が大きくなった。</div> <div> 気付くな、そのままだ……。</div> <div>「おや、こんなところに」</div> <div> 古泉は気付いてしまった。腹が立つほどの笑顔でそこに×印をつけたことによって古泉が四三で勝ってしまったのだ。</div> <div>「わざとらしい言い方だな。ちくしょう……」</div> <div> </div> <div> 黒板を埋め尽くそうとしていた大量の○と×を消していると、朝比奈さんがやってきた。</div> <div>「遅れてすm、あれ、涼宮さんはまだでした?」</div> <div>「そうですね、まだ来ていないですがどうしたのでしょうか」</div> <div> </div> <div> 朝比奈さんが「どうしたのでしょうか」と言った直後、部室に爆音が轟いた。</div> <div>「っじゃーん!」</div> <div> 威勢のいい声とともに、跳ねるように扉が開いた。</div> <div> ハルヒはとんでもない土産付きでやって来ていた。</div> <div> 全員の視線が、そこに注目する。ハルヒはそれを興味からだと思っていたかもしれないが、そうではない。</div> <div> ハルヒが昨日話題にしていた転校生、杉浦桔梗がヘッドロックされた状態で連行されていたのだ。</div> <div>「ずっと独自に調査してきたんだけど、やっぱり只者じゃないわ!」</div> <div> 独自にって……だからあの二日間部室に来なかったのか。</div> <div> 「だって凄いのよ! 転校してきたばっかりなのに、この学校のことは大体知っているし、何より注目すべきことは、あっという間にクラスのリーダー格にまで上り詰める事の出来たその姉御肌!」</div> <div>「姉御肌?」</div> <div>  ハルヒはその状態のまま部室中央へと歩きながら、興奮冷めやらぬ様子で調査結果を報告する、ちょっとは落ち着いたらどうだ。未だにヘッドロックされたままのメアリーも呆れた様子でハルヒの熱弁を聞いていた。</div> <div> </div> <div> お前、リーダー格なのか? 一方の俺は何とも普通なんだが。</div> <div>「面倒臭そうな態度をしながらもしっかり世話を焼く『姐さん』なのよ! SOS団に吸収すべき新ジャンル! その名もダルデレよ!」</div> <div> なんだそれは。恐らく、メアリーも俺と同様の感想だったのではないだろうか。</div> <div> 一人称が「オレ」であることも、今や絶滅危惧種となっている「俺っ子」だとかいって絶賛していた。</div> <div> </div> <div> 俺はハルヒの熱弁に呆れているだけであったが、他の三人はそんなことでは済まされないだろう。</div> <div> 機関や長門のパトロンにとって最も起こってほしくない方向へとさらに進んでいったことになる。</div> <div>  メアリーがハルヒと接触することだけは避けたいとしていた機関、過去を修正するかもしれない未来人組織。この二つの勢力が大きく動いてくる可能性が出てきたのだ。</div> <div> </div> <div>  メアリーがこの世界で生きるために新たにつけられた名前、杉浦桔梗というのを知ったのはつい先日だったから、まだメアリーと呼ぶ方がしっくりくる。</div> <div> あの名前はメアリー自身が決めたのだろうか、もしや長門が……? まさか。</div> <div> </div> <div> 長門は今になって共同生活をしていることをハルヒに言った。ハルヒはようやくヘッドロックをやめ、長門の話に聞き入っていた。</div> <div>「えーっ!?」</div> <div> ハルヒが大声で言う。耳元で大声を出されても長門は一切動じない。</div> <div>「有希と一緒の部屋で生活してるの!? 何で言ってくれなかったのよ!」</div> <div>「彼女は両親とは離れて暮らしている。ここは彼女にとって全く未知の場所。だからしばらくは自分のクラスに慣れてから紹介するつもりだった」</div> <div> ハルヒから解放されたメアリーは俺達を見ている。</div> <div> その視線は、『これからどうすればいいか』と尋ねているようにも見えた。</div> <div> </div> <div> </div> <div>―――</div> <div> </div> <div> 何故だか知らんが、出来るだけ早く帰宅するようにと長門に言われた。</div> <div> なので今日は放課後すぐに一人で帰ることになったのだが、まさか二日連続で宇宙人の襲撃はあるまい。</div> <div> 上履きを仕舞った時、そこにメモ用紙があるのを見つけた。ぐしゃぐしゃに丸められてはいないからゴミではなさそうだ。</div> <div> 何が書いてあるのか、興味半分でそれを手に取ると、それはオレに宛てられたものであった。</div> <div> この世界の未来人は、こうやって「オレ」に連絡をしていたのか、そう感心してしまった。</div> <div> </div> <div> </div> <div>『あの時はごめんなさい。</div> <div> でも、そうしなかったら涼宮さん自らが杉浦さんに接近して、もっと大変なことになっていたかもしれなかったんです。</div> <div> だから、偶然見かけて接触したという形に持ち込むためにあの方法を取らざるをえませんでした。</div> <div> でも、事態が大きく動いてしまったことには変わらないですよね。昨日は大変だったと聞きました、本当にごめんなさい。</div> <div>  未来で何か問題が見つかって対応しなければいけなくなっても、私が直接関わることは難しくなってしまったので、今後もこのような方法になるかもしれません。</div> <div> この手紙のこと、長門さんにはナイショにしてくださいね。』</div> <div> </div> <div> その紙の一番下に、こう書いてあった。</div> <div> </div> <div>『なにか隠し事、ありませんか?』</div> <div> </div> <div> 未来人からのアドバイスであろう。朝比奈さん、結構鋭いですね……。</div> <div> 何だろうか、この隠し事やらのせいで何か未来で良くないことがあるのだろうか。</div> <div> </div> <div> ずっと昇降口で立っていてはまずい、早く帰らなければ。そう思って手紙を鞄に仕舞い、靴を履こうとしたその時だった。</div> <div> 背後から、何か迫っていた。</div> <div>「ちょっといいかしら」</div> <div> </div> <div> ……これのことか。すまん、長門。</div> <div> </div> <div> </div> <div> ハルヒに拉致されたオレは、そのまま部室に連れて行かれ、この世界のSOS団の面々に紹介されることとなったのであった。</div> <div> オレがクラスのリーダー格だとか、新ジャンルとか、絶滅危惧種だというのにはいまいち納得できなかった。</div> <div> 嬉しいと言えば嬉しい。別世界とはいえ、ハルヒとまた部室で一緒にいられたのだから。</div> <div> だが、長門はこれだけは許さないだろう。実際、まだ解散していないのに長門はオレを引っ張って先に部室を出てきてしまったのだ。</div> <div> </div> <div>「長門、本当にすまん。ちょうど昇降口でh」</div> <div>「起きてしまったことは仕方ない。しかし、良いことではない」</div> <div> 意外な答えだった。もっと起こっているかと思っていたから。オレは恐る恐る尋ねた。</div> <div>「なあ、これから、どうなっちまう?」</div> <div>「恐らく、機関が真っ先に動く。まだ大丈夫、想定の範囲内」</div> <div> </div> <div> まだ、という言葉が、オレを不安にさせる。だが、それを口に出してはいけない。</div> <div>「止まって」</div> <div> いつもより早足で歩いていた長門が突然立ち止った。</div> <div>「貴方はここから、一人で帰って」</div> <div>「だ、大丈夫なのか? ただでさえあんなことがあった直後だというのに」</div> <div>「これから起こる可能性のある事態の悪化を最小限のものにするために、朝比奈みくるから頼まれた」</div> <div> 朝比奈さんが……?</div> <div> あの置手紙といい、長門との連携といい、そんなに大事なことがあるのか。</div> <div> </div> <div> </div> <div> </div> <div>「健闘を祈る」</div> <div>「え、ちょ、どういうことだ長門、おい」</div> <div> 長門は返事することなく、そのまま歩いて行ってしまった。</div> <div> </div> <div> 何をどうすればいいのか、それも、未来にかかわる重要なことを……。</div> <div> その場で立ったまま、どうすべきか考えていると、呼びかけられた。</div> <div> </div> <div>「メアリーさん、ですね」</div> <div> </div> <div> 振り返ったその時、大体の理由が分かってしまった気がした。</div> <div> </div> <div>「それとも、杉浦さんとお呼びした方が良かったですね」</div> <div> </div> <div> その笑顔をみて、オレは表情が緩みそうになったのを抑えていた。</div> <div> </div> <div>「ああ、どうしたんだ?」</div> <div> </div> <div>「古泉一樹」</div> <div> わざとらしいその呼び方に対し、古泉は黙っていた。</div> <div> </div> <div>「わざわざフルネームで呼んでやっているのに、何驚いてんだ」</div> <div> 一瞬だけ引き締まった表情を緩め、再びあの笑顔を見せた。</div> <div>「いえ、本当に異世界人なのですね」</div> <div> そう言って両手を上げてみせるその仕草も、あの世界と一緒だった。</div> <div>「人は初対面の人を前にすると、特徴を押さえようと視線が上下に動くものです。しかし、貴方にはそれが全くありませんでした」</div> <div>「ほう、それは面白い豆知識だな」</div> <div>「そう思っていただければ嬉しいです」</div> <div>「初対面だけど、初対面じゃないんだよな」</div> <div> 自分で言っておいて、自分に突き刺さる。なんたる自爆。</div> <div> 俺はあの手紙のことを思い出していた。</div> <div>「なあ」</div> <div>「なんでしょうか」</div> <div> 隠し事、か。確かに、伝えられないままだったから、隠してたも同然だよな。</div> <div> 朝比奈さん、やっぱり、これのことなんですか? これを伝えないと、未来で大変なことになるんですか?</div> <div> もうここまできたら言うしかない。オレは気を引き締めた。</div> <div> </div> <div> </div> <div>「どうしてオレのところに来たんだ?」</div> <div>「朝比奈さんに言われまして。何か重要なことがあるとだけ言っていましたが」</div> <div>  古泉は「困りました」とでも言いたそうだ。オレだって困ってるんだ。どれだけ入念にセッティングされているんだと、呆れつつ感謝しつつ、何でこんなことをしなければならないんだと思いつつ、</div> <div> </div> <div>「前世で言えなかったことを、お前に伝えても、いいか?」</div> <div> </div> <div>「何でしょうか、内容にもよりますが僕が出来る範囲内であれば協力いたします」</div> <div> </div> <div> </div> <div>「最期にでも言っておけば良かったんだろうけど、その前に殺されてな……」</div> <div> </div> <div> 自嘲し始めたオレを見て、古泉は少し表情を歪める。</div> <div>「一樹」</div> <div> 名前で呼ばれ、古泉は意表を突かれたようだった。これくらいで動揺するなよ、これからもっと大変なんだぞ。</div> <div>「何でしょうか」</div> <div>「お前のことが好きだったんだよ!!」</div> <div> </div> <div>「…………」</div> <div> </div> <div> ああ、予想通りといえば予想通り。瞬間的に建てられたシナリオ通り、完璧。</div> <div> 朝比奈さん、やっぱりこれ、キツイです……。</div> <div> もちろん、一樹は困惑一色だった。</div> <div> </div> <div>「それは、報告された内容には一切ないことですね」</div> <div> この場でもジョークがいえるのは、流石だよ。</div> <div> 「そりゃそうだろうさ。いつか言わなきゃとは思ってたんだけどな、言う前に古泉は死んで、世界も滅んじまった。そこでオレも死んでたなら、諦めもついただろうさ」</div> <div> だが、そういって自嘲の句を並べていると、いつのまにやら、羞恥などどこかへ消し飛んでいた。</div> <div> どうして目の前にいる奴の顔を見ていることが出来ないのだろうか。</div> <div> もう一度顔を上げて、あいつを見ようとしたが、視界はいつの間にやら溢れていた涙で歪んでいて何も見えなかった。</div> <div>「だけどな」</div> <div> 袖で乱暴に涙を拭くと、真っ直ぐあいつを見た。でも、数秒しか見られなかった。</div> <div>「目の前にいられちゃ……やっぱ耐えられん……」</div> <div> </div> <div> オレはふらふらと歩いていくと、古泉の胸に顔を押し付けていた。古泉は、それを拒むことはなかった。</div> <div>「初めて会う方に、このようなことをされるのは初めてですね」</div> <div>「……すまんな。全く知らん奴からいきなりこんなことされて、戸惑うだろ」</div> <div>「貴方とお話ししたのも先程が初めてですから、正直に言わせて頂くと、まだ完全には理解出来ていないかもしれません」</div> <div>「それでいいさ」</div> <div>「本当に、『僕』でよろしいのですか?」</div> <div>「構わないさ」</div> <div> しばらく胸を借りた。その間、古泉はオレの肩に手を乗せていた。</div> <div> </div> <div>「今後会ったとしても、こんなに親密にはならないかもしれないな」</div> <div>「かもしれませんね」</div> <div> 冷静になると、やっぱりあの時の場面は思い出したくないものであった。</div> <div>「だーくそ恥ずかしい! いいか、さっきのことは忘れろ! いいな!?」</div> <div>「残念ながら、強烈な印象を与えていただいたので簡単には忘れられないでしょう」</div> <div>「誰にも言うなよ、それだけは約束してくれ」</div> <div>「それなら僕にも出来そうですね」</div> <div> とはいえ、やっぱりそんな笑顔で見られるのには堪えられん。</div> <div>「最後に一つだけ言わせて下さい」</div> <div> 呼びとめられて、振り返った。</div> <div>「まだ会って間もないですが、貴方は綺麗な方だと、そう思いますよ」</div> <div>「ありがとう」</div> <div> そして、あの世界の古泉一樹に別れを告げた。</div> </div> </div> <div> <br /><br /><div> <div>10,</div> <div> </div> <div> 部室でのいつもの光景。</div> <div> </div> <div> 正面には古泉の姿があり、俺と二人でバックギャモンをしている。</div> <div> 横を見れば、ハルヒが団長席でパソコン画面とにらめっこをしている。</div> <div> 朝比奈さんはメイド姿でお茶を淹れている。</div> <div> 長門はその横で椅子に座って本を呼んでいる。</div> <div> そして新たにSOS団に加わった杉浦の姿もある。俺たちのゲームにちょっかいを出したり、ハルヒや朝比奈さんに話しかけたりと動き回っていた。</div> <div> 新しく入ったばかりだというのにすっかりなじんでいた。まあ、彼女が以前いた世界でもSOS団にはいたのだが。</div> <div> </div> <div> その光景が夢であったことはその直後の衝撃と苦しみが教えてくれた。</div> <div> </div> <div>「ぐふぉっ……」</div> <div> </div> <div> </div> <div> なかなか目覚めない俺に対して妹が行ったボディプレスを受け、まことに心臓に優しくない目覚めをしたのであった。</div> <div> </div> <div>「あれ?」</div> <div> </div> <div> しかも当たり所が悪かったらしく、俺はしばらくの間起き上がることが出来なかった。</div> <div> この呼吸をすることさえ苦しい痛みを与えた当事者は、逃げた。</div> <div>「待て、こら……」</div> <div> とはいえ一目散に逃げる妹を追いかけることすら出来ず、腹部が押しつぶされたかのような痛みから解放されるまでは動くことが出来なかった。</div> <div> 痛みがおさまるまでの長い長い十数秒が経過した後、ようやく起き上がると、携帯に未読メールがあった。</div> <div> </div> <div> </div> <div> 古泉からか、一体何だ?</div> <div> </div> <div> </div> <div>『口頭では話しにくいことなので、メールという形をとらせていただきました。</div> <div> 杉浦さんは貴方にそっくりだと長門さんからは聞いていましたが、決定的な違いが見受けられました。</div> <div> </div> <div> 貴方と違って、結構素直な方ですよ。』</div> <div> </div> <div> </div> <div> 眉間にしわが寄るのが分かる。</div> <div>「なんだこれは」</div> <div> 思わず口に出して言ってしまったではないか。この野郎。</div> <div> 朝から何が言いたいんだお前は。</div> <div> 古泉からの意味不明なメールのお陰で朝っぱらから機嫌はあまり良くなかったのである。</div> <div> </div> <div> </div> <div> ボディプレスをくれた妹にはきっちりとお返し(詳細は言いたくないが別にやましいことなど無い)をしてから学校へ向かった。</div> <div> 道中、頭の中に浮かんでいたのはあの夢の光景だった。果たしてメアリーがSOS団に入るということがあるのだろうか。</div> <div> 本人はそれを希望している。が、長門はハルヒへの影響を警戒してそれは推奨しない。</div> <div> </div> <div> とうやったら、あいつが入団することが出来るのだろうか。脳内の会議室で様々な意見が飛び交っているうちに、学校に到着していた。</div> <div> </div> <div> 教室へ行くと、俺の後ろはまだ空席。ハルヒはまだ来ていないようだった。</div> <div> とりあえず鞄を置いて席に座る。</div> <div> </div> <div> 前方では、朝倉が珍しく机に伏していた。</div> <div> 朝倉も、俺達とは違った形でメアリーの件について関わっているから、それのことで忙しいのかもしれない。</div> <div>  どういった立場かは明確ではないにしても、完全に反対ではないようであるのは今までのことからして分かる。ちょっとした襲撃未遂はあったようだが、機械的に従っただけで本人の意思が伴っていなかったということを長門から聞いている。</div> <div> あいつも味方に取り込むことが出来たら、状況は変わるのではないか。</div> <div> </div> <div> </div> <div> その時、ハルヒが何やら苦悶の表情をこれでもかという程に見せつけながらやってきた。</div> <div> そしてどかっという音とともに、崩れるようにして椅子に座りそのままの勢いで机に額を打ち付けた。痛そうな音だ。</div> <div>「朝からどうした」</div> <div>「ああダメ、全然ダメ」</div> <div> いきなり完全否定とはこれいかに。</div> <div>「一体何がどうダメなんだ」</div> <div>「杉浦さんを入団させるための決定打が無いのよ」</div> <div> 決定打? 決定打も何も、いっつも通りに無理矢理にでも引っ張ってくればいいじゃないか。</div> <div> そう言った途端、瞬間的に頭を上げてこちらを睨んできた。</div> <div>「その言い方何よ、まるであたしが傍若無人みたいじゃない。言っとくけどね、あたしはこの団のために必死になって動いているよ? 」</div> <div> そして最後に、次回おごり決定ね、というお言葉をいただいた。何故だ。</div> <div> </div> <div> </div> <div>「今までとは都合が違うのよ。だって最初に会ったのがあれよ?」</div> <div> 実際に見たわけではないので詳細は分からんが、杉浦が朝比奈さんに絡んでたと言ってたな。</div> <div>「そうよ、その時、あたしが何をされたか知らないでしょ?」</div> <div> さっきまでの崩れた砂山のようになっていたテンションはどこへやら。今ではもう立ちあがっていた。</div> <div>「頭を撫で回されたのよ!」</div> <div> ……メアリー、お前は一体どうしてそのような行為に及んだ。</div> <div> というかハルヒは落ち着け。寝ていた朝倉もいつの間にか起きていてこっちを見ていた。何だその顔は、ニヤニヤするな。</div> <div>「ちょっと聞いてるの!?」</div> <div> 聞いてるから落ち着いてくれ。</div> <div> </div> <div> </div> <div> 残念なことに、しばらくのハルヒの熱弁はチャイムとともに中断された。</div> <div>  それからのハルヒはずっと考え込んでしまっていた。授業もそっちのけでメモ帳を何度も見返しながら書き込みを繰り返していた。休み時間の間もその様子は変わらなかった。</div> <div> 流石に昼食はとっていたが。その間もメモを見ていたし食べ終えるや否や教室を飛び出して行った。</div> <div> </div> <div>  昼の授業開始直前に戻ってきたが、メアリーに交渉をしに行って失敗したらしく、「まだダメだった……」という言葉とともに今朝教室にやって来た時と同じ調子で机に額をぶつけた。</div> <div> それからはずっとテンションはそのままで、ピクリとも動かなかったが 放課になってすぐに突然エンジンがかかったようだった。</div> <div> ハルヒは俺が何か言う前に鞄を掴むと教室を飛び出して行った。またメアリーに入団するよう交渉しに行ったのだろう。</div> <div> ハルヒはなかなか諦めないようだが、ハルヒの希望は簡単には叶わないだろう。</div> <div> 先述のとおりだが、本人には入団したいという思いはあるだろう。しかし、それがハルヒに対してどう影響を与えるか分からない。</div> <div> 失敗した、では許されない事態になる可能性だってないとは言えないのだ。だから接触自体出来るだけ避けるべきと長門は主張していたのだろう。</div> <div> 入りたいと思っている上に、ハルヒから直々に誘いが来ている。にもかかわらずそれを断らなければいけないというのは辛いことなのだろうな。</div> <div> </div> <div> </div> <div> 教室においてけぼりになった俺はまた一人で部室に向かっていた。その道中、古泉に出会った。</div> <div>「おや、ちょうど僕も部室へ向かっていたところです」</div> <div>「今日はハルヒは来るのが遅くなるぞ」</div> <div>「おや、伝言ですか」</div> <div>「いや、鞄を持って真っ先に飛び出していったから、メアリーの説得にでも向かったんだろう」</div> <div>「そうですか」</div> <div>「おい、朝のメールは一体どういうつもりだ」</div> <div> </div> <div>「どういうと言われましても」</div> <div> 何だその深い事情が無い方がおかしい言い方は。</div> <div>「まあ、忘れてくださっても結構です」</div> <div> ますます怪しいな。</div> <div>「何が怪しいのですか。言いたいことはあの内容そのものがはっきりとあらわしていると思うのですが」</div> <div> ……そうか。</div> <div> </div> <div> </div> <div> その話題は、部室に入った瞬間に頭の中から吹き飛ばされてしまった。</div> <div> 部室に入って真っ先に目に入った光景は、</div> <div>「どういうつもり」</div> <div> 長門が朝比奈さんに詰め寄っているというものであった。</div> <div>「こうするのが最善なんです」</div> <div>「ちょっとどうしたんですか二人とも」</div> <div> 念のために二人の間に入って距離を離した。</div> <div> しかしその間にも、朝比奈さんは反論を続けた。どうしてこんな激しいにらみ合いになっているんだ。</div> <div> 「涼宮さんが杉浦さんに興味を持つことは避けられません。それに、まだまだ表面化していない問題が山積しています。それらを少しでも早く解決していくことが必要なんです」</div> <div> 俺は朝比奈さんの言葉を遮ることが出来なかった。その視線がとても強かったせいだと思う。</div> <div> 俺には睨みあう二人の間でもみ合いになるのを防ぐことしか出来ていなかった。</div> <div>「だから、今は杉浦さんにとっては辛くなってしまうんですが、それをしなければならないんです」</div> <div> 一方で古泉が長門をなだめている。その間も朝比奈さんは意見を述べ続けるので、古泉も詰め寄ろうとする長門を止められずにいた。</div> <div>「私は、貴方達の予測を信用できない」</div> <div> 長門の鋭くなった視線にも負けじと主張を続けていた。</div> <div>「だから、秘密裏にしたかったんです。でも、長門さんにも協力してもらわないといけなかったんです」</div> <div> その時、古泉が驚いたような口調で割って入った。</div> <div>「朝比奈さん。まさか、『あれ』が重要なことなのですか?」</div> <div> それまで言い合いが続いていた部室を一瞬にして静寂が包み込んだ。</div> <div> 朝比奈さんは一つ大きく呼吸すると、</div> <div>「ああいうことも重要なんですよ?」</div> <div> 天使の笑顔で答える。だが何のことを言っているのか俺にはさっぱり分からない。</div> <div> すると、俺の心情を読み取ったのか、長門がこう言った。</div> <div>「そう、知らないのは貴方だけ」</div> <div> 俺だけが知らないってどういうことなんだ……?</div> <div> 古泉は何か取りみだしているようにも見えるし、朝比奈さんが笑顔になっているというのも気になる。</div> <div> だが、それについて問いただそうとしたその時、古泉が「ところで」という話題提議の接続詞を使って話を切った。</div> <div>「杉浦さんのことに関して、僕から報告したいことがありまして」</div> <div> ……これはオレが割り込むわけにはいかないか。古泉、後で覚悟してろよ。</div> <div>「どうしたんだ、お前のところも黙ってはいられなくなったのか」</div> <div>「ええ、杉浦さんと涼宮さんとの距離が急激に縮まってしまった訳ですから」</div> <div> 続けて「それに」と言ったがそこで首を横に振って何でもありませんと言った。やっぱり何か隠してるだろ。</div> <div>「未来人組織の人員がこの時間平面に増員されたのを確認しました。涼宮さんと杉浦さんの周囲を監視しているようですね」</div> <div> 朝比奈さんは明らかに慌てていた。</div> <div>「な、何で知ってるんですか、まだ私もさっき連絡が来たばかりなのに」</div> <div>「まあ、それが分かったからと言って我々が動くことはありませんし、ちょっとした軽い話なので以上として、ですね」</div> <div> 表情がきっと引き締まった。</div> <div>「朝比奈さん、その、まだ表面化していない問題というのはどのようなものなのでしょうか」</div> <div> 朝比奈さんの表情も、締まっていた。今この瞬間の朝比奈さんはSOS団のお茶係ではなく、未来人組織の一員としての顔だった。</div> <div>「まだ教えることはできません。でも、少しづつ分かっていきます」</div> <div> 禁則事項か、口には出さずに心の中で呟いていた。が、朝比奈さんはこう付け足した。</div> <div>「今から数日間が山場です」</div> <div> </div> <div> 今から……?</div> <div> </div> <div>「だー!」</div> <div> 威勢よくハルヒが現れた。</div> <div> 勢いよく扉を蹴飛ばすので、耳が痛い。</div> <div>「まーた失敗した!」</div> <div> 今日だけで3回くらいは失敗してないか?</div> <div>「うるさいわね! だったらアンタも協力したらどうなのよ!」</div> <div> そうはいってもだな、あまりにしつこいと向こうも断るばかりになっちまうんじゃないのか?</div> <div>「あのねえ、これは一刻を争う問題なの! さっさといい方法を考えなさいよ!」</div> <div>「そういうのはハルヒの方が得意じゃないのか?」</div> <div>「それでも駄目だからアンタにも協力を要請してるんじゃないのー! 古泉君!」</div> <div>「僕も出来る範囲で協力いたしますよ」</div> <div>「ほら見なさい! さっすが古泉君ね、アンタと違って優秀なんだから」</div> <div> </div> <div> そんな痴話げんかのようなやり取りの間にも、朝比奈さんの表情は緩んではいなかった。</div> <div> </div> <div> </div> <div> 朝比奈さん。</div> <div> 今この瞬間から、何が起こっているんですか。<br /><br /><br /><div> <div>11,</div> <div> </div> <div> </div> <div> あいつがオレに語りかけている。</div> <div> </div> <div> はっきりと聞こえている。</div> <div> </div> <div> だがそれは幻。</div> <div> </div> <div> 自分が勝手に生み出している幻聴。</div> <div> </div> <div> だから、オレの問いには一切答えてはくれない。</div> <div> </div> <div> 一体何のために生きるというのか。</div> <div> </div> <div> 家族も、友人も、世界さえも失っているというのに。</div> <div> </div> <div> どうして『神』はオレをここ導いたんだ。</div> <div> </div> <div> どうして俺は生きているんだ?</div> <div> </div> <div> どうして一人なんだ?</div> <div> </div> <div>「ハルヒ!! 答えたらどうなんだ!! オレをこのままほっとくつもりなのかお前は!!」</div> <div> </div> <div> 答えなど、帰ってこない。</div> <div> </div> <div> もう、あいつはいないんだ。</div> <div> </div> <div> …………</div> <div> </div> <div>「……」</div> <div> まあ、いつも通りの、悪い夢だとは途中から気付いていたつもりだったんだがな。</div> <div> 全く、どうしてこの脳は変な夢ばっかりを見せてくれるのか。</div> <div> いつの間にか、机に伏して眠りこけていた。</div> <div> 一度黒板に向けた視線を下に向け、再び顔をうずめるとそのまま魂まで抜けてしまいそうなくらいのため息をついた。</div> <div>  酷く不快な目覚めだった。レム睡眠のノンレム睡眠の周期何座知った事では無いが、とにかく気持ちの良い目覚めはまだ手に入りそうになかった。オークションで売りに出されていたら1万円までは粘るかもしれない。</div> <div> </div> <div>「なんだよこれ、糞すぎるだろ、こんなんじゃよ」</div> <div> </div> <div> 折角ハルヒが与えた新たな生活の場。</div> <div> 今でも安息の時を得ることが出来ていない。だから、今くらいは少々の汚い愚痴も許可してくれ。</div> <div> </div> <div> 安心してくれ、この愚痴は昼休みの喧騒にまぎれて自分意外に聞き取れる人物なんかいないさ。</div> <div>  もし場にお前がいてはっきりと聞き取れていたのなら、たらそれはもう烈火のごとく怒って持っている鞄かノートかそこらへんのものでオレの頭をひっぱたいてくれるんだろうか。</div> <div> </div> <div>『――――――』</div> <div> </div> <div> 想像するのは止めておこう、余計に悲しくなる。</div> <div>「ん?」</div> <div> まて、オレが寝たのは昼休みだったはずだ。</div> <div> たとえ授業が始まってもほったらかしにされてずっと寝ていたとしても、陽が沈んだら外には街灯の明かりが見えるはずだというのに。</div> <div> 真っ暗、というよりは、灰色、か。</div> <div> </div> <div> この色は、まさかな</div> <div> </div> <div> </div> <div>―――</div> <div> </div> <div> くたびれた、この一言に尽きる。なにせ日が沈むまでずっと転校生勧誘作戦の会議とやらをすることになったのだからな。</div> <div> 今後も続くであろうその作戦のために、今日は生活における最低限のこと(食事とか風呂とか)をすませて寝てしまうつもりだった。</div> <div> 着信だ。画面を見て、眉間にしわが寄ってしまった。</div> <div>「古泉か」</div> <div> また今朝みたいな意味不明な内容だったら本当にぶちのめしてもかまわないか?</div> <div> そう呟きながら通話ボタンを押す。</div> <div>「夜分遅く済みません」</div> <div> </div> <div> その時、誰かの声が聞こえた。朝比奈さんの「こんばんは」という声だ。</div> <div>「なんだ、そっちに朝比奈さんもいるのか?」</div> <div> すると、思わぬ方向からこんな返事が返ってきた。</div> <div>「え、あれ? キョン君が古泉君と一緒にいるんじゃないんですか?」</div> <div> ?</div> <div>「古泉と朝比奈さんの声が聞こえるんですが」</div> <div>「でも、そっちから古泉君とキョン君の声が聞こえてきて……」</div> <div> ?</div> <div> どういうことだ? 疲労のため低速回転しか出来ない頭では状況がつかめず、混乱していた。</div> <div>「長門さんに協力いただき、複数人と同時通話できるネットワークを構築してもらいました」</div> <div> なるほど。確かに、古泉のその声が聞こえているさなかにも朝比奈さんの感心する声がはっきりと聞こえていた。</div> <div>「そこまでする必要があるということは……」</div> <div>「ええ、皆さんにお知らせがあります」</div> <div> 朝比奈さんが言っていた、山場か。</div> <div>「閉鎖空間の発生が確認されました」</div> <div> 閉鎖空間? それはハルヒ絡みじゃないのか。</div> <div>「発生場所、及び時間は」</div> <div> うお、長門もこの通話に参加していたのか。</div> <div>「発生場所は学校内です。時間は午後の授業開始直前と推測されます。その構造は異質なもので、発見および観測が遅れたとのことです」</div> <div> すると、長門はこんなことを言った。</div> <div>「……その空間は、杉浦桔梗、彼女の空間」</div> <div> 俺がそんなまさか、と言おうとしたのを、古泉の「そう思われます」という言葉が遮った。</div> <div>「だが、どうしてそんなことになるんだ」</div> <div>「つまり、彼女の世界の涼宮さんから、その力を僅かながらに受け継いでいるということです」</div> <div> </div> <div> 後に分かるという問題とかいうものは、思った以上に大きなものだった。</div> <div> </div> <div> </div> <div> 「本心ではSOS団に入りたいにもかかわらず、涼宮さんからのたび重なる誘いを断り続けた結果でしょう。精神的にはかなりの負担だったのでしょう」</div> <div> 長門は黙ったままである。もしかしたら責任を感じているのかもしれない。そう考えたのは俺だけではなかった。</div> <div>「長門さん、貴方を責めているのではありません。」</div> <div>「分かっている」</div> <div> 「では、報告を続けます。観測によりますと、規模は教室一部屋だけという非常に小規模なものです。それ以上の拡大もしていませんし、内部で何も異変はないとのことです」</div> <div>「で、その中に杉浦がいると」</div> <div>「その通りです。その先は言う必要もないですか」</div> <div>「ああ」</div> <div>「じゃ、行きますよ」</div> <div> そう言ったのは、朝比奈さんだった。突然仕切り役が変わったことに驚いたのか、古泉は黙ってしまった。</div> <div>「これから閉鎖空間が発生した時間に戻るんですよ」</div> <div> 朝比奈さんの協力で時間をさかのぼり、その時間に閉鎖空間に入ると。つまり</div> <div>「今話している全員が参加ですね」</div> <div> </div> <div>―――</div> <div> </div> <div> どうしたものか。教室からは一歩も出られないらしい。</div> <div> オレがいた世界とこの世界とでは事情が違うのだろうか。こんな狭い所に閉じ込められた経験はない。</div> <div>  脱出の手がかりはこの中にしかない、そう判断して教室をひっくり返す勢いでヒントになりそうなものを探したものの、それらしいものは見つからない。</div> <div>「参ったな」と呟いたその時、オレ以外の声がこの箱の中に響いていた。</div> <div> </div> <div>「やはり、長門さんがいて助かりました」</div> <div>「見つかったらまずいってのに、人通りの多い廊下を行かなきゃならないんだからな。あの光学……何だった」</div> <div>「光学迷彩、簡潔に表現するとこの単語に該当」</div> <div>「それだ、それが無かったらもうここには来れなかっただろうな」</div> <div>「やはり全員参加で良かったですね」</div> <div>「じゃあ、俺にも重要な役割はあるんだな」</div> <div>「さあどうでしょうね」</div> <div>「おいどういうことだ」</div> <div> ……騒がしい。</div> <div> </div> <div> さっきまでオレがぶち当たっても通れなかった扉の向こうから入ってきたのは、この世界のSOS団の構成員達だった。</div> <div>「よう」</div> <div> ようジョン、状況に見合わない軽い挨拶してくれるじゃねえか。 </div> <div>「オレ、何かまずいことやっちまったのか」</div> <div> それを軽く流して、訊いた。すると一樹はあの微笑を見せた。</div> <div>「それにYesかNoで答えるのならばNoだと思うのですが、違ったでしょうか」</div> <div>「大丈夫です。私が保証します」</div> <div> 朝比奈さんも頷きながら言った。</div> <div> </div> <div> ここは閉鎖空間だからな、クラスの皆には聞きとられる心配はない。</div> <div> オレはこの世界のSOS団のメンバーとの雑談を楽しんでいた。今まで長門にしか言えなかったことも、直接伝えることが出来た。</div> <div> </div> <div>「なあ、お前と古泉は、そういう仲なのか」</div> <div>「そうですよ」</div> <div> 空気が固まった。</div> <div>「俺だけが知らないことってこれだったのか……」</div> <div>「こんなので悪かったな」</div> <div>「あの時は面白かっ」</div> <div> その瞬間、思い出したくない光景がよみがえってきた。</div> <div>「おい馬鹿それ以上言うな一樹」</div> <div>「ほう、そう言う呼び方なのか」</div> <div>「ジョンも黙れ」</div> <div> </div> <div> そのような少々乱暴なやり取りもあったが、様々な話に花が咲いていたころ、突如として世界に色が戻った。</div> <div>「あ、あれ?」</div> <div>「どうやら元の教室に戻ったようですね」</div> <div>「ってことは、俺達は見つかったらまずいんじゃ」</div> <div>「そうですね、急ぎましょう」</div> <div> SOS団の面々が椅子から立ち上がり、慌ただしく元の場所に戻した</div> <div> 中断してしまったことは残念だが、皆と話が出来て本当に良かった。</div> <div>「杉浦さんには申し訳ないんですけど、私達は夜の6時からやってきたので、それまでは帰らないようにしてください。お願いします」</div> <div>「え、は、はい」</div> <div>「では、そろそろ失礼しますね」</div> <div>「また、こんな感じでいろいろと話がしたいな」</div> <div>「そうですね」</div> <div> 古泉がそう言った次には、長門が何か呪文を唱えて瞬間移動でもしたらしく姿はなくなっていた。</div> <div> </div> <div> そのような少々乱暴なやり取りもあったが、様々な話に花が咲いていたころ、突如として世界に色が戻った。</div> <div>「あ、あれ?」</div> <div>「どうやら元の教室に戻ったようですね」</div> <div>「ってことは、俺達は見つかったらまずいんじゃ」</div> <div>「そうですね、急ぎましょう」</div> <div> SOS団の面々が椅子から立ち上がり、慌ただしく元の場所に戻した</div> <div> 中断してしまったことは残念だが、皆と話が出来て本当に良かった。</div> <div>「杉浦さんには申し訳ないんですけど、私達は夜の6時からやってきたので、それまでは帰らないようにしてください。お願いします」</div> <div>「え、は、はい」</div> <div>「では、そろそろ失礼しますね」</div> <div>「また、こんな感じでいろいろと話がしたいな」</div> <div>「そうですね」</div> <div> 古泉がそう言った次には、長門が何か呪文を唱えて瞬間移動でもしたらしく姿はなくなっていた。</div> <div> </div> <div> そして、空間が完全に元に戻り、昼の教室の喧騒の中に再び放り込まれた。</div> <div> とりあえず、あの閉鎖空間にいたことが何か大きな問題にならなければと思いつつ、とあることについて悩んでいた。</div> <div>「暇つぶしか……」</div> <div> どうやって6時まで空白の時間を潰そうかと考えることに午後の授業時間を潰してしまったが、仕方ないということにしてもらいたい。</div> <div> </div> <div> 数時間を費やして至った結論は、思い切って寄り道をするということであった。</div> <div> ちょうど、二つの世界というとてつもない規模の間違い探しが出来るから、暇つぶしになるどころが時間が足りなくなりそうだ。</div> <div> 寄り道でも散歩でもない、平行世界の調査だ、なんていったらハルヒみたいだな。</div> <div> 一通り見たところ、あまり大きな違いはないようであった。</div> <div>  確かにちょっとした違いならきりが無いほどに列挙できるのだが、この道なんて無かったとか、そういう感じの明らかな違いというものは見当たらなかった。</div> <div> </div> <div> そうやって色々探すのに夢中になった結果、案の定途中で切り上げることになってしまったのであった。</div> <div> </div> <div> 午後6時、約束の時間ちょうどにオレは帰宅していた。</div> <div> 通路を歩いていると、扉を開けようとしていた長門の姿が見えた。</div> <div> 長門はドアを開ける動作を止め、ドアノブを握ったままこちらを見ている。</div> <div>「……」</div> <div> まさか、時間逆行する前の長門に会っちまったか?</div> <div>「大丈夫。私は貴方に会ったばかり」</div> <div> じゃなかったか。長門には聞こえなくても分かってしまうから参ったものだ。</div> <div> オレは一安心して、この場で使うべき挨拶をした。</div> <div>「ただいま」</div> </div> </div> </div> </div> </div> </div> </div> </div> </div> </div> </div> </div> </div> </div> </div> </div> </div>
<div> <p><strong>注意:</strong><br /> このSSにはTS要素が含まれます。むしろオリキャラに近い感じです。<br /> 即興で書いてるので、矛盾や脈絡の無さ、誤字脱字その他諸々あると思います、見つけ次第修正いたしますがあらかじめご了承ください。 <br /><br /><strong>追記:</strong><br /> まとめ忘れた箇所があったらしく、突如として場面が変わってしまっているのを見つけました。欠けていた部分は手元にも残っていなかったので記憶を頼りに補完しましたが完全な復元は出来ませんでした。あばば<br /><br /><strong>お詫び:</strong><br /> 個人的な事情により、投下をすることが出来なくなってしまいました。そのため、12, 以降は直接まとめに載せています。最後まで即興投下したかったのですが、スレで続きを期待されていた方には申し訳ありません。</p> <hr /><p> </p> </div> <div>外来種ってのは、もともと生息する在来種への影響のために、しばしば駆除される。</div> <div> </div> <div>それは可哀想かもしれないがその地の生態系を守る上ではやむを得ないと言われる。</div> <div> </div> <div>一方で、それは人間のエゴではないかとも言われる。</div> <div> </div> <div>倫理ってのは答えが無いのを突き詰めていくものだと考えているがそれも正しいのかどうか。</div> <div> </div> <div> </div> <div>簡単に言ってしまえば上記のような問題が、俺の前に突きつけられているのである。</div> <div> </div> <div>今、一人のガイライシュの可否を問うという、なんとも奇妙な大問題への答えを迫れられているのだ。</div> <div> </div> <p> </p> <ul><li><a href="http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6149.html">序盤</a></li> <li><a href="http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6150.html">中盤</a></li> <li><a href="http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6151.html">終盤</a></li> </ul>

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