遠距離恋愛 第十三章 家庭教師
<p>第十三章 家庭教師<br> <br> ハルヒ達からの贈り物を目の前に「一年間頑張る」と決意を新たにした俺は、翌週行われた全校全教科試験という第一の難関に挑んだ。が……俺は試験中に絶望していた。<br> <br> 問題の意味が、どういった回答をすれば良いのか解らないのだ。<br> <br> 俺ってこんなレベルだっけ？とあらぬ方向へ行ってしまおうとする頭を無理矢理試験に集中させ、何とか全教科試験の日程をクリアした帰り道。がっくりと落ち込んだ俺を引き連れながら、佐々木と朝倉は「今日の試験簡単だったわね」「１年２年の総括問題だしね」などと和やかな会話をしていた。くそ、忌々しい。<br> こいつらの頭のレベルは半端じゃない事は十分解っている。聞けば朝倉は昨年一年間学年トップの座を譲り渡すことはなかった(と言うことになっている)そうだし、佐々木は言わずもがなだ。二人とも俺とはレベルが違いすぎる。これほど自分が無力に感じたことはなかったね。<br> これじゃあ、一緒に受験勉強をしようとは、おこがましくて言えないじゃないか。せめてもう少しレベルが上がってから……なんてことを俺は考えていた。<br> <br> 「キョン」<br> どうやったら「赤点スレスレ低空飛行」どころか「急速潜行深度１００宣候」なこの自分の頭と成績をせめて海上まで浮上させる事が出来るかを考えていたとき、佐々木から声が掛かった。<br> 「そう言えば、キミの志望大学を聞いてなかったね。どこなんだい？」<br> <br> 俺は、常の頭の中にある志望大学を答えた。もちろん、それはハルヒの志望大学でもあったわけだが。<br> <br> 「……キョン、偶然だな。僕もそこなんだよ」<br> は？何だと？<br> 「キミと僕の志望大学は同じだと言ったんだよ。それにしても、君が北高に行っていた２年間で、そこまで学力を上げていたとはね。例のＳＯＳ団の活動とやらで、勉強する暇など無かったと思っていたのだが」<br> いや……あくまでも志望だからな？入れるとは言ってないぞ？<br> 「キョンくん、大丈夫なの？あそこは日本の大学の中でも上位の大学よ。あたしの知っているキョンくんの成績だと、かなり無理があると思うんだけど……」<br> そんなことは百も承知だ。でもな、朝倉よ。理想は常に高く持たなきゃいけないんだ。<br> <br> 「キョン？それは理想じゃなくて妄想だよ。今のこの時期に妄想しているのはどうかと思うぞ。現在の自分が志望校に入れるかどうかを客観的に判断できないようではね」<br> 佐々木の言葉が胸に刺さる。今回の試験の手応えだとスタートラインに立つことさえ出来ないだろうな。<br> <br> 「佐々木、朝倉」<br> 俺は決心した。こうなったら、土下座でも何でもしてやる。世界のためなんて戯けたことは言わない。<br> 俺のわがままと取って貰っても構わん。ハルヒの志望大学に受かりたいんだ。<br> 「俺に勉強教えてくれ」<br> <br> <br> 全教科試験の解答用紙が返却された日の放課後、俺たちは朝倉のマンションにいた。<br> 長門の部屋とは違い、女の子らしい装飾のカーテンや小物など、一般的女子生徒の部屋だった。ただ、どことなく生活感というか生活臭が感じられないのは長門と一緒だな。<br> などと現実逃避をしている俺の前には、信じられないといった表情で返ってきた答案用紙と俺の顔とを交互に見比べる二人がいる。もちろん佐々木と朝倉だ。<br> <br> 「……キョン？」<br> 佐々木はまるで、為す術もなく濁流に押し流されていく自宅を見ているときのような顔で俺に問いかけた。<br> 「キミの志望大学のことなんだが、変更した方が良いんじゃないか？」<br> 顔から火が出るほど恥ずかしい。<br> 「何だか、以前よりも酷くなってない？」<br> 朝倉、お前もそう言うか。考えてみれば、北高での授業は殆ど睡眠学習だったからな。一応、定期試験での赤点は免れてはいたが。<br> とはいうものの、一応進学クラスでこの点数はまずかったらしい。いや、マズイのだ。<br> 他の一般クラスを含めた学年全体では赤点ギリギリクリアなのだが、Ｓクラスではかなり下の方……早い話が最下位だったのだ。<br> さすがＳクラス、他の一般クラスに比べれば赤点ボーダーラインが平均で２０点も上なのは予想外だったぜ。<br> <br> 「しかし困ったな。この点数では志望大学どころか、卒業できるかどうかも怪しいよ」<br> 「それに、Ｓクラスの平均点が下がってるわ。クラス委員としても、何とかしないといけないわね」<br> 「キョンに勉強を教えるのは吝かではないが、僕も塾があるし、受験生でもあるしね。全教科を教えるのは難しいし……」<br> 「それはあたしも……」<br> <br> 捕らえた魔女をどのように処刑してやろうかと議論する、スペイン宗教裁判審問官のような会話を聞き流しながら、俺は人ごとのように朝倉の部屋の中を見回していた。<br> <br> 「キョン、キミの受験勉強計画が決まったよ」<br> 佐々木の声で我に返った。<br> <br> 「朝倉さんと相談したんだけど、僕たち二人でキミの家庭教師をすることにした」<br> 家庭教師？いや、分からないところを教えてくれるだけでいいんだが。<br> <br> 「それなんだけどね、キョンくん。あなたの答案用紙を見ていて思ったんだけど、どの科目も基礎を理解していないようなの。基礎が理解できなければ、応用もダメでしょ？」<br> あー、つまりどういうことだ。もっと分かり易く言ってくれ。<br> <br> 「具体的に言うと、夏休み前までに高校１年２年の全教科をやり直すってことさ」<br> な？？<br> <br> 「大学進学の第一関門であるセンター試験は、大学進学の基礎学力を計るものだから、その対策として基礎学力である高校１年２年の復習をやって貰うんだ」<br> え、ちょっと待て？えーと、２ヶ月半でそんなこと出来るのか？<br> 「もちろん死に物狂いでやってもらうよ。でないとキミの希望は叶わないのだからね。ただ、僕も朝倉さんも自分の勉強があるから、それぞれ担当を決めてキミの勉強を見ることにする。現時点ではこれがベストの方法だと思うが、キミはそれでいいかい？」<br> 待ってくれ。その、何だ。俺も進学塾とか言った方が良いんじゃないか？この答案用紙をお袋に見せたら、進学塾行きはほぼ確定なんだし。それに、俺の１年２年の復習に付き合わされることになるんだが、お前らはそれでいいのか？<br> <br> 「さっき僕が言ったことをもう忘れているのかい？センター試験は、高校１年２年の基礎学力試験だって。<br> 僕たちだって、試験対策で復習をしなければならないことを忘れないでくれ。あと、教えられる方より教える方が何倍も理解が深くないといけないから、その点でもキミの家庭教師は最適なんだ」<br> なるほど、よく分かった。だが、塾の件はどうする？<br> <br> 「その件についてだが、僕が直接キミのお母様に説明するよ。塾通いは夏休みが始まってからでも遅くないと思う。基礎が出来てないのに、理解できない勉強を更に追加したくないだろう？」<br> そりゃそうだ。基礎工事が出来ていない所に建物は建てられないからな。<br> <br> 「科目の振り分けだが、特にキミは理数系が弱いみたいだからそっちは僕が担当する。文系は朝倉さんに担当してもらう。僕は今のところ火木金曜日が塾の日だから、月水土曜日だね」<br> 「じゃあ、あたしが火木金曜日ね」<br> 色々と迷惑掛けて済まん。ってあれ？日曜日はどうするんだ？休みか？<br> <br> 殺意すら感じさせる４つの瞳。<br> スイマセン、ヤスムヒマナンテナイデスヨネ。<br> 「日曜日はここで一週間の成績を見る、理解力テストをすることにしよう。朝倉さん、いいわよね？」<br> 「ええ、いいわよ」<br> 毎週、日曜日に理解力テスト？<br> 日曜日だと、それぞれ予定がある場合もあるだろうし……イイエ、ナンデモアリマセン。<br> 更なる殺人光線を浴びたくなかった俺は、言葉を途中で飲み込んだ。<br> 「じゃあ、これで決まりだ。今日は水曜日だから僕の番だね。早速キミの家に行くことにしようか」<br> 答案用紙を俺に返却した佐々木は、そそくさと立ち上がった。<br> これから俺の家に行くのか？まだ、何の準備もしてないぜ？<br> <br> 仁王立ちになった佐々木は、呆れたような目で俺を見下ろしていた。<br> 「……キョン。キミはやる気があるのか、無いのか？どっちなんだい？」<br> <br> こうして、俺の受験勉強生活が始まった。<br> <br> </p>
