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放課後屋上放談」を以下のとおり復元します。
<p>※このお話は『<a title="江美里の一番黒い夏 (53d)" href=
"http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3074.html"><font color=
"#333333">江美里の一番黒い夏</font></a>』の後日談です※<br>
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 秋というのは、いい季節だ。暑すぎもせず寒すぎもしない。それは春も同様だが、俺には陽気に夏へと向かう春より、穏やかに暮れていく秋の方がどうやら性分に合っている。<br>
 そんな益体もない事を考えつつ、両手をポケットに突っ込んで壁にもたれ、街並みに遠く沈んでいく夕日を眺めながらタバコを燻らせていると。横合いからギギッと金属製の扉の軋む音がした。</p>
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「おや、いつになくアンニュイな面立ちで。落日に詩心でも動かされましたか?」</p>
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 何気ない風で、そのくせやたらと鼻につくセリフだ。確か去年の文化祭ではクラスで演劇の出し物なんぞをやっていたと思ったが、普段からして演技じみているんだよなこいつの言動は。</p>
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「風流を愛でるのは結構ですけれど。学校での喫煙行為は感心しませんね。誰かに見咎められでもしたらどうするつもりです?」<br>
「ふん。施錠されている屋上に、わざわざ合鍵を調達して上ってくるなんざ、どうせまともな人間じゃない。腹に一物持っているような奴に決まっている」</p>
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 開いた携帯灰皿に白んだタバコの先をトントンと落としつつ、俺はこの場に現れた優男をねめつけた。</p>
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「違うか、古泉?」</p>
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 問われて、古泉は微笑のまま大きく肩をすくめ、俺の左隣の壁に背を預ける。携帯灰皿をポケットにしまい、無言のままタバコの箱を奴に向かって突き出すと、古泉は一瞬迷う表情を見せたものの、結局その内の1本を抜き取った。</p>
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「ほう、今日はやけに素直じゃないか」<br>
「ええまあ。あなたとこうしてのんびり語らう機会も、もしかするともうあまり巡ってこないかもしれませんからね」</p>
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 放ってやったライターを片手で受け取りながら、古泉はそんな事を言う。俺はぷかりとタバコを吹かして、また夕暮れの赤に向き直った。</p>
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「そうだな。生徒会長としての任期が切れれば、俺はひとまずお役御免だからな」</p>
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 何気なく呟いて、俺は前を向いたまま、ひゅっと左の裏拳を古泉の顔面目掛けて振り抜いた。片手で風除けを作りながらタバコに火を付けていた古泉にしてみれば、それは完全に不意打ちだったはずだ。だが。<br>
 パシンという乾いた音。右手で難なく俺の手首を掴み止め、拳骨をすぐ目前に見ながら、くわえタバコの古泉は先程までと変わらぬ微笑を浮かべていた。</p>
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「なんです? 根性焼きでもしたいんですか、いまさら?」<br>
「ああ、いまさらながらに思い返していたのさ。ちょうど1年ほど前か、この屋上でこうして今みたいに、涼しい顔をしたお前にコテンパンに叩きのめされてから――<br>
 俺の忌々しい会長生活が始まったんだ、とな」</p>
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<p>「てめえッ…どういうつもりだ!」</p>
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 いかにも不良が吐きそうなセリフをまんま吐く、俺の視線の先で。クソ生意気な一年坊主は困ったような笑顔で、肩をすくめていた。</p>
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「申し訳ありません。僕としても、こういう荒っぽい手段は取りたくないのですが。しかしながら、これも上司の指示でして」<br>
「上司だあ?」<br>
「ええ。生徒会長となれば内申点などの進学面で非常に有利なはずですし、金銭面でも好条件を出しているにも関わらず、あなたはどうしてもウンと言って下さらない。そう報告した所、森さんは………ああ、この人が僕の直属の上司なのですけれどね、僕にこう言ったのです」</p>
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『はん。なーにを手間取ってんのよ。<br>
 そんなの世間知らずなガキんちょが突っ張らかってるだけじゃない。やたらと意地を張るくらいしか、世間にアピールする術が無いんだから。そーゆー子には現実ってモノをとっくり思い知らせてやればいーのよ。<br>
 って事で古泉、その坊やに身体で教えてやんなさい。わたしたちが本気の大真面目で、世界平和の維持のためにこの作戦を展開してるって事をね。骨の1本2本までは許すわ。あ、でも顔はダメよ。会長選に間に合う程度に取っちめてやる事ね』</p>
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「…とまあ、そんな次第でして」</p>
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 眉間の辺りに指先を当てつつ、古泉はハァと重く嘆息した。どうやら奴にとって、その森とかいう上司の指令は絶対らしい。オカルト教団まがいの組織に<br>
属しているようだから、それも道理かもしれないが。<br>
 だがまあ、そんなのはどうでもいい事だ。俺にとって肝心なのは、</p>
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「つまり何か、てめえは力ずくでこの俺を屈服させようってのか!?」</p>
<p>「ああ、平たく言えばそういう事です。話が早くて助かります」</p>
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 本当にありがたそうな顔で、こいつが頷いた事だった。まるで、気は進まないけれどその気になればそんなのは造作も無い、とでも言うように。<br>
 当然俺のこめかみの血管は、もう破裂寸前だ。っの野郎、いちいち人の神経逆撫でするようなセリフをべらべら並べ立てやがって!</p>
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 ぶっちゃけこいつの何もかもがムカつくが、何よりムカつくのは、この古泉とかいう一年坊主の余裕っぷりが全然フカシじゃねえって事だ。ついさっき、俺はこいつに右腕を後ろにねじ上げられ、完全に肘関節を極められていた。それはもう、全く身動きが取れないほどに。だが、こいつはそこで自分から技を解いたんだ。<br>
 今もまだ、右腕には痺れるような痛みが走っている。あと1センチでも捻られれば、俺の腕はおシャカになっていたかもしれない。そんな状況に俺を追いやっておきながら、まるっきりそんな事は忘れたみたいに爽やかな笑顔を浮かべてやがるんだこいつは!</p>
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「クソがッ! あんまり人を舐めてンじゃねえぞ!」</p>
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「あの後、俺が何回このコンクリートの床を舐めさせられた事か」<br>
「確か、5回でしたかと。故事でいう七縦七擒に比べれば、物分りがよろしい方ですよね」<br>
「俺はどこぞの南蛮王かよ。<br>
 ったく、こっちもケンカにはそこそこ自信があったってのに、てめえは汗ひとつかかずこの俺を一方的にぶちのめしてくれやがって。おかげであれから数日は、悔しさで夜も眠れなかったぜ」</p>
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 あからさまに語調に棘を含ませてみても、隣のこいつはやはり微笑のままだった。</p>
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<p>「ふふ、あなたも一高校生としては、なかなかの度胸と腕前をお持ちだと思いますよ?<br>
 しかしながら、僕たちは日常的に“当たると死ぬパンチ”を掻い潜っているものでして。“当たると痛いパンチ”相手なら、割と冷静に対処できてしまうのですよね」<br>
「ちっ。常在戦場のお前らから見れば、俺など所詮シロウトか」<br>
「そんな所です。でも本音を言えば、こういう荒事に慣れていくのは個人として、少々悲しく思うのですけれど」<br>
「さっきも俺の不意打ちを難なく止めといて、何をほざきやがる。<br>
 だが、まあいい。あの時、俺の鼻っ柱をへし折ってくれた事を、今はむしろ感謝しているくらいだからな」</p>
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 はー、と長く白い煙を吐く俺の横顔を、古泉はまじまじと見つめた。</p>
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「そんなにも面白かったですか、生徒会での活動は」<br>
「ああ。そうだ、面白かった。<br>
 森さんの指摘は、口惜しいがまったく的を射ていたんだろうよ。それまでの俺は斜に構えて世の中をひねた目で眺めているだけの、ただのガキだった。お前らの要請を受けて生徒会長になってから推し進めた改革やら何やらも、所詮は涼宮ハルヒの敵役としての存在感を得るための人気取り、パフォーマンスさ。<br>
 ――そのつもり、だったんだがな」</p>
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 新しいタバコに火を点ける。安物のライターの炎が風にはためき揺れる。</p>
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「思いがけない感謝と賛辞。俺の指図に従って動く部下たち。寄せられる信頼と期待の声。<br>
 わずらわしく、重苦しいと決め付けていたそれらが、しかし次第次第に俺の心に充足となって積み重なっていった。今ではあの生徒会室、そして会長の席が、この俺の居場所だとさえ思える程にな」</p>
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<p> 俺の独白に古泉も、ふーっと口から白煙をたなびかせた。</p>
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「分からないでもありません。『政治こそは男子の至上の楽しみ』という言葉もありますしね。自分の改善提案によって、皆の生活がより過ごしやすく変わっていく様を眺めるのは、それこそ痛快の極みというものでしょう。<br>
 …しかしながらこちらが思っていた以上に、どっぷりとハマってしまわれたようですね。この春のいつぞやの日には、ミイラ取りがミイラにならないようにと、わざわざ念を押しておきましたのに」<br>
「嘲うか?」<br>
「いえいえ、僕にその資格はありません。実を言えばこの僕も、今では『機関』よりSOS団の副団長の座の方が居心地が良いかも、なんて思ったりしてますから」<br>
「ふっ、お互いミイラに取り込まれたクチか」</p>
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 一瞬、俺たちは視線を交わし、それからむせぶようにクックッと笑った。そうしてひとしきり笑った後、俺は改めて古泉に話の口火を切った。</p>
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「だからこそ、だ。いいか古泉、最後の大一番、俺は手を抜いてやるつもりはさらさら無いぞ」</p>
<p>「はて、何の事です?」</p>
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 相変わらずの微笑を湛える古泉を、俺はあからさまに睨み据えてやった。</p>
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「とぼけるな。あれだけ手間暇かけて俺を生徒会長に据えておきながら、それを易々と退陣させるか? 俺がお前なら、最後に勝負のコマとして大いに利用するぞ」<br>
「勝負、ですか」<br>
「いかにも涼宮が張り切りそうな響きだろう? そう、奴の退屈を紛らわすには打ってつけのイベントのはずだ。“次期生徒会長選”というのはな」</p>
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 にやりと口の端を吊り上げながら、俺は言葉を続ける。</p>
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「こっちは、俺の子飼いの部下を候補として擁立する。事実上、現生徒会とSOS団の一騎討ちになるだろうよ」<br>
「なるほど、涼宮さんを次の生徒会長に? それはなかなか興味深いアイデアですが…」<br>
「だから、すっとぼけるなって言ってんだろうが、古泉」</p>
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 ふん、と俺はひとつ鼻を鳴らしてみせた。</p>
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「俺だってこの一年、ぼーっと会長やってた訳じゃないんだぜ? お前の目論見くらいお見通しだ。<br>
 最初っから、お前はあのキョンとかいう小僧を生徒会長に祭り上げる魂胆だろうが。ああ?」</p>
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つづく</p>

復元してよろしいですか?