キョソの旅
<p> プロローグ 「アナルの中で・b」<br> ―in Your Anal―<br> <br> 「なあこいずみ」<br> 少年の声がしました。<br> 「何ですか、キョソたん」<br> 人型モトラドがそれに答えました。<br> 「お前は本当に手が早いよな、いつもいつも」<br> 「いやぁ、キョソたんにそう言われると光栄です」<br> <br> 男たちが横たわっていました。<br> どいつもこいつも例外なく掘られた後でした。<br> 「それじゃ、行くか」<br> 「かしこまりです!」<br> 少年が言うと、モトラドは韋駄天の足で疾走しました。<br> 追加のの警官隊が現れた頃、そこにはアナルヴァージンを喪失した男たちしかいませんでした。<a name="101"></a></p> <div class="mes"><br> <br> <br> キョソの旅 ――The Anal World――</div> <p><a name="102"></a></p> <div class="mes"><br> <br> <br> 第一話 「穴の国」<br> ―Ah―!―<br> <br> 草のまばらな大地を、一台のこいずみくん(注・アナルゲイモトラド。イノセント。ガチホモ。全裸。危険物所持)が走っていました。<br> 「こいずみ、ここはもう国の中なんじゃないのか?」<br> 運転手の少年が言いました。彼はキョソ。ちょうど十代半ばの少年で、ちょっとこのあたりでは見ない制服を着て、いつも世の中を斜めに見ているような顔立ちをしています。<br> 「そうですね。ちょうど僕もそう言おうと思っていたところです。何せおとこのにほいが強烈になってきましたから」<br> キョソは一度こいずみくんから降りて、辺りを見渡しました。<br> 「こりゃあ一体……」<br> なだらかな丘陵に、ちょうどキョソが無理なくくぐれるくらいの穴が、横一列に並んでいました。<br> 「おや。これはこれは」<br> その穴の一つから、初老の精悍な顔つきの男性が顔を出しました。<br> 「びびくーん!」<br> こいずみくんが反応しました。<br> 「キョソたん。このおとこは僕には刺激がつよすぎます」<br> 「そうかい」<br> キョソがにべもなく言いました。男性は作業着のような、ツナギのような服を着ていて、全身泥だらけでした。彼はこちらに歩いてきて、<br> 「アラ・カワ・モッフⅡ世です。お見知りおきを」<br> 別に本筋には何の関係もない自己紹介をしました。ちなみに本筋なんてありません。<br> 「何してたんだ?」<br> キョソは礼儀というものをまったく知りません。困った子です。ゆとり乙です。</div> <p><a name="103"></a></p> <div class="mes"> しかしアラ・カワは嫌な顔ひとつせず、<br> 「穴を掘っていました」<br> と、実にそのまんまなことを言いました。彼はキョソとこいずみくんを睥睨した後、<br> 「素手で」<br> と、実にどうでもいい情報を付加しました。<br> 「何でまた」<br> キョソが無関心に言って、穴の列を眺めました。穴は綺麗な円形をしていて、どれも均一な大きさでした。<br> 「いやぁ、恥ずかしながら」<br> と、アラ・カワは頬を赤らめて、<br> 「掘りたい気分だったのです」<br> 「びびくーん!」<br> こいずみくんが無駄に反応しました。これもどうでもいい情報ですが、どうもこの時このモトラドは「こやつ、できる」と思ったそうです。<br> 「いい年して穴掘りか」<br> と、実に無礼千万なことをキョソが言いました。彼はすでに古泉くんに跨っています。<br> 「ええ。若い頃からの夢……でしたから」<br> アラ・カワは鼻をぽりぽりとかきました。泥が、初老男性の顔を少年に戻し……はしませんでした。<br> 「ほどほどに頑張れ」<br> 「頑張りますとも」<br> そう言って、彼らは別れました。</div> <p><a name="105"></a></p> <div class="mes"><br> 国から出てしばらく走ると、キョソたちはモトラドに乗った別の男性に出会いました。こちらはまあ何と言うか没個性な顔をしています。<br> 「よう、旅の人だな」<br> 男はぶっきらぼうに言いました。<br> 「何か用か」<br> キョソはもっとぶっきらぼうでした。ぶっきらぼんぼん。<br> 「俺の話を聞かないか」<br> 「断る」<br> キョソは即答しましたが、男が勝手にしゃべり始めました<br> 「俺は祖父を探しているんだ。七年前『情熱が、情熱が、迸るぅぅううおおおおああああ!』って、発狂まがいのことを言って失踪しちまってな」<br> キョソと古泉くんはぱちりと瞬きして、アイコンタクトしました。<br> (あいつか)<br> (ですよね)<br> そんな感じのやり取りでした。<br> 「五年間、俺は祖父を探して旅をしているんだ。祖父はそりゃあもう立派な、国の名士だった。毎日バリバリと社交界で幅を利かせていた」<br> 彼の目には、憧憬とも言うべき色が見て取れました。<br> 「祖父は俺の目標なんだよ。だから、いなくなってもらっちゃ困る。必ず見つけ出す。そういうこった。じゃあな」<br> そう言って男は去って行きました。キョソたちはふたたび出発しました。</div> <p><a name="106"></a></p> <div class="mes"><br> しばらくしてこいずみくんが、<br> 「キョソたん」<br> 「何だ」<br> 「あの二人、会ったらどうなると思いますか」<br> 「解らん。つうかどうでもいい」<br> 「僕は、きっと彼もアラ・カワさんに掘られると思います!」<br> この一人と一台が回答を得ることはありませんでしたけれど。<br> <br> <br> <br> 第二話 「睡眠の国」<br> ―Be quiet―<br> <br> 草原を一台のこいずみくん(注・アナルゲイモトラド、ガチホモ、一説によれば「もっふ」の一声で国を一つ掘れるという)が走っていました。<br> それにまたがるのは十代半ばの、やる気が下の中くらいの少年、キョソ。<br> 一人と一台は、均整な作りをした小さな国に到着し、入国しました。<br> すったかすったかと街を行くと、<br> 「こいずみ」「キョソたん」<br> 両者が同時に声を発しました。<br> 「どうしたんだ」「キョソたんからどうぞ」<br> またも声がかぶりましたが、キョソが、<br> 「この街はえらい静かじゃないか」<br> そう言うとこいずみくんは、<br> 「僕はこの街は男っ気がゼロだと思っていました」<br> 両者の見解はあさっての方向へ向いていました。<br> 「とりあえず宿屋だ」<br> キョソたちは基本三日間国に滞在することにしています。<br> 彼は宿の戸を開け、カウンタの呼び鈴を鳴らしました。<br> 「おい、誰かいないのか」<br> 思いっきり無礼ですが、苦笑いで許してあげてください。<br> さて、キョソが無礼だからなのか何なのか、呼びかけに返事はありませんでした。 <br> <div class="mes">「誰もいないのか?」<br> 「少なくとも野郎はいませんよ。一億万パーセントいません」<br> こいずみくんの男子観測精度は宇宙レベルです。<br> 「それじゃ勝手に使わせてもらおうぜ」<br> そうして彼らは堂々と不法侵入しました。適当に部屋を選んで、ドアを開けます。<br> 「…………」<br> 無言で固まったのはキョソです。<br> ベッドに少女が寝ていました。<br> 「……」<br> すう、と寝息も立てず、ショートカットの何となく読書が好きそうな少女は、眠っていました。<br> 「キョソたん」<br> 「うわ!」<br> こいずみくんがキョソのうなじに吐息を吹きかけて言いました。キョソは思いっきり大声を出してしまいましたが、<br> 「……」<br> 少女は眠り続けていました。キョソは、<br> 「出よう。何かいけないことしてる気分だ」<br> 気分じゃなくて実際にしてると思います。不法侵入。</div> <div class="mes"><br> キョソたちは何軒か宿を回りました。しかし、どこへ行っても誰もが寝ていました。皆一様に起きませんでした。伏線でも何でもありませんが女性ばかりでした。<br> 回りまわって、キョソたちは最初の宿屋に戻ってきます。<br> 「これじゃどこ行っても一緒だな」<br> 空き部屋を見つけると、キョソとこいずみくんは三日間そこで寝泊りしました。ベッドはひとつでしたが、こいずみくんは床でも眠れるので問題ありません。<br> <br> 「何もない国だったな」<br> キョソがこいずみくんに跨って言いました。<br> 「男のいない国に価値はありません」<br> こいずみくんがさらりと言いました。<br> 「……」<br> 「うわ!」<br> 何の気配も感じさせず、突然少女が目の前に立っていました。<br> 「な、何だよお前」<br> 「……」<br> よく見るとそこそこに可愛らしい少女は、無表情なので残念ながら魅力が二割減じられていました。しかしこれはこれで物好きなファンがつきそうです。 <br> 「お勘定」<br> 彼女は言いました。片手で伝票を差し出して。<br> 「……」<br> キョソは一分ほど黙り込んで、結局無言少女に屈してお代を払って出国しました。</div> <a name="232"></a> <div class="mes"><br> 草原を、一台のこいずみくんが走っていました。<br> 「ちゃっかりした国だったな」「男のいない国に価値はありません」<br> 道をしばらく行くと、彼らは案内板を見つけました。<br> 矢印が、ちょうど今来た方角を指していて「女型アンドロイドの国」と書いてありました。<br> 「な、あいつ機械だったのかよ」<br> キョソがちょっと驚いて言いました。<br> 「キョソたん」<br> こいずみくんが言いました。キョソが「何だよ」と訊くと、<br> 「何にしろ男のいない国に魅力はありませんよ。過去はさっさと忘れるべきです」<br> と、まったく中身のない文言でもってキョソを諭しました。ちなみにこいずみくんには説教なんて意識は皆無です。<br> 「……」<br> キョソはしばし黙って空を見つめ、<br> 「それもそうだな」「そうですよ」<br> そうして一人を載せた一台はまた走り出しました。<br> 道を走りながら、キョソはアンドロイドの表情を思い出していました。<br> もう少し笑えばいいのに、と彼は思いましたが、そんなことは誰にも言いませんでした。<br> <br> <br> <br> 第三話 「押し売りの国」<br> ―You must buy―<br> <br> ある国に、一台のこいずみくん(注・イノセントアナルゲイモトラド、九十年製)が停まっていました。<br> 運転手の少年は、名をキョソと言います。十代半ばで、テストで十八点くらいしか取れなくても別に構わないような顔をしています。<br> 「これこれ! これなんてどうですか! あなたにピッタリです!」<br> キョソはある店に立ち寄っていました。というか、通りがかったら強引に止められたんです。<br> 店員の、何となくとある機関と対立している組織の幹部っぽい少女は、キョソに片っ端から色々なものを勧めていました。<br> 「これは魔よけのネックレスです。ほら、首のとこのドクロがキュートでしょ?」<br> 「……そうか?」<br> キョソはネックレスを流し忘れのトイレを見るような目で眺めました。あからさまに悪趣味でした。ケッタイなイチモツです。<br> 「そうなのです! これさえあればあなたもあらゆる災厄から身を守ることが出来ます!」<br> キョソにとってはこの女こそが災厄でした。しかし彼は押しに弱いという現代人特有の気質を持っていたので、なかなか断れません。<br> 「おいこいずみ」<br> と振り向いた道端に、モトラドの姿はありませんでした。<br> 「あなたのモトラドなら美形の行商人についていったわよ。男の」<br> 「……やれやれ」<br> <br> 「うっほうほっほいいおとこー! もっほもほっほいいおとこー!」<br> しかし、こいずみくんは男を掘ることができないのです。パンツをはいてますから。 <a name="50"></a> <div class="mes">「じゃあこれはどう? ある国の魔術師がこしらえた剣で、一度つかむと放せないのです」<br> 店員がおどろおどろしい演出をつけて語りました。キョソは、<br> 「お前、今つかんでるじゃんか」<br> 「え? あ。……ああああああああ!」<br> 営業スマイルも空回りです。<br> キョソは首を振って、どさくさに紛れて露店から去って行きました。<br> <br> 夜の宿屋――。<br> 「キョソたん、この国のおとこはレヴェルが高いですよ!」<br> 「そうかい」<br> こいずみくんが相当興奮気味に話しました。キョソは昼間の店員のセールストークに辟易して、もうなんかうんざりです。<br> 「見てください! こんなものを売ってもらいましたよ!」<br> こいずみくんはそう言って、真っ赤な布きれを取り出しました。<br> 「何だよそれ」<br> 「ふんどしです!」<br> 目をキラキラさせてこいずみくんが言いました。キョソはしばし沈黙してから、<br> 「それ、お前がはくのか?」<br> 「キョソたん、はきたいですか?」「断固ノーだ」<br> 「じゃあ僕がはきます!」<br> そう言ってこいずみくんはパンツの上に赤いふんどしをはきました。<br> 「こいずみ」「何ですか?」<br> 「ちょっと後ろ向いてくれ」<br> こいずみくんがくるりと振り向くと、赤フンにパンツヒップという、何とも滑稽な姿が現れました。<br> 「似合いますか!」<br> キョソは答えに窮しましたが、一分ほど経ってから「ああ」と生返事しました。<br> その日、キョソは小さな罪の意識で、いつもより五分くらい寝るのが遅れたそうです。<br> <br> (穴)</div> </div> </div>