饒舌な殺人者
<p>プロローグ</p> <p>宿題がない長期休暇など存在せず、世間一般でそれでも宿題が少ないと言われている春休みが終わった新学期のことだった<br /> 特に何の感動もなく進級し、せいぜい考えていたことといえばあと1年で朝比奈さんが卒業かということぐらいだった<br /> 受験で忙しくなるだろうから部室にもあまり顔を出せなくなるのだろうか<br /> この破天荒な日常の中で唯一と言っても過言ではない俺の心の癒しがなくなるのはどうにもいたたまれない気持ちだとそんなことを考えながら登校すると俺の後ろの席に座っていた100Wの笑顔が俺のところに飛んできた<br /> 「キョン!今日、転入生が来るらしいわよ!どうせ転入してくるならやっぱり、宇宙人がいいわよね!」<br /> おもちゃ箱を引っ繰り返した子供のような顔でハルヒが騒いでいる<br /> 冗談じゃない、これ以上宇宙人が増えられても困るだけだ<br /> それにしても転校生の好きな奴だ<br /> きっとそういうゲームでもハルヒは転校生から攻略するに違いな…<br /> やめておこう<br /> 例え女性向けであったとしてもハルヒがそういうゲームをやるとは思えないし、もちろん俺もやったことがないのでこれ以上語れない<br /> 「転校生はシナリオが逸材って相場は決まってるものよ!!」<br /> …ってやったことあるのかよ!<br /> それが男性向けか女性向けかによって今後のハルヒとの付き合い方を考えなければならん<br /> 「しかしだなぁハルヒ、あんまり一つのシナリオに期待しすぎるとそのシナリオがいまいちだった時の脱力大きいぞ」<br /> ハルヒは満面の笑みを崩さずに続けた<br /> 「大丈夫よ!そういうときは大して期待してなかったキャラのシナリオが逸材だったりするから!!」<br /> なるほど、一理ある…<br /> そんなことを考えていると岡部がやってきてこの会話はお開きとなる<br /> 俺は前に向き直り、噂の転校生の紹介を待った<br /> 「今日はみんなが驚く転校生が来ているぞ、それとハンドボールしないか?」<br /> 俺は危惧するべきだったのだ<br /> さっきのハルヒの言葉に<br /> 入ってきたのはまさに宇宙人だったからだ<br /> 入ってくると同時にあがる野郎共の歓声に反するように俺の背筋は凍り付き、冷や汗がだらだらと流れた<br /> イカレたあの空間と銀色に光るナイフの記憶がフラッシュバックする<br /> 「あー、朝倉はカナダで親御さんにこの高校に戻りたいと悲願して一人で戻ってきたそうだ、それとハンドボールしないか?」<br /> 自分でも顔が引きつっているのがわかるほど動揺している俺の心境を尻目に岡部は説明を付け加えた<br /> 朝倉はというと少しきょろきょろしたあとに俺と目を合わせ、笑顔で手を振りやがった<br /> それと同時に向けられる全男子の鋭い目<br /> その目からは「どうしてお前が!?」という意味を汲み取れる<br /> 一番読みやすい谷口からは「てめえ、涼宮だけじゃなくて朝倉涼子にまで手を出してやがったのか!?しかも長門有希といい、朝比奈さんといいどうしてお前のまわりには美人が集まるんだ!?お前はギャルゲーの主人公か!?ようし、決めた…お前の妹が大きくなったら俺が嫁にもらうからな!!」<br /> と伝わった<br /> 冗談じゃない、お前なんかに妹はやらん<br /> と現実逃避をしていると後ろからシャーペンが刺された<br /> 朝倉涼子がそこにいるという理由だけで俺はナイフじゃなくてよかったと安堵した<br /> 「まさか転校生が朝倉涼子だったなんてね、これは不思議の匂いだわ」<br /> 朝倉から不思議の匂いがするかどうかは山根に聞いてくれ<br /> やたらご機嫌なハルヒに気付かれぬように俺はため息を着いた<br /> やれやれ、どうして俺が悩むときはこいつがご機嫌かね</p> <p><br /> 第1文節<br /> 「長門!」<br /> HRを終えて俺は文芸部室に走ってきた<br /> 次は体育館に移動して始業式だからもしかしていないかとも思ったが変わらず長門は指定の席で分厚いハードカバーを読んでいた<br /> 「……あなたの危惧は杞憂」<br /> 視線を本から外さないまま長門がぽそりとつぶやいた<br /> 「朝倉涼子は以前のことをあなたに謝りたいと思っている」<br /> 長門が淡々と続ける<br /> 謝る?あいつが?<br /> 謝るくらいなら最初からするなっていうのは誰の台詞だったかね<br /> 「それだけでは安心できん、もっと能力的な…例えば他の方々のSSみたいに情報の改竄ができなくなっているとかはないのか?」<br /> 長門が言うなら間違いはないだろうが、人間のトラウマというものはそう簡単に構築されてはいない<br /> 溺れてる奴がわらに縋る気持ちが今ならちょっとわかる<br /> 「朝倉涼子のヒューマノイド・インターフェースとしての能力は以前より向上している、これは情報統合思念体の急進派が主流派に統合され、朝倉涼子がバックアップとしてではなく私とは別の目的をもって再構築されたため」<br /> 別の目的?<br /> なんだ、それは?<br /> 「涼宮ハルヒを退屈させないこと」<br /> 退屈させないとはね<br /> 情報統合なんとやらも古泉のところの機関みたいになってきたな<br /> 「情報統合思念体は以前の事象により、涼宮ハルヒを怒らせたり悲しませたりすることは宇宙消滅の可能性があり、危険と判断した…情報統合思念体は人間の感情というものを理解していないがどういったファクターで感情と呼ばれるものが発生するかは理解している」<br /> ええと…要するになんとか思念体はハルヒのご機嫌とりに撤するってことか?<br /> でもそうすると長門のいう情報フレアの発生がなくなるんじゃないか?<br /> 「あなたと涼宮ハルヒが以前次元相違空間に転移し、この次元に復帰した際、情報統合思念体でも解読に時間のかかる情報フレアが涼宮ハルヒから発生した、今から43時間38分12秒前に解読を完了し、その情報が我々の自律進化の可能性に大きく近づくことがわかったことからその1時間後、情報統合思念体は朝倉涼子を再構築した」<br /> 待てよ、その俺が閉鎖空間から帰ってきたことと朝倉の再構築とどう関係があるんだ?<br /> 「この情報フレアは涼宮ハルヒが嬉しいと感じたときに検出されている、事実、涼宮ハルヒが朝比奈みくるの胸部を揉んでいるときにも微量ながら発生が確認された、そのため朝倉涼子が涼宮ハルヒを喜ばせるため再構築された」<br /> なるほど、だいたい理解できたよ<br /> 朝倉は宇宙の消滅を防ぐためとその情報フレアの発生促進のために現われたんだな<br /> とりあえず、朝倉涼子に危険性はないってことでいいんだな?<br /> 「いい」<br /> その短い返事を聞いて満足した俺は遅れないように早足で体育館へ向かった<br /> この時、俺は背後で交わされる会話を聞き逃してしまっていた<br /> 「長門さんも嘘がうまくなったわね」<br /> 「…あなたほどではない」<br /><br /> 時は流れて放課後である<br /> もともと始業式なんてものは長いだけで何の生産性もない校長の話ぐらいしかすることがないので何もなかったというほかないのだ<br /> いつものように、文芸部室の扉をノックするといつもとは違う声が返ってくる<br /> 「どうぞ♪」<br /> 俺はその声に脊髄反射的に後退りをした<br /> トラウマを抉る声だったからだ<br /> 長門が保証してくれたにも関わらず恐怖を感じるのはやはり命の危機のトラウマはでかいということだな<br /> とまぁそんなことを納得していても仕方ないのでゆっくりドアノブを握って、ゆっくり開いた<br /> 「で、向こうでどんな不思議なことがあったの!?」<br /> 部室には俺以外の全員とさっきの声の主、朝倉がいて、ハルヒに全力で質問攻めされていた<br /> 2人が座っているのは普段俺と古泉が座っている席だ<br /> その古泉はといえば部室の端に立っていて俺と目が合うと小さく肩をすくめた<br /> 仕方がないので俺は団長席に座る<br /> すると間髪入れずにハルヒの声が飛んできた<br /> 「キョン!絶対にして不可侵なあたしの団長席に座るなんて10000000000年早いわよ!」<br /> お前が俺の席に座っているというのに身勝手な奴だ<br /> それに数字にされると読みにくい<br /> えーと…百億年か<br /> 「じゃあ俺はいったいどうしたらいいんだ」<br /> 不満をぼやく俺に対し、我らが団長様はこう言った<br /> 「そこでハレ晴レユカイでも踊ってなさい!」<br /> 命令された俺は部室の隅でハレ晴レユカイを踊り始める<br /> 途中から古泉も入ってきて、そのカオスっぷりはホントに投下はこのスレでよかったのかわからなくなるほどだった<br /> 俺たちが一曲フルコーラスで踊りきる頃にはハルヒも何もなかったと言い張る朝倉に飽きたらしく団長席に戻っていた<br /> 「カナダよ!カナダ!なのにどうして宇宙人の一人や二人いないのかしら」<br /> 宇宙人ならここにいるぞしかも二人もな<br /> 何よりお前が質問攻めしていた張本人が宇宙人だ<br /> その後は特に何もなく…ああ、そういえばハルヒが朝倉にSOS団の団活に参加してもいいと許可をしていたな<br /> まぁめぼしいことといえばそれくらいで、古泉とチェスをやっているうちに長門が本を閉じる<br /> さて帰るかと支度をしていると朝倉が気配もなく俺に耳打ちした<br /> 「よかったら、これから1年5組の教室に来て」</p>