梅雨空に舞う雪：第4章
<p>『梅雨空に舞う雪』</p> <p> </p> <p> </p> <p> </p> <p style="margin-left:18pt;text-indent:-18pt;" class="MsoNormal"> <span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"><span>○ </span></span><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">第<span lang="en-us" xml:lang="en-us">4</span>章：ゆく河の流れは絶えずして……</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">期末試験が始まった。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">今更慌ててもどうしようもないし、ここまできて後悔するぐらいなら、とっくの昔に何とかしようとしている。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">今回は、試験直前に液体宇宙人が現れたおかげで、いつも以上にどたばたしたが、結局その液体宇宙人からも心優しいご指導をいただくことができた。俺はなんて幸せなんだろう。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">試験期間中もとりあえず部室に寄って、ハルヒと長門とこゆきによる特訓を受け、翌日のテストのヤマカケをお願いし、最低限ここだけは押さえておく様に、というハルヒたちの言いつけを守っている。そのおかげで、低空飛行ながらも、離陸して途中で墜落することもなく、ちゃんと着陸できることはほぼ確実な状況だ。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「毎日すまんな」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「ほんとよ、感謝しなさい」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「あぁ、感謝してるさ」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「感謝の気持ちは行動で示すようにね」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">一言多いのは仕方ないが、ハルヒもいやな顔もせず俺に付き合ってくれている。長門も無表情ながらも、黙々とポイントを指摘し続けてくれている。そんな試験も明日で終わりだ。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">最終日の試験科目のヤマカケが終了し、俺とハルヒと長門とこゆきという、ここ数日の固定メンバで坂道を下りながら、俺はハルヒに話しかけた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「明日で試験は終わりだが、やるのか、あれ」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「当然よ。覚悟しなさい！」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">何をどう覚悟すればいいんだろうね。俺としちゃ遥か昔に諸々含めて包括的に覚悟済みなんだけどさ。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">あれ？ そうあれ。 <span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団プレゼンツ、メイドコスプレパーティー。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">翌日。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">終わった、終わった。後は試験休みに夏休みだ。終わったことはすっかりきれいに忘れる。そう、それが健康のために一番。振り返らず、泣かないで、歩くんだ、どこまでも。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">晴れやかな気持ちで、文芸部室の扉を開けると、いつものように窓辺で読書に励む長門と、窓の外を眺めていたこゆきの後姿が目に入った。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「よお」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「キョンくん、お疲れ様」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">振り返ったこゆきは、にこやかにねぎらいの言葉を掛けてくれた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「やっと終わったよ、世話になったな」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">そういいながら、部室に足を踏み入れた俺は、いつもの朝比奈さんのメイド服の隣に、五着のどんぐりメイド服と、二着の執事服がハンガーに掛けられているのに気づいた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「それ、今日着るんですよね、楽しみー」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">液体宇宙人もコスプレ好きなんだね。有機アンドロイドの長門はどうだろう？</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">かばんを置いていつものパイプ椅子に座ると、今度は鶴屋さんと朝比奈さんが到着した。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「こんにちはー」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「やっほー、きたよっ」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「どうも、鶴屋さん」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「お、あちらが噂に聞く長門っちのいとこちゃんだね」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「こんにちは、こゆきです」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「ども、鶴屋だ。うんうん、かっわいいねー」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">そういって鶴屋さんはこゆきの顔を覗き込むと、</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「うん、みくるが言ってた様に、確かに口元はキョンくんだ。長門っちと足して二で割ったみたいだね。こりゃ二人の娘って言ってもおかしくない、あははは」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">と豪快に笑って、こゆきの隣に腰掛けた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">最初のうちはあっけに取られているこゆきだったが、鶴屋さんが身振り手振りを交えていろいろと話しかけていくにつれて、すっかり打ち解けて行き、最後には鶴屋さんと一緒に大笑いして盛り上がっていた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">その後古泉が来て、最後にハルヒがなにやら紙袋をぶら下げて到着した。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「みんな揃ってるみたいね。じゃ、始めるわよ」</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">『みくるちゃん、また、胸おっきくなったんじゃないの？』</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">『えぇー、そんなことないですぅ』</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">『そうなんだ、みくるはまだ成長期なんだよ、あっはっは』</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">部屋の中からは、わいわい言いながら着替えている女性陣の声が聞こえてくる。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">先に着替え終わった俺と古泉は、ドアの外に立ってお互いの姿を眺めていた。華やかなメイド服とは違って、執事服といってもダークカラーの燕尾服なので特別なことはなにもない。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「俺たちみたいな若造が着ても似合わんな」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">俺は上着の裾のところをピンピンと引っ張りながら、</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「こういうのは新川さんぐらいに、人生経験を積んで貫禄をつけないと、サマにならん」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「そうですね」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">古泉も照れ笑いをしている。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「やはりロマンスグレーのオジサマのイメージでしょうか」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「そうだな」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「次はカツラも借りる様にしましょう」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「『次』はもういい、これっきりにして欲しいね」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「否定はしませんけど」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">そういって古泉はネクタイを直していた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「おや？」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「どうかしましたか？」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">普段は静かな部室棟三階の廊下に、今日はぱらぱらと人影が目に付く。それも九割がた男で、一部にはデジカメをぶら下げていたり、でっかいレンズの付いた一眼レフを構えているやつもいる。そして、みんな一様に俺たちの立っている文芸部室の方にちらちらと視線を送ってきている。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「どうやら、今日のイベントの事を知っているようですね」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">廊下を一瞥した古泉が、俺の耳元でささやいた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「顔近いって。俺たちだってこんな格好で突っ立っているんだ、バレバレだぜ。たぶん、ハルヒか鶴屋さんが触れ回ったんだろうな」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「そんなところですね」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「やっぱ、整理券でも前売りしておいた方がよかったかなぁ」</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ドアの前で待っている間にも、ギャラリーの数は少しずつ増えていた。試験も終わったからみんな暇なんだな。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">しばらくすると、</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">『いいわよー』</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">という声がしたので、俺たちは、廊下で待機している男子生徒に覗き込まれないよう注意しながら室内に滑り込んだ。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「おぉー」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「これはこれは……」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">壮観だ。<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団の三人に鶴屋さんとこゆきを加えた最強クィンテットが繰り広げる華麗なるメイドワールド。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「どう、似合うでしょ？」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">真新しい衣装に身を包んだハルヒは、椅子に座っている長門の頭の上のカチューシャの位置を調整している。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">バニー以外のコスプレ姿はめったに見たことがないハルヒだが、もともと顔とスタイルは抜群なわけだから、メイド姿だって必要かつ十分なぐらい似合っている。ただし、朝比奈さんや森さんに代表されるような、メイドさんらしいちょっと控えめな態度をとることは決してないだろうが。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">一方、ハルヒの前に座っている長門は、いつものように無表情ではあったが、漆黒の瞳が普段より輝いているようだった。これで軽く首をかしげてにっこり微笑まれたら、谷口ランクも赤丸急上昇間違いなしなんだがね。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">鶴屋さんと朝比奈さんは半年ぶりのメイド姿だが、相変わらず見目麗しいお姿で、お互いにポーズを取り合ってはしゃいでいる。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">そしてこゆき。長門の隣にちょこんと座って、襟元のリボンの位置を手直ししているが、その姿も仕草も、他の四人とは少し異なる可憐さを持っていた。なんだろう、よりピュアな純真さが湧き出ているという感じだ。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「どうだい、キョンくんに古泉くん、めがっさ似合ってるだろ、どうにょろ」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「どうにょろ」と言われても、そりゃもう、文化祭の時と同じように言葉を失うぐらいにお見事です。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「よし、できた」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">長門のカチューシャの微調整が終わったハルヒは、両手を腰に当てて、勝ち誇ったように言った。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「気分いいわねぇ、我が<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団は無敵よね」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">五人五様のメイドさんを順々に眺めながら、ハルヒの言葉に俺は大きく肯いた。確かにこの五人にかなうものはいない。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">団長机の引き出しからデジカメを取り出したハルヒは、</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「キョン、ほら、写真撮りたいでしょ？ カメラマンを命じるわ、写しなさい」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「おうよ」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">今日だけは喜んで命じられてやる。この役目だけは古泉にも譲ってやらん。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「古泉くんはビデオ係りね」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「わかりました」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">そうか、ビデオもあったのか……。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">それからしばらくは、部室内で撮影大会が繰り広げられた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">五人並んでポーズを決めたり、一人ずつちょっと格好をつけてすましてみたり。また、俺も五人のメイド一人ずつとのツーショットを撮影した。こりゃ家宝だな。あとで谷口に自慢してやろう。古泉とのツーショットも合ったが、それはどうでもいい。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ひとしきり撮影が終わると、</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「じゃ、行くわよ」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">といって、ハルヒはさっきの紙袋を持って立ち上がった。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「何を始めるんだ？」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「ほら、これ」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">といってハルヒが差し出した紙には、</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">『さぁ夏休み！ この世の不思議を募集中！！』</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">と、でっかくプリントされていた。いつの間にこんなものを……。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「これから、このビラ配ってまわるの。夏はね、お化けや幽霊の季節だからね、今から募集しておけばきっと何かあるはずよ、ね、みくるちゃん」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「えぇー、幽霊はちょっと……」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「団員が何言ってるの、さ、しゅっぱーつ！」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ハルヒは、バーンと部室のドアを開けると、廊下に飛び出した。そのすぐ後を鶴屋さんとこゆきが続いた。廊下からは、「おぉー」とか「すげー」とかいう声と、カメラのシャッター音が響いている。そのシャッター音をかき消すように、ハルヒの怒鳴り声が響いてきた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">『こらこら、あんたたちねー、あたしたちの写真ばっかり撮ってないで、心霊写真でも撮ってきなさーい！』</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">その後、五人のメイドと二人の執事が、多くの男子生徒を引き連れながら部室棟やら中庭を練り歩いて、さっきのビラを配ってまわった。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">時間が経つにつれ、グランドの運動部の連中も騒ぎを聞きつけて練習そっちのけで見学にきている。教師はハルヒが先頭を歩いているのを見かけると、あきらめたように遠巻きに様子を伺うだけだった。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「これはやっかいなことになった」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">もはや執事と言うより警備員と言う感じで、群集から<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団メイドご一行様をガードする役に徹している俺と古泉は、必死だった。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「もうどうしようもありません。とにかくできるだけのことをしましょう」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「おう、そうだな」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">中庭でハルヒ達がなにやら叫びながら例のビラを配っているのを見ていると、後ろから声を掛けられた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「すみません、古泉先輩、一緒に写真撮ってもらってもいいですか？」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">振り返ると一年生の女子が三人立っていた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「僕ですか？ いいですよ」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">小さく「やったぁ」「きゃぁ」とか言いながら三人が顔を合わせて喜んでいる。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「よかったらそちらの方もいっしょに……」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">『よかったらそちらの方も』、ですか、そうですか……。別にいいですよ、カメラマン、しましょうか……？</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「まぁまぁ、そうおっしゃらずに」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">古泉は苦笑いをしながら、俺も被写体として迎え入れてくれた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">そんな混乱した状況でもハルヒはすこぶる機嫌がいいようで、写真撮影の男子生徒の求めに応じてポーズまで取ってやがる。こゆきも楽しそうにビラを配ったり、握手したりと、すっかり人気者になっていた。この騒ぎでは、誰もこゆきの存在を不思議に思うこともないみたいだ。しかし、どんな時もしっかりと長門がそばについて睨みを利かせていたようだったが。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">その長門も、時折、衣装のカフスのところを直すとか、ハルヒが頭に載せてくれたカチューシャを調整するとか、メイド姿がまんざらでもないようだった。写真撮影にも応じていたようだが、微笑んでいる様子はなかったな。仏頂面のメイドってどうなんだろうね。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">校内のあちらこちらで、臨時の撮影会を開催しつつ、最後は講堂の舞台の上に七人全員で並んだ。中央にハルヒ、舞台上手側に朝比奈さんと鶴屋さんと古泉、下手側に長門にこゆきに俺、という順に立ち、女性陣はにこやかに観客に手を振っている。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">講堂内には、おそらくは全校生徒の半分ぐらい集まっているんじゃないだろうか。勝手に講堂まで占拠してしまって、教師はともかく、また後で生徒会が何か言ってくるかもしれないな。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「すまんな、大騒ぎになった」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">俺は隣で観客に手を振っているこゆきに話しかけた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「いいんです、すっごく楽しくて。こんな経験なかなかできないし」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「そうだな」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">そう返答しながらも、これから<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団と行動を共にしていると、こんな経験ぐらい何度でもできるさ、と俺はしみじみと思っていた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「みんなー、今日はありがとー」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">『うぉー』</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ハルヒが何か言うたびに地響きのような歓声が講堂を満たす。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「これで、明日は梅雨明けよー！」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">『うぉー』</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">なんと、この騒ぎはハルヒが前に言っていた梅雨明けを祈る儀式だったのか！？ 結局、こんなに多くの生徒まで巻き込んで実現しやがった。なんて奴だよ、まったく。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「今後とも、<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団をよろしくねー！」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">大歓声と拍手喝采だった。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">こうして、期末試験後の特大イベントが終わった。<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団はまたひとつ伝説を打ち立てたわけだ。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">その夜、晩飯を食った後でベッドの上で横になり、今日一日のエキサイティングな出来事を振り返りながら、俺は食後のまどろみを楽しんでいた。昼間に撮ったデジカメのデータが早く欲しいなぁ、などとシャミセンのしっぽをもてあそんでいた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">楽しかったのは、今日一日だけではないな。液体宇宙人のこゆきが空から降ってきてからというもの、それが呼び水となったのか、ハルヒとやっぱり愉快な仲間たちとの日々は充実していた。そう、魔法以上に愉快な毎日だった。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">そんなことに想いを巡らせていると、机の上の携帯が鳴った。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">携帯の小窓には『長門有希』と表示されている。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「今日はお疲れだったな。どうした、長門？」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">『緊急事態』</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">何、また緊急事態だって？</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「今度はどうした？」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">『こゆきが出発することになった。見送ってあげて欲しい』</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「ちょ、ちょっと待て！ どういうことだ？」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">一瞬で目が覚めた。あまりに驚いたので、もてあそんでいたシャミセンのしっぽを力いっぱい握ってしまった。シャミセンは「ぶぎゃ」と叫んでベッドから飛び降りて行ってしまった。すまん、シャミ。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">『とにかく来て。十分以内』</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「おい！」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">……切れた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">こゆきを見送り、だって？</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">俺は玄関の傘たての傘を一本つかんで、いまにも降り出しそうな夜空の下、長門のマンションまで自転車を飛ばした。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">案内されたリビングでは、制服姿のままのこゆきが神妙な顔をして座っていた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「……キョンくん」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「どうしたんだ、いったい」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「ここを離れることになりました」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「……」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「液状化分散集合生命体にとって生存に適した惑星が見つかった、と先ほど統合思念体から連絡が入った」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">そう言いながら長門は、いつもの場所に座り、いつものほうじ茶を淹れてくれた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「そうか」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「地球上の他の分散体の状況、地球と移住先の惑星の相対的・絶対的位置関係などの条件などにより、今から出発することになる」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「今から？ そんな急に……」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「仕方ない」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「待てよ、少しぐらいは……」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「時間はあまりない」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「……最後にみなさんにご挨拶したかったんですが……」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">そう言ってこゆきは、うつむいて右手で目頭を押さえている。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「ハルヒに説明するのはちょっと難しいが、せめて朝比奈さんと古泉には連絡をしてすぐに……」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「それも考えたんですが、皆さんにお会いすると、やっぱりちょっとお別れするのがつらくなりそうで」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「…………」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「だからキョンくんだけって」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">こゆきは顔を上げると、無理やり笑顔を作りながら、</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「私のこと、忘れないでくださいね」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「わ、忘れるもんか」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「私も忘れません」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">そう言うこゆきの笑顔はやっぱり輝いていた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「それにしても……あっという間だった」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「私がこのように『こゆき』として集合するまでは……」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">机の上においた白い手のほっそりとした指先を見つめながら、こゆきはゆっくりと言った。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「とっても長い間、分散体の状態で地球上の水分といっしょに世界中を巡っていました。それと比べると本当に一瞬のことでしたが、充実していました」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">組んだ両手の指の上にあごを乗せて、こゆきは思い出にふけるように目を閉じている。その姿を見ながら、俺はつぶやくように言った。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず……」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え､かつ結びて、久しくとどまりたる例（ためし）なし。世の中にある人と､栖（すみか）とまたかくのごとし」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">長門が後を続けてくれた。流石は元祖文芸部員だ。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「久しくとどまりたるためしなし、か、そうだな…………、新しい星でも元気でな」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「はい」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「では、そろそろ、光陽園駅前公園へ」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">じっと湯飲みを見つめていた長門が顔を上げて静かに言った。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「ハルヒにはなんて言おうか？」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">マンションのエレベータの中で俺は長門に話しかけた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「急遽ご両親の元に帰ることになった」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「まぁそうなんだが、大事なことは報・連・相しろって言われているし」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「わたしからも涼宮ハルヒに謝罪する」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「おまえからも謝ってくれればハルヒも納得してくれるな」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「たぶん」</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">その後はほとんど会話を交わすこともなく、俺たち三人は光陽園駅前公園にやってきた。また少しだけ降り出した雨が、木々の葉っぱを静かに叩いている夜の公園を、俺たちは傘もささずに歩いていた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">やがて、以前に本の栞の呼び出し文で俺が駆けつけた時に、長門が腰掛けていたベンチの前までたどり着くと、こゆきは立ち止まって振り返った。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「いろいろとありがとうございました。わずかの間だったけれど、とても楽しかったです」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">そう言うとこゆきはそっと頭を下げた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「行くのか」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「はい……」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「心配することはない、あなたたちの仲間の分散体も別途集合することになっている。一緒に新天地に向かうことができる」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">淡々と、でもはっきりとした口調で長門はこゆきに話しかけた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">こゆきはただじっと長門の目を見つめていた。言葉にはならないが、なにか二人の間では多くの想いが行き来していたのだろう。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">ラジオの雑音のような、木々の葉を打つ雨音が少しだけ強くなった気がする。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「キョンくん、有希さん、お世話になりました。最後に……」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">こゆきは並んで立っていた俺と長門の間に飛び込んでくると、両手で俺たち二人に抱きついて、一言一句をかみしめる様に、</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「おとうさん、おかあさん、いつまでもお元気で」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">と、言って長門の胸元に顔をうずめた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">しばらくの間、俺と長門で包み込むようにこゆきを抱きしめていたが、やがて俺たちから数歩さがった所に立つと、こゆきは空を見上げて静かに言った。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「じゃあ、行きます」</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">街灯の明かりに照らされたこゆきの白い肌の色が薄く透明になっていき、やがて人の形をした水の塊になった。先ほどまで着ていた北高の制服がぱさりと足元に落ちた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">その水の塊が球体になったかと思うと、一瞬のうちに夜空高く舞い上がって行った。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">俺は、その球体が夜空の向こうに見えなくなるまで、雨粒の落ちてくる空を見上げ続けた。ふと隣を見ると、長門も同じように見上げていた。その頬を流れているのは雨だけではないはずだ……。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「あれ、雪……？」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">いつの間にか降ってくる雨粒が雪に変わっている。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「わたしたちの周囲、半径百メートルの範囲で雪が降っている」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「…………」</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">やってきた時と同じ様に、こゆきは時間と空間を限定して奇跡を起こしてくれているようだ。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">そうしてしばらくの間、梅雨の夜空に静かに雪が舞っていた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">やがて再び雪から雨に変わると、今度は先ほどより大粒で激しく降り始めた。遠くでは雷も鳴っているようだ。</span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">持っていたことも忘れていた傘をやっと開いた俺は、木々の上の遥か彼方の夜空を眺め続けている長門に、そっと傘を差しかけた。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"><span style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">翌日、平年より少し早めの梅雨明け宣言が出された。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us"> </span></p> <p class="MsoNormal"></p> <p class="MsoNormal"><span lang="en-us" style="font-size:12pt;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';" xml:lang="en-us">エピローグ</span></p>
