谷口の恋心
<p>「なぁ、国木田、朝倉ってどこに行っちまったんだろうな」<br /> 「どうしたの、急に。先生はカナダって言ってたけど」<br /> 朝倉涼子が転校して半年が経って、もうすぐクリスマスになろうとしていた。<br /> 「いや、何となくだ。クラス一の美少女が何の言葉もなしに転校ってのがどうも引っかかってな」<br /> 「何それ。ずいぶん今さらだね」<br /> 国木田の言うとおり。俺の読みではキョンあたりは何か知っているはずなんだが…<br /> そう思う根拠は朝倉の転校が知らされる前日のことだ。</p> <p> </p> <p>「なんだ、朝倉。まだ帰らないのか？」<br /> そろそろ日が落ちようかという時間で、教室には俺と朝倉しかいない。他の生徒は下校したか部活動にいそしんでるか、あるいは涼宮に振り回されてるかだな。<br /> 俺は何となく教室に残っていただけで…いや、実際は朝倉が帰り始めるのを待っていた。<br /> 「うん、ちょっと用事」<br /> 朝倉は笑顔で俺にそう答えた。やっぱり可愛いな。ランクをAA+からAAAにあげても問題ないかもしれん。<br /> 「人をね、待ってるの」<br /> どことなく何かを迷っているような、それでも揺るがない決心を胸に秘めているような。<br /> 夕日がそれを一層美しく、儚くしていた。<br /> 「ねぇ、目的のためには手段を選ばないって、いいことだと思う？」<br /> 何とも妙な質問だが、答えないわけにはいかないだろう。俺は直感で分かった。朝倉は誰かに、もしかしたら俺に、告白をしようとしているのだ。<br /> 手段を選ばないということは、つまり……。<br /> 「やらないで後悔するより、やって後悔した方がいいんじゃないか？」<br /> さぁ、朝倉。思う存分俺への想いを打ち明けるといい！<br /> 朝倉は俺の顔をしばらく見た後に<br /> 「そうね、そうよ」<br /> と、呟いて<br /> 「ありがとう」<br /> と、笑顔で言った。その笑顔は何かが吹っ切れたようだ。さぁ来い、朝倉！<br /> 「そ、それじゃぁ、俺、帰るな」<br /> かっこつけたつもりだったが、うっかりどもってしまった。いや、それでも朝倉は俺を呼びとめるはずだ。<br /> が、実際にはそんな訳もなく、虚しいほど静かな廊下を限りなくゆっくり歩いていた。</p> <p>「結局、戻ってきちまった…」<br /> 朝倉のハートを射止めたやつが誰なのか、どうしても知りたかった。いや、射止めたやつもハートを射止められたろう。<br /> 俺なら告白された瞬間にぽっくりだな。<br /> いや、そんなことはどうでもいい、この扉の向こうで今、朝倉と誰かがいい雰囲気になっているはずなんだ。<br /> 俺はそこに 偶 然 忘れ物を取りに来ただけなんだ。<br /> 自分にそう言い聞かせて扉に手をかける。いいいいいか？忘れ物を取りに来たんだ、忘れ物をだ<br /> 「忘れ物、ワスレモノ、わすれもの」<br /> いくぞ、いち、にの、さん！<br /> 「ＷＡＷＡＷＡ忘れ物を～♪」<br /> 何故歌った？そんな自分への疑問も一発で吹っ飛ぶ光景が広がっていた。<br /> 「ご、ごゆっくり～っ！」<br /> 今、何が起こっていたんだ？キョンが？Aランク－の長門有希を？おしたおしてた？<br /> 俺は訳も分からないまま家へすっ飛んで帰った。</p> <p> </p> <p>「ふーん、それで」<br /> 国木田の返事はずいぶんとどうでもよさげだった。<br /> 「いや、あの時は何でキョンが長門を押し倒していたかで頭がいっぱいで考えなかったんだけどな、朝倉はいったいどこに行っちまったんだ？」<br /> そもそもこんな疑問を何故あの時思い浮かべなかったのかが疑問だ。まるで誰かが見えざる力で俺の思考を変えていたような…<br /> 「俺も涼宮に毒されちまったのかね」<br /> そんな独り言を国木田は変なものでも見るかのようにして聞いていた。</p> <p> </p> <p>その日の放課後、俺は何となく寄り道をして帰ることにした。場所は近所の公園。近くには焼き芋屋のトラックが停まっている。<br /> 「たまには焼き芋もいいもんだな」<br /> 俺は財布の中の小銭を数えてトラックへと歩く。が、<br /> 「お、おい！ちょっと待てよ」<br /> トラックは何故か絶妙なタイミングで走りだした。距離もあったし、向こうは客である俺が近づいていることに気付かなかったらしい。<br /> そこまでして食べたいものでもなかったが、俺は何故か全力で追いかけていた。<br /> 途中で暑くなり、上着を脱いで肩にかけた。その間に俺とトラックの距離は開いていく。<br /> 五つ目の曲がり角を過ぎたところで、トラックがもうすぐ見えなくなる、その時だ。<br /> 「きゃぁっ！」<br /> 悲鳴とともに衝撃が走る。俺は何かにぶつかって思いっきり転んでしまった。<br /> 「っ、ててて」<br /> 幸いすりむいただけで骨が折れたりなんてことはなかった。俺は頭をかきながら立ち上がる。<br /> 「痛っ、あ、あの大丈夫ですか」<br /> このとき俺はすぐに怒鳴らなくてよかったと心底思った。<br /> 俺がぶつかったのは帽子を深くかぶった、光陽園学院の制服の女生徒だった。<br /> 「だ、大丈夫です。あなたこそ怪我は？」<br /> いいぞ、谷口。あくまで紳士的に、だ。こんなチャンス二度とないと思え。<br /> 「私は大丈夫です。怪我もないですし・・・あっ！」<br /> 帽子をかぶった女生徒は俺の差し出した腕を見て驚きの声を上げる。二の腕からは血がにじんでいた。<br /> 焼き芋屋を追う途中で上着を脱いでいたから、白いカッターに赤いシミが広がるのがよく見える。<br /> 「大変、手当てしないと」<br /> 「平気っスよ、この位」<br /> そう言って腕を曲げて、元気ポーズを取った。が、腕に力を入れたせいで血が余計に溢れ、シミを大きくする。<br /> 「あの、袖まくってください。一応拭いておいた方がいいと思います」<br /> 帽子の少女は肩に下げていたトートバックからウェットティッシュを取り出した。</p> <p>簡単な手当てを受けた後に、俺はお詫びにと近くの喫茶店に彼女を招待した。<br /> なんでもＳＯＳ団御用達の店らしいが、まさかあの怪しげな団体が来ることはないだろう。やつらは今頃文芸部の部室にいるはずだ。<br /> 喫茶店はいい具合に空いていて、四人掛けの席を二人で使うことができた。<br /> 「あの、何か飲みますか？俺、奢りますよ」<br /> メニューを彼女に渡す。<br /> 「あの、そんな、悪いです」<br /> 遠慮しているのか、両手を左右に振っている。<br /> 「構いませんよ。手当てしてもらったお礼っスから」<br /> メニューを再び彼女に差し出すと、彼女はおずおずとそれを受け取り、帽子のせいでよく見えないが、おそらく目をメニューの上で動かして、<br /> 「それじゃぁ、これを」<br /> と、一番安いリンゴジュースを指差した。正直ほっとした。今財布に入っているのは今週一週間分の昼飯代のみだ。<br /> 「それじゃぁ、俺はコーヒーを」<br /> とりあえず、デキル男はコーヒーを飲んでいる気がする。俺はあえてブラックを飲むことにした。<br /> ボタンを押して店員を呼び注文を済ませて、ようやくあることに気づく。<br /> 「そういえば、帽子、取らないんですか？」<br /> 俺が指摘すると慌てて頭を、いや、帽子押さえた。<br /> 「ご、ごめんなさい」<br /> 恥ずかしそうにうつむいて帽子をとる。俺はあげられた顔を見て驚いてしまった。<br /> 「あ、朝倉！」<br /> 店中の視線が俺に向けられる。目の前の女生徒はキョトンとしていた。<br /> 「あの、なんで私の名前を知ってるんですか？」<br /> そして帰ってきた返事を聞いてさらに驚く。<br /> 態度や俺を見ての反応からして、おそらく偶然同じ名字のそっくりさんなのだろう。<br /> 俺の知る朝倉は、今、カナダにいるはずだ。<br /> 「あぁ、いや、その。そっくりな知り合いがいて…」<br /> 「あの、それって涼子ちゃんですか？」<br /> なるほど、そっくりさんと本人は知り合い同士らしかった。</p> <p>「涼子ちゃんとわたしは親戚で、同い年なんです」<br /> 「そ、それじゃぁ、俺とも同い年ですよ、同級生っすから」<br /> なるほど、親戚ならば似ているのにも合点がいく。意外なところで意外な出会いと言うのはあるもんだな。<br /> 「あ、そうなんですか？すっごく大人っぽいから上級生の方だと思ってました」<br /> 何というか、朝倉と違う趣があって、またそこがいい。<br /> 「いやぁ、よく言われるんっスよ。あ、タメなんっスから敬語なんて使わなくてもいいですよ。って言ってる自分が敬語っすね」<br /> キョンあたりがいたら「お前何テンパってんだ」なんて言われそうだな。朝倉は可笑しそうにくすくすと笑うと、<br /> 「面白い人ですね」<br /> と、言って笑顔俺に向けた。朝倉と同じなんだからAA+、いや、この笑顔にならAAA+をつけてもいいな。<br /> そのあとは他愛のない雑談で楽しく過ごした。<br /> 結局、最後までお互いに敬語でしゃべり続けてはいたが、これはこれでありかなと思う。<br /> 日が暮れ始めて、あたりが暗くなってきた時点で、朝倉は門限が気になったらしく、俺はそれを感じ取ってそろそろ帰ろうかと切り出した。<br /> 俺が会計を済ませるのを申し訳なさそうに見ている姿は、学級委員だったカナダの朝倉からは想像もできない。<br /> 店を出た時点で、<br /> 「ごちそうさまでした」<br /> と、可愛らしくお礼を言われた。</p> <p>朝倉との帰り道は途中まで同じらしく、俺たちは喫茶店での続きを話しながら歩く。<br /> 「そういえば、お名前聞いてませんでしたね」<br /> そんなことを言われてようやく自分が名乗っていないことを思い出した。<br /> 「あの、谷口っす。谷口…」<br /> 下の名前を言おうとしてある妙案を思い付いた。<br /> 「下の名前はまたの機会と言うことで」<br /> 彼女はすこしびっくりした顔をして、ちょっと怒ったようにふくれっ面をした。<br /> 「そういえば、朝倉さんの下の名前も聞いてないっすよ」<br /> そんな朝倉もかわいいと思ったが、その質問の後の朝倉の顔はまるでいたずらっ子のようだった。<br /> 「わたしは朝倉です。下の名前は」<br /> そこで間をおいたのはたぶんわざとだ。<br /> 「またの機会に」<br /> 決められた約束のように、二人でハモるようにそう言った。可笑しくて、居心地がいい。<br /> 「それで、いつにしますか？」<br /> 彼女の質問の意図が一瞬分からなかったが、俺はすぐに気づく。今は１２月。と、なれば次会う日は決まっている。<br /> 「１２月２４日なんてどうです？」<br /> 「いいと思います」<br /> 彼女はニッコリほほ笑んだ。<br /> 告白は、その日にしよう。いや、もう付き合ってるようなもんだろ、明日の朝キョンにあったら自慢してやってもいいな。まずはクリスマスの予定を聞こう。<br /> 並んで歩くのは、北風が体を突き抜けても暖かくて、彼女の住むマンションにたどり着く頃には雪が降ればいいと思った。</p> <p> </p> <p>fin</p> <p> </p> <p>朝倉さんからの補足</p> <p>「便宜上、あたしをオリジナル、帽子の方をコピーとするけど、元は同じ“わたし”よ。</p> <p>オリジナルは長門有希に情報連結を解除されるんだけど、情報統合思念体があたしを改めて長門有希のバックアップとしてコピーを再構築したの。</p> <p>情報統合思念体は例の出来事から、同じことを起こさせないように、コピーを朝倉涼子の親戚として光陽園学院に通っていることにしたの。</p> <p>突っ込みどころ満載だけど、気にしたら負けよ」</p>
