序章『名も無き詩』
<p>序章『名も無き詩』</p> <p> </p> <p> </p> <p><br /> 三年前の十二月二十一日、キョンが死んだ。</p> <p><br /> あれはSOS団プレセンツ子供会クリスマスパーティにゲスト出演を発表した会議の日だった。<br /> みくるちゃんがサンタ姿で子供たちの前に登場する算段がたっていたけど、あたしの提案により、急遽みくるちゃんがトナカイに跨って登場することとなった。<br /> だけど、さすがにトナカイのコスプレは持ってなかったので、あたしの「ないなら作ればいい」の持論により、みんなでトナカイの服を作ることにした。<br /> そしてそれは生地を買いに行くため団員全員で冬の町へと買出しにいく時だった。</p> <p><br /> 最後尾を歩いていたキョンが、部室棟の階段から足を踏み外した。</p> <p><br /> 最初、なにが起きたかわからなかった。<br /> あたしの隣を通り過ぎるキョン。<br /> 踊り場に響く大きな音。<br /> 全てが映画のワンシーンのように思えた。</p> <p> でも現実。</p> <p> そこから先は覚えてない。気がついたら古泉くんの叔父が理事長をしている病院の手術室の前で呆然としていた。<br /> 手術室の蛍光ランプを眺めること数時間、<br /> しばらくすると医師が手術室から暗い顔をして出てきた。<br /> 「キョンは……キョンはどうなったの?!」<br /> 医師は言った。危機は脱したが予断は許されない状況です。と。<br /> 「あんた医者でしょ!?なんとかしなさいよ!!」<br /> 八つ当たりなのはわかっていた。でもあたしは衝動が赴くままにその医師の胸に拳を何度も打ちつけていた。<br /> 「涼宮さん!落ち着いてください!」<br /> 古泉くんが強引にあたしを引き剥がした瞬間、あたしの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。<br /> 「古泉くん……キョン、このまま死……」<br /> そこから先は言えなかった。古泉くんの平手があたしの頬に直撃した。<br /> 「バカなこと言わないでください!!彼が……あなたを置いてどこかに行ってしまうわけがないでしょう!?」<br /> このとき初めて、あたしは古泉くんの本当に怒った顔を見た。その顔はいつもの温和な笑顔を忘れてしまうほど恐かった。<br /> 「……叩いたことは謝ります。申し訳ございませんでした。ですがそれだけは絶対に言ってはなりません。彼なら……大丈夫ですから」<br /> そう言って古泉くんは笑顔を作った。が、どうみてもあたしを安心させるために無理に笑ったとしか思えなかった。<br /> その後、あたしはみくるちゃんに抱きついて、涙が枯れるまで思いっきり泣いた。</p> <p> </p> <p> </p> <p><br /> その日の内に、キョンは意識不明のまま、この病院で一番立派な病室に運び込まれた。<br /> あたしはキョンが起きるまで病室に泊まった。<br /> あたしがいてもなにかが変わるわけがない。でもそばにいたかった。</p> <p><br /> キョン、 いつもみたく小言言ってよ。<br /> あたしのみくるちゃんへのセクハラを止めてよ。<br /> 古泉くんをオセロで負かしてよ。<br /> ちょっとぐらいなら有希に優しくしても許してあげるから。<br /> あんたのために毎日ポニーテールにしてあげるから。<br /> あんたに言わなきゃならないことがあるの。<br /> だから……目を覚ましてよ。</p> <p><br /> 誰でもいい。キョンが目を覚ましてくれるなら、あたしは悪魔にだって喜んで魂を売ってやる。だからお願い!キョンを助けて!!</p> <p> </p> <p> </p> <p><br /> だけど、キョンが目覚めることはなかった。<br /> それから三日後、キョンは病室のベッドで息を引き取った。<br /> 病室にはあたしたちの他にも、当然キョンの家族、谷口に国木田、キョンの中学時代の友達、見渡しただけでもたくさんの人がいて、みんな涙を流していた。</p> <p> 葬式が終わったころには、もうクリスマスなんてどうでもよかった。<br /> そして新年が明け、三学期になったときには、あたしはこの町にいなかった。<br /> キョンのいない町なんかいたくない。歩いてるだけでキョンの幻影を探してしまい耐えられなかったから、親父に頼んで引っ越した。<br /> 同時にSOS団は解散。あたしはあれからみんなにはあっていない。<br /> それからあたしは笑わなくなった。</p> <p> </p> <p><br /> そして新しい町の高校を卒業し、大学生になって最初の七夕が近づいた時、事件が起きた。<br /> あたしのアパートに一通の手紙が届いた。<br /> 差出人は明記されておらず、住所と宛名の『涼宮 ハルヒ様へ』とだけ書かれていた。</p> <p>―――――――――――――――――――――――――――――――――――<br /> 悪いな。俺はヘタレだからさ。何にも言えなくてすまん。許してくれ。</p> <p>ハルヒ、お前に大切な話があるんだ。</p> <p>お前が俺を怒っているのはわかる。だけど、これだけはどうしても面と向かって伝えなければならないことなんだ。</p> <p>俺たちのアジトだった北高の文芸部室で待ってる。</p> <p>最後にもう一度言う。ハルヒ、すまなかった。<br /> ―――――――――――――――――――――――――――――――――――</p> <p> </p> <p> キョンからの手紙だった。<br /> これを読んで真っ先に感じたのは、全てを破壊したくなるくらいの怒りを覚えた。だってそうでしょ?死者が生きてる人間に手紙なんて送れるわけない。天国からの手紙です。バカにしないでよ。<br /> でも……もしかしたらあたしが待ち望んでいた不思議が、やっとあたしの前に現れたのかもしれない。</p> <p> 北高の文芸部室に行けばキョンに会える。</p> <p> そう思ったあたしは居ても立ってもいられず、あの町に戻ってきたのだった。</p> <p><br /> ……辛すぎる真実を知らずにね。</p>