彼女が浴衣に着替えたら Ver.Obbligato（前編）
<p style="margin:0mm 0mm 0pt;" class="MsoNormal"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';"><font color="#000000"> 高校二年生になり、二ヶ月ほど経過した現在。確かに野外活動は多くなったものの、あれらは全て休日に行った活動であり、全てにおいて忙しくなったと言うわけではない。こと平日に関して言えば去年と殆ど変わりないのである。寡黙な少女がじっくりと本に目を落とし、麗しきメイドさんが最高のお茶を給仕し、スマイルが眩しい副団長がゲームを持って馳せ参じ、そして団長様がああだこうだ言いながら液晶モニタと睨めっこしている。な、変わりないだろ？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> まあ、そうは言っても変化したものもある。大小言えばキリが無いので省略させてもらうが、ここんところで一番現実味を帯びているのが朝比奈さんの後継者問題である。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 言うまでもなく朝比奈さんは来春にはこの学校を卒業するわけで、学校を卒業したら高校のクラブからも無事卒業となる。つまり放課後に俺達のお茶を淹れてくれるメイドさんが姿を消すことになる。これは俺にとっても<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団にとっても大問題だ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ハルヒもそれに気づいたらしく、ここ最近では一年の教室をしつこいくらい巡回し、あるいは放課後学区の中学校巡りをしたりして朝比奈さんの後釜となる期待の新人に目星をつけていたりする。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> なお余談だが、つい先日、俺は朝比奈さんの家督を継げつくらいの器量を持ち、且つ律儀で素直な一年女子を発見した。しかも嬉しいことに俺のことを尊敬しているとのこと。そこまで言うなら俺から推薦しないわけにはいかないと思ってハルヒに打診したのだが、曰く『ダメ。全然ダメ』と三角定規みたいに尖らせた口であしらわれた。何故だと理由を聞くと『可愛いだけじゃダメ。それじゃみくるちゃんの二番煎じになっちゃうわ。可愛いにプラス、抜きん出た能力が必要なの！』と、本人が朝比奈さんを勧誘した時の言葉とは思えない台詞を撒き散らしやがった。お前は朝比奈さんを勧誘した際、可愛いからと言う理由だけで引き抜いたんじゃなかったのか？ おい。……ああ、そうか。胸の大きさか。確かに彼女の胸はまだ成長途中で、四馬身ならぬ四カップ上を行く朝比奈さんと比べるには少々酷な気もするが……って、何を言ってるんだ、俺？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> つまり何が言いたいのかというと、朝比奈さん後継者問題は<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団内における懸念事項の一つとして早急に解決しなければいけない緊急項目に該当するって訳だ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> だが、俺は何となく思う。来年、朝比奈さんが卒業した後も、俺達が最上級生になった後も、<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団は五人のまま、何一つ変わらずこの部室で活動を行うんじゃないか、ってね。変なところで真面目な朝比奈さんだから、高校卒業後も放課後になったらこの部室に来てお茶汲みをしているんだろうな。そんな気がしてならない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> さて。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 何かと辛気臭い話になるのは六月と言う時期の性質上仕方ないことかもしれないが、その六月もとうとう終わりを迎えようとしている。来週は七月。そしてあと数週間で夏休みだ。やったぜバンザイこんちくしょう。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ……なのだが、それを迎えるためには期末テストと言う最大の壁が俺の行く手を阻む。しかも今期は授業のスピードが遅れているからとやたら飛ばした授業を行っていたから範囲もやたらめったら広いわけで、そうすると俺の気分もメランコリー状態に落ち込むって訳で、結局六月のような辛気臭い気分が抜けないってわけだこんちくちょう（二回目）。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 三角関数という名のアルファベッドが羅列するノートを見て再びブルーになり、現国英語でデュエットを奏でる倒置法がちんぷんかんぷんで、おまけに普段睡眠の時間と化している保険や家庭科まで筆記試験を行うとあってはボディーブロー三連打を浴びて卒倒するに相応しいダメージである。わかるだろ？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「何いってるのよ。どれも常識的な問題じゃない、あれくらい分かんなきゃ社会に出て何も通用しないわよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> シャープペンをくるくる回し、少々不機嫌な様子で空を見上げるは言うまでもなく俺の後ろの席の御仁である。しかしなあハルヒさん。俺は三角関数や返し縫が遺憾なく発揮できる社会へ進出する自信は微塵もないのだが。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「どうでもいいわそんなこと。あんたの就職先の斡旋をする気はさらさらないわ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> なら突っ込むな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「それより今日の放課後一番に部室に集合しなさい。いいわね！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ああ、いくとも。というか行かない日なんて無いのだが。少なくとも朝比奈さんの風光明媚なお姿を拝見し、逸品のお茶が飲めるまでは毎日でも通ってやるつもりだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ただ、放課後一番に部室に行くには掃除という障壁がある以上困難なことかもしれない。俺がそう言うと、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「絶対よ、絶対！ わかったわね！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ハルヒは俺の反論を聞くまでも無く、ロケット花火よろしく教室の扉から外へと出ていった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ……おい、もうすぐ午後の授業が始まるんだが……サボる気だな、あいつ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /></span><font color="#000000">「キョン！ 遅い！ 何してたのよ！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 放課後、ハルヒに言われるまでもなく部室に向かった俺だが、そこには既に俺以外の全員が所定の場所でスタンバイしていた。珍しく朝比奈さんも制服姿のままである。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「しょうがないだろ。今日は掃除当番だ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 何も言っても無駄だとは思いつつも一応の言い訳を試みる。果たして俺の予想通り何やらギャンギャン怒鳴っていたが聞く耳持たないので右から入った言葉を左へと受け流すことに専念する。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「涼宮さん、もうそのくらいにしないと間に合わないのではありませんか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「……と、そうだったわ。こんなことしている場合じゃなかった。さあ行くわよ！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> どこに行く気だ？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「商店街よ。見て分からないの？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 普段と何一つ変わらない格好でいるのに解るはずもなかろう。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「みくるちゃんが制服のままってことは、外へ出て活動するって事を暗に示しているのよ。いい加減覚えて欲しいわね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そうか？ 去年の映画撮影の時はあのミニスカウェイトレス衣装でバスに乗ってたし、阪中の家に行ったときは巫女さんの姿だったよな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「本年度からは制服に変更したの」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 都合の悪いことはを隠蔽若しくは誤魔化すのは止めたほうがいいぞ。汚職まみれの政治家と同類だ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「さ、行くわよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 聞いちゃいねえ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 悪態を吐こうかと思ったが、俺がいくら文句を言ったところでハルヒは聞く耳を持たないわけで、こうなると喋れば喋るだけ俺の体力が摘み取られるわけで。この炎天下の中、ハルヒと根勝負をして負けてしまうのは自明の理である。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> しぶしぶ引き下がり、ハルヒ指導の元、地元の商店街へと繰り出す羽目になったのだ。この辺はいつもどおりだけどな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 先頭を行くのは言うまでもなくハルヒであり、その横には<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団の誇る二人の女子がハルヒと楽しく会話をしながら登下校コースをゆっくり下っていった。……もっとも、喋っているのは専らハルヒで、相槌を打つのは朝比奈さん、聞き流しているのは長門の役割だったが。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「で、今回は何を企んでいるんだ？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 歩数にして十歩ほど後ろを行く残りの男二人の組。その片割れを構成する副団長こと古泉一樹は暑さを吹き飛ばしそうな爽やかな笑みを見せながら、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「さて、何でしょうね。皆目検討もつきません」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 本当だろうな？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ええ。最初に申し上げておきますが、今回は正真正銘、機関はノータッチです。純粋なる涼宮さんの好奇心の賜物でしょう」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そうかい。そりゃよかった。お前等が絡むとろくな事が起きないからな。あいつが一人で何か思いつく方がまだ害が無い。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「お褒めに預かり光栄です」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 皮肉を皮肉で返すとは、つくづくいやらしい奴である。そう言うと古泉は喉を鳴らしながら、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「決して皮肉を申し上げたわけではありません。僕達『機関』としては本心で良い兆候だと思っています。僕達が手を貸すまでも無く、自分で退屈しのぎのイベントを決行する。おかげで随分と暇になりました」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> いくら暇を持て余しているからといって、密室殺人の現場に立ち会いたいと考える方がどうかしている。お前達の言葉を借りるなら、ハルヒは非常識に見えて常識的なんだ。もっとそれ相応の楽しみ方を与えてみたらどうなんだ？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ええ。機関の今後の課題として検討します。スキー場で行った出来合な寸劇は少々不発でしたからね。驚愕を与えつつもエンターテイメント性十分なイベントを用意しますゆえ、夏の合宿には期待してください」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 思わず溜息が漏れる。「今年もやる気か？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「はい。涼宮さんが望んだことですから。できればあなたの意見を取り込んで見たいところですね。内容の如何によっては報酬も支払いいたしますよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> それは魅力的だが、正直ハルヒを満足させるイベントをなぞ俺が考えつくところではない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「本当にそうお思いですか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> わざとらしく一驚して俺の顔に視線を合わせた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「何が言いたい？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「いいえ。あなたのその性格があればこそ、なのでしょうね。むしろそのおかげで世界は均衡を保っていられるのかもしれません。あなたはあなたらしく、ありのままでいるべきなのでしょう」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> だから、何を「キョン！ 古泉くん！ 早く！ 遅れちゃうわ！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 言いかけの言葉は、ハルヒの怒号によって掻き消された。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000"> 丘の麓まで降り立った後、通学用に用意してある自転車を持ってくるように指示したハルヒにしぶしぶ従い、駐輪所から出してくるや否や荷台に乗り込んだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「さ、行くわよっ！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> おい待て。まさか俺が漕ぐのか？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「あったり前でしょ！ 肉体労働は男子の仕事よ。ほら早く！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 今の時代、性別で仕事内容を差別したら怒られるぞ。たまにはお前が漕いだらどうなんだ？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「有希も、早く乗って！ みくるちゃんは古泉くんのに乗って！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ハルヒの指示の元、古泉は自分の自転車を持ち出し、以前と同様に席を勧めた。朝比奈さん、顔を紅くしないで下さい。そしてハルヒ、やっぱりお前俺の話聞いちゃいねえな。そのハルヒ（と長門）はいつの間にか俺の自転車の荷台に跨り、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「さあキョン、いいわよ。早く商店街に向かって走りなさい！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ツンとした表情で命令した。漕ぐのは構わんが、制服姿で二人乗り三人乗りをしたら間違いなく警察のご厄介になるぞ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「急いでいるから特例として認めてくれるわよ！ ほらドラマなんかであるじゃない。出産だか危篤だかの理由でスピードオーバーになっても刑事さんが『俺は何にも見てないぜ』って言って見逃してくれるの。あれと一緒よ！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> んなアホな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ええい、もうっ！ ちょっとそこどきなさいっ！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ちょ、こらっ！ そんなところに……うおわっ！</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> やおらハルヒは俺の股に強引に割り込み、ハンドルを握り締めて立ち漕ぎをし始めた。俺はと言えばサドルに跨ったまま、何とかバランスをとろうとハンドルの内側に手をかけ、足を浮かせている。本当はハルヒの腰にでも手を回そうかと思ったのだが、何となく後が怖かったのでそれは止めておいた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 長門はアンバランスな二人が乗っているにも関わらず、荷台の上にちょこんと腰掛け、暴れ馬の如き運転に身じろぎせず本を開いた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「古泉くーん！ 後をついてきなさいっ！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ちょ、ハルヒっ！ 振り向くなっ！ バランスが崩れる！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「うっさい！ 黙って座ってなさい！！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そうは言ってもな、お前の運転結構乱暴で怖いんだぞこっちは！</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「あんたがブーたれてるのがいけないんでしょうが！ 時間が無いの、急ぐからしっかり捕まってなさい！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 言って漕ぐスピードを更に増加させる。正直言うと、マジで怖い。何が怖いってのは口で説明するのが難しいから一回やってみるといい。なお、ケガをしたり公僕の方々に怒られても当方は一切責任を負いかねるので悪しからず。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 暴走するハルヒ、ひたすらバランスを取る俺。全く動じずページを捲る長門。三者三様とはよく言ったもので、傍からどころか当事者から見ても異様な光景である。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> それとは対照的に、優雅に自転車を漕ぐ古泉。そして借りてきた猫のようにおとなしく座っている朝比奈さんの姿。まるでというかまるっきり恋人のようなそれである。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ああもう、すっげえムカついたさ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /></span><font color="#000000"> 真夏の直射日光を一身に浴びながら、ハルヒの漕ぐ力を受け流すこと数十分。二台の自転車は商店街へと辿り着き、そしてとある店の前でキキキッと止まった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「有希、みくるちゃん！ 急ぐわよっ！ キョンと古泉くんはそこで待機！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> スタンドすら立てず自転車から飛び降り、鞄に本をしまいこんだ長門の手と、タイミングよくやってきた古泉の自転車から朝比奈さんをひったくってその店の中へと消えていった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ったく、忙しい奴だな」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 自転車を降り、スタンドを立てた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「なるほど、ここでしたか」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 同じくスタンドを立てた古泉は商店街の一店舗を見上げた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ハルヒ達が入って行ったこの店。それはいかにも伝統のありそうな着物の仕立て屋だった。黒光りする柱が歴史の古さを物語っている。俺みたいな小市民が行きつけになることは到底なさそうな、高貴なオーラが店の外からでも分かった。一体、何を考えているんだ？ あいつは？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「多分、あれではないでしょうか？ ほら」古泉はモールの一角、等間隔に置かれている飾り物を指差した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 五色の短冊に彩られた笹の枝。その下方、一層大きな短冊に見立てたのぼりで全てを理解した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000"> ――○○商店街主催 第十回 七夕祭り 七月七日開催予定――</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000"> なるほどね。何となく理解した。あの祭りに着ていくための浴衣や下駄を揃えるつもりなのだろう。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そう言うことです」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> さも満足げに古泉は頷いた。しかし、去年買ったはずのに、また今年買うか？ 普通。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「去年は量販店の安物で間に合わせましたからね。ちゃんとしたものを揃えたかったのかもしれません」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> だがなぁ……かなり高そうだぞ、ここ。店頭に出ている「特価品」の反物でさえ万を超えている。店の中にあるものはもっと高いんじゃないのか？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「それ以上に大切な何かが涼宮さんの琴線に触れてしまったのかもしれません」と古泉。「元々涼宮さんは頓に七夕が気になるようでしたしね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「……そう言えば、そうだったけな」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 去年の七夕。いや、ハルヒにとっては四年前の七夕になるわけだが、俺は過去のハルヒと会い、一緒になって校庭に悪戯書きをしたあの日。ハルヒにとっても、そして恐らく俺にとっても、未来と現在を繋げる重要な出来事の一つだったのだろう。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「僕は未来人ではありませんので、これから何が起こるのか知る由も無いのですが、今回このイベントに参加することになったのも既定事項の一つなのでしょう。それより何より、この祭りに参加することが何より楽しみで仕方ないんだと思います」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 本当にそう思うのか？ 証拠は？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「証拠はですね」鼻に指を当て、一呼吸おき、「閉鎖空間の発生頻度です。実はここ数日、閉鎖空間が頻発しているんです」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「おい、ちょっと待て。言っている事が矛盾しているじゃないか。閉鎖空間はあいつの精神が不安定な時に発生するんだろ。仮にこの祭りを楽しみにしていたとしたら閉鎖空間は逆になくなるはずだろうが」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「それが、そうも単純にいかないようです。七夕祭りに対する期待が大きすぎて、その日まで待ち遠しい。待つのが大変苦痛な状態になっていてはストレスが溜まり、結果閉鎖空間を発生させるようです。可愛さ余って憎さ百倍、とでもいいましょうか」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 遠足が楽しみでしょうがないうちの妹みたいなもんか。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ええ。まさしくそのとおりかと」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 困った奴だな。妹と精神年齢が一緒じゃないか。そんなハルヒのお世話をするあたり、『機関』の苦労も何となく解る。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ありがとうございます。ですが、分からないこともあります」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 途端、真面目な顔をして睨みつけるような目線を叩きつけた。古泉がよくやる表情だが、何のことはない、単に俺に興味を引かせたいだけだ。中身はそれほど大したものじゃない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「くくっ、ばれてしまいましたか」やけにあっさりと折れ、元の笑みを取り戻した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「仰るとおり、何となく疑問に思っただけですのでそれほど重要なことと言う認識はありません。気晴らしに聞いていただければそれで結構です。構いませんか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> と言うか、言わなきゃ俺を帰らせてくれそうもない。不承不承ながらも古泉の話を聞き流すことにする。「言ってみろ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「それではお言葉に甘えて。……涼宮さんがこの七夕祭りを楽しみにしていたのは確かに分かっているのですが、ならば何故去年は七夕祭りに参加しなかったのでしょうか？ 累計十回を数える祭りですし、参加しようと思えば去年だって出来たはずです」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> さあな。何か事情があったんじゃないのか？ 親類が亡くなったとか。あるいはハルヒがこの祭りの存在を知らなかった可能性だってある。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「残念ながら、涼宮さんのご親戚に不幸があったという情報は聞いておりません。それにこの七夕祭りに関してですが、規模はそれほど大きくは無いでしょうが、地域の者ならその存在自体はご存知という方が殆どでした」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> いつの間にハルヒの身辺調査をしたのだろうか。『機関』だからといってしまえばそれで終わりだろうが何となく怖いものがある。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「これらを鑑みるに、涼宮さんはこの七夕祭り自身の存在は知っていたと思われます。ですが何らかの干渉で去年は七夕祭りに参加できなかった。去年の七夕、物思いに耽っていたのはそれが関係しているのかと推察しているのですが、どう思われますか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> どう思われますかって言っても、分からんものは分からん。お前達が真剣に考えて分からんことが俺に解る訳なかろう。俺に聞くより直接ハルヒに聞いてみろ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「……出来ればそうしたいものですね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> スマイルを浮かべる古泉の歯切れが悪く感じたのは、俺の気のせいだろうか？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /></span><font color="#000000"> 暫く古泉と他愛も無い話をしていたのだが、そうこうしている間にハルヒの声が聞こえてきた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「キョン、古泉くん、こっちにいらっしゃい！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> さてさて、何をさせられるのやらね。三人の浴衣姿の品評なら去年やったからもうやらないぞ。朝比奈さんの浴衣姿が重要文化財級なのは明らかであるし、ハルヒは黙っていれば、長門は饒舌ならばそれに追随できる可能性を秘めている事も然りだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 等と微妙な妄想を振りまきながらも店内に入る。薄暗く、独特の芳香が漂うこの場所に居ると、まるでタイムスリップしたかのように感じる。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「どうした、ハルヒ？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 店内の奥、生地をしげしげと見つめる三人を見つけて声をかけた。残念ながら浴衣は着ていない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「あ、来たわね。今から採寸するからそこでじっとしてなさい」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> やおらメジャーを取り出し、俺の首に巻きつけた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「こらっ……ばかっ！ 苦しいだろうが！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「すぐ終わるからじっとしてる！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> その前に死んでしまうだろ……う……が……！ ぐほっ！</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「……首回り３６っと……じゃあ次！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> チアノーゼが起きるかと思われた瞬間、首に撒きつめられたメジャーを緩ませ、今度は肩から下を思いっきり縛られる。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「胸囲は……うん？ １２４？ すごい！ みくるちゃん以上ね！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 腕を入れて測るなバカ野郎！</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 等とハルヒのトンチンカンな採寸を受けている間、古泉と言えばやはり遠慮がちに手を回す朝比奈さんの採寸を受けており、ここんところでクソ忌々しい気分が上昇したのは言うまでも無い。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「おばあちゃん、終わったわよ！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ある意味拷問に近い採寸が終わった後、ハルヒは俺と古泉の寸法が書かれた紙を奥にいるおばあちゃんへと渡しにいった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ああ、すまないねえ。最近は足腰が弱くて、時間がかかるもんでね。本当に助かったよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 店の奥。意外に真新しい畳の上に座っている女性のご老体――おそらく店主だろう――は、こちらを見て何度も頭を下げていた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「こっちこそ、いきなり五着も注文しちゃってごめんなさい」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ええのよええのよ。お嬢ちゃん達がまた買ってくれるとは夢にも思わなんだよ。それに今度は坊ちゃん達の分まで……本当、ありがとう。このあたしが責任持って作るからね。七夕には絶対間に合わせるからね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 手を合わせて拝まれた。全く話が飲み込めないのだが……とりあえず手を振って誤魔化した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> するとご老体は俺の顔をまじまじと見つめ始めた。何だ何だ？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「……あれ、あんた」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 訝しげな表情をしてゆっくり立ち上がる。何だって言うんだ一体！？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「俺がどうかしましたか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 俺の問いに首をひねりながら、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「昔、この店に来なかったかい？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そんな記憶は毛頭無かったので、「いいえ。ありませんが」とやんわり否定した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「……そうかい。あたしの記憶違いかねえ。ふふふ、年は取りたくないものだよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> よいこらしょと再び自分の座布団に着座する。一体誰と見間違えたのだろうね。まさか三年、いや、四年前の俺とかな……ははは、そんなわけはないか。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「おばあちゃん、あたし達もう行くね。それじゃあ後はよろしく！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 俺達の会話をどう思ったのかはしらないが、多分あまり気にしてないのだろう。ハルヒは高らかに宣言して外に出て行った。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /></span><font color="#000000">「去年も言ったけどさ、七夕にあわせて浴衣を着たかったのよね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 帰り道、自転車を降りて歩く俺に対してハルヒは呟いた。商店街から七夕祭りの行われる河川敷までそれほど遠くない。ちょっと場所を確認しましょと言うハルヒの提案で、こうやって皆で歩いて移動しているのだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「去年の使いまわしてもよかったんだけど、あんたや古泉くんの分がなかったじゃない。どうせならパーッと全員分揃えようと思ってさ。いい所ないかなーって商店街をぶらついてたら、見つけたのよ……ううん」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ハルヒは言いかけて首を振った。そして静かな笑みを浮かべ、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「思い出したの。この辺にこういうのがあったなあ、って」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 本来なら「来たことがあるのか？」聞き返すのだが、ハルヒの普段あまり見せない表情に戸惑いを感じ、無難に「そうかい」とだけ返答をした。何となく聞いてはいけない、そんな既視感が目頭の辺りでグルグル渦巻いていたからだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そして、しばしの沈黙。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「涼宮さん、そう言えば」間を繋ぐように古泉が口を開けた。「代金は足りるのでしょうか？ お店の風体からするにかなりの高級店のように見受けられましたが」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ああ、それなら大丈夫よ。おばあちゃんと交渉して余りものの反物で作ってもらうことにしたし、それに殆どタダみたいな値段でやってくれるって。おばあちゃんたら若い人が来てくれてよっぽど嬉しかったみたい。ああ、それと」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 下駄は実費だけどと付け加えた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「すっごくサービスしてくれてとっても嬉しかったんだけど、でも気付いたの。おばあちゃん、足が悪そうだって。そんなんなのにタダみたいな代金でやってもらうのには気が引けてね。だから採寸くらいはやろうと思ったの」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 絶妙な笑みから一転、ややバツが悪そうに、そして怒ったような口調に変わる。誉められ慣れてないハルヒがよくやる表情だ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「採寸なんて初めてでしたけど、楽しかったです。お洋服買うときに愛着がわきますぅ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 代わりといっちゃ失礼だが、ぱあと花を咲かせるように朝比奈さんの顔から笑みがこぼれる。うんうん、この笑顔だ。ハルヒも見習って欲しいものだ。せっかくお前にしては良い事をしてあげたんだ。そのくらやってもバチはあたらないさ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 誉められたら朝比奈さんみたいに素直に喜べばいいそれだけでお前に対する世間の評価は<span lang="en-us" xml:lang="en-us">75</span>パーセントは上がるぞ。後<span lang="en-us" xml:lang="en-us">25</span>パーセントは長門のような寡黙さを持ってくれればほぼ完璧なんだけどな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「バッカじゃないの？ 何であたしが世間の評価を気にしなきゃいけないのよ。そんな必要性が感じられないわ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> これ以上無いくらいハルヒは口を尖がらせ、そっぽを向いた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「半分くらいは俺の要望なんだけどな」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「だったらなおさら無理」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> さらに厳しい言葉を突きつける。そっぽを向いているから表情までは見えなかったが、どんな表情をしているのか見てやりたい。何となくそんな挙動に刈られた瞬間でもあった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 実際にはしなかったけどな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /></span><font color="#000000"> とまあ、ハルヒの機嫌を損ねつつ、しかし古泉のニヤケ顔が一段と濃くなったことに不快感を感じつつも、一同は程なく七夕祭りが行われる河川敷までやってきた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ここが会場ね。……特にそれっぽいものはないわね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 当たり前だ。七夕祭りまで一週間以上はある。どんな風に行うかは知らないが、大道具を除いて準備はまだだろうよ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「なんだ、つまんないわね。巨大な笹でも飾ってあるかと思ったのに」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> あからさまに不機嫌な態度を取り、再び唇をアヒル型に仕上げた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 祭りの会場となる河川敷は、俺達にとって馴染みの深い場所でもある。商店街や俺達がよく目的地に利用する駅から程近く、そして俺達の高校への通学路ともなればそれも当然だと思われる。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そして、<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団の活動に対してもまた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 未来人が未来人であることをカミングアウトしたのをきっかけに、戦うウェイトレスが秋の桜と共にラブシーンを演じたり、情報生命体が縄張りを張って犬の散歩の邪魔をしたりと、本当にいろいろあったものだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ふと疑問に思ったのだが、その河川敷で七夕のイベントをやると言うのは何かしらの因果関係でもあるのかね？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 例えば……そうだな、とりわけ朝比奈さん絡みのイベントが多いわけだが、今回もまた魅了と言う言葉を人間にしたような大人の朝比奈さんにほうぼうこき使われるとか。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> いや、それはいくらなんでも御免被りたいな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ――去年の冬に起きた、朝比奈さん誘拐事件の記憶が蘇る。いくら自分自身が経験してきたこととは言え、いくら未来のために必要な既定事項とは言え、無垢で純粋な朝比奈さん（小）を虐げるような真似は、例え本人であったとしても許しがたいものがある。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 朝比奈さん（小）は朝比奈さん（小）であり、朝比奈さん（大）ではない。忠告しておくぜ、あまり酷いことをするようなら、少し既定事項から外れたことをしてやる。それだけで未来人は何にもできなくなるはずだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> あるいはハルヒに『ジョン・スミス』を名乗ってやってもいい。長門の親玉にも言ってやったが、この時代の朝比奈さんしかいない、他の未来人が全く干渉できない世界に変えることは可能なんだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> もしそう望むのであれば、いつだって対応可能ですから。あなたの上司の対応が気に入らなくなったらいつでも言って下さい、朝比奈さん。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 七夕祭りのイベントで妄言を吐くハルヒに対しタジタジな表情を見せている朝比奈さんに対し、心の中で呟いた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「……はわ？ あれは……？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 一人で熱くなりながら朝比奈さんにこれまた熱い視線を送っていたところ、その朝比奈さんが目をまん丸にし不思議そうな表情を浮かべながら橋の方を振り向いた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> つられて俺もそちらを見る。すると、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「あ……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ハルヒも狐に摘まれたような、何とも言いがたい表情をしている。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「…………」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 古泉は無言、長門は言うまでもない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000"> 俺達全員が振り向いた先にいたもの。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> それは、橋の欄干に身をもたれ、じっと川の流れを追い続ける一人の少女の姿だった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> その少女は俺の……いや、俺達の顔見知りであり――</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000"> ――一瞬の後、目線が俺の方に集中した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000"> 何だこの目線は。俺が何とかしろって言いたいのか？ お前ら？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「あんたの『親友』でしょ？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 本日何度目か分からないが、唇を尖らしたハルヒが酸っぱく俺に言い放った。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「まあいいわ。何をしてるのか聞きに行きましょ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> くるりと踵を返したハルヒは、それ以上何も突っ込むでもなく、彼女の――佐々木の元へと歩き出した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000">「何をやっているの、こんなところで」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ハルヒにしては異様なほど普通な質問を投げかけた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「……あ、涼宮さん。それにキョン、皆さんも。どうしたんですか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ワンテンポ遅れて佐々木は言葉を返す。喋りにキレが無いと思うのは俺の気のせいだろうか？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ん、ちょっとね。今度ここで七夕祭りがあるからその下見に来たの」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ああ、そうなんだ……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ええ、そうなのよ……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「…………」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「…………」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> なんだろう、このぎこちない会話。煩いハルヒと饒舌な佐々木の会話だとは思えん。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そう言えば、確かにここは毎年七夕祭りをやってましたね。涼宮さんは毎年来てるの？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「いえ、数年振りかしら。ここ暫くは参加してなかったわ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「くくっ、一緒ですね。近年は色々忙しくてこの祭りに参加できなかったんですよ。実は」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ふふ、そうなんだ……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ええ。そうなんです……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「…………」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「…………」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「…………」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「…………」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そして沈黙。本当にどうしたんだこの二人は？ 何か悪いものでも食べたのか？ などと思ったら、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">『あのっ！』</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 突然同時に叫びだした。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「な、何かしら、佐々木さん！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「いえ、涼宮さんからどうぞ！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「あら、そう。ええとね。実は、七夕祭り一緒にどうかな、って思って。あたし達全員で参加予定なのよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「本当ですか？ 実は皆さんと一緒に参加できたらと思ってたの。涼宮さん、誘ってくださり感謝します。ですが、せっかくの活動の邪魔にならないかしら？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「いいえ、そんなことないわ！ いいわよね、みんな！？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 独断が信条の団長は珍しく皆にすがるように問うた。もちろん反対する奴などいない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ほらね。だから気兼ね無しに参加して頂戴！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ああ、本当ですね。ありがとう、涼宮さん。それに皆さん、すみません」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> しおらしく頭を下げて、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「キョン、せっかくのイベントに介入して悪かったね。この償いはまた今度するから」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 別に構わんさ。一人や二人増えたところで俺の精神的苦労に変わりはない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「おや、そうだったのか。なら橘さん達も連れてきていいかな？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> それだけは丁重にお断りさせていただく。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「くくく、そう言うと思ったよ。未だにキョンは橘さんを苦手としているみたいだからね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 当たり前だ。俺が橘と絡むまでのストーリーを聞いたら誰だって憤慨するに決まっている。そう言うと佐々木はわざとらしく目を見開いて、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「嫌に卑猥な表現だ。まさか二人の仲はそこまで進展してたなんて……奥手のキョンとは思えないくらい積極的だ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 怒るぞ佐々木。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「くくく、冗談だよ。橘さん達は呼ばないようにするから安心してくれたまえ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 是非お願いしたいところである。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そうそう、祭りに併せて浴衣も準備しなくてはいけないね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「もしかして佐々木さん、浴衣持ってないの？ ならちょうど良いわ。ついさっき、みんなで浴衣の作製を依頼したところなの。佐々木さんもどう？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「いや、それには及ばないよ。以前頂いた浴衣があるから、それを着ていこうかと思ってね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「あら、そうなの」とハルヒ。残念のような、ホッとしたような……さっきと同様、意味深な表情をした。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「それでは、ここで失礼するよ。これから塾に行かなくてはいけないのでね。キョン、七夕祭りも良いけど、期末テストが差し迫っている事も忘れないでくれたまえよ。涼宮さんのご鞭撻を無にしてはいけない」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> よけいなお世話だ。大体何故ハルヒに勉強を教わらなければならんのだ。そりゃ塾に入るよりはマシかもしれながいが、ハルヒの教え方もスパルタチックで結構大変なんだぜ。教わるくらいなら自分から進んで勉強するさ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ええ、任せといて。これでも一年以上キョンと一緒にいるから、扱いには慣れているわ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そうですね、期待してます。それでは、また」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「うん、またね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ……だからお前ら、人の話を聞けっつーの。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /></span><font color="#000000"> 佐々木を見送った後のハルヒは若干グルーミー気分を吹き飛ばしたようで、ここに笹の葉が立ちそうねとか、あの辺なんか花火を上げるのに最適ねなどとまるで七夕祭り実行委員のように始終まくし立て、それに飽きたら「また明日」といって帰りやがった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 残った俺達も誰からともなくその場を解散し、俺もこのまま自転車に乗って家に帰っていった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 帰り際、朝比奈さんを近くまで乗せていけば良かったと後悔したのだが、今更戻ったところで朝比奈さんは居ないだろうし、またいつかチャンスがあったら乗せてやろうと思った。ハルヒが勝手に座る前にな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> と、言うわけで。七月七日に行われる夏祭りに突如として参加表明を出した佐々木だったが、それは実に巧妙に仕組まれた罠であり、俺がそのことに気付いたのは当日の祭り最中だった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ましてやハルヒやその関係者を巻き込んで騒動に発展することなど、この時は知る由も無かった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /><br /></span><font color="#000000"> もういくつ寝ると○○○、というほど心待ちにしていたわけでもないが、それでも日が流れるのは早いもので六月は瞬く間に過去のものとなり、そして七月も数日が過ぎた。あと少しで七夕祭り当日である。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> この頃のハルヒは非常におとなしく、教室から空を見上げてはなにか寂しい表情をすることが多くなっていた。曰く思い出し憂鬱というらしい。でもどうせ日が経てば完治するのだろう。あまり心配する必要も無い。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そうそう、この時期と言えば梅雨が開けるか開けないかの端境期であり、天候も微妙なことが多い。だから天の川が見えない年もしばしば見られる。因みに昔は旧暦で節句の祝いをしていたから晴れる日が多かったとか何とか。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> だがそれ以前に問題なのは、七夕祭りは雨天順延ということであろう。露店を出す店舗も多いし、花火も冴えないし、何より天の川が見えなければ意味が無い。商店街の考えは妥当だと思われる。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> しかしそうは思わないのがハルヒだ。『七夕は七月七日と決まってるの。それ以外は認めないわよ』とよく分からない怒りをぶちまけていたが、そんな事言ってもダメなものはダメだろう。決めるのは商店街の人たちだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 俺がそう言うと、ハルヒは何も思ったのかえらい勢いで部室を飛び出し、数分と経たないうちに戻ってきた。両手に紙袋を抱えて。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「何だ、これ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「布と綿よ。今からてるてる坊主を作るわ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> なるほど、そう来たか。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> というわけで、本日の団活はてるてる坊主作製に専念することになった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> なお、個々の出来に関しては省かせてもらう。それぞれの個性通りのものができあがった。これだけ言えば説明したも同然だろう。何せ俺の予想と全く違わぬものが出来上がったわけだからな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> その後完成したてるてる坊主は部室の庇に飾ることになり、大小様々な坊主様が軒を並べ風に揺られるのを確認した後、ハルヒが「さあお祈りするわよ」と二流エクソシストが唱えそうな祈祷をささげた後、本日の団活は締めとなった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 帰り際、ふと部室を振り返るとやはりぷらぷら揺れるてるてる坊主の姿が目に入った。ハルヒの願いを聞いてくれそうなそうでもないような、ともかく本人と違って慇懃に振舞っている様は確認できた。事情を知らない人がみたら異様な光景に驚くだろうなとは思うが、童心に返ってこんなことをするのもたまにはいいかもしれないな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ただ……これで天気を左右できるのなら気象予報士の資格なんて必要ないと思うんだが。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000"> さて、そんなてるてる坊主の活躍もあってか、七月七日当日。まるで梅雨明けしたかのような青空で、朝のニュースの合間に流れた天気予報からも降水確率ゼロパーセントのお墨付きを頂くことができた。おかげで本日の七夕祭りは盛大に行われそうである。よかったな、ハルヒ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そのハルヒだが、クラスに入って「よう」と返事をかけるや否や「ほら見てみなさい、てるてる坊主の加護があったじゃない！」と唾を飛ばしながらギラギラ燃える瞳を俺にぶつけてきた。状態異常は既に回復したみたいだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> その後もいつも通りの振る舞いに従事し、授業中ふんふんと頷きながらノートにメモを取り、シャープペンの先で俺の背中をピスピス刺しながら暇を潰し、本日の授業が終わるのを今か今かと待ち構えている。……こら、わかったからそんなに突っつくな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そして放課後。浴衣を取りに行くわよと大急ぎで部室に向かい、ついでに俺も引っ張られて部屋に放り込まれる。見ると三人は既にスタンバイが終わっていた。三人の用意の良さは天下一品である。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「じゃ、みんな行くわよっ！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 教室から出て五分と経たないうちに外に飛び出し、十分と経たないうちに駐輪場まで駆け下り、そして三十分と経たないうちに例の着物屋まで辿り着いた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 言うまでもないが、俺は今回も長門とハルヒを乗せて漕ぐ羽目となったのは忘れないで欲しい。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「おばあちゃ～ん！ 受け取りに来たわよっ！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 狭い店内にハルヒのけたたましい声が響く。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「おお、嬢ちゃんかね。はいはい、できてますよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> おばあちゃんは時間をかけてゆっくりと歩き、桐の箪笥から注文した浴衣を取り出した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「着付けはできますかね？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「うん、去年着たから大体覚えてるわ。大丈夫よ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 残念だが、俺は去年着てないから分からんのだが。古泉、お前もそうだろ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そうですね。一通り習っておきますか」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> というわけで、俺と古泉の男性陣はおばあちゃんに浴衣の着付けについて習うことになった。ハルヒ達女性陣は準備があるとのことで速攻帰ることになった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /></span><font color="#000000">「……と、大体こんなところだね。わかったかい？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 女性陣の帰宅を見守った後、俺と古泉は店の奥へと上がらせてもらい、着付けの練習をしていた。とはいっても、制服の上から簡単に習っているだけなんだがな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> おばあちゃんはここで着替えても良いって言ってたが、ちょっと恥ずかしくもあったのでその提案は丁重にお断り申し上げた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 浴衣は草色の生地に、白い笹の葉が描かれたものだった。いかにも七夕を意識した作りになっている。色からして派手さは無く、こう言っちゃ何だが少々じじ臭い部分もある。ま、俺にとっちゃこれくらいの色身のほうがあっているかもしれない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 因みに古泉は藍色の生地で同じく笹の葉が描かれている。つまり俺の生地と色違いなだけであるか、色が濃い分笹の葉がより浮き上がって見える。そして長身のためか俺より似合っているように見えるのは実に腹立たしい。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「なるほど、大体分かりました。そんなに難しいものではないんですね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そりゃそうだよ。昔は誰でも普通に着ていたものだし、普段着みたいなもだよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 先に着付けが終わった古泉の質問に、おばあちゃんは元気に答えた。確かにその通りだな。正装ならともかく、普段着がそんなに難しいものだったら嫌だもんな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> さて、俺も負けてはおれん。腰紐を巻いて帯を巻いて……っと、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「こんな感じでどうですか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ええ、ええ。大丈夫ですよ」と言った後、おばあちゃんが怪訝な顔をして見せた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「何かおかしいところでも？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「……あんた、やっぱりどこかで見たことがあるような気がするんだが……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> こちらもやっぱりなのだが、この店に来た覚えも、外で着物や浴衣を買った覚えも無かった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そうかい、なら人違いかねえ……確か昔、あんたのような体格の人に、着物をあげた覚えがあるんだけどね……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> おばあちゃんの頭の上のクエスチョンマークは増すばかりである。一体なにがあったのだろうか。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「良かったら話してもらえませんか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ああ、あれは確か……三年だか四年前の話なんだけどね。『妹の浴衣を探している。丁度いいのが無いか？』って客が来たんだよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「妹？」と俺。確かに俺には妹がいるが、そんな記憶はホトホト無い。「その人の妹さんは何歳くらいでしたか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そうねえ……多分中学生くらいの子だったよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ますますその人が俺である可能性が消えた。三、四年前に中学生なら今は高校生、恐らく俺と同じくらいの年だ。対するうちの妹の三、四年前といえば小学生の低学年であり、いくらなんでも中学生に見間違えられることはない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「それで、その妹さんに浴衣を売ったのですか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ええ。でも丁度良いサイズの浴衣が無くてね。軽く調整はしたけどその子には少しダブダブだったよ。そうだ。今ならあの子の丁度良いサイズになってるかもしれないねえ……今思い出してみても、可愛らしい顔をしたお嬢ちゃんだったわね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 懐かしい顔を浮かべながら、おばあちゃんは口を流暢に動かした。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「あの元気のいいお嬢ちゃんに負けないくらい可愛い子だったよ。お兄ちゃん思いの優しい子でね。あんな子を持つお兄ちゃんはさぞかし良いお兄ちゃんなんだろうね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「お兄さんの顔はどのような感じだったのでしょうか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「うーん、ちょっと思い出せないね。お嬢ちゃんの顔は今でも覚えているんだけど。あまり印象の無い顔立ちだったのかねえ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 自分でも何故わからないのか不思議そうな顔で、しかし何かを思い出したかのように、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「実はね、あの時店じまいを考えていたんだよ。お客さんも減ってたし、若い子は着物を買わないしで。でもあの心優しい兄妹を見てあたしゃ考え直したよ。もっと若い子達に着物や浴衣のよさを広めようって。だからこの年でもまだ店を続けているんだよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「それは素晴らしいことです。できるだけ僕達も協力したいものです。そうですね、今度知り合いをご紹介して差し上げましょう」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「あらあら、ありがとう。でももう年だし、あまり忙しくなるのも嫌だよ。この年になって過労死だなんて浮かばれないよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> おばあちゃんの気の利いた冗談に、俺と古泉はくつくつと喉を鳴らした。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000"> 楽しい時間と言うのは過ぎ去る時の流れも早く感じるもので、ふと時計を見ると急いで家に帰って浴衣を着てまた戻ってくるのにギリギリな時間まで差し迫っていた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 慌てて浴衣を脱ぎ、用意してくれた紙袋に突っ込んで、そのまま自転車で猛ダッシュ。軽くシャワーを浴びて浴衣に着替えて下駄を履き、再び自転車に乗って集合場所であるいつもの駅まで駆け抜けることになった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 俺の浴衣姿に気付いたうちの妹に『わたしも行きたい～』と声をかけられたが全力で却下した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 下駄で自転車のペダルを漕ぐのは少々コツがいるが、慣れれば何と言う事はなかった。それよりも風がダイレクトに伝わって気持ち良い。浴衣ってのはこんなにも気持ちのいいものだったんだな。洋服がバカらしく思えてきた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 日本の夏は浴衣、これで決まりだな。うん。今度衣類売り場に行ったら何着か買っておくことにしよう。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /></span><font color="#000000"> ハルヒが提案した待ち合わせ時刻は六時半。祭りは七時からだから少々遅れても余裕がある。しかし<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団特別ローカルルールではその法則は適用されず、既に全員が集まっていた場合「遅刻」とみなされるのである。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 駅前にある時計は待ち合わせ時刻の十分前を指しているが、浴衣に身を包んだ男女計四人（ん？ もしかしてこれは……？）がそこにいるということは、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「キョン、分かってるわね。みんなにチョコレートバナナ一本ずつよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> こう言うことになる。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「待てよハルヒ。まだ佐々木が来てないじゃないか」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ハルヒは手にした巾着をぶんぶん振り回しながら、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「何言ってるのよ。佐々木さんは特別ゲスト、招待者よ。スタッフじゃないの。あたし達のルールとは関係ないの」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 何だそれ、卑怯臭くないか？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「遅れておいて都合のいいこと言わないで欲しいわね。奢らされるのが嫌ならあたし達よりも早く来なさい。そしたらあんたに奢ってあげるわよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 一度だったか、ハルヒよりも早く来た時があったけな。そう言えばあの時はツケということで、まだ返してもらってないのだが。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そんな昔のこと、忘れたわ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 都合のいいのはどっちなんだか。ま、確かに昔のことだ。今更返せとは言わないがな、俺は。それよりも聞きたいことがある。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「なあハルヒ。この浴衣、まさか全員同じ柄か？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「見て分からないの？ そうに決まってるじゃない」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 見て分かったんだが念のため聞いてみたんだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ハルヒは薄紫色、朝比奈さんは若草色、そして長門は桜色という違いがあるが、柄は全て同じく笹の葉。男性陣に対して生地の色が薄いということもあるのか、それぞれの柄は生地の濃いめの色で描かれており、デザインは全く同じものであった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「前にも言ったけど、余りものの生地なんだって。丁度五色分あって助かったわ。短冊とおんなじだもの」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 五色の短冊、ね。しかし色は違う気がするが、そこはあえて突っ込まないようにしておく。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団のロゴをプリントした<span lang="en-us" xml:lang="en-us">T</span>シャツを作ろうと思ったんだけど、これも中々なのよね。丁度良かったわ。夏休みは基本この浴衣を着て団活しようかしら」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 盆祭りや花火大会はともかく、プールや虫取りに着ていくのは勘弁願いたいものだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そうね。やっぱり<span lang="en-us" xml:lang="en-us">T</span>シャツは必要ね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そう言う問題じゃないのだが。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「もう、いちいち五月蝿いわね。あんまりしつこいとチョコレートバナナ二本に増やすわよっ！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> いーやーだっ！ 一本ならともかく、何で二本も買わなきゃいけないんだ俺が！</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「キョンくん、わたしは結構ですから。涼宮さんにあげてください」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 遠慮深く申し出を断るのはもちろん朝比奈さんである。纏めた髪と浴衣姿が本当に可愛い。家に持ち帰り床の間に飾っておきたいくらいである。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 等と妄想に耽っているとその表情に気付いたのか朝比奈さんが頬を朱に染めて手を振った。うん、じつにいじらしい。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「うーん、チョコレートバナナより、金魚すくいやりたいな。今度は自分で捕まえないと」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> なら俺が成功するまで付き合ってあげますよ。もちろんお金は全部負担します。任せてください、と心の中で返答した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 考えても見て欲しい。ハルヒにチョコレートバナナを奢ったところでありがとうのひとつもなければ俺の分まで横取りしかねない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 対して朝比奈さんの金魚すくいは金魚と格闘するも失敗し、半べそをかきながら必死で救おうとする表情ややっと救った時に見られる笑顔や、そして『ずっと付き合ってくれて有難う』という感謝の言葉がいただけるんだぜ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 報酬に見合った投資が必要なんだよな。安ければいいってもんじゃない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 等と今月のお小遣いのやり繰りの皮算用を続けていると、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「…………」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 突如、長門が何も言わず俺と朝比奈さんの方に現れた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ひっ！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ど、どうした、長門」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ビクッとなった朝比奈さんに、いきなりのことに戸惑いながら問い掛ける。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「お面」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> は？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「お面」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 二度言った。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「もしかして、買って欲しいのか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> コクッと頷いた。長門がものを欲しがるなんて珍しい。チョコレートバナナの代わりでよければ買ってやるぞ。それでいいか？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「それで、いい」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 抑揚の見られない、しかし俺には解る程度に首を動かした。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「後々必要になるから」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 一体何に必要になるのかね？ 映画の撮影にでも使用するのだろうか？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「違う。あなたが必要になる」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 俺？ 何で俺が……</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「…………」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 言い返そうとした瞬間、長門は浴衣の袖を上げ、白い腕を伸ばしながら俺の後方を指差した。反射的に後方を振り返ると、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">『……あ』</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 何人かの間の抜けた声がハモった。誰が声を上げたかは正確にはわからないが、少なくとも俺と、あとハルヒも声を出しただろう。長門がこんな声を上げるとは思わないからシロだろうが、朝比奈さんと古泉はグレーである。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「みなさん、申し訳ない。着付けに戸惑っちゃってね……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 軽く息を吐きながら俺達の前に現れたのは、もちろん佐々木。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そして俺達が間の抜けた声を上げることになった発端でもあった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000">「さ、佐々木さん……その浴衣……？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「えっ……まさか、涼宮さんも……？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 途切れ途切れに声を絞るハルヒ。そして佐々木。お互いがお互いに驚きあっている。そんな感じである。だがそれも仕方ないだろう。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 何故なら彼女は――</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「まさか、同じ柄の浴衣だったなんて」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「本当ですね、驚きました」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ――会話のとおりである。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 生地の色は白。それに薄緑で書かれた笹の葉。デザインその他は俺達と全く同じ。まさかまさかの展開である。ここまで浴衣のデザインが被るとなると、はてさてバリエーションはいくつあるのだろうね。少なくとも五行ではないことだけはハッキリした。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「佐々木さんもあのお店で？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 駅の先にある商店街を指差した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「え、うん。あそこで買いました……いえ、正確には買ってもらったんですが」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「誰に？ 両親？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「いいえ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「おじいちゃんとかおばあちゃんとか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「違います」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「なら親戚の人？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「残念ながら」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「もしかして彼氏とか！？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ハルヒがそう言った瞬間、それまでポーカーフェイスを貫いていた佐々木の形相が変わった。表情の上では変わっていないのだが、内面では血液が沸騰しているような、そんな感じの剣幕だ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 正直こんな佐々木の表情は俺ですら始めてみた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「それは内緒ということでお願いしたいのですが」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「あ、う、うん、ごめん」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> あくまでクールに言い放つ佐々木に、さしものハルヒも思わず息を飲む。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ごめんなさい。そのことはあまり話したくないの」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> その表情を見た佐々木は我に返ったか、慌てて元の柔和な笑みを取り戻した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「……そ、そうなの、それじゃしかたないわね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ええ、申し訳ないですが……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「うん……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「………………」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「………………」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そして二人の沈黙が再び辺りを支配する。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> やれやれ。今回は人のプライベートを根ほり葉ほり聞き出そうとしたハルヒに非がある。ちゃんと謝っとけよ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> にしても、佐々木のあの怒り様。よっぽど言いたくないことだったのかね。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /></span><font color="#000000"> このまま沈黙を続けていたところでしょうがないので、この場は俺が仲裁し（といっても話を変えただけだが）、そろそろ祭りが始まるから移動しようぜとなり、ようやく二人の間のぎこちなさが解消された。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /></span><font color="#000000"> 七夕祭りといっても、結局のところ夏祭りの一種と考える人は多いらしく、河川敷の堤防上にいつの間にやら用意された出店や、中州に見える花火発射台、そして会場を取り囲む櫓も健在である。盆祭りも兼任しようとお考えなのだろうか。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 唯一違う事といえば、特設会場の中心にある大きな大きな笹の葉くらいであろうか。様々な飾りと共に、それぞれの願い事が書かれた短冊が縛り付けられている。なお、短冊は有料で、本部と書かれたテントで販売しているという。商魂たくましいね。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「はい、これ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> いつものパワーを取り戻したハルヒから短冊を受け取る。「わざわざ買ったのか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そんなわけないでしょ。あの着物屋のおばあちゃんからもらったの。商店街で買い物するとタダでもらえるの。期日が差し迫っていたから慌てたけどね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> なるほど。了解。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「早く願い事を書きなさい。出店に繰り出すわよ。時間は少ないんだし、思いっきり遊ばなきゃ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 見ると朝比奈さんや古泉は既に掻き終わり、それぞれ笹の葉に短冊をぶら下げていた。やっぱり手を合わせてなむなむと祈る朝比奈さんが印象的だった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「今年は何年先の目標を書けばいいんだ？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「いつでもいいわよ。二回目だから光の速さを超えてお願いを聞いてくれるわよ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 遂に七夕の願いはタキオン粒子やチェレンコフ放射を超えたようだ。その原理を解明できたらノーベル物理学賞を取れるかもしれない。学会誌に論文を投稿することを勧めよう。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「バカなこと言ってないで、とっとと書きなさい」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> へいへい。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000"> 十六年だか二十五年だかの縛りがなくなった分、俺の願い事は身近なものをかけるようになったわけで、とりあえず目下の目標である「成績が上がってそこそこの大学に入学できますように」とだけ書いて笹の葉に括り付けることにした。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そう言えばハルヒはまだ短冊を括り付けてないようだが、何て書いたのかね。興味がないので見ようとは思わないが。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「……あ、キョン。短冊を取り付けに来たのかい？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 声をかけてきたのは佐々木。すぐ真後ろで俺と同じ作業をしていたらしい。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「まあな」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「どんな願い事をしたんだい？ いや、何となく分かった。どうせ成績向上だとか大学合格だとか、そのような当り障りの無い文章を書いているに違いないからね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ふん、悪かったな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「くくく、僕は悪いなんて微塵も思ってないさ。願い事は成就してこそ意味をなすものだからね。余り突拍子もない願いよりは、自分を奮い立たせて努力すれば叶う願いの方が良い。その方がこういったイベントの本質を掴んでいると思うんだ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ハルヒに言い聞かせてあげたい言葉だ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「涼宮さんは別格だよ。彼女は彼女なりの信念を貫き通しているからね。俗物根性で形成された僕ではとても叶わないよ。くっくっくっ……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 一頻り喉を鳴らした後、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そう言えば、お揃いだね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 何がだ？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「見て分からないのか？ 浴衣だよ、浴衣」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そう言えば俺と佐々木の浴衣は笹の色と生地の色が逆転してるだけで、色使いは全く同じだった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「涼宮さんが心持ちフィールソーバッドだったのは、もしかしたら僕たちの衣装が似通っていることに起因しているのかもしれないね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> どうして俺とお前の衣装が似通っているくらいでハルヒが不機嫌にならなきゃいけないんだよ。元々デザインは同じなんだし、たまたま色がポジネガ反転しただけに過ぎない。偶然だ。偶然。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 俺がそう言うと佐々木は、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「全くそのとおり。たまたま同じ店で、たまたま同じデザインで、たまたま似通った色。三つの事象が偶然一致したに過ぎない。逆に全てが異なる条件の方が確率論からして難しいのさ。何なら計算してみるかい？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> いや、止めておこう。ただでさえ試験期間で普段使わない脳みそを酷使したせいで筋肉痛ならぬ脳髄痛になりかけているんだ。今日くらい数字の束縛から離れさせてくれ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「くく、キョンらしいや……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 一頻り笑い、何故か沈黙した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「どうした、佐々木」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「え？ あ、いや……」と珍しく吃ったような様子で、「一つお聞きしたいのだが、この浴衣に見覚えは……ないよね？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 何を思ったのか、佐々木は軽く手を広げてその場で一回転。俺に全身を見せるかのように回った。袖口と裾がふわりと舞う。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> まるで初めて浴衣を買ってもらった女の子が嬉しくなってするような、そんな行動だった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「……いや、初めてだが、それがどうした？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そう……だよね。うん、そうに違いないね、やっぱり」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 俺の答えにホッとしたような残念そうな……どこかで見たような表情を浮かべた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「どうしたんだ、その浴衣に何かあるのか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「いや、なんでもないよ。こっちの見当違いだった。それより、ほら」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 俺達以外が集まっている方を指差し、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「皆さんお待かねだ。そろそろ僕達も向かうことにしようか」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そう言ってそそくさとその場を後にするのだった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ……何なんだ、一体？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /></span><font color="#000000"> 暫くは全員一緒に行動していた俺達だったが、ハルヒにチョコレートバナナをおごり、朝比奈さんに金魚すくいをさせ、長門にお面を買ってあげた辺りでハルヒは「別れて行動しましょ」と言い出した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 確かに辺りの人も増えだしたし、六人全員で行動するのも少々骨になってきたところだ。少人数で回ってみるのもいいかもしれない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「三人三人に分かれて行動する、ってことでどうかしら？ 意見のある人は挙手をお願いします！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 特に異論のない俺はその場で頷き、朝比奈さんも古泉も長門も反対することはないのでその様に決まると思った矢先、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「涼宮さん、ちょっと」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 佐々木が手を上げた。「何かしら、佐々木さん？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「実は……涼宮さんと二人で回ってみたいんだ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 予想外の一言に小さくえっ？ と小さく声を上げたような気がしたが、すぐに平静さを取り戻したハルヒは「いいわよ」とあっさりと承認した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そして、「そう言うわけだから、悪いけど四人で班分けしてもらえるかしら？」という団長の命に従い、二人ずつの班に分かれることになった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> クジは、先ほど食べたチョコレートバナナに刺さっていた割り箸。当たりの色は先ほど短冊を書いたペンをもう一度借りてきて色を塗った（バナナとチョコがペン先についちゃったがその辺は黙って返却することにした）。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> クジの結果、俺は朝比奈さんとペアになるという大当たりを引いた。七夕様のご利益を感じるね。もし古泉とペアになったら金輪際七夕という行事には参加しないつもりだったさ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「いくら可愛いからといって襲っちゃダメよ」と釘を刺したハルヒの影は既に消えている。もちろん佐々木も一緒に。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「よろしくお願いしますね」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 白くて大きいバレッタがぴょこぴょこしている。ううん、可愛いね。ハルヒの言葉が無ければ本当に手を出していたかもしれん……もちろん冗談である。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「さて、どこに行きますか？ ヨーヨー釣りでしょうか、それとも射的？ いいや、打ち上げ花火を見に行くのも……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> こう言う場合は男がエスコートをするのが常である。朝比奈さんの心身的負担を掛けないよう、必死でリードする。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そうですね、歩きながら考えましょう」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 了解です。古泉、長門、後でな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> にっこりと微笑む古泉と、等身大人形のように聳え立つ長門にあいさつをおくり、そのまま歩みをすすめようとすると、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「これ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 足音を立てず俺の前に来た長門がお面を渡してきた。先の約束通り、長門が選んで買ってあげたものである。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 出店の一角、やたらとファンシーなお面屋の前で立ち止まった長門は、一つのお面を焼き焦がすかの勢いで睨みつけたもので、特撮ヒーローに出演していそうな宇宙からやってきた悪の怪獣のお面だった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 余りに真剣な表情で見るものだから、店のおっちゃんもクエスチョンマークを点在させていたっけ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> コミカライズに仕上がったお面が心を揺さぶったのか、あるいは宇宙人繋がりってところがポイントなんだろうな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そう言えば、あの店のおっちゃんも俺を見るや否や「久しぶりじゃけえ」とか、「今日は妹を連れてきてないのか？」なんて言いやがったな。よく分からないが多分人違いだと感じた俺はこの祭りに来たのは始めてだと言う事を告げると、おっちゃんは「そおけえ、すまんな」と平謝りしていたが。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> やれやれ。俺のドッペルゲンガーは一体何体いるのかね？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> それはともかく、俺が購入したお面を一瞬のよそ見もせずじっと眺め、かつ肌身放さず抱えていた長門だったが、ここに来て俺に渡すのには一体何の意味があるのだろうか？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「俺が持ってた方がいいのか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そう。持っていって」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 分かった。持っていくよ。またあとでな、長門。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「…………」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 長門の返事は無かった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /></span><font color="#000000"> 出店の列はそこそこ長く、普通に歩いても端から端まで数十分かかるわけで、一軒一軒楽しんでいたらとてもじゃないが終了時刻内までに回れないだろう。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そんな訳もあって、何となく面白そうな出店のみ目星をつけて朝比奈さんを誘ってみたのだが、「いえ、大丈夫です」と仰るのみで一軒も立ち寄ろうとはしなかった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> それどころか少し憂鬱げな表情で俯き始めている。まさかハルヒや佐々木がかかったメランコリー病に感染したんじゃないだろうな？ これは一大事だ。急いで救急車を呼んだ方がいいかもしれない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「キョンくん、あの」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 人通りも疎らな、会場の端。出店ゾーンを抜けきった朝比奈さんは決心したかのように話し掛けた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「実は、また過去に行ってもらいたいの」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ふう、何を言うかと思ったらそんなことですか。いいですよいいですよ。朝比奈さんとだったら富士の樹海でも地獄の三丁目でもついていきますよ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ……と、以前の俺だったらそう言ったかもしれない。しかし、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「また……ですか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 今回は露骨に嫌な顔をした。正直過去に飛んでよかった思い出が無いからである。中学校に不法侵入して悪戯をしたのは可愛い方で、真冬の明け方に腹をグリグリやられた日にゃトラウマになっても致し方無いことである。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ごめんなさい。嫌なことはさせたくないんですが、わたしには拒否する権利がありません。本当に、ごめんなさい」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> まるで自分の責務を責めるように、朝比奈さんは悲しい顔を見せた。いえいえ、朝比奈さんが謝ることはありません。謝るとすればあの人の方でしょう。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「えっ！？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「いや、こっちの話です」ともかく、朝比奈さんとしては、俺に行ってもらわないと困るのでしょう。なら行きますよ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「うん、ありがとう。今度お礼をしますから」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 潤んだ目に浮かぶ笑顔。これだけでも十分な報酬だ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「それでは、あっちの方に行きましょう」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 朝比奈さんが指したのは、会場からかなり離れた茂みであった。「みんなに見られないようにしたので」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> それは構わないですが、逆に怪しまれる気がしますが。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「何のことですか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> いえ、俺の杞憂です。なんでもありません。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ふふふ、変なキョンくん」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 等と会話しつつ、俺達は茂みの奥のほうへと歩みを進めていった。誰にも見つからないよう、きょろきょろと辺りを見渡しながら。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 特にハルヒだけには絶対見つかってはいけない。朝比奈さんが未来人だからということだけじゃなくて、若い男女が暗い茂みに消えていったら……そういうことだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ううむ、ハルヒじゃないが何かをもてあましているのだろうかね、俺も。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /></span><font color="#000000"> かくしてまんまと草むらへと侵入し、目を瞑ってくださいと言われてそのとおりにすると、金属バットで頭を殴られたような、酷く気分の悪い症状に見舞われた。朝比奈さん（大）曰く、『時間酔い』というものらしい。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 既に何回か経験しているのだが、この感覚だけはいつまで経っても慣れない。目を瞑っても耳を閉じてもくる強烈なふらつきは、三半規管を強化したところでどうしようもないだろう。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> もう少し<span lang="en-us" xml:lang="en-us">TPDD</span>やら<span lang="en-us" xml:lang="en-us">STC</span>理論やらの研究開発を進めてもらって、便利なものにしていただきたいところだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> などと考えていると、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「もういいです。目を開けてください」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 絶望の淵で囁く天使の声に応じ恐る恐る目を開る。そこは河川敷にあるベンチだった。忘れもしない、以前朝比奈さんが未来人であることを告白してくれた場所だ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> その朝比奈さんは俺の肩に手をかけたまま、ふふっと笑みを零し、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ちょっと、座りましょう。もう少し余裕がありますし、少し休んでいてください」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 至福の触感が離れていくのを名残惜しく感じながらベンチに座り込んだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 余裕があるということはどういうことでしょうか？ と聞きたいところだが、正直この朝比奈さんに問い返してもわからないだの禁則事項だの言われるだけで、明確な答えは返ってこないだろう。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 俺の質問に的確に答えてくれる人物――朝比奈さん（大）の登場まで今しばらく待つしかない。それまでは朝比奈さん（小）の言うとおり、大人しくしていよう。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 欲を言えば、いつぞやのように最高級枕たるそのお膝を拝領したいのだが……流石に無理か。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ふうと溜息を一つつき、上空に目をやる。インディゴ調の空間に瞬く星々は、人工的な光の中にあっても自分の存在を示すかのように必死で輝いている。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> なんとは無しに織姫と彦星を探してみる。確か夏の大三角形を形成する二星だから、明るい三つの星を探せばよかったはず。……ん、あった。あれだ。あの二等辺三角形を成す三つの星だ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> だが困ったことに、この三つのうちどれが織姫でどれが彦星かと聞かれた場合これとこれですよと自信を持って解答する術を俺は持ち合わせてなかった。織姫と彦星が夏の大三角形を形成する事は既知の情報として脳内に留めている人は結構いるかもしれないが、それがどれとどれだって理由付きで解答できるのは、天文部員または天文部員と仲睦まじい関係にある人間くらいなものであろう。斯く言う俺も天文部の知り合いがいるわけでもないわけで一般的知識しか持ち合わせてなかったことになる。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 他の方法として天の川の存在から判断する方法もあるが、天の川はその絶対的光量の小ささから前述の人工的な光によって存在を掻き消され、現状肉眼では識別不可能になっている。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> つまり、俺が今ここで織姫と彦星を正確に指し示す事が不可能となったわけだ。残念。こんなことなら長門に詳しく聞いておけばよかった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 諦めて視線を落とすと、遠くに見えるのは俺達が先ほどいた七夕祭り会場。星の瞬きを消しているのはあそこの光が原因だったか。七夕祭りを行ったために星が見えなくとは皮肉なものだ。せめてひと時でもいいからライトダウンをしてほしいところだね。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> しかしこうやって辺りを見渡すと、俺が過去に来ているとは思えないな。今回は何年前にやってきたのだろうか。それくらいは答えて欲しいところである。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「朝比奈さん、ところで今回は何年前で……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「すう」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> すう？ 中国語で四だったかな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 等と妄想していると、くたっ、と朝比奈さんの首が俺の肩に圧し掛かった。可愛い寝顔がそこにある。暫くこのままじっとしておきたいものだが、そうもいかない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> この朝比奈さんが眠らされたということは、それなりの理由がある。即ち別の人物がそこに現れたってことだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 事実、ベンチの後ろでコソコソと音がしている。どうやら彼女のお見えである。ここからが本題だ。俺は先手を取るつもりで、右手を振り上げ、答える。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「よく眠ってますよ。出てきたらどうですか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 心の中で、甘くも大人っぽい朝比奈ボイスを連想した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> しかし。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 聞こえてきたのは、俺の予想を三回転半ほど裏切ったものだった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「そちらから話し掛けてくるとは大した者だ。余程優位性を感じているのかそれとも何も考えてないのか……どちらでもかまわんがな」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「な……！？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 夏だというのに、寒気がするくらい身震いするほど冷たく、そして癪に障るその口調。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ともかく、朝比奈みくるの思うとおりにはさせん。漸近接遇ではこちらの読みどおり。ここを抑えれば目標の八割が達成したも同然だ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 俺は静かな怒りを携えたまま、闇の中から現れるシルエットに軽蔑の眼差しを贈る。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「……ふん」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 視線に気付いたのか、男――藤原は面白くなさそうに一瞥した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「何故お前がここにいる？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「いたら悪いのか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 当たり前だ。ホイホイ過去に来て勝手に俺達の時代を塗り替えやがって。あまつさえそれが当然みたいなこと言われて喜ぶドアホウがどこにいるっていうんだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ふっ、くだらん。それを言うならあんたはどうなんだ。自分のしたことを省みるんだな。あんたは朝比奈みるくのマリオネットと化し、未来の流れを変えた主犯格の人物だ。言わばあんたが未来の可能性を摘み取ったんだぞ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ぐっ……」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 藤原の言葉に唇を噛んだ。あいつの言う事は正論だから反論する余地も無い。俺が朝比奈さん（みちる）とやった様々な悪戯は、未来人の藤原からしてみればあまり面白くないだろうし、過去人形と揶揄されても仕方の無いことであろう。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> しかし、ものは言いようだ。いくら正論を論じたところで反抗的且つ反俗的なこいつに従う気力はサラサラ無い。それならまだ全てを話さないだけの魅惑の天使に追従した方がいくらかマシだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「悲しい奴だな、あんたも」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> まるで俺を哀れむような口調で、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「未来の可能性を摘み取るだけに留まらず、過去に来てまで規定事項を覆そうとするなど、はっ、話にもならん。少しは抗ってみたらどうなんだ？ それともその朝比奈みくるを盾に、別の朝比奈みくるに脅されてるのか？ はははっ、朝比奈みくるは狡猾な諜報員で頼もしいなあ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> この野郎っ……流石に頭に来た。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「自分達の時代を、自分達が操作して何が悪い」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 未来がどうとか、朝比奈さんの命令だからとか、そんな事はどうでもいい。<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団が集まって、お茶飲んでゲームして不思議探索に行って、映画の撮影して虫と戦って体育館をジャックして……ええい、とにかくあの<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団が存在するから意義があるんだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> <span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団だけじゃない。うちの家族や谷口や国木田、佐々木だってそうだ。俺が今まで生きてきた中で存在した全ての人間がその対象に含まれる。<span lang="en-us" xml:lang="en-us">SOS</span>団以外の宇宙人未来人超能力者に俺達の世界を瓦解させるいわれはねえ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> もしそうなったら、俺は全力でそれを阻止してやる。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「…………く、くは、くはははっ。こいつは良いものを見せてもらった。全く楽しいなあ……くくくっ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 久々にアツくなって言い返した俺を待っていたのは嘲笑の嵐だった。クソ野郎。本気でムカついてきた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ふはははっ、怒るな。別に軽蔑したわけじゃない。僕にとっては最高の賞賛を与えたつもりだ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そうは見えない。絶対見えない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「橘京子のような奴に組する気はないが、考えが変わった。教えてやろう。ここはあんたのいた時間軸からちょうど四年前の七月七日だ。どうだ、何か思い出したか？ それとも忘却の彼方へと葬り去った後か？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 馬鹿にしてるような詰るような、はたまたからかっているかのような口調でネチリと答えた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> バカ野郎、忘れるもんか。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 四年前の七月七日。朝比奈さんと長門、二人に一回ずつ、計二度連れてこられたあの日をどうして忘れることが出来ようか？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 中学生ハルヒと不法侵入して校庭に落書きをし、一つ屋根の下で朝比奈さんと束の間の三年間を共にし、そして正規時間軸へと戻るポイントとなったこの日。一生忘れはしない、いや、忘れることすらできない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> しかし、三度に渡って来ることになるとは思わなかったな。確かに二度ある事は三度あると言うが、少々やり過ぎの感があることは否めない。またハルヒ絡みのイベントを起こせとでもいいたいのかね？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「その理由を知りたければ、」腕を上げ河川敷に架かる橋の真ん中辺りを指差し、「あそこに行ってみるがいい。興味深いものが見られるぞ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 露骨に嫌な顔をしてやった。朝比奈さん（大）のいいなりになるのもどうかと思うが、こいつのいいなりになるのだけは全力で拒否してやる。これならハルヒに抱きついて愛を囁いた方がまだマシだ。マジでそう思う。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「嫌なら嫌で構わんさ。それがあんたの未来人に対する抵抗だと思えば僕は諸手を上げてあんたを賞賛しよう。だがな、そのせいであんたの望む世界とかけ離れたものになり、涼宮ハルヒとの接触が途絶えても僕の関知するところではない」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> こいつ……何だかんだ言ってキッチリ脅しをかけてきやがる。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「『規定事項』とでも言いたいのか？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「違うな。『脅迫』だ」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> あっさり認めやがった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「確かに『規定事項』であることには間違いない。だが指し示された場所でどう行動するかはあんたの自由だ。好きにするが良いさ。先ずは様子を伺ってくるといい。それからどうするか決めてもらっても、こちらとしては一向に構わん」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> やけに余裕たっぷりの藤原のニヤツキに嫌気がさした俺は、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「ふん、わかったよ。お前の言うとおりに行ってやる。だが様子を見るだけだ。それに少しでも不穏に感じたら速攻戻ってきてやるからな」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「好きにしろ。それまでこの朝比奈みくるは丁重に扱ってやる。心配するな、手を出す気はさらさらない」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そう言って藤原は朝比奈さんの隣、ベンチの端に文句がありそうな顔で座り込んだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 何を考えているのかは分からないが、俺が橋に行かないことには事態が動きそうに無かった。できれば朝比奈さんをおんぶして確認しに行きたいところだが、そこそこ距離もあるしふらついて転落でもしたら申し訳が立たない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 朝比奈さんを人質にして藤原が何かしら行動を起こす懸念もあるにはあったが、しかし、実際のところそれほど心配はしてなかった。大人バージョンの朝比奈さんは既にここにいると感じたからだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 根拠は特に無い。だが、朝比奈さん（小）が目的も言わず昏睡してしまったのは、そう言う既定事項が存在していたからだと思う。そして、目的を告げるのは朝比奈さん（大）の役目だ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 何の意図があって姿を現さないのかは知らないが、今はそう信じるしか他に無い。それに、さしもの藤原も朝比奈さん（大）がいればおいそれと手をだせないだろう。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「よし」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ――待っててください、朝比奈さん。すぐに帰ります。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 意を決してその場を去り、朝比奈さん（小）の身を案じつつ橋の中央付近まで全速力で駆け出した。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /><br /></span><font color="#000000"> 藤原が指定した、とある橋の中央部。 七夕祭りの灯りがうっすらと見えるこの場所から打ち上げ花火を見ようとする輩は皆無で、それどころか車一台走っていなかった。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 照明の灯りも乏しく、橋の全景を映しきるには至ってない。藤原曰く『面白いことが起きる』とのことだが、この暗がりでは何が起きても気付かずスルーしてしまう可能性だってある。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 俺がスルーしたらこの先歴史はどう変化するんだろうね。正直藤原一派の未来人に組するのもいただけないし、『何もありませんでした』と言って引き返すのもアリかもしれないな。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 真っ赤な顔をして俺に罵詈雑言を吐く藤原の真っ赤っ赤な顔を堪能するにはこれ以上ないチャンスだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> などとどうでもいい事を考えていると、</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「……誰かいる」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 俺の瞳に人影が投影された。暗くてよく見えないが、橋の欄干より少し背の高い――多分子供だな――その影は、ごそごそと足元を動かし、そして一段背が伸びたように見えた。あれ？ もしかして屈んでいた大人だったのか？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そう考える間にもう一段高くなり、ついには大人の身長をゆうゆう超え、二メートルは下らない高さまで成長し……って、んな馬鹿な。いくら育ち盛りの子供とは言え、ほんの数十秒で二倍も身長が伸びるわけもない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 恐らく橋の欄干にでも上って――まさか！？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ふと、嫌な予感が過ぎった。橋の欄干に上る？ なんのために？ 曲芸を見せるためなら昼間のもっと明るい時間にやるだろうし、『このはしわたるべからず』との注意書きも書かれてない。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> では一体、何のために……いや、分かりっきたことだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 稀有なポジティブシンキングをするよりネガティブ思考で考えれば脳内一発で変換可能だ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 暗い人気の無い場所で、橋の欄干に登る理由なんてただ一つ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 川に飛び込んで、自殺するつもりだ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000">「バカ野郎っ！！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 解析が終了した時には、既に走り出していた。何に悲観しての自殺か知らないが、人が今まさに死のうとしているのを黙って見ているほどクールな人間じゃない。子供ならば尚更だ。何とかして踏み留めなければ。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 無駄に良い反射神経にこの時だけは感謝したね。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000">「！？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 当の本人は、上りきった欄干の上でこちらを見ている（暗いから分からんが、多分そうしてたと思う）。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 人が来るとは思っていなかったのだろう、あからさまに狼狽の色を上げていた。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 間近にせまった影はみるみる人の形を形成し……って、女の子！？</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000">「……ダ、ダメっ！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 何がダメだ！ そんなところで自殺しようとする奴を放っておけるか！</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 全力疾走している足を緩めもせず、勢いに任せて欄干を駆け上る！</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /></span><font color="#000000">「――！？」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> あまりの勢いに驚いたのか、それともダイビングの時間を早めようとしたのか。彼女の片足が欄干から滑り落ちた！</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000">「きゃあああ！！！」</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> ええいっ、ままよ！</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> 自分でも驚くくらい潔く足を蹴った。そのまま墜落する彼女を何とか抱きかかえ、衝撃に備えぎゅっと目を瞑り体を丸くする。</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /></span><font color="#000000"> そして――</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /></span><font color="#000000"> ――盛大な水しぶきと音を立てて、俺とその子は川の中へと潜り込んだ――</font><span lang="en-us" xml:lang="en-us"><br /><br /><br /><a href="http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5747.html">←前</a> <a href="http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5741.html">目次</a> <a href="http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5749.html">次→</a><br /></span></span></p>
