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やすらぎ」を以下のとおり復元します。
<div class="main">
<div>《キョン、すぐに音楽室に移動しなさい》<br>
……なんだこれは。俺が遅れてきて部室に入ると誰もおらずに、こんなことを書かれた紙だけが置かれていた。<br>

やれやれ、今度は何をしやがるってんだ。<br>
俺は部室を出て、急いで音楽室へと向かった。……吹奏楽の連中はいないだろうな?<br>

今は何故か吹奏楽の連中がかき鳴らす楽器の音が聞こえない。代わりに誰かが弾くピアノの優しい旋律が学校にこだましていた。<br>

俺はその心地よい旋律に誘われるように音楽室へと向かい、ドアを開いた。<br>

「………ハルヒ?」<br>
ドアを開けると、座ってピアノを聞いている吹奏楽の連中、古泉、長門、朝比奈さん。……そして、ピアノを弾いていたのはハルヒだった。<br>

俺は古泉の横に座り小声で尋ねた。<br>
「おい、これは何事だ」<br>
やはりいつものムカつくスマイルを浮かべて返事が返ってくる。<br>

「見ての通りです。涼宮さんがピアノを弾いていらっしゃるのですよ」<br>

俺はチラッと長門と朝比奈さんの方を見ると、二人で肩を寄せあって眠っていた。………長門が寝てるのは珍しいな。<br>
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「団員のストレスや疲れを取るのも団長の役割だと言って、そういうものに効果のある曲を演奏しているのですよ。もちろん、吹奏楽部の皆様にも許可はとりました」<br>

次は視線を吹奏楽部の連中に向ける。同じように寝る者、ウットリとして聞き入る者、足や手でリズムを取りながら何かを得ようとしている者など多様な反応だった。<br>

「今は2曲目ですね。これとあと1曲で終わりらしいですからあなたもゆっくりと聞き入ってください」<br>

俺は古泉にそう言われると心地よい旋律に身を任せた。<br>
素人が聞いても上手さがわかるハルヒのピアノ。その旋律に俺はやすらぎを覚えた。<br>

誰もが聞き入るような音。<br>
そんな音を出している人物に目を向けると、目を瞑りながら、時に楽譜を確認してあくまでも真剣に弾き続ける女の姿。<br>

黙っていればかわいい女の意外な一面。今のハルヒからは女神のような神々しさすら感じる。<br>

認めたくはないが、俺は完全に見とれていた。一生懸命なハルヒの姿に、普段見せることのないハルヒの一面に見とれてしまっていた。<br>

そうこう考えるうちに、曲が終わりまばらな拍手が起こる。俺も合わせて拍手を送っているとハルヒと目が合った。<br>

ハルヒは俺に向かって微笑むと、最後の一曲を弾くためにまたピアノに向かった。<br>

その微笑みはいつもの明るい笑みではなく、どこか安心感を得るようなものであった。<br>

「あなたが羨ましいですよ。あのような微笑みを向けて頂ける唯一の人物なのですからね」<br>

古泉が茶化してくる……が、完全に無視だ。何故なら俺はすでに演奏の始まったハルヒのピアノの作りだす世界にドップリと嵌まっていたからな。<br>
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ハルヒはゆっくりと、だけど力強く最後の曲を弾ききった。巻き起こる拍手は俺がそうであったように、自然に出たものだろう。<br>

気がつくと、寝ていた人達も起きて拍手を送っていた。<br>
「ごめんね、吹奏楽の人達。邪魔しちゃったわね」<br>
「いいのよ涼宮さん。とっても良いものを聞かせてもらったわ!あ、わたし達は帰るけどゆっくりしてていいわ、鍵は開けたままでいいから」<br>

そう言うと、吹奏楽の上級生っぽい人は帰って行った。というよりは、みんな帰りSOS団のメンバーだけが残ったんだが。<br>

「みんな、あたし疲れたから少し休んでから部室に戻るわ。先に戻っててちょうだい」<br>

ハルヒはそう言ってピアノに突っ伏した。俺達はゆっくりとドアを開けて、音楽室を後にした。<br>

俺は、ハルヒの微笑みや奏でる旋律が頭の中を占領していた。とても上手で、柔らかい微笑みはかわいくて……どこか、不安げだった。<br>

「悪い。俺、忘れ物した」<br>
みんなはわかっていたと言わんばかりに俺に向かって頷いた。……バレバレだな、俺の思考パターンは。<br>

その場で踵を返し、俺は音楽室のドアを再び開けた。<br></div>
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ハルヒはまだピアノに突っ伏していた。……寝息が聞こえる。だいぶ集中したから疲れたのだろう。<br>

俺はハルヒの後ろに回り……そっと、抱き締めた。<br>
「んぅ……え、えっ?キョン?」<br>
「お疲れ、ハルヒ」<br>
俺は後ろから抱いたまま返事を返した。<br>
「ちょっと……どうしたのよ、いきなり抱き付いたりして。……変態」<br>

否定は出来ないな。寝てる女に後ろから抱き付くなんて真似、変態以外の何者でもない。<br>

だが、ハルヒの不安げな微笑みを思いだすとこうせずにはいられない衝動に駆られたのだ。<br>
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「ねぇ、キョン。……あたしの演奏、みんなにちゃんと楽しんでもらえたかな?」<br>

「当たり前じゃないか。みんな満足した顔で帰って行ってたぞ」<br>

大きく息を吐く音が聞こえる。もちろん、俺のものではない。<br>

「あたしね、いつもいろいろ勝手に始めるけどほんとは何をする時でも不安なの……。みんなに迷惑かけてるんじゃないかって、みんなあたしに合わせてるだけなんじゃないかって……」<br>

そうか。さっきの不安げな微笑みは、それが表にでたものだったのか。いつも……不安と一緒に居たのかよ。<br>

俺は、ハルヒの背中に自分の心臓を押し当てて口を開いた。<br>

「ハルヒ。俺は今、メチャクチャ緊張することをしている。だが、心音は普通だろ?……これはお前のピアノの旋律で心がやすらいだからだ。お前のやることは間違ってないから……迷惑なんかじゃないからな」<br>

俺はそう言った後、付け足した。<br>
「……悪い。自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。お前を抱きしめて緊張してるみたいだ」<br>

もう恥ずかしいね。男として恥ずかしい。励まそうとしても、言葉っていうのは都合よくポンポンと出るものではないらしい。<br>

ハルヒは肩を震わせて……やはり、笑いだした。<br>
「あっははは!やっぱりキョンはキョンね、クサいセリフ言ってもダメなのよ……うっ……ひくっ…ありがと、キョン……」<br>

笑った後に、ハルヒは泣き出した。いつも自分のやることに不安を抱いていて、その緊張が解けたのだろうか。<br>

ハルヒが落ち着くまで、俺はずっと後ろから抱いていた。<br>
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<div>「もう、大丈夫。ありがとね……キョン」<br>
ハルヒは立ち上がってそう言った。そのまま、部室に向かって俺達は歩きだした。<br>
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俺の少し前を歩くハルヒが、俺に向かって弱い部分をさらけ出したハルヒの背中がとても小さく見える。<br>

俺はハルヒになにかしてやれないのか?<br>
そう思うと体が勝手に動き、再びハルヒを後ろから抱き締めた。<br>

「……キョン、調子に乗ってると本気で殴るわよ」<br>
調子に乗っているわけではない。俺はいつも不安を抱えているハルヒの力になりたいのだ。<br>

なにか……いい言葉はないだろうか?<br>
「ハルヒ、一人で突っ走るのもいいがたまには……たまには振り返って俺に甘えてもいいんだぞ?不安なんて一人で背負い込むもんじゃない」<br>

ハルヒは不機嫌そうな声で俺に反論してきた。<br>
「あ、あたしは不安になるって言っただけよ。甘えたいなんて……言ってないじゃない!」<br>

頑固な奴め。そんな態度を取られると……余計に心配になるじゃねーか。<br>

「わかった、言い換えよう。たまには振り返って俺に甘えてくれないか?これは……お願いだ」<br>

「う……お、お願いなら聞いてやらないこともないわ!あたしは団長だからね。……なんであんたはそんなに優しいのよ」<br>

……なんでだろうな?高校から始まった腐れ縁だからか?クラスメイトだから?はたまた、同じ部活の団長だからか?<br>

違う。とっくに気付いてただろう、気付いてたのに先延ばしにしてたんだ。<br>

抱き締める手を離し、ハルヒの前に回りこんでもう一度抱き締めた。<br>

「俺が……お前のことを好きだから、じゃないか?優しいのは」<br>

顔が熱い。俺はどんな顔をしてる?ハルヒは?……まぁ、いいか。今はただ、抱き締め続けてやる。<br>

「……あたし、意外に甘えん坊よ?それでもいいの?」<br>
俺の背中に手が回り、一段と体が引っ付いた状態になった。<br>

「あぁ、大歓迎だ。それで元気なお前が見られるならいくらでも甘えてもらって構わん」<br>
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「……元気じゃないあたしも見ることになるのよ?」<br>
ハルヒの声が不安な時にでる声になった。そんな声を出すなよ……。<br>

「それでも好きだ。全部ひっくるめて、お前が好きなんだ」<br>

我ながらこんなセリフが出るとは思いもしなかった。人間、本気になると意外と頭が回るもんだ。<br>

「じゃあ、いきなりだけど甘えるわよ?」<br>
「ほんとにいきなりだな。なんでも言えよ」<br>
「……あたしと手を繋いで部室に行ってよ。あんたがみくるちゃんの所にも、有希の所にも心変わりしないって、証明して」<br>

……つまりは、俺達の交際を公にしなさいと言っているわけか。意外な一面だな。<br>

本当のハルヒはこんなにも繊細だとは夢にも思わなかったぜ。<br>

「あぁ、望むところだ。俺もこそこそと付き合うのは性にあわんからな」<br>

ハルヒを抱くのをやめて、手を取って歩きだした。少しだけハルヒの手が……いや、俺の手か?どっちかわからんが汗ばんでいた。<br>
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「……まぁ、そんなわけでハルヒと付き合うことになったから」<br>

俺は、ハルヒと手を繋いだまま三人にそう伝えた。三者三様の態度が見える。<br>

古泉はあくまでもニヤニヤと、長門は無表情、朝比奈さんは満面の微笑みで受け入れてくれた。<br>

やれやれ、やっと終わったか……と思っていると、不思議なことに気付いた。<br>

三人がハルヒの方を驚いた表情で見ている。朝比奈さんは何故か顔を赤らめながら。<br>

なにかあるのか?とハルヒの方を見ると……参ったね、ハルヒが目を瞑りあごを少し上げて俺の方を見ているじゃないか。<br>

俺だって男だ。この状態から何を求めているかくらいわかるぜ。しかし、こいつら三人の視線がある所でやるのもどうかと思うぞ。<br>
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ハルヒは目を瞑ってこっちを向きながら口を開いた。<br>
「約束したじゃない。誰の所にも心変わりしないってことを証明するって……」<br>

ズイッと半歩近付いてきた。……覚悟を決めるか。<br>
俺はハルヒの肩を抱き、目を閉じてキスをした。そう、あの閉鎖空間でした時と同じような状態で。<br>

もう、まわりの目は気にならない。俺は自分の唇に当たる柔らかい唇の感触だけを感じ、幸せな気分にひたっていた。<br>

「……あの~、そろそろ帰りませんか?」<br>
朝比奈さんの声で俺は正気に戻った。そういえばここは部室だったな。<br>

唇を離しハルヒの顔を見ると、頬を赤らめて優しい微笑みを浮かべていた。<br>

「えへへへ……今日から改めてよろしく!キョン!」<br>
俺が掴んだ幸せと、かけがえのない存在、二度と離すもんかと誓いを立てて、俺はもう一度ハルヒを抱き締めた。<br>
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<div>おわり<br></div>
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