涼宮ハルヒの追憶 Intermission.3
<div class="main"> <div>――Nagato Yuki<br></div> <br> <br> <div>わたしは何ら変化の無い天井を見上げる。<br> 正確には劣化しているし、宇宙座標上の位置も変わっている。<br> でも、人はこれを変わっていないという。<br> 微々たる変化は無視し、閉塞感を感じる。<br> 全ては変わっていっているのに、自滅的な行動によって自分を押さえつけている。<br> </div> <br> <div>人は記憶を持っている。<br> わたしは記憶を持たない。全ては無時間性の情報へと帰する運命にある。<br> 人は記憶を持ち、そして人格を形成していく。<br> 記憶、つまり時間の重さを持たないわたしは人格を形成できないのだ。<br> 形成できないというのは語弊が生じる恐れがある。<br> 元からある人格からの変化は望めないということである。<br> </div> <br> <div>わたしは後、一時間と十一分で消失する。<br> (秒単位が必要ないことは彼が教えてくれた事だ)<br></div> <br> <div> わたしは今、泣いている。人間の感情でいう、恐怖を感じている。<br> これはわたしに元からあったものだろうか。<br> 古泉一樹に以前聞いたことがある。<br> 人の感情で最も重要なのは何かと。<br> 古泉一樹は『死への恐怖』だと答えた。<br> わたしは今、人間の根本たる『死への恐怖』を感じている。<br> わたしはインターフェイスなのだろうか? それとも人?<br> この『死への恐怖』も作られた感情なのだろうか。<br></div> <br> <div>わたしは後、四十三分で消失する。<br> (彼との一週間は激しいバグを引き起こした)<br></div> <br> <div> わたしはバグを落ち着かせるため、本を読むことにする。<br> この本はまだこの時代の彼に読ませてあげていない。<br> 彼はわたしの部屋に来て、読むと約束してくれた。<br> でも、もうそれが現実になることはない。<br> 約束とは時に残酷で、時に優しいものだ。<br> わたしのデータベースの中には彼の情報がたくさん詰まっている。<br> わたしはそれを引き出し、完全に頭の中で再現する。<br> 図書館の風景、彼との会話、彼の優しさ。<br> 全てが精密に再現され、視覚情報、聴覚情報、触覚情報、位置情報、嗅覚情報としてわたしに伝わる。<br> </div> <br> <div>わたしは後、十九分で消失する。<br> (彼に教えてもらった料理を作った時、彼が普通だと言っていたのは<br> わたしのインターフェイスとしての能力が足りないからだろうか)<br> </div> <br> <div> 偶然性というものは情報量を大幅に増加させ、処理速度を遅らせる。<br> わたしはこの偶然性というものをとても不思議に感じている。<br> 情報は無限に存在しない(そのため情報統合思念体は処理できる)。<br> わたしは一つ息を吐いてみる。<br> この空間は壁に囲まれていて逃げることはできない。<br> だが、逃げることはできないのか?<br> できないという可能性が百に限りなく近いという理由で、わたしはそう判断する。<br> </div> <br> <div>わたしは後、七分で消失する。<br> (抱きしめてくれた彼の体温は温かく、飾った花はとてもキレイだった)<br> </div> <br> <div> わたしは生まれてから三年間この部屋で待機していた。<br> 時間を重ねることはなく、時が来るのを待った。<br> そう、わたしが吐く息はこの壁を抜け出すことはなかった。<br> 壁はわたしを囲って、空間を作り上げた。<br> 狭いこの地球の、島国で、なぜまた空間を作らなければならないのか。<br> わたしは置き手紙をしたためた。<br></div> <br> <div>――わたしは消えた。<br> 最後にあなたが他の人に見えないように操作した。<br> これで目的を果たして欲しい。<br> 鍵は閉めて、郵便受けに入れておいて。<br> わたしがまた帰ってこれるように。 ――<br></div> <br> <br> <div>わたしは後、三分で消失する。<br> (彼と現在の彼と過ごした日々はとても、幸せ? なものだった)<br> </div> <br> <div> 彼は最後の日の夕方、色付きマジックを出してくれないかといった。<br> わたしはマジックを再構成した。<br> わたしは今、泣いている。<br> わたしを囲っていた壁に、あの日作ったアルスメリアが描いてあった。<br> そしてその横にわたしを模したと思われる適当な絵に、言葉が添えられていた。<br> 『長門、一週間ありがとう。こいつの花言葉は長門に教えてもらったからな。ぴったりだ』<br> </div> <br> <div>わたしは後、零分で消失する。<br> (秒単位が必要ないことは彼が教えてくれた事だ)<br></div> <br> <div> わたしは壁に手をつけ、その花に向かって息を吐いた。<br> この壁を壊すのは簡単だった。でも、また壁は現れ、壁は無限に立ちはだかる。<br> だから彼は壁に絵を描いた。未来のわたしを知っているからだ。<br> そう思うと、わたしの壁は消えた。<br></div> <br> <div>ありがとう。<br></div> <br> <div> 幸せな日々。わたしはそう感じながら、また構成情報へと溶けていった。<br> </div> <br> <div>そこでわたしは再び、雪を見た。<br></div> </div> <!-- ad -->