“元気にしているか?そっちの様子はどんなもんだ?ハルヒ。”
“あの元気さだけが取り得だったお前がいなくなって大分経つが・・・いまだに慣れないな。”
“毎日通ったあの坂道を ”
この文章が何かと聞かれれば、それは手紙だと答える他ない。
紛れもなく俺の筆跡であり、ハルヒに向けて書いたものだとは分かるが…
しかし俺の脳がここ最近のドタバタにより非常事態に陥っていないならば、この手紙を書いた覚えは全く無い。
それ以上に気になるのはどういう訳か途中から全く書かれていないことだ。
「一体これは何なんだろうな?」
そう聞いた場所はその手紙を見つけた俺の部屋であり、
そう聞いてみた相手はこれまたハルヒを除いたSOS団メンバー、長門、古泉、朝比奈さん3人だ。
見つけた場所は正確に言うとするとろくに勉強机としての機能を発していないオブジェに装備された引き出しの奥だった。
何度も言うが俺はこんな手紙など書いた覚えは無いし、大事に引き出しに仕舞い込んだ覚えも無いぜ?
「これは…未来からの手紙ではないでしょうか?」
そう口を開く古泉。
至極簡単すぎる結論だが確かに俺もその考え以外には辿りつかなかった訳であるが、しかし。
「だとしたら何だ?ハルヒはこの先俺達の元から姿を消すってのか?」
「あのう…詳しくは禁則事項に関わるから言えないんだけど…
この手紙が私たちの能力によって未来からこの時代に持ち込まれた、っていうことは有り得ないんです…たぶん。
…それを知る方法は聞かないでください。」
それもまた禁則事項とやらなのだろうか。
しかし手紙を徐に拾い上げた長門はこう呟いた。
「……これが書かれた時代にリンクすることができない。この手紙自体にプロテクトが何重にもかかっている。」
朝比奈さんは未来からの贈り物では無いと説明するが、
長門の動作、手紙の文章からはそれがこの時代のものでは無い事を実感させる。
「何にせよ。このままでは涼宮さんが私たちの前からいなくなるという事態に直面する事があると考えた方がいいでしょう。
そしてこれは僕の憶測ですが…この際ですから言っておきましょう。」
そして古泉は俺の予想だにしなかったことを呟いた。
「もしかしたら涼宮さんがこの世からいなくなってしまうのかもしれません。それが何時なのかはやはり分かりませんが。」
突拍子なことを言うものだと呆けていたが古泉のさらなる説明によれば、
特定の人物に向けた手紙なのにわざわざ名前を書き入れる必要があるのか、という点。
むしろこれは第三者に、これが誰に向けた手紙なのかを解らせるためのものではないか?と。
もう一点が2行目に使った“いなくなって”の表現だと言う。
「“転校して”または“転勤して”では無く“いなくなって”を使ったことに僕は違和感を覚えるんですよ。」
しかしだ、そんな心配事が解決するには1時間も掛からないじゃないか?
簡単な話だ、朝比奈さんと長門に聞けばいいのだから。
「簡単な話ではない。私が同期を測れるのは一方向の未来のみ。
分岐点から異なるベクトルの……」
要約すれば今の時点からの未来を知ることしか出来ず、
何か一つ行動を変えてしまえば未来にも変化が生じる、とのことだ。
未来を変化させるほどには未来を知った上での行動が必要だと言うが…
しかしこの手紙が未来からの贈り物だとすれば既に俺たちは一つだけだが未来を知った事となる。
つまり未来はいまや形を変えつつある、ということになるのだ。
「ん?それじゃ朝比奈さんは未来に帰ることは出来るんですか?」
この間の終わりの無い夏休みの件が思い浮かぶ。
確かあの時は…この世界が9月1日を迎えない、という状況に陥ってしまったせいで
朝比奈さんは未来との交信はおろか、帰る事も出来なくなっていたのだ。が…
「今のところ何も普段と変わらず全く問題ないです。
未来が変わる可能性があっても、極端な変化というのはそうそう起きません。
この場合の極端な変化っていうのは[禁則事項]で…あっ、すみません。
つまり、未来には何の悪影響も出ていないんです。」
例の装置を無くしたときも、交信が途絶えてしまった時もあれほどパニックになっていた朝比奈さんが
今日はただの一度も取り乱したりしていないので、それが本当のことなのだろうと信じるには数秒も掛からなかった。
「もちろん涼宮さんは未来にも存在していますよ。どこにいるかはちょっと分かりません。
上の方が私にも教えてくれないんです。ごめんなさい…」
普段から有効的な活用もされていない俺の脳はそれ以上考えることを拒否し、
結果3人が帰っていった後も手紙と睨め合いだけしてやがて眠りについた。
無常にも時間はこの手紙について考察するだけの暇を与えてくれることもなく流れ続け、
俺達高校生の本分である勉学の為に登校時間が刻一刻と迫っているためだからだ。
(ハルヒがいなくなる、ねぇ…)
朝から一心不乱に新しいチラシの原本を書き続けているハルヒを見るとそんな前触れが一欠けらも見つからない。
少なくとも高校を卒業するまではな。
しかし最良の結果が引越しで最悪の結果が死とは。天秤さえも載せるのを躊躇うバランスの悪さだとは思わないか?
そもそもハルヒが死ななければならない理由がどこにあるのだ。
と言っても相手は命だ。俺だって明日には大型ダンプに撥ねられて死んでしまうかもしれない。
命とはそれだけ儚いものなのだ。だからこそこの件を楽観視するわけにはいかないだろう。
そんな奴がいたら頭の構造を是非見せて頂きたいもんだ。
なんて、俺の頭はハルヒのことで一杯になってしまっていたようだ。
(いなくなるなよ…ハルヒ。)
「何か言った?」
いいや、なんも。
「暇なら少しは手伝いなさいよね!団長1人に仕事をさせるなんてもってのほかよ!」
その仕事は自分で作り出したものだから“させる”なんて表現は間違っているが…
ともかく何かしていないと落ち着かないので黙って協力することにした。
さて少し蔑ろにしていた手紙についてだがさらに気になる点があった。
手紙だというのに紙は無地。素っ気無いにも程がある。
仮にハルヒに渡ったとすれば即電話が掛かってきてハルヒ流手紙講座で1時間潰れてしまいそうだ。
(その講座が有益なものであるかどうかはこの際どうでもいいだろう。)
あとは手紙の余白がいやに広いことか。
そもそも俺はあまり長ったらしい文章を書かない人間なので、怪しいといえば怪しいと言える。
しかし新たに分かった点はさらなる疑問しか生み出さず、
疑問に疑問が絡み合って最早理解に苦しむ手紙であることを再確認させられただけであった。
ところが不可解な事はこれに収まらなかった。
珍しく廊下ですれ違った長門の発した声を俺の耳が一字一句聞き逃さなかったからだ。
「他方向の未来が全て消滅した。簡単に言えば“未来は固定された”。
私たちの未来に涼宮ハルヒは存在しない。」
急展開。と言い括るには無理があった。
そこらの小説ならそれで良いのかも知れないが、既に事件に巻き込まれてしまった俺自身をただの登場人物の1人と考えたくは無かった。
「ど、どうにかならないのか?」
「難しい問題。多数の分岐点を一度に失った時間の流れはいまや、濁流する川のようになっている。
無理やり分岐点を作れば圧力に耐え切ることができなくなる。
つまり新たな未来を創ろうとする度にその未来は消え去っていく。」
長門にしてはえらく分かりやすい例えだ。なんて感心している場合じゃない。
ああ、絶望とはこの事を言うんだろうな。まだこの手紙の謎も解明して無いってのに。
と広げたその手紙に、俺は目を疑った。
“毎日通ったあの坂道を覚えているか?俺はあまり思い出したくないが。”
“あんまり一緒に登校することは無かったよな。結構意外だと思わないか?”
“まぁ教室に入れば必ずお前と顔を合わせる ”
手紙には続きの文章が現れていたのだ。