「畏怖・涼宮ハルヒの静寂 第3周期」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
陽は地平線へと飲み込まれていき、空は段々と赤く燃えていく。
くたびれた二人は、返り血で制服を汚していたが拭き取ることはしなかった。無駄だと分かっているからだ。
またチャイムが鳴った。相変わらず扉に変化がないので、再び狂った世界に行くことになるようだ。それを知らない朝倉は狼狽していた。
「…さっきのは何?」
どうやら三時間目の始まりだ。またあのトンネルをくぐって地獄へ冒険しなければならないらしい。朝倉、お前はどうする?
朝倉はうつ向いた。そりゃあ、あんな世界に行きたい奴はいないだろうな。
「分かった。お前はここで待つか?」
「そうね、もう少し休みたい…」
朝倉を部室に残し、俺は裏世界へ三度目の潜入を開始した。長いトンネルを抜けるとそこは、言うまでもなく静寂に包まれた世界。
街
ここは、古泉が超能力者であることを俺に証明したあの交差点であった。
薄く霧がかかっているせいで遠くは見えない。路上に放置された車は赤錆でボロボロである。随時と荒れている様子はこれまでと同じだ。
荒れ果てたこの街はラクーンシティと何ら変わりない。ただ襲ってくる敵が違うだけだ。
「だぁっ……くそ…………!」
また頭痛を伴う激しい耳鳴りがした。そして目の前の世界は一変した。
───
ざばっ、ざばっ
新聞やニュースで、事件現場の凄惨さを表現するのに「血の海」という比喩が使われる。では、この赤い液体で道路が膝下まで浸かっているの状態は何だ…?
生温かい液体が靴下に染み込み、足を動かす度にそれが流動する。
量が異常だ、一体何をしたらこんなに溜まるんだ。嫌な感覚を堪えながら近くに止まっていた車へと歩いていき、そのボンネットに
「!?」
血の池地獄から逃れる為に上に乗ろうとしたボンネットがあの足跡でべたべたになっていた。
「まじかよ、こんな近…」
ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷ
遥か前方に黒髪の女性が立っていた。あの少女と同じく表情は分からない。だが、ヤバいのだけは直感で分かった。
「やっぱり…怖い…?」
確かにそう言ってこっちへ歩いてくる。
逃げたいのに動けない、まるで金縛りに遭ったようだ。このままじゃ、やられる!?
「怖いのね…。でも…、これはあたし達にとっては現実なのよ…」
あいつはどんどん近付いてくる。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!
───
また気を失って倒れていたようだ。ちゃんとアスファルトがある。幻覚は終わったのか。助かった…。
あいつにとって、あの世界は現実…。何のことかさっぱり分からない。
この広い街で俺はどこに行くべきなんだ? 鉄パイプを拾いながらそう思ったが、取り敢えず歩き回ってヒントを探すしかなさそうだ。
異形共の移動する速さは遅いので、この広い道では戦闘を避けることが出来た。
そうやって道路を歩いていた時だった、上空から何かの気配を感じた。
見てはいけない気がした。
見てはいけない…、絶対に、駄目だ。俺の直感がそう命令していた。
………………
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・!!!
どしゃっ
予感が、的中したってか…?
あれはマネキンだ。ただのマネキンが落下してきたんだ。そうだろ? なぁ、そう思えよ、納得しろよ、俺。
暫くの間、俺は背後から嫌な気配を感じながらもまっすぐに歩き続けた。
交差点を曲がり、ようやく背後の恐怖から解放された。
「…!」
耳鳴りと共に、あの少女が目の前に現れた。
「こっち」
少女はまた赤い足跡を残して姿を消した。
敵なのか味方なのかもはっきりしない。半信半疑のまま、少女の誘導に従う。
その足跡は一つのビルへと続いていた。
中に入ると、ショットガンが堂々とロビーに置いてある。これはこれは、随分と親切である。…ということは、ボス的な奴が現れるのか?
嫌な感じがしながらも強力な武器を得た。
ポケットには拳銃、腰には鉄パイプとショットガンという概ね満足な装備で内部を進む。
この建物の内部はあの図書館やマンションよりも更に異常だった。勿論、真っ暗だったり血痕だらけだったり荒れ果てたまま放置されているだが、その度合いが違う。
オフィスビルの天井を、時には高い吹き抜けの天井でさえもべっとりと血が真っ赤に染め上げていたのだ。あの幻覚の世界により近い状態になっていた。
そして、敵である筈の異形共が既にやられていた。
何が起こってるんだ…。
ォオオオオオオォォォォ…
ぐしゃっ
何かの呻く声と、嫌な音が聞こえた。それは、間違い無く異形の断末魔だった。
「もう大丈夫…」
さっきの声は…あの少女の? 床を照らせば、足元の血の池からあの足跡が続いていた。
「これ全部、あいつがやったのか…?」
だとすれば、あの少女はとんでもない力を持っていると考えられる。
お前は敵なのか味方なのか、どっちなんだ。
足跡に導かれるようにして進むと屋上に辿り着いた。そこで足跡は途絶えていた。
「………っ! またか…!」
耳鳴り幻覚…何度目かも忘れた頭痛で意識が落ちてゆく。
───
気付けば学校の廊下にいた。その先の教室から声が聞こえる。壁や天井が真っ赤なのはスルーだ、絶対にスルーだ。
「ねぇ、みくるちゃん…」
「答えなさいよ…」
「答えてよ…」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
───
ハルヒの悲鳴を最後に幻覚から戻った。
ハルヒが朝比奈さんのことを必死に呼びかけていたということは、朝比奈さんも…。だがハルヒはどうして嘆いていたんだ?
長門の時は恨んでいるように思えたのだが…。
「ん?」
携帯の着信音が響いているのに気付いた。足元に携帯が落ちているのを見つけた。拾ってよく見るとそれは古泉のであった。
「どうして古泉のがこんな所に」
まだ着信音を鳴らし続けている携帯を拾う。画面はひび割れていて何も映さないので誰からの着信かは分からない。
もしかすると長門と連絡がとれるのかもしれない。微かな希望を持ちながら通話ボタンを押した。
「……もしもし」
聞こえてきたのは
「キョン君…助けて…」
朝倉の悲痛な声。
な、何だ…。安全だと思っていた部室に何があったんだ?
「朝倉…! どうしたんだ!?」
次第にノイズが朝倉の悲鳴を遮り始め、単語も断片的になってゆく。
「涼………………は…………貴方をいけ…………いやああああああぁぁぁぁ!! おね……い『貴方がここにいる必要はない』…やめ…………こ……さな……ブツッ」
「朝倉!? 朝倉!」
返事は無い。通話が終了していた。
朝倉が、やられた…。
貴方はここにいる必要はない? つまり、この一連の出来事は俺に何かしらの
その時、俺が背後から聞いた声は、呼吸を忘れさせるものだったた。
「うしろのしょうめん…」
……ショットガンでもこれは勝機がない。
最初の頃に、ホラー映画よろしく振り返ったと言ったが訂正する。実際はこんな感じだ。分かるか?
振り返りたくないのに、振り返らなきゃならないんだぜ?
「だーあれ?」
振り返る。振り返らないと、もっと怖い気がしたから。
全てが止まった。
もしかしたら、心臓も止まってたんじゃないか?
俺は五感の殆どを失った。唯一機能していると思しき視覚が、目の前にいるアイツを嫌になるほど脳に焼き付けていた。
目の前には、薄らと笑みを浮かべたハルヒがいた。
その黒い髪は地面を擦る程長く、
服を身に付けず、
全身血で汚れ、
酷く痩せ、
まるで、
泥人形のようで、