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古泉一樹の代理2 - (2009/03/25 (水) 13:01:31) の編集履歴(バックアップ)


  翌日、昼休みに僕は文芸部室へ足早に向かいました。寡黙な賢人の叡智を借りるために。
部室の前まで来ると、念のためノックをする。万が一にも返事が返ってきては困りますからね。
無反応を確認すると中へ、目的の人物はいつもの様に窓辺で本を…読んでいませんね。今日はハードカバー本ではなく、代わりに外の景色を凝視しておられるようで。悪い兆候ですね。僕は少し躊躇いながらも長門さんに声をかける。
「長門さん。お話があります。まずは、彼のことですが、僕としては早期の復帰を望んでいます。あなたにも協力をお願いしたいのですが、いかがでしょうか?」
ゆっくりと振り返り、しばし僕を見つめる。そして、ふと立ち上がり、入り口のところまで歩いていき、一言。
「ついて来て」
予想外の反応。長門さん?
「どこに行くのですか?」
長門さんは何も言わず、てくてく歩いて行く。 
一瞬戸惑い、彼女の後に続く。
一体どこに行かれるおつもりなんでしょうか?彼は今日は欠席のようですよ。あなたが知らない分けはありませんね。…まさか、僕と学食にでも?
全財産を賭けてもいいくらいありえませんね。そんなことを考えている間に旧館を後にして、校舎の階段を黙々と上がり、とうとう屋上へと続く扉の前まで来たところで長門さんの足が止まりました。
「ここ」
「ここがどうかしましたか?」
率直な疑問を口にする。
「ここがもっとも侵入できる可能性が高い。あなたの能力を利用して侵入を試みる」
いったい何を?分けもわからず立ちつくしていると、長門さんの高速詠唱。すると、あたり一面が霞がかかったように白くなり、僕はようやく事態を理解する。
「これは、閉鎖空間ですか!?」
いや、違う。僕が察知できないはずがない。僕のよく知る灰色の空間とは何かが違う。
では、なんだここは?
「ここはあなた達が閉鎖空間と呼ぶ空間とは目的を別にする空間。この空間においてはあなた達は必要とされていない。だから、感知できなかった」
長門さんが淡々と告げる。
「別の目的?一体それは?」
長門さんは無言のまま振り返るとドアを開き、屋上へと歩を進める。
その背中を追って屋上へと出る。
屋上の中程まで進むと長門さんはグラウンドの方を指差して。
「あれ」
巨人がそこにいた。目測で神人の三倍程はあるでしょうか。色も神人と違い白い。それが、ただ立ち尽くしている。
それを見た瞬間、覚えのある感覚が込み上げてくる。
そして、唐突に理解した。僕に能力が宿ったときの様に、訳もなくそれがどういうものか理解できた。
「あれは涼宮さんの願望が具現化したものですね?」
「そう」
「この空間がいつ発生したか解かりますか?」
「今日の午前一時二十四分」
「では彼は半日もここに閉じ込められているのですね」
ここは涼宮さんのある願いが生み出した空間。SOS団を去った彼への偽りのない思い。
                『どこにもいかないで』
その願いがこの空間を生み出し、彼をここに閉じ込めた。おそらくは昨日の彼女の精神の乱れが影響し、暴発的かつ極端な方向に力が働いた結果なのでしょう。まったく、驚嘆の一言です。それ程彼に対する思いが大きいということでしょうか。若干、嫉妬の感情さえ沸いてきますね、あなたには。
長門さんに確認を取る。
「彼はあの巨人の中ですね?」
「そう」
「僕やあなたの力で助け出せますか?」
「不可能」
予想はしていましたが、方法はひとつですか…
「涼宮さん頼みですね。なんとかして彼をあちらの世界に戻すように仕向けなければ」
もっとも、このまま放っておいて彼が二、三日いなくなれば彼女自ら解決してくれそうな気もしますが。結果、彼を遠ざけているのが自分自身というのがなんとも皮肉ですね。
「もどる」
そう言って長門さんは踵を返した。
ここにいてもできることはありませんね。しばらくここで反省していて下さい。その内戻れますよ。巨人を見上げながらそう告げると、僕は彼女に続いて屋上を後にする。
本日二回目の呪文の詠唱が終わり、元の世界へと帰還すると長門さんは何も言わずに階段を下りていった。
どうやら彼女の目的は果たされたようで。
僕にあの空間をみせるためだったのか、それとも彼が心配だったのか…。


とりあえずは放課後までこの問題は保留ですね。それまでに解決策を思案するとしましょう。率直に彼が行方不明だとでも言ってみましょうか。どこかの樹海で彷徨っているところを発見されるかもしれませんしね。そのようなことを考えながら僕はその場を後にしました。

まだまだ楽観的な思考でいられた昼休み。僕自身これ以上やっかいな事態に発展するとは想像だにもしていませんでした。もうすでに十分やっかいでしたからね。

 

「キョン?誰それ?」
涼宮さんのこの言葉を聞くまでは。