「落ち着いたか?」
「ありがとう。大丈夫」
今のお前の言葉には全く説得力がないんだが。
力を失っていきなりパニックに陥った長門が回復したのは2時間後。
その間お茶を淹れたり、ガタガタ震える長門に掛け布団をかぶせたり、長門の冷たくなった小さい手を握ったり、
母親からの帰宅が遅いとの怒りの電話に対応したりと大騒ぎとなった。
最後のがある意味一番大変だったな。
「申し訳ありません。いきなりこんなことになって」
恐縮する喜緑さん。いえ、あなたは悪くないですよ。
「しかし困ったな。長門、とりあえず明日は休め」
「駄目。涼宮ハルヒが不審がる」
布団の中から弱弱しい答えが返ってくる。
「いや、実際調子悪いだろ? お前が外でパニックになる方が心配だ」
もし探索の組み合わせが長門とハルヒだった場合……ハルヒがどう出るかでヤバいことになるんじゃないのか?
「もう平気。状況に慣れてきた」
その後も俺の意見を頑として受け入れず、長門は明日探索に参加することになった。
どう考えても不安なんだが長門の希望だ。それにハルヒは長門のことを大事に思っている。
おかしなことにはならないだろう。
「んじゃ帰るわ。喜緑さん、よろしくお願いします」
「本当にありがとうございます」
最後に喜緑さんと電話番号を交換し、確認をする。
「あの、このことは朝比奈さんと古泉に教えてもかまわないんでしょうか?」
「かまいません。というかもう知っているかも」
やっぱり。
「わたし達に情報操作能力がなくなったことを知って
彼らの機関や調査員がわたし達に危害を加えるかもしれませんから先に伝えています」
え? それって逆に相手に襲ってくださいって言っているようなもんじゃ?
「ええ。なので先手を打っています。もしわたし達の誰かが傷ついた場合食が明けた途端、
うふふ、これ以上は禁則事項です♪」
……喜緑さんは優雅に口元に人差し指を当てた。朝比奈さんとは違う方向で色っぽいんだよなあ。
関係ないが喜緑さんは普段、長門の事を「有希ちゃん」って呼んでいるんだな。
二人の隠された親密度を垣間見てなんだかほんわりした。
帰宅すると母親からねぎらいの言葉をかけられた。喜緑さんが連絡をしてくれていたからだ。
貧血をおこした長門を介抱していたことになっているらしい。
さすが喜緑さん。と、同時に疑問が湧く。
俺の知っている宇宙人の仲間は3人。
長門、朝倉、喜緑さん。
最後に馬脚をあらわしたとはいえ、いやその本性も結局のところ人間らしかった朝倉。
おとなしいというよりおしとやかで、礼儀正しい喜緑さんはカマドウマの時のように演技もできる。
長門は?
なぜ長門はあんな性格なんだろうか。
10分前にいつもの集合場所に着いた時、ハルヒの第一声は
「ええ!? あんたが最後じゃないって!?」
だった。
普段なら失礼な! と憤るところだが……
動揺を見せないように出来るだけ自然に尋ねる。
「ん? 俺が最後じゃないのか? 誰が来ていない?」
見渡す。朝比奈さん、古泉
「有希がまだ来てないのよ」
不安そうにハルヒが辺りをうかがう。
「まだ時間にはなっていませんからね」
俺に意味ありげな視線を送りつつ古泉がこたえる。
「誰でも遅れることはありますよ」
「だけど有希に限ってそんなことありえる? あの有希よ?」
今回に限ってはありえるんだよ。
最初に見つけたのは朝比奈さんだった。
集合時間を5分過ぎ、ハルヒが携帯電話を取り出した時
「あ、長門さんじゃないかな?」
駅の中からトテトテと小柄なセーラー服の姿が走ってきた。
「有希!」
いつもの様子から想像もつかない、普段もあまり整っているとは言えない前髪は乱れ汗した額にへばりつき、
ぜぇぜぇはぁはぁと息を乱し肩で息する長門。……眼鏡!?
「どうしたのよ!?」
「はぁはぁ、ね、寝坊、ごめんあさい」
舌も回っていない。
「ちょ、ちょっと落ち着いて! 休憩しましょ!」
あわてていつもの喫茶店に入ることにする。
最初のお冷をおかわりし、2杯目を飲み干すことでやっと長門が落ち着いた。
「で、有希。本当にどうしたの?」
「寝坊。起きれなかった」
「夜遅くまで本でも読んでたの?」
「えっと、そう」
受け答えもぎこちないが息が整っていない感じでうまい具合にごまかされている。
そしてくじ引きは最初から予想された最悪の組み合わせとなった。
さすがハルヒ、不思議を呼び寄せる能力は半端ない。
いざ出発の段となって長門のパワーダウンぶりを見せつけられた。
「ルールはルール。わたしが払う………あ」
眼鏡をかけた表情が曇る。また『あの』長門を思い出してしまった。
「どうした長門?」
「財布を忘れた。パスケースを忘れて取りに帰ったから余計に遅くなったのに、財布も忘れていた……」
長門の顔がさらに曇る。まずい、またパニくるかもしれない。
「わかった俺が「あたしが立て替えといてあげる!」ってハルヒ!?」
「最後に来た人がおごるのがルールだから免除はナシよ。だけど財布忘れちゃったなら仕方ないじゃない。
今日の有希の支払いはお昼も含めて立て替えといたげるからね。いい?」
「いい。ありがとう」
心底ほっとした表情の長門。
ふぅ、なんとかこの場はしのげたな。
「んじゃあ、あたし達はこっちに行くから」
「おう。……長門、無理するなよ」
うなづく長門。ちょっとハルヒが俺を睨んでいたような気がするが。気がするだけだ、うん、気のせいだ。
「さて古泉、それと朝比奈さん、どこまで知ってますか?」
「とりあえず場所を変えませんか。ここではちょっと」
古泉の勧めで駅前から離れ別の喫茶店に移動する。そんなに飲物ばかりいらないんだが。
「我々は再来週の月曜日まで長門さんたちが力を使えない、その間TFEIに危害が加えられた場合
報復があるので手出しは厳禁、と聞いています。」
喜緑さんに聞いた通りの内容だ。
「未来からはこれから10日間、細心の注意を払うように、って指示が来ています。
あと長門さんたちを襲わないように強制コードがかかりました。
詳しくは禁則なんですが強制コードは強力すぎるため滅多なことでは発令されません」
いつぞやのお使いゲームの時はその『滅多』なことだったんですね。
古泉がいつも通りのさわやかスマイルで俺に問う。
「あなたはどうやって知ったんですか? 長門さん本人からですか?」
それ以外ないだろ。
「喜緑さんというラインもありますからね」
この野郎、見てたろ。2人から説明されたのを。
「いえ、考えられる可能性を言っただけなんですが。まさか両方とは思いませんでした」
……こいつはスパイの口を割らせる側に就職すればいい。
いや俺が引っ掛かりやすいだけかもしれないな。
「昨日、力が使えなくなってからどうも長門が不安定なんだ。どうやら不安らしい」
パニックになったことは伏せておこう。
「だからこれからしばらく長門に気をつけてやってほしい」
「もちろんです。今まで長門さんに頼りっぱなしでしたからね。感謝と恩返しの意味でも力の限りフォローしますよ」
「あたしもです」
古泉が額に指を当てた考え込むポーズをとる。
「涼宮さんが何か勘づく可能性がありますね」
「そうですね。普段完璧な長門さんが遅刻していますから、涼宮さんの注意が行っているはずです。
あたしたちも長門さんと話をあわせとかなきゃいけませんね」
古泉がさらに何か言いかけた時、俺の携帯が鳴った。ハルヒから!? まだ別れて1時間も経っていないぞ。
『ちょっとキョン! すぐにきて! 川沿いの遊歩道! 前に映画撮ったとこ!』
それだけ言うとすぐ電話が切れた。
まさか長門が!? 不安がよぎる。
「有希がへばっちゃったのよ。そんなに歩いたつもりはなかったのに」
青い顔をした長門がハルヒに膝枕されている。
見えそうになるパンツはスカートの上にハルヒの上着が掛けられしっかりガード。
まあ隠すという用途以上に温めるために掛けられていそうだが。
「長門、体調がわるいんじゃないか? だから遅刻やら倒れたりしたんじゃ……」
「大丈夫、平気」
長門は俺の言外の帰って休めという意図をくみ取ることが出来ないようだ。
「今日はもう帰って寝た方がいいと思うんですけど。顔色悪いですよ。熱はありますか?」
朝比奈さんが長門の額に手をあてる。
「ないですね」
朝比奈さん、赤い顔ならわかりますが青い顔なら熱はなさそうなんですが……。
しかし朝比奈さんの優しさが伝わってくる光景です。
「キョン、有希のピンチに何で鼻の下伸ばしてんのよ!」
「いや、そんなんじゃ」
「大丈夫、だいじょうぶ、だいじょうぶだから」
またヤバい兆候だ。出来るだけ刺激しないように長門を諭す。
「長門、じゃあこうしよう。取りあえず飯だ。休憩しよう。実は俺、腹が減ってきた。」
まだ11時だがな。
「そうですね、今の時間なら店も空いているでしょうし、いいタイミングかもしれません。涼宮さん、そうしませんか?」
ナイスだ古泉。
「そうね、そうしましょ。有希、行くわよ」
「だいじょ「団長命令よ」…わかった」
長門よ、お前が意外と強情なのは知っているが今日は意固地すぎるぞ。どうしたんだ。
普段の健啖ぶりは見られず、長門のランチは半分ほど残された。
「長門、やっぱり帰った方がいいと思うぞ」
「あたしもそう思います」
「大丈夫」
大丈夫が口癖になってるな。
「いいこと思いついたわ! 午後の活動は有希ん家で読書大会よ!」
「なに!?」
ハルヒがとんでもないことを言い出した。いや、意外といい考えかもしれん。
自宅ならもし長門の調子が悪くなっても寝るだけだから問題ない。
しかし
「こ、困る」
長門がオロオロし始めた。すがるような眼鏡越しの眼で俺を見る。
「ん、なんで? 片付いてないの?」
「そう。片付いてないから困る」
「そっか。寝坊して慌ててきたってことはぐちゃぐちゃね。片付けてあげよっか?」
「い、いらない」
「遠慮は無用よ?」
「いらない」
「そっか。んじゃ昼からの活動は映画鑑賞にしましょ」
『映画』という単語の響きだけで朝比奈さんがひぃ、と小さく叫ぶ。
「みくるちゃん、どんな映画がいい?」
気付けよ、ハルヒ。
「へぇえ、何でもいいですー」
朝比奈さんまでおかしくなってる。
解散後、すぐにハルヒに呼び止められた。
「今日の有希どうだった? 絶対普通じゃなかったわよ。」
さすがハルヒ、っていうかすぐ分かるな。
「ああ。体調というかなんだか調子悪そうだったな」
「どうしちゃったのかしら。大丈夫かなぁ? やっぱり一人暮らしだから? たまに手伝いに行った方がいいのかな?
そうだ! 泊まり込みでってのも面白いかも!」
お前が遊びたいだけじゃないのか?
「わかった?」
嬉しそうに笑うハルヒ。すぐにまじめな顔に戻る。
「有希も寂しいんじゃないかな? 確かに静かなのが好きなんだろうけど。テレビも無いし。
だけど寂しく感じる瞬間もありそうじゃない」
否定しかけて思いとどまる。そう言えば前もそんな事を感じた気がする。
しばらく他愛のない雑談のあとハルヒは用事があるから、と帰っていった。
さて、俺も長門の家に行かないと。
長門の家の前で古泉と合流する。
「てっきり中にいるものだと思ってたが?」
「片付けが終わるまで待って欲しいと。涼宮さんはなんとおっしゃっていましたか?」
「長門の不調を心配している。体調不良だと思っているようだ」
「入って」
長門がドアを開け、俺たちを中に招き入れてくれる。そして和室を指し一言、
「こっちの部屋には入らないでほしい」
長門よ、余計な事は云わない方がいいと思うぞ。
「……うかつ」
長門は見た目上落ち着きを取り戻している。が普段の冷たさというか硬さが感じられない。
なんだか病み上がり感というか、……ふにゃっとしている感じがする。
「お茶をどうぞ」
一緒に片付けをしていたらしい朝比奈さんからお茶を頂く。ありがとうございます。やっと落ち着きましたよ。
「で、長門、どうなんだ? 遅刻とかは本当に体調不良じゃないなのか?」
「それは……」
赤面し言い淀む長門。う、ちょっとかわいい。
「遅刻は本当に寝坊。いつもは目覚まし時計は不要だが情報統合思念体の……」
そこで止まる。そうか、喜緑さんが言っていたのはこのことか。
「片付けをする暇もなかったんですよね」
「い、言わないで」
「あ、ごめんなさい」
慌てる長門の姿は本当に貴重だ。
あとは体力面だがこちらも情報統合思念体のアシストがなくなったたらしい。
「いきなり体力が下がっても体の使い方はすぐには変わりませんからね。
いつも電源アダプターをつないでいるノートパソコンが停電でバッテリーだけになったようなものですか」
古泉、お前はやっぱり解説係なんだな。
「学校は大丈夫か? 体育もだが登校の道のりもだ。結構長い坂道だぞ」
「それくらいなら何とかする」
「学校を休む手もあるが。忌引きとかどうだ?」
「無理。学校に連絡する保護者がいない。情報操作もできないので担任を説得しきれない」
そうか。それは盲点だった。じゃあ入院も無理だな。……おい、本当に病院に行く事態になったらどうするんだ?
「大丈夫。保険証はある。その他必要がありそうな証書類は最初から用意してある」
なら安心だ。
もし何かあったらすぐ連絡するように、と長門に念を押しマンションを後にする。
「一応機関が病院を抑えていますので何かあった場合すぐ対応できます」
古泉が今後の万が一を想定して、と語る。
「もし長門が倒れたとして解剖だの調査だのはしないのか?」
「確かにそんなことを主張するグループもいることにはいますが」
肩をすくめながら続ける。
「食が明けたとたん地球滅亡なんてことになったら目も当てられません。
情報統合思念体にとって涼宮さんを捨てるという選択肢もありますから」
確か長門はハルヒを『自律進化の可能性』と言っていたな。
可能性がない、または天秤にかけて価値が低いとなれば地球の存在などどうでもいい話となる。
なんにせよ長門が無事無難に過ごしてくれれば問題ない。
「あの~、大きな出来事はないと思います。未来で情報統合思念体の食関係での事件は聞いていません。
隠されている事実がとかがあったとしても、大事件ならその影響が必ずどこかに現れるはずですから」
朝比奈さんの太鼓判を押してくれた。朝比奈さん(大)も来ていませんし。そうですか、なら安心です。