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一つの野心、一つの決意 3 - (2009/11/09 (月) 22:29:16) の編集履歴(バックアップ)


 

 彼の追求は止まらない。

「どうなんだ?」

 いやだ。口に出したくない・・・

「・・・僕の願いは世界とSOS団の平穏です。」

 しばしの間を置いた後、僕が重い唇を動かしてようやく口の端に上せる事ができた言葉はこれだけだった。答えにもなっていないばかりか、なんの誤摩化しにもならない・・・
 こんなくだらない返答しかできない自分が情けない。

 しかし、再度追求してくるかと思われた彼の対応は、意外にも「そうか」の一言だった。僕が言い辛くしていることで察してくれたのだろうか。口に出さなくて済むようにしてくれたのは彼なりの優しさなのか。

「・・・それで、その平穏は守られそうなのか?」

 力なく閉口している僕に対して、彼は穏やかな口調で問いかけてきた。一変した空気に僕は戸惑いを禁じ得ない。

「いや、いいんだ。済まない。」

 ますますもって戸惑いを禁じ得ない。

「俺が一番訊きたかったことは機関の動向じゃあないんだ。」

 またしても発せられたのは意外な言葉。

「一番訊きたかったのは、機関ではなく、お前自身がどう考えているかどうか・・・機関の目的なんてものは想像すれば何となく分かる。機関やその周りの勢力図については・・・知りたくもあるがどうでもいい。」

 —まあ、珍しく狼狽するお前を見れたのは僥倖だったがな。
 多少無理のある笑みを乗せながら彼はそう付け加えた。気づけば彼自身も俯き加減で酷く力ない表情をしている。もし誰かが端から見ていたなら、追い詰められていたのはどっちなのか判断に迷うところだろう。

「もし機関や、未来、宇宙人どもが今の方針を変えるなりして今の平穏がぶっ壊されて巻き添えを喰らうことになったとしても、俺は別にそうなってしまった自分の境遇を呪う気もないし、後悔もないと思う。それだけSOS団ってのは俺にとって大きいし、何よりただの一般人の俺にはどうにも抗いようがないからな。まあ悪あがきは当然するが。」

 僕が何も言わないのを確認して彼が続ける。

「もしそうなったとしても、お前等に文句を言ってもそれぞれ任務を背負った組織の一員という立場である以上、まあ悔しいし複雑な気分だが仕方がないことなんだと思う。それは分かってる。だが、だからこそ確認したい。お前がSOS団をどう思っているのか。」

 これまでの話は、彼なりに遠まわしに訊きだそうとした結果だったのだろうか。
 確かにこんな話を単刀直入に訊くのは勇気がいる。恥じらいもあるだろうが、何より返ってくる応えが期待通りのものではなかった場合を考えるなら、気軽に訊けたものではないだろう。

「確認するが、お前の機関から与えられた任務は、ハルヒの観察と報告だったな。」

 僕が短く「ええ。」と返すのを確認すると、穏やかになったと思った彼の姿勢はまた追求の構えを見せた。
 こういう事を訊いてくる以上、彼には彼の決意があるのだろう。

「さっきも言ったが、お前が機関の中で占める位置は絶対的なものだと俺は思ってる。超能力持ちで、ハルヒの隣にその身を置いて、ハルヒからの信頼も厚い。いかに機関が根回しを得意としても、その位置にお前以外の人間をこれから据えるのは困難だろう。機関にとっては、お前の役割は、もうただの観察なんて程度のものじゃない。お前は他の対立組織との間で機関の優位性を差別化する上で絶対必要なものになっているはずだ。」

「機関の組織体制がどうなってるかなんて俺には知ったこっちゃないが、機関内でのお前の将来は約束されているようなもんなんじゃないか?最重要な役割を担って、超能力も持ってる。頭だっていい。後々の組織内での発言力が低いままであるわけがない。」

 少し間が空く。
 雰囲気で分かる。彼の問いの核心はここからなのだろう。

「そんなお前に訊きたい。世界中の権力者にコネクションを持ち、潤沢な資金力を持ち、超常の力で世界を如何様にもできるようになるかもしれない組織内で、将来の地位を約束されているお前はどんな夢を描いているんだ?…やはり他人から見た知人の夢を描いてるのか。」

「…お前が閉鎖空間でいつも共に戦っている戦友達には及ばないだろうが、俺とお前との間にもそれなりの友誼はあると感じている。」

「…でも正直俺は怖い。今感じる平穏が、水面下・雲の上での争いの中で意図的に作られているばかりではなく、身近な存在によってまで意図的に作られているものなのかどうか。日常の全てのやりとりもその調整のためにされていることなのか…」

 信頼されているのかどうなのか少し残念な気もするが・・・

「夢とか馬鹿みたいなこと言ってて恥ずかしいんだからさっさと応えてくれないか。」

 彼の気持ちもよくわかる。実は周囲の人間関係が全て操作されての結果だとしたら、僕だったらどう考えるだろうか。
 彼は、僕自身が機関の行動原理に従って動いているのか、SOS団の一員として帰属意識を持って行動しているのかを聞いている。だとしたら、僕の回答に迷いはない。彼は真摯に自分の不安を、想いを、打ち明けてくれている。僕は友人として、それに応えなければならない。

「雪山で言ったことがありますよね。もし長門さんが危機に陥るようなことがあれば、機関の意志に反してでも貴方に協力する、と。」

「ああ、覚えてる。一度だけっていう制限付きだったがな。」

 いつもと変わらない皮肉のようで、彼の一言一言から彼の気持ちが滲み出ているのが分かる。

「あれが僕の心からの本心です。制限については、状況によっては一度に限ったものとは思っていません。それでも敢えて制限を付けたのは・・・僕にも優先順位があるからです。」

 —『優先順位がある。』
 その僕の言葉に対して、彼の表情は明らかな変化を見せた。さっきまで会話の主導権がどうとか考えていたのが馬鹿らしくなるほどに彼の心境の動きが手に取るように分かる。しかし、そんなことは僕にとってももうどうでもいい。

「誤解を恐れず言えば、僕にも野心はあります。でもそれは、貴方が言うところの能力のある人の夢というようなものとは形を異にします。そんなものは僕の予定表にはありません。基本的に貴方の意に反するものではありませんし、SOS団の意に反するものでもありません。誓います。」

「そうか・・・」

 彼は短く応える。

「僕が望むのは世界の平穏、SOS団の平穏、これは間違いのないことです。未だに小さい頃の世界を救うヒーローに憧れているわけではありませんが、毎度命の危険のある閉鎖空間に赴くのには、容易ならざる決意があるからです。」

 肝心なところを誤魔化したこんな言葉で僕の気持ちが伝わるかどうかはわからない。しかし、かと言って多くを語るわけにはいかない。

「同様に、僕が機関に所属し続けることも、SOS団に所属し続けることも、容易ならざる決意があるからです。そしてその決意の所在は、繰り返しになりますが決して貴方の意に反するものではありません。」

 だからこそ、僕は精一杯の気持ちを込めて応えなければならない。

「僕はSOS団の副団長ですから。」

 しばしの間が空き、やがて彼は、僕の真意を探るように、真直ぐと僕の眼に視線を合わせてきた。しかし、その目は言葉通り真直ぐだ。いつもの彼なら、気色悪いと一言吐き捨てるような状況だ。
 通じたのだろうか。

「・・・『容易な決意』なんてものがこの世に存在するのか、俺は知りたいね。」

 彼はお得意の仕草と溜息とともに皮肉めいた言い方をした。こうやって小さな揶揄を込めながら相手の意思を肯定するのはいつもの彼だ。

 いつもの調子に戻った彼が時計を見ながら言う。

「そろそろ姫様がお待ちかねの時間だ。戻ろうぜ。」

 待ち合わせ時間にはまだあるが、確かに彼女なら既に彼を待ちこがれている時間だ。それにこの上ない話の切り方だ。こういう長けたものがあるなら、それを他のところで使ってくれれば僕も楽ができるのに。

「そうですね。貴方の貯金も底を突きそうですし、遅刻はよろしくないですね。」

 それなら僕も流れに合わせるだけだ。

「なっ!?まさか俺の預金残額まで把握してるのか!?」

「さて、どうでしょう。」

 僕はいつも以上にわざとらしいまでの得意の表情を使う。

「冗談じゃないぞ!最低限のプライバシーは守ってくれ!」

「少しくらいは我慢してください。」

 僕のスマイルと彼のやれやれが交錯する、何のことはない平穏。


・・・・・
・・・



 僕は一つだけ、嘘を付いた。たくさんある、隠された事実の内の一つだが、絶対に悟られたくなかった、悟られてはならないものの一つ。

 とは言っても、機関の目的を理性的に見抜いていた彼なら、おそらく想像が付いていたはずだ。殊に、僕自身が朝比奈みくるについてその可能性を彼に示唆したこともあったことを考えれば尚更だ。
 彼が口に出し、僕が肯定、或いは暗に肯定とも取れる反応をしてしまった瞬間に、全てが壊れてしまう可能性のあった事実・・・
 口に出さなかったことは彼の優しさなのだろうか。それとも、僕に対しての信頼だろうか。おそらく両方だろう・・・


――現在、機関より僕に与えられている至上命令

『いずれは涼宮ハルヒを籠絡し、鍵の立場に取って代わることで、彼女の能力を機関のものとすること。』

それが適わない場合の第二案として、

『鍵を排除し、鍵に取って代わることで涼宮ハルヒの能力を機関のものとすること。』
『鍵を懐柔し、或いは洗脳し、間接的にでも涼宮ハルヒの能力を機関のものとすること。』

 の二つが掲げられている。第一案が達成されるなら一番穏便に事が進む。第二案は達成されるまでにどんなリスクが存在するかも予想できず、強攻策に近い意味で重要度が下がる。また、一、二案のいづれも、特に第二案の2つについては未来と宇宙からの干渉がある限り達成は難しいだろう。

 だが、そんなことは関係なく、第一案の遂行が、僕には、そして誰にも不可能であることは誰よりも僕がよく知っている。


 他の能力者には無い、僕にだけ与えられた能力故に・・・


 その能力が僕が彼女の傍らに居ることで得たものなのか、僕が彼女に持つ感情によって得られたものなのかはわからない。ひょっとしたらそういう能力があるものと錯覚しているだけなのかもしれない・・・
 彼女の傍らに居る時は勿論、閉鎖空間にいるときにも感じてしまう彼女の情動・・・彼女との片道切符の共感能力とでも言うべきだろうか。その能力は僕に嫌と言うほど教えてくれる。


 ――彼女にとって、彼の存在がいかに強大なもので、他のいかなるものの介入を許すものではないということを・・・


 そして、これは能力によるものではなく、ただの勘・・・或いはただの願望なのかもしれないが、彼もまた、例え世界中の誰が敵になろうとも、無条件に、そして無償で彼女の傍らに居るであろう。

   それらは、まともな環境に育つことができなかった僕にとっては、例え自分以外の他者へ向けられたものであるとしても、実感することができるのは幸福なことだった。
 聊か複雑な気持ちを兼ね備えることも否定できないとしても、それは紛れも無い本心であり、その本心は僕を機関の至上命令から解放してくれたばかりではなく、僕が上を目指す理由を与えてくれた。


「やっと戻ってきたわね!」

「やっぱりもういやがる・・・」

「キョン!おっそいわよ!罰金!!」

「おいおいまじかよ・・・勘弁してくれ。ちゃんと時間には間に合ってるだろ。」

 今、僕の団員としての生活は二年を経過している。この二年は僕の生涯のほんの何十分の一でしかない。敦盛でいう人間五十年としても、たったの二十五分の一だ。
「それに遅刻って言うなら古泉だって一緒だろ。」

「あ、あの・・・遅刻したわけじゃないですし、いつも奢らせるのは可哀想ですよ~。」

「甘いわよみくるちゃん!ちゃんと厳罰を持って処置をしないとつけあがるだけよ!それに古泉君は悪くないでしょ!どうせあんたがのろのろしてるから遅れたに決まってるじゃないの!そうでしょ?古泉君。」

 自分の今の判断がただの子供っぽさによるものなのかもしれないと時々思うこともある。しかし、そうでは無いものもあるはずだ。僕は人生の助走程度の年齢で、人生のほんの数十分の一の期間で得た、生涯通すべく容易ならざる決意を手に入れている。

「古泉君?」

 確かに虚構かもしれない。しかしその芯は、少なくとも今はしっかりと自分を支えている。
 それは、機関の一員にして、SOS団の副団長である自分にしかできないこと。

「古泉君?もしかして体調でも悪いの? ちょっと顔色も良くないかも・・・大丈夫・・・?」

「彼の体調は正常、問題ない。」

「・・・あ、済みません。何でもありませんよ。ちょっと空腹でぼーっとしていただけです。早く食べに行きましょう。」


 ―― 僕は・・・貴女が時々見せるその優しさが、好きなんです。


「そっ、ならいいわっ。古泉君はうちの副団長なんだから、あんまり団員を不安にさせるような顔をしてはだめよ!」


 ―― 貴女が笑顔で居てくれたら、僕も絶えず笑顔でいることができるんです。


「ええ。任せて下さい。」

 僕は全力の笑顔で返す。

「それでこそ副団長よ!それじゃあお昼ご飯行くわよ!」

 そう言って、彼女は彼の腕を掴み、他の二人を連れ立っていつもの喫茶店へと向かう。


―― 貴女が彼の傍らにいるときに見せる満面の笑顔が、僕は一番好きなんです。



 いくつもの強力な勢力が主導権争いをしている中、奇跡とも言えるバランスで成り立っている今の平穏の中でだけ見られる日常・・・

 彼女と彼の後ろ姿を見て、僕は容易ならざる決意を改めて口にする。

 それは、彼には言えなかった、機関内で僕が上を目指す理由、野心の所在。他勢力を含めた様々な思惑の中を歩く隘路・・・


「・・・貴女の笑顔を、優しさを、僕は必ず守ってみせます。」


「超能力者として、いずれ機関を動かす者として、そして・・・」


「副団長として・・・」



~fin~