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Desire where it doesn't disappear (長門視点) - (2009/12/19 (土) 22:32:08) の編集履歴(バックアップ)


 

 この作品は Desire where it doesn't disappear (古泉視点)を長門視点から綴った物語になりますのでご注意ください。

では↓から本編開始です。

 

 

 

 

 

 

 

地球時間に換算して、午後五時三十七分二十六秒時点で閉鎖空間の発生を観測。昨日の始まりから今に至るまで通算で四十五回目の観測である。

 原因は放課後に始まるSOS団での活動の際による、涼宮ハルヒと彼による口論によるところだと判断する。
 いつものように涼宮ハルヒが朝比奈みくるをオモチャのように苛めているところを、彼が溜息を付きながらも間に入ったのだが、涼宮ハルヒはそれが気に入らなかったのか、彼に矛先を変え噛み付き始めたのだ。噛み付かれた彼も初めは子供をあやす様に諭していたのだが、涼宮ハルヒの一言――その際の会話ログを呼び出す。

 

『あんたはみくるちゃんにデレデレしすぎなのよ、このエロキョン!』

 

 この言葉により、彼は渋い表情になると口調にも熱が篭りだしていた。二人の口論は際限なくヒートアップしていく。最終的には理を排した水掛け論にまで発展し、涼宮ハルヒが部室から飛び出した事により一時的な終結を迎えた。

 周囲で見守っていたわたし達――朝比奈みくるは涙目で怯え、古泉一樹は微笑で事態を静観し、わたしは己の役目――涼宮ハルヒの観測――に徹していた。
 その後、彼は憮然とした表情で、先に帰るとだけ残すと席を立った。彼が出て行った部室に重たい沈黙が横たわる中、有機生命体が長距離の際に使用する情報伝達端末であるケイタイと呼ばれる物の音が鳴り響く。所有者は内面を読ませない微笑を浮かべた古泉一樹あてであり、予期していたのだろう古泉一樹は戸惑うことなく情報伝達を終えると、「バイトが入りました。お先に失礼しますね」と彼の後を追うように退室。
残されたわたしと朝比奈みくる。彼女も崩れそうになる頼りない身体を持ち上げるようにして、わたしに向って精一杯の笑顔で挨拶だけをすると退室していった。

 

そして今に至る。

 

 必要最低限の生活用品だけで構成されたマンションの自室で、わたしはただ涼宮ハルヒの閉鎖空間と発生と同時に観測される情報フレアのデーターを観測、収集、分析、報告のためだけに創り出された対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス。基盤の基礎は人間を模して製作されているため、食欲や睡眠も必要とされるが、こういった夜通しの場合には情報操作を使用することにより、それすらも不必要に調整することも可能だ。

 人間と似ていて人間とは非なる物……エラーが発生する。除去できない理解不能なエラーを圧縮し凍結。

エラーが発生する傾向は独りで思考する際に良く発生するように思われる。

あまりよくない兆候だ。任務に障害を来たす。

 

……四十六回目の閉鎖空間を観測。情報フレアの収集を開始する。

 

能力を最大限に行使しながらも、頭の片隅では思考を続けてしまうわたし。

わたしが涼宮ハルヒと彼の喧嘩を仲裁していたらどうだったろうか? 
朝比奈みくるを励ませば彼女はあそこまで意気消沈することはなかったのではないか?
彼らの喧嘩を仲裁することに成功していれば、古泉一樹は閉鎖空間に赴く必要もなく危険に合うこともなかったのではないか?
エラーが増大していくのを理解しつつも、その思考を捨て着ることができないわたし。
それは答えのない答えを求める探求。
そもそも過ぎ去りし過去の選択士に思いを馳せるなど愚考であり、今回のわたしの選択は与えられた役目としては正しい。それを逸脱する選択は間違っているのではないか? 
答えは出ている。
ならば何故、わたしは未練というものを胸に占めているのだろうか? 

 

……理解不能。

 

彼ならば分かりやすく噛み砕いて説明してくれるかもしれない。そう、今は無きいつかの世界で、退屈というものを感じていたわたしに手を差し伸べてくれたように。

 

 ……夜が明けていく。

 

 次元断裂発生の予兆は確認できない。今日はこれでお仕舞いみたいだ。

 学校が始まるまでまだ時間はある。それまでスリープモードに移行しよう。
 カーテンの隙間からは、登り始めた朝日の存在を知らせてくれていた。
 
 
 ●
 
 
 学校の授業は終了し放課後になった。
 わたしは定期通りに文芸室に向かい、いつも通りに持ち込んだ本を読んでいる。
 涼宮ハルヒと彼が仲違いをしてから四日が経過しているが、以前として状況に変化は見られない。 
 閉鎖空間の発生は収まらず、規模は小規模ながらも数が乱立している。通算して二百三十七回を計測。この調子では今日を持って三百は超えるだろうと推測。……エラーの発生を確認、処理。

 

 ……創造主である情報統合思念体はどう考えているのだろうか?

 

 自律進化の閉塞状態を打開するために、涼宮ハルヒの観測を一任されているわたしに疑問が頭をもたげる。決して反逆心やたくらみからではなく、純粋に疑問が付き纏うのだ。

 涼宮ハルヒの情報を入手し、それらを逐一整理し、分析を行い、報告をしているが、その情報は決して自律進化の閉塞状態を打開する結果を齎すとは到底思えない。
 そう考えた根拠の一つが現状の状況だ。
わたしが入手した情報を自ら分析した結果、多彩な波形パターンがあるように見えて、その実、ほとんどのパターンは解析が進むにつれて決まった波形パターンに重なるのだ。わたしにはその結果は理解することができなかった為に、そのまま情報統合思念体に報告している。わたしには理解できなくとも、創造主である情報統合思念体には理解できるものだろうか、と当初は判断していた。
 だけど現状に変化は見受けられない。
 この場合、考えられる選択士は二つある。
 情報統合思念体はこの解析結果を有効と認め、事態を静観している。もしくは情報統合思念体もわたしと同じく、解析結果を理解できず、判断材料の不足として情報収集を続けているか。

 

 ……後者だと判断する。

 

 エラーが発生する。ズキリと胸に棘が刺さる感覚。

また愚考な考えが、思考を埋めていく。
 
――わたしが涼宮ハルヒと彼の喧嘩を仲裁していたらどうだったろうか? 
――朝比奈みくるを励ませば彼女はあそこまで意気消沈することはなかったのではないか?
――彼らの喧嘩を仲裁することに成功していれば、古泉一樹は閉鎖空間に赴く必要もなく危険に合うこともなかったのではないか?
 
 もし観測結果に意味が無い物なのなら、この選択士を選び取る事もできたのではないか、と。
 そんなことは有りえない。わたしの役目は涼宮ハルヒと周囲の動向の観測。観測者が当人達に自ら影響を与えてしまっては、それは観測とは言えなくなってしまう。

 

 ……違う派閥に所属していた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスの朝倉涼子を思い出す。

 

 以前は彼女の行動は理解できなかったが、今ならば少しは理解できるかもしれない。彼女が言っていた「やらないで後悔するより、やって後悔した方がいい」という言葉を。

 

 ……この思考は危険。

 

 わたしは何を考えているのだろうか。去年の十二月に暴走した際に、首の皮一枚で繋がった立場であるわたしに次はない。今度こそ……完全に消去されてしまうだろう。彼女と同じように。

 増大していくエラーを処理しながら、内部に溜まった不可思議な熱を冷却しようと、少しだけ長く息を吐き出し廃熱する。
 冷静さが戻ったわたしは気付く。この場所に近づいてくる存在を。
 情報操作で感知した存在は扉の前で停止した後に、控えめに扉を開けてくる。

 

「こんにちわぁ~」

 

 朝比奈みくるだった。

 大人しそうな外見と同じく、一つ一つの動作にもそれが表れている。

 

「長門さんだけですかぁ……」

「……」

 

 目線を少しだけ合わせ、頷く。

 

「……やっぱり涼宮さんは来てないんですね」

 

 なんて伝えたらいいか分からないため、わたしは無言で待つ。

 

「ごめんなさい、長門さん。今日は私もSOS団をおやすみしようと思います。鶴屋さんが心配してくれて相談に乗ってくれるっていうから。だから、もし涼宮さんやキョンくん、古泉くんが顔を出したら伝えておいてください」

「わかった」
「ありがとうございますぅ。お願いしますね、長門さん」

 

 そう言って、背を向けて退室しようとする朝比奈みくる。見るからに覇気が無く、意気消沈している姿を見ていると、また胸にズキリと痛みが走った。

 

 ……彼女は悪くないのに。

 

 何かを伝えたい、とわたしは思うのだが言葉に出力することが出来ない。プログラム時のコミュニケーション能力の欠如と云えば聞こえは良いが、言い換えればそれは自分の言葉で話すのが苦手なだけだと、今までの学んだ経験から知ることができた。

 失態。うかつ。穴があったら入りたい、とはこういった体たらくを指すのだろう。これでは過去の選択を悔やむ以前の問題ではないか。
 どうしたら伝えられる? もう朝比奈みくるは扉のノブに手を掛けようとしている。時間がない。急増するエラーを処理するのもままならないまま、わたしは必死に考える。
 
 ――人間ってのは不思議な生き物でしてね。稚拙な言葉だろうと、それが真剣な物ならば気持ちは伝わるものなのですよ。
 
 焦るわたしに、優しげな語り口調で教えてくれた台詞が脳裏を過ぎる。

 

「朝比奈みくる」

 

 自然と、口から言葉を発していた。

 

「はぁい?!」

 

 文芸室と廊下の境界線上を跨ぐ形で振り返った彼女は、必要以上にビクつきながら訝しむように表情を変えていた。瞳には驚きと困惑の光りが。

 

「どうかしましたか、長門さん?」

「……」

 

 言葉に詰まるわたしを後押ししてくれたのは、脳裏を過ぎたあの台詞。それに身を任せるように、わたしは伝えたかった言葉を口にする。

 

「……気を落とす必要はない」

 

 伝わってくれただろうか? 

 口を開け、微動だにせず佇んだままの彼女を見ていると、やはり慣れないことはしない方が良かったのではないか……と不安を抱いてしまう。

 

「…………ふぇっ、ひくっ……うぇ~ん」

 

 ……困った事態になった。

 

 高速演算プログラムデバイスを展開、実行――

朝比奈みくるが泣いている。完全無欠にどこからどう見ても泣いている。何故泣く? わたしが泣かした? 彼女に害を及ぶ事をしてしまったろうか? わたしはただ励ましの言葉を送りたかっただけなのに。ひょっとしてわたしが慣れぬ事をしてしまったばかりに、彼女の気分を損なって怒りのあまり涙を流している? もし気持ちが伝わったのなら、標準的な有機生命体なら笑顔を浮かべるはずだと情報を得ている。彼も古泉一樹もそうだったはずだ。やはりわたしが怒らせてしまったとしか……どうしたらいい? 謝ったほうがいいのだろうか。朝倉涼子や黄緑絵美里が羨ましい。同時期に作られた同端末の筈なのに、こうも差異が明らかなのは、やはりわたしはコミュニケーション能力が大幅に欠如している失敗作なのだ。
 ――ニ,ニ三秒経過。プログラム展開終了。

 

 様々な可能性を突き詰めた結果の証明により、自然とわたしは俯く姿勢になってしまった。朝比奈みくるを直視できない。

 揺らぐ空気の気配。
廊下側から吹き込む冷たい風を促すように、軽い音が近づいてくる。
俯くわたしに映るのは己の構成物である前髪だけだが、視覚が効かなくても何の音か分かる。朝比奈みくるの足音だ。啜り泣きながらも真っ直ぐにこちらを目指している。

 

……ぶたれるのだろうか? 

 

興味本位に読んだ少女コミックと呼ばれる媒介物に、今の状況と酷似したシーンがあった気がする。肉体的損傷などわたしに取っては意も介さないことだけど、朝比奈みくるに、SOS団に所属する仲間に怒られるのは……嫌だ。

 

「――」

 

 朝比奈みくるが立ち止まった。

 わたしは咄嗟にあやまることも出来ずに、殻に閉じ篭もるようにして覚悟を決める。
 高鳴る心拍数と緊張感を貫く衝撃が襲った。
 ドンッ、と振動が全身に伝播していく。

 

「ふぇぇ~ん。長門さんが……長門さんがぁ~……」

 

 しゃくり上げながらも、必死で紡ぐ朝比奈みくるの声が耳元に木霊する。両肩には彼女の細く華奢な両腕が回され、胸部部分には自分には持ち得ない柔らかな膨らみが押し付けられていた。

 朝比奈みくるがわたしに縋るように抱きついている。
 何故? ぶたれるのではなかったのか?

 

「朝比奈みくる……説明を求める」

「だってっ、長門さんが慰めてくれるなんっ……おもっ……でしたから。役立たずで鈍臭い私は足手纏いで、長門さんに嫌われてると思っててそれでっ――」
「……落ち着いて。説明になっていない」
「……ふぐっ……ごめんなさっ……」
「いい。それより聞きたいことがある。あなたがわたしに抱きつくのは何故? 有機生命体の中で抱きつくという行為は親愛の表れと認識していたがそれは間違いで、怒ったときにでも適用されるもの?」
「っへ?」

 

 朝比奈みくるの呆けた声。

……情報伝達に齟齬が発生している可能性がある。

 

「確認する。あなたはわたしの言葉のせいで怒っていたのではなかったのか?」

「ち、ちちち違いますぅ!」
「ならば何故、あなたは涙を流した?」
「そそそれは長門さんの言葉が嬉しかったからですっ……!!」
「……嬉しかった?」
「はい」
「……」

 

 黙ったわたしに対して朝比奈みくるはポツリと恥ずかしげに言葉を続けてくる。

 

「さっきも言いましたけど、私は鈍臭くて役立たずだから長門さんに嫌われてるんじゃないかなって思っていて……だから励まされて思わず涙を流しちゃって、それで……」

 

 抱きついちゃいました、と微かな笑みを含みながら耳元で囁かれる。

 

「……あなたの事を嫌ってはいない」

「はい。私の勘違いでした。ごめんなさい」
「……わたしの方が嫌われていると思っていた。あなたはわたしに対して怯えている節があったから」
「え、えーっと、ごめん、なさい。それには色々と禁則事項がありまして。で、でも最近はそうでもなかったんですよっ!」
「……本当?」
「もちろんですぅ。わたしも長門さんのことが大好きです」

 

 そのまま無言になるわたし達。

 どうやら朝比奈みくるは怒っていたわけでも嫌ってもいなかったらしい。
 その事実に安堵と安らぎを感じつつ、若干の不満も持ってしまった。彼女の行動は判りづらい。彼や古泉一樹からサンプリングした知識ならば笑顔で受け答えしてくれたろうに、泣かれるのは予想外だ。お蔭で余計な精神負担を担いでしまった気がする。また一つ有機生命体の特徴を学べたので得がたい体験だったが、やはり納得できず不満が残る。

 

「有機生命体であるあなた達の反応には驚かされる」

 

 だからだろうか。

普段ならば口にしない、愚痴めいた物を吐き出してしまったのは。

 

「……長門さんにも驚かされてばかりですけどねぇ」

 

 いつの間にか落ち着いていた朝比奈みくるに聞かれていた。

 

「……うかつ」

「うふふ……なんだが今日の長門さん、普段より可愛く見えちゃいます。も、もちろん普段から可愛いらしいですけど、今の長門さんは妹みたい、な感じで親しみを感じるんですよぉ。私は一人っ子だから妹のような存在に憧れを感じてまして。あ、でも私がお姉ちゃんだったら、長門さんに失礼ですよね……」
「そう。別にいい……」
「え?」
「姉妹という概念は理解できないが、あなたがそれで良いのならわたしもそれでいい、と云う意味」
「長門さん……」

 

 抱き締められる力が強くなる。

 人を抱き締めるのには不適切だと判断するほどに強烈な締め付けを、わたしは何も言わず甘受しながら、違うことを考えていた。
 胸にほのかな温もりを感じる。

 

 ……これは何?

 

 エラー? だけど不快感はなく、好ましくすら思う。頻繁に発生するエラーと似ていて異なる何か。

 

 ……これが感情と呼ばれる物?

 

 分からない。感情と呼ばれる概念の理論数値が定まって無い故に、比較の使用がない。

 更に深く深く、思考の海に身を投じようとしたわたしを連れ戻したのは、微弱な振動音だった。

 

「あっ、ああぁっ、鶴屋さんを待たせているのを忘れていましたぁ~~!!」

 

 振動音に驚き、蛙が跳ねるように飛びのきながら振動音――ケイタイを覗いた朝比奈みくるの金切り声。

 

「すすすみましぇ~ん、急いで行かなくちゃいけないのでお先に失礼しますねっ!」

 

慌しくケイタイに配置されたボタンを何度も押す行為を繰り返しつつ、朝比奈みくるは身嗜みを整えると一礼する。

 わたしが返事をする前に小走りで掛けてようとする彼女。邪魔をしないように黙って見送ろうとしたわたしに、彼女の背中が翻ると、

 

「長門さん、本当にありがとうござました。勝手なお願いで恐縮なんですが、長門さんが嫌じゃなかったら、もっと今日みたいな姿を見せてくれると私は嬉しいですぅ。私だけじゃなくて涼宮さんも、キョンくんも古泉くんも喜ぶはずですよぉ。で、でも無理はしないでくださいねぇ。今のままの長門さんも素敵ですからぁっ!」

 

そう言い残し、やはり返事を待たずして駆け去っていく。

 扉が閉められる音。
 さっきまでの慌しさが嘘のように、静かな文芸室に残されたわたし。
「……そう」
 わたしは誰も聞いてないだろう返答を呟いた。

 胸に生まれた温かさに思いを馳せながら。

 

 

 

    【続く】