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涼宮ハルヒの聖杯~第2章~ - (2007/01/15 (月) 17:46:41) のソース

<div class="main">暗く、重く意識が沈んでいく。<br>
ベッドに横たわり、心地よい睡魔に包まれているかのように、<br>

すーっと落ちてゆくような感覚。<br>
何も見えないし、聞こえない。<br>
俺は・・・一体どうしたのだろうか・・・。<br>
今日はいつも通りの1日で・・・授業に出て・・・SOS団の活動に参加して・・・、<br>

いつもみたいに、長門は本を読み、朝比奈さんはメイドに勤しみ、古泉はニヤけていた。<br>

ハルヒだけがいつもよりハイテンションだった気がしたが、特に何も変わったことない1日だったハズだ。<br>

そしていつものように家に帰り、飯を食って、風呂に入って、ベッドに入った。<br>

そんな普通の1日だったはずだ。ただ、何故だろう?すごく悲しいことがあったような気も・・・。<br>

<br>
それにしてもこの不思議な感覚は一体なんだろう?夢か?<br>

ふと、閉ざされていたはずの視界に、眩しい光が注ぐ。<br>
まるで俺はその光に導かれるように――<br>
ゆっくりゆっくりと――<br>
その中心に吸い込まれていく・・・。<br>
<br>
はっ!!<br>
<br>
俺は目を覚ます。見渡すと・・・辺りは見慣れた俺の部屋である。<br>

さっき見ていたのは・・・夢だったのだろうか・・・。<br>
内容は覚えていないが・・・嫌にリアルな夢だったような気がする。<br>

<br>
コンコン。<br>
<br>
と、俺の部屋をノックする音がある。<br>
6時半か。この時間帯に来る人は・・・1人しかいないな・・・。<br>

「キョンくん、起きてますか~」<br>
いつものあの舌足らずなエンジェルボイスが聞こえてくる。<br>

<br>
「あ、やっぱり起きてますね~、もう朝ごはん出来てますよ?」<br>

俺の部屋に入ってきた麗しいこのお方は、誰あろう俺の部活・・・いや団活か・・・、<br>

の先輩である朝比奈みくるさんである。<br>
<br>
さて、とりあえず俺を取り巻く人間関係等について1度説明しておいた方がいいだろう。<br>

俺の名前は・・・まあいいだろう。『キョン』ってあだ名で呼ばれてるから、それで覚えておいてくれ。<br>

一応本名はあるにはあるんだが・・・俺の周囲の人間は誰一人としてそれを呼んでくれないしな。<br>

<br>
それで・・・まあ俺は天涯孤独の身だ。<br>
物心ついた時から親はいなかったし、その記憶もなかった。伝え聞いた話によると、不慮の事故で亡くなったらしい。<br>

それで中学生までは孤児院で過ごしていた俺だったが、高校に上がろうという時に、<br>

いきなり偉そうな弁護士のオッサンがやってきて、親父の残したこの家と財産を受け取ることになったのだ。<br>

まあ家は売っぱらっちまっても良かったんだが、ただ1つの親の形見だしな、俺は相続することを選んだわけだ。<br>

<br>
それでも俺の家は、建物自体はまあ普通の一軒家だが、デカイ庭に物置と言うには大きすぎる小屋がついている。<br>

正直、独り身には広すぎるかな、なんて思っていた。<br>
そこで俺の家に、まるで通い妻のように甲斐甲斐しく来てくれる2人の女性の存在が浮かび上がるのだ。<br>

その1人がこの朝比奈みくるさんだ。まあ、俺の部活の先輩であり、我が北高のアイドルでもある。<br>

同じ部活ということとたまたま家が近いという理由で通ってもらい、<br>

よく料理を作ってもらったりしているだけなのだが・・・やはり男としてはそれ以上の期待をしてしまうのも無理はない。<br>

<br>
そしてもう1人は涼宮ハルヒ・・・俺が所属する謎の部活もとい集団、SOS団の団長だ。<br>

コイツの場合は「1人暮らしの団員の面倒を見るのも団長の勤めよ!」とか言って無理やり押しかけてくる、<br>

という表現が相応しいな。<br>
<br>
まあ、そんなこんなで今朝も3人で賑やかな朝食になりそうである。<br>

<br>
そして・・・朝比奈さんにもハルヒにも明かしていない秘密が俺にはある。<br>

それは、俺が魔術を使えるということだ。<br>
なぜ使えるかって?それは正直俺にもわからないのだ。<br>
ある日、ふと使えるようになったという以外の答えを持ち合わせちゃいない。<br>

<br>
まあ、『魔術』と言っても、手から炎を出したりとかそんなカッコイイモノではない。<br>

俺が使えるのは――<br>
①物の内部構造を見ることが出来る『解析』、例えばストーブとかエアコンとかの家電製品なら、<br>

その内部構造がまるでレントゲンの写真みたいに手に取るようにわかるのだ。<br>

そういう家電製品が壊れた時に直すのには重宝するぞ、まあそれぐらいしか使い道はないのだが。<br>

②物の強度を高める『強化』、これを使うと例えば木の枝でも金属バット並みの硬さにすることが出来る。<br>

まあ、これも殆ど使い道がないな。<br>
③最後に、『ツッコミ』だ。ハルヒの傍若無人な発言、行動にナイスなツッコミを入れることが出来る。<br>

え?そんなのは魔術じゃない?いいんだよ、これはただの自己満足だし、<br>

なかなか常人には真似できない芸当だと思うがな。<br>
<br>
まあ、要は俺は魔術師としては欠陥品なのだ。魔術の鍛錬だってたまーに物置小屋でやるくらいだし、<br>

この世の全ての魔術師が所属している『魔術教会』とやらにも所属していない。<br>

面倒だし・・・何より魔術師にしては俺は未熟すぎるしな・・・。<br>

つまりは普通の一般人と何ら変わりないということだ。<br>
<br>
と・・・ここまで俺自身のことについて話してきたわけだが・・・、<br>

どうもそういった生い立ちや自分のプロフィールに自信がないのだ。<br>

何て言うのだろう、俺の存在全てがまるで夢かウソのように感じることが多い。<br>

むしろさっきまで見ていた夢の方が・・・本当の俺なんじゃないかって思うぐらいだ。<br>

まあ、自分が登場人物としていたということ以外、その夢の具体的な内容は覚えてないんだがな。<br>

<br>
おっと・・・お喋りが過ぎたみたいだな・・・台所から俺を呼ぶハルヒの声がする。<br>

どうやら待たされてることに大分おかんむりのようだ。これは急がないと後が怖いな・・・。<br>

<br>
こうして俺と朝比奈さん、ハルヒの3人で朝食を囲む。<br>
もうこの光景も1年ぐらい続いているのかな。<br>
朝比奈さんの調理した朝食は、普通の白飯に納豆、お味噌汁におしんこ、<br>

という和風の、どこにでもあるありふれたものだった。<br>
しかし、朝比奈さんの人格がにじみ出たようなその優しい味には、<br>

俺の舌はすっかり満足させられているのである。<br>
<br>
ちなみにハルヒもたまーに飯を作ってくれることがあるが、コイツも料理がうまい。<br>

というか、ハルヒは何をやらせても上手い万能タイプなのだ。<br>

「今日はみくるちゃんに新しい衣装があるのよ・・・」<br>
ニヤニヤと危険な笑みを浮かべ、朝比奈さんにこっぱずかしい衣装をすすめているハルヒ。<br>

「え、えっ、えっ・・・またですか~・・・」<br>
戸惑う朝比奈さん。<br>
我が家の朝に、日常的に繰り替えされる光景だ。<br>
<br>
そして3人一緒に登校する。口の悪い友人からは「両手に花」とか言ってからかわれたりするが、<br>

俺としてはこれもまた日常であり、今更朝比奈さんやハルヒのことをそういう目で意識するのも・・・、<br>

というのが正直なところだ。まあ、朝比奈さんの麗しさにはちょっと心動かされるものもあるが、な。<br>

他愛ない話題をお喋りしながら、いつもの校門に入っていく俺達。<br>

と、その時・・・ハルヒが立ち止まった。<br>
何やら神妙な面持ちをして・・・通い慣れた校舎を見つめている。<br>

「ん?どうした、ハルヒ?」<br>
いぶかしげに尋ねる俺を、<br>
「何でもないわ」<br>
と一蹴し、ハルヒはずんずんと校内へと入っていく。<br>
・・・俺の気のせいだろうか。<br>
<br>
朝比奈さんは先輩、3年生なので俺とは教室が違うが、ハルヒとは同じクラスだ。<br>

見慣れた教室に入っていき、いつも通りに前後の席に腰掛ける俺とハルヒ。<br>

<br>
「おはよう、キョン」<br>
「よっ、今日も涼宮とアツアツだな」<br>
そんな俺に声をかけてくる2人の悪友――前者が国木田で後者が谷口だ。<br>

2人ともいいヤツではあるんだが、俺とハルヒの仲を誤解しているもんだからタチが悪い。<br>

その度説明しても、<br>
「好きでもない男の家に毎日毎日通ったりするかな~」<br>
「そうそう、キョンは女心がわかってねえな~」<br>
と、反論できない証拠を突きつけられてしまう。<br>
俺がいくら言ったところで、世間一般では『そういう関係』に見えてしまうらしい。<br>

<br>
つつがなく授業は終了し、放課後。<br>
「さあ!キョン!団活に行くわよっ!」<br>
後ろの席のハルヒが俺の首根っこを引っ張り、嬉しそうに叫ぶ。<br>

ハルヒが結成した謎の集団、SOS団。宇宙人、未来人、超能力者、異世界人を見つけて一緒に遊ぶこと、<br>

というぶっ飛んだ活動方針をもったこの集団は、1年生の始めのころ、ハルヒの鶴の声により結成された。<br>

まあ、マトモな活動なんてひとつもしていない。<br>
ワケのわからない映画作ったり、なぜか野球大会に出たり、無人島や雪山に遊びに行ったり・・・と、<br>

ハルヒの機嫌とさじ加減1つで活動内容が決まってしまうのだ。<br>

<br>
ちなみにこのSOS団は4人の構成員から成る。<br>
俺とハルヒ、朝比奈さん、そして古泉という男。<br>
初登場の古泉一樹について話しておこう。<br>
コイツは、これまた1年生の始めのころ、『謎の転校生』という触れ込みでハルヒに無理やり入団させられた団員だ。<br>

女子連中が喜ぶような整った顔立ちとニヤニヤと外面の良いスマイルが特徴の、ニヒルな男だ。<br>

何かにつけて理屈っぽく、説明好き、しかも女にモテるにもかかわらず誰とも付き合おうとしない。<br>

俺は・・・実はソッチの気でもあるんじゃないかって疑ってるんだがな。<br>

<br>
そんなこんなで今日の団活も終了する。<br>
まあ活動といっても、朝比奈さんはメイド服姿でお茶の配膳をし、ハルヒはネットサーフィン、<br>

俺と古泉はボードゲームで対戦、それくらいのことしかやってないのだがな。<br>

<br>
さて、夕食時にも、俺の家には朝比奈さんとハルヒがやってきて料理を振舞ってくれる。<br>

これも朝食と同じく、もう1年ぐらいになる習慣だ。<br>
ちなみにこの2人の通い妻状態について古泉は、<br>
「僕が口を挟むことは何もありませんよ」<br>
と言って干渉しようとしない。寧ろ煽ってるようなところもある。<br>

<br>
「みくるちゃん~お醤油とって~。あとキョンおかわり~」<br>

「はぁ~い」<br>
「オイオイ、ハルヒ。お前それで何杯目だ?」<br>
今日も楽しく賑やかな食卓。<br>
<br>
俺は、こうした日常がこれからもずっと続くと思っていた・・・。<br>

しかし運命はそれを許してはくれなかったのだ・・・。<br>
<br>
数日後、教室にいる朝ハルヒは朝から何やら神妙な面持ちだった。<br>

ちなみに今日はなぜか朝食時に俺の家にやってくることはなかった。<br>

授業中もずっと俺の席の後ろで、窓の外を眺めている。口数も少ない。<br>

SOS団の活動時も同様だった。そして今日も解散、という頃合になると、<br>

「今日は皆先に帰っていいわよ。あたしはちょっと残ってやることがあるから」<br>

「なんだ?手伝えることなら手伝うぞ?」<br>
「ううん、大丈夫。それには及ばないわ」<br>
と、1人校舎に残ってしまったのだ。<br>
<br>
「涼宮さんどうしたんですかね・・・」<br>
帰り道、心配そうな様子の朝比奈さん。<br>
「まあアイツのことだから、どうせいつもの気まぐれですよ」<br>

と、返す俺。<br>
「・・・そうですね。それじゃあキョンくん、一度家に帰って、また後で伺いますね」<br>

と、夕食時の来訪を約束し、朝比奈さんは自宅へと帰っていった。<br>

さて、俺も帰るか・・・と思った時、<br>
「あ・・・やべ・・・」<br>
あろうことか教室に今日の英語の授業で出された課題のプリントを忘れてしまったことに気付いた。<br>

提出期限は明日だし・・・もし出さないと単位が危ない・・・。後で頭の良いハルヒ辺りに見てもらわないと。<br>

今思えばなぜこんな微妙なタイミングでそれを思い出したのか、<br>

まさしくそれもまた『規定事項』ってヤツだったのかもな。<br>

俺は日の沈みかけた通学路を、学校に向かって逆送し始めた。<br>

<br>
学校に着くと、すでに生徒の姿は1人もなかった。<br>
暗く静まり返った校舎はなんだか不気味だ。<br>
「早く済ませないとな」<br>
ひとりごちた俺は、そそくさと校舎、教室へと入り、<br>
お目当てのプリントを机から引っ張り出し、鞄に突っ込む。<br>

さっさと戻るか・・・。<br>
俺は小走りで教室を、校舎を出た。<br>
ん?何か変な音が校庭からするな・・・。<br>
カキンカキンって・・・何だろう、これ。<br>
あたかも刃物と刃物が交わりあうような音だ。<br>
まあ空耳だろう、と気にせずに校庭を通り抜けようとした時――<br>

<br>
俺は――衝撃的な光景を目にする。<br>
<br>
赤い外套に身を包み、両手に短剣を持った男と――<br>
蒼いタイツに身を包み、槍を持った男――<br>
そんな2人の男が――戦っている。<br>
刃物が交じり合う音は・・・空耳ではなかったのだ。<br>
<br>
そしてその戦いは、とても信じられるような者ではなかった。<br>

蒼い男が繰り出す槍は・・・その軌道が見えない。<br>
そしてその見えないほどのスピードの槍を赤い男は次々に防いでいる。<br>

「何だよ・・・これ・・・」<br>
俺は夢でも見ているのだろうか?こんな戦い、人間のレベルじゃない。<br>

<br>
と、蒼い男が槍を繰り出す手を止めると距離を取り、地を這うような低い姿勢で改めて槍を構える。<br>

――アレはヤバイ・・・。俺は一瞬で悟った。<br>
およそ武術とか武器とか、そういうものには疎い俺だが、それだけはわかった。<br>

あの蒼い男がこれから繰り出そうとする攻撃はシャレにならない。<br>

こんなに離れたところにいても伝わってくるほどの・・・殺気。<br>

あの攻撃が繰り出された瞬間・・・あの赤い男は間違いなく死ぬ・・・。<br>

そんな確信があった。<br>
<br>
と、その時、槍を構えた蒼い男がチラリとこちらを見た気がした。<br>

『気がした』というのは俺自身既に腰を抜かしそうになるほど狼狽しており、<br>

正確な判断が出来たかどうかはわからないからだ。<br>
しかし俺は見逃さなかった。あの蒼い男の目――涼しげでありながら、<br>

どこまでも殺意の篭った、その恐ろしい目を。<br>
「・・・・・・っ!!」<br>
気付くと、俺は駆け足で校舎の中へ逃げ出していた。<br>
<br>
「ハァッ・・・!ハァッ・・・!ハァッ・・・!」<br>
息を切らし、夜の校舎を駆ける俺。<br>
あの蒼い男は・・・マズイ・・・!<br>
とにかくそんな思いだけが頭の中を支配している。<br>
と――<br>
<br>
「おやおや、随分遠くまで逃げてきたものですね?」<br>
その蒼い男が――圧倒的な殺意が――そこにはいた。<br>
「え・・・何で・・・!?」<br>
思わず声をあげてしまう俺。<br>
そしてその蒼い男の顔をよく見ると・・・<br>
「お、お前!?古泉!?」<br>
その男は口調もそうだが、顔が古泉と酷似していた。まさか・・・。<br>

「先程もそう言われたのですよね。『古泉』って一体誰です?」<br>

青い男は首をかしげる。覚えがないようだ・・・。<br>
よくよく見ると、顔つきや体格は古泉のそれではない。より大人びている。<br>

<br>
「まあ、そんなことはどうでもよいですね。それよりも・・・」<br>

蒼い男の目つきが変わる。<br>
「見られたからには・・・死んでいただかないと困りますね」<br>

紅い槍が俺に向けられる。<br>
「く、クソッ・・・!」<br>
俺はまた逆方向へと駆け出そうとした。しかし、<br>
「無駄ですって」<br>
蒼い男に先回りしてしまう。何てスピードだ・・・!<br>
<br>
ヒュン!<br>
鋭い音と残像のみを残し、繰り出される槍。勿論その軌道など見えない。<br>

「グッ・・・!」<br>
俺はとっさに廊下に転がる。打ち付けられる身体が痛むが今はそれどころではない。<br>

<br>
「これはこれは・・・偶然とはいえ僕の槍を交わすとは・・・」<br>

感心したような声をあげる蒼い男。俺は歯軋りをし、男を睨む。<br>

「まあそうでしょうね。いきなりあんなワケのわからない戦いを見せられて、命を狙われて・・・、<br>

 理不尽に感じているでしょうね。その心中お察しします」<br>

本当に古泉みたいな口調で喋りやがる・・・。<br>
「でも世の中には致し方ないこともあるわけで・・・まああなたは良く頑張ったと思いますよ。<br>

 正直言うと・・・あなたもさっきの赤い人と同様に、ちょっと僕の好みなので残念ではあるんですが」<br>

<br>
クソッ・・・!やられるしかないのか・・・!こんな理不尽に・・・!<br>

<br>
「死んでください」<br>
<br>
蒼い男のその言葉が発されたと思った瞬間――<br>
俺の左胸には紅い槍が突き立てられていた。<br>
<br>
「あ・・・・・」<br>
声にならない声。視界は霞む。音が消えていく。手足の感覚がなくなる。<br>

そして真っ暗な世界に包まれる・・・。これが死ぬっていうことなのか?<br>

チクショウ・・・俺はまだ何もしちゃいない・・・。<br>
ハルヒにも・・・朝比奈さんにも・・・まだ何も・・・。<br>

<br>
――そこで俺の意識は完全に途切れた。<br>
<br>
夢を見ているのだろうか・・・頭の奥のほうで声がする。<br>

もしくは・・・これが天国ってヤツか?<br>
<br>
そんな中で聞こえてきた言葉。<br>
<br>
「アンタだから・・・助けるんだからね・・・」<br>
<br>
目を覚ます。<br>
無人の校舎は相変わらず静まり返っている。<br>
<br>
あれ?俺は確か・・・あの古泉に似た蒼い男に胸を貫かれて・・・死んだ・・・はず。<br>

左胸を確認してみる。確かに制服の心臓の部分は破けてはいるものの、その下には何の外傷もない。<br>

夢でも見ていたのだろうか。とりあえず俺は身体を起こし、立ち上がる。<br>

ふと、気付くと俺の足元には小さな赤い宝石が落ちていた。<br>

「何だこれ・・・」<br>
その宝石をとりあえずポケットにしまうと、俺は要領を得ないまま帰途に着いた。<br>

<br>
自宅に戻り、電気をつけると、台所のテーブルの上には夕食が用意されていた。<br>

そしてその脇には書置きが1つ。<br>
<br>
『夕食つくっておきました。<br>
 暖めて食べてください。 みくる』<br>
<br>
朝比奈さんらしい小さな丸い文字がそこにはあった。<br>
そう言えば朝比奈さんはここの合鍵を持っているし(まあハルヒもだが)<br>

ここに来て、俺がいないのを見て、夕食だけ作って帰ってしまったのだろうか。<br>

「悪いことしたな・・・明日ちゃんと朝比奈さんに謝っとかないと」<br>

<br>
「そうですね。せっかく作って頂いたのでしたら、そうするべきでしょう。<br>

 ただその機会も、もうないでしょうが」<br>
<br>
台所に響く声――振り返ると・・・そこには槍を抱えた、あの蒼い男がいた。<br>

クソッ、やはりさっきの出来事は夢じゃなかったのか!<br>
<br>
「マジかよ・・・」<br>
<br>
そう言い終えた瞬間、俺の身体は鈍い痛みと共に宙を浮いていた。<br>

「グハッ・・・!!」<br>
どうやら男の蹴りを食らったらしい。アバラが2、3本イカれたかもしれない。<br>

<br>
ガシャーン!!<br>
<br>
窓ガラスを突き破り、庭に放り出される俺。<br>
「しかし・・・なぜ心臓を貫かれて生きていられるんですか?」<br>

蒼い男が立ちはだかる。その穏やかな口調には、今度こそ隠しようもない殺気が漲る。<br>

俺は、背を向け、一目散に逃げる。<br>
しかし、男は難なく俺と併走し、<br>
「無駄です」<br>
と言い放つと、俺の背中を、巻き込むように蹴り飛ばす。<br>

「ゲホッ・・・!!」<br>
庭を吹っ飛んでいく俺。背骨もイカれたかもしれない。<br>
<br>
あの男から逃げ切るのは不可能だ。また殺られてしまうのか?<br>

チクショウ・・・こうなったらやるしかない。<br>
そう言えばいつだったかハルヒが「今年も野球大会に出るわよ」とか何とか言って、<br>

俺の家に道具一式を持ち込んではほっぽっといていたはずだ。<br>

武器になりそうな金属バットあたりが・・・確か物置小屋にあったはず・・・!<br>

幸いなことに蹴り飛ばされたおかげで小屋は目の前だ。<br>
目も霞むし、身体中今まで生きてきた中でも一番の痛みに襲われている。<br>

それでも・・・やるしかない!<br>
<br>
ヒュン!<br>
しかし無慈悲にも、飛んでくる槍。<br>
ただ、余りの身体の痛みに耐えかね、一瞬膝をついたのが幸いした。<br>

男の槍は間一髪で俺の頭上をすり抜け、小屋の扉を破壊した。<br>

<br>
小屋に転がり込む俺。<br>
あった!ハルヒが置いてった金属バット!<br>
俺は迷うことなく、そのバットに魔力を通す!<br>
これを使うのは本当に久方ぶりだ・・・。上手くいくか!<br>

<br>
「同調、開始(トレース、オン)」<br>
<br>
いつもの呪文めいた合言葉と共に、手に取ったバットに魔力を通すと、その硬度が高まる。<br>

俺の使える少ない魔術の1つ、所謂『強化』ってやつだ。<br>

幸いなことに魔術は1度で成功した。<br>
そして俺は、即座に背後にバットを振る。<br>
<br>
カキン!<br>
<br>
追い討ちをかける男の槍を間一髪で防ぐ。<br>
手が痺れる・・・何て一撃だ・・・!<br>
その一撃で強化を施したバットは既に歪んでしまっている・・・!<br>

<br>
「ほう、今のはわりと驚きました」<br>
男がゆっくりと小屋の中へ入ってくる。<br>
「微弱ながら魔力も感じます。もしかするとあなたは魔術師ですね?<br>

 心臓を貫かれても生きてるというのはそういう道理ですか・・・」<br>

男は槍をヒュルヒュルと回す。<br>
「ですが・・・もう終わりですね。今思うとあなたが『7人目』だったのかもしれませんね」<br>

男が槍を構える。もう俺に防ぐ力は残っていない。<br>
あの槍が繰り出された時、俺に訪れるのは絶対の『死』のみ・・・!<br>

チクショウ!1度ならず2度までも・・・こんな理不尽な殺され方をしなきゃならないのか・・・!<br>

クソッタレ!俺はまだ死にたくなんかない・・・!<br>
<br>
「オマエなんかに・・・殺されてたまるか・・・!!!」<br>

<br>
そう叫んだ時、俺の右手の甲が熱を帯び、眩しい光を放った・・・!<br>

思わず目を閉じる俺。<br>
そして――それは風のように俺の背後から舞い降りた。<br>
「え・・・」<br>
俺の視界は、その現れた誰かが少女であるということしか把握できない。<br>

目に見えない速さで飛び出していく少女<br>
カキン!<br>
それは現れたかと思うと、俺の胸を貫こうとしていた槍を弾く。<br>

カキン!カキン!<br>
更に2度火花が散る。少女は『目に見えない』何かで、男の槍を弾いている。<br>

<br>
「チィ!!本気ですか?7人目のサーヴァントとは!?」<br>

槍を構えた蒼い男が思わず後退する。そしてこの狭い小屋の中では不利と感じたのか、外へ飛び出していった。<br>

<br>
「いったい・・・」<br>
余りの出来事にそう呟くのが精一杯の俺。<br>
すると少女が振り返る。<br>
よくよく見ると、少女は俺と同じ、北高の制服に身を包んでいた。<br>

肩にも届かないくらいのショートカット――<br>
とてもあの男の槍を弾く力があるとは思えない華奢な体格――<br>

そして何よりも俺を魅了したのは――<br>
その何もかもを見透かしてしまうかのようなキレイに澄み渡った瞳。<br>

<br>
何故だろう・・・初めて見る姿の少女のハズなのに・・・<br>

俺はこの子のことを知っている気がする。<br>
そして少女は、舞い落ちる雪の結晶のように透き通った声で、静かに俺に語りかける。<br>

<br>
「・・・あなたが、わたしのマスター?」<br>
<br>
「・・・?マスターって・・・?」<br>
聞き慣れない単語に戸惑う俺。<br>
「・・・サーヴァント『セイバー』召還に従い、参上。<br>
 これよりわたしの剣は、あなたの運命とともにある」<br>
抑揚のない声でそう告げる少女。その時、俺の右手の甲が熱く熱く、痛んだ。<br>

「・・・マスター、指示を」<br>
静かにそう言う少女。しかし俺は何ひとつワケがわかっちゃいない。<br>

<br>
そんな答えに窮する俺を尻目に、少女はピクッと肩を震わせると、小屋の外を睨んだ。<br>

「・・・まだ、いる」<br>
さっきの蒼い男のことだろうか。<br>
「ちょ・・・」<br>
俺が何かを言う暇もなく、少女は小屋の外へと飛び出していった。<br>

<br>
俺が小屋の外に飛び出すと、既に少女は蒼い男と激突している。<br>

しかし、俺の目には少女は何も持っていないように見える。<br>

それでいても少女は確実に男の槍を防ぎ、逆に押し込んでいる。<br>

<br>
「己の武器を隠すとは・・・少々卑怯なのではありませんか?」<br>

男が少女に語りかける。しかし少女は黙して語らない。<br>
「だんまりですか・・・それなら!!」<br>
押し込まれていた男が更に後ずさり、距離を取る。<br>
「この技を喰らってもなお、涼しい顔をしていられますかね?」<br>

地を這うような低い姿勢で改めて槍を構える男。<br>
この構えは・・・あの校庭でも見たことがある。<br>
アレはヤバイ・・・!<br>
少女は涼しい顔を崩さず、迎撃体勢をとっている。<br>
「ふん、余裕ですか。でもその余裕が命取りですよ剣使い(セイバー)さん!」<br>

<br>
男がその技を発しようとする。<br>
地を這うような低い姿勢から一気に槍を――!<br>
<br>
「よけろーーーっっ!!!」<br>
<br>
俺は思わず叫んでいた。<br>
<br>
「遅いです――!<br>
<br>
 ゲイ・ボルグ(刺し穿つ死棘の槍)!!!」<br>
<br>
槍が一筋の赤い光の線となって少女を襲う!!<br>
<br>
グワシャッ!!<br>
鈍い音。そして宙を舞い、地面に叩きつけられる少女の身体。<br>

もしかして・・・殺られてしまったのか?<br>
ゆらりと起き上がる少女、幸いなことに俺の危惧は杞憂に終わった。<br>

しかし・・・その胸部からはおびただしい流血が・・・。<br>

初めて表情を変え、苦悶に顔を歪ませ、蒼い男を睨む少女。<br>

<br>
「さすがといったところですね。この技は発動させたら最後、<br>

 心臓を必ず貫く・・・必殺技のはずだったんですが・・・」<br>

蒼い男が苦笑いする。<br>
「奥の手まで見せてしまった上に・・・魔力もかなり消費してしまいました」<br>

やれやれと首を振る男を、少女は尚も見据える。<br>
「止めろ・・・!そんな身体じゃ・・・」<br>
俺の叫びも虚しく、男ににじり寄る少女。しかし男は、<br>
「これはこれは勇ましいことで、でも一旦引かせてもらいましょう。<br>

 僕のマスターからも帰還命令が出ていますしね」<br>
そう言うと、庭の塀を飛び越え、闇に消えていった。<br>
<br>
「大丈夫か・・・!?」<br>
俺は少女に駆け寄る。傍に寄ると、更にその身体の華奢具合がよくわかる。<br>

「・・・問題ない」<br>
少女がポツリとそう言うと、目を疑うことに胸の傷が見る見るうちに塞がっていく。<br>

「・・・君は一体何者なんだ?」<br>
俺は今夜起こった一連のぶっ飛んだ出来事の真相も含め、少女に問いかけた。しかし、<br>

「・・・セイバーのサーヴァント」<br>
と、少女は答えるだけ。埒があかない。<br>
しかしまあ、もしハルヒがこの場にいたら・・・喜び勇みそうな状況だよな。<br>

ただ俺はハルヒとは違い、普通の思考回路を持つ人間だ。誰か俺にわかりやすくこの状況を説明してくれ・・・!<br>

<br>
すると、少女はまたピクリと肩を震わせると・・・庭の門の方を睨んだ。<br>

「・・・敵がいる」<br>
少女はそう言い残すと、目にも留まらぬスピードで、ジャンプ1番、門を飛び越える。<br>

「ちょっ・・・!まだ聞くことは残ってるのに!クソッ!」<br>

俺は少女を追いかける。<br>
そして門を飛び出し、俺が見た光景は・・・<br>
<br>
ハルヒ!?何故オマエがここにいる?<br>
更にハルヒの傍には・・・あの校庭で見た赤い男がいた。<br>

そしてその2人に今にも切りかからんという勢いの、セイバーと名乗る少女。<br>

俺は思わず叫んだ。<br>
「止めろっ!!セイバー!!ソイツは・・・ハルヒは俺の知り合いだ!!」<br>

その声にピタッと動きを止める少女。<br>
するとその後ろから・・・<br>
「キョン・・・アンタ・・・!」<br>
と、驚きに満ちた表情で言うハルヒの姿があった。<br>
<br>
第2章 完<br>
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<div class="main"><a href=
"http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1739.html">第3章</a></div>
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