<p> 俺とハルヒの腐れ縁ももうすぐ2年になる。別に二人揃って仲良くデートだのするわけでも手を握り合うわけでもなく、ましてやどちらかが好きだとも言ったわけでもないのだが、何も言わずともお互いの気持ちは通じているように思う。ハルヒはハルヒのままで変わらないが、気がつくとお互い側にいる。そんな関係だ。そんな俺たち二人を長門は無表情で、古泉はそれこそ生暖かく、朝比奈さんは時々残念そうに(なぜ?)見守ってくれている。<br> 籠城していた冬将軍も追われるように遠ざかり教科書のような西高東低の天気図が崩壊した寒気も緩んだある冬の日の放課後、俺は部室のドアを開けた。部室にはパイプ椅子にちょこんと座ってこんにちはとにっこりと微笑んでくれる朝比奈さんと、いつものように分厚いハードカバーから目を離さない長門。ハルヒは、今週は掃除当番なので遅れてくるだろう。古泉もまだ来ていなかった。<br> 二人に軽く挨拶しながら俺の定位置に座ること数分、SOS団付専属メイドも残すところわずかとなった朝比奈さんがいつものメイド服を着てお茶を配膳してくれた。<br> 「はい、お茶です~」<br> 軽く一礼して受け取って一口啜る。はぁー、暖かい。落ち着くなあ。<br> いつもなら、俺が一口目をおいしそうに飲むのを確認して、自分の定位置に戻る朝比奈さん。けれど今日は違った。俺の脇腹をつんつん、つんつんと指でつつく。<br> あー、一体何のプレイですか、これは。なんとなくわからんでもないですが。くすぐったいですよ。<br> 「えっ、あのあの、メイド喫茶さんでツンデレっていうのがはやってるって教えてもらったので、そのぉ…」<br> はいはい、やっぱりそうですか。まるっと勘違いですね。<br> ツンデレのツンは、ツンツン突くのツンじゃなくて、ツンケンした性格のツンですよ。<br> 「えっ! そ、そうなんですか……。ふぇぇぇぇ、い、今の忘れてください!」<br> 真っ赤になって、パイプ椅子にぱたぱたと戻られた。背中をこちらに向けてかくんと座り込む。湯気が立ちそうなほど恥ずかしいのだろう。<br> 恥ずかしいついでに一つ聞きますが、一体誰に聞いたんですか?<br> 「あの、鶴屋さんに…」<br> まあ、そんなとこだろうな。お腹を抱えて笑う鶴屋さんの姿が難なくイメージできる。これだけ見事に引っかかったのを知ったら、笑い死ぬ勢いかもしれない。頭の中のミニ鶴屋さんはお腹を抱えてのたうち回り苦しそうにしていた。</p> <br> <br> <p> 翌日。<br> 今日も朝比奈さんと長門だけ。軽く挨拶して椅子に座った。<br> 朝比奈さんがお茶をお盆に乗せてやってきた。少し顔が赤くなったので、昨日のことを思い出したのだろうか。<br> いつもと違い、お茶をコトンと俺の前に置く。そして、<br> 「…はは早く飲みなさいぃ、べべ別に、ああんたのために、い煎れたわけじゃないです。急須にまだ残ってて勿体ないから、つつ、ついでやっただけ…です」<br> どうやら今日もツンデレオプションは継続中らしい。なぜこだわるのだろうか。春休みか大学入ったら、メイド喫茶でアルバイトでもするつもりなのか、この方は。<br> 「んー、方向性は間違ってないですが、全然迫力ないですねー。あっ、お茶おいしいですよ」<br> 「んむむー、やっぱりダメですかぁ? がんばったんですけどぉ」<br> 右手人差し指を下唇にあてながら、自信なさげに提出したテストを目の前で採点してもらってるような顔。メイド道を極めるおつもりなのか?<br> 「そうですね、幼なじみが照れ隠しで怒ってるように…(ってこれ誰かに言ったことがあるような気がするな)っていう感じでしょうか。あと、かみかみはいけません」<br> 「うーん、照れ隠しで怒るっていうのがよくわかりません。幼なじみとかいないので」<br> 目の前でエサを隠された子犬のような表情できょとんとしている。<br> ツンデレオプション付けた朝比奈さんは逆に50萌え単位ぐらい萌え要素が下がると思うのだが、どうやらどんなものか理解できないと諦めそうにない。1萌え単位はどれくらいかは俺にもわからんがそんな気がする。なんかいい方法はないものか…<br> 「ああ、そうだ、朝比奈さん、いったん湯飲みと急須を片付けてください。早く」<br> 一つひらめいた。うまくいくとは限らないが、俺もあいつの思考予測がだいぶできるようになってきた。罰ゲームでも課されるかもしれんが、朝比奈さんとの共同作業ならそれもよいだろう。<br> 「えっ、は、はい」<br> そそくさと片付け始める朝比奈さん。疑問符が彼女の周りを回っているのが見えるようだ。急須と湯飲みを棚に戻すのを手伝い、訳が解らず小首をかしげる朝比奈さんを掃除用具入れに押し込んだ。怪訝な表情がさらに深くなる。<br> 「そこから覗いて見ててください。失敗するかもしれませんが、まあうまくいけばツンデレとはこんなもんだってもんが見られるかもしれませんよ。合図するまで出てこないでくださいね」<br> そう言って扉を閉めた。朝比奈さんがここに入るのは2度目か3度目か?<br> 「あのあの、外が見えないので、少し開けていいですか?」<br> 俺の身長なら扉の上のスリットから見えるのだが、彼女では足りないのだろう。隙間程度に少しだけ開けてあげた。8日先の朝比奈さんが来たときはこのスリットから麗しいお姿を拝見させていただいたなあと思うと頬が緩む。<br> 「じゃあ窮屈ですが、ちょっと我慢しててください」<br> 用意は済んだ。あとはあいつが来るのを待つだけだ。<br> 俺が椅子に戻るや否やあいつはやってきた。<br> 「やっほーーー、あれ、まだあんた達しかいないの?」<br> そう、涼宮ハルヒである。一気にドアを開け放つとずかずかと入ってくるなり団長席にどっかりと腰を降ろした。<br> 「はぁー、今日は少し暖かくなったけどまだ寒いわねー、熱いお茶が飲みたいわ。みくるちゃんいないから、キョン、あんた煎れなさい」<br> 熱湯でも数秒で飲み干すやつにお茶で暖を取れるとは思えないのだが。さて、ここからは俺の口先八寸勝負の時なわけだ。<br> 「ハルヒ、たまには自分で煎れてくれよ」<br> さて、まずはどうでるかな…<br> 「何よ? 団長のあたしにお茶汲みさせようってわけ? 平団員のくせしてずいぶんえらくなったもんねー」<br> ここまでは予想通り。<br> 「あー、すまんな。嫌ならいいんだ、嫌なら。俺がハルヒの煎れたお茶を飲みたかっただけだから。悪かったな」<br> 食いつけ、食いつけ…<br> 「な、何よ。誰も嫌なんて言ってないでしょ… あんたがどうしてもって言うなら、あたしが飲むついでだし、い、煎れてあげるわよ…」<br> 釣れたー!<br> 横をむいて視線を外しながら、もうそれこそはにかみの表情を見せるハルヒ。<br> 「わかった。今日はハルヒさんの煎れたお茶が飲みたいです。お願いします。ああ、お湯は作ってあるから」<br> 見てますか? 朝比奈さん。<br> 「もう、しょうがないわね、ちょっと待ってなさい」<br> そう言うと、棚からお茶葉と急須と湯飲みを取り出す。急須にお茶葉を無造作に投入し、カセットコンロにかけてあるヤカンをとる。温度なんて気にもせず、急須にどばどばと。少し時間おいて、湯飲み二つにだぱーと注ぐ。当然はじめに煎れた湯飲みの方が色が薄い。色の濃い方を俺の前にどかっと置いた。優雅もへったくれもないが、動く指先を見ていると少しどきっとした。<br> 「はい、お茶よ。あたしが煎れたんだから、ありがたく飲みなさい。一滴でも残したら死刑だからねっ」<br> そう捲し立てると、自分の分を一気に飲み干した。いつも思うが熱いという感覚はないのかこいつは。<br> 「朝比奈さん、もう出ていいですよ」<br> きぃ、と掃除用具入れの扉が開き、朝比奈さん登場。突然のことに今度はハルヒの周りに疑問符が飛んでいる。<br> 「こんな感じですけども、解りました?」<br> 「なんとなくわかりましたけど。うーん、難しいですねぇ」<br> 「ええ、人それぞれ属性…もとい、特性ってのがありますから、朝比奈さんは今のままでいいと思いますよ。それにそちらの方が似合っています」<br> 「はい、そうですね」<br> にっこりと微笑んでくれた。解ってくれたようだ。<br> 「ちょっとちょっと、あんた達、あたしをほっといて何勝手に話し終わらせてるのよ! ちゃんと説明しなさい、このバカキョン! みくるちゃんもよ!」<br> 怒ったハルヒは後ろから俺の頭にスリーパーホールドをかける。後頭部にあたる柔らかい感触。朝比奈さんの特盛ほどではないにしても、十分大盛くらいはあるか。痛気持ちいいのでこれはこれで悪くない。喚きながら技をかけ続けるハルヒをスルーして、こぼさないようにお茶を口に含む。<br> 「ハルヒ」<br> 「あによ!」<br> 「お茶うまいぞ。ありがとう」<br> ふっと首を絞める力が抜ける。拗ねるような顔をしながらハルヒはすごすごと団長席に座ると足を組んで視線を外した。指先を所在なげにいじっている。<br> 「う、うん。まだ訳わかんないんだから、それぐらいは教えなさいよ…」<br> 顔が赤く見える。夕陽に照らされて赤いのかそれとも…<br> 俺と朝比奈さん二人でハルヒを出汁に使ったことを謝り、朝比奈さんのメイド修行の一環でツンデレプレイの見本をしてもらったと説明した。説明の間、黙って聞いていたハルヒだが…<br> 「なんであたしがあんたにツンデレなのよ? デレなんてねぇ、ミジンコほどもないのよっ! このアホンダラゲ!」<br> 真っ赤な顔をして暴れた。怒ってるのか照れてるのかどっちだ。ハルヒのバカ力でネクタイをぎりぎりと締め上げられ落ちる寸前、遠くなる意識の向こうで朝比奈さんの呟きが聞こえた。<br> 「やっぱり、あたしには涼宮さんのようにはできそうにないですぅ」</p> <br>