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森園生の電子手紙 2 - (2007/08/20 (月) 00:29:58) のソース

<p>「…んっ…ふぁっ…あっ…そうか…」<br>
夢か…既に忘れてしまったが、起きるのが残念な夢を見ていたらしい。<br>
「……おはよう。」<br>
黒猫の縫いぐるみにキスし、私はベッドを出た。<br>
 <br>
[おはようございます。<br>
昨日の猫のおかげで素敵な夢を見る事が出来ました。]<br>
 <br>
と彼にメールを打ってみる。朝からは迷惑かも…と思わないでも無いが一通位良いわよね。<br>
 <br>
憂鬱なはずの月曜日の朝も気分よく過ごせる。恋や愛だのは気の迷い何て言うけど…それ以上に素敵な物だと改めて思う。<br>
などと妄想しても、私達はまだ付き合ってもいないのが現状だ。[片想い中が一番楽しい]なんて何かで読んだ気もするが、やはり好きな相手に遠慮無く好きと言える両想いが私はいい。<br>
 <br>
 <br>
っと…考えながら歩いていたら駅を通り過ぎかけた…危ない。いくら気分が良くても、朝から遅刻して上司にブチブチ言われるのは精神衛生上よろしくない。<br>
と言うか倍ムカついて古泉かあたりに嫌がらせしたくなる。とか下らない事を考えていると彼から返信があった。<br>
 <br>
[おはようございます♪朝お早いんですね。<br>
そう言って貰えると僕も嬉しいです。ではお仕事頑張って下さい。]<br>
 <br>
 <br>
 <br>
彼からメールがあるだけで、通勤ラッシュの電車内でも気分良く過ごせる。嬉しいような、息苦しいような…本当に不思議な気持ちね…。<br>
 <br>
私はもう自分では大人のつもりだのに…社会人として働き、ある程度恋愛を経験し、体だって…そこそこ許した事もある。<br>
流石に枕営業とか、上司に取り入るために体を使うなどと下劣な行為はしたことはないが……って思考がそれてるわね。<br>
 <br>
そう私は大人のつもりでいた…しかし、この様は何だ?恋愛感情に支配され、彼の事ばかり考え、あまつさえ彼のメール1つで一喜一憂している。まるで子供ね…。その思考さえ、今の私にとっては不快ではなかった。<br>
 <br>
 <br>
それからはいつも通り出社し仕事をこなした。見た目に違わず真面目に授業を受けているのだろう…残念ながら彼からメールは無かった。<br>
 <br>
 <br>
昼休み<br>
どこでお昼を食べようかとウロウロしていると新川に会った。<br>
「あら新川?珍しいわね…どうしたの?」<br>
「この辺りに美味い店があるらしいので昼食にと思いましてな。…時にあら新川は戴けませんな…チープ過ぎますので。」<br>
「そう…ぶち殺すわよ?」<br>
「失礼しました。」<br>
私が最高の妖笑に新川は冷や汗を流している本当に失礼な…。<br>
 <br>
っと…彼も昼休みなんだろうメールが来た。<br>
 <br>
[今日和。<br>
よろしければ、今夜少し電話出来ますか?<br>
何か声が聞きたくなっちゃいまして…。]<br>
 <br>
彼からの電話ならいつでも大歓迎だ。<br>
 <br>
[もちろん大丈夫ですよ?<br>
帰宅したら此方から電話しますね。]<br>
 <br>
隣からククッと押さえ込んだような笑い声がする。新川が居るのを忘れていた……不覚だ。<br>
 <br>
「………何よその生暖かい視線は?」<br>
「いえ、微笑ましいと思いましてな。とても優しい良い表情をなさる。普段からそういう表情をなさっていれば、機関でも会社でも……」<br>
「良いのよ、彼にだけ見せて上げるものなんだから。」<br>
「クククッ…ハハハハッ!これはやられましたな…まさか貴女自らノロけるとは…御馳走様でした。」<br>
………私の顔は恐らく真っ赤になっているだろう。だが彼への気持ちを否定するのは嫌だし……何も言い返せなくなってしまった。<br>
「……じゃあ私は急ぐから…。」<br>
 <br>
逃げよう…これ以上話しても私が負けそうだ。<br>
機関でも会社でも、大人の女キャラなのにこれでは恋する乙女キャラだ…全面否定出来ないのが悔しいが仕方ない。恋をしてしまったのだから。<br>
就業。<br>
今日は機関の集まりも無いのでさっさと帰って、彼とゆっくり長電話でもしよう。<br>
 <br>
とか考えながら帰宅していると、最寄り駅のすぐ近くの交差点で古泉を発見した。今日は機関の連中と良く会う日らしい。<br>
「あっ森さん仕事終わりですか?ご苦労様です。」<br>
「ありがとう。ところで今日、国木田君元気そうだった?」<br>
横断歩道の前に並んで古泉と話す。<br>
「何かソワソワしておられましたね…っと言うか森さん、涼宮ハルヒの監視のついで言ってますけど…最近国木田君の事しか聞いて無くないですか?」<br>
「気のせいよ。」<br>
「まぁ…貴女から恋愛相談を受けた時点で想像は出来ましたが…。」<br>
そう…私は割と最初の時点で古泉に年の差の恋愛等、色々と話を聞いて貰っている。一応彼と同い年だし、何かと参考にはなった。<br>
「恋愛は自由だと思いますが、まさか貴女がここまで彼に熱を上げるとは…僕にとって誤…」<br>
「古泉っ!!」<br>
 <br>
響くブレーキの音。<br>
小型のトラックが古泉に突っ込んで来たのだ。何とか古泉を突き飛ばしたが……私自身はどうやら避けきれなかったらしい。<br>
 <br>
 <br>
「森さん!森さん!!しっかりして下さい!」<br>
古泉が必死に私を呼んでいる…。<br>
でも私は自分がどういう状況なのか分からない…取り合えずあんたが無事で良かった…。そうだ…。「古泉…」<br>
「森さん?!良かった…すぐ救急車が」<br>
私は古泉の口に指を当て言葉を封じる。<br>
「国木田君…に…こん…や…電話…出来…く…てごめ…なさ…って」<br>
私の意識はそこで途絶えた。<br>
 <br>
 <br>
 <br>
「ふぅ」<br>
…夕食を終え、部屋に戻った僕はベッドの上に置いてあった携帯を手に取る。<br>
 <br>
酔った所を介抱する。……まるでドラマか恋愛小説の様な出逢いだった。<br>
見ているだけでドキドキしてしまう程綺麗な大人の女性。<br>
森 園生さん。<br>
 <br>
その夜中メールが来て、少しずつメールするようになって…仲良くなっていった。<br>
それで谷口にメールを見られて、紹介してくれって泣きつかれたっけ…まぁ、その谷口のお陰で森さんとデートする事になったんだけどね。<br>
 <br>
『やったぁ!』<br>
『その…大切にしますね。』<br>
ゲーセンで黒猫の縫いぐるみを2人でとった時のはしゃぐ森さんの可愛い声と、照れた様な微笑みが僕の頭から離れない。<br>
普段のメールでは凄くクールで知的な感じだけど、会って話すと、可愛い一面もあって…でも大人の落ち着いた余裕もあって……うぁ…ダメだ…また心臓がバクバクし出した…。<br>
 <br>
やっぱり好きになっちゃったのかなぁ?でも、僕みたいな子供を森さんは相手してくれるだろうか?<br>
森さんにしたら、弟と遊んでいるような…そんな気分じゃないだろうか?<br>
と少しネガティブな事を考えながら、今日のお昼に約束した森さんからの電話を待っていた。<br>
 <br>
 <br>
暇を持て余していると携帯に知らない番号から着信があった。誰だろう?<br>
「もしもし?」<br>
『もしもし、古泉です。突然失礼致しましす。』<br>
何で僕の番号知ってるんだ?あっ…キョンにでも教えて貰ったのかな?<br>
「珍しいね?どうしたの?」<br>
『急を要するので手短に言います。地図を送りますので、今すぐ地図にある病院まで来ていただけますか?』<br>
いつも爽やかな笑顔を浮かべている姿からは想像も出来ないような、焦って冷静さを欠いた声。ただ事ではない気がして僕は了承した。<br>
 <br>
『ありがとうございます。では…。』<br>
 <br>
すぐに地図がメールで送られてきた。<br>
以前キョンが入院していた場所だ。嫌な予感がする。<br>
「ちょっと出掛けてくる!」<br>
 <br>
リビングでくつろぐ両親に声をかけ、僕は玄関を出ると自転車に飛び乗った。<br>
 <br>
 <br>
そうだ…森さんに連絡しないと…。<br>
 <br>
[ごめんなさい。<br>
少し用事で出掛けるので終わったら連絡します。]<br>
 <br>
メールを送り、また僕は自転車を走らせる。<br>
でも、古泉君が僕を病院に呼び出すって何だろう?キョンに何かあったのかな?<br>
 <br>
病院の駐輪場に自転車を停め入り口に向かうと古泉君が待っていた…。<br>
「お待ちしていました。」<br>
僕に気が付くと駆け寄って来る。正に血の気の引いた青い顔だった。あの古泉君がこんな風になってしまうなんて…一体何が?<br>
「落ち着いて聞いて下さい。」<br>
ゆっくりと深呼吸し…意を決し僕を見据える。<br>
「森さんが、交通事故に遭われました…。」<br>
頭が真っ白になる。「ごめん…もう一度…」<br>
「森園生さんが交通事故に遭われました…現在手術中です。」<br>
……古泉君は今何て言った?森園生さんが交通事故に遭って手術中?<br>
森さんが事故に遭った…って事だよね…それで手術って……。<br>
「森さんは?!森さんは大丈夫なの?!」<br>
思わず古泉君の肩を掴んで叫んでいた。古泉君は何かを堪える様に押し黙っている…。その姿が益々僕を不安にさせる。<br>
「ねぇ!答えてよ!お願いだから!森さんは助かるんだよね!?ねぇっ!?」<br>
古泉君が震えている…急に顔を上げると感情を剥き出しにした表情でまくし立てた。<br>
「わかりません…わかりませんよ!分かるはず無いでしょう?!<br>
目の前で血だらけで倒れてて、遺言みたいに貴方に電話出来なくてごめんって、その後どんなに呼んでも動かなくって…僕は何も出来なくて…そんな何も出来なかった僕に…僕に分かるはずが無いでしょう!?」<br>
 <br>
こんな古泉君は初めて見た。そうだ…彼だって怖いんだ…そう思えると少し冷静になれた。<br>
 <br>
「ごめん。急に取り乱して…。」<br>
「いえ…僕の方こそ大変お見苦しい所をお見せしました。どうかご容赦ください。取り合えずこちらに。」<br>
 <br>
 <br>
 <br>
 <br>
古泉君に案内され、手術室の前まで行くと老紳士風の男性がじっと祈るように座っていた。その男性は僕達に気付くと立ち上がり、一礼する。<br>
「よく来て下さいました。これで森も心強いでしょう。」<br>
「あの…すいません貴方は?」<br>
「これは失礼致しました。私は新川と申します。森の同僚と思っていただいて結構です。」<br>
「僕のバイト先の正社員さんみたいなものですよ。」<br>
そう古泉君が補足してくれた…。あっ…そうか…。そう言えば僕は焦っていて〈古泉君が何故森さんを知っているのか?〉とか〈何故僕を呼んだのか?〉全然考えてなかった。なるほど、森さんの知り合いだったんだ…。<br>
「すいません…少し失礼します。」<br>
少し落ち着いたけど、森さんの事を考えると泣き叫びそうになった。<br>
 <br>
少し外の空気吸おう。病院から出て、近くにあった自販機でスポーツドリンクを買い一気に飲み干す。…そう大丈夫…亡くなったんじゃない。手術中なだけだ。<br>
ふと、スポーツドリンクを買った自販機の隣に設置された煙草の自販機が目に入る。<br>
何故か分からないけど、僕は引き寄せられる様に自販機にお金を入れ、森さんが吸っていたのと同じ銘柄の煙草を購入した。<br>
幸いオマケに小さなライターが付いていたので、口にくわえて火を着けてみる。<br>
「うっ…ゲホッ」<br>
苦しい。でも森さんが隣に居た時と同じ匂いがする。<br>
「森さん…大丈夫…だよね…」<br>
僕はその場で少し泣いた。<br>
 <br>
 <br>
「気持ちは分かりますが、未成年が煙草を吸うのはいただけませんな…。」<br>
 <br>
 <br>
急に声を掛けられ、驚いてそちらを向くと…心配して来てくれたのだろうか?そこには新川さんが居た。<br>
新川さんは僕が持っている煙草の箱を見て少し驚いた顔したが、すぐに温和な優しい笑みを浮かべた。<br>
「大丈夫です。貴方も古泉も、もちろん私も森を心配しております。責任感の強い彼女が私達を裏切りましょうか?いえ、決してそのよう事はございません。<br>
戻りましょう…貴方に出来る事は、彼女が気付いた時に笑顔を見せて上げる事でございます。」<br>
 <br>
「はい。ありがとうございます。」<br>
 <br>
新川さんの言葉に僕はまた少し泣いた。<br>
 <br>
手術室の前に戻ると手術中のランプが消え古泉君が待っていた。<br>
 <br>
「お帰りなさい。さっき少し聞いたのですが森さんは命に別状は無いようです。詳しくは後で先生に伺いましょう。新川さんはその他の手続きをお願いします。」<br>
そう説明する古泉君は森さんが無事で落ち着いたのか、少しいつもの様子を取り戻したようだった。<br>
 <br>
 <br>
 <br>
「森さん…」<br>
僕は顔を見つめ、手を握る。森さんの頭には包帯、腕には点滴が付き、痛々しい姿だが、静に眠る彼女の寝顔は言い表せない程に綺麗だ。<br>
 <br>
あの後、古泉君と新川さんは各々帰宅したが、僕は無理を言ってここに残らせて貰った。時刻は午前3時。<br>
普段ならとっくに夢の中だが…眠れる筈はない…僕は森さんが目を覚まして僕の名前を呼んでくれるまで、絶対にこの手を離さないつもりだった。<br>
 <br>
 <br>
それは、そう言えば両親になんて言い訳しようと考えている時だった。<br>
 <br>
「んっ…うんっ?」<br>
僕の握っている手がピクリと動き、ずっと聞たかった女性の声がする。<br>
 <br>
意外に平気そうに体を起こした彼女は不思議そうに僕を見る。<br>
「国木田…君?」<br>
もう抑えられない…「森さん!森さん!森さん!」<br>
僕はここが夜中の病院だと言うのを忘れ、ただ泣きながら彼女にすがり名を呼んだ。<br>
「ありがとう…国木田君…」<br>
僕が握っていた手で彼女は僕の頭を優しく撫でてくれた。<br>
 <br>
 <br>
「んっ…んうっ?」<br>
 <br>
ここは何処だろう?私は見慣れない天井を見てボンヤリ思い出す。あっ…そうか…私トラックに跳ねられたんだ…。<br>
 <br>
思い出してきたら何だか全身が痛む気がする。あぁ最悪…国木田君との電話、楽しみだったのに…。<br>
 <br>
……ふと私は右手が熱いのに気づく…誰かが握っているのだろうか?ちょっと動かしてみる。<br>
うん…やっぱり誰か握ってる。誰だろう?<br>
意外に傷は浅いのか、背中に痛みをかんじるも、私はやけにあっさり体を起こす事が出来た。<br>
 <br>
しかし、私は自分を見つめる真っ直ぐな、今にも泣き出しそうな瞳に呆然とすることになる。<br>
「国木田…君?」<br>
 <br>
私を見つめる彼の瞳から大粒の滴がこぼれ落ち…やがて堰を切った様に溢れだす…。<br>
 <br>
「森さん!森さん!森さん!」<br>
彼は私にすがりつき小さな子供の様に泣きじゃくる…。そう私を…心配してくれたのよね?<br>
「ありがとう…国木田君。」<br>
私の手は無意識に彼の頭を撫でていた。<br>
 <br>
 <br>
「その…ごめんなさい!!」<br>
冷静になって、自分が何をしていたかのを自覚してしまったんだろう。国木田君は土下座する勢いで平謝りしていた。<br>
……許しません。もっと抱きついていて欲しかったで…って違う!<br>
「いえ、気にしないで下さい。貴方が心配して下さっていたのが深く伝わってきましたから…。」<br>
 <br>
 <br>
 <br>
 <br>
それは本心だ、好きな異性に心配される。それだけである種の醜い独占欲が満たされる。<br>
 <br>
さっきの彼の涙に偽りは無いと思う。そう…私は一時的に…だが彼の心を独り占めに出来たのだ。目眩がしそうな妖しい満足感がある。<br>
 <br>
「森さん…大丈夫ですか?お医者さん呼びましょうか?」<br>
彼の心配そうな声が妄想から引き戻してくれた。<br>
「はい、大丈夫です。でも…貴方こそ寝た方が良いと思いますよ?」<br>
泣いたから…だけではないであろう真っ赤な目を覗き込みながら私は彼に優しく笑ってみせた。<br>
「大丈夫です。だからその…もう少し…いや…その…今夜は…ここに居させて下さい。」<br>
 <br>
「……えっ…?!」<br>
彼の言葉に思わず掠れた声にならない声を漏らした…一晩中…彼がそばに居てくれる。これは何のご褒美だろう?<br>
「あっ…そっ…その分かり…ました。その…ありがとうございます…もう少し眠らせていただきますね。」<br>
 <br>
私は自分の真っ赤なになった顔隠すため、彼から顔を背けベッドに横になった。<br>
程なく規則正しい寝息が聞こえてくる。ずっと気を張り詰めていたのだろう……どうやら彼は眠ってしまった様だ。<br>
 <br>
 <br>
私は首だけを動かしてそちらを見てみる。泣きはらし、涙の跡が残るまま安堵の表情を浮かべて眠る彼。<br>
「バカ…そんな顔されたら、ドキドキして私が眠れないじゃない…」<br>
私は口の中で彼に向かって不平を呟いてみた。<br>
 <br>
 <br>
………私もいつの間にか眠ってしまっていたのだろう。気付くと横に彼の姿は無く、時計の針はオヤツの時間の少し前を指していた。<br>
 <br>
「気分は如何ですかな?」<br>
 <br>
「新川…。いいの仕事は?」<br>
「はい。まぁ…今朝方気が付かれたのは国木田君から聞きましたから、大丈夫だとは思いましが…やはり心配でしてな。」<br>
「ありがとう…。その彼は?」<br>
新川が少しニヤけたのは気のせいだろうか?<br>
「今頃学校で居眠りでもしているでしょう…なに、心配は要りません。それよりも貴女は自分の体を心配なさい。」<br>
何だかお父さんみたいだと思い、それを告げると「私はまだこんな大きな娘が居る年では無い」と言われた。新川って本当はいくつなんだろう?<br>
 <br>
「さて回診の医師がそろそろ来るでしょうから、私は一度失礼します。何か必要な物はありますか?」<br>
そうね…必要な物…私が持っていた鞄はベッドサイドにあり、中身も無事だった。<br>
 <br>
携帯も財布もある…。どうせ機関の病院なのだろうから生活用品も必要ないだろう。後は…あっ…そうだ。<br>
 <br>
「そうね…私の部屋のベッドの上に黒猫の縫いぐるみがあるの。それを持って来てくれる?」<br>
「承りました。女性の方に持って来て頂きましょう。」<br>
「貴方が行くのじゃないの?」<br>
 <br>
新川は優しく「信頼して貰えるのはありがたいですが、紳士が淑女の部屋に入るのはマナー違反でございます。」と笑い、信頼出来る人に頼むし、私も共に行くから大丈夫だと言ってくれた。<br>
 <br>
「しかし意外に可愛らしい所があるのですな…ひょっとしてそれが無いと眠れないとか…?」<br>
「違っ!あれは彼が私に……わたし…」<br>
何を言っているんだ私は…。<br>
「なるほど、それは確かに必要ですな。」<br>
そう言うとニヤニヤと音が聞こえそうなほど、ニヤニヤしながら新川がは出ていった。………失態だ。<br>
 <br>
 <br>
19時…医師の回診が終了し、縫いぐるみの他に「どうせ禁煙と言っても吸いそうだから、この前で吸え」と大きな空気整浄機を持って来てくれた新川も帰った。<br>
 <br>
しかし、新川は肝心の煙草を持って来てくれていなかった……嫌がらせだろうか?<br>
傷は深く無いと言え、まだ病院内をうろうろする事が出来るほど私の体は思う様に動かない。<br>
 <br>
幸いにも、私の病室は個室でお手洗いが設置されていたので不自由が無かったが………暇だ。<br>
 <br>
 <br>
 <br>
 <br>
テレビもいい加減見飽きるし、国木田君からはメールが来ない。まぁ、病院内では電源OFFが常識だから彼も遠慮してくれているのだろう。<br>
 <br>
……しなくても良いのに…ねぇ?彼お見舞いに来てくれるかしら?と黒猫の縫いぐるみと会話しているとノックの音がする。<br>
 <br>
「はい。」<br>
私は慌て縫いぐるみをベッドの中に隠すとドアに向かい応えた。<br>
「失礼します…ごめんなさい面会時間ギリギリに調子はどうですか?」<br>
 <br>
彼が来てくれた。<br>
 <br>
「はい、お陰様でこの病室内では不自由しない程には回復しました。」<br>
「あの…これは?」<br>
彼は無駄に大きな空気整浄機を指す。<br>
「新川が禁煙でも私は吸いそうだからと置いて行ったんです。でも煙草は無いんですよ…嫌がらせですよね?」<br>
私が苦笑して見せると彼もクスリと笑い返してくれた。………事故に遭って良かったと思う私は不謹慎だろうか?彼はパイプ椅子に座ろうとしたが、急に立ち上がりジーンズの後ろポケットに手を入れハッとした表情になる。<br>
「良ければ、これ吸いますか?」<br>
そう言って彼は私に煙草とライターを差し出す。私の吸っている銘柄…でもどうして?<br>
 <br>
 <br>
 <br>
 <br>
「ありがとうございます。…でもどうして?」<br>
「何となくですよ、何となく…。」<br>
何故か彼は顔を赤くし誤魔化す……一本だけ吸われた、私が吸っている銘柄の煙草。<br>
紅潮した彼の顔。<br>
ねぇ…国木田君…私は期待してもいいの?<br>
せっかくなので私は空気整浄機をつけ煙草をくわえる。<br>
「どうぞ」<br>
彼がぎこちない手つきで着けてくれたライターから火を貰い。ゆっくり吸い込む…。<br>
こんな美味しい煙草は初めてかも知れない。<br>
「ありがとうございます…何だか格別に美味しい気がします。」<br>
自然に笑みがこぼれてしまう。彼は優しい表情で私を見ていた。<br>
「さて、面会時間も終わっちゃいそうですし、そろそろ行きますね?」<br>
彼は私が煙草を吸い終わるのを待っていたようなタイミングで立ち上がり、ドアに向かう。<br>
「国木田君!」<br>
思っていたより大きな声が出てしまい自分でも驚いてしまう。<br>
「その…ありがとうございます。」<br>
「はい、お大事に…………また明日。」<br>
 <br>
また明日?彼は明日も来てくれるというのだろうか?やっぱり私は不謹慎だ…事故にあったのに嬉しくて泣いているなんて。<br>
 <br>
 <br>
それから彼はメールや電話の代わりに、毎日面会時間終了の30分前に来てくれる。<br>
私と少し話し、私が煙草を吸い終わるのを見てから帰る。<br>
 <br>
……ふと「煙草が煙たくないか」と聞くと、彼は「森さんが煙草を吸う姿が格好良くて好き」 と照れたように笑っていた。<br>
 <br>
 <br>
 <br>
私の傷も治りかけ明日から自分1人で入浴が許される事になり、そろそろ退院が見えて来そうな頃……私は主治医からある話を聞かされる。<br>
 <br>
 <br>
ねぇ…国木田君……これは事故に遭ったのに嬉しいと思った私への罰なのかしら?<br>
 <br>
 <br>
 <br>
放課後。帰り前のショートホームルームが終わると同時に僕は走って昇降口に向かった。<br>
 <br>
学校終了&gt;即帰宅&gt;夕食&gt;お見舞い<br>
 <br>
がここ最近の僕の毎日の過ごし方だ。森さんの入院している病院は、僕の家からだと少し距離があり急がないと森さんに会える時間が減ってしまうのだ。<br>
学校終了後すぐにお見舞いに行ければ良いが、家は家族揃って晩御飯を食べるのが決まりなので、なかなか思い通りにはならない。<br>
 <br>
因みに森さんが事故に遭った日、朝帰りを怒られそうになったが、一緒に来てくれた古泉君と新川さんがフォローしてくれた。古泉が森さんの弟で新川さんが父親って言う無理な設定だったけど……<br>
まぁ、そのお陰で問題無くお見舞いに行けるんだし…2人には本当にどんなに感謝しても足りないと思う。<br>
 <br>
一度ちゃんと古泉君にお礼を言おうとしたが、いつもの微笑でお気にせずとだけ言われてしまった。何か今更だけど古泉君も不思議な人だよね。<br>
 <br>
森さんと知り合ってから色んな事があったなぁ…と考えながら家に着いた僕は、自室に戻りベッドに寝転ぶ。<br>
 <br>
森園生さん。最近僕の頭の中の80%以上を彼女が独占している。授業中も、谷口達と昼休みを過ごす時も、こうやって家に帰ってからも…。<br>
可愛らしい声やふとした表情…大人の女性を思わせる優しさ…全てが僕の頭から離れない。<br>
 <br>
 <br>
 <br>
…無邪気に笑う彼女を見て…僕は森さんを好きになった。<br>
でもその時は今の仲の良い姉弟の様な関係に満足していたし、それ以上を望むなど、思いもしなかった。<br>
今までだってそうだ、クラスに好きな女の子が居ても…僕は特別告白しようと思わなかった。<br>
 <br>
でも森さんのお見舞いに行くうちに…僕は彼女への気持ちを抑えられなくなっていった。たわいもない会話でもらす微笑みを、勉強や進路の悩みを親身に聞いてくれる優しさを……僕は独り占めしたくなった。<br>
いや、森さんの笑顔や気持ちは別に誰の物でもない…強いて言うなら、森さんの物だと思う。それでも…僕は…彼女が欲しい。そう思う様になってしまった。<br>
 <br>
昨日森さんに退院も近いと聞いた。退院してしまったら、今までの様に毎日会えなくなってしまう。だから…そうなる前に僕は…この気持ちを打ち明けたい。<br>
 <br>
 <br>
夕食を終えた僕は自転車に跨り、森さんに会える嬉しさと緊張を感じながら、通い慣れた病院への道を急ぐ。僕が好きな時間の1つだ…もちろん1番は森さんと会うときだけどね。<br>
 <br>
 <br>
病院の入り口で珍しく古泉君にあった。<br>
「これは国木田君、今からお見舞いですか?」<br>
 <br>
「うん。古泉君は今帰る所?」<br>
 <br>
 <br>
「まぁ……そんな所です。」<br>
微笑んではいるが、どこか心配そうな、暗い雰囲気の古泉君を覗き込む。<br>
……まさか森さんに何かあった?…でも近々退院を控えている人間の容態が、急に悪化するんだろうか?<br>
いや、もしそうなら古泉君は帰ったりしないし、以前の様に僕に連絡をくれる筈だ。<br>
 <br>
「いえ…何かあったかと言われると、そうでは無いのですが…」<br>
僕の疑問を察したのか説明してくれる……がいつもと違い中途半端だ。やはりおかしい……。<br>
「古泉君いった…」<br>
「僕の口からは言えません。」<br>
古泉君は僕の質問を遮り、今までに見た事がない真剣な表情で僕を見る。<br>
「僕は貴方を信じています。森さんをお願いしますね。」<br>
 <br>
 <br>
そう言葉を残して古泉君は行ってしまった。どうしよう……いや、弱気になったら駄目だ。取り敢えず森さんに会おう。<br>
 <br>
森園生の名前があるプレートを見ながら僕は深呼吸する。……そう大丈夫だ。自分に言い聞かせ、扉をノックする……が返事がない。<br>
 <br>
ま さか?!<br>
 <br>
嫌な予感がして扉を一気に開ける。しかし、そこにはいつも通りに窓の外の景色を見ながら、煙草を吸う森さんの姿があった。<br>
肩すかしを喰らった気分で病室に入ろとすると、急に森さんが話し出した。<br>
 <br>
「古泉…しつこいわよ……あんたの正論なんて聞きたくな…」<br>
「森…さん?」<br>
僕の声を聞いてビクリ肩を震わせた森さんは、紫煙をゆっくりと吸い込み、吐き出す。<br>
「……国木田君でしたか。ごめんなさい古泉が余りに説教臭かったので……早とちりしてしまいました。」<br>
彼女の声はいつもと違う。誰が聞いても分かるほどに、無理に明るい調子の声。<br>
「いえいえ、それより森さん…大丈夫ですか?何だか元気がないような…。」<br>
「あら…入院してる人間は元気とは言えませんよ?」<br>
クスリと笑い声をもらしながら言う。<br>
「確かにそうですね…これは失礼致しました。」<br>
僕が少しおどけて古泉くん風に言うと、彼女はまたクスリと笑い声をもらしたが…やはり元気がない。<br>
僕が何か話そうと、森さんの居る窓際に近づこうとした瞬間だった。<br>
「国木田君…お願いがあるんですが……。」<br>
「何ですか?あっ!煙草が無くなったんですか?」<br>
森さんは外の景色を眺めたまま、沈黙する。そしてやがて意を決した様に深く嘆息し言葉を紡いだ。<br>
「もう…ここには来ないで下さい。」<br>
言葉は聞こえたが、頭は理解出来ないらしく僕は沈黙した。<br>
「もう一度言います…もう私には関わらないで下さい。」<br>
 <br>
「えっ…?」<br>
やがて言葉の意味を理解した僕が発したのは…情けないことに息が漏れただけのような一言だった。<br>
 <br>
 <br>
 <br>
「急にごめんなさい。でも分かっていただけませんか?」<br>
そう言って森さんは、今日僕がここに来てから数えて3本目の煙草に火を着けた……まるでもう話す事が無いと言うように。<br>
「すいません…僕が悪い事したなら謝ります…だから、その…せめて理由を…」<br>
「言えません。……貴方は悪くありません。悪いのは私です。だから、私の様な嫌な女に構わないで下さい。」<br>
 <br>
まさに…とりつく島もない…。僕は森さんに背を向けドアに向かって歩き出す。森さんは今日一度も僕の方を見てくれなかった…。そこまで嫌われたら仕方ないけど……でも…最後なら少しくらいワガママ言っても良いかな?<br>
「ごめんなさい森さん…僕は貴女の事が好きでした。だから…最後に少しだけ顔を見せてくれませんか?」<br>
「ごめんなさい…それも出来ません…分かって下さい…お願いします。」<br>
森さんの声が震えている…。どうして?…表情が分からないから、何故か声が震えているか分からない。でも…おかしい…いくら入院していて弱気でも、森さんは急にこんな事を言う人では無いはずだ。<br>
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そう言えば…僕が入った瞬間森さんは僕と古泉君を間違えた。と言う事は森さんと古泉くんが直前まで話していたのは間違いない。<br>
何を?森さんは古泉が説教臭いとお茶を濁した。古泉君は森さんをお願いしますと言った。……やっぱり変だ。<br>
上手く説明は出来ないけど、昨日の面会時間終了まで仲良く話していた相手を、急に顔も見たくないほど嫌いになるだろうか?ない…と思う。そう…やっぱり何かあったんだ…。<br>
「森さん…何かあったんでしょう?」<br>
「…お願い…します分かって…。もう…私に構わないで…」<br>
ついに震える声に嗚咽がまじる。<br>
「わかりません…森さん泣いてるじゃないですか…何を隠してるんですか?僕何でしますから…」<br>
「おねっがい…っく…何でもするなら…っ…出ていって…」<br>
嗚咽が泣き声に変わる…そうだ、僕は今頃気付いた森さんは関わるなと言ったが、僕を嫌いだとは言っていない。何かあったんだ…森さんが他人との関わりを断ちたくなるほど辛い事が…<br>
「好きな人が泣いてるのに…出ていける筈がないですよ…」<br>
「お願いっ…もうっお願いよ…出ていって…私をっ…私をこれ以上掻き乱さないで!出ていって!」<br>
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感情が堰を切った様に…今日初めてこちらを振り向いて叫んだ森さんの目は、数時間前からずっと泣き続けているような真っ赤な目だった。<br>
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そんな目を直視出来ず、僕は叫んでしまう。<br>
「出来ません!そんな状態の森さんを独りに出来るはずないでしょう!?」<br>
「お願いっ…大人になって!分かってよ!独りにして!もう…ほおっておいて!」<br>
自棄な叫びを上げ森さんは自分の顔を覆い子供の様に泣きじゃくる。</p>
<p>僕は…どうすれば…いや、どうすればじゃない。<br>
森さんが言う様に…僕はここを去ればいい。<br>
そして彼女を忘れてしまえばいい。<br>
森さんを今こんな風に泣かせているのは、紛れもない僕だ。今は苦しいけど…胸が痛いけど…それが大人になる事なんだ。<br>
…それで将来お互いに恋人を見つけて、街角ふと出会って、お互いに今を懐かしいなと微笑み合えば良い。<br>
僕は森さんに背を向け病室のドアを開けようとした……あれ?おかしいな…何でドアノブが見えないんだろう……おかしいな…どうして僕まで泣いてるだろう<br>
決まっている…僕はそんなの嫌だからだ。<br>
この言い様のない嫉妬と焦燥感が今だけの物で、数年後には甘酸っぱい思い出に変わるとしても……嫌だ、絶対に嫌だ。もういい…子供で構わない。青臭い妄想って笑われても構わない…でも子供だから分かる気持ちだってあるハズなんだ。<br>
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僕は森さんの方を振り返って、ここが病室だということを気にせずに森さんに叫び返しす。<br>
「そんなのが大人なら…そんな事が貴女と吊り合う大人になるって事なら…僕は貴女に釣り合わないままの子供でいいです!貴女に子供だと笑われても…僕は貴女が好きなんです!<br>
だからっ…だから!そうやって泣いている貴女を…絶対に絶対に独りにして出て行くなんて出来ません!」<br>
もう自分でも何を言っているか分からない。森さんからすれば訳の分からない事を叫んでいる馬鹿でしかないだろう…。でも僕はそう叫ばずには居られなかった。<br>
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沈黙。森さんの嗚咽混じりの泣き声だけが部屋に聞こえる。<br>
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「分かりました。」<br>
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しばらくした後、そう言うと森さんは背を向けて立ち上がり、着ていたパジャマを脱ぎだした。<br>
「ちょっ!?森さん?!」<br>
僕の制止も聞かず包帯を背中にビッシリと巻かれた包帯を外すと…そこには、目を背けたくなるような無惨な傷があった。<br>
「これを見ても…まだ君はそんな事言えますか?子供の国木田君?」<br>
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彼女の自嘲した様などこか僕を挑発したような声が病室に響いた。<br>
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続く<br>
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