<p> 季節が秋から冬に変わろうとしている、とある日曜日。俺は結構なピンチに陥っていた。<br> 「…あぁ、今日の探索は無理だ…ハルヒには上手く伝えといてくれ、じゃあ…」<br> 携帯電話を切ると、わきの下の体温計が検温終了の電子音を鳴らした。<br> ピピピ<br> さて今の体温は……。<br> ……大丈夫、人間が死ぬと言われている温度まで、あと2℃もある。<br> その他の症状は頭痛、関節痛、鼻づまり…。<br> 要するに俺は風邪をひいてしまっている。しかも検温結果を見るに結構酷いらしい。更に家には明日まで誰もいない。<br> もう一度言う、結構ピンチだ。<br> ……若いんだからきっと寝てたら治るだろ、と現実逃避をしながら俺は布団に潜り込んだ。<br> <br> 「……おわっ!?」<br> 意識が覚醒しかけてる所に誰かのプレッシャーを感じて目を開けると、そこには無表情少女の顔のドアップがあった。<br> 「な、長門?あ、朝比奈さんも…」<br> 「すいません、インターホン鳴らしても反応がなかったので……そしたら長門さんが…」<br> 「……鍵は開いていた、不用心。鍵は掛けるべき」<br> しれっとそんなことを言う宇宙人。<br> あ~…そうだな。宇宙人相手に鍵は意味ないかも知れんが後で掛けておくか。<br> こちらの皮肉を聞き流しながら、長門はここに至る経緯を話し始めた。<br> 「あなたの欠席を報告した後、涼宮ハルヒの急用と古泉一樹のバイトが発生し、本日の探索は中止された。<br> 予定がなくなった私たちは朝比奈みくるの提案によりあなたの様子を見にきた」<br> ハルヒの急用に古泉のバイトか…。またなんか起きたのか?<br> 「何も心配はいらない。今のあなたは自分の心配をすべき」<br> …長門がそう言うのならそうなのかもな、と俺はあっさり思考を放棄した。実際、今の俺には他人の心配をしている余裕はなさそうだ。<br> どうするでもなくぼぉっと座っていると、朝比奈さんが心配そうに声を掛けてきた。<br> 「……大丈夫ですか?ちょっと目が虚ろですよ?」<br> 正直な話、体を起こしてるだけでもしんどかった。同年代の女子がお見舞いに来ているという甘い状況をもう少し味わっていたかったが、そろそろ限界のようだ。<br> 「大丈夫ですよ…でも、すいません、ちょっと眠ります…」<br> 「あ、ごめんなさい。ゆっくり眠って下さい。ちょっとだけ台所を借りてから帰りますね」<br> 「……お大事に」<br> 2人が立ち去る気配を感じながらも、俺にはもう反応する気力が残っていなかった。<br> <br> 『キョンた~ん♪』<br> 『来るな!寄るな!触るな!』<br> 俺は全身タイツの古泉に追い掛け回されていた。<br> 何時間、何日間逃げ続けただろう…。ヤツは俺に追い付く度に俺の服を一枚ずつ剥ぎ取っていく。<br> そして、今の俺の格好は…。<br> 「…うぅ…アナルだけは…アナルだけは…」<br> 「キョン!?キョン!?大丈夫なの!?」<br> 気が付くと誰かの声が俺を呼んでいた。<br> 「…う…ぁ…」<br> 気分が悪い、ついでに全身が焼けるように熱い、頭がはっきりしない。<br> 「…ただの風邪って聞いてたけど、思ったより酷そうね」<br> …現状の把握に努めるが、熱に侵された脳は機能していないようだ。少しだけ目を開いてみるが、薄暗くて全てがぼやけて見える。<br> 辛うじて今自分がベッドに横になっているのを確認した時、俺の隣に立っている誰かが偉そうにこんなことを言ってきた。<br> 「まったく、SOS団の活動日に風邪なんて。体調管理がなってないわよ!」<br> 誰かは知らんが、全くもってその通りなのは認める。だが、こっちは病人なんだ。静かにしてくれ。<br> しかし、そんな俺の願いは届かなかったようで、傍若無人な誰かは病人相手にもテンションを下げるつもりはないらしい。<br> 「あ、このリンゴ、色変わっちゃってるわね。食べれないならあたしが食べるわよ?代わりにプリン買ってきてるから。風邪といったらプリンよね!」<br> あぁ~…もう好きにしてくれ。静かにしてくれ。頭に響く。俺はまだ寝ていたいんだ。<br> 雑音から逃げるように布団に潜り込もうとすると額から何かがずり落ちた。<br> 「あー!氷袋が!もう何やってるのよ!布団が濡れちゃうじゃない!」<br> …ん?何か落としたか?<br> 誰かに怒鳴られたので反射的に落ちた物を拾おうと手を伸ばすと、俺の右手は暖かい物を捕まえていた。<br> 「…ちょっと」<br> あ、これは何か分かる。…人の手だ。<br> ギュッと、俺はその誰かの手を握り締めた。<br> 「…ッ…ちょっとキョン!」<br> 自分のものではない誰かの体温は不安だった俺の心を暖めてくれる。<br> 「…なんか…凄く落ち着くな…」<br> 「…………そんなこと言われたら振りほどけないじゃない」<br> 誰かに右手をギュウッと握り返される。<br> 「…早く治しなさいよ…皆で遊ぶんだから」<br> 指の先から全身へ温もりが広がり、心地よい眠気がじんわりと体を満たしていく。<br> その優しい空気にこの上ない安心感を覚えながら、俺はようやく深い眠りへと落ちていった。<br> <br> 翌日の放課後、すっかり回復した俺はいつものように部室のドアをノックしていた。<br> 「あ、キョンくん。もういいんですか?」<br> 「はい、昨日一日寝たらすっかり」<br> 朝比奈さんは良かった…と、深く息を吐き、長門も心なしか安堵しているように見える。<br> 俺は今になってこの美少女2人のお見舞いを軽く流したことを後悔していた。次は是非体調万全の時にお見舞いに来て頂こう。<br> そんなくだらないことを考えていると、俺は冷蔵庫に入っていた見舞いの品を思い出した。<br> 「あ、プリン、ご馳走様でした。美味しかったですよ」<br> 「えぇ?プリンですか?私が持っていったのはリンゴですよ?」<br> …ん?リンゴなんかあったか?…無意識の内に食べたんだろうか?そんなに食意地が張ってるつもりはないんだが。<br> 「じゃあ長門か?」<br> 「……」<br> 数ミリだけ首を横に動かしてから元に戻す長門。どうやらこいつでもないらしい。<br> はて?長門と朝比奈さんの他に誰か来たんだろうか?<br> 何かを忘れている気がして、喉に引っ掛かった小骨のような違和感に落ち着かない気分でいると、朝比奈さんが話題を変えてきた。<br> 「そういえば涼宮さん遅いですね」<br> 「あぁ、ハルヒは今日欠席です。どうも風邪らしいです」<br> 朝のHRでのハルヒ病欠の知らせに教室には衝撃が走った。あいつでも風邪をひくことがあるんだな、と。<br> 「えぇ!?涼宮さんも風邪なんですか?」<br> ……ん?ハルヒも風邪?……あれ?<br> 「……あ」<br> 頭の中で何かが繋がった時、夢とも幻覚とも思える昨日の記憶がフラッシュバックのように頭に浮かび、俺の心拍数は急に上がっていった。<br> …そうだよな、あんな傍若無人なヤツは一人しかいないよな。<br> 動揺した頭が正常な回転に戻り、やっと出てきた結論に俺が呟いた言葉は、結局これだった。<br> 「……やれやれ」<br> 出来るだけ面倒臭そうに呟いたのに、どこか嬉しそうに聞こえたのは多分気のせいだろう。<br> ギュッと右手を握り締める。誰かの温もりがまだそこに残っている気がした。<br> 取り敢えず、団長のお見舞いに行くとするか。<br> ……コンビニでプリンを買ってから。<br> <br> End<br> </p> <p><br> 33 名前:涼宮ハルヒの病欠[sage] 投稿日:07/08/24(金) 01:45:13 ID:oNfAi6QO<br> …部室の様子からもっと物が溢れ返ってる部屋を想像したんだが…。<br> 初めて入ったハルヒの部屋はあまり女の子らしさがしないシンプルな内装だった。それでも微かに感じられるその独特の香りは、ここが疑いようもなく女の子の部屋なのだと俺に認識させてくれた。<br> 「よう、調子はどうだ?」<br> 「……だいぶ良くなったけど…最悪よ」<br> …どっちだよ。<br> ハルヒは少し不機嫌な表情でベッドに横になっていて、いつもの覇気が感じられなかった。いつぞやもそう思ったが、弱っているハルヒというのはなかなか新鮮だな。<br> 「ほら、コンビニので申し訳ないが、見舞いの品のプリンだ。風邪にはプリンなんだろ?」<br> サイドテーブルに見舞いの品を置くと、ハルヒはそれと俺の顔を交互に見つめて訝しげにこんなことを言ってきた。<br> 「……あんた、本当にキョン?中身は宇宙人じゃないでしょうね?あたしの知ってるキョンはこんなに気が利かないわよ?」<br> 弱っていても失礼な奴だな、お前は。俺にだってこの程度の気遣いは出来る。<br> 「…ま、昨日は世話になったからな」<br> 実際、熱にうなされ苦しんでる時にハルヒの存在にどれだけ救われたことか。あと、その風邪を移したのはほぼ間違いなく俺だろうしな。<br> そう思うと俺は何かせずにはいられない気持ちになってしまい、その素直な感謝の気持ちが俺に自分らしくない台詞を口に出させていた。<br> 「何かして欲しいことあるか?宇宙人を連れてこいとかいう難題以外なら、今日は素直に言うことを聞いてやろう」<br> 俺がそう言うとハルヒは黙ってしまった。時計の秒針の音だけがカチカチと部屋に流れる。<br> そろそろ沈黙が痛くなってきて、俺が自分の台詞を後悔し始めた頃、ハルヒは絞り出すように少し震えた声でお願いを口にした。<br> 「…………手」<br> 「ん?」<br> 「……昨日みたいに手を握りなさい」<br> 「ああ…」<br> 差し出された右手に俺も右手を重ねる。……素面でやると結構恥ずかしいもんだな。<br> ハルヒの熱が伝わったのだろうか?俺の顔も熱くなってきた。きっとハルヒの手が熱いからだ。うん、そういうことにしておいてくれ。<br> 「……あと、頭撫でなさい」<br> ……そんなことを命令口調で言っても威厳はないぞ?<br> 「……早くしなさいよ」<br> 恐る恐る手を伸ばし髪に触ると、ハルヒは一度ビクッと強張ったが、その後はおとなしく髪を撫でられていた。<br> そうしてさわさわと撫で続けていると、ハルヒはくすぐったそうに目を細めていたが、少し無理をして起きていたのか、1分もしない内に眠りの世界へと落ちていった。<br> <br> どのくらいそうしていただろうか?目の前のハルヒからはスゥスゥと規則正しい寝息が聞こえてくる。<br> 黙っている時のハルヒは反則的なまでに可愛く、それがまたあどけない寝顔なのだから、じぃっと見ていると妙な気分になってくる。<br> いかんいかんと頭を振りながらも、俺はどうしてもハルヒの寝顔から目を離せずにいた。<br> 今までこんなに穏やかに、じっくりと、しかも本人の目の前でハルヒについて考えたことはなかった。<br> だからだろうか?その事実に気が付いてしまい、そして驚くほどすんなりとそれを受け入れることが出来たのは。<br> 俺はなんだかんだでハルヒのことを憎からず思って…いや、むしろ積極的な好意を持っている。<br> 「……そうか、俺はハルヒのこと好きだったんだな」<br> それを言葉にして口に出してみると、急に落ち着かなくなり恥ずかしさが込み上げてきて、俺はハルヒが起きる前に帰ってしまうことにした。<br> 椅子から立ち上がり鞄を手に取ろうとした時、俺はハルヒの額に浮かんでいる汗の存在に気が付いた。<br> …クソ、気になっちまった。<br> ハルヒの穏やかな寝顔に似合わないその汗がどうしても許せず、気が付くと俺は枕元のタオルを手に取っていた。<br> ハルヒの額の汗を丁寧に拭うと、シミひとつない白い肌が露になる。純粋に綺麗だな…と思っていると、ハルヒは不意に俺の名前を呟いた。<br> 「……ん…キョン…」<br> 「…………」<br> <br> <br> チュッ<br> <br> <br> …………待て、俺は今何をした?<br> 俺の唇に残るほのかな温もりは間違いなくハルヒのそれであり、ハルヒの額に残る微かな赤みは間違いなく俺が付けたそれだった。<br> 要するにキスだ。キス?額にとはいえ俺がハルヒにキスをしたのか?<br> ぶわっと今度は俺の額に汗が浮かんでいくのを感じる。ハルヒの寝息が聞こえなくなるほど心臓の音は大きくなっていった。<br> 俺の頭に窓から逃げようという意味不明な選択肢が浮かんだ瞬間、ハルヒは静かに目を覚ました。<br> 「……ん」<br> ゆっくりと、ハルヒの目が開いた。<br> ヤバイ、怒鳴られる。いや、むしろ殺される。<br> 上がりっぱなしの心臓の回転数は今にも限界値を突破しそうだった。<br> 宇宙人でも未来人でも超能力者でもいい、自業自得なことも分かってる、それでもお願いだ。時間を1分前に戻してくれ!<br> 「……あ…今少し眠ってた?」<br> …気が付いてないのか?<br> 「…え?あ、そうだな、10分くらいかな?」<br> …気付かれなかったことにほっとした反面で、少し残念に感じるこれはどういった感情なのだろうか?<br> こちらの動揺をよそにハルヒは俺をじっと見つめ、なにげない一言で止めを刺した。<br> 「今日はありがと、キョン」<br> 「…ッ…」<br> その素直な感謝の言葉が胸に刺さり、心臓が止まりそうなほどの罪悪感が俺を責める。こんな気持ちになるのなら、いっそのこと気付かれて公開処刑されたほうがまだマシだ。<br> 脳内裁判にて裁判長・長門が俺に有罪を言い渡したところで、目の前に予期せぬ逃げ道が現れた。<br> 「…ふゎ…まだ眠いからもう少し眠るわ」<br> 「あ、あぁ、眠いなら寝たほうがいいぞ、うん。なんせ風邪だからなっ」<br> 自分でも不自然だと思える早口に俺の動揺は更に深刻なものになっていき、それがとんでもなく卑怯な行為だと理解しつつも、俺には真実を語らずに逃げ帰るしか、自らを落ち着かせる術はなかった。<br> 「じゃ、じゃあ、俺は帰るな!また明日っ」<br> バタン!<br> 転がるようにハルヒの家から出ていくと、外は既に暗くなり空には綺麗な月が浮かんでいる。<br> ふとハルヒの部屋を見上げると、まだ眠ると言ったはずのハルヒがこちらを見下ろしていた。<br> 何か言っているような気がしたが聞き取れるはずもなく、俺は明日からどんな顔でハルヒに会えばいいんだろう?と思いつつ、逃げるように家路に着いたのだった。<br> <br> <br> <br> <br> 「……どうせなら口にしなさいよ、馬鹿キョン」<br> <br> End<br> </p>