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村上ハルキョン - (2007/10/20 (土) 13:02:25) のソース

<p> アナルについて書く。<br>
 アナルは言うまでもなくケツの穴である。しかしある時の俺にとってそれは宇宙にも等しく無限の時間にも近かった。ある人間はこう言った。<br>
「アナルは僕の生きがいです。アナルなくして人類の未来はありません」<br>
 大げさだった。言うまでもなく彼の頭の中はいかれているのだ。しかしいかれているというのは時として、自分ではなく世界そのものであることがある。それを勘案してもこの場合、彼には間違いなくいかれポンチの落款をくれてやれる。高校時代、俺の世界はそのようにして回っていた。傍目から見れば相当に奇矯であり、俺から見れば相応に奇特であった。<br>
 そしてそれら二つに大差はないのだ。仮に俺が校舎の屋上から飛び降りたとしても、あいつらであれば「そんなこともあるわね」と言って受け流したかもしれない。<br>
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「ねえ、今日あたしたちは何回セックスしたかしら」<br>
 枕元でハルヒが言った。俺たちは大人になっていた。高校時代は過ぎてみれば電車から見る景色の一点でしかなかった。しかしそれは見過ごせない景色であり、その証拠のひとつとして今ここにハルヒがいた。俺たちはあれから数え切れないほど様々な行為に及んだ。ある期間、俺はその回数を数えたくてしょうがなくなったので、情動にしたがってみた。<br>
 すなわち俺たちは一年間に8692回手を繋ぎ、2110回キスをし、264回セックスをした。こと俺について言えば、それとは別に62回マスターベーションをし、85回男に掘られかけた。<br>
 人は放っておいても女と寝るし、男に掘られる。そういうものだ。 <a name="6"></a></p>
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 高校を出た俺は大学に進学し、それなりの毎日を過ごし、それなりの友を得、それなりに酒を呑み、それなりにマンガを読み、それなりに小説を読み、そして音楽を聴いた。<br>
 大学で初めて童貞を喪失したが、相手はハルヒではなかった。高校時代憧れていた先輩でもなかった。厳密には人類ではない文芸部員でもなかった。<br>
 相手は男で、俺は人生のトラウマの実に98%をそこに費やした。いや、費やされた。<br>
「んあっ、いく、いきますキョンたぁん!」<br>
 ひどく冷静だったのを覚えている。そうか、こうして男は掘られるのか、と、童貞喪失という一大事において、俺はいささか平常心を持ちすぎていた。<br>
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「ねえキョン、あたしたちいい加減マンネリだと思わない」<br>
 ある日の夜、二度目のセックスを終えて俺とハルヒはベッドに横たわっていた。相応の倦怠感が室内にわだかまっており、相当の沈黙が室内を支配していた。確かにマンネリだった。たまに思い出したように俺たちは喧嘩をし、結果八割をハルヒが白星で飾った。そういうものだ、と俺は自分に言い聞かせた。<br>
「キョン。これ訊いていいかしら」<br>
「何だ」<br>
「高校時代、あなた古泉くんとつきあってたわよね」<br>
「ああ」<br>
「やっぱりそうなの。いいの。解っていたわ。いつかこんな日が来るって。そしてそれは避けられないって」<br>
 言い出したのは自分ではないのか。<br>
「マンネリね、あたしたち」<br>
 しかし悲しいほどハルヒの言葉には現実味があった。そして俺は卒業式に古泉と交わった日のことを、煙霞の彼方に見える巡視船を見るように思い浮かべていた。</p>
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 マンネリとはすなわち単調、均一化、画一的の謂(いい)であり、まさしく今の俺たちに当てはまる言葉だった。思えば世の中のあらゆるものはマンネリを繰り返すことと、それを打破することで成り立っている。今川焼を売る店は狂ったようにあんこを生産し続け、飽きられるとクリームとチョコレートに手を出す。それも飽きられると今度はジャムやツナを挟んでみる。つまりはそういうことだ。<br>
「別れたいのか」<br>
 俺はハルヒに言った。彼女は静かに首を振って、<br>
「そうじゃないの。ねえ、マンネリって素敵なことだわ。カタカタ四文字の言葉って大体あたしは嫌いだけど、この言葉は好きよ。そしてキョン、あなたが今でも好き」<br>
 そう言って俺たちは今日36回目のキスをした。悲しいことにいささかの悦びもそこにはなかった。<br>
 あろうことか俺はまだ古泉との過ちを思い出していたのだ。<br>
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 船について話す。<br>
 実を言うと俺は高校時代初めて船に乗った。すさまじく酔った。当時、回数を数えることに愉楽を見出していなかった俺は、一体あの時何回嘔吐したのかをまるで覚えていない。<br>
「そんなことどうでもいいじゃないの。それよりあなたの精液が少し黄色いことの方が気になるわ」<br>
 そう言ったのはハルヒではなかったと思う。<br>
 ともかく、船は酔う。あの夏の合宿旅行について思い出す時、俺は意図的に吐いた場面を頭から排除することにしている。人は放っておいても吐かないが、吐くときはナイアガラの滝より盛大に吐くものなのだ。</div>
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<div class="mes">「ねぇキョンたん、僕たちとうとうひとつになれました」<br>
 無理矢理一仕事終えた古泉は言った。俺はてんで聞いちゃいなかった。これでハルヒに童貞を捧げる機会は永遠に失われたのだと思っていた。そして当時の俺には、それはフィリピン海よりも深い悔恨をもたらすことに思われた。今後いくらハルヒとセックスしようとも、それはみな二番目以降なのだ。<br>
 放課後の文芸部室には大抵超能力者と未来人と宇宙人がいた。そして俺とハルヒがいた。今にして思えば、あれらはみなあの場にいた人物の演技だったのかもしれない。俺は入学直後に催眠術にかかり、以後三年間を昏睡したまま過ごしていたのかもしれない。それを醒ましたのが卒業式の同性による強姦だったのだ。<br>
 そう思うと納得がいった。すなわちあれは必要なことだったのだ。<br>
 そうして俺は大学に入り、つつがなく社会人になった。<br>
 一般事務はまるで向いていないと知るや、半年で営業に転職した。ルート開拓に苦杯をなめたこともあったが、事務職に比べれば遥かに向いている仕事だった。そんな日々が六年続いた。その間に俺は主任になり、係長になり、課長になった。異例のスピードで出世をしてしまうと、急に世の中が白黒になったような錯覚がした。六年の間に幾人もの女性と関係を持ったが、今この場には誰もいなかった。<br>
 そうして俺はある日、涼宮ハルヒに電話をした。<br>
「好きだ。つき合ってくれ」<br>
「そうね。それもいいかもしれないわ」<br>
 13年越しの恋であったのかもしれない。その夜、俺たちは13年分の思いを解き放つように抱き合った。この時初めて俺はセックスを心地よいものだと感じるようになった。</div>
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<div class="mes"> 室内にはサージェントペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンドの一曲目がかかっていた。<br>
 新聞にはオイリーヘアの古泉一樹が写っていた。大学を卒業すると同時に渡米し、政界に手を出したが失脚、贈収賄でとうとう捕まったらしい。いつかそんなことをする男だと思っていた。<br>
 高校時代の友人と言えば、谷口に先日ばったり再会した。ハッテン・カフェという行きつけの喫茶店にふらりと現れた昔の友は、なんと性転換手術をして女性になっていた。<br>
「ひさしぶりね」<br>
「そうだな」<br>
「あたしのこと、覚えてる?」<br>
「誰だっけ」<br>
「んもう。谷口よ。お馬鹿さんねあなたも」<br>
 そうかもしれなかった。馬鹿、という言霊には、どうもこそばゆい響きがある。<br>
「機会があればまた会えるわ。それじゃね。シーユー」<br>
 店内にはオスカーピーターソンのジャズがかかっていた気がする。そして谷口とはそれ以来会っていない。会いたくない、というわけではない。ただ、何か大きな流れのようなものによって俺とあいつは再会し、同じ流れによって会っていない。そういうことだ。<br>
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 俺はハルヒの乳房をまじまじと見ていた。<br>
 それは磨かれた陶器よりもすべすべしていて、初雪のように光り輝いて見えた。<br>
 しかしそこに最初のような軒昂はなかった。思えばあの日、初めてハルヒを抱いた夜、俺はそこに古泉を重ねていたのかもしれない。卒業式の後の、淡い陽光が清浄な白をもたらす皇帝の片隅で、俺はあいつに何かを吸い取られたのかもしれない。その代わりに、あいつは俺を三年間の夢から引き戻したのだ。</div>
<p><a name="new" id="new"></a></p>
<div class="new"><span class="newdate"><br></span></div>
<div class="mes">「ねえキョン、あたしの考えていることが解る?」<br>
「いいや。自分の考えていることすらよく解っていないからな」<br>
「あたし、あなたの考えていることを考えていたの。そしてそれはたぶん当たっているのよ。でもね、たと<br>
えマンネリでも、あたしはまだあなたの傍にいるわ」<br>
「嬉しいよ」<br>
 そして俺たちは三回目のセックスに興じた。<br>
 三十路を過ぎた、ある夜のことだった。<br>
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 (了)</div>