<p>[恋人とは]</p> <p> </p> <p>「あたしは別にキョンと恋人同士になりたいわけじゃないわ」<br> 「なんでだ?」<br> 「そこに意味があるとは思えないからよ」<br> 「そこに意味がなくちゃいけないのか?」<br> 「いけないわ」<br> 「そうか、残念だ」<br> 「ちょっと待ちなさい」<br> 「何だ?」<br> 「あんたにとっての意味は何? あたしにそれを求めてきたということは、少なからずあるはずよね」<br> 「一緒に居たかった、じゃ駄目か?」<br> 「平凡で面白くないし、わざわざ付き合わなくてもできることね」<br> 「友達という関係から昇華したかった」<br> 「それが必ずしも良いものである定義がわからないし、納得できない」<br> 「セックスしたかった」<br> 「それが一番の意味らしい意味ね。あたしもわかる」<br> 「じゃあ付き合おう」<br> 「嫌ね」<br> 「何でだ? さっきわかったと言ったじゃないか」<br> 「セックスしたいのはわかるけど、だからといってあたしは付き合いたいとは思わない」<br> 「セックスはしたいのか?」<br> 「そりゃ、人間だもの」<br> 「じゃあしよう」<br> 「そうね、しましょう」</p> <p> </p> <p> </p> <p> </p> <p>「付き合うなんて絵画をはめる額縁みたいなもんだろ。それがあったほうが立派に見えるってだけだ」<br> 「そうね」<br> 「そこにそれ以上の意味を見出すのは難しいんじゃないか? ないよりはあったほうがいいというだけで」<br> 「その額縁は固定概念よ。それがあってから評価されるような絵画に価値があるようには思えないわ」<br> 「…………」<br> 「他人がどう見るであれ、あたしやあんたが絵画に価値を見出せれば額縁なんてどうでもいいのよ。あた<br> しから見たら額縁は必要ないんじゃないかってだけ」<br> 「俺はできれば欲しいものだが」<br> 「どうして?」<br> 「なんとなく淋しいような気がしてな」<br> 「じゃあいいじゃない」<br> 「どうして? 淋しいのは辛いだろう」<br> 「何を言っているの。淋しさのすぐ隣には愛があるのよ。淋しさがあるからすぐ隣の愛の温みを感じられる<br> のよ。そこには額縁云々なんかより、よっぽど価値のある意味があるわ」<br> 「そういうもんかね」<br> 「そんなもんよ」</p> <p> </p> <p> </p> <p>[議論とは]</p> <p> </p> <p>「キョン、死についてとか生についてとか考えたことある?」<br> 「死? 生? 中学のときにちょっと考えてたような気がするが、いまさらそれがどうしたんだ?」<br> 「いまさら? てことは、あんたはもうそれらについては解決しちゃったの?」<br> 「ああ。俺の結論としては『そんなことより今を楽しく生きよう!』だ。いくら考えたって、答えは出ねーよ」<br> 「何言ってるのよ、もっとちゃんと考えなさい! バカキョン!」<br> 「どうしてだ? 真理や宇宙の果てと同じで、誰かがその答えを知ってるわけじゃないんだぜ? そんなこ<br> とを考えるよりは、明日をどう楽に生きるかに悩んだほうがよっぽど有益じゃないか」<br> 「答えを得るために考えるんじゃないの。考えることそのものに意味があるのよ」<br> 「考えること?」<br> 「そう。人間には議論をするという能力があるわ。それはお互いの情報を確認し間違いを補完しあうことの<br> 他に、自分を確立することにも繋がるわ」<br> 「…………」<br> 「考え方は人それぞれ、なんていう考え方はあたしにとっては陳腐すぎて吐き気すら覚えるわ。そんなこ<br> とは誰だってわかってるのよ、それを前提にして訊いてるに決まってんじゃないの」<br> 「だが、個人の尊重は大切だろう? じゃないと、(お前みたいな)我侭人間ばっかりになるじゃないか」<br> 「それこそ自己中を増殖させるためのくだらない概念だって、まだ気付かないの?」<br> 「は?」<br> 「さっきも言ったけど、議論は補完しあうことと自分の確立のためにあるの。個人の尊重だからと言って誰<br> もが誰にも干渉せず、また干渉されずに社会に出たらそれこそ常識知らずの馬鹿しか出てこないに決ま<br> ってるじゃない」<br> 「はぁ……」<br> 「いい? 常識やルールをわきまえない人間ほど煩わしいものはないの。相互の補完と情報交換によって<br> 形成されるはずのそれが欠けているということは、相当なイレギュラーになり得ることなのよ。だから議論<br> をするの。それによって新たな情報を造りだすためにね! わかった?!」<br> 「ああ、だいたい(一割ほど)わかった。で、お前はとにかく『生と死』について議論したいと?」<br> 「うん、そうだったんだけど……今日はもういいわ」<br> 「どうして?」<br> <br> 「いまのあたしの考えについて、あんたの意見を聞きたいからよ」<br> 「…………」</p> <p> </p> <p> </p> <p>[人間とは]</p> <p> </p> <p>「あたしには心臓がないわ」<br> 「俺には心臓がある」<br> 「よこしなさい」<br> 「それは出来ない」<br> 「どうして?」<br> 「これがなくちゃあ人間としていれないんだ」<br> 「あたしも人間になりたいの」<br> 「じゃあ俺の心臓を片方あげよう」<br> 「それじゃあ半分人間で半分人間じゃないじゃない」<br> 「俺もそうなるのだからいいじゃないか。俺とお前で一人の人間さ」<br> 「なるほど、そう考えれば確かにそうね。いいわ、半分よこしなさい」<br> 「ほらよ」<br> 「ありがとう。半分だけだけど、人間になれてとても嬉しいわ」<br> 「どうして人間になりたかったんだ?」<br> 「人間じゃなかったからよ」<br> 「人間になると何かいいことがあるのか?」<br> 「わからないわ。ただ、人間じゃないから人間になりたかっただけなの」<br> 「そうなのか」<br> 「あんたはどうして人間だったの?」<br> 「人間だったからだ」<br> 「人間であって何かいいことはあった?」<br> 「わからない。ただ、人間であったから人間でありつづけただけなんだ」<br> 「そうなんだ」<br> <br> 「あたし、やっぱり人間をやめるわ。心臓の片方を返すね」<br> 「どうしてやめるんだ?」<br> 「人間になってみてわかったけど、人間って熱いのね。心臓から送られる血液が身体に染み込んで、すご<br> く心が温かくなった。でも、そんな貴重なものをあんたから借りてちゃ悪いと感じたわ。だから返すの」<br> 「俺はお前と一人の人間として生きていくのは楽しかったんだがな。これからも一緒じゃ駄目かね?」<br> 「……ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、もう少し人間でいさせてもらおうかしら」</p> <p> </p> <p> </p> <p>[愛を求めるとは]</p> <p> </p> <p>「…………」<br> 「どうした長門?」<br> 「人はどうして愛を求める?」<br> 「愛? んなこといきなり言われてもなぁ……そうするようにできてるんじゃないのか、人間が」<br> 「そう」<br> <br> 「…………」<br> 「あ、長門さん。どうしたんですか?」<br> 「人はどうして愛を求める?」<br> 「愛? うーんと、えーんと……好きだからとか寂しいから、あと安心するからなんじゃないでしょうか」<br> 「そう」<br> <br> 「…………」<br> 「あら、どうしたの有希?」<br> 「人はどうして愛を求める?」<br> 「愛? それは、あたしには答えられない質問だわ」<br> 「どうして?」<br> 「いくら言葉にしても、それが確かにそうであるとあたし自身が思えないからよ」<br> 「そう」<br> 「有希は愛を求めたことがないの?」<br> 「わからない。けど、たぶんないと思う」<br> 「それなら、もう解ってるはずよ?」<br> 「……?」<br> 「解らないってことは、そうじゃないってことよ」<br> 「そう」<br> 「そうよ」</p> <p> </p> <p>「…………」<br> 「おや、長門さん。どうしましたか?」<br> 「人はどうして愛を求める?」<br> 「愛? それはそう呼び名をつけられただけのものではないでしょうか。いま長門さんがそうしているように」<br> 「?」<br> 「長門さんが僕に疑問を尋ねる。それがすなわち愛なのではないですか?」<br> 「……わからない。でも、そのほうが良い」<br> 「僕もそう思います」<br> 「古泉一樹」<br> 「はい、何でしょう」<br> 「ありがとう」<br> 「どういたしまして」</p> <p> </p> <p> </p> <p>[お題:シュール]</p> <p> </p> <p>「ちょっとすいません」<br> 「?」<br> 「わたくし、ねずみに似ている顔が特徴の配達員で伊藤と申します。失礼ですが、キョンさまでいらっしゃ<br> いますね?」<br> 「え、えぇそうですけど……(なんであだ名?)」<br> 「ああ良かった、一つあなたに御聞きしたいことがあったんです」<br> 「?」<br> 「あなたにとって、幸福とは何ですか?」<br> 「幸福?」<br> 「えぇ、幸福です」<br> 「うーん、そうですねぇ……。俺にとっては、とりあえず三大欲を満たすことですかね。睡眠欲、食欲、性欲、<br> この三つを満たせてあとは平凡よりちょっとだけ刺激のある生活を送れれば十分ですね」<br> 「ふむ、なるほど……。ちなみにですね」<br> 「?」<br> 「わたくしにとっては知ることに幸福があります。知識を深めることによって自分の世界が広がりますから<br> ね。いわば、知識欲を満たすことに快感を得ているということでしょうか」<br> 「はぁ……」<br> 「お答えありがとうございました。失礼します」<br> 「…………」</p> <p> </p> <p>「あ、すいません」<br> 「?」<br> 「俺、しまうまに似ている顔が特徴の葬儀屋で佐藤って言います。あなた、キョンさんですよね?」<br> 「え、えぇそうですけど……(なんであだ名?)」<br> 「ああ良かった、一つあなたに聞きたいことがあるんです」<br> 「?」<br> 「あなたにとって、不幸とは何です?」<br> 「不幸?」<br> 「そう、不幸」<br> 「うーん、そうですねぇ……。悲しいことがあったり、泣きたいことがあったりすると不幸だと思いますね。<br> 後は、そうだな、他の人よりも劣っていると感じたときとか」<br> 「ほぉ、なるほどね……。ちなみに」<br> 「?」<br> 「俺の不幸は、いつかは死んでしまうってことですね。せっかく思考というものを持っているのに、そこに期<br> 限があるのが不幸で溜まらないんですよ。だけど、だからこそ文明が進化したし、これほど面白い世界が<br> 今ここにあるんですけどね」<br> 「はぁ……」<br> 「答えてくれて助かりました。それじゃあ」<br> 「…………」</p> <p> </p> <p>「ちょっと、そこの若いの」<br> 「?」<br> 「わしは、はえに似ている顔が特徴の駄菓子屋で後藤という者だ。あんた、キョンさんだね?」<br> 「え、えぇそうですけど……(なんであだ名?)」<br> 「ああ良かった、一つあんたに聞きたいことがあってな」<br> 「?」<br> 「あんたにとって、人生とは何だ?」<br> 「人生?」<br> 「そうとも、人生だ」<br> 「うーん、そうですねぇ……。俺はそもそも人生に意味を求めてはいないです。意味を求めたところでそれ<br> によって何かが起こるわけじゃないし、考える気にもなりません」<br> 「何じゃそりゃ!」<br> 「え?」<br> 「お前は何もわかっとらん! 意味というのは含有されてるものではなく、与えられるものなのだ! お前<br> の今までの経験・知識・思考から与えられた意味、それをいま問うたというのに、何もないだと? つまら<br> ん! まったくもって、お前の人生はつまらん! お前はただの阿呆だ!」<br> 「なっ……!」<br> 「ふん! まったくどいつもこいつも……」スタスタ<br> 「…………」</p> <p> </p> <p>数日後<br> <br> 「なぁハルヒ」<br> 「なに? キョン」<br> 「お前にとって、幸福ってなんだ?」<br> 「……そうね、あたしにとっては知ることに幸福があるわ。知識を深めることによって自分の世界が広がる<br> からね。いわば、知識欲を満たすことに快感を得ているってとこかしら」<br> 「……じゃあ不幸は?」<br> 「あたしの不幸は、いつかは死んでしまうってことね。せっかく思考というものを持っているのに、そこに期<br> 限があるのが不幸で溜まらないわ。だけど、だからこそ文明が進化したし、これほど面白い世界が今ここ<br> にあるんだけどね」<br> 「…………人生については?」<br> 「あんた、あいつらと同じ質問してくるわね」<br> 「あいつら?」<br> 「数日前ね、ねずみに似た配達員としまうまに似た葬儀屋とはえに似た駄菓子屋にあんたと同じ質問をさ<br> れたわ」<br> 「…………」<br> 「だけど、そいつら、いい質問してくる割にはちっとも面白くない考え方しかしてないから頭にきてたのよ。<br> だから、三人目の駄菓子屋のときは先に聞いたのよ」<br> 「何を?」<br> 「同じ質問をよ。『あんたにとっての人生って何?』 そしたらあの駄菓子屋、『うーん、そうだな……。わし<br> はそもそも人生に意味を求めてはいないんだ。意味を求めたところでそれによって何かが起こるわけじゃ<br> ないし、考える気にもならんな』って言ったのよ! あんまりにも不愉快だったから、一字一句しっかり覚<br> えてるわ」</p> <p>「…………」<br> 「あたしはもう本気で頭にきちゃって、言ってやったのよ。『何よそれ! あんたは何もわかってない! 意<br> 味というのは含有されてるものではなく、与えられるものなのよ! あんたの今までの経験・知識・思考か<br> ら与えられた意味、それをいま尋ねたというのに、何もないですって? つまんない! まったくもって、あ<br> んたの人生はつまんない! あんたはただの阿呆よ!』 ってね」<br> 「…………」<br> 「駄菓子屋はそそくさと逃げていったわ。まったく、久しぶりに本気で激怒したわね。配達員と葬儀屋のも<br> 腹立つし」<br> 「?」<br> 「配達員は『わたくしとしては、とりあえず三大欲を満たすことですね』。葬儀屋は『悲しいことがあったり、<br> 泣きたいことがあったりすると不幸だと思いますね』。なんて面白くないの!」<br> 「…………」<br> 「あんまりにもつまらなすぎて、掘り下げる気にもならなかったほどだわ」<br> 「すまん」<br> 「? なんであんたが謝んのよ」<br> 「いや……あれ? そういえば、なんかおかしいような」<br> 「それより」<br> 「?」<br> <br> 「それらのあんたの考えを聞かせてちょうだい。つまらなかったら、どうなるかわかってるでしょうね」<br> 「…………」</p> <p> </p> <p>つづく</p>