<p> <br> 「本当にありがとう涼宮さん。大成功ね……!」<br> 「うん、本当に……良かった。あたしもすっごく楽しかったわ!」<br> なぜハルヒが涙目で笑っているのか、それは俺の記憶を辿ればすぐ解かることである。もちろん痛い思いをしたわけでもないし、悪いこともしたわけではない。いや、むしろそれの逆だ。<br> 「また新しい曲ができたら、涼宮さんを呼んでいいかな……?」<br> 「もっちろん! あ、今度はみくるちゃんや有希も入れちゃいましょう! 今からすっごく楽しみ!」<br> 今のハルヒには、俺から勲一等を進呈してやっていいくらいに輝いていて、ちゃんとやるべきこともやってくれた。文句なしの満点オーバー、120点であろう。<br> 俺の涙腺も危うく壊れてしまいそうなSENOZの喜び合う光景が、何億カラットのダイヤよりも眩しく見える。<br> 全てのことの始まりは、1週間前にあった……らしい。らしいというのはそこに俺は居なかったからで、その時の様子はハルヒしか知らない。俺がSENOZの存在を知ったのは、つい数時間前のことだ。<br> <br> <br> <br> <br> 『今日3時に、駅前集合ね……ぜ、絶対来てよ?』<br> いつもより8割ほど控えめなハルヒの電話は、俺を何か不可解な気持ちにさせた。<br> 「3時からって……何をするんだ?」<br> 『来たら解かるわよ! えっと、じゃ、遅れたら死刑だからね! おーばぁ!』<br> <br> プツッ。ツー……ツー……<br> <br> 来たら解かるって言われても、3時までの数時間、俺はずっと何が起こるんだと悩まされ続けちまうだろうが。どうもお前からの誘いの電話は何かと嫌なことが起きる気がする。ロリコン呼ばわりされる気にもなってみろ。<br> しかし、さっきのハルヒの声色には少しテンパったようなものが含まれていたように思える。あいつが緊張なんて地球がひっくり返ってぱっくり割れちまわない限りないと思っていたんだが、それとも俺のただの杞憂だろうか。<br> 俺はなんとも言えぬ心境のままで、時計の時針が2と3の間の位置を指すまでの時間を待ち堪えていた。<br> <br> <br> 「遅い! 死刑! 今すぐ死んできなさい!」<br> 「……どんな裁判所でもせめて死刑の時までの時間の猶予を与えてくれるだろ。今すぐ死ねと言われても俺にそんな術はないぜ。」<br> 「ふん、ま、今日は許してあげる。早く行くわよ!」<br> そう行ってハルヒは駅のホームへ早歩きで向かっていった。なんだ、今日は遠出か?<br> 「ここから2駅離れたライブハウスへ行くようです。どうやらね。」<br> 「ライブハウス?」<br> 「あなたが来る前に、少し涼宮さんからお話を伺ったのですよ。……ふふ、詳しくは涼宮さんから聞いたほうがいいでしょうね。」<br> <br> 朝の控えめ感はどこへやら、それとなく上機嫌なまま電車に乗り込んだハルヒに、俺は訊いてみることにした。<br> 「今日はライブハウスに行くんだって? 気に入ったバンドでも見つかったのか?」<br> ハルヒはいかにも「よくぞ訊いてくれました!」と言いたげな顔で振り向いて、自慢するように話し始めた。<br> 「実は、今日の6時からあたしたちSENOZのライブがあるのよっ!」<br> 「……なんだって?」<br> 「あたしたちのライブがあるの!」<br> 「すまんがハルヒ、ちゃんと道筋を立てて話してくれないか?」<br> 「……しかたないわね。つい1週間前に榎本さんから連絡が来たんだけどね。」<br> <br> ハルヒの話を要約すると、つまりこういう経緯があったらしい。<br> 1週間前、ハルヒの携帯に榎本美夕紀さんから連絡があったそうだ。ああ、榎本美夕紀さんというのは俺がまだ高1だった懐かりし日々の学園祭の日、ハルヒと長門が飛び入りしたENOZのグループの一員である。<br> 電話の内容は『財前さん――この人もENOZの一人である――の誕生日が近いから、彼女のためにライブを開きたいということで今度することになった。その為の新曲ができたんだけど、涼宮さんも加わればすごく良くなるんじゃないかと思って、だからまたENOZに入ってくれないか』という要望であった。<br> もちろんハルヒは断る理由がないため――こいつなら理由があってもやりだしそうだが――、即OKを出して早速練習に加わった。<br> ちなみにライブハウスはみんなで金を出し合って借りたらしい。友を想う気持ちは素晴らしいな、まったく。<br> と、ここで俺の脳からぽつりと疑問が湧き出た。<br> 「さっきSENOZって言ってたよな? なんでSENOZなんだ?」<br> 「ENOZってのはもともとみんなの苗字の頭文字を取ってENOZになったの。それは知ってるでしょ?」<br> そうなのか。<br> 「で、あたしの『S』が加わってSENOZ! どう、いい名前でしょ?」<br> 別に悪くはないと思うが、良いとも言えないぜ。<br> 「素晴らしいグループ名じゃないですか。僕はそのライブに、かなり期待してますよ。」<br> このグループ名のどこにお前がそそられる部分があったのかは謎だが、俺だって期待はしてる。なんたって前みたいに病欠が居ない、全員揃ったENOZにハルヒが加わって、しかも1週間練習してきたという。これを期待しないで何を期待すればいいんだろうね?<br> 「4時にリハがあるから、それを楽しみに待っておくことね!」<br> <br> <br> 電車を降りて、十数分歩いたところにライブハウスと思わしき建物を発見した。すったかと歩いていくハルヒを追って入口まで来ると、ENOZのメンバー4人が俺らを迎え入れてくれた。<br> 「こんにちは涼宮さん! それに皆さんも。」<br> 榎本さんが深々とお辞儀をして、ワンテンポ遅れて他の3人も頭を下げる。反射的に、俺と古泉と朝比奈さんは同じくらいに頭を下げる。長門は何もしていないようだったが、ハルヒに至っては胸を張ってふんぞり返っていた。お前はどこのお偉いさんだよ。<br> 「ご誕生日、おめでとうございます、財前さん。」<br> これは僕のセリフでしょう? とでも後につけて言いそうな口調で古泉が柔和な笑顔を投げかけながら言う。<br> 「あ、ありがとうございます。今日もわたしの為にこんな……」<br> 財前さんは首をぐるりと回して建物内を改めて見回したあと、まるで有名な画家が書いた作品を見た評論家の感嘆の溜息のように「ほおー」と言葉を漏らした。<br> 「さっ、早く準備しちゃいましょ! 本番が楽しみでたまんないわ!」<br> 朝の震えがちな声はもしかして武者震いだったのかもしれない。そう思わされるほど、今のハルヒは自信に満ちている。<br> <br> <br> 取り残された俺ら4人はリハーサルまでの時間を適当に潰してその時を待っていた。<br> 「ENOZのみなさんに大変感謝しなければなりませんね。」<br> 古泉が前にも1度聞いたようなセリフを俺の隣に座りながら言った。<br> 「ハルヒのやつ、超上機嫌だしな。」<br> 「ええ、今までにそうそうない嬉しい出来事ですよ、これは。もちろん曲が楽しみなこともあります。」<br> 「言わなくても解かるさ。あの灰色空間に関してでも良いことなんだろ。聞き飽きたぜ。」<br> 古泉はふふっと何かを悟るように微笑して、<br> 「あなたとしてはどうですか? 自分の愛すべき女性の舞台を見るというのは、どういった心境なんですか?」<br> 「なっ……」<br> 愛すべきってなんだよ! 別に俺はハルヒのことなんか……そ、そこのところ勘違いするなよ!<br> 「そうですね。そういうことにしておきましょう。」<br> 何か1本取られた気分だ。気に障る。そうだ、俺も言い返してやる言葉があった。<br> 「お前はどうなんだ? お前だって長門が居るだろ。」<br> 「…………」<br> ん? ど、どうしたんだよ、急に黙り込んで。まさか、何かあったのか?<br> 「い、いえ……別に……」<br> 古泉は傷を癒すように腕をさすりながら立ち上がる。<br> 「さて、そろそろ時間です。行きましょう。」<br> <br> <br> なかなか広い会場。派手に主役たちを照らす多色のライト、そしてしゃんと佇むSENOZの5人。<br> SENOZがライブハウスで行う初リハーサルが始まろうとしていた。<br> 「それじゃ、早速だけどきいてください! 新曲の『パラレルDays』!」<br> ※曲があったら臨場感が出てより楽しんでいただけるのではと考えたので、つべですが、一応貼っておきます。<br> ttp://www.youtube.com/watch?v=QMIrvt0OOq4&feature=related<br> <br> <br> 見える筈ない 安全すぎる人には<br> あたしにならきっとわかる<br> 驚いたりしない<br> 誰でもいいわ 一緒に行けるひとなら<br> 他のコトは放っておきなさい<br> <br> レベル低いのいや<br> もっとココロ回して!<br> ほかの心配なんかは<br> まるで関係ないほど強いあたしだもん<br> <br> おいで忘れちゃダメ 忘れちゃダメ<br> 未来はパラレル<br> ど一んとやってみなけりゃ<br> 正しい? いけない? わからない!<br> 最初だけよ最初だけよ<br> 慣れたらカラフル そっと楽しんでる<br> なにもかも輝くのよ<br> <br> <br> ウソならウソで 全然聞かないものよ<br> だから無駄なおしゃべりなら<br> 付き合いはしない<br> 人間じゃない!? うんざりするわね"陳腐っ"<br> 口説き文句飽き飽きしてるの<br> <br> モラルの基準なんて<br> その場で変えるだけよ!<br> ちゃんと目的あるのよ<br> 遠い空間の果てが好きなあたしだもん<br> <br> 夢に遅れちゃダメ 遅れちゃダメ<br> 落ちたらパラソル<br> ぱ一っと開いたりね<br> 東? 南? 知らないわ!<br> 着陸して着陸して<br> まさかのモノリス なんて妄想だけど<br> みんなたまに喜んでるね<br> <br> <br> 「な、なんだこりゃ……」<br> かっこいいじゃねえか、SENOZ……!<br> 3人の伴奏にぴったりと合った、ハルヒが加わったダブルボーカル。テンポが早くて、ハルヒの声が活きている。なんだかハルヒがメインボーカルのようで少し気にかかるが、ENOZの4人も満足そうだからこれでいいのだろう。<br> 右隣に目をやると、古泉がまたもや膝を手で叩いてリズムを取っていた。左隣に切り替えると朝比奈さんが食い入るようにSENOZを見ている。それは長門も同様であった。<br> <br> <br> おいで忘れちゃダメ 忘れちゃダメ<br> 未来はパラレル<br> ど一んとやってみなけりゃ<br> 正しい? いけない? わからない!<br> 遅れちゃダメ 遅れちゃダメ<br> 今さえパラレル なんて想像だけど<br> なにもかも輝くのよ<br> <br> <br> パチパチパチパチ!<br> <br> 古泉が率先して拍手役を買って出た。俺と朝比奈さんもすぐさま拍手。こりゃすげえな。<br> 「ありがとう! それじゃ、次は2曲続けていくわよ! 『God knows...』に『Lost my music』!」<br> <br> <br> <br> かくして、第1回本番前のSENOZ初リハーサルが終わった。ハルヒはそうとう熱唱したらしく汗だくで、まあそれ相応の歌声を披露してくれたから当然と言えるか。<br> ギターを持って寄って来たハルヒが、まるでこれからお年玉を貰う小学生のような表情で俺に言う。<br> 「ねっ、どうだった!?」<br> 「大した奴だな、お前は。」<br> 「あったり前よ! こんなん朝飯前!」<br> それに、歌ってる時のお前の顔が最高に綺麗だった……ってことは、俺の胸の内に秘めておくことにしよう。そんなこと言った日には、ハルヒと目が合わせられなくなりそうだからな。<br> 「なによ、ジロジロ見て!」<br> 「い、いや別に。とにかくまあ、お疲れさん。」<br> 「まだ本番があるでしょ!」<br> おっとそうだった。これはあくまでリハーサルだったっけ。<br> 「んじゃ、本番も頑張ってくれよ。」<br> ハルヒは、ふん、と誇らしそうに鼻で笑ったあと、満面の笑顔で言い放った。<br> 「もちろん!」<br> <br> <br> <br> すっかり席が埋まったライブハウスの中で、耳を突き刺すような歓声が沸き上がる。本番直前、マジで歌う5秒前。<br> 「舞の為にも、SENOZの初舞台成功させよう! SENOZ、ふぁいっ!」<br> 「「「「おーっ!」」」」<br> 「行くよ、みんな!」<br> 今、SENOZの初ライブがスタートする。<br> <br> <br> SENOZ LIVE part "Z" end<br> <br> <br> <br> ……これは、中山さらさんの誕生日に掲載させていただいたSSです。</p> <p>他の誕生日作品は<a title="Birthday in the world of Haruhi (20m)" href= "http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3613.html"><font color= "#333333">こちら</font></a>でどうぞ。</p> <p> <br> </p>