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キョン、ハルヒ、そして二人のバレンタイン - (2008/02/09 (土) 01:10:04) のソース

<p>【キョンのバレンタイン】<br>
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通い慣れた北校への長い坂道が、久々に陰鬱だと感じられる冬の日。</p>
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「よっキョン!朝から天気が良くて今日は気持ちが良いな!」</p>
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今日は早く帰ってコタツでシャミセンと足をじゃれ合わそうと思いながら登校している俺に、<br>
これから何か良い事ありそうだと言わんばかりの谷口が合流してきた。</p>
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「俺な、さっき茶色い猫見たんだ!縁起が良いだろ!今回の俺は少し違うぜ!」</p>
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毎日同じ場所で惰眠を貪っている只の野良猫を見て、谷口が縁起が良いと言っているのには訳がある。<br>
そして、俺が今日は早く帰りたい理由もそれと同等だ。</p>
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言わずもがな、つまり本日はバレンタインデーなのである。</p>
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「…良いかどうかは知らんが、体育も無いのに体操着袋をぶら下げてどうする」</p>
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「愚問だなキョン!去年までの俺の分のチョコが、今年一気に流れ込んでくるからだ!」</p>
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谷口は今までチョコを貰った事が無さそうだな。<br>
なにを根拠に自信を持ってそう言い切っているのか分からんが、<br>
谷口、お前のそのダムには水漏れだのといった決壊の予兆が皆無だぞ。</p>
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「正直な話…水漏れ程度でも良いんだ。乾いた俺の心を潤すのにはな。<br>
 それに今年一つでも貰えたら、来年雪崩れ込んでくる可能性があるってもんだ!」</p>
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この笑顔のパーセンテージは、真昼から日没にかけての太陽に比例して下降していく事だろう。<br>
まあ谷口、帰ってから体操着袋を覗きこめば、一縷の水が観測出来ると思うぞ。涙だけど。</p>
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…かくいう俺も、小学校高学年を境に恵みの雨はぱったりと止んでしまい、同じく渇水状態なのだが。<br>
だから毎年、この日は水不足を補う為にとコタツで蜜柑を堪能する事にしている。</p>
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「まぁお前は良いよな。今年は。涼宮から一つ確定してるんだから」</p>
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「…んなわけ無いだろ。なんでそうなる」</p>
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…この透き通った冬空に驟雨が降る事の方が、よっぽど確率としては高いと思うぞ。</p>
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だがしかし、今年は一つだけなら貰えそうな当てがある。<br>
そして、たとえ他にどれだけの数を頂こうとも…その一つの物の価値には決して届き得ないだろう。<br>
俺の自惚れかも知れないが、朝比奈さんなら恵んでくれる確率がグッと高い。</p>
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「じゃあ後は教室でな!俺は第一ステージを確認してくる事にするぜ!」</p>
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谷口はそう言い残し、北高の昇降口へ嬉嬉として駆けて行った。</p>
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「…お前の下駄箱がポストになってるとは思えんがな」</p>
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不覚にも俺も少し谷口と同じ様な期待を抱いてしまい、予鈴の後は自分を情けなく思いながらの授業となった。</p>
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…そしてそれは、午前中の日課を終えるチャイムが鳴り響き、<br>
各自が妙な緊張感の中での昼食タイムを余儀なくされた時に起こった。</p>
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「キョン!…はいこれっ!いつもありがとっ!」</p>
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おっと待てよ、…しばらく待ってくれ。色々とおかしい。<br>
ハルヒが俺に可愛らしいリボンの付いたピンク色の四角い箱を差し出しているし、<br>
しかも、素直な子供が母の日にカーネイションを送るような言葉を言い放っている。…なんだ?</p>
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まず、目の前に立っているのはハルヒか?<br>
静かにしている所を見ると、端麗な顔立ちをしているな。</p>
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…というか、誰が見てもハルヒだ。</p>
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じゃあ、そのハルヒが差し出している…<br>
中には手作りチョコが入ってます的な装飾が加えられているこの箱は何だ?</p>
<p>…ああ、わかった。</p>
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「………毒…か?」</p>
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箱を受け取った俺が内容物に対しての明快な答えを言い放つと、<br>
目前のハルヒは一瞬ハッとした表情を浮かべてふるふると体を小刻みに震わせながら、<br>
目には涙…を…?</p>
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「―――――、かえせっ!!」</p>
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俺が応じる間もなくバンッと手元から箱をひったくったハルヒは、<br>
顔を伏せるようにして教室のドアへと駆け出し、そのまま外へと飛び出していった。</p>
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「おいおい、何もこんな日に痴話喧嘩なんてやる必要は無いんじゃねぇか?」<br>
「…でも意外だね。キョンと涼宮さんが喧嘩してる所って、初めて見た気がするよ」</p>
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事態が飲み込めず呆然としている俺に、谷口と国木田が順繰りに話しかけてきた。</p>
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「…用が無いなら、どっか違う奴の所にさっさと行け」</p>
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「おわっ!?…俺に当たるなよっ!」<br>
「実は用があってね。キョンの事、あの元気な先輩が呼んでたよ」</p>
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「…ああ、すまない」</p>
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鶴屋さんだろうか?俺は国木田から聞いた場所へと向かった。</p>
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「ややっ!キョンくんっ!ほいっこれ義理チョコ!あげるにょろっ!」</p>
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「…!わざわざ済みません、ありがとう御座います」</p>
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「なんのなんのっ!お返しはいらないよっ!」</p>
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そんな訳にはいかないな、と俺が思っていた時、</p>
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「ところでさっ…ハルにゃんからはもう貰ったかいっ?」</p>
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「なにを、ですか?」</p>
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「またまたキョンくんっ!義理か本命かってかいっ?にくいねっ!」</p>
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「…いえ、まだ何も貰ってはない…ですね」</p>
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「…?、はっはあ!もしかしてハルにゃん、照れてるっのかなぁ!?<br>
 まっ頑張って作ってたみたいだから楽しみにしとくにょろ♪」</p>
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じゃあ他の人にも配るから、と言って鶴屋さんは元気良く走り去って行った。</p>
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「…ハルヒ?」</p>
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不意に、俺の胸が縮んでいくかの様に痛み出す。</p>
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「…俺、そんなひどい事言ったか?」</p>
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とりあえず教室に戻ってハルヒと話してみよう。それからだ。<br>
…と思っていたが、俺が教室に着いてもハルヒの姿は無く、<br>
そして結局ハルヒは授業にも顔を見す事無く放課後を向かえ、<br>
生徒はそれぞれ部活動の時間となった。</p>
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さすがに此処には居るだろうと思いながら元・文芸部室の扉を開くと、<br>
そこあったのは、長門と朝比奈さんの姿だけだった。</p>
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「あ、キョンくん!…これっ」</p>
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もじもじしながら朝比奈さんが俺にくれたのは、<br>
フリルの付いた赤くて小さいハート型の箱だった。</p>
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「あのっ手作りにも挑戦してみたんだけど…わたし、不器用だから…」</p>
<p>朝比奈さんからチョコ大爆発の話を聞いて、俺はこのチョコが既製品であるとの説明を受けた。<br>
…いえいえ、既にこのチョコの付加価値はとても値段には換算できませんよ。<br>
朝比奈さんからのチョコってだけで、世界中の男共からニーズがあるんですから。</p>
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もし朝比奈さんからチョコを貰えなかったら俺は寝るときに枕に顔を突っ伏していたであろうから、<br>
いま無事にチョコを頂いた事で、俺は多少の安心を感じていた。</p>
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横に目をやると、長門も何やらもじもじとしている。</p>
<p>俺と目線がぶつかるとトコトコと近寄ってきて、<br>
フイッと目線を逸らしながら俺に手作りハート型チョコを生身で差し出した。</p>
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「…………大好き」</p>
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やれやれ、なんてこったい。…長門は俺に恋心を寄せていたのか。</p>
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…なんて事は思わなかったさ。<br>
この間のSOS団の活動中、朝比奈さんが読んでいたティーン誌のバレンタイン特集を<br>
長門も読んでいたのを知っていたからだ。それで俺も気になって読んでみたんだが、<br>
まさしく先程の長門の行動通り、チョコの渡し方なんていうコーナーがあったからな。</p>
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「…長門、ああいう本は偏った情報もあるから真に受けちゃいかん。<br>
 それに無表情で作業的にやっちゃあ台無しだ。」</p>
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「……うかつ」</p>
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「でも、ありがたく頂くよ。すまないな」</p>
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「…あなたには感謝している」</p>
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あ。あと一つ。チョコの表面にでかでかと<br>
『義理』なんて書かなくても、これが義理チョコだってのは分かるから…</p>
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「……てぃへっ♪」</p>
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長門はもう雑誌読んじゃいけません。</p>
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ハルヒはもう来るのかどうか怪しいが、まだ古泉も来ていないので暫く待っていようと<br>
部室の中3人で思い思いに普段通りの活動に入る事にした。</p>
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パタン、っと長門のハードカバーの洋書が閉じられる。</p>
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「けっきょく涼宮さんも古泉くんも来ませんでしたね…」</p>
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「…ええ。ハルヒは学校をフケたみたいなんですけど、<br>
 古泉はどうしたんでしょうね」</p>
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「……」</p>
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その後俺は一人で部室を後にし、そして下駄箱で二度目の不覚を取っていた時<br>
古泉が走ってこちらにやってきて、俺にはかまわず周囲をキョロキョロし始めた。</p>
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「…どうしたんだ?部室にも顔を見せないで」</p>
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「いえ、団活に行けなかったのはいつものバイトですよ。<br>
 午後の授業を受けている時に急に連絡が入って、そして今までね」</p>
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「…挙動不審なのは何か理由があるのか?」</p>
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「…ええ、まあ。<br>
 ですが、もういいみたいです。良かったら一緒に帰りませんか?」</p>
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渋々と古泉の提案を快諾して、男二人で歩を並べて帰路に着くこととなった。</p>
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「…どうでしたか?あなたの成果は」</p>
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バレンタインの日に男二人の話の中でこの質問を受ければ、答えは決まってる。</p>
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「…3つ。…か」</p>
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「ほう、僕も同じ…</p>
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「お前のは聞かんでい…って、お前も3つなのか?」</p>
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という発言の後で、素で驚いてしまった自分に後悔した。古泉は笑って、</p>
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「ええ、朝の下駄箱に一つ、机に一つ、ロッカーに掛かっていた一つ…でね」</p>
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「へえ。皆えらく消極的だな。一人くらい直に渡そうとしてきた奴はいなかったのか?」</p>
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「それが…放課後に昇降口内で待っているから来てくれというお話があったのですが、<br>
 なにせ、午後の授業からさっきまで閉鎖空間の中でしたから」</p>
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「下駄箱でなにやら探していたのはそれか」</p>
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「ええ…彼女には、申し訳ない事をしてしまいました」</p>
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「…それは俺にも責任があるな」</p>
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「…責任、とは?」</p>
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俺は、昼休みのハルヒとの出来事を古泉に説明した。</p>
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「…なるほど。そうですか…」</p>
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うーん、っと古泉はなにやら思案顔を作っている。</p>
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「…まあ、あなたなら仕方の無い事でしょうね…ですが、もう少しだけ…<br>
 涼宮さんの気持ちに対して、あなたは敏感になるべきです」</p>
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「…確かに俺の言葉に配慮が足りなかったのかも知れないが、<br>
 別に…いつもハルヒと話す時の調子と変わらなかったと思うぞ?」</p>
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「だからこそですよ」</p>
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と古泉は俺を真剣な眼差しで見つめ、続けて</p>
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「涼宮さんはその時、あなたに対して…心を開いていたのです。<br>
 中学の頃から閉ざしていた扉をね。<br>
 なので、剥き出しの心で…あなたの何気ないその発言を受けてしまった。<br>
 涼宮さんが素直になっている時は、あなたも素直になるべきなのです」</p>
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その言葉を聞いて、俺の心の中で後悔が渦を撒いてあたりを散らかした。</p>
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俺は…気付いてやるべきだったんだ。いや、気付かなければならなかった。</p>
<p>ハルヒが柄にも無くそんな事をするのは、きっと相当不安があった事だろう。<br>
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俺はそんなハルヒを傷つけちまった。ハルヒは、それを怖がっていたのだろうに。</p>
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「…そうだな。俺が悪かった」</p>
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「…ふふっ。それを言う相手を、あなたは既に知っている筈です」</p>
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ああ、…まさしくその通りだ。</p>
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「…そうだな。電話で公園にでも呼び出してみるさ」</p>
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次回、ハルヒのバレンタインへ続く。</p>