<div class="mes"> 今日も平凡な一日。そう思っていたんだけどな、今朝目を覚ますまでは。<br /> 事の始まりは多分あの日だ。今を遡る事約一週間。その日もやはり平凡で何やらハルヒもおとなしくそれはそれで平和ではあったものの、日常とはちょっとズレた日のことだった。<br /> 平和で平凡なその日だったが、実のところ平和ではあったが平凡ではなかったのかも知れない。なぜならすっかり懸案事項と言う名が定着しつつある可愛いらしいレターセットが俺の下駄箱に混入されていたからである。<br /> そしてここもすっかり定着してしまった男子トイレ個室。ここ以外では何だか読むのがおっくうになる。頭のイカれた神様がどこで見てるか分からんからな。しかしここも安全ではないのかも知れないと時々不安になる。あいつはこの程度物ともしない気がする。<br /> そんな事を考えつつも、俺の少々足りない頭では他に良い場所など思いつかず毎度ここに足を運ぶことになるのだが、しかし自分で足りないなんて言うのはどうなんだよ。<br /> 肝心の手紙の内容はこうだ、<br /> 「必要になるまで取っておいて」<br /> ハートまで添付されたとあっちゃあ断る理由なんぞ長門の親玉でさえ導き出せないだろうが、しかしこれは何ですか朝比奈さん(大)。<br /> 今のメッセージが一枚目。二枚目には呪詛のごとき文字がビッシリ羅列されている。<br /> 手紙があった時点でこの先良くないことが起こるであろう事を想像するのは容易だ。その為のヒントであるのも大変ありがたいし、実際何度もそれによって救われている。しかしもっと分かりやすくはして貰えないんですかね。<br /> どこからか『禁則事項です』と聞こえた気もしたが間違い無く幻聴であり、これから起こる事件の前ぶれでもあった。 <br /><br /><div class="mes"> そして今日。最新の懸案事項を受け取ってから一週間が過ぎた今日。ついに必要になる時がやって来たらしい。<br /> それは突然やってきた。最初に異変に気づいたのは朝、妹に起こされた時だ。いや正確に言えば起こしに来たのは妹ではなかったのだが。<br /> 「あーさーだーよー。おーきろー!」<br /> いつも通りの声が響き夢心地から否応なしに引きずり出され、今日も一日が始まる。<br /> 「シャミもおはよー!」<br /> ああ分かった。連れてって良いから俺の上に乗るな。<br /> 妹は新曲『シャミと朝ごはんを』ひっさげ部屋を出て行った。<br /> 俺の日課と言えばまずは寝起きの状態でのわずかな間、このカタルシスを楽しむ事であるのだが、今日はそんな気分にはなれなかった。<br /> それは今まで非日常に晒され続けた俺の体が発した警告だったのかも知れない。 <br /><br /><div class="mes"> 朝起きたらまず何をする?俺は歯を磨く。妹と並んでな。<br /> ギリギリまで寝ていたい俺に朝食を流し込む時間などあるはずもない。<br /> 毎日古代エジプトの強制労働さながらの急勾配を、切り出した石材の様な足を引きずりながら上るのは、毎朝朝食エネルギーがエンプティーを指している俺には正直きつかったが、遅刻もゴメンだし睡眠時間が削られるのはもっとゴメンだ。<br /> よってやはり朝食は抜くしかなく、食べたいんだったらもっと早く寝れば良いとも思うのだが、健全な高校生に無茶を言うなとも思う。<br /> 現在ピラミッド造りは強制労働ではなく公共事業だったと言う説が有力なのは、この際無視だ。紀元前の遠い国の話なんて俺には知ったこっちゃ無い。<br /> しかし今日は例のカタルシスは訪れずいつもより若干早起きな俺は、今優雅に朝食なんぞ食っている。<br /> 慣れない事をして体は戸惑っているのか、何やら歩きづらい。しかも何だか家が若干大きく見える。戸惑っているのは頭の方かもな。<br /> 朝に飯を食うのなんて久しぶりだ。何だか見た感じ量が少ない様な気がしたが、ちゃんとした満腹感を得られたので気のせいだったのだろう。<br /> そしてやっと歯を磨く。いつもと違う気分で鏡の前に立つと、何だか違う人間になった様な気分にさえなる。鏡に映る自分の姿もまるで別人のようだ。ここで気づいた。<br /> そこに写っていたのはまさしく別人だった。髪形も違うし、身長も違う。顔つきだってまるで違う。そして何より、性別が違った。 <br /><br /><div class="mes"> 鏡の中の俺は女だった。女になった俺が驚いた表情を作っていた。散々非常識爆弾の直撃を受けてきた俺の精神だったが、核兵器に耐えうるほどのシェルターはまだ建設途中だ。よって俺のメンタル面は大打撃を受けまともな思考が働かなくなっていた。<br /> でなければ俺は洗面所に歯を磨きにやってきた妹、もとい弟にこんな質問をする事は無かったはずだ。<br /> 「おい、俺は誰だ?」<br /> 「んー?なーにーキョンくん?」<br /> ダメだ話にならん。どうする?いや、原因は分かっている。こんな事を出来るのは、そしてこんな事をしようと思うのはあいつしか居ない。くそ、声まで女ってのは何か気持ち悪いな。<br /> なんにせよ話をせにゃならん。ハルヒとじゃなく、他団員三人とな。じゃあまずは学校か。学校に行かねば。俺は意外とと冷静だった。<br /> 俺は歯も磨かず2階へ駆け上がりクローゼットの戸を開けた。なにやらひどい音を立てたがこの際だ、気にしない。と言うか気にしている所の話ではない。気に出来ない。<br /> クローゼットの中に見慣れた制服は無かった。馬鹿げてる。そこには見慣れてはいるものの、このクローゼットの中で見るのは初めてな、制服には違いない服がいつもはブレザーが掛かっているハンガーにぶら下がっていた。 <br /><br /><div class="mes"> どうやって着たら良いかも分からん服にどうにか袖を通し、ニーソなんかも履いてカーディガンを羽織り、何やら下半身がスースーするものの自転車にまたがりいつもの通学路を飛ばす。<br /> 朝比奈さんほどの長さの髪は当然ポニテ。ヘアゴムなんか使ったこと無いからうまく行ったかどうかは甚だ疑問ではあるがな。<br /> 途中何人か追い抜いたが見覚えの無い顔ばかり。俺の不安は膨れ上がった。愛車をいつもの駐輪所にとめて歩き出す間も不安は膨らみ続けた。<br /> 通常数十人で運ぶ石材を一人で引きずっている様な気分を味わいつつ坂を上る間も膨らみ続け、それが頂点に達したとき、<br /> 「おっはよー!キョン!」<br /> 腰が抜けた。いやマジで。悲鳴のような声を上げてその場に座り込んでしまった。これではまるで本物の女ではないか。<br /> 「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」<br /> 俺の肩を叩き、腰まで抜かせやがったその女が上から覗き込む。<br /> 「もー、どうしたってのよ?立てる?」<br /> 「……誰だ?」<br /> 「…ホントにどうしたのよ?何か変よ?」<br /> いや、だから誰だ。そんなに威勢よく俺の肩を叩くのはハルヒか谷口ぐらいなもん………。<br /> 「…………谷口?」<br /> 「何よ?」<br /> 何が冷静なものか。妹が弟に成り果てていたのだから、このことも予見できたのではないのか。<br /> つまりこう言う事か。全員の性別が入れ替わったと。そう言う事なんだな? <br /><br /><div class="mes">「ねーキョン、遅刻するわよ?」<br /> 分かってるよ。俺もなんとしても学校に行かねばならない。<br /> 「あれ……?」<br /> 立てない……。 <br /> 「どしたの?」<br /> 「いや……」<br /> 何と言うことだ。まさか立つことも出来んとは。周りの視線が痛い。そりゃ道端で座り込んでるヤツがいりゃ俺だって見るさ。<br /> 「ほらよ」<br /> 目の前には背中があった。ブレザ-の深めの緑で視界が一杯になった。<br /> 「乗れよ」<br /> 「あ、ありがと……」<br /> この年で誰かに負ぶさろうなど何やら恥ずかしいがそんな事よりも何よりも、俺は学校に行かなくてはならないのだ。 <br /> どこの誰か知らないが世話になるとしよう。いや、親切な奴も居るもんだ。<br /> 「まったく、あんなとこで腰を抜かすなんて、団員にあるまじき軟弱さだな!鍛えなおす必要があるな、こりゃ」<br /> 俺を背負っている男は校門まで後20m程の所まで歩いた所でそう言った。<br /> 聞き覚えのある様な台詞を言い放ったその男は校門まで行った所で俺を降ろした。<br /> 「立てるか?」<br /> 「あ、うん…ありがとう…」<br /> 「別にお前の為じゃないからな。あんなとこに座られちゃ迷惑だと思っただけだ」<br /> 「あ、そう…」<br /> 果てしなくある人物を髣髴とさせるその男は去り際に、<br /> 「今日は大事なミーティングの日だから、遅れるんじゃねーぞ!」<br /> と捨て台詞じみたことを言い残して走って行った。<br /> 俺は今日一日真後ろにあの男が居るような気がしてならなかった。</div> </div> </div> </div> </div> </div>