<p>ドクン、</p> <p> </p> <p><br /> ドクン、</p> <p> </p> <p>ドクン、</p> <p> </p> <p>ドクン。</p> <p> </p> <p> </p> <p>心臓の音が一段と大きくなったのがわかった。</p> <p> </p> <p> </p> <p>朝。<br /> 妹のフライングボディープレスで夢の世界から文字通り無理矢理たたき起こされた。<br /> 「キョンくん、起きてー」<br /> 順番が違うだろと突っ込んだ記憶がある。<br /> 朝ごはんはちゃんと食べたし、歯も磨いた。制服に着替えて、いつもと同じ時間に家を出た。<br /> 普通の一日の始まり、昨日と同じような内容の朝。<br /> うんざりさせられるハイキングコースの途中で谷口と国木田と一緒になり、その後谷口のバカの話(ほとんどナンパの話だった)に付き合わされて。<br /> その後、国木田に彼女ができたらしいという話を聞いて、むちゃくちゃ驚いて。え? 鶴屋さん?<br /> 道行く女の子に声をかけては振られる谷口を置き去りにして教室へ向かった。<br /> 岡部の話は覚えていないが、ハンドボールの中東の笛がどうのこうのと話していた気がする。未だに根に持っている様だ。ハンドボール部顧問だしな。<br /> で、午前中はそんな感じで。<br /> 昼飯を食って。<br /> 昼飯の内容は……、お袋の目玉焼き弁当で、シャケの塩焼きで。<br /> 午後の古文の授業はまるで睡眠を誘う呪文の様に聴こえて。<br /> 月曜日なのに火曜日の時間割を持ってきた俺は、古泉に数学Aの教科書を借りて。長門に生物の教科書を借りて。<br /> ハルヒはハルヒで、特段変わった点もなく、という話もおかしいのだが、普通のハルヒだった。何が普通なのかは、それぞれの意見を尊重する事にしよう。<br /> 強いて言うならば、古泉が閉鎖空間へ向かうような状況にならなければ、未来的にヤバイ事も起きない様子で。<br /> 放課後のSOS団の活動も至って平和的に終わって、下校の時は夕陽が綺麗で。<br /> 袖を引っ張られて、長門に誘われて……。</p> <p> </p> <p> </p> <p>そうだ、長門だ。<br /> さっき長門は俺に何と言った?<br /> 記憶が正しければ付き合ってくれみたいな事を言ってなかったか?<br /> ホワイ? なぜ?<br /> もう、俺の頭の中は軽くパニック状態だった。</p> <p> </p> <p>とにかくそんな頭を落ち着かせようと、今まであった事を整理する。<br /> 今朝は普通に登校して……、って。それはさっきやっただろ!<br /> 落ち着け、落ち着くんだ俺。<br /> webにつづく! って、続かねえよ!<br /> そうさ、これはジョークだ。長門流のジョークってやつさ、いつかの孤島の時もそうだっだろ?</p> <p> </p> <p>「え、あ。な、長門。な、何だって? すまん、もう一度言ってくれないか?」<br /> 混乱した頭から発信された言葉は、なんとか俺の口から搾り出されて、どうにかこうにか無事に長門の耳へと届いたらしい。<br /> 俺の言葉を咀嚼するように、長門は定規で計らないとわからない程首を傾けた。いや、この場合、分度器か。どうしたんだ俺、しっかりしろ。<br /> 長門検定一級とか言っていた自分を殴ってやりたい、それは一体どういうポーズですか長門さん! 声を大にして叫びたい衝動にかられた。いや、実際そんな事できやしないのだが。<br /> 長門は、抑揚の無い声で、やはりもう一度同じ言葉を呟いた。</p> <p> </p> <p> </p> <p>「付き合ってほしい」</p> <p> </p> <p> </p> <p>それが、俺への長門の頼み。<br /> なのだろうか。<br /> 確かに英語にすれば<br /> 「I want……」<br /> であるからして、それは間違いなく頼みなのだろう。</p> <p> </p> <p> </p> <p>頭の中を同じ言葉がグルグルと回る。<br /> ああ、もうだめです。<br /> 何ですかコレ、何なんですかコレ。<br /> 魔法の呪文ですかコレ。俺のマジックポイントをゼロにする呪文ですかコレ。<br /> なんだか俺がどんどんダメなヤツになっていってる気がする。<br /> 自分が考えていることの意味がわからない。<br /> いや、意味など既に無いのかもしれないが。</p> <p> </p> <p><br /> 五分だろうか、いや、十分だろうか。それとも一時間だろうか。<br /> 実際にはおよそ三十秒くらいの間にそんな事を考えていた。<br /> 自慢じゃないが、俺は生まれてから付き合った事なんか一度も無いのだ。告白された事もない、ミヨキチのは例外な。<br /> だから、それがこんな突然やってくるもんだなんて思っていなかった。<br /> こういうのはドライブの後、夜景をバックに言うもんじゃないのか? しかも男の方から言うんじゃないのか? <br /> 世の中のカップルっていう存在を不思議に思っていたが、なるほど、カップルってのはこうしてできるものなんだと妙に納得してしまった。<br /> 冷静になって考えれば、おかしな話だと思う。いやでも、突然こんな事を言われて冷静になれる人間がいたらいますぐ俺の目の前に来て欲しい。<br /> 変な汗が背中を伝う。</p> <p>嫌なのか? 俺は。<br /> いや、嫌ではない。むしろ嬉しいくらいだ。その時はただ、あまりに突然のことで頭がついてこなかったのだろう。<br /> エジプトの土産品らしき謎のオブジェが俺を見つめている。<br /> なんなんだ、なんなんだよ。何か文句あんのかよ、俺はオブジェを睨みつけた。<br /> きっとハルヒあたりに今の表情を見られたら、きっとアホ面と言われるに違いない。<br /> 鏡が無いので残念ながらそのアホ面は拝めないが。</p> <p>ごくり、と。喉が鳴った。<br /> 心臓の音がうるさい。</p> <p> </p> <p>ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ。</p> <p> </p> <p>ああ、張り裂けそうだ。<br /> ひょっとしたらもう張り裂けてるんじゃないかとさえ思った。<br /> でも俺が生きているという事はたぶん大丈夫なんだろう。<br /> ひょっとしたらこの音、聴こえてるんじゃないだろうか? 長門だしありえない話ではない。<br /> だとしたらすごく恥ずかしい。真っ赤になった顔がさらに赤くなる。<br /> 今の俺はたぶんイエローモンキーじゃなくて、レッドモンキー。</p> <p> </p> <p> </p> <p>帰り道の途中、あの時の事を振り返る。<br /> なんで、俺はあんな事を言ったんだろう。<br /> 「す……、少し考えさせてくれないか?」<br /> 回らない脳みそがはじき出した答えが、どうしてこれだったんだろう。<br /> あきらかに逃げの回答だろ、俺は頭を抱えた。<br /> その時、長門はその表情を全く変えずに頷いた。<br /> 俺の目にうつる長門は、いつもの長門だった。<br /> 長門の目にうつる俺は、どうだっただろうか。<br /> それがいつもの俺である自信は一ミリグラムもない。<br /> 月がひょっこりと顔を出していた、俺を嘲り笑うようなウサギ。<br /> ああ、そうだよ。俺はこんなヤツだよ、ダメな男だよ。ウサギに向かって呟く。そうでもしないとやってられない気がした。<br /> いつもの道が違って感じる。<br /> 振り返る長門のマンションは、そこだけ切り取った写真の様で。<br /> 今俺がどうしてこの場所に居るのか、どうやって長門の家を出てきたのか。<br /> 情けないが覚えていない。<br /> 正直に言おう、俺は臆病者だ。<br /> 俺は、恐いのだ。<br /> 仕方ないだろ。<br /> なぁ、長門。</p>