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B＋ - (2008/06/20 (金) 23:37:55) のソース

<p> </p>
<p>昨年と同様に季節感を忘れた太陽がじりじりと教室を照らす午後、俺は下敷きを団扇代わりにしながらざわめく教室を見回してため息をついた。</p>
<p><br />
その溜め息には三つほど理由があり、一つは先ほども言ったように暦上は秋も半ばに差し掛かったはずなのに、全く持って太陽が休んでくれないからだ。<br />
おかげで俺は運動をしてもいないのに始終汗を流しつづけ無くてはならなく、二酸化炭素が立ち込めた教室にいるお陰で眩暈を起こしそうになる。<br />
おい、ミンミン蝉。そろそろお前らも彼女探しは諦めろよ。あんまりしつこいと嫌われるんだぜ？</p>
<p> </p>
<p>そしてもう一つというのは今まさにクラスで話し合われている最中である。<br />
黒板にはデカデカと『文化祭について』と書いてあり、横にはお化け屋敷だの迷路だの、といくつか書いてある。<br />
俺としてはそんなの面倒くさいことこの上ないので昨年のように適当に済ませてしまいたいのだが、如何せん今年の委員長はバリバリの朝倉タイプらしい。<br />
ちなみにこのロングヘアの委員長がサバイバルナイフ片手に俺に襲い掛ってきたことはまだ無いがな。</p>
<p> </p>
<p><br />
そして最大の溜め息の原因は今俺の丁度真後ろで肘をついて外を眺めていた。<br />
また随分と大人しいものだから俺の溜め息は更に大きくなる。</p>
<p>分かるだろ？涼宮ハルヒが大人しい時なんて大抵ろくな事は起きないのさ。</p>
<p><br />
……今年は何だろうか。昨年のクソ映画の続編だろうか。ゴメンだな。やっぱり朝比奈さんはロングメイドが一番良く似合う。<br />
それとも去年の文化祭に感化されてバンドかもしれんな。<br />
その時何故か一瞬とてつもなく恥ずかしい様な衣装を着てギターを弾いている自分の姿が脳裏に浮かんだ。<br />
いかん。それだけは阻止しなくてはならない。<br />
　<br />
ここは仕方ない。朝比奈さんには申し訳無いが映画の続編を製作する方法で…とハルヒの方を向いた時、</p>
<p> </p>
<p>「今年の映画製作は無理ね」</p>
<p>とハルヒが言った。</p>
<p><br />
俺はというと文字通りポカンとした顔をしていて頭が真っ白になった。<br />
その後段々と脳みそに酸素が回りはじめもう一つの最悪のパターンが俺の目の前に写し出される。</p>
<p> </p>
<p>『SOS団鮮烈デビュー！』と書かれたポスター。おい何だこれは。<br />
三人娘は前方で笑いあっていて、俺は何故か古泉とハイタッチ……くそ、古泉の奴全身レフ板の様な白スーツなんか着てやがる。</p>
<p> </p>
<p>「何ぶつぶつ言ってんのよ」</p>
<p>とハルヒの声で我に帰る。</p>
<p>スマン。それだけは絶対に勘弁だ。</p>
<p> </p>
<p>「今年はみくるちゃんが受験じゃない？クラスの方もあるだろうし、それに」</p>
<p>とここまで言って俺の方をチラリと見た。<br />
ああ、そうだったな。俺はこの件で思いっきり喧嘩をしたことがある。<br />
弾みとは言えハルヒを殴ろうとしてしまった。<br />
まあもちろんハルヒも悪いんだがな。というかおおよそハルヒが悪い。</p>
<p> </p>
<p>それは置いといてだな。なんだこいつも結構いいところがあるじゃないか。朝比奈さんの進路の心配をするなんてさ。<br />
こいつも随分変わったもんだ。それこそ長門と同じ位に。<br />
いつの間にかこのハチャメチャ団長様にも友を大切にする思いは生まれていたのさ。無意識のうちにね。<br />
俺はその事を度々実感させられる。</p>
<p> </p>
<p>
「ホント残念だけど……せっかく新衣装も用意したんだけどね。進学ヤバいって泣きながら言われちゃしょうがないわ。あたしはもう一年留年するのも有りだと思うけど」</p>
<p>……本当は受験というのは嘘で衣装が着たくないだけでは無いだろうか。どうなんです？朝比奈さん。</p>
<p> </p>
<p>「それに」<br />
とハルヒは黒板を指さす。</p>
<p> </p>
<p>「結構楽しそうじゃない」</p>
<p> </p>
<p>そこには『メイドカフェ』という文字が踊っていた。</p>
<p><br />
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p>
<p><br />
「勝負よ！」</p>
<p> </p>
<p>いつもと変わらず朝比奈さんのお茶を味わいつつ、長門の読書姿を尻目に古泉とボードゲームに興じていると、突然ハルヒが叫んだ。</p>
<p> </p>
<p>
結局、今年の文化祭でのSOS団の活動は朝比奈さんの衣装展示に止まり（というか止まらせた）、当日俺達はそれぞれクラスの方に専念ということになった。（やはり朝比奈さんは衣装を着るのが嫌だったらしい）<br />
長門は去年の腕を認められ、また占いをするらしい。<br />
占いというよりも予言だがね。あれは。<br />
古泉はまたあの良く分からん演劇で、朝比奈さんもこれまた焼きそば喫茶店らしい。<br />
古泉の棒読みなんてどうでもいいが、朝比奈さんの麗しい新衣装は果たして見られるだろうか。<br />
今年は俺達も忙しそうだしな。<br />
みんな去年と同じか。違うのは俺達くらいなもんか。</p>
<p> </p>
<p>で、ハルヒ。いきなりなんだ。</p>
<p> </p>
<p>「有希、みくるちゃんに古泉くん！皆には絶対負けないんだから！」</p>
<p>と勝手に意気込む。</p>
<p> </p>
<p>しーんという空気が俺の目の前を通り過ぎていくのが分かる。<br />
古泉、気色悪いからニヤニヤとこっちを見つめるな。</p>
<p> </p>
<p>「で、何の話だ」</p>
<p>「あー！もう分かってないわね！だ、か、ら、今年はクラスごとにSOS団で対決よ！」</p>
<p> </p>
<p>もちろんビリは罰ゲーム！とも付け加えた。<br />
うん。どうやらクラス対抗の人気投票で、ということらしい。<br />
なるほど。それであんなにも簡単に映画を諦めたわけだ。<br />
大体ハルヒがメイドカフェ位で大人しくなるとは思えん。まさかとは思うが副賞の学食10万円分が目当てじゃないだろうな。</p>
<p> </p>
<p>「何言ってんのよ。10万円なんてクラスで分けたらすぐ無くなっちゃうじゃない。<br />
　あたしはね。団長として皆をテストするのよ！もちろんあたしも手なんか抜かないんだからね！」</p>
<p> </p>
<p>と言ってギラギラとした目で椅子の上から俺達を見下ろした。<br />
古泉はニヤニヤ顔を崩さずに俺の方を見つめ、朝比奈さんは可愛らしく「頑張ります！」と可愛らしくガッツポーズを作っている。<br />
長門は無表情に見えるが、その瞳がほんの少しキラキラとしていたのは俺の気のせいでは無いはずだ。</p>
<p> </p>
<p>まあハルヒにとっても勝つことが目的では無いだろう。<br />
こいつは只SOS団の仲間達と本気で争ってみたいらしい。それは断じて血生臭い意味では無くて、さ。<br />
これはゲームだ。<br />
それにこいつはもうテレビゲームで失敗しても簡単にリセットするような奴では無いのさ。</p>
<p> </p>
<p><br />
やれやれ。<br />
そう俺は本日何回目になるかも分からない溜め息をついた。<br />
手強い相手じゃないか。<br />
長門の占いは去年の文化祭でお墨付きだし、古泉は女性票がダントツだ。<br />
朝比奈さんは言うまでもないね。10人が12人花まるをつけても文句無しだ。</p>
<p> </p>
<p>でも、やってやろうじゃないか。<br />
不利上等。そうハルヒを見るとニヤリと怪しく口の端を歪めた。</p>
<p> </p>
<p>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p>
<p> </p>
<p>とまあ、そんなこんなで文化祭一週間前となって、校内にはまた意味不明な連中がうじゃうじゃ湧いてきた。<br />
俺達SOS団はというと、ハルヒに活動休止命令を出されてクラスの貢献に精を出している。<br />
あのハルヒですら黙々と作業しているんだ。谷口なんか怯え切ってしまっている。<br />
新鮮だけどな。あの意気込みを見た後ではそこまで不思議ではない。</p>
<p> </p>
<p>「キョン君」</p>
<p> </p>
<p>呼ばれて振り返る。<br />
そこにはニヤニヤしながら何かを差し出している阪中がいた。<br />
･･････これか。</p>
<p> </p>
<p>「そうなのね。キョン君にも着て貰わなきゃ困るのね」</p>
<p>と言って無理矢理手に持っていた物を押し付ける。</p>
<p>おおよそ予想は付くが一応聞いておこう。</p>
<p> </p>
<p>「これは、その、例の」</p>
<p>「衣装なのね」</p>
<p> </p>
<p>阪中は可愛らしくウィンクをする。<br />
胸元にフリルの付いたブラウスにベスト、膝丈くらいのスカートが何とも言えん。<br />
ほう、可愛いじゃないか。</p>
<p> </p>
<p>「メイドって感じはしないけどね。カチューシャも無いし。ほら、早くキョン君も着替えるのね！谷口君はもう着替えてるよ」</p>
<p> </p>
<p>･･････早くないか。あいつ。似合ってるか似合ってないかと聞かれたら微妙だ。<br />
うん。パチンコ屋のバイトにしか見えん。<br />
只、本人は大満足のようで鏡の前で髪の毛をいじっている。<br />
痛いからやめてくれ。</p>
<p> </p>
<p>―――――――――――</p>
<p> </p>
<p>「ほおぉぉぉ」</p>
<p> </p>
<p>なんか･･････その上から下まで舐める様に見るのはやめてくれ。阪中。国木田も。<br />
トイレから着替え終わって出てきた時に古泉に同じ様な目で見られてもう精神的にズタボロなんだ。<br />
いや、こんな衣装似合うのは俺の知り合いにはあのニヤケ野郎位しかいないかもしれない。<br />
なんつーか、恥ずかしいぞ。これ。</p>
<p> </p>
<p>渡された衣装はベストと蝶ネクタイ、黒のスラックスに普通ならあり得ない長い腰巻エプロン。<br />
そして何故か<br />
「･･････眼鏡？」<br />
うん。確かに眼鏡だ。何故眼鏡なのだろうか。よく分からんがとりあえず掛けてみる。<br />
念のため鏡を覗き込んで見て思わず失笑してしまった。<br />
いや、分かってたさ。だが少し位期待しても良いじゃないか。谷口なんか鏡を見てなお、まだ浮かれてるぞ。<br />
･･････すまん。谷口。俺も人の事は全く言えんな。ええい忌々しい。<br />
大体何故眼鏡なんだ。俺には眼鏡属性は無いぞ。</p>
<p> </p>
<p>「さすがB＋･･････」</p>
<p>阪中が呟く。<br />
同意したように国木田が頷いた。<br />
なんなんだ。B＋って。</p>
<p> </p>
<p>「キョンは気付いて無いあたりが可哀想だよね。まあそこがいいのかも知れないけど」</p>
<p>やめろ。そのニヤニヤ顔。なんか非常に殴りたくなってくるぞ。殴らんが。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>その時、後ろの方でおおっと言う歓声が聞こえた。<br />
振り向くと･･････ハルヒだ。いや、なんとなく予想はしてたんだがな。<br />
大人しく衣装を着たらしいハルヒは以前より少し伸びた髪を持ち上げてポニーテールもどきを作ろうとしていた。<br />
が、俺と目が合い何故かその手を下ろして顔を背ける。なんだそりゃ。</p>
<p> </p>
<p>「涼宮さん！やっぱりお似合いなのねー」</p>
<p>と阪中がハルヒの方に駆けて行く。</p>
<p><br />
否定はしない。むしろ賞賛の声を送ってやりたいくらいだ。<br />
正直、ここまで似合うとは思ってなかったな。<br />
ハルヒは黙ってりゃ指折りの美人だからな。不思議ではないが。<br />
なんだかハルヒが制服以外と言うとバニー位しか思い浮かばんからな。<br />
露出が無い衣装も似合うじゃないか。とても恥ずかしくて言う気なんかしないがな。</p>
<p> </p>
<p><br />
文化祭まであと一週間。<br />
果たして俺とハルヒは勝手にハルヒが吹っ掛けた勝負で勝利を収めることが出来るのだろうか。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>「また、来て下さいねー！」</p>
<p> </p>
<p>先程”来店“して来た高陽園学院の女子二人の背中に向かって投げキッスをする谷口を尻目に俺は水を運ぶ。<br />
おい谷口、その辺にしておけ。二人とも完全に引いてるぞ。</p>
<p> </p>
<p>一年に一度の文化祭はなかなかの賑わいで、普段は拝めないであろう黒い詰め襟やチェックのスカートが廊下を通りすぎていく。<br />
俺達の「メイド＋ギャルソン喫茶」もなかなかの客入りで、俺もいつもの様にボンヤリとはしていられない。</p>
<p> </p>
<p>ふと窓から校庭を覗く。すると80W位の笑顔でチラシを配っているハルヒが見えた。<br />
どうやらクラスでもそこそこ顔のいい奴とペアを組んで客引をやってるらしい。<br />
なるほど。こんなありふれたクラス企画でも客入りがなかなか良いわけだ。<br />
ハルヒは黙ってさえいりゃ朝比奈さんにも負けてない位の美人だからな。<br />
俺だって今日初めて北高の文化祭に来て、あんなウェイトレスにチラシを配られちゃノコノコとやって来るに違いない。<br />
うん。やはりよく似合っている。</p>
<p> </p>
<p>「涼宮さんが気になるのね」<br />
ニヤニヤと阪中が俺の顔を覗き込んできた。<br />
まあ気にならないって言うと嘘になるな。<br />
ハルヒも随分変わっただろう。</p>
<p> </p>
<p>「そういう事を言いたいんじゃ無いんだけどなあ」<br />
阪中の視線が俺からハルヒへと移る。</p>
<p> </p>
<p>「本当はキョンくんと組ませようと思ったんだけどね。涼宮さんが別にしてくれって」<br />
正直に言おう。軽くショックだ。</p>
<p> </p>
<p>「ははっ。だろうね。でも涼宮さんも何か考えがあるんだと思うのね」<br />
何を考えてるんだか知らんがね。<br />
俺はハルヒと組になっている男子が笑い合っている姿を見て窓から目をそらせた。</p>
<p>　<br />
慣れない笑顔を作りながら一年と思われる女子三人組のテーブルに水を置いた。<br />
なるほど。これは疲れる。<br />
古泉を思わず尊敬しちまうね。あいつはこんな笑顔を毎日無料配布してんだからな。<br />
普段は緩みまくりの口角に葛を入れて無理矢理上げる。<br />
駄目だ。これはハルヒに振り回される以上にキツイ。精神的に。<br />
その上、コンセプトがメイド喫茶だからかなんだか知らないが話しかけられればこちらも答えなければならない。<br />
谷口の様に女の子を目の前にすれば口から言葉が自然と生まれるわけでも無く、だからと言って「部活は？」と聞かれれば誤魔化さざるを得ない。<br />
まさか朝比奈さんの衣装展示をしている不可解極まり無い、名目上のみの文芸部だと知られるわけにはいかないからな。</p>
<p> </p>
<p>去年の朝比奈さんの焼きそば屋の様にカメラ禁止ではないから写真撮影を頼まれることもある。<br />
国木田なんかは割とノリノリでピースなんかしてやがるが、俺は勿論こういう類は苦手なもので案の定その笑顔は引きつっていた。<br />
一つ聞いていいか。こんな冴えない奴と写真撮って面白いのか？</p>
<p> </p>
<p><br />
思わず時計を見上げる。<br />
休憩まであと5分。</p>
<p><br />
――――――――――<br />
　<br />
谷口と国木田とは休憩時間が異なっている。<br />
俺は11時から奴らは12時からの休憩だ。<br />
俺は谷口のトークショーを眺めながら教室を出た。正直もう目も当てられん。<br />
さて、どうしようかね。<br />
古泉の演劇なんざどうでもいいが、長門の占いもとい当たりすぎる予言は気になる。<br />
それに朝比奈さんからは去年と同じく焼きそば割引券を頂いているのだ。<br />
いや、貰っていなくても是非とも朝比奈さんの麗しいお姿を拝見しなくては気が済まないのだが、</p>
<p>「この恰好じゃあな…」<br />
いくら文化祭とはいえギャルソンの恰好をした男子が一人で回るのには結構勇気がいる。<br />
そういえば去年古泉は演劇の衣装のままうろついてたな。俺には到底真似できん。</p>
<p> </p>
<p><br />
「お呼びになりましたか？」</p>
<p>振り返るとあのニヤケスマイルが何かよく分からないオーラをしょって立っていた。<br />
その姿はまるで世界史の教科書から抜け出てきたような、所謂貴族のような恰好をしている。<br />
一体何なんだ。その衣装。</p>
<p> </p>
<p>
「ああ、今年はですね『オペラ座の怪人』をやることになりましてね。僕は裏方でも良かったのですが……曲がりにもヒロインの恋人役をやることになってしまいましてね」<br />
とわざとらしく肩をすくめた。<br />
オペラ座なら俺でも分かる。あのヒロインの幼なじみとかいういけ好かないハンサム野郎か。<br />
俺は赤い球になって怪人の住む地下にヒロインを助けに行く古泉を想像した。</p>
<p> </p>
<p>「まあ、それも先程終了致しましてね。時間も余裕が出来ましたので少しぶらついていたんです」</p>
<p> </p>
<p>俺はその後の古泉の言葉に驚愕した。</p>
<p> </p>
<p>「森さんと」</p>
<p>　</p>
<p>背の高い古泉の陰からヒョッコリと顔を出した森さんは俺を見るとニコリと微笑んだ。<br />
初めて見る恰好だ。<br />
普段はまとめている髪は下ろして少し緩くウェーブがかかっていてシンプルながらも高そうなワンピースを着ている。<br />
やはり美人だ。自然と頬が緩むのが分かる。</p>
<p> </p>
<p><br />
「森さんがどうしても若い頃の思い出にひたりたいとうるさいので仕方なくう！？」<br />
突如として古泉のニヤケスマイルが苦痛に歪んだ。<br />
森さん、笑顔がとんでもない事になっていますよ。俺ちびっちゃいそうです。<br />
泣きそうな顔でごめんなさいと小さく呟き続ける古泉を俺は初めて見た。何だか恐ろしい。</p>
<p> </p>
<p>そんな森さんは顎で古泉を俺の隣に立たせると頭のてっぺんから爪先までを舐める様に見つめた。<br />
その瞳はギラギラと輝き、真剣そのものって感じだ。<br />
しかし朝比奈さん誘拐事件の時に見た時の物とはまた違う。もっと必死さがプラスされた感じだ。<br />
正直怖い。</p>
<p> </p>
<p>「流石B＋……Aランクの古泉と並べばやっぱり劣るけどこの衣装もなかなか……<br />
本人は気付いていないようだけど色気、色気がいいわ。この天然たらしな雰囲気がたまらないわね。<br />
そして何と言っても眼鏡がいいわね。このセンスの持ち主と仲良くなりたい……」<br />
眼鏡は最大にやっちゃったポイントだと思うのですが。</p>
<p> </p>
<p>古泉が顔を寄せて「聞かなかった事にして下さい」と言ってきた。<br />
うん。俺は何も見てない聞いてない。<br />
古泉が顔を寄せた瞬間に目を見開いた森さんなんて全然。<br />
仕方ない。紅茶研究部で本場のアフタヌーンティーを披露しているはずの荒川さんに連れて帰ってもらう事にしよう。<br />
　<br />
　</p>
<p> </p>
<p>「お騒がせしました。森さん、少し変わった趣味をお持ちの様で」<br />
森さんを引きずっていく荒川さんの後姿を見送りながら言う古泉の笑顔はどことなく疲労に満ちたような感じだった。</p>
<p> </p>
<p>「さて」<br />
古泉が無理矢理いつもの笑顔を取り繕って言う。今ならお前の気持ちが非常に良く分かるぜ。</p>
<p> </p>
<p>「僕としては今から長門さんと朝比奈さんのクラスに行こうと思うのですが、一緒にいかがですか？」<br />
いちいちキザったらしく言うこいつが衣装も相まって更にウザったく感じるのだが、わざわざ断る事もないだろう。<br />
俺も丁度そう思っていたところだ。</p>
<p><br />
こいつと一緒なら確実に浮く事も無いしな。</p>
<p> </p>
<p>―――――――――――</p>
<p><br />
予想通り朝比奈さんのクラスの前にはすでに行列が出来上がっていた。それも男ばっかりの。<br />
まあ、朝比奈さんの麗しいお姿を見れるのだ。それも仕方ない。<br />
今年はどんな衣装だろうか。いやー楽しみで仕方ないね。<br />
勿論今年も写真撮影は禁止だろう。<br />
いや、そんなことは俺がさせん。肩を抱こうものなら俺が蹴り飛ばしてやりますよ。<br />
　<br />
「あっれー？キョンくんと古泉くんっ？」<br />
ハルヒにも負けない元気いっぱいな声が響く。<br />
鶴屋さん、そんなに叫ばなくても聞こえてますよ。</p>
<p> </p>
<p>「いっやーごめんごめん！キョンくんは今年も谷口くん…だっけ？なんかと来ると思ったからさっ。おねいさんめがっさ驚いちゃったよっ」<br />
鶴屋さんが腰に手を当ててわっはっはっと笑う。<br />
いつもながら良く笑う人だ。</p>
<p> </p>
<p>「古泉くん、また随分とド派手なかっこしてるねー。んんっ、これはもしかしてオペラ座の怪人のラウルかな？」<br />
「御名答。流石です、鶴谷さん」<br />
古泉がわざとらしく驚いて微笑む。<br />
このお方にはそんな演技効かないぜ？</p>
<p> </p>
<p>「あははっごめん！本当はパンフレット先に読んでて知ってたんだよねっ。<br />
それにしてもキョンくんっ、キョンくんもお似合いじゃないか！いいねえ、たまにはキョンくんのコスプレも。いっつもみくるばっかじゃ、不公平だよっ。」<br />
　<br />
いえいえ、いいんですよ。お世辞なんて。<br />
似合って無いのは重々承知です。<br />
それよりも鶴屋さんの方がずっとお似合いですよ。<br />
これは決してお世辞などでは無い。<br />
この行列の中には鶴屋さんに惹かれて並んでいる奴もいるに違いない。<br />
ざっと３０分待ち位ですかね。</p>
<p> </p>
<p>
「んーまあそんなもんだねっ。みくるがいるから仕方無いっさ！ささ、御代は先に頂いちゃうよ。おまけしちゃって二人で４００円！今年はジュースも付けちゃうよ」</p>
<p> </p>
<p>いつもいつもお世話になります。鶴屋さん。</p>
<p> </p>
<p>―――――――――――</p>
<p> </p>
<p>「いらっしゃいませ～」<br />
俺と古泉が男だらけの行列に混じること小半時。入り口の向こう側からあの麗しい舌ったらずなエンジェルボイスが聞こえた。<br />
ああ、パラダイスは目の前だ。悪いな、谷口。お先するぜ。</p>
<p> </p>
<p>店内は昨年よりも女性好みしそうなものになっていた。<br />
たかが文化祭。されど文化祭。<br />
窓にはレースのカーテンが架かっていて、なるほど。少し暗くなっている。</p>
<p><br />
この高そうな花瓶は鶴屋家ご用達なのだろうか。<br />
落ち着いたＢＧＭが流れてにくい演出だ。<br />
しかし、客は男ばっかだな。そりゃそうか。</p>
<p> </p>
<p>「あ！キョンくん、古泉くん！来てくれたんですね」</p>
<p> </p>
<p>今、俺の目の前には麗しい女神の様なお方が微笑んでいらっしゃるのだからな。<br />
嗚呼至福のひと時である。<br />
　<br />
朝比奈さんは昨年のウェイトレスもさることながら、今年の衣装もばっちり着こなしていた。<br />
本当に、このセンスはどこから出てくるのであろうか。もはや朝比奈さんのために作られたと言っていいほど似合っていらっしゃる。<br />
この朝比奈さんの魅力を十二分に発揮させてくれるデザイナーに泣いてお礼を言いたいね。<br />
ついでにハルヒはこのセンスの持ち主の爪の垢を煎じて飲めばいいと思う。</p>
<p> </p>
<p>「いやだ、そんなに褒めないで下さい。キョンくんも古泉くんもとっても素敵です。あ、今年はジュース付きなんでジュースを注がせてもらってるんです。」<br />
テーブルに置かれた二つのコップがみるみるうちにオレンジ色に染まる。<br />
うーん。これがいっぱいになったら朝比奈さんは別の席を回るのか。実に惜しい。</p>
<p> </p>
<p>「そういえば、涼宮さんすごい頑張ってますよね。さっき校庭で会って手加減無しだからねって言われちゃいました」<br />
「まあ、あいつの負けず嫌いは今に始まった事じゃありませんからね」<br />
「今年はキョンくんのクラスが一番のライバルなんですよ？」<br />
朝比奈さんがいたずらっぽく笑う。</p>
<p> </p>
<p>「だって涼宮さん、とても可愛いんですもの。同じ喫茶店としては負けられません！」</p>
<p>もちろん古泉君にも負けませんよと、残して朝比奈さんは別のテーブルへと去って行った。<br />
嗚呼もう少しいて下さい。そして俺に潤いを与えて下さい。<br />
そんな言葉を飲み込んで、身も心もボロボロになった男達を癒す戦場の天使のごとく忙しく働く朝比奈さんの背中を見送る。</p>
<p> </p>
<p>オレンジジュースはコップの縁まで注がれていた。</p>
<p> </p>
<p>――――――――――――</p>
<p>喫茶店と言っても決してゆっくり出来るわけではない。<br />
俺達は運ばれてきた焼きそばを大して味わいもしないで掻き込むとそそくさと朝比奈さんのクラスを後にした。<br />
朝比奈さんと楽しげに話しているのを見られたらしく何だか非常に居たたまれなくなったからな。<br />
それに何かと名前が知れている上に恰好があまりに普通じゃない。特に古泉が。<br />
あのニヤケ貴族が教室中のウェイトレスの視線を独り占めしていたのは言うまでもないだろう。<br />
敢えて言うが、ああ忌々しい。</p>
<p> </p>
<p>「次は長門のクラスか？」<br />
時計を見ると、なるほど。長門のクラスを回って俺の休憩時間も終わる位だな。<br />
長門の占いか……うーん、何を言われる事やら。当たるのが分かっているから恐ろしい。<br />
長門が1分後に地球が破滅すると言ったら本当にその通りになるのだろう。ノストラダムスよりも信憑性があるね。</p>
<p> </p>
<p>「一体何を言われるんでしょうね」<br />
人が考えてる事を読むな、古泉。</p>
<p> </p>
<p>「正直、僕は自分よりもあなたが何と言われるか、そちらの方が気になるんですけどね。」<br />
「どーだか」</p>
<p><br />
長門のクラスもなかなか盛況の様で朝比奈さんのクラス程では無いが列が出来ていた。<br />
最もこっちは女子ばっかだが。<br />
占い中の長門と目が合う。<br />
衣装は去年と同じようだ。<br />
ほんの少し懐かしくて目を細める。</p>
<p><br />
その直後、それまで結構あった列が急に切れた。<br />
あのー長門さん。変な事してないですよね？<br />
これ、あなたがやったんじゃありませんよね？</p>
<p> </p>
<p>「並んで」</p>
<p>無機質な声でそう言うとその黒い瞳が一つ瞬きをした。</p>
<p> </p>
<p>――――――――――――</p>
<p>「で、何で俺が先なんだ？」</p>
<p> </p>
<p>何故か長門に先に占うように促され、女子だらけの教室内で肩身の狭い思いをしながら目の前の魔女姿の長門を見つめる。<br />
うーん。それにしても相変わらずのハマり具合である。<br />
もっと可愛らしい衣装の方が似合うと思うのだが、まあいいか。本人は気に入っている様だしな。<br />
古泉はというと長門と俺の話が聞こえそうで聞こえない様な絶妙な位置で腕を組んでニヤニヤしてやがる。</p>
<p> </p>
<p>「古泉一樹には大切な話がある。長くなるから、あなたは占いが終わったら自分のクラスに戻るべき」<br />
大切な話……というところが引っ掛かるがまあいい。<br />
あんまりいじめてやるなよ？案外あいつは打たれ弱いからな。</p>
<p> </p>
<p>コクリと小さく頷くと長門の白い指が真っ黒な布から現れ、机に置かれた玩具の水晶玉に添えられる。<br />
と思った刹那、長門の薄い唇が小さく開かれ高速で何やら呪文らしきものを唱え出した。<br />
背筋を何か冷たいものが走る。<br />
正直、この手のヤツには大分助けられたが嫌な思い出が多いのも事実だったりする。<br />
その……なんだったか？情報連結解除コードってやつだ。<br />
　<br />
「大丈夫。あなたの危惧しているものではない。これは只の早口言葉。初朗売りって知ってる？」<br />
ああ、あの古典落語か。<br />
というかそれは不必要に相手をびびらせるからやめとけ。</p>
<p> </p>
<p>「これは演出。雰囲気を出すためには必要不可欠なもの。<br />
わたしはこれを高速詠唱するために有機生命体の体感時間で0.012秒必要とした。<br />
これはわたしの努力の証。……許可を」</p>
<p> </p>
<p>分かった。分かったからそんなキラキラした眼をするんじゃない。<br />
お父さん断れ無いでしょーが。<br />
「ちなみに占い自体はあなたがわたしの目の前に座った瞬間に終っている」</p>
<p> </p>
<p>ここは本当ならずっこけたいところなのだが、予想はついていたのでわざわざそんな面倒な事はしなかった。<br />
こいつ相手にそんなボケをかましたってスルーされて寂しくなるだけだからな。<br />
うん。泣いてない、泣いてないぞ。</p>
<p> </p>
<p><br />
「あなたに言うことは只一つ」</p>
<p> </p>
<p>長門の白い指が俺の心臓あたりを指す。</p>
<p> </p>
<p>「素直になること」</p>
<p> </p>
<p>――――――――――――</p>
<p>占いを終え、一人長門のクラスを出て自分のクラスに向かう。<br />
古泉の診断結果が気になるが、長門が言うんだ仕方ない。<br />
そのうちオセロでもやりながらそれとなく聞いてみよう。</p>
<p> </p>
<p>それにしても問題はさっきの長門の占いだ。<br />
あれは占いというよりも忠告って感じだったな。<br />
「素直になること」ねえ。<br />
一体何だって言うんだ。<br />
存外、俺は至極素直に生きてきたつもりだ。<br />
ハルヒが無茶を言うような時は文句をしっかり言うし（最も、これは誰も文句を言わないからだが）、朝比奈さんのお茶の美味さは言葉巧みに表現してる。<br />
長門には嘘をついたってすぐバレるのは明白だし、古泉の顔が近い時はちゃんと言及してやる。<br />
今は、SOS団が何よりも大切な存在だって胸を張って言えるさ。</p>
<p> </p>
<p>一体どうしたって言うのだろう。</p>
<p> </p>
<p><br />
時計を見ると自分の休憩時間を軽く回っていた。<br />
これはマズイかもしれん。<br />
今頃谷口がミイラになってるかもしれないな。いや、無いか。</p>
<p> </p>
<p>なるべく存在を目立たせないようにコッソリと関係者以外立ち入り禁止と書かれたスペースに入る。<br />
そこでは全く疲れた様子を見せない（むしろ生き生きしている）谷口と相変わらずの国木田が仲良くサンドイッチを頬張っていた。</p>
<p>国木田が少し驚いた顔で「何でこんなところにいるの？」と聞いてくる。<br />
なんのこっちゃ。<br />
俺がぽかんとしていると国木田を押しのけて谷口が凄い形相（頬袋にサンドイッチが入ったハムスターが睨みつけてると思ってくれ）でわめき散らし始めた。<br />
谷口、口の中に物を入れたまま喋るな。なんか飛んでくるぞ。<br />
　<br />
「だぁかぁらぁ！お前何でこんなとこにいんだよ！」<br />
「休憩時間のことか？ああ、それなら悪い。他のクラスが結構混んでてな」<br />
と言っても待ったのは朝比奈さんのクラス位だが。</p>
<p> </p>
<p>「そうじゃなくて、･･････？阪中に会ってないのか？」<br />
だからなんのこっちゃって。<br />
確かにちっとは休憩時間過ぎちまったが、それでも阪中が俺を探しに行かなくては行けないレベルではない。<br />
またハルヒか？あいつも今回はクラス企画を盛り上げるために健気に頑張ってたと思うんだがな。</p>
<p> </p>
<p>その時、おそらく俺を探していたと思われる阪中が肩を落として帰ってきた。<br />
ぼけーっと突っ立っている俺を見つけると小走りで近づいてくる。<br />
その瞳には驚愕の色が浮かんでいる。<br />
スマンな。入れ違いだったみたいだ。</p>
<p>「そんなこといいよ、それより早く保健室に行って！」</p>
<p> </p>
<p><br />
「涼宮さんが倒れたの」</p>
<p> </p>
<p>to be continued…</p>