<p><strong>涼宮ハルヒの遡及Ⅹ</strong></p> <p> </p> <p> </p> <p> 迫りくる怪鳥の群れを捉えて俺は愕然としている。<br /> いや俺だけじゃなくて、長門とアクリルさんを除く全員がだ。<br /> ざっとした数を予想すれば……見えてるだけでも千できくのか……暗黒の空の下、向こうの風景がまったく見えんぜ……あの大軍を相手にして三十分だと……?<br /> 暗澹なんて言葉じゃ生温い。絶望と言う言葉はこんな時に使うものなんだろう、ということを実感させられる。<br /> なんせ、さっきのハルヒの大技が使えないからな。なぜなら朝比奈さんはエネルギーチャージのために戦線に参加できないからだ。<br /> 「古泉一樹」<br /> 「何ですか?」<br /> 「あなたは彼と涼宮ハルヒと朝比奈みくるの護衛を。その赤いエネルギーがシールドの役割を果たすはず。迎撃はわたしと彼女が受け持つ」<br /> 「了解しました。ご武運を――」<br /> 振り向くことなく指示を出す長門に頷く古泉。<br /> 「す、涼宮さん!」<br /> 次に声を発したのは、やや涙声ではあったが意を決した感がある朝比奈さんだ。<br /> 「えっと、ミクルミサイルってどうやれば発射されるんですかっ?」<br /> そうか、確かにそれはハルヒにしか分からない。どうやら朝比奈さんは自分に内蔵されている兵器を受け入れることにしたようだ。<br /> 「そ、それは……」<br /> まさか考えてない、なんて言わないだろうな?<br /> 「違うわよ! もちろん考えてはいたわ! でも本当に発射されるの!?」<br /> 「発射されなきゃ俺たちは全滅だ。だが長門もさくらさんも俺も古泉も朝比奈さんも発射されると信じてる」<br /> 「キョン? 何で……?」<br /> どうしてそんなことを聞く必要がある? んなもん答えは分かり切ったことなんだぜ。<br /> 俺はハルヒの手をぐっと握り、真剣な眼差しでハルヒの大きな瞳の奥を見つめた。<br /> 「みんな、お前を信じてるからだよ。現に超級グレートカイザーイナヅマジャイアントSOSアタックは発動した。ならお前が信じているならミクルミサイルも発動する」<br /> 「キョン……」<br /> ハルヒがわずかにうつむき、俺たちはそんなハルヒの次の句を待っている。<br /> 「分かったわ……」<br /> 待ったのは刹那のような永遠の時間。<br /> ハルヒが静かに呟き、そして次の瞬間、<br /> 「みくるちゃん! ミクルミサイルの発射ポーズを教えるわよ!」<br /> 大声を張り上げると同時にハルヒの瞳には先ほどまでの困惑の色は消え失せ、いつもの勝ち気いっぱいの300W増しの輝きが戻っていた。<br /> そして、それが怪鳥の大群と長門、アクリルさんペアとの戦闘開始の合図でもあったのである。</p> <p> </p> <p><br /> 俺たちを守る古泉の赤いエネルギー球を猛烈な衝撃が襲い続けてくる。<br /> ハルヒは朝比奈さんを、俺は二人を守る形で抱きしめ、ただひたすら朝比奈さんのミサイル充電が終わるのを待っている。<br /> その朝比奈さんは両膝をそろえて膝で立ち、胸のところで腕を十文字に組み瞳を伏せ、ただただ集中しているようである。<br /> もし片膝を立てたポーズでは中身が見えてしまうから、なんて思ったなら大間違いだ。おそらくそんなことは朝比奈さんは勿論、俺も含めた全員が意識しちゃいない。はっきり言ってしまえば今この場面ではどうでもいい。<br /> 古泉もまたエネルギー球を消すまいと瞳を伏せ、精神を集中させている。<br /> その外側では――<br /> 「ライツオブグローリー!」<br /> 「……」<br /> アクリルさんと長門が大軍をものともせず、とまでは言わないが、四方八方から襲ってくる怪鳥の突撃をかわし、しかし攻撃もしている。<br /> アクリルさんからは目が眩むばかりのほとんどバズーカー砲と言っていいような眩く輝く光線が放たれ、長門からはスターリングインフェルノを振るうたびに説明のしようがない魔力が怪鳥を飲み込んでいる。<br /> 数はわずかながら減ってはいるようだが、それでも減っている内には入らないだろう。<br /> 「まずいですね……朝比奈さんの充電が間に合うかどうか、というところでしょうか……」<br /> 間に合わない、というよりはマシな言い回しだな古泉。<br /> 「クールドラグーン!」<br /> 今度はアクリルさんが連射可能の、氷の銛を連続で打ち出し、長門は相変わらず無表情で無言のまま、竜巻の刃を発生させている。<br /> 「堪えてくれよ古泉……それと何もできなくてスマン……」<br /> 「ふふっ、もちろんご期待に添えるよう努力しますよ。僕としてもかけがえのない大切な仲間を失いたくありませんので」<br /> 「古泉くん……」<br /> ハルヒが珍しくか細い声を漏らしている。<br /> …… …… ……<br /> なんだろうな、この感覚。前に味わった感覚と似てないか……<br /> 俺とハルヒは歯がゆくもただ見ているしかできず、周りに頼りっぱなしで自己嫌悪に陥りそうになった……そう……蒼葉さんと初めて出会ったあの時と……<br /> 俺は思わず思いっきりかぶりを振った。<br /> 「どうされました?」<br /> 「何でもない……本当にすまない古泉……」<br /> 「本当にどうされたんですか? 心配いりませんよ。僕は必ずあなた方を守り通します」<br /> さわやかな笑顔を向けてくるんだが、その頬から滴る汗がお前の状況を知らせているんだよ。<br /> くそ……何か、俺にも何かできることがないのか……<br /> 「キョン! 痛いって!」<br /> 「あ……スマン……」<br /> どうやらいつの間にか俺はハルヒを抱きしめる腕に力を入れ過ぎていたらしい。<br /> 「あんた……あの時と同じことを考えたでしょ……」<br /> 「ハルヒ?」<br /> 「だって、あたしも同じだもん……ただ見ているだけしかできなかったあの時……結局、あたしたちは蒼葉さんの手助けをできなかった……」<br /> 重く黙り込む俺とハルヒ。<br /> そんな俺たちの耳が捉えたのはアクリルさんのとある言葉だ。<br /> 「ナガトさん、確かあなたの設定は悪の『魔法使い』、だったわよね?」<br /> 「そう」<br /> ふと見れば、二人が背中合わせで宙を佇んでいて、気が付けば怪鳥たちが攻撃の隙を窺うべく、俺たちを取り囲んで膠着状態にあった。<br /> どうやら長門とアクリルさんの想像以上の力に闇雲に攻撃しても無駄だと悟ったようだ。<br /> 「じゃあさ、さっき、あたしが撃ったライツオブグローリーかアルゲイルフォルスをコピーできない? なんか途中から見覚えのある魔法ばっかりだったし、アレってあたしのをコピーしたんだよね?」<br /> 「インプット済み。なぜなら魔法使いの設定を持つわたしにとってあなたは最高の模範。途中から、わたしは残された自身の力を魔法のプログラミング化に専念させていた。よって少なくともあなたが使用した魔法であれば使うことが可能、今は攻撃手段としても用いている。故に発動までにやや間が開いている。それは発動キーワードを呟いているため」<br /> 「魔法のプログラミング化って……んなことできるのはあたしたちの世界だと世紀の大天才魔工科学者・蒼葉だけよ……とんでもない話ね……って、ということはあなた自身の力は完全に尽きてしまったってこと?」<br /> なんだと!?<br /> 「そう。しかし、あなたのおかげで『魔法』を駆使できるため戦闘に支障はない。ところでわたしにとってはアオバなる人物の方が信じられない。魔法、言い換えて意図的に超常現象を発生させる力のプログラミング化は人という有機生命体の器量をはるかに超える技術。それをできるとは考えられない」<br /> 「そうなの? あたしはそんなに深く考えたこと無かったし、蒼葉ならそれくらいやりそうなもんだと思ってた節があったから気にしてなかったけど。でもまあいいわ。それよりも、ちょっとした提案があるんだけどいい?」<br /> 「了解した」<br /> ふぅ……アクリルさんと長門の様子を見れば、長門はなんとかなるようだ。本気で怖くなったぞ。<br /> おっと、この場合の『怖くなった』は俺たちの危機が増大したからってことじゃない。長門の身が危うくなったことに対してだ。なんせあの雪山の一件があるからな。<br /> 「あたしはアルゲイルフォルスを使う。あなたはライツオブグローリーを。んで呪文の詠唱の最後の一句だけどあたしと合わせてこう言って」<br /> ……? アクリルさんが何かを長門に伝えているのだが、はっきり言って俺には理解不能の言葉だった。<br /> ひょっとして、カオスワーズってやつか?<br /> 「理解した」<br /> 「ん! なら行くわよ! これならこいつらでも半分は吹っ飛ばせるはず!」<br /> ……なんだと!? この数の半分を吹き飛ばせる魔法……!?<br /> などと驚嘆している俺の眼前では、アクリルさんが烈火のオーラを、長門が黄金色のオーラを立ち昇らせている。<br /> そして、まるで合わせ鏡のように二人同時に振りかぶり……<br /> って! この魔法は!</p> <p> </p> <p><br /> 『グレイトフルサンライズフェニックス!』</p> <p> </p> <p><br /> アクリルさんと、そして長門がハモって声を荒げると同時に二人から目が眩むばかりの強烈な光を放つ、そうだ! あの不死鳥が飛び立ったんだ!<br /> つか、長門が何でその魔法の名前を知ってるんだ!?<br /> 金色の不死鳥の羽ばたきが一瞬にして怪鳥の大群をなぎ払っていく!<br /> だが待て! あの魔法は……!<br /> 脳裏に浮かんだのは蒼葉さんが力尽きて崩れたあのシーンだ。絶対に忘れるわけにはいかない俺とハルヒの大罪……<br /> 「ふぅ……どうやら楽になったわね。半分以上いなくなったわよ」<br /> 「確かに」<br /> が、アクリルさんと長門のあっけらかんとした声が聞こえてきたのでどこかホッとした。<br /> 「よかった……もう、二度とあんなことは繰り返したくなかったもんね……」<br /> ハルヒも安堵のため息をついてやがるぜ。そりゃそうだ。俺たちの考えたことは同じだ。<br /> 「そう言えば、ナガトさんはどうして今の魔法の名前、知ってたの? あれって蒼葉が考えた名前なんだけど、確か、ナガトさんは蒼葉に直接会ったことないんだよね?」<br /> なんか場違いな会話だ。<br /> しかしまあ、今の魔法の破壊力のおかげで怪鳥がさらに躊躇したからな。<br /> 「わたしは前にアオバなる人物がこの魔法を使ったところを目撃してる。だから知っていた」<br /> あ……そういや長門は見てたんだったな……なるほど……そういうことか……<br /> 「ふうん。凄いわね。異世界が視えるなんて。どんな目を持ってたら視えるのかしら。あたしはただひたすら蒼葉のことを祈るしかなかったんだけど」<br /> 「世界の連結が断たれていなかったから」<br /> 「ああ、そういうこと」<br /> って、分かるんですか!? 今の説明で!?<br /> 「うん。でもまあ言葉にしにくいから詳細は省くけどね。それよりもナガトさん、もう一発いける?」<br /> 「問題ない」<br /> などと物騒な会話を交わし、再びアクリルさんと長門が生み出した光の不死鳥は残りの怪鳥を壊滅させるのだった。</p> <p> </p> <p> </p> <p><strong>涼宮ハルヒの遡及ⅩⅠ</strong></p>