古泉一樹の私情
今、目の前で得体の知れない巨大な怪物が暴れている。…「神人」。暴れるたびに周囲の建物が破壊されていく。初めてこの光景を目の当たりにしたとき、この状況をうまく説明できる言葉は僕の頭脳には存在しなかった。 僕は今、仲間たちと共に、暗闇の中で必死に抗っている。暗いのはここが真夜中だからというわけではない。確かに時間的には夜。でもここではそんな常識は通用しない。そう、ここでは常識なんて無用の長物なんだ。宇宙単位で考えればこんな矮小な存在であるはずの人間。そしてその中でも僕の存在なんてどれだけ小さいものだろう。そうであるはずの僕にも、ここでは人を超えた力を有することになってしまう。もう何度目になるのか。だが、ここ数ヶ月で確実に機会は減ってきている。このまま徐々に減り、ついにはなくなってしまえばどれだけの人間が救われることだろうか。 …そんなことを考えいるときでもないか。「神人」がこちらを捉えた、様な気がした。なぜだろう。僕にはわかる。この空間の意義。そしてこの空間の創造主の心理。どうやらこの能力もその創造主から賜ったものらしい。まるで「私を止めて」と叫ぶように。僕の勘違いかもしれないが、その言葉にならない「叫び」を聞くたびに僕は悲しくなる。理由はわからない。いや、理由など最初から無かったのだろう。ただ、わかる。それだけで僕は十分だった。神人がこちらへ向かってくる。それを感じ取ったように僕に近づいてくる赤い閃光がひとつ。「一樹。無事か。」大和さん。こちらを心配してくれるなんて余裕ですね。「ええ、最前線まではまだ行ってませんし、これから参ろうと思っていたところなんですよ。」大和さんはこちらを見るとうっすらと笑顔を浮かべている。僕とは決定的に違う感じですが。「それだけ大口たたけりゃ十分だ。」彼は神人に視線を集中させている。「一気に行くぞ。もういい加減帰りたい。」「了解です。僕も今日は疲れてるんですよね。」僕は力を開放する。本能的に力の加減を理解していた。「よっし。足引っ張んなよ。終わったらコーヒーでも飲みにいこうや。」「無論。そのつもりです。あなたのコーヒーの趣味はいまいち理解できませんが、缶でいいなら付き合いますよ。」「けっ、それはおめえが、ガキだからさっ!」僕たちは全速力で神人に近づいていく。こいつとはもう数え切れないほど戦ってきた。「おまえは右だ。俺は左。」「そして、とどめに胴体、ですね。」いつもどおりの動き。手馴れたものだ。すぐさま、同じタイミングで両腕を落とし、とどめに入る。いずれにせよ、僕たちが止めなければあの化け物は暴れ続ける。そして果てには僕たちの世界まで食い尽くしてしまうだろう。
食い尽くした後何が起こるのかは、未だ誰にもわからないが。今ならはっきり言える。「彼女」はそんなこと望んでいない。そして僕もだ。僕にだって失いたく無いものくらいある。いや、正確にはできた。かけがえの無い場所。僕の居場所。最初は調査、監視、干渉のため。僕は「機関」の人間だ。目的はあくまでもこの世界のためであり、そのための入部だった。でも、今は違う。僕は自分の意思でそこにいる。こんな感情は本来僕には似つかわしくないのかもしれない。でもこれだけは譲れない。彼女のためにも、SOS団のためにも、そしてこの僕のためにも、僕はここで倒れるわけにはいかない。ズゥゥゥゥゥン……神人の胴体、いや存在が崩れ始める。「ふぃー、終わったか。怪我はねぇか一樹?」「おかげさまで。しかし、その年上くさい言葉遣いは何とかなりませんかね。同い年でしょう、お互い。」大和さんの目はお前が言うなと言いたげだ。「お前こそその芝居口調どうにかなんねぇのかぃ?」ほら、やっぱり。「そういう癖でして。…始まりますよ。」空間の崩壊が始まる。空が割れ、地が唸る。それは割れる海のように、海では無く空だったが、空間が割れる瞬間とはなんとも壮観ですね。「来た来た。ようやくの解放だな。」「他の方たちは?」「もうとっくに離脱してら。」まったく、いつまで続くんでしょうかね。…気がつけば、元の空間に戻っていた。国道沿いの歩道。隣には息を潜めた工事現場がある。時々通る車は僕らを歓迎していないようにも見えた。
「さて、帰りますか。お疲れ様です。」こうして下の世界に戻れば二人はただの一般人。ただの一学生に過ぎない。
このギャップが慣れれば面白くはなってくるんですけどね。
バイトが終わった学生のようなノリで大和さんは僕に話しかけてくる。
「お前も苦労者だな。夜はお掃除、朝は機関のために調査。近いうち倒れんじゃねーか?」大和さんは楽しそうに語ってますけどね。外陣は楽でいいですよね。「いえ、いいんですよ。好きでやっているんです。それに、僕も最近では単なる調査で終わらせる気では無くなって来ましたし。」じゃあ何だ?と彼は聞き返す。僕は振り返って答えようとする。さて、どうするか。「このキザ野郎。」先手を打たれまてしまいました。「ま、癖みたいなもんです。それよりも。」これを言っていいのだろうか。彼の本心は僕でも測れない。「彼女たちとの交流です。友人としての。思っていた以上に得るものがあるんですよ。」「今の僕はこの機関の人間です。ですからまだこの立場を忘れるつもりはありません。
ですが、いつか訪れて欲しいと、本気で思えるようになって来たのですよ。
この立場を忘れて、SOS団副団長として彼らと交われるときをね。」
この人なら、もしかしたら。そう思えるほど僕は彼に信頼を置いていた。彼は目を細める。「一応わかっているつもりですよ。仲間のうち一人はTFEI、もう一人は未来人です。いつか別れがきっと来る。
それでもね&これは理屈じゃないんですよ。」
彼は僕の言っていることを、ただ聞き入っているようだった。
その目には何のリアクションも現れていない。ただ黒く、そして深い。
一見飄々として、いかにも能天気に見える彼は、本心を隠すことにだけはおそらく誰にも負けないのだろう。
「あの可愛いのと無口そうなあれか?ま、『いつ』かはわかんねーが、いつか来ることにはなるだろうな。」
木の葉が風に流されて舞っていた。僕の立場はまさしくそれだった。
この風から開放されるときが、いつか僕にも来るのだろうか。
ふと彼の目が僕を捉えた。そして発した言葉はこうだ。
「おまえのために?」「僕のために。」さて、どうリアクションをとってくれるだろうか。「…そうか。いや、変わったな。悪い方向にな。」
急に雲行きが悪くなっていく気がした。
「ちぃっと甘くなりすぎたんじゃねーか、ってな。」彼の深刻な顔は僕を捉えて離さない。「俺たちはあくまで機関の実動部隊。お上の意向にそって行動する。お前は直接干渉する役だから俺たちとは少し違うがな。例の嬢ちゃんについても、おまえしか分かってない事もあるんだろう。だが、そんなにやつらに感情移入をしまくって身が持つわけねえだろ。いつか歯車が狂いかねない。違うか?」全くもってそのとおりです。反論の余地は無く、僕はただ立ち尽くすしかなかった。「お上の判断なんてものは俺たちには予測はできん。いつかあのようわからん団体をつぶしかねないようになっちまったら、どうするつもりだ。」話をしたのは失敗でしたか。そして彼ならその問いかけの答えもわかっているのだろう。「そん時お前は、向こう側に回る。そうだろうが。」よくわかってらっしゃいますね。流石です。彼は白い息を空に放ちながら言葉を発しつづける。「お前に化かしあいで勝てるとは思っちゃいねー。だからスパッと言っちまうが、お前は機関からあぶれる可能性もある。」もちろん。また転校生を送り込むわけにもいかないですし、僕がこのポジションを離れることは無いでしょうが。「おまえの反応から察するに、すべて承知の上か。」
本当に僕のことを理解してますね。ここまでとは思いませんでしたよ。「その読めない笑顔が邪魔でお前の感情自体はいまいちわからん。どうなんだ?」もういいか。僕は観念したように大和さんを見据えた。「…そのとおりです。」言ってしまいました。まぁ、真実ですしこの際は…その時、大和さんはなぜか笑っていた。「くははは、天晴れなやつ。やっぱりそうかい。ま、おれに言わせりゃどっちでもいいさ。」
「何笑ってるんですか?笑うところじゃない気もしますが。」
また彼は軽く笑い出した。茶化してるわけじゃないでしょうね。
「は?ああ、お前の好きにしとけって話さ。それににしてもあのお前がねぇ。」? いまいちよく分かりませんね。「どういうことです、それは。」大和さんの朗らかさが全面に出ていた。僕は仄かな安堵を感じていた。「いんや、喋るの久々だったからよ、ちいっとからかってみただけさ。お前はさ、嬢ちゃんのこともあってか、人の心理にとっちゃ一流だ。でも自分のことはとんとなっちゃねぇよ。おれから見りゃ丸裸だ。」僕は内心冷や汗モノだったというのにあなたという人は。
まったく、敵いませんね、完敗です。「いいんですか。」「いいんだよ。お前らしーから。」まさか同僚にもこんな方がいたとはね。話をふった僕も驚きますよ。「…感謝します。」大和さんはまた近くの壁にもたれ、前を向いたまま僕に話し掛けた。「……今回のことは、上に報告しないでおいてやる。」渋いですね。今は年不相応ですが、この渋さはもう個性の領域ですね。彼の不敵とも安らかともとれる笑い。僕にはなぜか人懐っこい印象を与えてくれた。「ありがとうございます。」彼は鼻をフンと鳴らす。「お前に礼を言われても嬉しくねーよ。なんか企んでんじゃねーかってそわそわする。」
壁に背をつき上を見上げる彼はいつもより大人っぽく見えた。
タバコでも吸いそうな姿ではあるが、彼曰くタバコだけはアウトだそうだ。
「そうですか。そういえば、似たようなことを誰かから言われた気がしますね。」
「例のアイツ、か?」
相も変わらずお見通しで。
「ええ、その彼です。お会いになりますか?意外にも気が合うかもしれませんよ。」
「いや遠慮しとく。おれはあくまで外陣から張っとくくらいが丁度いいのさ。」
「こちらに来る気はないのですか。」
彼はわかりやすく舌打ちをする。
「そんで、あの嬢ちゃんの天晴れ街道に巻き込まれろってか。勘弁してくれ。あれは確かに面白いぜ。ま、見てる分にはな。
つまりはそういうことだ。」
ここは僕も笑うしかないですかね。苦笑いですが。外からはそういう風に見えているのでしょうか。
「そりゃもう、よくお前は無事に生きてるなって話で持ちきりさ。集まってる面子が面子なだけに、何が起こるかわからないしよ。」
やれやれ。何でこんなに楽天的に話すのでしょうかね。
世界はあそこを中心にまわっていると言っても過言ではないでしょうに。
「いいんだよ。それがおれだ。」
男は自信をもって胸を張れ、と。彼はまさにそれを体現してるようですね。
「こういうのはな、常に気を張ってもしゃーねんだよ。なら、精々楽しめよ。せっかく神とやらがくれた最高のプレゼントなんだぜ。」
人間の心が眠る奥深く、彼ほど深いものを持ってる人間はいないでしょうね。
「あなたほど割り切れる自信はないですが、それなりに倣ってみようとは思いますよ。」
彼のがまた笑い声を漏らした。さっきから笑ってばかりですね。
「そーかい。素直でよろしい。」
そして彼はこちらに振り返った。…半笑いで。
「その代わりといっちゃなんだがよ。」「何ですか?」大和さんは笑いながら僕を見据えた。
「コーヒー奢れや。」
思わず僕に笑みがこぼれる。「缶コーヒーでよければ。」ま、僕は甘ちゃんと呼ばれても構いませんよ。それで守りたいものが守れるのなら。彼は一歩足を踏み出す。ここは僕もそれに続こうと思う。
車のライトと街が生み出す眩しすぎるネオン。
「けったいな灯かりだ。」
「それでも人が生み出したものですよ。」
僕達はまだ若い。この混沌とした街をどう受け取るかは人それぞれだろう。
数年後、数十年後、この力を含めてここはどうなっているかわからない。
でもやはりさっきも言った通り、これは理屈じゃないんですよ。
あの人達と、あの人と、一緒にいることができるのなら…。……ま、柄にもないことですけどね。だから、多くは語りません。
ちなみにあなたはさっき、僕を他人の心理に関しては一流と言いましたね。もしそうだとしたらあなたはきっと、次にこう言うでしょう。「けっ、やっぱり甘ちゃんだぜ。」…やはり僕も、まだ捨てたもんじゃないですね。
*上記はプリンスレに投下されたもので、秋◆FSPa1UFMls氏本人の許諾を得て載せています。
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