長門有希の報告Report.11
SOS団集団下校。それは何も変わらない、いつもの光景だった。「あれっ!?」 涼宮ハルヒは驚き、声を上げた。「どないしたんや、ハルヒ。」【どうしたんだ、ハルヒ。】 『彼』が問い掛ける。「ほら、あそこ、踏み切りの向こう。あそこにおるの、朝倉違(ちゃ)う!?」【ほら、あそこ、踏み切りの向こう。あそこにいるの、朝倉じゃない!?】「何(なん)やと!?」【何(なん)だと!?】 『彼』は驚愕した表情で彼女の指す方向を見た。しかし、その視線はちょうど走ってきた電車に阻まれる。電車が通り過ぎると、そこには誰もいなかった。「見間違いか、他人の空似と違(ちゃ)うか?」【見間違いか、他人の空似じゃないか?】「いや、あれは間違いない!」 こうして、翌日の不思議探索ツアーは、『朝倉涼子の捜索』に決定した。ここでも彼女の力は遺憾なく発揮され、捜索開始から二時間後、わたし達は求める者に遭遇した。 ……朝倉涼子が、そこにいた。「朝倉っ!」 ハルヒが声を掛けた。『朝倉』と呼ばれた少女は、びくりと身体を震わせて、声の元に身体を向けた。「あんた、朝倉涼子と違う?」【あんた、朝倉涼子じゃない?】「え、は、はい、そうですけど……」「やっぱりー! 久しぶりやな~、元気してた?」【やっぱりー! 久しぶりね~、元気にしてた?】「え? え?」 『朝倉』と呼ばれた少女は、目を丸くして戸惑っている。「あ、あの……話が見えへんのですけど……」【あ、あの……話が見えないんですけど……】「ひどいな~元クラスメイトにそれはないん違(ちゃ)う?」【ひどいな~元クラスメイトにそれはないんじゃない?】「えっと……あの、あなた達は誰……ですか……?」 今度はハルヒが困惑する番だった。「誰……って。あたしは元、北高の1年5組、涼宮ハルヒ。で、こっちが同じく元、北高1年5組のキョン。覚えてへんの?」【誰……って。あたしは元、北高の1年5組、涼宮ハルヒ。で、こっちが同じく元、北高1年5組のキョン。覚えてないの?】「覚えてへんって言うか……そもそも『北高』って一体……?」【覚えてないって言うか……そもそも『北高』って一体……?】 『彼』の紹介があだ名であることについては、本人から以外には誰からも指摘の声は上がらなかった。「あんた、『朝倉涼子』やんな?」【あんた、『朝倉涼子』よね?】「え? ええ、『朝倉涼子』ですけど……」「涼子ー! 何してんのー?」【涼子ー! 何してるのー?】 その時、『朝倉涼子』に声が掛けられた。声の主を見て、SOS団一同は固まった。「あ……有希……」 『朝倉涼子』は、声の主を見て、安堵した声を漏らした。 ……長門有希が、そこにいた。「どしたん? なんかいっぱい人がおるけど。涼子の知り合い?」【どしたの? なんかいっぱい人がいるけど。涼子の知り合い?】 『涼子』と呼ばれた彼女は、ふるふると、首を横に振った。「えっと……全然知らん人達……」【えっと……全然知らない人達……】 それを聞くと、『有希』と呼ばれた彼女はハルヒに向かって言った。「えーと、どちらさんか知らへんけど、あんまりこの娘を怖がらさんとってくれる? ナンパやカツアゲにしちゃ男女比率おかしいけど、本人はあんたらのこと知らへん言(ゆ)うてるし。」【えーと、どちらさんか知らないけど、あんまりこの娘を怖がらさないでくれる? ナンパやカツアゲにしちゃ男女比率おかしいけど、本人はあんたらのこと知らないって言ってるし。】 『有希』は『涼子』をかばうように一歩前へ出ると、続けた。「もしご不満やったら、わたしが相手になるし。」【もしご不満なら、わたしが相手になるわ。】 彼女は意志の強そうな眼で、涼宮ハルヒを見据えていた。「あ、あの……有希。」「なに?」 『有希』は軽く振り向いて『涼子』の声に答えた。「わたしは知らへんねんけど、その人、わたしの名前知ってるみたいやねん。それに……」【わたしは知らないんだけど、その人、わたしの名前知ってるみたいなの。それに……】 そう言って視線をあるところに向ける。「あんたが知らんのに、相手が名前知ってるなんて、ますます怪し……」【あんたが知らないのに、相手が名前知ってるなんて、ますます怪し……】 答えつつ、『涼子』の視線を辿った『有希』は、途中で声を失った。視線の先にいるのは、わたし。すなわち『長門有希』。 ……彼女にそっくりな少女が、そこにいた。『…………』 全世界が停止したかと思われた。沈黙がその場を支配する。「……つかぬことを伺うけど。」 最初に口を開いたのは、ハルヒだった。『有希』と呼ばれた少女に問い掛ける。「……なに?」「あんたは……『長門有希』?」「そうやけど……何(なん)であんたがわたしの名前知ってんの? それに……」【そうだけど……何(なん)であんたがわたしの名前知ってるの? それに……】「ああ、皆まで言わんといて。何が言いたいか、大体分かるから。それにしても奇遇やねぇ。この娘は……」【ああ、皆まで言わないで。何が言いたいか、大体分かるから。それにしても奇遇よねぇ。この娘は……】 ハルヒはぎこちなく、顔ごとわたしに視線を向けた。「長門有希。」 わたしはいつも通りの平坦な声で答えた。再びその場を沈黙が支配した。
「これはこれは、えらい光景ですなー……」【これはこれは、すごい光景ですね……】 古泉一樹が、引き攣った笑顔で言葉を漏らす。わたし達は、再び真っ先に沈黙の状態異常から回復したハルヒの提案により、近くの喫茶店に入っていた。 わたしと『長門有希』、『彼』と古泉一樹と朝比奈みくる、ハルヒと『朝倉涼子』に分かれ、卓の三辺に座っている。 そう。卓の一辺には、まったく同じ外見を持った二人が並んで座っている。そしてその二人は、赤の他人。「世の中には似てる人が三人いるって言うけど……」 ハルヒは、まじまじと、わたし達を見比べている。「うーん、不思議な気分やわ。自分の顔が近くにあるって。」【うーん、不思議な気分だわ。自分の顔が近くにあるって。】 『有希』は、鏡片手に、わたしと自分の顔を見比べている。「……名前まで同じなんて、すごい偶然ですね……」 『涼子』は、おずおずと感想を述べた。「今この場におらへんけど、あたしの知ってる人も、あんたとよぉ似とぉし、名前も同じやねんで。最初に声掛けたときは、絶対本人やと思(おも)たもん。」【今この場にいないけど、あたしの知ってる人も、あんたとよく似てるし、名前も同じなのよ。最初に声掛けたときは、絶対本人だと思ったもん。】 と、ハルヒは『涼子』に言った。「それで、あんた達はどういう関係なん?」【それで、あんた達はどういう関係なの?】「わたし達は、従姉妹。」 ハルヒの問いに『有希』が答える。「今日はちょっと親戚の集まりがあって、この辺りに来てたんやけど。まさかこんな出会いがあるとは思わんかったわ。」【今日はちょっと親戚の集まりがあって、この辺りに来てたんだけど。まさかこんな出会いがあるとは思わなかったわ。】 ふに。 ふにふにふに。 『有希』は、わたしの胸を一掴みし、それから自分の胸を掴みながら言った。「胸の大きさまで同じって……」「ちょ、ちょっと!? あんた女のくせに、なに女の子の胸揉んどぉ!?」(あたしの有希に、なに手ぇ出しとぉ!!)【ちょ、ちょっと!? あんた女のくせに、なに女の子の胸揉んでんの!?】《あたしの有希に、なに手出してんのよ!!》 あなたがそれを言うのですか、ハルヒさん。 もしわたしが『彼』だったら、そんなツッコミをしていただろう。なお、括弧書き内はわたしが補足した。「ええやん、女同士なんやし。気にしたらあかん。それにしてもあんたは無表情やなー。」【良いじゃない、女同士なんだし。気にしちゃだめよ。それにしてもあんたは無表情ねー。】 『有希』は、わたしの口に指をつっこんで横に広げたり、眉尻を下げさせたりして遊んでいる。(あの娘は長門にそっくりやけど、怖いもの知らず……ある意味ハルヒっぽいな……)《あの娘は長門にそっくりだけど、怖いもの知らず……ある意味ハルヒっぽいな……》(ええ、そのようで。) 『彼』と古泉一樹は、小声で会話している。「それにしても、こんな近所に、そっくりな娘がおるとは思わんかった。引越ししてへんかったら、もっと早(はよ)会えたんかな?」【それにしても、こんな近所に、そっくりな娘がいるとは思わなかった。引越ししてなかったら、もっと早く会えたのかな?】「前は近くに住んでたん?」【前は近くに住んでたの?】「今は大阪に住んでるけど、四年前までは、宝塚におってん。ほんで涼子が西宮やったから、時々遊びに行っとってんわ。同い年やし。」【今は大阪に住んでるけど、四年前までは、宝塚にいたの。それで涼子が西宮だったから、時々遊びに行ってたのよ。同い年だし。】「ふーん。で、涼子ちゃんは、どこ住んどぉ?」【ふーん。で、涼子ちゃんは、どこ住んでるの?】「あ、わたしも、今は大阪に住んでます。有希の近所。四年前に引越しました。」「あー、あと一年ほど早(は)よ会(お)うてれば、もっとおもろい光景が見られたのになー……さっきも言(ゆ)うたけど、あんたにそっくりの同姓同名の娘が、同級生におってん。急に外国……カナダへ転校してしもてんけど。」【あー、あと一年ほど早く会ってれば、もっと面白い光景が見られたのになー……さっきも言ったけど、あんたにそっくりの同姓同名の娘が、同級生にいたのよ。急に外国……カナダへ転校してしまったんだけど。】 「そんなによぉ似てるんですか?」【そんなによく似てるんですか?】「もう似てるなんてレベル違(ちゃ)うで! 同じ人間のコピーかと思うくらいそっくりやねん! 雰囲気とか……ああ、あと声も一緒やわ。」【もう似てるなんてレベルじゃないわ! 同じ人間のコピーかと思うくらいそっくりなの! 雰囲気とか……ああ、あと声も一緒だわ。】「……わたしも、よく似ているの。」 『有希』は、平坦な声で話した。「!? すご! 喋り方を合わしたら同じ声や!!」【!? すご! 喋り方を合わせたら同じ声だ!!】「……そう。でもわたしは、彼女の声をほとんど聞いていない。」 『有希』はわたしのモノマネをしている。そっくり。「わたしの声は、もっと高いと思われる……くくく、ははは、あーっはっはっは!」 『有希』は声を上げて笑い出した。「あかん、おもろすぎる! ツボにハマってしもた! わたしが無表情やったら、こんな顔なんやな。そんな顔で、わたしのいつもの声で喋るとこ想像したら……ぶはははは! あかん、止まらへん!」【だめ、面白過ぎる! ツボにハマっちゃった! わたしが無表情だったら、こんな顔なのね。そんな顔で、わたしのいつもの声で喋るとこ想像したら……ぶはははは! だめ、止まらない!】 「くくく……た、確かに、あんたのさっきの声で有希が喋るとこなんて、想像つかへんわ!」【くくく……た、確かに、あんたのさっきの声で有希が喋るとこなんて、想像つかないわ!】 ハルヒと『有希』は、腹を抱えて大笑いしている。 朝比奈みくる、古泉一樹、そして『彼』は、三人とも明後日の方向を向いている。 しかしわたしには分かる。三人とも肩が震えている。どう見ても笑いを堪えている。三人とも、わたしが『有希』の声色を使うところを想像しているらしい。 ……朝比奈みくるは、先日の実験で、そんなわたしの声も知っているはず。それでも笑えるのだろうか。よく分からない。 そしてわたしの記憶領域にある試論が展開された。ハルヒが言うように、今目の前にいる『長門有希』の声で話すこと。 これは、元々このインターフェイスが持っている声色でもあるので、何の難しいこともない。そして、涼宮ハルヒの退屈を紛らわせるのにちょうど良いと判断した。「それはこんな感じ?」 わたしは、ある程度抑揚をつけて『長門有希』の声色で話した。表情はそのままで。『!?』 わたし以外の全員が絶句した。「ゆ、有希……」 ハルヒが恐る恐る言った。「あんた……無表情でその声は……ユニーク……」 わたしの台詞を取られた。
よく知る人物によく似た姿かたちで、かつ同姓同名である人物との遭遇は、ハルヒの好奇心を大いに満足させた。特に『長門有希』については、同じ姿の人物が二人並んでいることもあって、しきりに二人を見比べては目を輝かせる姿が見られた。 その後も他愛もない話に花を咲かせ、主にわたしが『有希』とハルヒに玩具にされながら、にぎやかな時間を過ごすうち、彼女達が帰る時間となった。「今日はすごくおもろい日やった!」【今日はすごく面白い日だった!】 『有希』はやや興奮気味に、今日の感想を述べた。「あんまり長いこと家(うち)を空けてると、みんなが心配するし、もうそろそろ帰るわ。」【余り長い間家(うち)を空けてると、みんなが心配するし、もうそろそろ帰るわ。】「名残惜しいけど、しゃーないな。」【名残惜しいけど、仕方ないわね。】 ハルヒと彼女達は、連絡先を交換していた。「そんなに遠く離れてるわけでもないし、また今度会えたらええですね。」【そんなに遠く離れてるわけでもないし、また今度会えたら良いですね。】 『涼子』が言った。彼女もとても楽しそうに見えた。「そやね。有希! って、やっぱり自分と同じ名前呼ぶんは変な気分やな……また今度、遊ぼな!」【そうね。有希! って、やっぱり自分と同じ名前呼ぶのは変な気分ね……また今度、遊ぼうね!】「……また、今度。」 わたしは平坦な声で答える。「ふふふ。今度はカラオケで『有希』ちゃんと有希のデュエットとかしたら面白そうやね。ダブルヘッダーならぬ、ダブルユッキーで。」【ふふふ。今度はカラオケで『有希』ちゃんと有希のデュエットとかしたら面白そうよね。ダブルヘッダーならぬ、ダブルユッキーで。】 『涼子』はそう言って微笑んだ。「わたしに似てるっていう、もう一人の『朝倉涼子』さんにも、会(お)うてみたかったなあ。」【わたしに似てるっていう、もう一人の『朝倉涼子』さんにも、会ってみたかったなあ。】「そういえばあいつ、急に転校したあと、手紙の一つも遣さへんねんで? たまにはひょっこり一時帰国でもして、顔出したらええのに。」【そういえばあいつ、急に転校したあと、手紙の一つも遣さないのよ? たまにはひょっこり一時帰国でもして、顔出したら良いのに。】 ハルヒは『涼子』を抱きかかえ、頭を撫でながら言った。「何(なん)かね、ほんま漠然としてるんやけど、何となく、あいつとはまた会えるような気がすんねん。」【何(なん)かね、ほんと漠然としてるんだけど、何となく、あいつとはまた会えるような気がするのよ。】 ハルヒに頭を撫でられている間、『涼子』は頬を朱に染め、目を細めていた。「ほな、また今度! ……ほな、行こか、涼子。」【じゃあ、また今度! ……じゃ、行こうか、涼子。】「うん。皆さんもお元気で。もう一人の『朝倉涼子』さんにもよろしく……って言(ゆ)うても、おらへんのか。」【うん。皆さんもお元気で。もう一人の『朝倉涼子』さんにもよろしく……って言っても、いないのか。】 こうして、彼女達は去って行った。
わたしたちの出自を整理する。 わたし達、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスは、身体を構成する際、外見は実在する人間を基にしている。端末により若干の改変を行う場合もあるが、基本的には基の人間の姿かたちをそのまま使用している。 もちろん、涼宮ハルヒの身辺に配置されるに当たって支障とならないよう、涼宮ハルヒとは物理的又は時間的に遠くに存在する人間の情報を利用する。 実は端末の開発初期段階では、それまでの基本的な観察結果を基に、全く新規に端末の外見を構成する予定だった。 しかし、計画は頓挫した。いざ実際に作成し、現場に投入してみると、様々な問題が発生した。その時の騒動は情報操作によって、人間の歴史からは完全に消え去っているが、それは凄まじいものだった。人間の世界に存在するもので例えると、『3DCGによって製作されたヴァーチャルアイドル』。そのようなものが実際に肉体を持って街を歩けばどうなるか。街は恐慌状態に陥った。 なお、端末の稼動が軌道に乗った時点で行われた追跡調査で、その時に投入された端末の出来は、『ヴァーチャルアイドル』と呼べるほどの品質ですらなかったことが判明した。情報統合思念体の一部では、人間の言葉になぞらえてその時の試作端末を『モッコス』又は『邪神セイバー』と呼称して揶揄している。言葉の由来は、『フィギュア』と呼ばれる人形の一種で、非常に出来が悪いことで有名になった個体名から。 情報空間においては、仮想も現実も大した区別を必要としない。だから、情報空間に生きる情報生命体である情報統合思念体には、仮想と現実の差が大きな意味を持つ有機生命体の思考に、仮想と現実を踏み越えた外見が大きな影響を及ぼすことは、本質的に理解できなかった。 プロジェクトは暗礁に乗り上げた。どうすればこの状況を打開できるのか。情報統合思念体は、決定的な回答を持ち合わせていなかった。「人間をそのまま写し取れば良い。」 その時、どこかの派閥が閃いた。「我々と有機生命体とでは、違いが大き過ぎる。観測初期においては、既存の人間の外見を流用するのが効率的ではないか。」 情報統合思念体の目的は、有機生命体である涼宮ハルヒの観測。これは未知の領域への進出。分からないから理解するために、対象と良く似た構造のインターフェイスを派遣する。しかし、分からないものを作ることはできない。ならば、その最初の一歩はやはり既存のものの流用から始めるしかない。 こうして端末の外見の仕様が固まった。次に問題となったのは、どのような外見を流用するのか。それまでの観測結果によると、対象となる『人間』には、外見的特徴に、いくつかの共通する類型があることが分かっていた。 まず『性別』。これは人間に限らず、多くの有機生命体に見受けられる特徴で、外見だけではなく生命体の増殖にとって重大な意味を持つ特徴。 次に『人種』。これは主に皮膚の色調に代表される大まかな分類。 そして『民族』。同じ人種でも、民族が違うと外見的特徴が変化する。 観測の結果、涼宮ハルヒが生息する地域では、ある人種が圧倒的多数を占める普遍的存在として認識されていた。 そこで端末の外見は、当該対象の生息する地域で圧倒的多数を占める、『日本人』という集合の中から選定されることとなった。 そして涼宮ハルヒの基礎的な観測データを基に、彼女が望む人物像に合致した人間の外見を検索していった。性格は別個に検索し、組み合わせる。こうして彼女が望む性格と外見を持った端末を製作していった。 しかし、最後に難関が待っていた。 彼女に最も近い場所に配置する端末の外見が、見付からなかった。 『見付からない』と表現すると語弊がある。正確には、存在は確認していた。 しかし、彼女の近くに配置するという重要な意味を持つ端末に与えるには余りに彼女に『近い』位置に、その外見を持つ人物は存在した。端末と、端末と同じ姿をした『オリジナル』とが出会ってしまう確率が飛躍的に高くなる。 プロジェクトは再び暗礁に乗り上げた。「当該対象の移動を確認。『引越し』と呼ばれる現象で間違いない。」 朗報だった。 外見のモデルとするのに最も適した人物が、引越しによって涼宮ハルヒから遠い位置に移動した。それでも隣の『府』と呼ばれる地域に移動しただけなので、若干の不確定要素は残るが、涼宮ハルヒの求める人物像に最も合致する外見を使用することを優先させた。 ――長門有希、承認―― ――朝倉涼子、承認―― こうして、涼宮ハルヒに最も近い位置に配置される端末が生み出された。 長門有希は、隣のクラス、そして文芸部に、朝倉涼子は同じクラス、そして学級委員にそれぞれ配置されることが決定した。SOS団結成の三年前のことだった。 以来、端末と『オリジナル』は、全く接点を持たずに過ごしていった。プロジェクトは順調だった。途中で朝倉涼子が異常動作を起こし、結果、情報統合思念体の許可を受けた長門有希が、朝倉涼子の有機情報連結を解除するというアクシデントもあったが、プロジェクトは概ね目的を達成しつつあった。 しかし、意外な形でわたし達は接点を持った。それが今回の遭遇。これは情報統合思念体にとっても想定外の出来事だった。 情報生命体である情報統合思念体にとっては、『同期』のように未来の出来事を知ることはたやすいはずだが、それでもこの現象は『想定外』だった。その理由は、一端末に過ぎないわたしにはよく分からない。 もしかしたら、情報統合思念体もわたしと同じように、あえて未来と同期しないようにしているのかもしれない。情報統合思念体も、未来に起こる出来事をあらかじめ知りたくはない、と思うことがあるのだろうか。
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