涼宮ハルヒの経営I 3章
三 章
「ピンクが栄えていますね。今までこういう衣装を着た長門さんを見られなかったのが、もったいないくらいです」「なぜ今まで気が付かなかったのかしら。有希、すっごく似合うわ。ほら、ヘアバンドしてみて」そう、ロリータファッションと言えばヘアバンドだ。「……どう」ヘアバンドを髪に巻いてあごのところで小さく結んで、俺を見た。微笑っぽいものが浮かんでいるところを見ると本人も気に入ってるようだ。俺はにっこり笑って親指を付きたてた。 「長門、似合ってるぞ」「な、長門さん、似合ってますよ……」気のせいかもしれんが、朝比奈さんの口数が減っている。もしかして役柄を取られて後悔してるんじゃありませんか。 「部長氏、ちょっといいものを見せたいんだけど」俺は内線をかけて、長門の親衛隊を自称する開発部の連中を呼んだ。「おおおお」ドアを開けるなり部長氏以下五名の感嘆のコーラスが響いた。「スバラシイ。とてもよくお似合いです、副社長」もう長門の元にひれ伏して靴にキスでもしそうな勢いだ。「……そう」長門がちょっとだけ微笑んだ。これ、来客のときも着てくれると営業効果あるかもな。長門にはなにかこう、特殊な部類の人種を惹き付けるオーラのようなものがあって、黙っていてもそいつらが寄ってくる。俺もそのうちのひとりなわけだが。 そのようなわけで我が社のマスコット的コスプレイヤーはしばらくの間、長門ということになりそうだ。 「そういえばハルヒ、お前高校の頃家庭教師やってたろう」「突然なによ。まあ、やってたけど」「あのときの男の子はどうしてるんだ?」「さあ……もう高校生くらいなんじゃないの?」「あの子をアルバイトに雇ってもらいたいんだが」「いいけど、バイトなんか必要なの?」言っとくが開発部の連中はマンパワーぎりぎりで、いつでも人を欲しがってるんだぜ。「タイムマシンに興味があるらしいんだが」この単純な社長を動かすにはこれだけで十分だった。「へー、そうなんだ」「今年受験生で物理学部を受けるらしい」「そうね、人材にも投資しないとね。昔の人はいいこと言ったわ。腐ったリンゴをつかみたくなければ、木からもぎ取ればいいのよ」それってなにか、俺は腐ったリンゴか。 ハルヒは自宅に電話をかけ、ハカセくんの家の電話番号を聞き出しているようだった。再度かけなおし、ハカセくんを呼び出していた。「今週中に来てくれるって」「そりゃよかった」「あんた、ほんとにタイムマシンなんか作れると思ってんの?」「お前が言い出したことだろ」「あたしは過去に行ってみたいだけよ。タイムマシンの仕組みなんか知ったこっちゃないわ」この人はいつもこれだからな。「まあなんとかなるんじゃないか?科学技術は日進月歩爆走してんだろ」「あたしが今から開発をはじめて、孫の孫くらいに完成すればいいくらいに思ってるだけよ。そしたらどの時代にでも連れて行ってくれそうじゃない」未来への投資か。自分の手でなんでもやってやるという、いつものこいつらしくないな。こいつの願望を実現する能力がなけりゃ、とても今世紀中の完成は無理だろう。 「創始者のお前がそんなこっちゃできるもんもできなくなるぞ。もっと自分を信じろ。やればできる、成せば成る。心頭滅却すれば火もまた涼し、じゃなくて、石の上にも三年、じゃなくて、我田引水じゃなくてええとなんだ」 「それを言うなら、千里の道も一歩からでしょ」「そうそう、それだ」いまいちぱっとしないよなあ。やっぱ古泉のいうとおり、ハルヒの活力やら突拍子思いつきエネルギーやらが薄まっちまってる。ここはひとつ、まわりが盛り上げてやる必要があるかもな。 「実は俺も時間旅行が好きなんだ」「へー、そうだったの。初耳だわ」朝比奈さんと目の回るような時間移動を何度も経験している俺がいうんだから、嘘じゃない。たまに吐きそうになるくらい好きだ。「どの時代に行くんだ?」「完成したらの話よ」「じゃあ完成したらいつの時代に行くんだ?」「そうね。十年前ぐらいがいいわ」「十年前ってーと中学生くらいか。自分にでも会いに行くのか」「自分に会ってもしょうがないでしょ。ちょっと会いたい人がいるのよ」十年前……?死んだ爺さんか婆さんにでも会うのか。「勝手に殺すんじゃないわよ。まだピンピンしてるわ」「じゃあ完成したらみんなで行こうぜ。俺は自分に小遣いでもやりたいぜ。あの頃はバイトもできなくて貧乏だったからな」「そうね。それもいいかもね」ハルヒは頬杖をついてぼんやりと遠くを見ていた。こいつのメランコリーの原因はどうやら過去にあるようだ。 次の日ハカセくんがやってきた。学校の帰りにハルヒに捕まったらしい。「期待の新人、ハカセくんを連れてきたわよ」「あ、先輩こないだはどうも」ハカセくんに先輩呼ばわりされちまってるぜ俺。「よう、来たな。こっちが古泉、こっちが長門だ。長門はハカセくんが志望する専攻の研究室にいる」「ほんとですか、よろしくおねがいします」「……長門有希」「ようこそハカセさん、なにもないところですが。今お茶を入れます」「ありがとうございます」丁寧に腰を四十五度に曲げてあいさつをするハカセくんだった。今日は朝比奈さんが来ていないので古泉がお茶当番だ。 「あれからいろいろと調べてみました」「なにを?」「タイムマシンに使えそうな技術です」この子はピザの宅配並みに気が早いというか。「すごいわねハカセくん。将来はノーベル科学賞ね」「涼宮姉さん、気が早すぎますよ。まだ勉強しはじめたばかりです」ハカセくんはてへへと照れた笑いを浮かべた。「ハカセくん、本を買ったら領収書もらっておいてね。会社の経費で清算してあげるから」それより図書カードを渡しといたほうがいいんじゃないか。いくら清算してやるといっても財布に限界があるだろう。あとで経費で商品券でも仕入れとくか。「ほかになにかいるものは?」「ええと、とくにないと思います。今のところは」「そうだ、白衣が必要だわ」「白衣ってまさかナースか」「バカね、実験着の白衣よ」ああ、科学者が着てるやつね。長門にナース服を着ろというのかと思った。それはそれで見てみたい気もするが。 「……これ、読んで」長門が分厚い本をハカセくんに差し出した。前に見たようなシーンだな。「量子論ですか?」「……そう。それからこれも」「量子力学ですか」長門の抱えた本は古びて表紙の文字が薄く消えてしまっていた。これ見覚えがあるんだが、もしかしてかつて文芸部部室にあったやつじゃ。「ちょっと僕にはまだ難しいです。高校の物理程度のことしか……」パラパラとページをめくるハカセくんは苦笑いしていた。「……大丈夫。わたしが教える」まあ長門と庶民的高校生じゃ知識の差がありすぎるが。いい教師にはなるだろう。 ハカセくんはハルヒの尽力(もとい圧力)によって今通っている塾をやめ、大学受験のための勉強をハルヒに、さらにタイムマシン開発のための勉強を長門に教わることになった。勉強を教えてもらってしかもバイト代が出るってのもエサで釣ってるようでアレだが、まあ本人が喜んでいるのでいいとしよう。
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