「永遠のともだち」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

永遠のともだち」(2016/01/06 (水) 17:01:38) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

*永遠のともだち ◆gry038wOvE  ────お願い、世界を救って  ────全ての世界が侵略者に狙われている  ────急いで  ────ウルトラマンたちと共に、侵略者を倒して! ◆ 「イヤ~~~~~!!!!」  あの殺し合い──変身ロワイアルを終えた蒼乃美希は、今度は全く見ず知らずの場所で、体長50メートル以上の怪獣に追われていた。  どうして怪獣に追われているのかは当人の胸に訊いても定かではない。  今はただ、美希は腕を振り、足を動かして前に進むだけだ。問題は、どう頑張ったところでも、美希の人並の歩幅での精一杯の走りは、規格外の巨大さを誇る怪獣の歩みに距離を縮められているという事である。 「何なのよ、もう~~~!!!」  思わず空に叫ぶが、彼女の魂の訴えを聞いてくれる者はいない。  周囲は人っ子一人いないゴーストタウンだ。──いや、それはそもそも、「タウン」と呼ぶには、美希の持つ常識と大きく外れすぎているかもしれない。  いきなり怪獣に見つかり追われ、何かを考える間もなく必死で逃げている物で、自分が帰って来た場所については、あくまで一瞬の印象と考察しか持っていないのだが、ひとまず、その時に美希が抱いたこの場に関する情報を思い返し、情報を纏めてみよう。  そもそも此処が、美希が帰るべき場所ではないという事は、辿り着いたその瞬間から彼女の本能が告げていた。  ──おそらくは、“美希が帰るべき「星」ではない”か、“美希が帰るべき「世界」ではない”。あるいは、その両方であると思えた。生存条件があった事が奇跡的なくらいだろう。  周囲を見渡す限り、全てが光の建造物で埋め尽くされ、街全体がエメラルドやクリスタルの宝石で出来ているかのような土地だった。これがまず異常だった。アスファルトやコンクリート、アルミのように美希たちの生活する星に当たり前に存在している材質はなく、そうではない何かで構成されている。──まさに光り物だけで作られた女の夢のような都市だ。  ただ、それらは、「建造物」といっても、それは美希の──いや、一般水準の人間の身長たちと比べても、明らかに合わないサイズなのである。  はっきり言って、規格外だ。大きくともたかだか身長2メートル程度の人間では、一つ完成させるのに天文学的な時間と手間をかけるような──それこそ、見上げても果てのないほどの大きな建物たちが並んでいた。  まるで、あのウルトラマンノアやダークザギと同じくらいの体格の巨人に生活条件に合致するかのような──いや、そうとしか思えない街なのである。美希たちと同じ等身の人間がこんな物を作ったって意味はない。  ここは、ナスカの巨大な地上絵を落書きできるような生物が住まう場所ではないか──?  迷い込んでしまった場所で、最初は自分が小さくなったのかとも思ったが、そもそもこれだけ周囲の光景が地球と違ってしまっていれば、そんな誤解さえも起きない。自分とは規格の違う別の場所に誘われてしまったようだとしか思えなかった。  ──そう、美希は知らないが、彼女がブラックホールによって転送された場所は、銀河系から遥か300万光年離れたM78星雲に位置する、ウルトラの星なのである。  要するに、ここは、蒼乃美希とは縁もゆかりもないような星だが、どういうわけか、彼女はこの世界に飛ばされてしまい、変な目玉の怪獣に一人で追われる状況になっている。  彼女が帰りたいのは、ウルトラマンの故郷ではなく、自分の故郷の地球だ。しかし、何らかの不幸な事故か導きによって、ここに転送されてしまった美希は、とにかく目先の障害から命を守るしかなかった。  見る限り誰もいないビル群の中を、どすどすと歩いて追ってくる怪物。  怪獣から必死で逃げる美希。 (っていうか、何なの……! あの目玉の怪獣はっっ!?)  奇獣ガンQ。  体長は55メートル。体重5万5千トン。  ちなみに生命がない。  ……という怪獣のデータはどうでもいいとして、問題は、美希は反撃が一切できないという状況である。  例によって、美希のリンクルンは石堀光彦によって光の吸収を受けた際に力が消えてしまい、完全に美希からキュアベリーへの変身能力を奪っていた。勿論、孤門一輝に継承されてしまったネクサスの光での変身もできない。  更に言えば、地の利も悪い。見知らぬ土地であるのは勿論の事、美希が普段履いているスニーカーはこの不明な材質の上を走るのに適した構造をしていないし、美希の身体も宇宙の果ての星で息を切らすには向いていなかった。  現状、策はないが、生きるには上手く策を講じて、ガンQを撒いて逃げるほかない。 「キィィィィィィィィッ!! キュィィィィィィィィィ」  一方、ガンQは、余程美希の事が好きらしく、巨大な目玉をハートにしてしつこく追ってくるのだった。  好意を持ってくれるのはありがたい話であったが、残念ながら美希の身長は164cm。ガンQと比べると54メートルほどの身長差があり、その身長差では、指先で触れられただけで潰れてしまう。今も地鳴りで体が飛び跳ねそうなほどだ。 「好きになって貰っても、お返しが出来ないから~~~!!」  というわけで、両腕を振って美希は好意を無碍にする。  あの目玉を見ていると、どうしても何を考えているのかわからず、不安になる気持ちを抑えられなくなる。  好機とばかりに、怪獣の入って来られないような建物と建物の隙間を見つけ、そこに全速力で駆けていき、すぐさま陰に隠れると、美希は少しだけペースを落として百メートル程度だけ走った。  ガンQがどれだけ美希をちゃんと見る事ができていたかはわからないが、人間がすばしっこく逃げていく蟻を追えないように、ガンQもこれ以上美希を深追いする事は出来ないのではないかと思ったのだ。 (はぁ……はぁ……まさか、帰って来たと思ったら怪獣に追われるなんて……)  こうして建物の陰に隠れると、狙い通りであった。遂に細やかな美希の姿はガンQの身体にある無数の目にも映らなくなったらしく、ガンQは、きょろきょろと巨大な目を回しながらどこかへと去って行った。先ほどの一瞬で死角に入れたのは奇跡だ。 (ふぅ……でも、何とか向こうに行ってくれたみたいね)  ぜいぜい息を吐きながらも、彼女はまた百メートルほど来た所を戻り、遠目で、ガンQが背中を向けているのを見て、ほっと胸をなで下ろした。  しかし、顔をそーっと出して、ガンQが去って行くのを黙って見つめる。  この陰に隠れていれば、しばらくは安全だろうと思った。色々と考える事はあるが、ひとまずはこの疲労をどうにかしなければ……。  ──と、そんな時だ。 「──おーい、お前、そんなトコで何してんだー!?」  またも、巨大な怪物が、屈んでこの建物の陰を覗いて見ていたのである。 「きゃああああああああああああああああああああああああああーーーーっ!!!!」  反射的に、美希は大声で叫んだ。  逃げ切ったと思った瞬間に、金色の瞳と銀色の肌を持つ、仏像のような巨大な顔が迫っていたのである。それがあまりにも大きすぎた為に、ほとんど建物の陰には光が差し込まず、美希はそれに圧迫感を覚えた。  ここに住んでいる者は、先ほど予感した通り、やはり50メートル大の姿をしているらしい。  ──ただ、ガンQと比べると、体格だけは人間の形をしていて、何故か流暢な日本語を普通に喋っている。あれを怪獣と呼ぶのはまだしも、彼を怪獣と呼ぶのは何かが違うようだ。  彼は何者だろう──。 「驚く事ねえだろ。なあ、この辺りで目玉の怪物を見なかったかぁ? ……って、ん? お前、まさか、蒼乃美希かっ!?」  美希の方は恐る恐るといった表情であるが、どうやら相手が自分の事を知っているという事だけは確認できた。  しかし、こんな知り合いはいただろうか──と、美希は少し考える。  もしかすると、こんな相手にもファッションモデルとして名前を知れ渡ってしまっているのだろうか。 「──俺はウルトラマンゼロ! お前たちの活躍、ちゃんと見てたぜ!」 「う、ウルトラマン……?」  ──どうやら違ったらしい。だが、それでも充分驚きは大きかった。  彼の名はウルトラマンゼロ。──想像するに、美希があのバトルロワイアルで出会ったウルトラマンネクサスやウルトラマンノアの親戚のような存在だろうと思える。  言われてみれば、顔立ちはウルトラマンネクサスやウルトラマンノアにも似ていた。──元々、それらの顔をはっきりと眺める機会があったわけでもないが、特徴的なフォルムだったので記憶の片隅には残っている。  美希の知るウルトラマンはもっと人格を廃された無感情で無口な者だったので、意外な気持ちが大きかった。こんなにも感情的で豊かに喋る物だとは思っていなかったのだ──まるで、神のようにも思っていたが、彼はそこらの普通の若者のような口調である。  敵対する態度を見せる様子はないが、しかし、このゼロも実際のところはわからない。殺し合いの中で残酷な裏切りを経験した美希には、まず疑る事も必要になってくる。 「ああ.! ここはウルトラマンたちの住む星だ! まっ、あのイカみたいなウルトラマンとは、別に知り合いってわけじゃないんだけどな。……で、美希。巨大な怪獣を見なかったか? 目玉の怪獣が一体、脱走しちまったからこの辺は危険なんだよなぁ」 「め、目玉の怪獣……?」  美希は、その言葉を聞いた時、ゼロの事を考えるのをふとやめて、やや顔を引きつらせた。  だんだんと美希の顔色は青ざめ、言葉を失う。彼女の視界に、映ってはいけない物が映り始めたのだ。彼女の身体を伝っていく鳥肌と、言い知れぬ不安。  ────あざ笑う眼。 「あ、あれ……」  美希はゼロの背後を指さした。  彼女の視界には、ウルトラマンゼロの真後ろにガンQの巨大な目玉が迫っている姿があったのだ。──ゼロは気づいていないようだが、美希にしてみれば、自分のもとにかなり大きく影が広がっている。  あのガンQにこの場を気づかれてしまったらしい事が美希にも今、わかった。ゼロの声量に惹かれてきてしまったのだろう。 「おわっ!」  刹那──、背後を振り返ろうとしたゼロの顔が、美希を挟む二つの建物に向けて、叩きつけられた。ガンQの攻撃による物だ。  建物が衝撃のあまりに轟音を鳴らし、思わず美希は両腕で顔を覆うが、流石に材質も頑丈なようで、その程度では崩れない。  問題は、不意打ちを受けたゼロの方だ。  顔面からこの頑丈な建物に突っ込んだだけあって、衝撃は大きく、ゼロも鼻の先を抑えている。 「いてててててて……何しやがるっ! この目ん玉野郎! 捕まえたのに逃げやがって!」 「キュィィィィィィィ」 「──ったく! 美希! そこで見てろよ、こいつは俺が倒してやる!」  ゼロは、敵を仕留めたと思いしめしめと両腕を振るガンQの方に、向き直るように立ち上がった。  思わず、美希はその背中に圧倒される。  赤と青と銀の三つの色で構成されるウルトラマンゼロの背中は、確かに美希が見てきたウルトラマンたちの共通のカラーと全く同じだった。その意匠を継いでいる彼は、もしかすると、確かにウルトラマンであるかもしれない。  これまで出会ったウルトラマンよりやや線が細くも見えるが、それだけ絞りこまれた姿であるとも言えるし、悪人のようにさえ見える貌は背に転じると頼もしくも見えた。こうした人間味もウルトラマンの本質なのだろうか。 「キュィィィィ」 「せぇやっ!」  ガンQの目玉型の頭部を両腕で抱え込んだゼロは、両腕にエネルギーを溜め、ガンQの巨体を放り投げた。ガンQは、背中から向かいの建物に向けて叩きつけられ、垂直の滑り台に投げ込まれたように壁面を伝って落下していく。  ──華奢に見えて、ゼロは強かった。  尻から落ちたガンQは怒った様子で、触手のような両腕をただ自らの両脇で振って癇癪を起こしていた。  直後、ガンQはおもむろに立ち上がる。  そして、目の前の敵に向けて突進を始める。──迎え撃つゼロは、どんと来いとばかりに胸を張って待ち構えていた。  自信に満ちたゼロの胸板にガンQの渾身のタックルが叩きこまれる。体重で言えばガンQに分がありそうなのは、両者の体格を見れば一目瞭然だった。実際のところ、ゼロはガンQと比較して2万トンほど体重が劣る。 「ぐっ!」  ゼロの全身に衝撃が駆け巡り、固く踏み込んでいるはずの両足もゆっくりと滑るようにして何メートルか後ろに退がって行った。  美希の視界で、だんだんとゼロの巨大な足のビジョンが広がって来る。美希は恐怖のあまり二歩ほど足を下げた。美希は、おそるおそそるゼロの背中を見上げた。  彼は、土俵際の踏ん張りを見せながら、──それでもまだどこか挑発的にガンQと張り合っているように見えた。 「──そんなに何度も吹き飛ばされたいなら……望み通りにしてやるよっと!」 「キュィィィィィィィ」 「────はあッ!!」  しかし、両者のせめぎ合いは、ゼロの掛け声と共に終わりを告げた。  次の瞬間、またも抱え込まれたガンQの身体は、ゼロの両腕に掬われるようにして空高く投げられてしまったのだ。  確かにゼロは巨人であるが、それは人間と比較した場合の話で──ガンQのようにゼロよりも明らかに体格が大きい怪獣を相手にすれば、そのパワーバランスで勝るとは限らない。それをこうもあっさりと投げ飛ばせたゼロの両腕は、一見すると細く見えても力強いのであった。  彼は、この程度の怪獣は何度も倒してきた若きウルトラ戦士である。  美希はそれを見て、足を両側に滑らせてへたり込んだ。  結局のところ、ゼロが敵か味方かは判然とせず、ガンQの追跡がなくなったとしても、ゼロがそこに立っている限り、美希の心はまだどこか安堵しきれないのだろう。──とはいえ、より強い者がそこに残ってしまった事への畏怖の念としては少々弱すぎるくらいであった。  ここから先、逃げ出す気力は、もう美希にはない。 「あっ! いっけねぇ、放り投げちまった……捕まえろって言われてたのになぁ」  当のゼロは、ガンQが星になった空を見上げて、まずかったとばかりに頭を掻いている。──こんな肌の質が違う怪人でも頭がむず痒い時があるのだろうか。  とはいえ、ゼロとしても、既に捕獲すべき怪獣の事よりも気になる事象があったのか、すぐにそちらに気を向けた。 「……おーい、美希~」 「……」 「美希ちゃ~ん。………………お~い」  美希が返事を怠ったせいで、途端にゼロの声がだんだん勢いをなくしているのがわかった。美希の目の前で視界に刺激を与えるように腕を振ってみるゼロだが、そんな美希の視界に実際映っているのは、全てを埋め尽くす昏い銀色だけだ。  しかし、どんな意味を持つ仕草をしているのかは美希にも何となく解する事ができた。どことなく人間臭さも感じる。  美希は、勇気を振り絞って、目の前の巨大なウルトラマンに訊いてみた。 「……あの、……助けてくれたのよね?」 「おう、ちゃんと意識があったのか! 返事くらいしてくれよ!」 「あ、ごめんなさい」 「──で、なんだ? なんでこんな所にいるんだ? 美希」 「それはこっちが聞きたいくらいなんだけど……」  間が悪かったのか、先に投げかけた質問は流されてしまう。  知り合いでもないのに妙にフランクな口調も気になったが、それよりも美希が気になっているのは、ウルトラマンゼロは味方のつもりか敵のつもりかという一点だ。  疑り深くもなっているが、あの殺し合いを生き残った所為──特に、土壇場で石堀光彦の酷い裏切りに遭った所為でもあるのだろう。 「つまり、何も知らないって事か。──やっぱり親父たちに聞いてみるのが一番いいのか?」 「そ・れ・よ・り!! あなたは私を助けてくれたの!? ──っていう、さっきの私の質問の答えは!?」  美希は、どうにも、このゼロに敬語を使う気が起きなかった。  相手が人間でないのも一つの理由だが、ゼロの馴れ馴れしく、口の悪い男子生徒のような口調にどうも違和感がある。神聖なウルトラ戦士のイメージが一瞬で崩れる姿だ。  佐倉杏子が変身したウルトラマンですら、まだもう少し素の要素が抑えられていたような気がするが、ゼロは一切それがない。 「──ん? おっと、悪い悪い。えっと……まあ、これも助けたって事になんのかな? ……俺たちこの星の住人──ウルトラマンは、ずっと、そうやって来た種族なんだ」 「誰かを助けながら生きてきたって事……?」 「ああ。特に、お前たち地球人との絆は深く長いもんだぜ! ──っつっても、今回はお前らに物凄い迷惑をかけちまったか……」  ゼロが、そう言って項垂れた。語調が少し優しく、彼が今のところ、美希に初めて見せた落ち着きを感じさせた。……いや、落ち着きというより、意味深な湿っぽさというべきかもしれない。  溜息をつくような声を出しながら座するゼロの近くに、美希は眉を顰めて寄った。 「どういう事? 一体、何があったの?」 「美希……さっきまで、お前、殺し合いをさせられてただろ……?」 「え?」  その美希の言葉には、色々な想いが詰め込まれている。  特に、「何故、初対面のゼロがそれを知っているのか」──というのが大きな疑問だ。  しかし、考えてみると、ゼロが開口一番に美希の名前を告げ、「活躍を見ていた」と言っていた事も繋がる話であった。その言葉はずっと美希の中でも違和感として残っていたが、ゼロとガンQの戦いを前に忘れかけていた。  ウルトラマンゼロは、あの殺し合いについて何かを知っている。 「あの殺し合いを催したのが、かつてこの星で生まれ、この星の仲間を裏切ったウルトラ戦士──カイザーベリアルなんだ。だからな……今、この星中の人間が責任を感じてる」 「ベリアル……。その名前は、知ってるわ。でも、なんであなたが、私が巻き込まれてた戦いを知ってるの!?」 「それは、俺だけじゃない。宇宙中──いや、全世界中の人がもう知ってるんだ。あの戦いは全部、ここしばらく、世界中に中継されてたからな……」 「──っ!?」  美希は、驚くと同時に──どこかで、それを納得して飲み込んだ。  確かに、百人にも満たない人間を相手に、あれだけ大がかりな事をするのは何らかの目的がなければおかしい話で、おそらくはあの出来事は映像データ化されている。──実験、と言われていた気がするが、それは世界中に配信されたのだろうか。  考えてみると、あの殺し合いは「ゲーム」という形式を取っていて、どこか娯楽性を持っていたようにも思う。  それは世界に公表する為なのではないか──?  美希の五指は自然と強く握られた。 「……とにかく、美希! ここにいるより、一緒に俺の親父たちがいる場所に行こう! 詳しい話は俺だけで話すより、親父たちに聞いた方がいい!」  ゼロはそう言うが、美希にはゼロが敵なのか味方なのか、まだ確定していない。  この場から出て取って食われるかもしれない心配もあったが──それでも、美希はゆっくりと前に出た。  ここで信頼できる相手が通りすぎるのを待っても仕方がなく、このゼロというウルトラマンを信用する以外にベリアルや殺し合い、この場について知る方法は見つかりそうになかった。  第一、疑り深く務めようとしても、必ずしもそうなりきれず、時には直感であっさりと人を信じてしまうのも、また人間の性である。 「さあ、この手に」 「手……? ああ」  ゼロは右手を差し出し、美希は彼の指先にそっと乗っかった。  彼が攻撃したり握りつぶしたりする気配はなく、美希は、それでひとまず安堵するが、直後にゼロが腕を上げて、美希を自分の胸元のあたりまで持ち上げた時、美希の背筋が凍った。 「ちょ……ちょっと!」 「ん? なんだ?」 「高い、ここ高いっ!!」  だいたいゼロの胸元のあたりと言うと、高度三十メートルほどである。  何らかの補助手段もなく、ただ掌の上にちょこんと載っているだけでは、かなり肝が冷えるほどの高さだ。──しかし、ゼロにはそれくらいしか美希を運ぶ手段はないのだった。  乱雑なように見えるが、ウルトラ戦士が地球人と一緒に移動する時はそれが一番手っ取り早い話で、ゼロも別段、その方法に抵抗を示してはいない。  それに、中には喜んでくれる地球人も多いくらいだった。 「安心しろよっ! ……絶対落ちないから」 「保証あるのっ!?」 「俺を信じろ!」 「無理よ、会ったばっかりだもん!」 「ったく……こんな事で死なせねえよ! お前だって、ウルトラマンと一緒に戦ってきた地球人の仲間だ──行くぜ!!」 「あああああ!! ちょっとおおおおおっ!!! 心の準備!!!!」  ゼロは、そのまま美希の意見を無視して、空に高く飛び上がる。美希は頭がくらっとするのを感じた。  だんだんと離れて行く地上──そこから落ちれば、一たまりもない状況。  しかし、ゼロは、美希をそこから落とさないよう、少し掌の中心を下げて持っているのがわかった。精一杯の配慮だが、確かにそこから地上が離れたとは思えないほど、風の抵抗を受けない形になっている。  美希の視界には、空から見上げたこの星の全貌が映し出され始めていた。本当に全てがエメラルド色とクリスタル色の光で包まれている街であった。  ──宇宙の神秘を体現したような美しい場所だ。 「──あれは!」  そして、先ほどまで見えていなかった巨大なタワーが見え始めた。あまりに美しい光景に、美希も怖さを忘れてそれに圧倒される。  それは、この星を築き上げたエネルギーの塊──プラズマスパークタワーであった。  人の心を魅了する輝きが、この街全体を灯しているのだ。この星にある人工太陽があのプラズマスパークタワーなのである。  ゼロは、ゆっくりと飛行しながらそこへ向かっているように思えた。 ◆  美希がゼロに連れて来られた場所は、まさにそのプラズマスパークタワーの前であった。  このウルトラの星においても、最も厳重な管理が置かれる場であり、その周囲は歴戦の勇士たちが囲っている。宇宙警備隊に属する彼らが厳重な包囲をした上で、この場に現れたベリアル傘下の怪獣たちと戦う事になったらしい。  とはいえ、約一週間の時間をかけてウルトラ戦士の方が怪獣軍団を鎮圧し、多くを葬り、多くを捕えた。──死亡した怪獣は、怪獣墓場を彷徨い、供養される事になるだろうという。  ベリアルに最も近い参謀のメフィラス星人・魔導のスライといった強敵もウルティメイトフォースゼロの奮戦によって撃退する事が出来たらしい。  美希は、辿り着くまでに、彼の手の上で、そんな幾つかの話を聞いた。 「着いたぜ、美希」 「──え、ええ……」  到着した頃に、美希とゼロの前に、何人もの戦士が空からこのタワーの前に立ちふさがるようにして並んだ。まるでゼロを待っていたようだった。  赤と銀の体色を持つウルトラ戦士たちが、それぞれ背中にかけた巨大な赤いマントを翻す。  ゴーストタウンのようだと思えば、このように何人もの巨人が集まっているなど、不思議な星である。  ──何でも、彼らが、ゼロの父と、その仲間たちらしい。  かつて、この世界で地球を守ったウルトラ兄弟だ。今はそれぞれが宇宙警備隊の中でも相応のポストに就いている。再三のベリアルの魔の手から、このプラズマスパークタワーを守るのも今や彼らの立派な使命の一つであった。  ゾフィー、ウルトラマン、ウルトラセブン、ウルトラマンジャック、ウルトラマンエース、ウルトラマンタロウ……そこにいたのは、伝説のウルトラ6兄弟。  そして、ウルトラの父、ウルトラの母、ウルトラマンメビウス、ウルトラマンヒカリであった。 「ゼロ。その子は、もしかすると……?」  美希とゼロの前に現れたウルトラマンたちのうち、ゼロの面影を微かに持っている赤い戦士が前に出て声をかけた。彼こそ、ウルトラマンゼロの父であるウルトラセブンである。  彼もまた日本語を繰る。それは、かつてこの世界の日本で迫りくる侵略者たちから地球を守った経験による物だろう。  このウルトラマンたちの中でも、誰よりも地球という惑星を愛したのがこのウルトラセブンだ。 「ああ。あの殺し合いに参加させられていた蒼乃美希だ。──ガンQを追っていたら、路地で見つけた」  何人かのウルトラ戦士たちが、まじまじと美希の姿を見た。  怪訝そうでもあり、どこか懐かしそうでもあるその瞳。いずれも、妙な威厳を感じ、美希も恐縮する。一方で、ウルトラ戦士たちもまた、地球人の少女に対する敬意の念を心の内には抱いていた。  少なくとも、戦士としての年季は、美希やゼロとは桁違いであった。──美希は十四歳で中学二年生だが、ゼロは概ね五千九百歳で、地球人で言うならば高校一年生相当だという(地球人換算でも一応年上である事に美希は驚いていた)。  齢二万歳を超えている彼らは、そんな若者たちが相手にするには、些か貫禄がありすぎたのだろう。 「何故、こんな場所に地球人の子が……」 「ベリアルの転送が此処に誘ったとしか思えん」 「しかし、それに何の意味があるのですか、兄さん」  ウルトラ兄弟もまた、美希を見て混乱しているようだ。  美希がウルトラの星にやって来てしまった理由については、やはり殺し合いの後のブラックホールが原因だと思われているようだが、それでもまだ腑に落ちない。 「教えてくれるかい、どうして君がこんな所にいるのか」  美希にそうして直接訊いたのは、初代ウルトラマンであった。  彼もこうして美希に訊くのが最も早いと思ったのだろうが、美希自身もよくは知らないし、そもそもこうして威厳ある巨人に質問を投げかけられると、大きな責任が伴ってくる。  とにかく、それでも自分に質問が振られたからには、順序立てて話そうと意を決した。 「えっと……向こうにいた間の事情は知ってますよね?」 「ああ……辛かっただろう」 「……」  美希は少し、これまでを思い出して沈黙した。  ──辛い。  確かにそうだった。あれだけ友達が死に、自らも死の恐怖に直面する中で、そんな感情が湧きおこらないはずがない。しかし、何度もそれに耐えたり、時にはあの出来事が寝覚める前の夢のように淡い他人事のように思えたりして、辛くない時もあった。  だが、改めてそう言われると、自らの心の傷が可視できるようになってしまう。だから、暫し、言葉を失った。  それを察して、ウルトラマンは一言謝る。 「……すまない」 「いえ……。でも、その後で、私たちはあのブラックホールで転送されて、それから──」  美希は、その気持ちを押し込めた。  今、自分が問われている話に思考を戻そうと努める。  順序立てて話しているかのようだったが、本人は、順序立てて思い出そうとしていた。 (何があったかしら……そうだ……!)  まず、ブラックホールで転送された後、ここに来る前にあった事を全て考えてみる。  美希自身も知らない幾つかの記憶の復元──これが自然に行われた時間軸調整が起き、それと同時に、ある夢やビジョンが美希の中に浮かんできた。  美希自身の未来の補完と同時に、ある少女の言葉が浮かんだのだ。  ────お願い、世界を救って  ────全ての世界が侵略者に狙われている  ────急いで  ────ウルトラマンたちと共に、侵略者を倒して  ウルトラマン──そうだ。  美希に誰かがそんな言葉を投げかけた記憶があった。それは、殆ど、美希たちの時間軸の補完と同時に行われた為、彼女の頭の中でそれと混濁されてしまいそうになっていたが、その中で「ウルトラマン」という単語が出てくるはずはない。  美希は、殺し合いの脱出と、ウルトラの星への到着の間に、「謎の少女との出会い」を経験したのだ。──あれは、現実に美希を誘った実態のある存在なのだろう。 「……もしかして」  ──まだ、自分の中で確信と言えるかどうかはわからなかったものの、思わず美希はそう口に出してしまった。  すると、初代ウルトラマンは美希に訊いた。 「何か心当たりがあるんだね?」 「……はっきりとはわかりません。でも、途中で、変な女の子に会った記憶があります」 「女の子?」  美希は、少しでも手がかりになればと、その特徴を思い出した。  彼女の記憶にあるのは、やはりそのファッションだ。──あまりにも装飾のない服装であったもので、却ってその特徴は思い出しやすい。 「白いワンピースを着た、赤い靴の……」  そう、その少女は白い無地のワンピースを纏い、赤い靴を履いていたのだ。年のほどは、10歳にも満たないかもしれないくらいで、現代人としては妙な神秘性と無垢な印象を覚えさせる姿だった。  だからこそ、夢と混同しやすかった部分もある。  そこまで聞いた時、一人のウルトラ戦士が声をあげた。 「兄さん! もしかすると、──僕も昔、地球で、それと同じ姿の女の子に会って、ウルトラマンのいない異世界に導かれた事があります。……正体はわかりませんが、多分、園子のウルトラマンと地球人の味方です!」  兄弟たちの中では最も若いウルトラマンメビウスの言葉である。メビウスという言葉に良い思い出はないが、あくまで同じであるのはその名だけだ。彼もかつて地球を守り、その星の人たちと未来を勝ち取ったウルトラ戦士である。  そんな彼もまた、どこかで美希と同じく、その「赤い靴の少女」に導かれた経験がある事を知り、美希は少し驚いた。  しかし、あの少女がウルトラマンの名を口にしたのは、もしかすると、こうしたウルトラマンとの出会いがあったからなのではないかとも思う。 「そうか……なるほど、あの戦いから脱出してここに来るまでに、何者かの介入があったわけだ。しかし、何故この子が……?」 「この子以外にも、もしかすると、あの戦いの生還者がこの星に来ているかもしれない。……まずは、この星のウルトラ戦士たちに、地球人を探してみるように呼びかけよう!」  ウルトラマンヒカリがそう言い、すぐにウルトラの父の許可を得て飛び立った。──こうして、一人が連絡すれば星全体に行き渡るネットワークがある。度々大きな事件が起こるせいもあり、星全体が団結している恩恵でもあるだのだろう。  他のウルトラ戦士たちは、全てここに居残っており、まだ美希の事情について問うてみようと思っているらしい。あるいは話してみたい事が幾つかあるのだろうか。 「キュアベリー、蒼乃美希」  次に美希に言葉をかけたのは、ウルトラ兄弟の長男であるゾフィーであった。  宇宙警備隊の隊長であり、この中で言うならば、ウルトラの父やウルトラの母に継いで役職の高いウルトラ戦士だ。実力もまた高く、地球で一部の怪獣には遅れを取る事があっても、 弟たちには非常に信頼された身である。  彼の胸や肩には幾つものボタンのような勲章が輝いている。 「──君に話さなければならない事は幾つもあるが、まずは君が落ち着いてからにしよう。大した持て成しは出来ないが、君は責任を持って我々が保護する」 「ありがとうございます。でも、話を聞く事は出来ます。……お願いします、ゾフィー隊長」 「……いいのかね?」 「ええ、聞かせてください」 「……君がそういうのなら。──まずは、あのウルトラマンノアとダークザギについてだ」  ゾフィーの気遣いは、美希には不要だった。  実際、周囲が配慮しているよりも、美希はまだ落ち着いた心情にある。ここにいるウルトラ戦士たちの不思議な暖かさが成してくれる物だろう。  変に話を後回しにするよりは、こうして早い内に美希の中にある疑問を払拭しておいた方が良い。 「ノアは、かつて、あのダークザギが現れた時、我々ウルトラ兄弟を救った戦士だ。我々の力を集めても、手に負えなかったあのダークザギを異世界に連れ出してくれた事がある。二人の正体は我々にもわからないが、ノアは大昔から存在し、あらゆる宇宙に伝説を遺した巨人だ」 「──彼らに会った事があるんですか?」 「羽根が生えたウルトラマンなら、俺も前に会った事があるぜ! 俺に良いモンくれたんだ。……でも、まさか、あんな所に連れて行かれてたなんてな」  ゼロが付け加えた。しかし、ゾフィーと比較すると、ゼロの説明では、どうもノアの偉大さという物が伝わり難い。  彼にしてみれば、物をくれる優しいおじさん扱いで、他のウルトラ戦士のようなノア崇拝とは無縁だった。──相変わらずなゼロの態度に少し呆れる。  だが、考えてみると、ノアといえば、一つ疑問がある。 「そうだ、孤門さんは……? 今どうしてるんですか?」  ウルトラマンノアに変身したのは孤門一輝だ。ブルンたち妖精のように、エボルトラスターにノアが同化していた原理はわかるが、あの戦いの後、孤門はどうしたのだろう。  こうして、まだ主催者が残って世界を侵略しているという事は、ノアはベリアルに敗れてしまったのだろうか──?  ウルトラマンノアが個としての人格を有しているとしても、美希にとっては孤門一輝という人間の変身体であるという印象が強く、そういう訊き方をした。  そう言うと、ウルトラの父と母の実子であるウルトラマンタロウが口を開いた。 「……あの後、ベリアルの力でエネルギーを全てスパークドールズという人形に封印されてしまったんだ。その人形は宇宙に捨て去られた!」 「そんな……」  そう落ち込む仕草を見せた美希に対して、ウルトラの父が口を開いた。 「だが、安心してくれ。死んではいない。おそらく、ベリアルには、ノアを無力化し、宇宙に捨てる事しかできなかった……ベリアルはそれだけノアを恐れているという事だ」  ウルトラマンベリアルという名であった頃のカイザーベリアルとは戦友同士だったという彼も──今や、ベリアルに仇なす一人として名を連ねている。彼の中では、友の過ちを止められなかった己の罪深さを悔いる事よりも、一刻も早くベリアルを対処せねばならないという使命感が優先されているのだ。 「つまり、あの宇宙に行き、ノアを……孤門隊員を探す事が勝利の鍵になる」  ノア──孤門はまだ生きているという事であった。  それだけで少しでも希望が湧いて来る気がした。──いや、むしろ、ベリアルが絶対的強大さを持っていたこれまでに比べると、彼の弱点とも言えるノアの存在が明かされた今は心強ささえ覚える。 「言ってみれば、ベリアルもまた、心の闇を付け込まれた一人の人間に過ぎない。このプラズマスパークタワーのエネルギーに魅入られた、ウルトラ一族でただ一人だけの犯罪者だ」 「だが、奴はギガバトルナイザーやエメラル鉱石、アーマードダークネスなどの新しい力を見つけ出し、やがて我々だけの力では手に負えないような強大な悪になっていった」  ここまでの道のりでゼロに聞いた通りだった。  かつて、この星のウルトラ戦士の一人だったウルトラマンベリアルは、エンペラ星人の悪の力に惹かれ、プラズマスパークタワーを襲撃してエネルギーを奪取しようと謀った。しかし、それを阻止された彼は宇宙の牢獄に監禁され、ウルトラ族唯一の犯罪者として、この星の負の歴史となったのだ。  まるで、この善人ばかりの惑星の中で、ただ一人だけ、善も悪も持つ普通の人間が放り込まれてしまったような話である。──地球の人間である美希は、だからこそ、悪ばかりが肥大化し、強さに魅入られるようになったのかもしれないと思った。  善と悪が両立されるのが普通の人間だが、周囲が奇妙なほど優等生ばかりになると、そんな不良生徒も出てくるわけだ。その次元が異なっていたというだけで、本質は変わらない。  そんなベリアルは、その後、ギガバトルナイザーを手にして怪獣と協力し、この星でもまた「ベリアルの乱」なる物を起こしたという。それ以来、何度も蘇り、新たな力を得てウルトラマンゼロやウルトラ戦士たちの前に何度も立ちふさがる巨悪となっていったのだ。 「──今、奴が新たに手にしたのが、インフィニティのメモリだ」  ウルトラ兄弟たちの説明に、ふと、美希は自分の知っている単語が出てきた為、我に返るようにして、話に食らいついた。 「もしかして……それって!!」 「ああ。君たちの世界をかつて管理しようとしたラビリンスの──」 「シフォン……!」  インフィニティのメモリ──それは即ち、シフォンという赤子の妖精の事だった。  世界を管理する為の道具として管理国家ラビリンスにより利用され、己の意思に反して協力させられていたのがシフォンだ。  しかし、たとえ世界を闇に導くリスクのある存在だとしても、美希からすればシフォンは我が子も同然の仲間である。  かつて、美希はそんなシフォンを世界の管理者メビウスの手から助け出したのだが、美希たちと同じくベリアルに捕らわれてしまったらしい。  今、美希たちプリキュアたちのいる世界とベリアルの話が一本の線で繋がって来た。 「シフォンが、ベリアルの手に渡ったんですか……!?」 「ああ。あの戦いも、君たちの戦いを見る人間たちから溢れる膨大なFUKOと、君たちの持つ変身エネルギーを貯蓄し、全世界を自らの手で掌握する為に開かれたようだ」 「──そんな事の為に……っ!!」  美希は湧き立つ怒りを抑えきれなかった。  目的の為に、ラブや祈里やせつなを殺害し、挙句にシフォンまで利用するという──このベリアルの卑劣さ。その目的が、自らを満足させる為に全世界を手に入れる事だというのなら、余計に美希には許し難かった。  まだ、統制によって平和を謀ろうとしたメビウスの方が理念はマシだと言える。 「ベリアルは何処にいるの……!?」  美希は、今までよりも少し怒張の混じった声で言った。  それを聞いたウルトラ戦士たちは、少しだけ押し黙った後、どこか無念そうに言葉を返した。 「ベリアルは、バトルロワイアルが行われたあの世界にいまだ閉じこもっているんだ」 「そこに介入できるのは、一度あの世界に行って耐性がある人間──つまり、君たち生還者だけだ」 「……私たちだけでも、そして、今は君だけでも、ベリアルのいる場所に向かう事はできないだろう」  あのカイザーベリアルという強敵を倒す為に、力を持つ自分たちが美希に力添えする事が出来ないのが惜しいのだろう。  しかし、美希もまた、ただの人間である以上、一人で異世界に向かう事など出来ない。  異次元突破ができるウルトラ戦士は、耐性を持たない為にベリアルの元に行けず、耐性を持つ美希は、異次元を突破できないというわけだ。アカルンさえあれば話は別だが、それも今は杏子の手にある。 「──しかし、こうして集った以上、ただ一つだけ方法はある」  ふと、ウルトラの父が口を開いた。  方法を何となく悟っていたウルトラ戦士と、方法を思いつかないままだったウルトラ戦士とがいたようだが、そんな中で、彼は殆ど確信に近い方法を思案していたようだ。 「君とゼロと一時的に同化し、二人の力を合わせて次元の壁を突破するんだ」  同化──それは即ち、ウルトラマンネクサスと同じ要領で、美希の身体がウルトラマンゼロに変身できるようになるという事だろうか。  美希の中にも、かつて、同じようにウルトラマンがいた。  しかし、杏子から受け継いだネクサスの光は、決して良い思い出ばかりを想起させる物ではない。むしろ、美希の中にあるのは不安ばかりだ。  まるで強要されているような気がしたが、美希は何も返せなかった。 「えっ……」 「そうかっ! 美希と同化すれば、俺もベリアルを倒しに行ける……!」 「もしかすると、あの赤い靴の少女はこの為に、美希ちゃんをこの世界に引き寄せたのかもしれません。ゼロをあの世界に呼んで、ノアを再臨させる為に!」 「なるほど……グッジョブだぜ! 赤い靴の少女!」  どこか嬉しそうなゼロの一言だ。──ベリアルとの因縁が最も深いウルトラマンといえば、彼だからだろう。  彼も、自分の手でベリアルを倒したいという想いは、人一倍強かった。何度とないベリアルとの戦いの果てで、未だ決着がついていないのを少しは歯がゆく思っている身だ。 「……メビウス、ゼロ。それは、彼女が頷いた場合のみだ」  そんなゼロとは裏腹に、ウルトラ戦士たちは少し、沈んだムードであった。  何せ、ゼロの手の上にいる美希の様子に、歴戦のウルトラ戦士たちは気づいていたからだ。  まるで、その提案に乗り気ではないように、俯いて、拳を握って震えている美希の姿に──ゼロは、僅かばかり遅れて気が付いた。 「怖いのか、美希? 確かにベリアルは強敵だが──」 「違うっ……! そうじゃない!」  心配そうなゼロの言葉を投げ返す美希。  彼女の胸にあったのは、ベリアルという敵への恐怖などではなかった。──その為に戦う事には躊躇しない。   しかし、その手段として、“ウルトラマンと同化”する事が美希には怖かったのだ。 「あの時、ダークザギを復活させたのは、私の憎しみだった……! ウルトラマンの光を奪われてしまえば、その時またどんな事が起こるか──」  そう、ダークザギを復活させたのは、美希自身が最後に見せた憎しみであった。  石堀光彦が桃園ラブを殺害した時、遂に美希の中で、愛や希望よりも憎しみや絶望が勝り、ウルトラの光を、敵を“殺す”為に使おうとしたのだ。周囲の静止の言葉さえ、あの時美希の耳を通さなかった。  あれは、自分自身の心の闇への恐怖と言い換えてもいいかもしれない。  ──また、ウルトラ戦士と融合する事で、今度はどんな悪を生みだすリスクがあるのか、美希にはわからず、それが恐ろしかった。  ウルトラマンベリアルが悪に堕ちたのもまた、その時の美希と同じく、力と闇とが溶け合ってしまった結果であるという。だからこそ、ゼロと共にベリアルを倒しに行く事に抵抗が生まれる。  ゼロやノアという勝利の鍵を得るには、美希は未熟な部分があったのかもしれない。 「……美希、嫌なら無理にとは言わないぜ。だけどな、ウルトラマンの力を恐れちゃ駄目だ!」  しかし、そんな美希を、ゼロは叱咤するように言った。  鼓膜を破りかねないような大声が、美希の耳に響く。思わず、美希はゼロを見上げた。妙な実感のこもった言葉であるように思えたのだ。 「……俺も昔は、ベリアルみたいに力を求めて、ベリアルと同じになる直前になった事があるんだ。その時は、親父やみんなが支えてくれた……だから今の俺がいる!」  美希は、少し意外そうにゼロの顔を見つめていた。  彼は話さなかったが──かつて、彼も力に惹かれ、ベリアルと同じように闇に魂を売ろうとした事があるらしい。長らく、罪を犯す者がいなかったウルトラ族であるが、彼はその二番目となろうとしていたのである。  だからこそ、ベリアルには敵対心だけではなく、どこかで完全には憎み切れない共感がある。いわば、分かたれてしまった光と影だ。それが彼にベリアルへの執着を齎す。  もしかすれば──彼の父・ウルトラセブンもまた、宇宙の犯罪者となる可能性がどこかにあったかもしれない。 「でも、もしまたあの時と同じように──私の中の憎しみが強くなれば、ゼロに迷惑をかけちゃう……」  ダークザギの復活と同じように、またウルトラマンの光を奪われるような事があれば、こうして人格を持って一喜一憂するゼロもまた、ゼロではなくなってしまうかもしれない。  彼の身体がベリアルに乗っ取られれば、それこそ脅威となる。──実際、かつてそんな事があったのだが。 「過去の失敗なんて恐れるなよ!」 「でも現に私のせいで沖さんたちが──」 「それでも……美希、お前にはちゃんと支えてくれる人がいて、守るべき物があるだろ! なら、もう一度、それを守る為に戦える! お前なら出来る……俺は、お前を信じる!」  ゼロの言葉は、美希の心を突いてきた。  真っ直ぐに信じられたり、褒められたりして、嬉しくない人間はいない。──特に、自分自身が信じられない人間にとっては、だ。  彼らのやり取りを見ていたウルトラセブンが、のそのそと彼らの元に歩きだした。他人事だとは思えなかったのだろう。 「蒼乃美希、それにゼロ……人は、時に過ちを犯す。だが、我々はそれも含めて、地球人を愛しているんだ。この星の人にだって、犯罪がなくとも過ちや後悔がないわけではない。──ベリアルの過ちを正せるのは、それをよく知る、若き君たちだけだ」  ここに並ぶセブンも──これまで、決して人間の良い部分ばかり見てきたわけではない。  だが、そんな彼は未だに地球人を信じ、愛している。あの美しい星の人々に、再び災禍が訪れないよう、何度でも命を削る覚悟がセブンには──あるいは、地球人、モロボシ・ダンにはあるのだ。  だからこそ、蒼乃美希という地球人を信じ、託そうという気持ちはここに居る誰よりも負けないつもりであった。  勿論、ウルトラマン──ハヤタも、ウルトラマンジャック──郷秀樹も、ウルトラマンエース──北斗星司も、ウルトラマンメビウス──ヒビノ・ミライも、東光太郎や礼堂ヒカルと共に戦ったウルトラマンタロウも、ゾフィーも父も母も同じ想いを胸に抱いている。  彼らは、セブンの言葉にただ頷いた。 「本当に、良いの……?」 「ああ、大丈夫だ。──お前の目は、もう未来を見つめている。だから、安心しろ!」  美希を、何故かその時、言い知れぬ恐怖感が襲った。  ゼロの言葉のどこかが、彼女の胸を締め付けたのだ。──それは、ほとんど反射的な感覚だった。胸から上で呼吸が乱れ、動悸が激しくなり、途端に吐き気も少し湧き出た。  しかし、それを抑え、──必死で飲み込み、服の胸元を握り、美希は頷いた。 「……わかったわ、ゼロ。──合体しましょう!」 「おう、望むところだ!」  ゼロが、美希を持たない方の拳を強く握った。  彼は、美希がいま何かを感じた事など知る由もなかった。美希自身も、今は原因がわからず、すぐにそんな事は忘れかける。 「……っつっても、今まで、合体するのは男ばっかりだったから、緊張すると言うか何というか……」  またしても頭を掻くゼロ。──何にせよ、女性型地球人と一体化するのは少々恥ずかしい気持ちがあるのだろう。  彼の父たるセブンも少し咳払いをして、タロウやメビウスは少し顔を赤らめている。  変な意味ではないのだが、やはりこうして他の同種の目があるところで、ウルトラ戦士が地球人と合体するのは恥ずかしくもあったのだろう。  こうして改まると、美希の方も急にゼロを心に宿すのが恥ずかしくなってくる。 「照れる事はないぞ、ゼロ」  そんな中、ウルトラマンエースが妙に実感のこもった言葉で言う。  彼には何やら経験があるようだった。──というか、彼に限っては全く恥じる気持ちは全くなさそうにさえ感じる。  と、その時だった。  プラズマスパークタワーに向かって、二人のウルトラマンが飛んでくるのが見えた。  片方は、背中にあの奇獣ガンQを背負ってきている。ウルトラ戦士たちは、一斉に彼らの方に目をやる。 「──おーい、タロウ! 頼まれてたギンガスパーク、持ってきたぜ!」 「ギンガ……それにビクトリー。来てくれたのか!」  何やら、そのウルトラ戦士たちはウルトラマンタロウと旧知の仲らしかった。  タロウが地球に向けてウルトラサインを発し、ウルトラマンギンガとウルトラマンビクトリーという二人の戦士を呼び出したのだ。それは、スパークドールズと化したウルトラマンノアを再臨させる為の道具を手元に確保しておく為である。  美希という手段はその時はまだなかったのだが、何らかの方法で向こうの世界への耐性がついたり、迎える条件がついた時の為にそれを手にしておこうと思っていたのだ。 「……ああ、後はこいつがあれば、スパークドールズになったウルトラマンノアをまた復活させる事ができるんだろ」 「こいつが持ち逃げしていたせいで、少し遅れたがな……」  ビクトリーが背負っているガンQはすっかり伸びている。  彼は、逃走中にギンガスパークという重要なアイテムを奪っていたらしいが、とにかくガンQの問題もこれで片付いたわけだ。  すぐ後に、青いウルトラマン──ウルトラマンヒカリがやって来る。 「──メビウス。この星には、どうやら地球人が他にいる様子はない」 「つまり、赤い靴の少女に連れて来られたのは、美希ちゃんだけっていう事か」  他の生還者がどこにいるのかわからず、美希は少し不安になった。  杏子、つぼみ、翔太郎、良牙、零、暁、ドウコク、レイジングハート……。  だが、彼らもきっと無事でやっているだろう。──今は、ただ、そう信じた。 「とにかく、これで、ひとまずは、条件は揃ったわけだ。──だが」  タロウは、ギンガスパークを美希の手に託しながら、言った。 「美希、ゼロ……二人に言っておくが、あの世界の宇宙もここと同じように広大だ。スパークドールズを見つけ出すのは本当に困難かもしれない。それでも行くのか?」  それは、最後の忠告だった。既に覚悟のある二人にも、一応この先の険しさを実感しているか確認しておきたかったのだろう。  だが、そんな保険は結局のところ、不要な物だったらしい。  ゼロと美希が口を開く。 「あの途方もない宇宙を見つけ出さなきゃならないってか……? やれやれ、本当に──俺を燃えさせるのが得意な奴だぜ! ベリアルの野郎はよぉっ!!」 「私たちは、希望を諦めませんから……!!」  熱血漢のゼロと、希望の美希だ。──それぞれの胸には、孤門一輝の「諦めるな!」という言葉が刻み込まれている。ゼロは、あるアナザースペースを旅した時も、そんな言葉を何度も口にする少年と出会った事があった。  ゆえに、可能性があるならば、それを無碍にする事はしない性格であった。  そして、ウルトラマンノアという小さな希望──それは、決してベリアルを倒す為だけではない。 (孤門さんを、今度は私が探し出す──!!)  かつて、レーテの深い闇の海の中から救い出された時の孤門が同じ事をしたのだから、美希も同じ事を返すつもりなのであった。  ノアの中に封じられている孤門一輝という人間も解放する為に──美希は、ゼロに向き直した。 「行きましょう、ウルトラマンゼロ!!」  ゼロが、おもむろに頷いた。  すると、ウルトラの母が、左腕の青いブレスレットのエネルギーを右腕に宿し、美希とゼロに向けてその光線を放った。  マザー光線。──それは、傷ついた戦士を治癒する聖母の力だった。二人の身体から、今日までの疲れと傷が拭われていく。  二人は、母の愛に礼をした。  やがて、二人はウルトラマンゼロとして融合し、このウルトラの星を離れ、ベリアルの元に向かう事になった。 ◆  ────あのウルトラの星を離れ、どこまでも深く真っ暗な宇宙を、ウルトラマンゼロは飛んでいた。  ゼロになっても美希の人格は消えておらず、飛びながらいつものように会話する事ができる。まるで、あの戦いの中で出会った仮面ライダーダブル──左翔太郎とフィリップのようであった。  ただ、今はあくまで戦闘慣れしているゼロの人格を主体とする形になっている。言ってみれば、この場合、美希が「フィリップ」と同じ役割なわけだ。 『ゼロ……一つだけ訊いていい?』 「何だ、美希」  自らの意思ではゼロの身体を動かせないため、少しばかり退屈だったが、美希はゼロに語りかけようとしてみた。実際、考え事まではゼロには知られず、語りかけようとした時だけゼロに言葉が届くようになっているらしい。  お陰で、少し考え事をさせてもらっていた。──そして、ある結論が出たのだ。 『ゼロは、私の目は未来を見つめている……そう言ったけど、それってとても怖い事だとあの時、思ったわ』  未来を見つめる──そんな言葉を聞いた時、自分の胸が苦しくなったのを、美希は思い出していた。あの時は、奇妙な恐怖さえ抱いたのだ。  その理由は、時間を重ねて考える内に何となくわかり始めていた。 『ラブやブッキーやせつなを忘れて、彼女たちがいないこれからの人生を一人で生きていく事だと思ってたから……』  そう、未来を見つめるという事は、過去を遠ざけて生きていくという事だった。  既になくしてしまった物は戻らない。時間はどうあっても未来に向けて収束してしまう。──だが、それが美希には嫌だった。  桃園ラブも、山吹祈里も、東せつなももうこの世にはいない。だからこそ、自分が未来を見つめていると聞いた時、彼女たちの存在を裏切ってしまったようで、胸が締め付けられたのだ。  天道あかねも、きっとそうして早乙女乱馬を忘れたくなかったからこそ、闇に堕ちる道を選んだのだろう。──いや、きっと、そうして美しい過去の為に全てを犠牲にして必死に生きた人間は、彼女だけではなかっただろう。 『──でも、違うわよね? 彼女たちを自分の一部にして、それで、彼女たちの死を自然に受け入れて、自分の罪も忘れずに生きていく事が……あなたの言う、私が見ている未来なのよね?』 「ああ、わかってるじゃねえか……」  彼女たちの死を背負い、その想いをまだ胸に秘め続け、四つの葉を持つクローバーとして、美希たちの未来を切り開いていく事──それこそが、これからの美希の運命になる。過去の全てを受け入れながら、前に生きていけるか? ──それがゼロの言う未来だった。  それを飲み込んだ美希を見て、ゼロは、ただ一言、告げた。 「あいつらは、お前の永遠のともだちだ……!」  その一言を聞いた時、美希の心にあったしこりが消えていく感じがした。  妙な安心感を抱いて、それからすぐに、心の中で笑顔を作った。戦いの前とは思えないほど、緊張とは無縁な安らかな気持ちが美希の芯に湧きあがってくる。  一言だけ、ゼロに礼を言う。 『ありがとう、安心した……』  そんな時、ふと、ゼロの視界で前方を埋め尽くす大量の怪獣の陰が表れ始めた。  宇宙竜ナース、火山怪鳥バードン、始祖怪鳥テロチルス──ゼロには見覚えのある敵も何体かいる。 「……おっと、話してる間に、俺たちを邪魔しようとする奴らが来たようだぜ! 美希! ベリアルと戦う前の小手調べだ……」 『……そうね。ゼロとの相性も今のままじゃわからないし……試してみる?』  ゼロは、唇を親指でなぞるようなしぐさを見せた後──すぐに美希の問いに返した。 「フッ、知れた事だぜ。俺たちの邪魔をしようなんざ、2万年早いぜ! ベリアル帝国!」  美希も心の中で頷いた。  目の前の百を超える怪獣軍団を倒し尽くせば、その後でベリアルの世界に向かえる。  そして、ノアを──孤門を助け出すのだ。 『そうね……行くわよ、ゼロ! 完璧に倒してあげましょう!』 &color(blue){【蒼乃美希@フレッシュプリキュア! GAME Re;START】} &color(blue){【Andウルトラマンゼロ@ウルトラシリーズ GAME START】} *時系列順で読む Back:[[時代]]Next:[[帰ってきた外道衆 特別幕]] *投下順で読む Back:[[時代]]Next:[[帰ってきた外道衆 特別幕]] |Back:[[崩壊─ゲームオーバー─(12)]]|[[蒼乃美希]]|Next:[[]]| ||[[ウルトラマンゼロ]]|Next:[[]]| ----
*永遠のともだち ◆gry038wOvE  ────お願い、世界を救って  ────全ての世界が侵略者に狙われている  ────急いで  ────ウルトラマンたちと共に、侵略者を倒して! ◆ 「イヤ~~~~~!!!!」  あの殺し合い──変身ロワイアルを終えた蒼乃美希は、今度は全く見ず知らずの場所で、体長50メートル以上の怪獣に追われていた。  どうして怪獣に追われているのかは当人の胸に訊いても定かではない。  今はただ、美希は腕を振り、足を動かして前に進むだけだ。問題は、どう頑張ったところでも、美希の人並の歩幅での精一杯の走りは、規格外の巨大さを誇る怪獣の歩みに距離を縮められているという事である。 「何なのよ、もう~~~!!!」  思わず空に叫ぶが、彼女の魂の訴えを聞いてくれる者はいない。  周囲は人っ子一人いないゴーストタウンだ。──いや、それはそもそも、「タウン」と呼ぶには、美希の持つ常識と大きく外れすぎているかもしれない。  いきなり怪獣に見つかり追われ、何かを考える間もなく必死で逃げている物で、自分が帰って来た場所については、あくまで一瞬の印象と考察しか持っていないのだが、ひとまず、その時に美希が抱いたこの場に関する情報を思い返し、情報を纏めてみよう。  そもそも此処が、美希が帰るべき場所ではないという事は、辿り着いたその瞬間から彼女の本能が告げていた。  ──おそらくは、“美希が帰るべき「星」ではない”か、“美希が帰るべき「世界」ではない”。あるいは、その両方であると思えた。生存条件があった事が奇跡的なくらいだろう。  周囲を見渡す限り、全てが光の建造物で埋め尽くされ、街全体がエメラルドやクリスタルの宝石で出来ているかのような土地だった。これがまず異常だった。アスファルトやコンクリート、アルミのように美希たちの生活する星に当たり前に存在している材質はなく、そうではない何かで構成されている。──まさに光り物だけで作られた女の夢のような都市だ。  ただ、それらは、「建造物」といっても、それは美希の──いや、一般水準の人間の身長たちと比べても、明らかに合わないサイズなのである。  はっきり言って、規格外だ。大きくともたかだか身長2メートル程度の人間では、一つ完成させるのに天文学的な時間と手間をかけるような──それこそ、見上げても果てのないほどの大きな建物たちが並んでいた。  まるで、あのウルトラマンノアやダークザギと同じくらいの体格の巨人に生活条件に合致するかのような──いや、そうとしか思えない街なのである。美希たちと同じ等身の人間がこんな物を作ったって意味はない。  ここは、ナスカの巨大な地上絵を落書きできるような生物が住まう場所ではないか──?  迷い込んでしまった場所で、最初は自分が小さくなったのかとも思ったが、そもそもこれだけ周囲の光景が地球と違ってしまっていれば、そんな誤解さえも起きない。自分とは規格の違う別の場所に誘われてしまったようだとしか思えなかった。  ──そう、美希は知らないが、彼女がブラックホールによって転送された場所は、銀河系から遥か300万光年離れたM78星雲に位置する、ウルトラの星なのである。  要するに、ここは、蒼乃美希とは縁もゆかりもないような星だが、どういうわけか、彼女はこの世界に飛ばされてしまい、変な目玉の怪獣に一人で追われる状況になっている。  彼女が帰りたいのは、ウルトラマンの故郷ではなく、自分の故郷の地球だ。しかし、何らかの不幸な事故か導きによって、ここに転送されてしまった美希は、とにかく目先の障害から命を守るしかなかった。  見る限り誰もいないビル群の中を、どすどすと歩いて追ってくる怪物。  怪獣から必死で逃げる美希。 (っていうか、何なの……! あの目玉の怪獣はっっ!?)  奇獣ガンQ。  体長は55メートル。体重5万5千トン。  ちなみに生命がない。  ……という怪獣のデータはどうでもいいとして、問題は、美希は反撃が一切できないという状況である。  例によって、美希のリンクルンは石堀光彦によって光の吸収を受けた際に力が消えてしまい、完全に美希からキュアベリーへの変身能力を奪っていた。勿論、孤門一輝に継承されてしまったネクサスの光での変身もできない。  更に言えば、地の利も悪い。見知らぬ土地であるのは勿論の事、美希が普段履いているスニーカーはこの不明な材質の上を走るのに適した構造をしていないし、美希の身体も宇宙の果ての星で息を切らすには向いていなかった。  現状、策はないが、生きるには上手く策を講じて、ガンQを撒いて逃げるほかない。 「キィィィィィィィィッ!! キュィィィィィィィィィ」  一方、ガンQは、余程美希の事が好きらしく、巨大な目玉をハートにしてしつこく追ってくるのだった。  好意を持ってくれるのはありがたい話であったが、残念ながら美希の身長は164cm。ガンQと比べると54メートルほどの身長差があり、その身長差では、指先で触れられただけで潰れてしまう。今も地鳴りで体が飛び跳ねそうなほどだ。 「好きになって貰っても、お返しが出来ないから~~~!!」  というわけで、両腕を振って美希は好意を無碍にする。  あの目玉を見ていると、どうしても何を考えているのかわからず、不安になる気持ちを抑えられなくなる。  好機とばかりに、怪獣の入って来られないような建物と建物の隙間を見つけ、そこに全速力で駆けていき、すぐさま陰に隠れると、美希は少しだけペースを落として百メートル程度だけ走った。  ガンQがどれだけ美希をちゃんと見る事ができていたかはわからないが、人間がすばしっこく逃げていく蟻を追えないように、ガンQもこれ以上美希を深追いする事は出来ないのではないかと思ったのだ。 (はぁ……はぁ……まさか、帰って来たと思ったら怪獣に追われるなんて……)  こうして建物の陰に隠れると、狙い通りであった。遂に細やかな美希の姿はガンQの身体にある無数の目にも映らなくなったらしく、ガンQは、きょろきょろと巨大な目を回しながらどこかへと去って行った。先ほどの一瞬で死角に入れたのは奇跡だ。 (ふぅ……でも、何とか向こうに行ってくれたみたいね)  ぜいぜい息を吐きながらも、彼女はまた百メートルほど来た所を戻り、遠目で、ガンQが背中を向けているのを見て、ほっと胸をなで下ろした。  しかし、顔をそーっと出して、ガンQが去って行くのを黙って見つめる。  この陰に隠れていれば、しばらくは安全だろうと思った。色々と考える事はあるが、ひとまずはこの疲労をどうにかしなければ……。  ──と、そんな時だ。 「──おーい、お前、そんなトコで何してんだー!?」  またも、巨大な怪物が、屈んでこの建物の陰を覗いて見ていたのである。 「きゃああああああああああああああああああああああああああーーーーっ!!!!」  反射的に、美希は大声で叫んだ。  逃げ切ったと思った瞬間に、金色の瞳と銀色の肌を持つ、仏像のような巨大な顔が迫っていたのである。それがあまりにも大きすぎた為に、ほとんど建物の陰には光が差し込まず、美希はそれに圧迫感を覚えた。  ここに住んでいる者は、先ほど予感した通り、やはり50メートル大の姿をしているらしい。  ──ただ、ガンQと比べると、体格だけは人間の形をしていて、何故か流暢な日本語を普通に喋っている。あれを怪獣と呼ぶのはまだしも、彼を怪獣と呼ぶのは何かが違うようだ。  彼は何者だろう──。 「驚く事ねえだろ。なあ、この辺りで目玉の怪物を見なかったかぁ? ……って、ん? お前、まさか、蒼乃美希かっ!?」  美希の方は恐る恐るといった表情であるが、どうやら相手が自分の事を知っているという事だけは確認できた。  しかし、こんな知り合いはいただろうか──と、美希は少し考える。  もしかすると、こんな相手にもファッションモデルとして名前を知れ渡ってしまっているのだろうか。 「──俺はウルトラマンゼロ! お前たちの活躍、ちゃんと見てたぜ!」 「う、ウルトラマン……?」  ──どうやら違ったらしい。だが、それでも充分驚きは大きかった。  彼の名はウルトラマンゼロ。──想像するに、美希があのバトルロワイアルで出会ったウルトラマンネクサスやウルトラマンノアの親戚のような存在だろうと思える。  言われてみれば、顔立ちはウルトラマンネクサスやウルトラマンノアにも似ていた。──元々、それらの顔をはっきりと眺める機会があったわけでもないが、特徴的なフォルムだったので記憶の片隅には残っている。  美希の知るウルトラマンはもっと人格を廃された無感情で無口な者だったので、意外な気持ちが大きかった。こんなにも感情的で豊かに喋る物だとは思っていなかったのだ──まるで、神のようにも思っていたが、彼はそこらの普通の若者のような口調である。  敵対する態度を見せる様子はないが、しかし、このゼロも実際のところはわからない。殺し合いの中で残酷な裏切りを経験した美希には、まず疑る事も必要になってくる。 「ああ.! ここはウルトラマンたちの住む星だ! まっ、あのイカみたいなウルトラマンとは、別に知り合いってわけじゃないんだけどな。……で、美希。巨大な怪獣を見なかったか? 目玉の怪獣が一体、脱走しちまったからこの辺は危険なんだよなぁ」 「め、目玉の怪獣……?」  美希は、その言葉を聞いた時、ゼロの事を考えるのをふとやめて、やや顔を引きつらせた。  だんだんと美希の顔色は青ざめ、言葉を失う。彼女の視界に、映ってはいけない物が映り始めたのだ。彼女の身体を伝っていく鳥肌と、言い知れぬ不安。  ────あざ笑う眼。 「あ、あれ……」  美希はゼロの背後を指さした。  彼女の視界には、ウルトラマンゼロの真後ろにガンQの巨大な目玉が迫っている姿があったのだ。──ゼロは気づいていないようだが、美希にしてみれば、自分のもとにかなり大きく影が広がっている。  あのガンQにこの場を気づかれてしまったらしい事が美希にも今、わかった。ゼロの声量に惹かれてきてしまったのだろう。 「おわっ!」  刹那──、背後を振り返ろうとしたゼロの顔が、美希を挟む二つの建物に向けて、叩きつけられた。ガンQの攻撃による物だ。  建物が衝撃のあまりに轟音を鳴らし、思わず美希は両腕で顔を覆うが、流石に材質も頑丈なようで、その程度では崩れない。  問題は、不意打ちを受けたゼロの方だ。  顔面からこの頑丈な建物に突っ込んだだけあって、衝撃は大きく、ゼロも鼻の先を抑えている。 「いてててててて……何しやがるっ! この目ん玉野郎! 捕まえたのに逃げやがって!」 「キュィィィィィィィ」 「──ったく! 美希! そこで見てろよ、こいつは俺が倒してやる!」  ゼロは、敵を仕留めたと思いしめしめと両腕を振るガンQの方に、向き直るように立ち上がった。  思わず、美希はその背中に圧倒される。  赤と青と銀の三つの色で構成されるウルトラマンゼロの背中は、確かに美希が見てきたウルトラマンたちの共通のカラーと全く同じだった。その意匠を継いでいる彼は、もしかすると、確かにウルトラマンであるかもしれない。  これまで出会ったウルトラマンよりやや線が細くも見えるが、それだけ絞りこまれた姿であるとも言えるし、悪人のようにさえ見える貌は背に転じると頼もしくも見えた。こうした人間味もウルトラマンの本質なのだろうか。 「キュィィィィ」 「せぇやっ!」  ガンQの目玉型の頭部を両腕で抱え込んだゼロは、両腕にエネルギーを溜め、ガンQの巨体を放り投げた。ガンQは、背中から向かいの建物に向けて叩きつけられ、垂直の滑り台に投げ込まれたように壁面を伝って落下していく。  ──華奢に見えて、ゼロは強かった。  尻から落ちたガンQは怒った様子で、触手のような両腕をただ自らの両脇で振って癇癪を起こしていた。  直後、ガンQはおもむろに立ち上がる。  そして、目の前の敵に向けて突進を始める。──迎え撃つゼロは、どんと来いとばかりに胸を張って待ち構えていた。  自信に満ちたゼロの胸板にガンQの渾身のタックルが叩きこまれる。体重で言えばガンQに分がありそうなのは、両者の体格を見れば一目瞭然だった。実際のところ、ゼロはガンQと比較して2万トンほど体重が劣る。 「ぐっ!」  ゼロの全身に衝撃が駆け巡り、固く踏み込んでいるはずの両足もゆっくりと滑るようにして何メートルか後ろに退がって行った。  美希の視界で、だんだんとゼロの巨大な足のビジョンが広がって来る。美希は恐怖のあまり二歩ほど足を下げた。美希は、おそるおそそるゼロの背中を見上げた。  彼は、土俵際の踏ん張りを見せながら、──それでもまだどこか挑発的にガンQと張り合っているように見えた。 「──そんなに何度も吹き飛ばされたいなら……望み通りにしてやるよっと!」 「キュィィィィィィィ」 「────はあッ!!」  しかし、両者のせめぎ合いは、ゼロの掛け声と共に終わりを告げた。  次の瞬間、またも抱え込まれたガンQの身体は、ゼロの両腕に掬われるようにして空高く投げられてしまったのだ。  確かにゼロは巨人であるが、それは人間と比較した場合の話で──ガンQのようにゼロよりも明らかに体格が大きい怪獣を相手にすれば、そのパワーバランスで勝るとは限らない。それをこうもあっさりと投げ飛ばせたゼロの両腕は、一見すると細く見えても力強いのであった。  彼は、この程度の怪獣は何度も倒してきた若きウルトラ戦士である。  美希はそれを見て、足を両側に滑らせてへたり込んだ。  結局のところ、ゼロが敵か味方かは判然とせず、ガンQの追跡がなくなったとしても、ゼロがそこに立っている限り、美希の心はまだどこか安堵しきれないのだろう。──とはいえ、より強い者がそこに残ってしまった事への畏怖の念としては少々弱すぎるくらいであった。  ここから先、逃げ出す気力は、もう美希にはない。 「あっ! いっけねぇ、放り投げちまった……捕まえろって言われてたのになぁ」  当のゼロは、ガンQが星になった空を見上げて、まずかったとばかりに頭を掻いている。──こんな肌の質が違う怪人でも頭がむず痒い時があるのだろうか。  とはいえ、ゼロとしても、既に捕獲すべき怪獣の事よりも気になる事象があったのか、すぐにそちらに気を向けた。 「……おーい、美希~」 「……」 「美希ちゃ~ん。………………お~い」  美希が返事を怠ったせいで、途端にゼロの声がだんだん勢いをなくしているのがわかった。美希の目の前で視界に刺激を与えるように腕を振ってみるゼロだが、そんな美希の視界に実際映っているのは、全てを埋め尽くす昏い銀色だけだ。  しかし、どんな意味を持つ仕草をしているのかは美希にも何となく解する事ができた。どことなく人間臭さも感じる。  美希は、勇気を振り絞って、目の前の巨大なウルトラマンに訊いてみた。 「……あの、……助けてくれたのよね?」 「おう、ちゃんと意識があったのか! 返事くらいしてくれよ!」 「あ、ごめんなさい」 「──で、なんだ? なんでこんな所にいるんだ? 美希」 「それはこっちが聞きたいくらいなんだけど……」  間が悪かったのか、先に投げかけた質問は流されてしまう。  知り合いでもないのに妙にフランクな口調も気になったが、それよりも美希が気になっているのは、ウルトラマンゼロは味方のつもりか敵のつもりかという一点だ。  疑り深くもなっているが、あの殺し合いを生き残った所為──特に、土壇場で石堀光彦の酷い裏切りに遭った所為でもあるのだろう。 「つまり、何も知らないって事か。──やっぱり親父たちに聞いてみるのが一番いいのか?」 「そ・れ・よ・り!! あなたは私を助けてくれたの!? ──っていう、さっきの私の質問の答えは!?」  美希は、どうにも、このゼロに敬語を使う気が起きなかった。  相手が人間でないのも一つの理由だが、ゼロの馴れ馴れしく、口の悪い男子生徒のような口調にどうも違和感がある。神聖なウルトラ戦士のイメージが一瞬で崩れる姿だ。  佐倉杏子が変身したウルトラマンですら、まだもう少し素の要素が抑えられていたような気がするが、ゼロは一切それがない。 「──ん? おっと、悪い悪い。えっと……まあ、これも助けたって事になんのかな? ……俺たちこの星の住人──ウルトラマンは、ずっと、そうやって来た種族なんだ」 「誰かを助けながら生きてきたって事……?」 「ああ。特に、お前たち地球人との絆は深く長いもんだぜ! ──っつっても、今回はお前らに物凄い迷惑をかけちまったか……」  ゼロが、そう言って項垂れた。語調が少し優しく、彼が今のところ、美希に初めて見せた落ち着きを感じさせた。……いや、落ち着きというより、意味深な湿っぽさというべきかもしれない。  溜息をつくような声を出しながら座するゼロの近くに、美希は眉を顰めて寄った。 「どういう事? 一体、何があったの?」 「美希……さっきまで、お前、殺し合いをさせられてただろ……?」 「え?」  その美希の言葉には、色々な想いが詰め込まれている。  特に、「何故、初対面のゼロがそれを知っているのか」──というのが大きな疑問だ。  しかし、考えてみると、ゼロが開口一番に美希の名前を告げ、「活躍を見ていた」と言っていた事も繋がる話であった。その言葉はずっと美希の中でも違和感として残っていたが、ゼロとガンQの戦いを前に忘れかけていた。  ウルトラマンゼロは、あの殺し合いについて何かを知っている。 「あの殺し合いを催したのが、かつてこの星で生まれ、この星の仲間を裏切ったウルトラ戦士──カイザーベリアルなんだ。だからな……今、この星中の人間が責任を感じてる」 「ベリアル……。その名前は、知ってるわ。でも、なんであなたが、私が巻き込まれてた戦いを知ってるの!?」 「それは、俺だけじゃない。宇宙中──いや、全世界中の人がもう知ってるんだ。あの戦いは全部、ここしばらく、世界中に中継されてたからな……」 「──っ!?」  美希は、驚くと同時に──どこかで、それを納得して飲み込んだ。  確かに、百人にも満たない人間を相手に、あれだけ大がかりな事をするのは何らかの目的がなければおかしい話で、おそらくはあの出来事は映像データ化されている。──実験、と言われていた気がするが、それは世界中に配信されたのだろうか。  考えてみると、あの殺し合いは「ゲーム」という形式を取っていて、どこか娯楽性を持っていたようにも思う。  それは世界に公表する為なのではないか──?  美希の五指は自然と強く握られた。 「……とにかく、美希! ここにいるより、一緒に俺の親父たちがいる場所に行こう! 詳しい話は俺だけで話すより、親父たちに聞いた方がいい!」  ゼロはそう言うが、美希にはゼロが敵なのか味方なのか、まだ確定していない。  この場から出て取って食われるかもしれない心配もあったが──それでも、美希はゆっくりと前に出た。  ここで信頼できる相手が通りすぎるのを待っても仕方がなく、このゼロというウルトラマンを信用する以外にベリアルや殺し合い、この場について知る方法は見つかりそうになかった。  第一、疑り深く務めようとしても、必ずしもそうなりきれず、時には直感であっさりと人を信じてしまうのも、また人間の性である。 「さあ、この手に」 「手……? ああ」  ゼロは右手を差し出し、美希は彼の指先にそっと乗っかった。  彼が攻撃したり握りつぶしたりする気配はなく、美希は、それでひとまず安堵するが、直後にゼロが腕を上げて、美希を自分の胸元のあたりまで持ち上げた時、美希の背筋が凍った。 「ちょ……ちょっと!」 「ん? なんだ?」 「高い、ここ高いっ!!」  だいたいゼロの胸元のあたりと言うと、高度三十メートルほどである。  何らかの補助手段もなく、ただ掌の上にちょこんと載っているだけでは、かなり肝が冷えるほどの高さだ。──しかし、ゼロにはそれくらいしか美希を運ぶ手段はないのだった。  乱雑なように見えるが、ウルトラ戦士が地球人と一緒に移動する時はそれが一番手っ取り早い話で、ゼロも別段、その方法に抵抗を示してはいない。  それに、中には喜んでくれる地球人も多いくらいだった。 「安心しろよっ! ……絶対落ちないから」 「保証あるのっ!?」 「俺を信じろ!」 「無理よ、会ったばっかりだもん!」 「ったく……こんな事で死なせねえよ! お前だって、ウルトラマンと一緒に戦ってきた地球人の仲間だ──行くぜ!!」 「あああああ!! ちょっとおおおおおっ!!! 心の準備!!!!」  ゼロは、そのまま美希の意見を無視して、空に高く飛び上がる。美希は頭がくらっとするのを感じた。  だんだんと離れて行く地上──そこから落ちれば、一たまりもない状況。  しかし、ゼロは、美希をそこから落とさないよう、少し掌の中心を下げて持っているのがわかった。精一杯の配慮だが、確かにそこから地上が離れたとは思えないほど、風の抵抗を受けない形になっている。  美希の視界には、空から見上げたこの星の全貌が映し出され始めていた。本当に全てがエメラルド色とクリスタル色の光で包まれている街であった。  ──宇宙の神秘を体現したような美しい場所だ。 「──あれは!」  そして、先ほどまで見えていなかった巨大なタワーが見え始めた。あまりに美しい光景に、美希も怖さを忘れてそれに圧倒される。  それは、この星を築き上げたエネルギーの塊──プラズマスパークタワーであった。  人の心を魅了する輝きが、この街全体を灯しているのだ。この星にある人工太陽があのプラズマスパークタワーなのである。  ゼロは、ゆっくりと飛行しながらそこへ向かっているように思えた。 ◆  美希がゼロに連れて来られた場所は、まさにそのプラズマスパークタワーの前であった。  このウルトラの星においても、最も厳重な管理が置かれる場であり、その周囲は歴戦の勇士たちが囲っている。宇宙警備隊に属する彼らが厳重な包囲をした上で、この場に現れたベリアル傘下の怪獣たちと戦う事になったらしい。  とはいえ、約一週間の時間をかけてウルトラ戦士の方が怪獣軍団を鎮圧し、多くを葬り、多くを捕えた。──死亡した怪獣は、怪獣墓場を彷徨い、供養される事になるだろうという。  ベリアルに最も近い参謀のメフィラス星人・魔導のスライといった強敵もウルティメイトフォースゼロの奮戦によって撃退する事が出来たらしい。  美希は、辿り着くまでに、彼の手の上で、そんな幾つかの話を聞いた。 「着いたぜ、美希」 「──え、ええ……」  到着した頃に、美希とゼロの前に、何人もの戦士が空からこのタワーの前に立ちふさがるようにして並んだ。まるでゼロを待っていたようだった。  赤と銀の体色を持つウルトラ戦士たちが、それぞれ背中にかけた巨大な赤いマントを翻す。  ゴーストタウンのようだと思えば、このように何人もの巨人が集まっているなど、不思議な星である。  ──何でも、彼らが、ゼロの父と、その仲間たちらしい。  かつて、この世界で地球を守ったウルトラ兄弟だ。今はそれぞれが宇宙警備隊の中でも相応のポストに就いている。再三のベリアルの魔の手から、このプラズマスパークタワーを守るのも今や彼らの立派な使命の一つであった。  ゾフィー、ウルトラマン、ウルトラセブン、ウルトラマンジャック、ウルトラマンエース、ウルトラマンタロウ……そこにいたのは、伝説のウルトラ6兄弟。  そして、ウルトラの父、ウルトラの母、ウルトラマンメビウス、ウルトラマンヒカリであった。 「ゼロ。その子は、もしかすると……?」  美希とゼロの前に現れたウルトラマンたちのうち、ゼロの面影を微かに持っている赤い戦士が前に出て声をかけた。彼こそ、ウルトラマンゼロの父であるウルトラセブンである。  彼もまた日本語を繰る。それは、かつてこの世界の日本で迫りくる侵略者たちから地球を守った経験による物だろう。  このウルトラマンたちの中でも、誰よりも地球という惑星を愛したのがこのウルトラセブンだ。 「ああ。あの殺し合いに参加させられていた蒼乃美希だ。──ガンQを追っていたら、路地で見つけた」  何人かのウルトラ戦士たちが、まじまじと美希の姿を見た。  怪訝そうでもあり、どこか懐かしそうでもあるその瞳。いずれも、妙な威厳を感じ、美希も恐縮する。一方で、ウルトラ戦士たちもまた、地球人の少女に対する敬意の念を心の内には抱いていた。  少なくとも、戦士としての年季は、美希やゼロとは桁違いであった。──美希は十四歳で中学二年生だが、ゼロは概ね五千九百歳で、地球人で言うならば高校一年生相当だという(地球人換算でも一応年上である事に美希は驚いていた)。  齢二万歳を超えている彼らは、そんな若者たちが相手にするには、些か貫禄がありすぎたのだろう。 「何故、こんな場所に地球人の子が……」 「ベリアルの転送が此処に誘ったとしか思えん」 「しかし、それに何の意味があるのですか、兄さん」  ウルトラ兄弟もまた、美希を見て混乱しているようだ。  美希がウルトラの星にやって来てしまった理由については、やはり殺し合いの後のブラックホールが原因だと思われているようだが、それでもまだ腑に落ちない。 「教えてくれるかい、どうして君がこんな所にいるのか」  美希にそうして直接訊いたのは、初代ウルトラマンであった。  彼もこうして美希に訊くのが最も早いと思ったのだろうが、美希自身もよくは知らないし、そもそもこうして威厳ある巨人に質問を投げかけられると、大きな責任が伴ってくる。  とにかく、それでも自分に質問が振られたからには、順序立てて話そうと意を決した。 「えっと……向こうにいた間の事情は知ってますよね?」 「ああ……辛かっただろう」 「……」  美希は少し、これまでを思い出して沈黙した。  ──辛い。  確かにそうだった。あれだけ友達が死に、自らも死の恐怖に直面する中で、そんな感情が湧きおこらないはずがない。しかし、何度もそれに耐えたり、時にはあの出来事が寝覚める前の夢のように淡い他人事のように思えたりして、辛くない時もあった。  だが、改めてそう言われると、自らの心の傷が可視できるようになってしまう。だから、暫し、言葉を失った。  それを察して、ウルトラマンは一言謝る。 「……すまない」 「いえ……。でも、その後で、私たちはあのブラックホールで転送されて、それから──」  美希は、その気持ちを押し込めた。  今、自分が問われている話に思考を戻そうと努める。  順序立てて話しているかのようだったが、本人は、順序立てて思い出そうとしていた。 (何があったかしら……そうだ……!)  まず、ブラックホールで転送された後、ここに来る前にあった事を全て考えてみる。  美希自身も知らない幾つかの記憶の復元──これが自然に行われた時間軸調整が起き、それと同時に、ある夢やビジョンが美希の中に浮かんできた。  美希自身の未来の補完と同時に、ある少女の言葉が浮かんだのだ。  ────お願い、世界を救って  ────全ての世界が侵略者に狙われている  ────急いで  ────ウルトラマンたちと共に、侵略者を倒して  ウルトラマン──そうだ。  美希に誰かがそんな言葉を投げかけた記憶があった。それは、殆ど、美希たちの時間軸の補完と同時に行われた為、彼女の頭の中でそれと混濁されてしまいそうになっていたが、その中で「ウルトラマン」という単語が出てくるはずはない。  美希は、殺し合いの脱出と、ウルトラの星への到着の間に、「謎の少女との出会い」を経験したのだ。──あれは、現実に美希を誘った実態のある存在なのだろう。 「……もしかして」  ──まだ、自分の中で確信と言えるかどうかはわからなかったものの、思わず美希はそう口に出してしまった。  すると、初代ウルトラマンは美希に訊いた。 「何か心当たりがあるんだね?」 「……はっきりとはわかりません。でも、途中で、変な女の子に会った記憶があります」 「女の子?」  美希は、少しでも手がかりになればと、その特徴を思い出した。  彼女の記憶にあるのは、やはりそのファッションだ。──あまりにも装飾のない服装であったもので、却ってその特徴は思い出しやすい。 「白いワンピースを着た、赤い靴の……」  そう、その少女は白い無地のワンピースを纏い、赤い靴を履いていたのだ。年のほどは、10歳にも満たないかもしれないくらいで、現代人としては妙な神秘性と無垢な印象を覚えさせる姿だった。  だからこそ、夢と混同しやすかった部分もある。  そこまで聞いた時、一人のウルトラ戦士が声をあげた。 「兄さん! もしかすると、──僕も昔、地球で、それと同じ姿の女の子に会って、ウルトラマンのいない異世界に導かれた事があります。……正体はわかりませんが、多分、園子のウルトラマンと地球人の味方です!」  兄弟たちの中では最も若いウルトラマンメビウスの言葉である。メビウスという言葉に良い思い出はないが、あくまで同じであるのはその名だけだ。彼もかつて地球を守り、その星の人たちと未来を勝ち取ったウルトラ戦士である。  そんな彼もまた、どこかで美希と同じく、その「赤い靴の少女」に導かれた経験がある事を知り、美希は少し驚いた。  しかし、あの少女がウルトラマンの名を口にしたのは、もしかすると、こうしたウルトラマンとの出会いがあったからなのではないかとも思う。 「そうか……なるほど、あの戦いから脱出してここに来るまでに、何者かの介入があったわけだ。しかし、何故この子が……?」 「この子以外にも、もしかすると、あの戦いの生還者がこの星に来ているかもしれない。……まずは、この星のウルトラ戦士たちに、地球人を探してみるように呼びかけよう!」  ウルトラマンヒカリがそう言い、すぐにウルトラの父の許可を得て飛び立った。──こうして、一人が連絡すれば星全体に行き渡るネットワークがある。度々大きな事件が起こるせいもあり、星全体が団結している恩恵でもあるだのだろう。  他のウルトラ戦士たちは、全てここに居残っており、まだ美希の事情について問うてみようと思っているらしい。あるいは話してみたい事が幾つかあるのだろうか。 「キュアベリー、蒼乃美希」  次に美希に言葉をかけたのは、ウルトラ兄弟の長男であるゾフィーであった。  宇宙警備隊の隊長であり、この中で言うならば、ウルトラの父やウルトラの母に継いで役職の高いウルトラ戦士だ。実力もまた高く、地球で一部の怪獣には遅れを取る事があっても、 弟たちには非常に信頼された身である。  彼の胸や肩には幾つものボタンのような勲章が輝いている。 「──君に話さなければならない事は幾つもあるが、まずは君が落ち着いてからにしよう。大した持て成しは出来ないが、君は責任を持って我々が保護する」 「ありがとうございます。でも、話を聞く事は出来ます。……お願いします、ゾフィー隊長」 「……いいのかね?」 「ええ、聞かせてください」 「……君がそういうのなら。──まずは、あのウルトラマンノアとダークザギについてだ」  ゾフィーの気遣いは、美希には不要だった。  実際、周囲が配慮しているよりも、美希はまだ落ち着いた心情にある。ここにいるウルトラ戦士たちの不思議な暖かさが成してくれる物だろう。  変に話を後回しにするよりは、こうして早い内に美希の中にある疑問を払拭しておいた方が良い。 「ノアは、かつて、あのダークザギが現れた時、我々ウルトラ兄弟を救った戦士だ。我々の力を集めても、手に負えなかったあのダークザギを異世界に連れ出してくれた事がある。二人の正体は我々にもわからないが、ノアは大昔から存在し、あらゆる宇宙に伝説を遺した巨人だ」 「──彼らに会った事があるんですか?」 「羽根が生えたウルトラマンなら、俺も前に会った事があるぜ! 俺に良いモンくれたんだ。……でも、まさか、あんな所に連れて行かれてたなんてな」  ゼロが付け加えた。しかし、ゾフィーと比較すると、ゼロの説明では、どうもノアの偉大さという物が伝わり難い。  彼にしてみれば、物をくれる優しいおじさん扱いで、他のウルトラ戦士のようなノア崇拝とは無縁だった。──相変わらずなゼロの態度に少し呆れる。  だが、考えてみると、ノアといえば、一つ疑問がある。 「そうだ、孤門さんは……? 今どうしてるんですか?」  ウルトラマンノアに変身したのは孤門一輝だ。ブルンたち妖精のように、エボルトラスターにノアが同化していた原理はわかるが、あの戦いの後、孤門はどうしたのだろう。  こうして、まだ主催者が残って世界を侵略しているという事は、ノアはベリアルに敗れてしまったのだろうか──?  ウルトラマンノアが個としての人格を有しているとしても、美希にとっては孤門一輝という人間の変身体であるという印象が強く、そういう訊き方をした。  そう言うと、ウルトラの父と母の実子であるウルトラマンタロウが口を開いた。 「……あの後、ベリアルの力でエネルギーを全てスパークドールズという人形に封印されてしまったんだ。その人形は宇宙に捨て去られた!」 「そんな……」  そう落ち込む仕草を見せた美希に対して、ウルトラの父が口を開いた。 「だが、安心してくれ。死んではいない。おそらく、ベリアルには、ノアを無力化し、宇宙に捨てる事しかできなかった……ベリアルはそれだけノアを恐れているという事だ」  ウルトラマンベリアルという名であった頃のカイザーベリアルとは戦友同士だったという彼も──今や、ベリアルに仇なす一人として名を連ねている。彼の中では、友の過ちを止められなかった己の罪深さを悔いる事よりも、一刻も早くベリアルを対処せねばならないという使命感が優先されているのだ。 「つまり、あの宇宙に行き、ノアを……孤門隊員を探す事が勝利の鍵になる」  ノア──孤門はまだ生きているという事であった。  それだけで少しでも希望が湧いて来る気がした。──いや、むしろ、ベリアルが絶対的強大さを持っていたこれまでに比べると、彼の弱点とも言えるノアの存在が明かされた今は心強ささえ覚える。 「言ってみれば、ベリアルもまた、心の闇を付け込まれた一人の人間に過ぎない。このプラズマスパークタワーのエネルギーに魅入られた、ウルトラ一族でただ一人だけの犯罪者だ」 「だが、奴はギガバトルナイザーやエメラル鉱石、アーマードダークネスなどの新しい力を見つけ出し、やがて我々だけの力では手に負えないような強大な悪になっていった」  ここまでの道のりでゼロに聞いた通りだった。  かつて、この星のウルトラ戦士の一人だったウルトラマンベリアルは、エンペラ星人の悪の力に惹かれ、プラズマスパークタワーを襲撃してエネルギーを奪取しようと謀った。しかし、それを阻止された彼は宇宙の牢獄に監禁され、ウルトラ族唯一の犯罪者として、この星の負の歴史となったのだ。  まるで、この善人ばかりの惑星の中で、ただ一人だけ、善も悪も持つ普通の人間が放り込まれてしまったような話である。──地球の人間である美希は、だからこそ、悪ばかりが肥大化し、強さに魅入られるようになったのかもしれないと思った。  善と悪が両立されるのが普通の人間だが、周囲が奇妙なほど優等生ばかりになると、そんな不良生徒も出てくるわけだ。その次元が異なっていたというだけで、本質は変わらない。  そんなベリアルは、その後、ギガバトルナイザーを手にして怪獣と協力し、この星でもまた「ベリアルの乱」なる物を起こしたという。それ以来、何度も蘇り、新たな力を得てウルトラマンゼロやウルトラ戦士たちの前に何度も立ちふさがる巨悪となっていったのだ。 「──今、奴が新たに手にしたのが、インフィニティのメモリだ」  ウルトラ兄弟たちの説明に、ふと、美希は自分の知っている単語が出てきた為、我に返るようにして、話に食らいついた。 「もしかして……それって!!」 「ああ。君たちの世界をかつて管理しようとしたラビリンスの──」 「シフォン……!」  インフィニティのメモリ──それは即ち、シフォンという赤子の妖精の事だった。  世界を管理する為の道具として管理国家ラビリンスにより利用され、己の意思に反して協力させられていたのがシフォンだ。  しかし、たとえ世界を闇に導くリスクのある存在だとしても、美希からすればシフォンは我が子も同然の仲間である。  かつて、美希はそんなシフォンを世界の管理者メビウスの手から助け出したのだが、美希たちと同じくベリアルに捕らわれてしまったらしい。  今、美希たちプリキュアたちのいる世界とベリアルの話が一本の線で繋がって来た。 「シフォンが、ベリアルの手に渡ったんですか……!?」 「ああ。あの戦いも、君たちの戦いを見る人間たちから溢れる膨大なFUKOと、君たちの持つ変身エネルギーを貯蓄し、全世界を自らの手で掌握する為に開かれたようだ」 「──そんな事の為に……っ!!」  美希は湧き立つ怒りを抑えきれなかった。  目的の為に、ラブや祈里やせつなを殺害し、挙句にシフォンまで利用するという──このベリアルの卑劣さ。その目的が、自らを満足させる為に全世界を手に入れる事だというのなら、余計に美希には許し難かった。  まだ、統制によって平和を謀ろうとしたメビウスの方が理念はマシだと言える。 「ベリアルは何処にいるの……!?」  美希は、今までよりも少し怒張の混じった声で言った。  それを聞いたウルトラ戦士たちは、少しだけ押し黙った後、どこか無念そうに言葉を返した。 「ベリアルは、バトルロワイアルが行われたあの世界にいまだ閉じこもっているんだ」 「そこに介入できるのは、一度あの世界に行って耐性がある人間──つまり、君たち生還者だけだ」 「……私たちだけでも、そして、今は君だけでも、ベリアルのいる場所に向かう事はできないだろう」  あのカイザーベリアルという強敵を倒す為に、力を持つ自分たちが美希に力添えする事が出来ないのが惜しいのだろう。  しかし、美希もまた、ただの人間である以上、一人で異世界に向かう事など出来ない。  異次元突破ができるウルトラ戦士は、耐性を持たない為にベリアルの元に行けず、耐性を持つ美希は、異次元を突破できないというわけだ。アカルンさえあれば話は別だが、それも今は杏子の手にある。 「──しかし、こうして集った以上、ただ一つだけ方法はある」  ふと、ウルトラの父が口を開いた。  方法を何となく悟っていたウルトラ戦士と、方法を思いつかないままだったウルトラ戦士とがいたようだが、そんな中で、彼は殆ど確信に近い方法を思案していたようだ。 「君とゼロと一時的に同化し、二人の力を合わせて次元の壁を突破するんだ」  同化──それは即ち、ウルトラマンネクサスと同じ要領で、美希の身体がウルトラマンゼロに変身できるようになるという事だろうか。  美希の中にも、かつて、同じようにウルトラマンがいた。  しかし、杏子から受け継いだネクサスの光は、決して良い思い出ばかりを想起させる物ではない。むしろ、美希の中にあるのは不安ばかりだ。  まるで強要されているような気がしたが、美希は何も返せなかった。 「えっ……」 「そうかっ! 美希と同化すれば、俺もベリアルを倒しに行ける……!」 「もしかすると、あの赤い靴の少女はこの為に、美希ちゃんをこの世界に引き寄せたのかもしれません。ゼロをあの世界に呼んで、ノアを再臨させる為に!」 「なるほど……グッジョブだぜ! 赤い靴の少女!」  どこか嬉しそうなゼロの一言だ。──ベリアルとの因縁が最も深いウルトラマンといえば、彼だからだろう。  彼も、自分の手でベリアルを倒したいという想いは、人一倍強かった。何度とないベリアルとの戦いの果てで、未だ決着がついていないのを少しは歯がゆく思っている身だ。 「……メビウス、ゼロ。それは、彼女が頷いた場合のみだ」  そんなゼロとは裏腹に、ウルトラ戦士たちは少し、沈んだムードであった。  何せ、ゼロの手の上にいる美希の様子に、歴戦のウルトラ戦士たちは気づいていたからだ。  まるで、その提案に乗り気ではないように、俯いて、拳を握って震えている美希の姿に──ゼロは、僅かばかり遅れて気が付いた。 「怖いのか、美希? 確かにベリアルは強敵だが──」 「違うっ……! そうじゃない!」  心配そうなゼロの言葉を投げ返す美希。  彼女の胸にあったのは、ベリアルという敵への恐怖などではなかった。──その為に戦う事には躊躇しない。   しかし、その手段として、“ウルトラマンと同化”する事が美希には怖かったのだ。 「あの時、ダークザギを復活させたのは、私の憎しみだった……! ウルトラマンの光を奪われてしまえば、その時またどんな事が起こるか──」  そう、ダークザギを復活させたのは、美希自身が最後に見せた憎しみであった。  石堀光彦が桃園ラブを殺害した時、遂に美希の中で、愛や希望よりも憎しみや絶望が勝り、ウルトラの光を、敵を“殺す”為に使おうとしたのだ。周囲の静止の言葉さえ、あの時美希の耳を通さなかった。  あれは、自分自身の心の闇への恐怖と言い換えてもいいかもしれない。  ──また、ウルトラ戦士と融合する事で、今度はどんな悪を生みだすリスクがあるのか、美希にはわからず、それが恐ろしかった。  ウルトラマンベリアルが悪に堕ちたのもまた、その時の美希と同じく、力と闇とが溶け合ってしまった結果であるという。だからこそ、ゼロと共にベリアルを倒しに行く事に抵抗が生まれる。  ゼロやノアという勝利の鍵を得るには、美希は未熟な部分があったのかもしれない。 「……美希、嫌なら無理にとは言わないぜ。だけどな、ウルトラマンの力を恐れちゃ駄目だ!」  しかし、そんな美希を、ゼロは叱咤するように言った。  鼓膜を破りかねないような大声が、美希の耳に響く。思わず、美希はゼロを見上げた。妙な実感のこもった言葉であるように思えたのだ。 「……俺も昔は、ベリアルみたいに力を求めて、ベリアルと同じになる直前になった事があるんだ。その時は、親父やみんなが支えてくれた……だから今の俺がいる!」  美希は、少し意外そうにゼロの顔を見つめていた。  彼は話さなかったが──かつて、彼も力に惹かれ、ベリアルと同じように闇に魂を売ろうとした事があるらしい。長らく、罪を犯す者がいなかったウルトラ族であるが、彼はその二番目となろうとしていたのである。  だからこそ、ベリアルには敵対心だけではなく、どこかで完全には憎み切れない共感がある。いわば、分かたれてしまった光と影だ。それが彼にベリアルへの執着を齎す。  もしかすれば──彼の父・ウルトラセブンもまた、宇宙の犯罪者となる可能性がどこかにあったかもしれない。 「でも、もしまたあの時と同じように──私の中の憎しみが強くなれば、ゼロに迷惑をかけちゃう……」  ダークザギの復活と同じように、またウルトラマンの光を奪われるような事があれば、こうして人格を持って一喜一憂するゼロもまた、ゼロではなくなってしまうかもしれない。  彼の身体がベリアルに乗っ取られれば、それこそ脅威となる。──実際、かつてそんな事があったのだが。 「過去の失敗なんて恐れるなよ!」 「でも現に私のせいで沖さんたちが──」 「それでも……美希、お前にはちゃんと支えてくれる人がいて、守るべき物があるだろ! なら、もう一度、それを守る為に戦える! お前なら出来る……俺は、お前を信じる!」  ゼロの言葉は、美希の心を突いてきた。  真っ直ぐに信じられたり、褒められたりして、嬉しくない人間はいない。──特に、自分自身が信じられない人間にとっては、だ。  彼らのやり取りを見ていたウルトラセブンが、のそのそと彼らの元に歩きだした。他人事だとは思えなかったのだろう。 「蒼乃美希、それにゼロ……人は、時に過ちを犯す。だが、我々はそれも含めて、地球人を愛しているんだ。この星の人にだって、犯罪がなくとも過ちや後悔がないわけではない。──ベリアルの過ちを正せるのは、それをよく知る、若き君たちだけだ」  ここに並ぶセブンも──これまで、決して人間の良い部分ばかり見てきたわけではない。  だが、そんな彼は未だに地球人を信じ、愛している。あの美しい星の人々に、再び災禍が訪れないよう、何度でも命を削る覚悟がセブンには──あるいは、地球人、モロボシ・ダンにはあるのだ。  だからこそ、蒼乃美希という地球人を信じ、託そうという気持ちはここに居る誰よりも負けないつもりであった。  勿論、ウルトラマン──ハヤタも、ウルトラマンジャック──郷秀樹も、ウルトラマンエース──北斗星司も、ウルトラマンメビウス──ヒビノ・ミライも、東光太郎や礼堂ヒカルと共に戦ったウルトラマンタロウも、ゾフィーも父も母も同じ想いを胸に抱いている。  彼らは、セブンの言葉にただ頷いた。 「本当に、良いの……?」 「ああ、大丈夫だ。──お前の目は、もう未来を見つめている。だから、安心しろ!」  美希を、何故かその時、言い知れぬ恐怖感が襲った。  ゼロの言葉のどこかが、彼女の胸を締め付けたのだ。──それは、ほとんど反射的な感覚だった。胸から上で呼吸が乱れ、動悸が激しくなり、途端に吐き気も少し湧き出た。  しかし、それを抑え、──必死で飲み込み、服の胸元を握り、美希は頷いた。 「……わかったわ、ゼロ。──合体しましょう!」 「おう、望むところだ!」  ゼロが、美希を持たない方の拳を強く握った。  彼は、美希がいま何かを感じた事など知る由もなかった。美希自身も、今は原因がわからず、すぐにそんな事は忘れかける。 「……っつっても、今まで、合体するのは男ばっかりだったから、緊張すると言うか何というか……」  またしても頭を掻くゼロ。──何にせよ、女性型地球人と一体化するのは少々恥ずかしい気持ちがあるのだろう。  彼の父たるセブンも少し咳払いをして、タロウやメビウスは少し顔を赤らめている。  変な意味ではないのだが、やはりこうして他の同種の目があるところで、ウルトラ戦士が地球人と合体するのは恥ずかしくもあったのだろう。  こうして改まると、美希の方も急にゼロを心に宿すのが恥ずかしくなってくる。 「照れる事はないぞ、ゼロ」  そんな中、ウルトラマンエースが妙に実感のこもった言葉で言う。  彼には何やら経験があるようだった。──というか、彼に限っては全く恥じる気持ちは全くなさそうにさえ感じる。  と、その時だった。  プラズマスパークタワーに向かって、二人のウルトラマンが飛んでくるのが見えた。  片方は、背中にあの奇獣ガンQを背負ってきている。ウルトラ戦士たちは、一斉に彼らの方に目をやる。 「──おーい、タロウ! 頼まれてたギンガスパーク、持ってきたぜ!」 「ギンガ……それにビクトリー。来てくれたのか!」  何やら、そのウルトラ戦士たちはウルトラマンタロウと旧知の仲らしかった。  タロウが地球に向けてウルトラサインを発し、ウルトラマンギンガとウルトラマンビクトリーという二人の戦士を呼び出したのだ。それは、スパークドールズと化したウルトラマンノアを再臨させる為の道具を手元に確保しておく為である。  美希という手段はその時はまだなかったのだが、何らかの方法で向こうの世界への耐性がついたり、迎える条件がついた時の為にそれを手にしておこうと思っていたのだ。 「……ああ、後はこいつがあれば、スパークドールズになったウルトラマンノアをまた復活させる事ができるんだろ」 「こいつが持ち逃げしていたせいで、少し遅れたがな……」  ビクトリーが背負っているガンQはすっかり伸びている。  彼は、逃走中にギンガスパークという重要なアイテムを奪っていたらしいが、とにかくガンQの問題もこれで片付いたわけだ。  すぐ後に、青いウルトラマン──ウルトラマンヒカリがやって来る。 「──メビウス。この星には、どうやら地球人が他にいる様子はない」 「つまり、赤い靴の少女に連れて来られたのは、美希ちゃんだけっていう事か」  他の生還者がどこにいるのかわからず、美希は少し不安になった。  杏子、つぼみ、翔太郎、良牙、零、暁、ドウコク、レイジングハート……。  だが、彼らもきっと無事でやっているだろう。──今は、ただ、そう信じた。 「とにかく、これで、ひとまずは、条件は揃ったわけだ。──だが」  タロウは、ギンガスパークを美希の手に託しながら、言った。 「美希、ゼロ……二人に言っておくが、あの世界の宇宙もここと同じように広大だ。スパークドールズを見つけ出すのは本当に困難かもしれない。それでも行くのか?」  それは、最後の忠告だった。既に覚悟のある二人にも、一応この先の険しさを実感しているか確認しておきたかったのだろう。  だが、そんな保険は結局のところ、不要な物だったらしい。  ゼロと美希が口を開く。 「あの途方もない宇宙を見つけ出さなきゃならないってか……? やれやれ、本当に──俺を燃えさせるのが得意な奴だぜ! ベリアルの野郎はよぉっ!!」 「私たちは、希望を諦めませんから……!!」  熱血漢のゼロと、希望の美希だ。──それぞれの胸には、孤門一輝の「諦めるな!」という言葉が刻み込まれている。ゼロは、あるアナザースペースを旅した時も、そんな言葉を何度も口にする少年と出会った事があった。  ゆえに、可能性があるならば、それを無碍にする事はしない性格であった。  そして、ウルトラマンノアという小さな希望──それは、決してベリアルを倒す為だけではない。 (孤門さんを、今度は私が探し出す──!!)  かつて、レーテの深い闇の海の中から救い出された時の孤門が同じ事をしたのだから、美希も同じ事を返すつもりなのであった。  ノアの中に封じられている孤門一輝という人間も解放する為に──美希は、ゼロに向き直した。 「行きましょう、ウルトラマンゼロ!!」  ゼロが、おもむろに頷いた。  すると、ウルトラの母が、左腕の青いブレスレットのエネルギーを右腕に宿し、美希とゼロに向けてその光線を放った。  マザー光線。──それは、傷ついた戦士を治癒する聖母の力だった。二人の身体から、今日までの疲れと傷が拭われていく。  二人は、母の愛に礼をした。  やがて、二人はウルトラマンゼロとして融合し、このウルトラの星を離れ、ベリアルの元に向かう事になった。 ◆  ────あのウルトラの星を離れ、どこまでも深く真っ暗な宇宙を、ウルトラマンゼロは飛んでいた。  ゼロになっても美希の人格は消えておらず、飛びながらいつものように会話する事ができる。まるで、あの戦いの中で出会った仮面ライダーダブル──左翔太郎とフィリップのようであった。  ただ、今はあくまで戦闘慣れしているゼロの人格を主体とする形になっている。言ってみれば、この場合、美希が「フィリップ」と同じ役割なわけだ。 『ゼロ……一つだけ訊いていい?』 「何だ、美希」  自らの意思ではゼロの身体を動かせないため、少しばかり退屈だったが、美希はゼロに語りかけようとしてみた。実際、考え事まではゼロには知られず、語りかけようとした時だけゼロに言葉が届くようになっているらしい。  お陰で、少し考え事をさせてもらっていた。──そして、ある結論が出たのだ。 『ゼロは、私の目は未来を見つめている……そう言ったけど、それってとても怖い事だとあの時、思ったわ』  未来を見つめる──そんな言葉を聞いた時、自分の胸が苦しくなったのを、美希は思い出していた。あの時は、奇妙な恐怖さえ抱いたのだ。  その理由は、時間を重ねて考える内に何となくわかり始めていた。 『ラブやブッキーやせつなを忘れて、彼女たちがいないこれからの人生を一人で生きていく事だと思ってたから……』  そう、未来を見つめるという事は、過去を遠ざけて生きていくという事だった。  既になくしてしまった物は戻らない。時間はどうあっても未来に向けて収束してしまう。──だが、それが美希には嫌だった。  桃園ラブも、山吹祈里も、東せつなももうこの世にはいない。だからこそ、自分が未来を見つめていると聞いた時、彼女たちの存在を裏切ってしまったようで、胸が締め付けられたのだ。  天道あかねも、きっとそうして早乙女乱馬を忘れたくなかったからこそ、闇に堕ちる道を選んだのだろう。──いや、きっと、そうして美しい過去の為に全てを犠牲にして必死に生きた人間は、彼女だけではなかっただろう。 『──でも、違うわよね? 彼女たちを自分の一部にして、それで、彼女たちの死を自然に受け入れて、自分の罪も忘れずに生きていく事が……あなたの言う、私が見ている未来なのよね?』 「ああ、わかってるじゃねえか……」  彼女たちの死を背負い、その想いをまだ胸に秘め続け、四つの葉を持つクローバーとして、美希たちの未来を切り開いていく事──それこそが、これからの美希の運命になる。過去の全てを受け入れながら、前に生きていけるか? ──それがゼロの言う未来だった。  それを飲み込んだ美希を見て、ゼロは、ただ一言、告げた。 「あいつらは、お前の永遠のともだちだ……!」  その一言を聞いた時、美希の心にあったしこりが消えていく感じがした。  妙な安心感を抱いて、それからすぐに、心の中で笑顔を作った。戦いの前とは思えないほど、緊張とは無縁な安らかな気持ちが美希の芯に湧きあがってくる。  一言だけ、ゼロに礼を言う。 『ありがとう、安心した……』  そんな時、ふと、ゼロの視界で前方を埋め尽くす大量の怪獣の陰が表れ始めた。  宇宙竜ナース、火山怪鳥バードン、始祖怪鳥テロチルス──ゼロには見覚えのある敵も何体かいる。 「……おっと、話してる間に、俺たちを邪魔しようとする奴らが来たようだぜ! 美希! ベリアルと戦う前の小手調べだ……」 『……そうね。ゼロとの相性も今のままじゃわからないし……試してみる?』  ゼロは、唇を親指でなぞるようなしぐさを見せた後──すぐに美希の問いに返した。 「フッ、知れた事だぜ。俺たちの邪魔をしようなんざ、2万年早いぜ! ベリアル帝国!」  美希も心の中で頷いた。  目の前の百を超える怪獣軍団を倒し尽くせば、その後でベリアルの世界に向かえる。  そして、ノアを──孤門を助け出すのだ。 『そうね……行くわよ、ゼロ! 完璧に倒してあげましょう!』 &color(blue){【蒼乃美希@フレッシュプリキュア! GAME Re;START】} &color(blue){【Andウルトラマンゼロ@ウルトラシリーズ GAME START】} *時系列順で読む Back:[[時代]]Next:[[帰ってきた外道衆 特別幕]] *投下順で読む Back:[[時代]]Next:[[帰ってきた外道衆 特別幕]] |Back:[[崩壊─ゲームオーバー─(12)]]|[[蒼乃美希]]|Next:[[変身─ファイナルミッション─(1)]]| ||[[ウルトラマンゼロ]]|Next:[[変身─ファイナルミッション─(1)]]| ----

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: