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「…キ、ヘキってば!もう、いい加減にしなさいよ!」

耳元から聞こえてくる、馴染みのある声。
幼馴染の声によって、怪しい衝動に飲み込まれかけていた俺の意識が戻ってきた。

「…何だ、リョウか。いいじゃねぇか、ほっといてくれ」

本当は、すごくありがたかった。
『助かった』と言いたかったが、テレもあったせいで口をついて出てくるのはいつもの悪態。
悪い、とは思っていても、意識して無いとすぐこうなってしまう。
昔からの習慣とは恐ろしいものだ。

「ほう、せっかく食事のタイミングで呼びに来てあげたのに『ほっとけ』と」
「なんだ飯かよだったらそう言えよな!」

ここで素直に謝って変な空気になるのもゴメンだ。
俺は誤魔化しついでに苦笑いでやり過ごそうとした。

が。

そんな俺の気持ちが届くはずも無く、リョウの目はすうっ、っと細められる。

「…その前にあたしに言うことは…?」

…ああ、マズイ。これは怒らせたな…
ここで変にゴネても後を引くだけだ。
長年の付き合いでそれを体感している俺は、素直に謝ることにした。

「…ゴメンなさい。呼びに来てくれてありがとう」

きちんと頭を下げて謝る。
すると、張り詰めていた空気が和らぐのがわかる。

「ん。じゃあ行くよっ!」

にっこり微笑んで、リョウは俺の手を取り走り出した。

…やっぱり、リョウには笑顔が似合ってる。
この笑顔は、今度からは俺が、守っていかないといけないんだ。


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夜はいつも寝付けない。
どんなに体を酷使して、ヘトヘトになっていても。
仮に寝れても、1時間もするとすぐに起きてしまう。

だから俺は、散歩をしている。

今日はいい月夜だ。

こんな月の夜は、以前もこうして、散歩をしていた。
そのころは今よりもっと早い時間に。
ひとりではなく、妻と娘と3人でだが。
家の裏の小高い丘までの、開けた遊歩道を往復するだけの。
他愛の無い会話が幸せだった、あの頃はもう…

いかん。
また思考のループにはまってしまう。

久しぶりに緑地のほうへ散歩に来たせいか。
あいつは、ランは…緑が好きで、星が好きで。
だからか、つい思い出してしまうのは。

よし。
俺はくるりときびすを返す。

今日は海岸のほうへ行こう。
そうすれば気分も変わるかもしれない。

俺はわざと気合を入れ、海岸へと歩き出した。

…そういえば、リョウは海のほうが好きだったよな…


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「…リョウ?」

俺が海岸に着くと先客が居た。
あの後姿は見間違えもしない、リョウだ。
あいつも散歩だろうか?
気楽に声をかけようとし、様子がおかしいのに気がついた。
肩が震えて、まるで泣いてるような…
そっとしておいたほうがいいかとも思ったが、しかし実際の俺は恐る恐る声をかけていた。

「ふえ?あ、ヘキ…やだな、変なトコみられちゃったな」

驚いて振り向くリョウの瞳には、涙。
やはり、泣いていたのだろう。

「…すまん」

こいつはいつも元気だ。
だからこそ、つらいとき、悲しいときでも涙は周囲に見せてこなかった。
ただふと気付くと、居なくなる時があって。
心配した俺が探しに行くと、いつもひとりで、泣いていたのだ。

海岸の端で、今もこうしているように。

「ん…ま、ヘキならしょうがないか。いいよ、気にしないで」

泣きたくて逃げ出して、その都度俺に見つかっているリョウは『またか』と言うふうに肩を竦めた。
あの頃と、変わらないしぐさで。

だから俺も、あの頃のように…
いや、今は状況が違う。
あの頃よりはもう少し素直に、真剣に。

「そんなわけには行かない。いつも心配かけてるのは、俺のほうだしな。少しくらいは心配させてくれても…いいだろう?」

そういって微笑んだ(つもり)の俺の顔を見たリョウの顔が、一瞬はっとして、ゆがみ、苦笑に変わる。
すぐに理由を察してしまった俺に出来ることは、隣に座って、顔を見せないようにすること。
気にするな、と言うように、肩を少しぶつけて。
今までがそうだったように。

「ふぅ。まったく、あんたって…ね、少し、いいかな?」

リョウが、肩を預けてくる。
リョウにも、いろいろ思うところはあるのだろう。
そして、考えているだけでは解決しないことも。
ひとりで居るのが、つらいことも。
だから俺は、今日の俺は。

「ああ、いいよ。おまえの気が済むまで…な」
「ゴメ…、りがと…」

そうしてそっとシャツの袖にすがりつき、リョウは声を殺して泣いていた。

ずっと、ずっと…


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そうしてかなりの時間がすぎて。

リョウは泣き疲れて眠っていた。
ある程度おとなしくなったと思ったら、俺の肩に寄りかかったまま眠っていたのだ。
俺は思案した挙句、リョウを横に寝かしつけることにした。
いわゆる膝枕ってヤツだ。
もっとも、俺も寝そべるために脚は伸ばした状態でだが。

万が一でも夜風で冷えてはいけないだろうと、上着をリョウにかけてやる。
手をつき、空を見上げると、星が瞬いている。

星を見つめていると、思い出す。
あいつ…ランが、いろんな星の話をしてくれたことを。
娘が、目を輝かせて聞いていたことを。

いろんなことを思い出して。

「…ふぅ…」

溜め息にして、全部流した。

「考えていても、仕方ないよなぁ…」

そう呟いたとき、俺の視界が歪んだ。


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「ヘキ、泣いて…いるの?」

歪んだ視界に驚くのと同時に、リョウの声がした。
下を見ると、歪んだ視界の向こうでリョウが心配そうな顔をしている。
そして気付く、ほほを流れる何かの感触。

「え…あれ、何で俺…」

涙。
涙が出ていた。
あの絶望に遭った日からずっと、縁の無かったもの。
立て続けの悲報を聞いてもなお、俺の両の目からは流れ出さなかったもの。
それがどうして、なぜ?

泣いていることに戸惑う俺の姿はリョウの目にはどう見えたのだろうか。
リョウは俺をあやすように、そっと両腕で包んでくれた。

「大丈夫…大丈夫だから…」

リョウの優しい言葉が、心に溶け込んでくる。
あったかい。
そう自覚してしまった俺にはもう、自分の涙腺を止める力は無かった。

「すまん、みっともないところを…」

言いながらも涙は止まらない。
声もかすれている。
情けない。
さっきまで虚勢を張ってたって言うのに、俺は…。

そんな俺に、リョウはやさしく声をかけてくれる。
すべてを許容してくれる、母のように。

「いいのよ、気にしないで…だってヘキ、あれから泣いてないでしょう?」
「!!」

そういわれて俺ははっとなった。
そうだ。
確かにそうだ。
あのときの俺は、悲しみよりも怒りが。
哀悼よりも憎しみが。
そればかりが俺の心を、支配していた。

だが今は。

気丈なリョウが見せた弱さを見て。
そんなリョウの身の上に想いを馳せ。
そして、リョウの優しさに触れて。

俺の心はようやく、人並みの感情というものを、取り戻したんだと思う。
だから、俺は。

「だから、泣いていいのよ。いいえ、泣いてあげて?ランのために、あの人…ソウ兄のために、あの娘達のために…ね?」

リョウのその言葉で、俺は。
我慢するのを、やめた。

「っくぁ、あああああああああああああああああ!!!」

声にならない声を上げ、俺は泣いた。
尊敬する兄がいない悲しみに。
好きだった妻を殺された憎しみに。
愛していた娘を奪われた怒りに。
そして、大切な幼馴染が生きていてくれた喜びに。

すべての感情と共に、俺は涙が枯れるまで、泣いた。


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俺が落ち着いたのは、もう空も白み始めたころ。
かなりの時間を費やしてしまった。

そうしている間中、ずっとリョウは俺のことを包んでいてくれた。
それが無性に、ありがたかった。

「…迷惑、かけたな」

感謝しようとして、出てきたのはいつものぶっきらぼうな言葉。
俺らしいといえばそうだが、今はどうにもこの性分が恨めしい。
くそ、なんだって俺はこう…

でも、長い付き合いのリョウにはわかってもらえる。
そう期待して、リョウの顔を見ると。
案の定、やれやれまったくしょうがないな、といった感じで微笑んでいてくれた。

「それはお互い様でしょ。ま、最初に泣いてたのはあたしなんだしね」

そうおどけて言うリョウの姿は、昔と変わらない。
でも、今回ばかりはそこに甘えるわけにはいかない。
なあなあにせず、きっちり謝るんだ。
そして。

「いや、悪いのは俺だ。俺があの時おまえの邪魔をしなければ…んぐ?」

決意を込めた俺の言葉を、リョウの人差し指が封じた。

なんだ?
どういうことだ?

過去に例のない反応をされ、俺は焦った。
そして。

「…ね、傍にいてくれるひとがいるのって、なんか、いいよね」

ぐいと引き寄せられ、耳元でささやかれる、不意打ちの、その一言。

俺の思考ははじけ飛んだ。
俺の本能は何かを悟った。
ヤバイ。
マズイ。
何かわかったような気がするが、思考がまったくついてこない。
それでも返事を。
返事をしなくては。

「あ、ああ…そうだな、うん」

混乱した頭で考え付く、精一杯の返事。
気の利いたことは言えないがしかし、真実は語っている。
よし、ここからいったん落ち着いて、次の、

「あたしね、ヘキが生きていてくれて、良かった…と、思ってる」

リョウの次のひとことは、俺の理性に、無駄な抵抗はやめろと伝えていた。

ああ、俺だって。
俺だって、リョウが生きていてくれて良かったと、思ってる。

「俺も…そう、思うよ、リョウ」

俺たち二人は、はいろんなものを失ってしまった。
だけど、俺たち二人は生き残った。
そんな二人だからこそ、できることがあるんじゃないか。
手を取り合って、生きていくことは出来るんじゃないか。
そう思って、俺は。

「なあリョウ、もし良かったら、俺と…」


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