『退魔の剣士』 人が身につけた術-スベ-の中には人外と渡り合うためのものも多く存在する。 その中の一つが【降魔】である。 降魔-ゴウマ-とは、魔に属するものを"降す"こと。 魔を祓い清め、魔に打ち勝つ。降魔という魔と戦うための術-スベ-を人は多く身につけてきた。 それは祈祷であり、舞であり、音楽であり、体術であり、剣技であった。 しかし。 降魔でない術を持つものが現れる。 "降す術"だけではない。 "和する"という心を以って、魔を鎮め、時に調和させる術-スベ-。 それは祈祷であり、舞であり、音楽であり、体術であり、剣技であった。 それらは後に"退魔"と呼ばれる術-スベ-であった。 /*/ 神気を湛えた一振りの刀が静寂の中で一閃を放つ。 袈裟懸けに放たれた一撃は相手のいない空間の中に消える。 その斬撃が消えると"しん"とした空気が場に流れ始めた。 それを感じた後、神に羅なる剣と呼ばれる剣をそっと鞘の中に納める。 「ふぅ・・・。」 神羅の剣には澱みが斬れるという表現が似合っている。 素振りを行うたびに、斬られた空が"しん"としていくのが分かる。 近いのは神社の境内に満ちているような雰囲気。 空を斬るたびに清々しい空気に変わっていくのは確かだった。 「竹刀でやっても同じように"しん"とはするけど、規模が違うよなぁ。」 空気が変わることに気づいたのは少し前からだった。 そのときはまだ、神羅の剣は二刀の短剣であり、日課にしてる素振りはFFFの竹刀で行っていた。 そして、短剣を鍛えなおすという計画を立て始めたころでもあった。 NW上空で神々が大規模な戦闘を行った日から少し経ったある日の朝。 いつものように竹刀で素振りを行っていると、重く暗い空気を感じるようになった。 そのときは単なる気まぐれで、その重く暗い空気に向かって竹刀を振った。 "しん" 微かにだが空気が震えて、重く暗い空気が晴れた気がした。 雷鼠と風鼠もその瞬間に「ちゅー」と驚いた様子で自分を見ていた。 それから毎日その澱みを斬るように素振りを行った。 最初は澱みは中々消えなかったが、少しずつ確実に晴らせるようにはなっていた。 澱みについても、以前友人がよもつひらの神を取り込んだ時の空気に似ていることに気がついた。 そして神羅の剣を使い始めてから、その力は一気に解放された・・・と、思う。 自信がないのは、その力を使ったことがないというのが原因である。 「とにかく、精進あるのみ。」 もう一度、型通りに抜刀を行い、刀を振る。 /*/ 「・・・ということがあったんです。」 共和国騒乱の合同慰霊祭を行うと決めて、高知さんや坂神様に相談を持ちかけた。 そのとき成り行きで話をし、それを聞いた高知さんからは「それは降魔の技とお見受けする」という返事を貰った。 「降魔・・・ですか?」 「そう、降魔。魔を降し、魔に勝つための技。」 「あの時の"喝"も力は弱かったですが、片鱗を見せていましたね。」 何故自分に祓い清める力を得る事ができたのか。 坂神様と高知さんの意見では、自分に神々の加護が多く集まったこと。 また神羅の剣が生まれたことでその運命を強く引き寄せたのだろうということであった。 「でも、この力が本当に使えるのかは・・・あんまり自信がないです。」 「ほう、それは何故に?」 「自分も呪われた経験があるので分かりますが、自分にそこまでの力があるのかどうか・・・。」 そういうと高知さんは手を顎に当てて少し考える。 「ふむ。しかしあまり難しく考えずともよいのでは?」 「・・・そうですか?」 「そなたには、多くの友人がいてるではないですか。」 「はい。」 「ならば、一人でやらずともよいと思いますよ。」 その言葉にはっとして、坂神様を見る。 坂神様は大きく頷き、次いで雷鼠と風鼠を見るが同じようにちゅーと鳴いてくれた。 「・・ありがとうございます!」 「そなたには多くの加護もある。今まで通り、力を貸してもらえばよいですよ。」 高知さんはそう言って大きく笑った。 /*/ そこまでの流れをふと思い出す。 目の前には、澱みを多く含んだ"もの"がいた。 元は何かは分からないが、人が"それ"を取り込んでしまったということは分かる。 相手の眼はそれを象徴するかのように、赤い色を湛えている。 ゆっくり円を描くように動き、こちらを伺っている。 雷鼠と風鼠が肩に飛び乗ってきた。 二柱の「大丈夫。協力する。」という声が聞こえた。 「・・・うん。大丈夫だよね。ありがとう。」 刀を常に下げていると危険人物過ぎるため、竹刀袋から神羅の剣を取り出す。 ベルトには鞘を下げるためのバンドを取り付けてあり、そこに鞘を納める。 相手の目を見てながら間合いを取り、抜刀して中段に構える。 ゴロゴロゴロゴロ・・・ 頭上に雷雲が集まっているのが分かる。 雷鼠と風鼠が呼んでくれた雷たちは既に相手を捕らえている。 「ふぅ・・・。・・・、はっ!」 一声と共に目の前に落雷が起きる。 その瞬間に雷の中を突っ切るような形で間合いを詰める。 神羅の剣が雷光に照らされ、鋭く神々しく光りを反射している。 風鼠が目に入る砂埃を掃い、相手をしっかりと確認する。 何故か澱みは怯んでいる、と直感的に感じたが、そのまま胴を薙ぐ。 "しん" 澱みを斬る感触を神羅の剣ごしに感じたとたん、刀身が煌いた。 埃を完全に掃ってから、目の前の相手がどうなっているかを確認する。 "・・いよ・・・。こ・・いよ・・・。こわいよ・・・。" その声にはっとする。 澱みは薄らいでいて、薄くなった澱みが小さな子どもの形を取る。 怯んでいると感じたのは、怯えているその小さな子どもだった。 霊や神といった存在は彼ら自身の意思と関係なく、人に取り込まれることがある。 かつて、友人が締め切りに追われ、よもつひらの神様を取り込んだ時のように。 取り込んだ本人は彼らの影響を悪い方向へ悪い方向へと向かわせてしまう。 この子を斬ることはできない。 雷鼠と風鼠に目を合わせて刀を納め、雷たちを静かにしてもらう。 ゆっくりと澱みとなった子どもを取り込んだ"女性"に近づく。 「大丈夫。怖くないよ。ごめんね、驚かせて。」 "・・・ホント?こわく・・ない?" 「うん。この子たちもごめんって。」 雷鼠と風鼠が申し訳なさそうに「ちゅー」と鳴く。 その様子に子どもから安堵したような雰囲気を感じた。 「もうちょっと、頑張ってね。何とかするから。」 "・・・うん・・・" そう言って見たものの方法が分からない。 前みたいに喝を入れる・・・?でも、上手くいくかどうか・・・。 そう考えていると納刀した神羅の剣が自分を呼んでいる気がした。 -そなたには多くの加護もある。今まで通り、力を貸してもらえばよいですよ- 加護があるのは自分だけじゃない。 腰に下げた鞘から刀をゆっくりと引き抜く。 さっき感じた煌きは神羅の剣が子どもを"完全に斬らない"ためだった。 神に羅なる剣の薄く曇っている刃紋と刀身が姿を現す。 肩に乗っている雷鼠が淡い雷を発して、その光りが刀身に移る。 優しい風が吹いてくるのは、風鼠が力を貸してくれているからだろう。 刀を中段に構える。 狙うのは子どもと女性の僅かな隙間。 「じっとしててね。大丈夫だから。」 風鼠の風に吹かれているおかげか、子どもに怯えはない。 ふぅ・・・と息を吐く、集中して、ゆっくりと刀を振り上げる。 煌き 冴え渡る 一閃 すぅっと女性から子どもが離れる。 息を吸うと力を使ったという疲労感が体を覆う。 女性はそのまま倒れるように座り込む。 「これで大丈夫。もう怖くない?」 "・・・" 「・・・大丈夫だよ。そんなに怖いところじゃないよ。それにね。」 子どもは顔を上げる。 その肩にそっと手を乗せると、雷鼠と風鼠も手の甲へと移動する。 ちゅーといいながら、しっぽを揺らしている。 「みんな待っててくれるよ。また会おう。ね?」 "・・・うん・・・ありがとう・・・" 優しくそよぐ風に乗っていくように青い光が空に舞い上がっていく。 光りを見送った後で、座り込んでいる女性に声をかける。 「あなたも悲しみに暮れないでください。まためぐり合うことが出来ますよ。」 泣いていた女性をISSに引き渡す連絡をして、木陰に休ませる。 上空で待機していた雷たちがそれぞれに帰っていく中で、一つの雷がゴロッと光る。 "それは降魔ではない力だ" 「え?・・・でも。」 "降魔ではない、和する心を以いて、時に祓い清め、時に鎮め調和させる" "その術は退魔、退魔の力だよ" その雷はそう告げると他の雷たちに続いていった。 "では、退魔の剣士、また力を貸すときに" ----