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この惑星で、ただ一つだけ - (2023/10/18 (水) 23:36:30) の1つ前との変更点
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解ってはいたが、これ程か。
田中一及び彼の連れる"血の悪魔"との交戦を経た峰津院大和は口元から伝う一筋の血を手の甲で拭いそう思った。
土地殺しの汚染を受けて断絶した魔術回路。
天禀とは名乗れないだろう身の丈に収まった事は自覚していたが、いざ実際に戦ってみると余りの体たらくに絶句させられた。
これが敗北の味だと言うのなら存外に苦い物だと認めざるを得ない。
自分の意識が他人の体に押し込められているような精神と肉体の齟齬。
それは天下の峰津院財閥が誇る麒麟児、大和をして慣れるまでに時間を要するだろうと感じる程の認め難い違和だった。
“連れている悪魔は上等だが使い手がとんだ凡夫だった。あれしきの雑魚を相手に尻尾を巻いて逃げ去る羽目になろうとは…”
あの"血の悪魔"自体はなかなかの物だった。
未熟さは否めないが出力だけならば全盛期でも油断のならない相手と認識したに違いない。
しかしそれを使役している男の方は予選を勝ち抜けた事が不思議でならない程の凡夫。
身に余る借り物の力を振り回して悦に浸る小物など、峰津院大和の牙城を脅かせる筈もない。
平時の大和ならば大した苦戦もする事なく制圧と調伏を終えていた事だろう。
この体に崩壊を食ませる前の、規格外を地で行く彼であったならば。
“ベルゼバブの莫迦には見せられない姿だな。罵倒嘲笑で済めばいいが、最悪その場で首を落とされていたか”
推定。今の自分の実力は全盛期の三割に届くかどうかという所か。
目も当てられない有様とはまさにこの事。
依然として弱者の立場に甘んじはしないものの、それでも峰津院の名を背負って立つ者としては落第点も甚だしい。
“破損した回路の修復は…あの世界へ戻る事が出来れば、アテを探る事くらいは可能だろうな。
だがこの世界でそれを望むのには無理がある。それこそ界聖杯の力でも無ければまず不可能だ”
今から大人しく方舟に鞍替えするのが最適解なのは大和とて解っている。
あの"善き人々"達は己を受け入れるだろうし、今も健在なその智慧と才能は彼女達の戦いを大いに助けるだろう。
しかしそれは界聖杯の権能…大和の理想を遂げる為の階を完全に放棄して背を向ける事と全く同義だ。
だからこそ峰津院大和はその道を選ばなかった。
その安直な救いにこそ背を向けて踵を返した。
一見不合理とさえ取れるその行動も彼の中では立派な合理だった。
大和という強者、選ばれし者にとってはその愚行とも取れる強情こそが最も理屈に合う。
界聖杯は手に入れる。
空前絶後の宇宙現象が持つ熱量と権能を掌握してポラリスへの道を開く。
ベルゼバブを失ったのは痛いが、全能を僭称する全容不明の願望器なのだ。
失ったしもべの埋め合わせと自身の身を襲った欠落のカバーを果たしたその上でポラリスへの謁見を果たせれば全ては帳消しになる。
まだ己が理想は死んでいない。
この身、この魂が此処にある限り。
峰津院大和が峰津院大和である限りその日は永劫に来ないものと断言する。
故にこそ大和は今この状況になっても何一つとして諦めてなどいなかった。
全てを果たす覚悟を双眸に宿して、口元の血は拭い去り痕跡ごと消し去って強者の貌を作る。
「案ずるな。負けはしない」
その言葉は先に逝った悪魔への餞だった。
一瞬たりとて気を許せた時間はない。
大和にとってはいつ起爆するとも解らない核爆弾そのものであったし、最悪本当に雌雄を決する時が来る可能性も含め想定する必要があった。
しかしそれでも、大和にだとて矜持はある。
あの災厄そのもののような男を曲がりなりにも従えていた身として、奴の軽蔑を買うような無様な戦いをするつもりはなかった。
友情と呼ぶには気安さが足りない。
義理と呼ぶのは柄ではない。
この感情を称するならばきっと"意地"というのが最も正しいだろう。
無様を晒せばアレに嗤われる。
やはり余を従えるには遠く能わぬ羽虫であったかと鼻を鳴らされる。
大和にはそれが我慢ならない。
それを承服出来る男であったなら、そもそもこんな所を独りで歩いてはいないのだ。
「先に逝った君がハンカチを噛んで屈辱に震える程見事な戦いで、地平線の彼方とやらに至ってやるさ」
最後までどちらが上かを教えてやる事は叶わなかったが。
界聖杯を手中に収めて聖杯戦争を終結させられたなら、さしもの奴も認めざるを得ないだろう。
それでも認めないというのならその時こそ実力行使で叩き潰してやる心算だった。
殺しても死なないような怪物だったのだ。
閾値を超えた屈辱を浴びれば単独顕現を成し遂げ襲い掛かってくる可能性も十二分にあるだろうと、大和は本気でそう思っていた。
…それは彼らしくもない夢であったのかもしれない。
荒ぶる悪魔を滅殺され、天禀と称された力を見るも無残にもぎ取られ。
自身の手足も同然だった財閥をも土に還された男が見る、分不相応な夢。
しかしどんな輝かしく荘厳な夢にも必ず果ては訪れる。
その真実が夢である限り、その幕切れは一つを除いて有り得ない。
「よう、奇遇だな。お前もこっちで涌いた妙な気配を辿って来たのかい」
夢とは醒めるもの。
朝の訪れと共に終わるもの。
如何に傑物・峰津院大和と言えどもそれは変わらない。
彼にとっての夢の終わりが、静寂を孕んだ裏路地の向こう側から歩いてきた。
病的な程の、純白と言っても誇張ではないだろう頭髪。
掻き毟った傷痕が凄惨に残る乾ききった皮膚。
実際に目にするのはこれが二度目。
一度目は距離の遠さも相俟ってまともに顔を見る事も出来ていなかったが、それでも大和は瞬時に男の素性を理解した。
――この声を。
この全てを呪うが如き声を、忘れられる筈もない。
傲岸不遜にも己へ宣戦布告を行ってきた"王"。
そして今は名実共に聖杯戦争の全てを平らに均さんと覇を吐く…崩落八景の魔王の声を。
「私の運も筋金入りだな。まさか此処で貴様と顔を合わせるとは」
「ウチのメンバーからは上手く逃げ遂せたらしいじゃないか。
ブラボー、大したもんだ。褒めてやるよお坊ちゃん。半身不随でよく俺達のアイドルを退けたもんだ」
「虫唾の走る形容は止めて貰おうか。あの暴れ馬が半身では、脳の血管が何本あっても足りん」
死柄木弔。
敵連合の王。
霊地争奪戦に幕を下ろし、実質の一人勝ちを成し遂げた魔王。
峰津院大和の全てを奪い去った男が、微笑みながら大和の行く手を阻んでいた。
「龍脈の力を喰ってさぞかしご満悦のようだな。今の貴様は全能者の顔をしている」
「まぁな。視野が広がるってのは良いモンだと心底思ったよ。
何よりこの力を持ってるのが俺だけってのが最高だ。生憎と戦闘狂(バトルジャンキー)の気持ちは解らないんでね」
「ベラベラとよく喋る。思っていたより可愛いな、連合の王」
「褒め言葉として受け取っておくよ。おたくはもう喋る余裕も無さそうだもんなァ、ゴミ山の王様」
大和がこの品川区に足を踏み入れたのには理由がある。
死柄木が先刻言ったように、この地から異様な魔力の反応を感じ取ったからだ。
今の大和は藁にも縋らねばならない身分。
使える可能性のある物は一つでも多く掻き集めておかなければならない。
しかし強い輝きとは誘蛾灯。
それに引き寄せられたのが彼一人である道理はなかった。
「お前よ、もう前程強くねぇんだろ?」
死柄木弔は満足する事を知らない欲望の徒だ。
社会を平らにして破壊するその野望が叶うまで、どんな力をも貪欲に吸収して育つ悪の暗黒天体だ。
だからこそ彼は全てを持つ強者でありながら、大和と同様にこの地に涌いた"力"を求めてやって来た。
全盛期の大和でさえ命懸けの戦いを強いられただろう怪物。
しかし今の彼はとうに全盛期ではなく、その力は大きく目減りしている。
「ツラを見れば解るよ。ショボくれたツラしてる」
「……」
「素っ頓狂な頭の風来坊(ヒーロー)が助けてくれたのは幸運だったな。
余生は十分楽しめたかい? ロスタイムはもう終わりだぜ。ゲームセットのお時間さ」
都市一つを一撫でで消し去れる連合の王にしてみれば――今の大和は単なる凡夫に過ぎない。
彼と死柄木の間の格付けはあの東京タワーで全て決してしまった。
光月おでんの献身によってほんの僅かな追加時間(ロスタイム)を得ただけの敗残者。
かつて宣戦布告をした峰津院の主は今や、見窄らしい負け犬にまで成り下がっていた。
「心が折れたか?」
死柄木が笑う。
「歯の根が震えるか?」
死柄木が嗤う。
「こんな所に来なきゃよかったって後悔してるか?」
死柄木が嘲笑う。
「哀れな坊っちゃんに選択肢をくれてやるよ。
今此処で俺に殺されて無慈悲に消えるか、俺にありったけの寿命(いのち)を捧げてせめて穏やかな時間切れに身を委ねるかだ」
言って彼は手を差し伸べた。
それは言わずもがな大和にとっての最大限の侮辱。
強者のみの世界を目指した男が、弱者として救いを手向けられる恥辱の極みに他ならない。
突き付けるのは二択。
凄惨なる死か、穏やかなる死か。
そして今の死柄木が突き付ける二者択一は最早単なる諧謔の域には留まらない。
「――『DEATH』 OR 『TIME』……?」
死か時間か。
命を選ぶ権利はない。
魔王と行き遭ってしまったから。
彼のロスタイムはもう終わってしまったから。
死柄木の背後に見える死の威容は決して幻でも何でもない。
ソルソルの実の能力、ソウル・ボーカス――亡き女王から継承された力が鎌首を擡げる。
歴戦の英霊ですら呑み込む恐怖の声に曝された大和は…フッと笑った。
「私が消沈しているように見えると言ったな。であれば貴様は嘆くべきだ。龍脈の力は、腐った眼までは治してくれなかったらしい」
途端に死柄木の声が霧散する。
死など受け入れぬ。
時間など貴様に恵まれるまでもない。
微塵の恐怖も絶望も抱いていない強き者の志が、魂を犯す言葉の全てをレジストした。
「私が筋金入りだと言ったのは己が身の不運ではない。悪運の方だ」
峰津院大和は確かに衰えた。
何もかもを失い、今の彼もまた孤軍の王だ。
だが大和は弱くなった訳ではない。
力が翳ろうとも――手駒全てを失おうとも。
峰津院大和が此処でこうして生を繋いでいる以上、其処に弱さの二文字が当て嵌められる事は決して無いのだ。
「忌まわしい土地殺し…魔王気取りの裸の王をこの手で玉座から引き摺り下ろせる機会に恵まれたのだ。これが僥倖以外の何だと言う」
大和の言葉に偽りはない。
心根を偽る弱さは魔王の突き付けた"言葉"に抵触する。
死柄木は微塵たりとも大和の魂を吸収出来ていない。
それが、峰津院大和が依然健在である事の何よりの証拠だった。
「来るがいい、相手をしてやろう盗人。そしてあわよくば、我が手に収まる筈だったその力を在るべき処へ戻してやろう」
「雑魚の遠吠え程見苦しいものはないぜ。大和君よ」
「遠吠えかどうかは、これを見て判断して貰おうか」
大和の右手に握られた得物を見て死柄木の眉が動く。
それが何であるか理解出来ない筈がない。
何故なら死柄木弔はそれと全く同じ由来(ルーツ)の力を体内に飼っている。
即ち龍脈の力。これを吸い上げて槍の形に凝集させた極槍。
さしもの魔王も一笑に伏す事の出来ない勝算が其処にはあった。
「驚いたぜ。キッチリ潰したつもりだったんだが」
「生憎、予期せぬ形で命を拾ってしまったものでな」
「ハハ。つくづく目の上の瘤だな、ヒーローって人種は。何処までも俺達の邪魔をしやがる」
龍脈の力の強大さは死柄木自身よく知っている。
要するに、己へ挑む最低限の資格は示してみせたという訳だ。
肩を竦めて失笑しながら、死柄木はその背後に揺らめく炎を具現させた。
全身に火傷の痕と継ぎ接ぎが浮いた焼死体のような男。
彼がこの地で最初に生み出した炎のホーミーズだ。
「飛んで火に入る夏の虫だ。お前の火葬にゃ相応しいだろ」
「この短い時間で随分使いこなしているじゃないか。盗人にしては大したものだ」
大和は龍脈の槍を片手に挑発的な笑みを浮かべる。
其処には恐怖も焦燥も、それを誤魔化す空元気も一切含まれていない。
峰津院大和は依然変わらずあるがままに超然の歩を続けている。
相手がたとえかつての下僕にも届き得る超越者であろうとも、彼がその歩を止める事は決してなかった。
「ソレは私のモノだ。返して貰うぞ、盗人の王」
「やってみろよ負け犬が」
死柄木の背後。
炎のホーミーズが爆熱と煌く。
刹那、彼ら二人を挟んだ裏路地が焦熱の内に熔け落ちた。
◆ ◆ ◆
四皇ビッグ・マムはソルソルの力を完全に使いこなしていた。
その点後継である魔王死柄木は彼女程取れる戦略に幅がない。
才能でならば決して劣らないが、こればかりは年季の差であった。
しかし立ち塞がる敵を葬り去るという一点にかけては別だ。
死柄木弔は誰よりも強く深く世界の崩壊を望む者。
二人の魔王が共に太鼓判を押した魔王の器。
そんな彼が生み出したホーミーズの性質は必然、何かを破壊する事に強く適合を見せる。
「やれよ『荼毘』――お前の偏執(のろい)を見せてみろ」
地上に太陽が具現した。
生きとし生ける物全て焼き尽くす偏執狂の死炎が生物の生存圏を瞬く間に剥奪する。
存在するだけで命を削られる焦熱。
呼吸するだけで気道が焼け爛れる蒼い炎。
その中で峰津院大和は怜悧な眼光を輝かせる。
そして槍を振り抜く――熱波が割かれ、己の生存圏を奪い返す。
肌を焼く熱は魔術で体表面に膜を貼る事で最低限に抑えた。気道も然りだ。
「自分の火葬炉を既に用立てているとは。健気じゃないか溝鼠よ」
今の大和が死柄木に対し火力勝負を挑んで勝てる道理は万に一つも無い。
相手は文字通り破壊の権化だ。
自然災害を相手に相撲を取るような物である。
どう考えても自殺行為以外の何物でもない…本来ならば。
だがその決まり事を覆すジョーカーこそが、大和の右手に握られている極槍であった。
「あまり私を失望させるな。貴様に龍(カミ)の誇りがあるならば、あの僭王めの首を取って汚名を濯ぐがいい」
その声に応えるように槍が轟く。
熱を押し返し、切り裂きながら大和は進んだ。
死柄木の顔に驚きが走る。
予想だにしなかったのだろう、今の大和にこれ程の芸当が可能だとは。
“無理押しなのは、否定出来んがな”
無論涼しい顔の裏には相応の苦労がある。
そもそも龍脈の槍は本来カイドウとの決戦で用立てた使い捨ての極槍だった。
其処に死柄木の横槍が入り、大和は死に瀕し…そして光月おでんというイレギュラーによって生を繋ぐ事となった。
その後大和は捨てる機を逸してしまったこの槍を小型化の上で隠匿化させていたのだ。
それ自体は大和が会得している数々の術を応用して容易く成せたが、問題は極槍の力を今の自分の身の丈に合わせて安定化させる事であった。
「はッ――!」
「うぜえな。大人しく燃えとけよ」
火球を斬る。
熱を槍の魔力で蒸発させて無害化させる。
距離を詰め、死柄木に向けて一撃放つ。
死柄木はそれを飛び退いて躱したが、それは大和にとって寧ろ幸いだった。
「避けたな」
麒麟児の口元が歪む。
不敵な、傑物の貌になる。
「安心したよ。どうやらちゃんと効くらしい」
…今の大和が握っている極槍の出力はカイドウ戦のそれに比べて数段は落ちている。
相応しくない担い手が握れば、妖刀は自我を奪い担い手を傀儡に変えてしまうように。
絶大な力を秘めたこの槍は、力無き者が握れば余りの力の前に自壊を余儀なくされる程の劇物だった。
かつての大和ならば問題はなかった。
英霊でさえ余程の上澄みでなければ持て余すだろう極槍を特に不具合もなく担う事が、現にあの場では出来ていた。
しかしそれも――峰津院大和の魔術回路が完全だった頃の話。
大和は今こうして龍脈の槍を握るにあたり、暴れ狂う災害めいた魔力の鼓動を毎分毎秒リアルタイムで制御し続けねばならなかった。
一瞬でも怠れば安定は崩れて槍は暴走するだろう。
そうなれば百パーセント大和は助からない。
命懸けの綱渡りであると同時に、それと並行して死柄木弔という最悪の敵を相手取らねばならないというのだから難易度は荒唐無稽の域にある。
「殺す前に一つ問おうか」
にも関わらず。
今大和は笑っていて。
死柄木は苛立ったように眉を顰めていた。
「方舟に刺客を送ったのは貴様かな」
「俺がやる前に世界を壊されちゃ敵わないんでね」
「そうか。ならばつくづく都合がいい」
常人ならば泡を食って一秒も保たずに破綻するだろう難題を。
大和は今この瞬間もこなし続けている。
その上で魔王の機嫌を損ねる程に力を見せ付け続けているのだ。
何故、と問われたならば。
彼を知る者はこう答えるだろう。
「弔いなどと宣う仲ではないが、情を掛けられたままでは私の矜持が許さん」
――峰津院大和だから、と。
「お人好しの船乗り共に代わってこの私が報いを与えよう。さぁ応報が来たぞ。卑小な地金を晒せ、下衆――!」
龍脈の槍が煌き。
死柄木がまた一歩後退する。
振るおうとした腕が巧みな槍捌きで弾かれた。
死柄木の個性は目を瞠る程の成長を遂げていたが、それでもその性質自体は据え置きだ。
五指で触れなければ"崩壊"は発生しない。
大和はこの僅かな間の邂逅を通じて、既にその種に気付いているようだった。
『おいおい』
声がする。
死柄木のではない声だ。
荼毘と名付けられた炎のホーミーズが嗤っている。
継ぎ接ぎの顔を引き裂くようにして、歯を剥き出している。
『こっちは折角の初陣なんだ。ちょっとは空気を読んでくれよ――殺したくなっちまう』
大和の眉が動いた。
先のはあくまで小手調べだったのだと瞬時に理解する。
荼毘の腕に凝縮していく炎。
熱、熱、熱、熱――何処までも高まるそれは既に宝具の域にも届く火力と化していて。
「 赫 灼 熱 拳 !」
死刑宣告じみた一言と同時に、燃え盛る拳となって大和へ放たれた。
体表を覆わせた膜を貫通して肉に伝わってくる死の焦熱。
咄嗟に回復魔法を唱えて損傷を最低限に留めながら、大和は次を紡いだ。
「――メギド」
だがしかし悲しきかな。
敵方のが業火ならば大和のそれは篝火にも満たない炎でしかなかった。
当然のように掻き消される攻撃魔法。
が、大和の狙いは最初から相殺等にはない。
自身の魔法が粉砕される折に生じる衝撃の力場を利用しての加速だ。
「ハッ。見窄らしいなァ天才君!」
迫ったのは死柄木だった。
振るわれる五指との接触は言わずもがな即死を意味する。
テトラカーンによる反射で対処するのも考えたが、それはあまりにリスクが大きすぎる。
死柄木の崩壊が伝播の性質を秘めている以上、反射の殻そのものを伝って崩壊が自身に届かない保証はないのだ。
「そういうのを無駄な努力って言うんだぜ。年貢納めて地獄へ行こうや!」
驚くべきは死柄木の身体能力。
体術を極めている大和をして、互角と判断せざるを得ない程に極まっている。
しかし大和は尚も笑った。
荒れ狂う死を間近にしながら微塵の臆病風にも吹かれていない!
「ザンダイン」
「ッ――」
近付いてくるのなら弾けばいい。
大和が唱えた魔法はザンダイン。
轟いた衝撃波が、死柄木の身体を強制的に後退させる。
崩壊の手が遠ざかったのを良いことに大和は即座に次を詠唱。
「ジオダイン」
「洒落臭えなァ!」
轟く雷光を握り潰す死柄木。
荼毘の追撃が迫る中でも大和はしかし、彼から目を外さない。
「マハブフ」
次いで氷雪。
荼毘の熱を呼び寄せて焼き払った死柄木に、大和は。
「タルカジャ」
そう唱えた。
死柄木が構える。
しかし次はない。
それは攻撃魔法ではないからだ。
「やはりな」
声が聞こえる。
その瞬間既に、大和は死柄木の眼前にまで迫っていた。
タルカジャとは強化魔法。
ジオダイン、マハブフ――いずれも申し分ない威力の魔法だが、大和はこれを本命を隠す為の囮にしたのである。
「貴様の才能に関しては認めざるを得ない。よくぞこの短期間で其処まで化けたものだ。だが」
峰津院大和が見抜いた死柄木弔の弱点。
それは。
「センスに頼り過ぎている。要するに超極上の付け焼き刃だ」
経験量の欠如であった。
踏んできた場数が足りない。
なまじ才能にも力にも恵まれているから、技術や駆け引きの領分を軽視している。
それこそ攻撃魔法の中に別な魔法を潜ませて本命を通す等というほんの単純な策にさえ、コロリと引っ掛かってしまうくらいに。
「師に恵まれなかったな」
その言葉と共に、龍脈の槍を一閃。
死柄木の身体から血風が舞う。
傷は浅いが、重要なのは手傷を負わされたというその事実だ。
力を無くして衰えた負け犬。
そう侮っていた相手に一太刀入れられた事実は、実際の手傷以上の深さで魔王の心を蝕む毒になる。
「――荼毘」
『あいよ。ムカつくお坊ちゃんはきちんと炭にしちまわねえとな』
巻き起こる炎の竜巻。
巻き込まれれば骨まで焼き尽くされると誰の目にも解るが、大和は退かない。
ある程度の火傷は承服して前に進み、そのまま大上段から槍を振り下ろした。
「貴様に空は似合わん」
「づ、ッ」
此処で一つの不可解が死柄木を苛む。
龍脈の槍。
大和の握る極槍から放たれる魔力の量が、平時と被弾時とで一致していない。
平時の規格であれば不安定な空中だろうと問題なく受け止められる筈だった。
にも関わらず死柄木はあっさり地に叩き落され、膝を突く無様を晒してしまっている。
訝しげな顔に気が付いたのか、大和はまるで講釈を垂れる教授のように微笑んだ。
「そう難しい事はしていない。確かにこの荒ぶる龍の力は今の私の手には余る代物だが。
必要な時にほんの一瞬リミッターを外し、またすぐに戻す。この程度の負荷ならば、回復魔法も併用すれば十分に耐えられる」
0.1秒にも満たない刹那の瞬間だけ、龍脈の槍に施している安定化を解除する。
溢れ出した負荷が肉体を破壊する前にまた蓋をして安定させれば、最低限の反動で限界以上のポテンシャルを引き出せるという寸法だった。
これによって一つの事実がより確定的なものとなって浮上する。
それは――峰津院大和が出し惜しみをしないと決めたなら、その力は荒ぶる魔王に届き得るということ。
即ち。
「どうした、笑みが消えているぞ」
峰津院大和は死柄木弔を殺せる。
そんなごく端的な事実であった。
「笑えよ。それすら失くせば、君は本当に単なる社会の塵でしかないだろうに」
「は」
気分は最悪。
増長していた所に冷や水を掛けられた形なのだから無理もない。
だが、死柄木は大和の言葉を受けて笑みを取り戻した。
下僕と同様の引き裂くような笑顔。
底のない憎しみに裏打ちされたアルカイックスマイル。
「悪い悪い。堪え性がないのは昔からでな。教えてくれてありがとよ」
そうだ――忘れていた。
この界聖杯は化物の犇めく蠱毒の壺中。
力を手に入れた今でもそれは何ら変わらない。
初めてあの皇帝と戦った時の事を思い出せ。
驕り高ぶった王がどうなるのか、自分は知っているだろう。
なあ。死柄木弔。
「そうだなァ…。アンタはそれで負けたんだもんな、先生……」
後に平和の象徴と呼ばれる男に打ち倒された先代を想って死柄木は更に笑みを深めた。
それに対して大和は不敵を崩しこそしないものの、警戒の度合いを一段引き上げる。
明らかに死柄木から漂う気配が変わった。
暴れ狂う獣から、一人の悪へと移り変わったのを確かに大和は見た。
「折角の試運転なんだ。いっそチャレンジャー気分で行こうか」
瞬間。戦場に一筋の風が吹く。
大和が己の頬に手をやった。
其処から垂れ落ちる真っ赤な雫は、紛れもなく彼自身のものだった。
「さあ、嵐が来るぜ」
途端に響き渡るのは騎馬の咆哮。
かつて騎士を載せた獣の嘶きではない。
夢に狂う愚か者を載せた、鉄獣の駆動(エンジン)音だ。
「出番だぜカミサマ――燃え尽きるまで駆け抜けちまえ」
それは、鋼の騎馬を駆る極道者の形をしていた。
これなるは風のホーミーズ。名を『ライダー』。
かつて敵連合に所属し、霊地を巡る決戦で討死した現人神。
暴走族神・殺島飛露鬼…その生き写しが次の夢を見据えて疾走する。
「が…!」
爆速にして破茶滅茶。
疾走の軌道を読み損ねれば轢死すると大和は瞬時に理解した。
だが恐ろしいのはその突撃と接触する事だけではない。
すれ違っただけで撒き散らされる鋭利なる鎌鼬。
そして…
「"狂弾舞踏会(ピストルディスコ)"」
騎手が握る二丁拳銃。
その銃口から放たれる弾丸状のソニックブームだった。
技名の通り、踊り狂うように跳弾しながら迫るそれが最も厄介だ。
何分数が多すぎるために龍脈の槍で落とすにも限度がある。
故に肝要になるのはどれだけ回避でやり過ごせるか、なのだったが――
『おいおい、放っておくなよ。寂しいじゃねぇか』
炎の悪意がそれを黙って見ている道理はない。
跳弾の雨を驚異的な反射神経と感覚で切り抜けた大和を蒼炎の奔流が襲った。
しかし炎を切り裂いて現れた槍の穂先が、炎魔の脇腹を貫く。
生を繋いだ大和の身体には、見るも痛々しい火傷の痕が刻まれていた。
「爆ぜろ」
王の命令に応えて荼毘が爆ぜる。
彼は無形の存在、ホーミーズ。
我が身を炎の爆弾として炸裂させ、大和に殺し切るという事を許さない。
撤退するのと共に更なる熱を押し付けて、極めつけは嵐(ライダー)の蹂躙走破だった。
「ぐ、ッ」
受け止めただけで腕が軋む。
槍のお陰で最悪の事態だけは避けられたが、相手は音速超えの暴風だ。
吹き飛ばされるのを余儀なくされた大和の視界の隅で悍ましい死が揺らめく。
死柄木弔が、その五指で大地に触れていた。
「お前の講釈、タメになったけどちょっと的外れだったよ」
死柄木弔の異能は"崩壊"。
触れた物、それに触れていた物――どちらも等しく塵へと還る。
幾多の加護と障壁に守られている大和でさえ例外ではない。
「師(せんせい)には恵まれてるんだ。今も昔もずうっとな」
だが相手は峰津院大和だ。
狂おしきベルゼバブにさえ呑まれなかったその天禀を塗り潰す事は魔王にだとて容易ではない。
崩壊の効果は大気にまでは及ばない。
ならば地への接触さえ避けていれば、都市一つ消す規模だろうが無傷でやり過ごす事が出来る。
大和は即座にそう判断して跳躍する。
そのまま、落ちてこない。
魔法を用いた疑似浮遊による崩壊の回避はしかし死柄木にとっても想像していた範疇の対応だった。
「今度はお前が落ちろ――"赫灼熱拳"!」
真上で再び像を結ぶ炎のホーミーズ。
拳を振るうや否や、再び偏執狂の熱拳が大和を襲う。
だがこれを大和は龍脈の槍で迎え撃った。
タルカジャによる身体能力の強化。
そして極槍の瞬間的なリミッター解除。
二枚の伏せ札の解放によって衰えた身でありながら荼毘の死拳を凌いだのは流石と言う他ない。
とはいえ、凌いだだけだ。
「落ちろって言ったぜ。魔王(おれ)は」
炎が晴れると同時に視界へ迫ったのは死柄木の狂笑だった。
「穢れめ。この私に触れられると思うか」
「思うさ。だって一度触れてるんだ」
「戯け――ならば身の程を教えてやろう」
速さでは大和。
確かな鍛錬に裏打ちされた槍術は卓越の次元にある。
死柄木の血肉を抉った回数は開幕数秒で既に二桁。
だがその手傷がいずれも致命に届いていないのも事実だった。
“…獣め――”
まさに獣だ。
荒削りも極めればこうまで行き着くのかと驚嘆せざるを得ない。
相変わらず死柄木の動きに技はないが、だからこそ彼の動きは大和をして予測不可能だった。
出鱈目に賽子を転がしているみたいな不規則性に必殺の両手が混ざり込んで来るのだから事態は混沌を極める。
大和ですら頭痛を覚える程の攻防が、文字通り足の踏み場のない空中で繰り広げられていく。
「ジオ」
均衡を崩したのは大和だ。
死柄木の肩口を掠める小規模な雷撃。
威力は低いが、元より攻撃が目的ではない。
「…ッ」
電撃を受けて筋肉の動きがブレる。
それに伴い、死柄木の厄介な動きが鈍った。
其処を大和は見逃さない。
狙うのはまず個性の基である腕――死柄木はこれを、嵐のホーミーズの力を手繰り寄せる事で強引に回避。
しかし彼も解ったらしい。
自分が先と同じ轍を踏んでしまった事が。
「四肢の切断は有効か。貴様の再生も万能ではないようだな」
龍脈の力による超人化にせよ。
地獄への回数券による超活性にせよ。
死柄木の手持ちのカードでは部位の欠損を賄えない。
その上で頼みの個性が特定の部位に依存しているとなれば、大和の側にも光明が見えた。
「逃げ惑え。達磨になりたくなければな」
即殺は最早狙わない。
嵐の如き刺突の嵐で両手を狙う。
それでいて五指には決して触れないようにする。
大和の振るう槍の命中精度は針の穴を通すが如し。
過つなど有り得ないと確信した死柄木は、空へ舞い上がった暴走風神の気流を鉄槌のように振り下ろして流れを断ち切りに掛かった。
――その顎先を、大和の肘打ちが痛打する。
「ご、ァッ…!?」
「師には恵まれていると言ったな。これしきの搦め手も見抜けない凡夫がよく吠えたものだ」
顎は人体の急所。
ましてやタルカジャで強化された体で打たれたならば、今の死柄木だとて無反応では済まない。
脳震盪が生む隙は一瞬にも及ばない物であったがしかし十分。
放った突きが死柄木の左二の腕に命中し、肉を引き千切って鮮血を散らさせた。
「私が体術の応用を修めたのは七つの頃だったぞ」
次いで腹を抉りつつ魔力を解いて死柄木を吹き飛ばす。
地面を水切り石の如くバウンドしていく魔王の腹からは臓物が零れていた。
“確実に断ったつもりだったが…足りなかったか”
死柄木の左腕が再生しているのが見えた。
切断し切れなかったのは痛恨だったが、二度目はない。
次は必ず断ち切れると確信して、大和はすぐさま地を蹴った。
蹌踉めきながら立ち上がる死柄木の膝を貫いて無理やり体勢を崩させ、槍の穂先で両眼を薙ぎ切る。
「アギダイン」
それと同時に吹き荒れる炎を呼び寄せ、魔王の体を黒炭に変えた。
――が、炎の中を引き裂くように手が伸びる。
舌打ちを一つしながら断ち切りに移行する大和だが、叶わない。
これまで踏み締めていた地面が突如"どろり"と半液状の泥濘に変わった為だった。
「『荼毘』を地中に遣ったか。器用だな」
「多芸は…先代(マム)譲りでね」
触腕のようにうねりながら迫る蒼炎。
槍で切り払いつつ、大和は死柄木の額を打った。
“活路は肉弾戦にある。攻めを切らすな”
このまま両手を潰し、肉塊になるまで貫く。もしくは――
極槍の制御と精密な動作、そして今後を見据えた戦略立案を三所並行して行う大和。
しかしながら此処で不測の事態が彼のプランを断ち切った。
液状化した地面から瀑布のように噴き上がった…大熱風である。
「ぐ――ァ、が…!」
只の熱風ならば今や既知。
焦る程の不測にはなり得ない。
が、問題は熱風に付随していた"おまけ"だった。
大和の展開している防御を貫通する程の威力で飛んできた灼熱の鎌鼬。
先刻までは確かになかった筈の付属品が、彼の肩口を骨まで灼き抉ったのだ。
激痛に沸騰しようとする意識を理性で抑え込む。
そう、忘我の境に立っている暇はない。
そんな姿を晒せば――出来上がるのは黒く炭化した蜂の巣だ。
「"炎弾舞踏会(ショートバレットディスコ)"」
ホーミーズの掛け合わせ。
二つ以上の性質を併せ持った異界現象の構築。
死柄木弔が能力者として次の段階に進んだ事を物語る不条理が具現する。
灼熱の鎌鼬など所詮は序の口。
今大和が対面しているのは、超灼熱のソニックブーム弾が数十以上の方向から跳弾して来るという悪夢じみた光景だった。
「…マハブフダイン!」
思わず声が荒ぶる。
喚び出したのは魔法の吹雪だった。
極冷の風が熱弾を冷やし、大和の周囲の僅かな空間にだけでも安全地帯を作り出す。
が――
「ブチ抜け」
それを文字通りブチ抜く機影が一つ。
焔の騎馬を駆りながら暴風で止めどなく加速した"神"が其処に居た。
「ッ、お、おぉおおおォッ…!」
防御した大和の両腕が瞬時に熱傷で醜く爛れていく。
タルカジャによる自己強化(ブースト)等これを前にしては焼け石に水だと確信した。
無尽蔵の天変地異をエンジン代わりに走る暴走風神は止め切れない。
であれば力の出し惜しみは死に直結する――選択肢は一つ。極槍の限定解除だ。
「だよなァ。おまえはそうするしかないんだ」
爆裂した魔力が炎騎馬を弾く。
余波で音熱弾をも焼き切り、大和は晴れて死線を抜けるが。
其処に迫って嗤う男の手がその隙を突く。
「ちゃんと人間じゃないか。超人ぶるなよ、青少年」
――ゾ、と寒気が駆け抜けた。
峰津院大和にそれを感じさせられる存在が一体どれ程居るだろう。
死神に背骨を直接撫でられるような寒気に、大和は無茶の反動で軋む体を駆動させて迎撃する。
しかし次の瞬間、大和は目を見開く羽目になった。
振るい死柄木の頭蓋に吸い込まれた筈の槍が…情けなくも空を切ったからだ。
“――蜃気楼!”
蜃気楼。
高密度の冷気層と低密度の暖気層の境界で起こる屈折現象。
死柄木が繰り出した炎魔の火力と、大和が安全地帯構築の為に放った氷雪。
その二つが噛み合った事によって環境は整い。
其処に付け込む形で、炎そのものを従えている死柄木が偏執狂の死炎を演出の為に使った。
「言ったろ。先生には恵まれてるんだ」
本当の死柄木は大和の真上。
あの霊地争奪戦の結末をなぞるように、白い魔王は空から訪れて。
「お前もその一人さ。ご教授ありがとな」
破滅の腕を、只振り下ろした。
「――ザンダインッ!」
大和が吠える。
今度の衝撃は自爆の色を多分に孕んでいた。
全身の骨を砕きながら強引に距離を稼ぐ。
熱風の残滓に体を灼かれながら、それでも回復魔法の行使は後に回す。
幸いにして地獄への回数券の効力もまだ生きていた。
アギ、ブフ、ジオ…比較的消費の少ない小粒の魔法を用いた飽和攻撃。
兎に角死柄木の返し手を可能な限り阻害せねばならないと判断した結果だったが、しかし。
此処で大和を苛んだのは、やはりと言うべきか弱り衰えた己が肉体だった。
“…ッ。流石に酷使が過ぎるか……”
此処までに大和は幾度となく魔法を使っている。
低級魔法ならばまだしも、ザンダインやマハブフダイン等の上級魔法も複数発使っているのだ。
幸いにして魔術回路の損傷が大きい現状でも、大和は魔術師としての上澄みに入れるだけのスペックを維持出来ている。
だがそれはあくまでも常識の範囲内に収まる"強さ"だ。
短時間での乱発と複数回に渡る龍脈の槍の限定解除、それによって押し寄せて来た反動…
それらは回数券で癒せる物理的損傷とは別物の疲弊となって大和の体に累積していた。
“死柄木を倒さない事には未来はない。しかし刺し違えるようでは意味もない。優先すべきは余力を残しての生存、だが…”
そんな利口が通じる相手ではないから厄介なのだ。
自身を囲むように出現した鎌鼬の檻を前に、大和は唇を噛む。
その上で檻の中の温度が少しずつ上昇し始めている――檻がファラリスの雄牛宛らの処刑具へと変わりつつある。
「…邪魔だ――退け!」
結果、またしても大和は極槍による強引な突破を強いられる。
窮地を切り抜ける代償に余力を少しずつ失う。
其処に迫る死柄木の死手に対処する動きも、明らかに精彩を欠き始めていた。
“削りを覚えたか”
戦って思い知った事がある。
死柄木はあまりにも貪欲だ。
彼は常に、全てを学んでいる。
自分が壊したいものを壊す為に必要な力、その全てを吸収し続けている。
だからこそ大和という難敵を前にして、死柄木は力押しの一辺倒をやめた。
巧みに手を重ね本命を隠し数を用立て…大和という砂の城を削り落としに掛かっている。
そして実際にそれは成果をあげつつあった。
大和が極まった体術の粋を投入しても尚、死柄木の体に触れる事がなかなか出来なくなってきているのがその証拠だ。
「撃て。蜂の巣にしちまいな」
指令一つで吹き荒れる風の音弾。
大和の頭脳と演算能力であれば、数百発の不可視弾の跳弾軌道を読みその上で回避する事程度は造作もない。
にも関わらずこの時。
彼の右腕に、一発の音弾が風穴を開けた。
「…!」
瞠目。
不覚に対する僅かな動揺。
それを死柄木弔は見逃さない。
「あはははははは――!」
接近して振り翳される死、死、死。
大和は自分の脳が食い潰される音を聞いた気がした。
閾値を超えた苦境に、脳の計算と疲弊した肉体のパフォーマンスが噛み合わない。
最悪の想像が脳裏を掠めた。
このまま行けば恐らく自分は遠からぬ内に――。
“…潮時だな。これ以上は身が保たん”
躱しながら大和は悟る。
それでも戦意は消していない。
現に今、放った穂先が死柄木の頸動脈を断ち切った。
相手が死柄木弔という魔人でなければこれで勝負は決していただろう。
「ぐ、…ぅ、うッ……! か、はッ――!」
頸動脈を断ち切られ。
大量出血しながらも斬首を恐れずに前進し、前蹴りで大和の内臓を蹴り破るような化物でなければ。
外れている。
狂っている。
狂気のヴィラン、白の魔王。
老蜘蛛ジェームズ・モリアーティの最高傑作。
「凄えなぁ! グチャって手応えがあったぜ、肝臓かどっか潰れただろ!
それなのに俺の崩壊(これ)だけは躱し続けるとかよぉ、どっちが魔王なんだって話だよなぁ!!」
崩壊の手を躱しながら距離を取り再生の暇(いとま)を稼ぎに走った大和。
そんな彼に死柄木が向ける嗤いはしかし嘲笑ではない。
それは高揚だ。
全てを思い通りにできる力を手に入れたとそう思っていた自分に思いがけず舞い降りた更なる躍進の可能性。
新しい玩具を手に入れた子供のような全能感が彼を何処までもハイにしている。
「――決まってるぜ、魔王は俺だ」
殺意が大和を射抜く。
逃さないと燃える眼光は狂気のままに。
そしてそんな王の宣言を歓迎するように、大和の前に炎魔・荼毘が出現した。
「だからおまえを殺して…おまえの強さも、俺のもんにして先に行くよ」
狂笑のままに炎魔が輝きを放つ。
その肌に亀裂が走るのを大和は見た。
熱量の次元があまりに違う。
超新星の爆発を、大和は連想した。
蒼く蒼い、人型の星が弾ける光景。
美しき死がこの出会いも嘗めた辛酸も全てを抱擁しながら――
「プロミネンス――――バァァァァァァァン!!!!」
峰津院大和の痩身を無情無慈悲に呑み込んで。
死柄木弔は、峰津院大和との決戦に勝利した。
「間抜けが」
だが。
「貴様なぞに、この私が」
その結末を――
「これ以上何一つ渡すと思うか」
否と断ずる者が、居る。
「――マカラカーンッ!」
◆ ◆ ◆
――マカラカーン。
その効力は魔法攻撃の反射。
大和は死柄木が龍脈の力とは別に"ビッグ・マム"の力を引き継いでいると判断した時点から、この魔法を切り札として伏せていた。
濫用は出来ない。
死柄木の呑み込みの速さは全てにおいて異常だ。
この男ならば確実に、マカラカーンの存在を考慮しその上で此方を削り切る手段を見つけ出してくる。
だから隠し続けて機を待った。
死柄木が確殺を狙って大火力に訴える瞬間を待っていた。
「ッ、ア゛…! ガ、ギィイイイイッ……!?」
放った火力は反射されて死柄木を焼き尽くす。
殺し切れはしないだろう。
あちらも只焼かれるだけではない筈だ。
だが――それでいい。
必要なのは決定的な隙だった。
幾多の不測に翻弄され、余力を吐かされて最早肉体はボロボロだが。
それでも一番最初に決めた突破口(ルート)はこうして変わらず輝いていたから。
「見事な物だ。連合の王」
そう、まさに潮時だ。
此処らで戦いを終わらせる。
この魔王の跳梁に幕を下ろす。
そして己が作ってしまった、亡き偶像への借りさえも此処で清算しよう。
「貴様は紛うことなき強者だった。私の見据える理想の世界に住まう資格ありと断言する」
龍脈の槍――限定解除。
これ自体は此処までに何度とやって来た事だが、今回はもう一瞬ではない。
死柄木を葬るまでの数秒、力の蛇口を開けっ放しにする。
生じる負担は当然跳ね上がるが…此処でこの最大級の障害を落とせるのならば背に腹は代えられなかった。
「だが、貴様の夢見た荒野は決して顕現しない。無秩序の混沌なぞに世界を売り渡す等――誰が認めるものか」
そうして放たれるは決着の一槍。
傲岸不遜にも世界の崩壊を望んだ魔王は、かつて己が貪り食らった龍の力によって命運を断たれる。
「妄執もろとも散り消えろ、死柄木弔――!」
その一瞬を切り裂くように。
両者の間に割り込んだ影があった。
龍槍の主が瞠目し、魔王は獰猛に笑う。
眩い光のような男だった。
筋骨隆々の体躯。
貼り付いた笑顔は彫像のように深い。
世界の誰もを安心させるような力強さを持ちながらその口が言葉を紡ぐ気配はまるでなく。
それこそが、この影が"平和の象徴"等では断じて無いのだと物語っていた。
「こいつはとっておきだったんだけどな…本当に大したもんだよお前」
極槍の炸裂に先んじて影が大和の懐へ入り込む。
速い――その瞬間に大和はこの正体を理解した。
“此奴は…まさか、"光"……!”
光のホーミーズ。
それならば自身が反応出来ないこの速さにも納得が行く。
しかしそれでは解答としては不十分。
只の光ではこの姿を象れない。
光の傍には闇があり。
功績の陰には罪がある。
ソレと同じだ。
これは光であると同時にもう一つ――
「"光"と"衝撃"だ。ハイブリッドって奴さ」
ビッグ・マムが疲労した融合ホーミーズのように。
死柄木弔が作り上げた、光と衝撃の合神英雄!
その名を…
「刮目しな。英雄譚の時間だぜ――なぁ! 『ヒーロー』!!」
英雄(ヒーロー)と、そう呼ぶ。
「UNITED――STATESOF――――SMAAAAAAAAAAAASH――――――!!!!」
振るわれる剛拳。
テトラカーンの詠唱は間に合わない。
いや、間に合ったとして耐えられるか。
その加護さえ正面突破しかねない愚直なまでの強さが其処にはあった。
死柄木弔が最も憎悪し。
そして同時に最も信じる力の象徴。
ある英雄の偶像が、此処に戦いを終結させた。
反転した勧善懲悪。
魔王の為の英雄が旭日を落とす。
◆ ◆ ◆
「…ちぇ。逃げられたか」
轟いた衝撃と閃光が消え去った時、もう其処は街の体裁を成していなかった。
所々が焼け焦げ砕け、暴風に切り刻まれて惨憺たる有様。
死柄木はジャケットを羽織り直すと脱力したように腰を下ろす。
「強えなアイツ。弱らせといてよかったぜ」
峰津院大和という男が如何に規格外なのか嫌という程思い知らされた。
まさかこの体になって早速生死の境に立たされる事になるとは思わなかったし、実際紙一重だった。
とはいえ最終的に勝ったのは己だという自負はある。
大和はいけ好かない餓鬼だったが、死柄木としても実に有意義な戦いだった。
「力を持ってるだけじゃ駄目なんだな。チッ、クソゲーすぎだろ全く」
技と発想次第では窮鼠だって猫を噛み殺し得る。
自分がもっと完璧な悪だったならば、あの焦燥を味わう羽目にはならずに済んだろう。
無敵に等しい力は所詮只の力でしかなく。
それを振り回す自分自身が極まっていなければ、それは滑稽な裸の王様に過ぎない。
では何を以って力を振るえばいい?
何を以って破壊すれば、付け入る隙もない完璧を実現出来る?
「もっと考えなくちゃあな。目障りな奴ら、全部綺麗に退かせるように」
負った手傷の修復を進めながら死柄木は得た力を弄び計画を練る。
因縁はまた一つ清算した。とりあえずケリは着いた。
魔王の進軍は依然として止まらない。
彼は自ら考える。
貪るように取り入れる。
暗黒の星は育ち続けている。
今も、これからも…何処までも。
【渋谷区・品川区寄り/二日目・午前】
【死柄木弔@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:継承、全身にダメージ(大/回復中)、龍脈の槍による残存ダメージ(中)、サーヴァント消滅、肉体の齟齬解消
[令呪]:全損
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]基本方針:界聖杯を手に入れ、全てをブッ壊す力を得る。
0:さあ、行こうか。
1:勝つのは連合(俺達)だ。
2:全て殺す
[備考]※個性の出力が大きく上昇しました。
※ライダー(シャーロット・リンリン)の心臓を喰らい、龍脈の力を継承しました。
全能力値が格段に上昇し、更に本来所持していない異能を複数使用可能となっています。
イメージとしてはヒロアカ原作におけるマスターピース状態、AFOとの融合形態が近いです。
それ以外の能力について継承が行われているかどうかは後の話の扱いに準拠します。
※ソルソルの実の能力を継承しました。
炎のホーミーズを使役しています。見た目は荼毘@僕のヒーローアカデミアをモデルに形成されています。
血(偶像)のホーミーズを造りました。見た目と人格は星野アイ@推しの子をモデルに形成されています。今は田中に預けています
風のホーミーズを使役しています。見た目は殺島飛露鬼@忍者と極道をモデルに形成されています。
光と衝撃のホーミーズを使役し、その上で融合させています。見た目はオールマイト@僕のヒーローアカデミアをモデルに形成されています。
※細胞の急激な変化に肉体が追いつかず不具合が出ています。ほぼ完治しました。
※峰津院財閥の主要な拠点を複数壊滅させました。
※偵察、伝令役の小型ホーミーズを数体作成しました。
◆ ◆ ◆
「…、アレを仕損じるとはな。つくづく己の体たらくに反吐が出そうだ」
峰津院大和は奇跡的に戦線の離脱に成功した。
ホーミーズの光撃が自身の放つそれよりも先に命中すると判断するや否や、極槍の魔力を攻撃ではなく退避の為に運用したのだ。
言うなれば擬似的なロケットブースター。
何とか死柄木の追撃を喰らう事なく離脱を果たせたのだったが、しかし代償は大きかったと言わざるを得ない。
その事は肘の先から千切れ飛んだ右腕を見れば明らかだった。
“しかし収穫もある。龍脈の槍。私に残された虎の子の実運用を試せたのは前進だな”
だが大和は只前のみを向いていた。
歩む脚は止まらない。
臆病風は彼の毛一本とて揺らせない。
甚大な消耗と片腕の欠損を抱えても尚、未来の勝利に繋がる収穫の価値を冷静に見定めている。
龍脈の槍は紛れもなく切り札と言っていい性能だった。
血の悪魔との戦いで見せなかったのは正解だったと改めて確信する。
恐らくあの凡人諸共に悪魔を屠る事も出来たろうが、それをしていれば死柄木戦は先のより遥かに絶望的な状況に堕していただろう。
災い転じて福と成す。
回復は必要だが、少し光明が見えた。
次だ。次こそ必ず勝利する。
意思の力の燃焼は止まらない。
峰津院大和の前に進む意思を止める事など、それこそ魔王にだとて不可能なのだ。
…そんな彼の視界の先に、佇む人影があった。
その姿を認めて――大和は「フッ」と口元を緩める。
「久しぶりだな。紙越空魚」
「そうだね。そっちは随分色々あったみたいだけど」
紙越空魚。
霊地が崩壊して以降は有耶無耶になっていた相手が其処に居た。
見れば、何処となく漂わせている気配が違う。
元々ネジの外れた所のある女だったが、明らかに一皮剥けた様子だった。
いや…踏ん切りが付いたと言うべきか。
「因果なものだ。まさか君で詰むとはな」
「解るんだ?」
「隠しているつもりだったか? であればもう少し淑やかにする事だな」
空魚のマカロフが大和に向けられる。
その動きに淀みはなかった。
覚悟の決まっている人間の手付きだった。
彼女に何が起こったのかは薄々察せられる。
念願叶わず、と言った所か。
喪失が彼女の中にあった最後の一線を断ち切った。
斯くして今、紙越空魚は峰津院大和にとっての死神として其処に立つ。
その傍らに影法師のように侍る蒼白の少女の存在が、大和に一切の可能性を与えない。
「死柄木といい君といい、けったいなものを継承した物だ。
忠告しておくが、その娘を余り直視しない方がいい。それは君の手にも目にも負えないモノだ」
「…どうも。ていうか何。死柄木弔に会ったの?」
「会ったも何もつい先刻殺し合ってきたばかりだよ。流石にこの体では荷が勝ったがね」
化物め。
空魚は内心で悪態をついた。
霊地争奪戦の顛末は聞いている。
連合の王が乱入し、全てを台無しにしたらしい事も。
そんな相手と衰弱した体で戦っておいて何故生きているのだこの男は。
弱り、隻腕にさえ成りさらばえているというのに相変わらずの底知れなさが鼻に付く。
「らしくないね。諦めてるんだ」
「往生際と言うものは弁えているつもりでね」
「ふーん、そう。ま、足掻かれても困るんだけどさ」
空魚はマカロフを大和へ向けた。
アビゲイルに任せても構わなかったが、そうしなかったのはせめてもの良心だ。
一時は付き合いのあった同盟相手。
どうせ幕を引くならこの手でやってやる。
そのくらいの情は空魚の中にも残っていたらしい。
「最後に言い残す事。ある?」
「無――いや。どうせなら一つ問わせて貰おうか。君のような小市民であれば良い答えが期待できそうだ」
「喧嘩売ってんの」
眉根を寄せる空魚だったが。
大和が口にした"問い"を耳にすれば、その表情の意味は苛つきから訝しみへと変わる事になった。
「"おでん"というのはどういう食物だ」
「…は? え。何、頭でも打った?」
「単なる興味だ。やけに私に付き纏う名前でな、大方見窄らしい庶民食だろうと推察するが」
「あぁ、うん…。まぁ間違いじゃない……んじゃないかな。私もそんな好きな訳じゃないけど」
調子を狂わされ、放つ殺意もついつい萎む。
とはいえ今際の際なのだ。
知ってるんだし答えてやるか…と空魚は続ける。
「よくある煮物だよ。出汁の中に色んな具…卵とか大根とか、後はちくわとかもかな。
地域によって色々差もあると思うけど、兎に角あれこれ入れて煮込むだけ。屋台とかで売ってたりもする」
「成程。道理で私が知らん訳だ」
「まぁあんたの口には…そんな合わないんじゃないかな。あんたの言う通りザ・庶民食って感じの味だしね」
それにしても何だってこんな事が気になるのか。
何処かで知識マウントでも取られたのか、此奴。
そんな事を考えながら空魚は指を引き金へと掛ける。
今際の希望には答えてやった。
であれば後は終わらせるだけだ。
「参考になった?」
「ああ。褒めて遣わそう」
「じゃあ撃つよ。動かないでね、狙い反れたら無駄に苦しむのはあんたなんだから」
空魚と大和の付き合いは短かった。
呉越同舟と呼ぶにも足りないような、僅かな付き合い。
だから空魚は大和が今何を考えているのか等まるで知らない。
あの合理性の塊のような男が、何故におでんなんて料理の仔細を訊いて来たのか。
その経緯を想像する事すら出来なかった。
只、此奴にもあれから色々あったんだろうなと心の中でそう結論付けて。
僅かなりとも付き合いのあった相手を撃つ事への逡巡を、忘れる筈もない華やかな"あいつ"の笑顔で掻き消して空魚は引き金を引いた。
「今までお疲れ、大和」
「ああ。達者でな」
マカロフの銃口が鉛弾を吐き出す。
それと同時だった。
これまで殊勝に死を受け入れると言う顔をしていた大和が、地を蹴ってそれこそ弾丸宛らに加速したのは。
「――ッ!」
空魚が目を見開く。
しかし再装填等間に合う筈もない。
大和は懐に納めていた龍脈の槍を隻腕で握り、そのまま空魚の心臓を目掛けて突き出した。
龍脈の力を反動恐れず解放しての最高加速で繰り出された不意討ちは今の大和に可能な最大限だ。
峰津院大和は諦めてなどいない。
死を受け入れてなどいない。
その選択肢は既に否定されたものだ。
潔く敗北を受け入れて浄土へ渡る。
貴き者の美しき在り方に、否を唱える背中がある。
迫る崩壊の前に一人立ち。
身勝手で理解不能な理屈を撒き散らし。
最後まで豪放磊落な破天荒のまま消えていった男。
そして空に舞う無数の鳥達の姿を覚えていた。
それが、それらが。
取るに足らない筈の記憶二つが、大和に"生きろ"とそう命じ続けているのだ。
“愚か者共め。この私が、貴様らの狂った理に揺るがされるなど有り得ん”
此処で空魚を殺害しサーヴァントを奪い取る。
その上で再び聖杯戦争に名乗りを上げる。
峰津院大和が熾天へと至る最後の階が此処に有る。
“私は、私の意思で――生きる。この先へ、限りないポラリスへと至ってみせるのだ……!”
空魚の眼が蒼く輝くが最早遅い。
大和の極槍が迫り、そして。
「駄目よ。そんな非道い事をしたら」
彼の最後の一撃は、鍵剣の一閃の前に阻まれた。
胴体が張り裂けて鮮血が噴き出す。
心臓を断ち切られた感覚が、峰津院大和に命の終わりを冷たく教えていた。
「マスターが…あの人が悲しむもの。だから、御免なさいね」
銀の巫女が嗤っている。
ち、と少年が舌を打った。
そのまま大和は受け身も取れずに地面へと倒れ臥した。
それきりだった。
◆ ◆ ◆
無様な戦いをしたものだ。
峰津院大和は漆黒に消える意思の中で、この界聖杯での戦いをそう振り返った。
霊地を手中に収める事は叶わず。
聖杯への道はこうして志半ばに終わり、あの馬鹿げた怪物にどちらが上かを示す事も出来なかった。
己がこの地で得た物は何もない。
何も得ぬまま、失うだけ失ってこの世を去る。
これを無様と呼ばずして何と呼ぶのか。
しかし最も不可解なのは、文字通り死ぬ程無念だというのに、直に消えるこの心には不思議な清々しさが存在している事だった。
それはまるで澄み渡る青空のように。
――どうして空は青いのか。
『おれはお前らに張った! 賭けた! だから気にせず、最後まで突っ走りやがれ!!』
思い出した言葉に失笑する。
あの馬鹿侍は今も何処かで笑覧しているのか。
だとすれば心底腹立たしい。
そもそも貴様と出会ったのがケチのつき始めだったのだと文句の一つも言いたくなる。
“望み通り走り切ってやったぞ。これで満足か?”
――お陰で最悪の気分だ。
大和は吐き捨てた。
何も得ず何も成し遂げられなかった男が清々しさを抱いて死ぬなんてこんな馬鹿げた話もない。
やはり自分はあの東京タワーで死ぬ筈だったのだ。
それを生かされ、時間を与えられた。
その延命で得たのは一つの勝利もない余生。
こうして地面に這い蹲って死ぬだけの予定調和。
…それでもあの男は呵呵と笑って「良かったじゃねェか」等と言うのだろうと確信が持ててしまい、つくづく嫌気が差す。
得るものはあったんだろう? 本当はよ。
いけしゃあしゃあとそう言ってのける風来坊の顔を、よりにもよってこの今際で幻視してしまう。
“……下らん”
生かされ、守られた。
挑んで敗れた。
最後の瞬間まで走り続けた。
峰津院大和の自負を砕き、その上で最後まで貫かせるような時間だった。
“だが、そうだな”
とはいえ発見があった事は認めざるを得ない。
この自分が取るに足らない弱者の偶像などに守られた事。
その死に僅かなりとも感傷を抱いてしまった事。
それは紛れもなく、この時間があったからこそ得られた発見で。
“意味はあった。そういう事にしておいてやる”
根負けしたように大和は響く幻聴へそう応えた。
不思議と屈辱には感じなかった。
何しろ己は何一つ曲がっていない。
抱いた理想は今も変わらずこの胸に。
死の一度や二度で諦める気も毛頭ない。
いずれ必ず、天の星へと至ろう。
今回は無理でも次は必ず。
叶えるその日まで、この足で突っ走ってやる。
曰く王道とは死に非ず、らしい。
“では、私が死ぬ道理は、ないな…”
その証拠に今もこの胸には理想の灯火が輝き続けている。
峰津院大和は死なない。
この志は不滅のままにひた走る。
いつか真に最後の時を迎えるその日まで。
――さあ、往こうか。
王の落日。
されど理想は墜ちず。
光る月に照らされた旭日は、鳥の舞う青空へと駆け出していった。
&color(skyblue){【峰津院大和@デビルサバイバー2 to be continued...】}
◆ ◆ ◆
心臓が弾けんばかりに高鳴っている。
頬を伝い落ちる汗の雫が雪解け水のように冷たかった。
アビゲイルに斬り裂かれた大和は地に伏し動かない。
広がる血溜まりの大きさが、彼の命がこの地上を去った事を如実に物語っている。
だが空魚の脳裏には今も疑念が貼り付いていた。
「…本当に死んだの、こいつ?」
「ええ。死んでいるわ、命の気配を感じないもの」
峰津院大和が。
この男が、これしきで本当に死んだのか。
そんな疑いを抱かずにはいられない。
結局紙越空魚は最後の最後まで彼の鼻を明かす事が出来なかった。
空魚にとって大和は命尽きるその瞬間まで、底の知れない超人で…そして。
「本当に、ホンッッットに、最後までムカつく奴だなぁ……ッ」
思わず青筋が立ってしまうくらいムカつくガキだった。
アビゲイルの太鼓判が押された今でも、またあの不敵な声が聞こえて来るのではないかと警戒してしまう。
それが杞憂だと言うのは空魚とて解っている。
主を失って霧散し、悲鳴のような音を立てて消えていく龍脈の槍。
大和の死を暗に証明するそれを見つめながら空魚は口を開いた。
「…アビーあんた、あれ取り込めないの」
「できるけど…あまり意味はないと思うわ。もう殆ど残っていないもの」
「成程ね。最後のアレ、本当に全力だったって訳か」
――お前、そういう事するんだ。
空魚は何となく意外に思った。
この峰津院大和という男は、そういう柄ではないように思えたからだ。
横のアビゲイルが護衛を仕損じる可能性がどれだけ絶望的に低いか解らない訳でも無いだろうに。
それでもあの瞬間、大和は賭けたらしい。
自分の未来に繋がる唯一無二の道を必死こいて突っ走った。
その事実は空魚にほんのりと、感傷未満の小さな感慨を抱かせた。
此奴にも色々あったんだなという感慨。
そして、そんな此奴を今自分は殺したのだという実感。
「…悪いけど死体漁らせて貰うからね。こっちも必死なんだから」
ポケットの中には妙な紙片が数枚入っている。
今は亡きアサシンが超人化を可能にする麻薬が出回っているとか言っていたのを空魚は覚えていた。
それ以外の道具は…使い方の見当も付かない。
実際空魚が悪魔召喚の為の道具を持ち去った所で、何かに活用出来るとは考え難い。
麻薬らしき紙片を回収するだけに留めたのは賢明だったと言えよう。
「空魚さん、終わったかしら」
「うん。とりあえずこの辺から離れよう」
最後に一度だけ空魚は後ろを振り向いた。
線香をあげてやるような間柄ではない。
化けて出る柄でもないだろう。
そもそも殺した当人が被害者を悼むなんて煽り以外の何物でもないと空魚は思う。
只、それでも…何となくそのまま立ち去るのは気が引けて。
「大和」
最後に一言だけ、残してやる事にした。
「じゃあね」
【品川区(渋谷区付近)/一日目・午前】
【フォーリナー(アビゲイル・ウィリアムズ)@Fate/Grand Order】
[状態]:霊基第三再臨、狂気、令呪『空魚を。私の好きな人を、助けてあげて』
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスターを守り、元の世界に帰す
0:マスター。私は、ずっとあなたのサーヴァント。何があっても、ずっと……
1:さようなら、不器用な人。
2:空魚さんを助ける。それはマスターの遺命(ことば)で、マスターのため。
[備考]※紙越空魚と再契約しました。
【紙越空魚@裏世界ピクニック】
[状態]:疲労(小)、覚悟
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:マカロフ、地獄への回数券
[所持金]:一般的な大学生程度。裏世界絡みの収入が無いせいでややひもじい。
[思考・状況]基本方針:鳥子を取り戻すため、聖杯戦争に勝利する。
0:ま、ゆっくり休みな。
1:マスター達を全員殺す。誰一人として例外はない。
2:心臓に悪いわ馬鹿。二度と蘇ってくんなよ。
[備考]
※フォーリナー(アビゲイル・ウィリアムズ)と再契約しました。
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|164:[[RoVA/ルートオブヴィランアカデミア(前編)]]|CENTER:死柄木弔|172:[[人外魔境渋谷決戦(1)]]|
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|166:[[共犯者、まだ終らない]]|CENTER:紙越空魚|172:[[人外魔境渋谷決戦(1)]]|
|166:[[共犯者、まだ終らない]]|CENTER:フォーリナー(アビゲイル・ウィリアムズ)|172:[[人外魔境渋谷決戦(1)]]|
解ってはいたが、これ程か。
[[田中一]]及び彼の連れる"血の悪魔"との交戦を経た[[峰津院大和]]は口元から伝う一筋の血を手の甲で拭いそう思った。
土地殺しの汚染を受けて断絶した魔術回路。
天禀とは名乗れないだろう身の丈に収まった事は自覚していたが、いざ実際に戦ってみると余りの体たらくに絶句させられた。
これが敗北の味だと言うのなら存外に苦い物だと認めざるを得ない。
自分の意識が他人の体に押し込められているような精神と肉体の齟齬。
それは天下の峰津院財閥が誇る麒麟児、大和をして慣れるまでに時間を要するだろうと感じる程の認め難い違和だった。
“連れている悪魔は上等だが使い手がとんだ凡夫だった。あれしきの雑魚を相手に尻尾を巻いて逃げ去る羽目になろうとは…”
あの"血の悪魔"自体はなかなかの物だった。
未熟さは否めないが出力だけならば全盛期でも油断のならない相手と認識したに違いない。
しかしそれを使役している男の方は予選を勝ち抜けた事が不思議でならない程の凡夫。
身に余る借り物の力を振り回して悦に浸る小物など、[[峰津院大和]]の牙城を脅かせる筈もない。
平時の大和ならば大した苦戦もする事なく制圧と調伏を終えていた事だろう。
この体に崩壊を食ませる前の、規格外を地で行く彼であったならば。
“[[ベルゼバブ]]の莫迦には見せられない姿だな。罵倒嘲笑で済めばいいが、最悪その場で首を落とされていたか”
推定。今の自分の実力は全盛期の三割に届くかどうかという所か。
目も当てられない有様とはまさにこの事。
依然として弱者の立場に甘んじはしないものの、それでも峰津院の名を背負って立つ者としては落第点も甚だしい。
“破損した回路の修復は…あの世界へ戻る事が出来れば、アテを探る事くらいは可能だろうな。
だがこの世界でそれを望むのには無理がある。それこそ界聖杯の力でも無ければまず不可能だ”
今から大人しく方舟に鞍替えするのが最適解なのは大和とて解っている。
あの"善き人々"達は己を受け入れるだろうし、今も健在なその智慧と才能は彼女達の戦いを大いに助けるだろう。
しかしそれは界聖杯の権能…大和の理想を遂げる為の階を完全に放棄して背を向ける事と全く同義だ。
だからこそ[[峰津院大和]]はその道を選ばなかった。
その安直な救いにこそ背を向けて踵を返した。
一見不合理とさえ取れるその行動も彼の中では立派な合理だった。
大和という強者、選ばれし者にとってはその愚行とも取れる強情こそが最も理屈に合う。
界聖杯は手に入れる。
空前絶後の宇宙現象が持つ熱量と権能を掌握してポラリスへの道を開く。
[[ベルゼバブ]]を失ったのは痛いが、全能を僭称する全容不明の願望器なのだ。
失ったしもべの埋め合わせと自身の身を襲った欠落のカバーを果たしたその上でポラリスへの謁見を果たせれば全ては帳消しになる。
まだ己が理想は死んでいない。
この身、この魂が此処にある限り。
[[峰津院大和]]が[[峰津院大和]]である限りその日は永劫に来ないものと断言する。
故にこそ大和は今この状況になっても何一つとして諦めてなどいなかった。
全てを果たす覚悟を双眸に宿して、口元の血は拭い去り痕跡ごと消し去って強者の貌を作る。
「案ずるな。負けはしない」
その言葉は先に逝った悪魔への餞だった。
一瞬たりとて気を許せた時間はない。
大和にとってはいつ起爆するとも解らない核爆弾そのものであったし、最悪本当に雌雄を決する時が来る可能性も含め想定する必要があった。
しかしそれでも、大和にだとて矜持はある。
あの災厄そのもののような男を曲がりなりにも従えていた身として、奴の軽蔑を買うような無様な戦いをするつもりはなかった。
友情と呼ぶには気安さが足りない。
義理と呼ぶのは柄ではない。
この感情を称するならばきっと"意地"というのが最も正しいだろう。
無様を晒せばアレに嗤われる。
やはり余を従えるには遠く能わぬ羽虫であったかと鼻を鳴らされる。
大和にはそれが我慢ならない。
それを承服出来る男であったなら、そもそもこんな所を独りで歩いてはいないのだ。
「先に逝った君がハンカチを噛んで屈辱に震える程見事な戦いで、地平線の彼方とやらに至ってやるさ」
最後までどちらが上かを教えてやる事は叶わなかったが。
界聖杯を手中に収めて聖杯戦争を終結させられたなら、さしもの奴も認めざるを得ないだろう。
それでも認めないというのならその時こそ実力行使で叩き潰してやる心算だった。
殺しても死なないような怪物だったのだ。
閾値を超えた屈辱を浴びれば単独顕現を成し遂げ襲い掛かってくる可能性も十二分にあるだろうと、大和は本気でそう思っていた。
…それは彼らしくもない夢であったのかもしれない。
荒ぶる悪魔を滅殺され、天禀と称された力を見るも無残にもぎ取られ。
自身の手足も同然だった財閥をも土に還された男が見る、分不相応な夢。
しかしどんな輝かしく荘厳な夢にも必ず果ては訪れる。
その真実が夢である限り、その幕切れは一つを除いて有り得ない。
「よう、奇遇だな。お前もこっちで涌いた妙な気配を辿って来たのかい」
夢とは醒めるもの。
朝の訪れと共に終わるもの。
如何に傑物・[[峰津院大和]]と言えどもそれは変わらない。
彼にとっての夢の終わりが、静寂を孕んだ裏路地の向こう側から歩いてきた。
病的な程の、純白と言っても誇張ではないだろう頭髪。
掻き毟った傷痕が凄惨に残る乾ききった皮膚。
実際に目にするのはこれが二度目。
一度目は距離の遠さも相俟ってまともに顔を見る事も出来ていなかったが、それでも大和は瞬時に男の素性を理解した。
――この声を。
この全てを呪うが如き声を、忘れられる筈もない。
傲岸不遜にも己へ宣戦布告を行ってきた"王"。
そして今は名実共に聖杯戦争の全てを平らに均さんと覇を吐く…崩落八景の魔王の声を。
「私の運も筋金入りだな。まさか此処で貴様と顔を合わせるとは」
「ウチのメンバーからは上手く逃げ遂せたらしいじゃないか。
ブラボー、大したもんだ。褒めてやるよお坊ちゃん。半身不随でよく俺達のアイドルを退けたもんだ」
「虫唾の走る形容は止めて貰おうか。あの暴れ馬が半身では、脳の血管が何本あっても足りん」
[[死柄木弔]]。
敵連合の王。
霊地争奪戦に幕を下ろし、実質の一人勝ちを成し遂げた魔王。
[[峰津院大和]]の全てを奪い去った男が、微笑みながら大和の行く手を阻んでいた。
「龍脈の力を喰ってさぞかしご満悦のようだな。今の貴様は全能者の顔をしている」
「まぁな。視野が広がるってのは良いモンだと心底思ったよ。
何よりこの力を持ってるのが俺だけってのが最高だ。生憎と戦闘狂(バトルジャンキー)の気持ちは解らないんでね」
「ベラベラとよく喋る。思っていたより可愛いな、連合の王」
「褒め言葉として受け取っておくよ。おたくはもう喋る余裕も無さそうだもんなァ、ゴミ山の王様」
大和がこの品川区に足を踏み入れたのには理由がある。
死柄木が先刻言ったように、この地から異様な魔力の反応を感じ取ったからだ。
今の大和は藁にも縋らねばならない身分。
使える可能性のある物は一つでも多く掻き集めておかなければならない。
しかし強い輝きとは誘蛾灯。
それに引き寄せられたのが彼一人である道理はなかった。
「お前よ、もう前程強くねぇんだろ?」
[[死柄木弔]]は満足する事を知らない欲望の徒だ。
社会を平らにして破壊するその野望が叶うまで、どんな力をも貪欲に吸収して育つ悪の暗黒天体だ。
だからこそ彼は全てを持つ強者でありながら、大和と同様にこの地に涌いた"力"を求めてやって来た。
全盛期の大和でさえ命懸けの戦いを強いられただろう怪物。
しかし今の彼はとうに全盛期ではなく、その力は大きく目減りしている。
「ツラを見れば解るよ。ショボくれたツラしてる」
「……」
「素っ頓狂な頭の風来坊(ヒーロー)が助けてくれたのは幸運だったな。
余生は十分楽しめたかい? ロスタイムはもう終わりだぜ。ゲームセットのお時間さ」
都市一つを一撫でで消し去れる連合の王にしてみれば――今の大和は単なる凡夫に過ぎない。
彼と死柄木の間の格付けはあの東京タワーで全て決してしまった。
[[光月おでん]]の献身によってほんの僅かな追加時間(ロスタイム)を得ただけの敗残者。
かつて宣戦布告をした峰津院の主は今や、見窄らしい負け犬にまで成り下がっていた。
「心が折れたか?」
死柄木が笑う。
「歯の根が震えるか?」
死柄木が嗤う。
「こんな所に来なきゃよかったって後悔してるか?」
死柄木が嘲笑う。
「哀れな坊っちゃんに選択肢をくれてやるよ。
今此処で俺に殺されて無慈悲に消えるか、俺にありったけの寿命(いのち)を捧げてせめて穏やかな時間切れに身を委ねるかだ」
言って彼は手を差し伸べた。
それは言わずもがな大和にとっての最大限の侮辱。
強者のみの世界を目指した男が、弱者として救いを手向けられる恥辱の極みに他ならない。
突き付けるのは二択。
凄惨なる死か、穏やかなる死か。
そして今の死柄木が突き付ける二者択一は最早単なる諧謔の域には留まらない。
「――『DEATH』 OR 『TIME』……?」
死か時間か。
命を選ぶ権利はない。
魔王と行き遭ってしまったから。
彼のロスタイムはもう終わってしまったから。
死柄木の背後に見える死の威容は決して幻でも何でもない。
ソルソルの実の能力、ソウル・ボーカス――亡き女王から継承された力が鎌首を擡げる。
歴戦の英霊ですら呑み込む恐怖の声に曝された大和は…フッと笑った。
「私が消沈しているように見えると言ったな。であれば貴様は嘆くべきだ。龍脈の力は、腐った眼までは治してくれなかったらしい」
途端に死柄木の声が霧散する。
死など受け入れぬ。
時間など貴様に恵まれるまでもない。
微塵の恐怖も絶望も抱いていない強き者の志が、魂を犯す言葉の全てをレジストした。
「私が筋金入りだと言ったのは己が身の不運ではない。悪運の方だ」
[[峰津院大和]]は確かに衰えた。
何もかもを失い、今の彼もまた孤軍の王だ。
だが大和は弱くなった訳ではない。
力が翳ろうとも――手駒全てを失おうとも。
[[峰津院大和]]が此処でこうして生を繋いでいる以上、其処に弱さの二文字が当て嵌められる事は決して無いのだ。
「忌まわしい土地殺し…魔王気取りの裸の王をこの手で玉座から引き摺り下ろせる機会に恵まれたのだ。これが僥倖以外の何だと言う」
大和の言葉に偽りはない。
心根を偽る弱さは魔王の突き付けた"言葉"に抵触する。
死柄木は微塵たりとも大和の魂を吸収出来ていない。
それが、[[峰津院大和]]が依然健在である事の何よりの証拠だった。
「来るがいい、相手をしてやろう盗人。そしてあわよくば、我が手に収まる筈だったその力を在るべき処へ戻してやろう」
「雑魚の遠吠え程見苦しいものはないぜ。大和君よ」
「遠吠えかどうかは、これを見て判断して貰おうか」
大和の右手に握られた得物を見て死柄木の眉が動く。
それが何であるか理解出来ない筈がない。
何故なら[[死柄木弔]]はそれと全く同じ由来(ルーツ)の力を体内に飼っている。
即ち龍脈の力。これを吸い上げて槍の形に凝集させた極槍。
さしもの魔王も一笑に伏す事の出来ない勝算が其処にはあった。
「驚いたぜ。キッチリ潰したつもりだったんだが」
「生憎、予期せぬ形で命を拾ってしまったものでな」
「ハハ。つくづく目の上の瘤だな、ヒーローって人種は。何処までも俺達の邪魔をしやがる」
龍脈の力の強大さは死柄木自身よく知っている。
要するに、己へ挑む最低限の資格は示してみせたという訳だ。
肩を竦めて失笑しながら、死柄木はその背後に揺らめく炎を具現させた。
全身に火傷の痕と継ぎ接ぎが浮いた焼死体のような男。
彼がこの地で最初に生み出した炎のホーミーズだ。
「飛んで火に入る夏の虫だ。お前の火葬にゃ相応しいだろ」
「この短い時間で随分使いこなしているじゃないか。盗人にしては大したものだ」
大和は龍脈の槍を片手に挑発的な笑みを浮かべる。
其処には恐怖も焦燥も、それを誤魔化す空元気も一切含まれていない。
[[峰津院大和]]は依然変わらずあるがままに超然の歩を続けている。
相手がたとえかつての下僕にも届き得る超越者であろうとも、彼がその歩を止める事は決してなかった。
「ソレは私のモノだ。返して貰うぞ、盗人の王」
「やってみろよ負け犬が」
死柄木の背後。
炎のホーミーズが爆熱と煌く。
刹那、彼ら二人を挟んだ裏路地が焦熱の内に熔け落ちた。
◆ ◆ ◆
四皇ビッグ・マムはソルソルの力を完全に使いこなしていた。
その点後継である魔王死柄木は彼女程取れる戦略に幅がない。
才能でならば決して劣らないが、こればかりは年季の差であった。
しかし立ち塞がる敵を葬り去るという一点にかけては別だ。
[[死柄木弔]]は誰よりも強く深く世界の崩壊を望む者。
二人の魔王が共に太鼓判を押した魔王の器。
そんな彼が生み出したホーミーズの性質は必然、何かを破壊する事に強く適合を見せる。
「やれよ『荼毘』――お前の偏執(のろい)を見せてみろ」
地上に太陽が具現した。
生きとし生ける物全て焼き尽くす偏執狂の死炎が生物の生存圏を瞬く間に剥奪する。
存在するだけで命を削られる焦熱。
呼吸するだけで気道が焼け爛れる蒼い炎。
その中で[[峰津院大和]]は怜悧な眼光を輝かせる。
そして槍を振り抜く――熱波が割かれ、己の生存圏を奪い返す。
肌を焼く熱は魔術で体表面に膜を貼る事で最低限に抑えた。気道も然りだ。
「自分の火葬炉を既に用立てているとは。健気じゃないか溝鼠よ」
今の大和が死柄木に対し火力勝負を挑んで勝てる道理は万に一つも無い。
相手は文字通り破壊の権化だ。
自然災害を相手に相撲を取るような物である。
どう考えても自殺行為以外の何物でもない…本来ならば。
だがその決まり事を覆すジョーカーこそが、大和の右手に握られている極槍であった。
「あまり私を失望させるな。貴様に龍(カミ)の誇りがあるならば、あの僭王めの首を取って汚名を濯ぐがいい」
その声に応えるように槍が轟く。
熱を押し返し、切り裂きながら大和は進んだ。
死柄木の顔に驚きが走る。
予想だにしなかったのだろう、今の大和にこれ程の芸当が可能だとは。
“無理押しなのは、否定出来んがな”
無論涼しい顔の裏には相応の苦労がある。
そもそも龍脈の槍は本来[[カイドウ]]との決戦で用立てた使い捨ての極槍だった。
其処に死柄木の横槍が入り、大和は死に瀕し…そして[[光月おでん]]というイレギュラーによって生を繋ぐ事となった。
その後大和は捨てる機を逸してしまったこの槍を小型化の上で隠匿化させていたのだ。
それ自体は大和が会得している数々の術を応用して容易く成せたが、問題は極槍の力を今の自分の身の丈に合わせて安定化させる事であった。
「はッ――!」
「うぜえな。大人しく燃えとけよ」
火球を斬る。
熱を槍の魔力で蒸発させて無害化させる。
距離を詰め、死柄木に向けて一撃放つ。
死柄木はそれを飛び退いて躱したが、それは大和にとって寧ろ幸いだった。
「避けたな」
麒麟児の口元が歪む。
不敵な、傑物の貌になる。
「安心したよ。どうやらちゃんと効くらしい」
…今の大和が握っている極槍の出力は[[カイドウ]]戦のそれに比べて数段は落ちている。
相応しくない担い手が握れば、妖刀は自我を奪い担い手を傀儡に変えてしまうように。
絶大な力を秘めたこの槍は、力無き者が握れば余りの力の前に自壊を余儀なくされる程の劇物だった。
かつての大和ならば問題はなかった。
英霊でさえ余程の上澄みでなければ持て余すだろう極槍を特に不具合もなく担う事が、現にあの場では出来ていた。
しかしそれも――[[峰津院大和]]の魔術回路が完全だった頃の話。
大和は今こうして龍脈の槍を握るにあたり、暴れ狂う災害めいた魔力の鼓動を毎分毎秒リアルタイムで制御し続けねばならなかった。
一瞬でも怠れば安定は崩れて槍は暴走するだろう。
そうなれば百パーセント大和は助からない。
命懸けの綱渡りであると同時に、それと並行して[[死柄木弔]]という最悪の敵を相手取らねばならないというのだから難易度は荒唐無稽の域にある。
「殺す前に一つ問おうか」
にも関わらず。
今大和は笑っていて。
死柄木は苛立ったように眉を顰めていた。
「方舟に刺客を送ったのは貴様かな」
「俺がやる前に世界を壊されちゃ敵わないんでね」
「そうか。ならばつくづく都合がいい」
常人ならば泡を食って一秒も保たずに破綻するだろう難題を。
大和は今この瞬間もこなし続けている。
その上で魔王の機嫌を損ねる程に力を見せ付け続けているのだ。
何故、と問われたならば。
彼を知る者はこう答えるだろう。
「弔いなどと宣う仲ではないが、情を掛けられたままでは私の矜持が許さん」
――[[峰津院大和]]だから、と。
「お人好しの船乗り共に代わってこの私が報いを与えよう。さぁ応報が来たぞ。卑小な地金を晒せ、下衆――!」
龍脈の槍が煌き。
死柄木がまた一歩後退する。
振るおうとした腕が巧みな槍捌きで弾かれた。
死柄木の個性は目を瞠る程の成長を遂げていたが、それでもその性質自体は据え置きだ。
五指で触れなければ"崩壊"は発生しない。
大和はこの僅かな間の邂逅を通じて、既にその種に気付いているようだった。
『おいおい』
声がする。
死柄木のではない声だ。
荼毘と名付けられた炎のホーミーズが嗤っている。
継ぎ接ぎの顔を引き裂くようにして、歯を剥き出している。
『こっちは折角の初陣なんだ。ちょっとは空気を読んでくれよ――殺したくなっちまう』
大和の眉が動いた。
先のはあくまで小手調べだったのだと瞬時に理解する。
荼毘の腕に凝縮していく炎。
熱、熱、熱、熱――何処までも高まるそれは既に宝具の域にも届く火力と化していて。
「 赫 灼 熱 拳 !」
死刑宣告じみた一言と同時に、燃え盛る拳となって大和へ放たれた。
体表を覆わせた膜を貫通して肉に伝わってくる死の焦熱。
咄嗟に回復魔法を唱えて損傷を最低限に留めながら、大和は次を紡いだ。
「――メギド」
だがしかし悲しきかな。
敵方のが業火ならば大和のそれは篝火にも満たない炎でしかなかった。
当然のように掻き消される攻撃魔法。
が、大和の狙いは最初から相殺等にはない。
自身の魔法が粉砕される折に生じる衝撃の力場を利用しての加速だ。
「ハッ。見窄らしいなァ天才君!」
迫ったのは死柄木だった。
振るわれる五指との接触は言わずもがな即死を意味する。
テトラカーンによる反射で対処するのも考えたが、それはあまりにリスクが大きすぎる。
死柄木の崩壊が伝播の性質を秘めている以上、反射の殻そのものを伝って崩壊が自身に届かない保証はないのだ。
「そういうのを無駄な努力って言うんだぜ。年貢納めて地獄へ行こうや!」
驚くべきは死柄木の身体能力。
体術を極めている大和をして、互角と判断せざるを得ない程に極まっている。
しかし大和は尚も笑った。
荒れ狂う死を間近にしながら微塵の臆病風にも吹かれていない!
「ザンダイン」
「ッ――」
近付いてくるのなら弾けばいい。
大和が唱えた魔法はザンダイン。
轟いた衝撃波が、死柄木の身体を強制的に後退させる。
崩壊の手が遠ざかったのを良いことに大和は即座に次を詠唱。
「ジオダイン」
「洒落臭えなァ!」
轟く雷光を握り潰す死柄木。
荼毘の追撃が迫る中でも大和はしかし、彼から目を外さない。
「マハブフ」
次いで氷雪。
荼毘の熱を呼び寄せて焼き払った死柄木に、大和は。
「タルカジャ」
そう唱えた。
死柄木が構える。
しかし次はない。
それは攻撃魔法ではないからだ。
「やはりな」
声が聞こえる。
その瞬間既に、大和は死柄木の眼前にまで迫っていた。
タルカジャとは強化魔法。
ジオダイン、マハブフ――いずれも申し分ない威力の魔法だが、大和はこれを本命を隠す為の囮にしたのである。
「貴様の才能に関しては認めざるを得ない。よくぞこの短期間で其処まで化けたものだ。だが」
[[峰津院大和]]が見抜いた[[死柄木弔]]の弱点。
それは。
「センスに頼り過ぎている。要するに超極上の付け焼き刃だ」
経験量の欠如であった。
踏んできた場数が足りない。
なまじ才能にも力にも恵まれているから、技術や駆け引きの領分を軽視している。
それこそ攻撃魔法の中に別な魔法を潜ませて本命を通す等というほんの単純な策にさえ、コロリと引っ掛かってしまうくらいに。
「師に恵まれなかったな」
その言葉と共に、龍脈の槍を一閃。
死柄木の身体から血風が舞う。
傷は浅いが、重要なのは手傷を負わされたというその事実だ。
力を無くして衰えた負け犬。
そう侮っていた相手に一太刀入れられた事実は、実際の手傷以上の深さで魔王の心を蝕む毒になる。
「――荼毘」
『あいよ。ムカつくお坊ちゃんはきちんと炭にしちまわねえとな』
巻き起こる炎の竜巻。
巻き込まれれば骨まで焼き尽くされると誰の目にも解るが、大和は退かない。
ある程度の火傷は承服して前に進み、そのまま大上段から槍を振り下ろした。
「貴様に空は似合わん」
「づ、ッ」
此処で一つの不可解が死柄木を苛む。
龍脈の槍。
大和の握る極槍から放たれる魔力の量が、平時と被弾時とで一致していない。
平時の規格であれば不安定な空中だろうと問題なく受け止められる筈だった。
にも関わらず死柄木はあっさり地に叩き落され、膝を突く無様を晒してしまっている。
訝しげな顔に気が付いたのか、大和はまるで講釈を垂れる教授のように微笑んだ。
「そう難しい事はしていない。確かにこの荒ぶる龍の力は今の私の手には余る代物だが。
必要な時にほんの一瞬リミッターを外し、またすぐに戻す。この程度の負荷ならば、回復魔法も併用すれば十分に耐えられる」
0.1秒にも満たない刹那の瞬間だけ、龍脈の槍に施している安定化を解除する。
溢れ出した負荷が肉体を破壊する前にまた蓋をして安定させれば、最低限の反動で限界以上のポテンシャルを引き出せるという寸法だった。
これによって一つの事実がより確定的なものとなって浮上する。
それは――[[峰津院大和]]が出し惜しみをしないと決めたなら、その力は荒ぶる魔王に届き得るということ。
即ち。
「どうした、笑みが消えているぞ」
[[峰津院大和]]は[[死柄木弔]]を殺せる。
そんなごく端的な事実であった。
「笑えよ。それすら失くせば、君は本当に単なる社会の塵でしかないだろうに」
「は」
気分は最悪。
増長していた所に冷や水を掛けられた形なのだから無理もない。
だが、死柄木は大和の言葉を受けて笑みを取り戻した。
下僕と同様の引き裂くような笑顔。
底のない憎しみに裏打ちされたアルカイックスマイル。
「悪い悪い。堪え性がないのは昔からでな。教えてくれてありがとよ」
そうだ――忘れていた。
この界聖杯は化物の犇めく蠱毒の壺中。
力を手に入れた今でもそれは何ら変わらない。
初めてあの皇帝と戦った時の事を思い出せ。
驕り高ぶった王がどうなるのか、自分は知っているだろう。
なあ。[[死柄木弔]]。
「そうだなァ…。アンタはそれで負けたんだもんな、先生……」
後に平和の象徴と呼ばれる男に打ち倒された先代を想って死柄木は更に笑みを深めた。
それに対して大和は不敵を崩しこそしないものの、警戒の度合いを一段引き上げる。
明らかに死柄木から漂う気配が変わった。
暴れ狂う獣から、一人の悪へと移り変わったのを確かに大和は見た。
「折角の試運転なんだ。いっそチャレンジャー気分で行こうか」
瞬間。戦場に一筋の風が吹く。
大和が己の頬に手をやった。
其処から垂れ落ちる真っ赤な雫は、紛れもなく彼自身のものだった。
「さあ、嵐が来るぜ」
途端に響き渡るのは騎馬の咆哮。
かつて騎士を載せた獣の嘶きではない。
夢に狂う愚か者を載せた、鉄獣の駆動(エンジン)音だ。
「出番だぜカミサマ――燃え尽きるまで駆け抜けちまえ」
それは、鋼の騎馬を駆る極道者の形をしていた。
これなるは風のホーミーズ。名を『ライダー』。
かつて敵連合に所属し、霊地を巡る決戦で討死した現人神。
暴走族神・[[殺島飛露鬼]]…その生き写しが次の夢を見据えて疾走する。
「が…!」
爆速にして破茶滅茶。
疾走の軌道を読み損ねれば轢死すると大和は瞬時に理解した。
だが恐ろしいのはその突撃と接触する事だけではない。
すれ違っただけで撒き散らされる鋭利なる鎌鼬。
そして…
「"狂弾舞踏会(ピストルディスコ)"」
騎手が握る二丁拳銃。
その銃口から放たれる弾丸状のソニックブームだった。
技名の通り、踊り狂うように跳弾しながら迫るそれが最も厄介だ。
何分数が多すぎるために龍脈の槍で落とすにも限度がある。
故に肝要になるのはどれだけ回避でやり過ごせるか、なのだったが――
『おいおい、放っておくなよ。寂しいじゃねぇか』
炎の悪意がそれを黙って見ている道理はない。
跳弾の雨を驚異的な反射神経と感覚で切り抜けた大和を蒼炎の奔流が襲った。
しかし炎を切り裂いて現れた槍の穂先が、炎魔の脇腹を貫く。
生を繋いだ大和の身体には、見るも痛々しい火傷の痕が刻まれていた。
「爆ぜろ」
王の命令に応えて荼毘が爆ぜる。
彼は無形の存在、ホーミーズ。
我が身を炎の爆弾として炸裂させ、大和に殺し切るという事を許さない。
撤退するのと共に更なる熱を押し付けて、極めつけは嵐(ライダー)の蹂躙走破だった。
「ぐ、ッ」
受け止めただけで腕が軋む。
槍のお陰で最悪の事態だけは避けられたが、相手は音速超えの暴風だ。
吹き飛ばされるのを余儀なくされた大和の視界の隅で悍ましい死が揺らめく。
[[死柄木弔]]が、その五指で大地に触れていた。
「お前の講釈、タメになったけどちょっと的外れだったよ」
[[死柄木弔]]の異能は"崩壊"。
触れた物、それに触れていた物――どちらも等しく塵へと還る。
幾多の加護と障壁に守られている大和でさえ例外ではない。
「師(せんせい)には恵まれてるんだ。今も昔もずうっとな」
だが相手は[[峰津院大和]]だ。
狂おしき[[ベルゼバブ]]にさえ呑まれなかったその天禀を塗り潰す事は魔王にだとて容易ではない。
崩壊の効果は大気にまでは及ばない。
ならば地への接触さえ避けていれば、都市一つ消す規模だろうが無傷でやり過ごす事が出来る。
大和は即座にそう判断して跳躍する。
そのまま、落ちてこない。
魔法を用いた疑似浮遊による崩壊の回避はしかし死柄木にとっても想像していた範疇の対応だった。
「今度はお前が落ちろ――"赫灼熱拳"!」
真上で再び像を結ぶ炎のホーミーズ。
拳を振るうや否や、再び偏執狂の熱拳が大和を襲う。
だがこれを大和は龍脈の槍で迎え撃った。
タルカジャによる身体能力の強化。
そして極槍の瞬間的なリミッター解除。
二枚の伏せ札の解放によって衰えた身でありながら荼毘の死拳を凌いだのは流石と言う他ない。
とはいえ、凌いだだけだ。
「落ちろって言ったぜ。魔王(おれ)は」
炎が晴れると同時に視界へ迫ったのは死柄木の狂笑だった。
「穢れめ。この私に触れられると思うか」
「思うさ。だって一度触れてるんだ」
「戯け――ならば身の程を教えてやろう」
速さでは大和。
確かな鍛錬に裏打ちされた槍術は卓越の次元にある。
死柄木の血肉を抉った回数は開幕数秒で既に二桁。
だがその手傷がいずれも致命に届いていないのも事実だった。
“…獣め――”
まさに獣だ。
荒削りも極めればこうまで行き着くのかと驚嘆せざるを得ない。
相変わらず死柄木の動きに技はないが、だからこそ彼の動きは大和をして予測不可能だった。
出鱈目に賽子を転がしているみたいな不規則性に必殺の両手が混ざり込んで来るのだから事態は混沌を極める。
大和ですら頭痛を覚える程の攻防が、文字通り足の踏み場のない空中で繰り広げられていく。
「ジオ」
均衡を崩したのは大和だ。
死柄木の肩口を掠める小規模な雷撃。
威力は低いが、元より攻撃が目的ではない。
「…ッ」
電撃を受けて筋肉の動きがブレる。
それに伴い、死柄木の厄介な動きが鈍った。
其処を大和は見逃さない。
狙うのはまず個性の基である腕――死柄木はこれを、嵐のホーミーズの力を手繰り寄せる事で強引に回避。
しかし彼も解ったらしい。
自分が先と同じ轍を踏んでしまった事が。
「四肢の切断は有効か。貴様の再生も万能ではないようだな」
龍脈の力による超人化にせよ。
地獄への回数券による超活性にせよ。
死柄木の手持ちのカードでは部位の欠損を賄えない。
その上で頼みの個性が特定の部位に依存しているとなれば、大和の側にも光明が見えた。
「逃げ惑え。達磨になりたくなければな」
即殺は最早狙わない。
嵐の如き刺突の嵐で両手を狙う。
それでいて五指には決して触れないようにする。
大和の振るう槍の命中精度は針の穴を通すが如し。
過つなど有り得ないと確信した死柄木は、空へ舞い上がった暴走風神の気流を鉄槌のように振り下ろして流れを断ち切りに掛かった。
――その顎先を、大和の肘打ちが痛打する。
「ご、ァッ…!?」
「師には恵まれていると言ったな。これしきの搦め手も見抜けない凡夫がよく吠えたものだ」
顎は人体の急所。
ましてやタルカジャで強化された体で打たれたならば、今の死柄木だとて無反応では済まない。
脳震盪が生む隙は一瞬にも及ばない物であったがしかし十分。
放った突きが死柄木の左二の腕に命中し、肉を引き千切って鮮血を散らさせた。
「私が体術の応用を修めたのは七つの頃だったぞ」
次いで腹を抉りつつ魔力を解いて死柄木を吹き飛ばす。
地面を水切り石の如くバウンドしていく魔王の腹からは臓物が零れていた。
“確実に断ったつもりだったが…足りなかったか”
死柄木の左腕が再生しているのが見えた。
切断し切れなかったのは痛恨だったが、二度目はない。
次は必ず断ち切れると確信して、大和はすぐさま地を蹴った。
蹌踉めきながら立ち上がる死柄木の膝を貫いて無理やり体勢を崩させ、槍の穂先で両眼を薙ぎ切る。
「アギダイン」
それと同時に吹き荒れる炎を呼び寄せ、魔王の体を黒炭に変えた。
――が、炎の中を引き裂くように手が伸びる。
舌打ちを一つしながら断ち切りに移行する大和だが、叶わない。
これまで踏み締めていた地面が突如"どろり"と半液状の泥濘に変わった為だった。
「『荼毘』を地中に遣ったか。器用だな」
「多芸は…先代(マム)譲りでね」
触腕のようにうねりながら迫る蒼炎。
槍で切り払いつつ、大和は死柄木の額を打った。
“活路は肉弾戦にある。攻めを切らすな”
このまま両手を潰し、肉塊になるまで貫く。もしくは――
極槍の制御と精密な動作、そして今後を見据えた戦略立案を三所並行して行う大和。
しかしながら此処で不測の事態が彼のプランを断ち切った。
液状化した地面から瀑布のように噴き上がった…大熱風である。
「ぐ――ァ、が…!」
只の熱風ならば今や既知。
焦る程の不測にはなり得ない。
が、問題は熱風に付随していた"おまけ"だった。
大和の展開している防御を貫通する程の威力で飛んできた灼熱の鎌鼬。
先刻までは確かになかった筈の付属品が、彼の肩口を骨まで灼き抉ったのだ。
激痛に沸騰しようとする意識を理性で抑え込む。
そう、忘我の境に立っている暇はない。
そんな姿を晒せば――出来上がるのは黒く炭化した蜂の巣だ。
「"炎弾舞踏会(ショートバレットディスコ)"」
ホーミーズの掛け合わせ。
二つ以上の性質を併せ持った異界現象の構築。
[[死柄木弔]]が能力者として次の段階に進んだ事を物語る不条理が具現する。
灼熱の鎌鼬など所詮は序の口。
今大和が対面しているのは、超灼熱のソニックブーム弾が数十以上の方向から跳弾して来るという悪夢じみた光景だった。
「…マハブフダイン!」
思わず声が荒ぶる。
喚び出したのは魔法の吹雪だった。
極冷の風が熱弾を冷やし、大和の周囲の僅かな空間にだけでも安全地帯を作り出す。
が――
「ブチ抜け」
それを文字通りブチ抜く機影が一つ。
焔の騎馬を駆りながら暴風で止めどなく加速した"神"が其処に居た。
「ッ、お、おぉおおおォッ…!」
防御した大和の両腕が瞬時に熱傷で醜く爛れていく。
タルカジャによる自己強化(ブースト)等これを前にしては焼け石に水だと確信した。
無尽蔵の天変地異をエンジン代わりに走る暴走風神は止め切れない。
であれば力の出し惜しみは死に直結する――選択肢は一つ。極槍の限定解除だ。
「だよなァ。おまえはそうするしかないんだ」
爆裂した魔力が炎騎馬を弾く。
余波で音熱弾をも焼き切り、大和は晴れて死線を抜けるが。
其処に迫って嗤う男の手がその隙を突く。
「ちゃんと人間じゃないか。超人ぶるなよ、青少年」
――ゾ、と寒気が駆け抜けた。
[[峰津院大和]]にそれを感じさせられる存在が一体どれ程居るだろう。
死神に背骨を直接撫でられるような寒気に、大和は無茶の反動で軋む体を駆動させて迎撃する。
しかし次の瞬間、大和は目を見開く羽目になった。
振るい死柄木の頭蓋に吸い込まれた筈の槍が…情けなくも空を切ったからだ。
“――蜃気楼!”
蜃気楼。
高密度の冷気層と低密度の暖気層の境界で起こる屈折現象。
死柄木が繰り出した炎魔の火力と、大和が安全地帯構築の為に放った氷雪。
その二つが噛み合った事によって環境は整い。
其処に付け込む形で、炎そのものを従えている死柄木が偏執狂の死炎を演出の為に使った。
「言ったろ。先生には恵まれてるんだ」
本当の死柄木は大和の真上。
あの霊地争奪戦の結末をなぞるように、白い魔王は空から訪れて。
「お前もその一人さ。ご教授ありがとな」
破滅の腕を、只振り下ろした。
「――ザンダインッ!」
大和が吠える。
今度の衝撃は自爆の色を多分に孕んでいた。
全身の骨を砕きながら強引に距離を稼ぐ。
熱風の残滓に体を灼かれながら、それでも回復魔法の行使は後に回す。
幸いにして地獄への回数券の効力もまだ生きていた。
アギ、ブフ、ジオ…比較的消費の少ない小粒の魔法を用いた飽和攻撃。
兎に角死柄木の返し手を可能な限り阻害せねばならないと判断した結果だったが、しかし。
此処で大和を苛んだのは、やはりと言うべきか弱り衰えた己が肉体だった。
“…ッ。流石に酷使が過ぎるか……”
此処までに大和は幾度となく魔法を使っている。
低級魔法ならばまだしも、ザンダインやマハブフダイン等の上級魔法も複数発使っているのだ。
幸いにして魔術回路の損傷が大きい現状でも、大和は魔術師としての上澄みに入れるだけのスペックを維持出来ている。
だがそれはあくまでも常識の範囲内に収まる"強さ"だ。
短時間での乱発と複数回に渡る龍脈の槍の限定解除、それによって押し寄せて来た反動…
それらは回数券で癒せる物理的損傷とは別物の疲弊となって大和の体に累積していた。
“死柄木を倒さない事には未来はない。しかし刺し違えるようでは意味もない。優先すべきは余力を残しての生存、だが…”
そんな利口が通じる相手ではないから厄介なのだ。
自身を囲むように出現した鎌鼬の檻を前に、大和は唇を噛む。
その上で檻の中の温度が少しずつ上昇し始めている――檻がファラリスの雄牛宛らの処刑具へと変わりつつある。
「…邪魔だ――退け!」
結果、またしても大和は極槍による強引な突破を強いられる。
窮地を切り抜ける代償に余力を少しずつ失う。
其処に迫る死柄木の死手に対処する動きも、明らかに精彩を欠き始めていた。
“削りを覚えたか”
戦って思い知った事がある。
死柄木はあまりにも貪欲だ。
彼は常に、全てを学んでいる。
自分が壊したいものを壊す為に必要な力、その全てを吸収し続けている。
だからこそ大和という難敵を前にして、死柄木は力押しの一辺倒をやめた。
巧みに手を重ね本命を隠し数を用立て…大和という砂の城を削り落としに掛かっている。
そして実際にそれは成果をあげつつあった。
大和が極まった体術の粋を投入しても尚、死柄木の体に触れる事がなかなか出来なくなってきているのがその証拠だ。
「撃て。蜂の巣にしちまいな」
指令一つで吹き荒れる風の音弾。
大和の頭脳と演算能力であれば、数百発の不可視弾の跳弾軌道を読みその上で回避する事程度は造作もない。
にも関わらずこの時。
彼の右腕に、一発の音弾が風穴を開けた。
「…!」
瞠目。
不覚に対する僅かな動揺。
それを[[死柄木弔]]は見逃さない。
「あはははははは――!」
接近して振り翳される死、死、死。
大和は自分の脳が食い潰される音を聞いた気がした。
閾値を超えた苦境に、脳の計算と疲弊した肉体のパフォーマンスが噛み合わない。
最悪の想像が脳裏を掠めた。
このまま行けば恐らく自分は遠からぬ内に――。
“…潮時だな。これ以上は身が保たん”
躱しながら大和は悟る。
それでも戦意は消していない。
現に今、放った穂先が死柄木の頸動脈を断ち切った。
相手が[[死柄木弔]]という魔人でなければこれで勝負は決していただろう。
「ぐ、…ぅ、うッ……! か、はッ――!」
頸動脈を断ち切られ。
大量出血しながらも斬首を恐れずに前進し、前蹴りで大和の内臓を蹴り破るような化物でなければ。
外れている。
狂っている。
狂気のヴィラン、白の魔王。
老蜘蛛[[ジェームズ・モリアーティ]]の最高傑作。
「凄えなぁ! グチャって手応えがあったぜ、肝臓かどっか潰れただろ!
それなのに俺の崩壊(これ)だけは躱し続けるとかよぉ、どっちが魔王なんだって話だよなぁ!!」
崩壊の手を躱しながら距離を取り再生の暇(いとま)を稼ぎに走った大和。
そんな彼に死柄木が向ける嗤いはしかし嘲笑ではない。
それは高揚だ。
全てを思い通りにできる力を手に入れたとそう思っていた自分に思いがけず舞い降りた更なる躍進の可能性。
新しい玩具を手に入れた子供のような全能感が彼を何処までもハイにしている。
「――決まってるぜ、魔王は俺だ」
殺意が大和を射抜く。
逃さないと燃える眼光は狂気のままに。
そしてそんな王の宣言を歓迎するように、大和の前に炎魔・荼毘が出現した。
「だからおまえを殺して…おまえの強さも、俺のもんにして先に行くよ」
狂笑のままに炎魔が輝きを放つ。
その肌に亀裂が走るのを大和は見た。
熱量の次元があまりに違う。
超新星の爆発を、大和は連想した。
蒼く蒼い、人型の星が弾ける光景。
美しき死がこの出会いも嘗めた辛酸も全てを抱擁しながら――
「プロミネンス――――バァァァァァァァン!!!!」
[[峰津院大和]]の痩身を無情無慈悲に呑み込んで。
[[死柄木弔]]は、[[峰津院大和]]との決戦に勝利した。
「間抜けが」
だが。
「貴様なぞに、この私が」
その結末を――
「これ以上何一つ渡すと思うか」
否と断ずる者が、居る。
「――マカラカーンッ!」
◆ ◆ ◆
――マカラカーン。
その効力は魔法攻撃の反射。
大和は死柄木が龍脈の力とは別に"ビッグ・マム"の力を引き継いでいると判断した時点から、この魔法を切り札として伏せていた。
濫用は出来ない。
死柄木の呑み込みの速さは全てにおいて異常だ。
この男ならば確実に、マカラカーンの存在を考慮しその上で此方を削り切る手段を見つけ出してくる。
だから隠し続けて機を待った。
死柄木が確殺を狙って大火力に訴える瞬間を待っていた。
「ッ、ア゛…! ガ、ギィイイイイッ……!?」
放った火力は反射されて死柄木を焼き尽くす。
殺し切れはしないだろう。
あちらも只焼かれるだけではない筈だ。
だが――それでいい。
必要なのは決定的な隙だった。
幾多の不測に翻弄され、余力を吐かされて最早肉体はボロボロだが。
それでも一番最初に決めた突破口(ルート)はこうして変わらず輝いていたから。
「見事な物だ。連合の王」
そう、まさに潮時だ。
此処らで戦いを終わらせる。
この魔王の跳梁に幕を下ろす。
そして己が作ってしまった、亡き偶像への借りさえも此処で清算しよう。
「貴様は紛うことなき強者だった。私の見据える理想の世界に住まう資格ありと断言する」
龍脈の槍――限定解除。
これ自体は此処までに何度とやって来た事だが、今回はもう一瞬ではない。
死柄木を葬るまでの数秒、力の蛇口を開けっ放しにする。
生じる負担は当然跳ね上がるが…此処でこの最大級の障害を落とせるのならば背に腹は代えられなかった。
「だが、貴様の夢見た荒野は決して顕現しない。無秩序の混沌なぞに世界を売り渡す等――誰が認めるものか」
そうして放たれるは決着の一槍。
傲岸不遜にも世界の崩壊を望んだ魔王は、かつて己が貪り食らった龍の力によって命運を断たれる。
「妄執もろとも散り消えろ、[[死柄木弔]]――!」
その一瞬を切り裂くように。
両者の間に割り込んだ影があった。
龍槍の主が瞠目し、魔王は獰猛に笑う。
眩い光のような男だった。
筋骨隆々の体躯。
貼り付いた笑顔は彫像のように深い。
世界の誰もを安心させるような力強さを持ちながらその口が言葉を紡ぐ気配はまるでなく。
それこそが、この影が"平和の象徴"等では断じて無いのだと物語っていた。
「こいつはとっておきだったんだけどな…本当に大したもんだよお前」
極槍の炸裂に先んじて影が大和の懐へ入り込む。
速い――その瞬間に大和はこの正体を理解した。
“此奴は…まさか、"光"……!”
光のホーミーズ。
それならば自身が反応出来ないこの速さにも納得が行く。
しかしそれでは解答としては不十分。
只の光ではこの姿を象れない。
光の傍には闇があり。
功績の陰には罪がある。
ソレと同じだ。
これは光であると同時にもう一つ――
「"光"と"衝撃"だ。ハイブリッドって奴さ」
ビッグ・マムが疲労した融合ホーミーズのように。
[[死柄木弔]]が作り上げた、光と衝撃の合神英雄!
その名を…
「刮目しな。英雄譚の時間だぜ――なぁ! 『ヒーロー』!!」
英雄(ヒーロー)と、そう呼ぶ。
「UNITED――STATESOF――――SMAAAAAAAAAAAASH――――――!!!!」
振るわれる剛拳。
テトラカーンの詠唱は間に合わない。
いや、間に合ったとして耐えられるか。
その加護さえ正面突破しかねない愚直なまでの強さが其処にはあった。
[[死柄木弔]]が最も憎悪し。
そして同時に最も信じる力の象徴。
ある英雄の偶像が、此処に戦いを終結させた。
反転した勧善懲悪。
魔王の為の英雄が旭日を落とす。
◆ ◆ ◆
「…ちぇ。逃げられたか」
轟いた衝撃と閃光が消え去った時、もう其処は街の体裁を成していなかった。
所々が焼け焦げ砕け、暴風に切り刻まれて惨憺たる有様。
死柄木はジャケットを羽織り直すと脱力したように腰を下ろす。
「強えなアイツ。弱らせといてよかったぜ」
[[峰津院大和]]という男が如何に規格外なのか嫌という程思い知らされた。
まさかこの体になって早速生死の境に立たされる事になるとは思わなかったし、実際紙一重だった。
とはいえ最終的に勝ったのは己だという自負はある。
大和はいけ好かない餓鬼だったが、死柄木としても実に有意義な戦いだった。
「力を持ってるだけじゃ駄目なんだな。チッ、クソゲーすぎだろ全く」
技と発想次第では窮鼠だって猫を噛み殺し得る。
自分がもっと完璧な悪だったならば、あの焦燥を味わう羽目にはならずに済んだろう。
無敵に等しい力は所詮只の力でしかなく。
それを振り回す自分自身が極まっていなければ、それは滑稽な裸の王様に過ぎない。
では何を以って力を振るえばいい?
何を以って破壊すれば、付け入る隙もない完璧を実現出来る?
「もっと考えなくちゃあな。目障りな奴ら、全部綺麗に退かせるように」
負った手傷の修復を進めながら死柄木は得た力を弄び計画を練る。
因縁はまた一つ清算した。とりあえずケリは着いた。
魔王の進軍は依然として止まらない。
彼は自ら考える。
貪るように取り入れる。
暗黒の星は育ち続けている。
今も、これからも…何処までも。
【渋谷区・品川区寄り/二日目・午前】
【[[死柄木弔]]@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:継承、全身にダメージ(大/回復中)、龍脈の槍による残存ダメージ(中)、サーヴァント消滅、肉体の齟齬解消
[令呪]:全損
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]基本方針:界聖杯を手に入れ、全てをブッ壊す力を得る。
0:さあ、行こうか。
1:勝つのは連合(俺達)だ。
2:全て殺す
[備考]※個性の出力が大きく上昇しました。
※ライダー(シャーロット・リンリン)の心臓を喰らい、龍脈の力を継承しました。
全能力値が格段に上昇し、更に本来所持していない異能を複数使用可能となっています。
イメージとしてはヒロアカ原作におけるマスターピース状態、AFOとの融合形態が近いです。
それ以外の能力について継承が行われているかどうかは後の話の扱いに準拠します。
※ソルソルの実の能力を継承しました。
炎のホーミーズを使役しています。見た目は荼毘@僕のヒーローアカデミアをモデルに形成されています。
血(偶像)のホーミーズを造りました。見た目と人格は[[星野アイ]]@推しの子をモデルに形成されています。今は田中に預けています
風のホーミーズを使役しています。見た目は[[殺島飛露鬼]]@忍者と極道をモデルに形成されています。
光と衝撃のホーミーズを使役し、その上で融合させています。見た目はオールマイト@僕のヒーローアカデミアをモデルに形成されています。
※細胞の急激な変化に肉体が追いつかず不具合が出ています。ほぼ完治しました。
※峰津院財閥の主要な拠点を複数壊滅させました。
※偵察、伝令役の小型ホーミーズを数体作成しました。
◆ ◆ ◆
「…、アレを仕損じるとはな。つくづく己の体たらくに反吐が出そうだ」
[[峰津院大和]]は奇跡的に戦線の離脱に成功した。
ホーミーズの光撃が自身の放つそれよりも先に命中すると判断するや否や、極槍の魔力を攻撃ではなく退避の為に運用したのだ。
言うなれば擬似的なロケットブースター。
何とか死柄木の追撃を喰らう事なく離脱を果たせたのだったが、しかし代償は大きかったと言わざるを得ない。
その事は肘の先から千切れ飛んだ右腕を見れば明らかだった。
“しかし収穫もある。龍脈の槍。私に残された虎の子の実運用を試せたのは前進だな”
だが大和は只前のみを向いていた。
歩む脚は止まらない。
臆病風は彼の毛一本とて揺らせない。
甚大な消耗と片腕の欠損を抱えても尚、未来の勝利に繋がる収穫の価値を冷静に見定めている。
龍脈の槍は紛れもなく切り札と言っていい性能だった。
血の悪魔との戦いで見せなかったのは正解だったと改めて確信する。
恐らくあの凡人諸共に悪魔を屠る事も出来たろうが、それをしていれば死柄木戦は先のより遥かに絶望的な状況に堕していただろう。
災い転じて福と成す。
回復は必要だが、少し光明が見えた。
次だ。次こそ必ず勝利する。
意思の力の燃焼は止まらない。
[[峰津院大和]]の前に進む意思を止める事など、それこそ魔王にだとて不可能なのだ。
…そんな彼の視界の先に、佇む人影があった。
その姿を認めて――大和は「フッ」と口元を緩める。
「久しぶりだな。[[紙越空魚]]」
「そうだね。そっちは随分色々あったみたいだけど」
[[紙越空魚]]。
霊地が崩壊して以降は有耶無耶になっていた相手が其処に居た。
見れば、何処となく漂わせている気配が違う。
元々ネジの外れた所のある女だったが、明らかに一皮剥けた様子だった。
いや…踏ん切りが付いたと言うべきか。
「因果なものだ。まさか君で詰むとはな」
「解るんだ?」
「隠しているつもりだったか? であればもう少し淑やかにする事だな」
空魚のマカロフが大和に向けられる。
その動きに淀みはなかった。
覚悟の決まっている人間の手付きだった。
彼女に何が起こったのかは薄々察せられる。
念願叶わず、と言った所か。
喪失が彼女の中にあった最後の一線を断ち切った。
斯くして今、[[紙越空魚]]は[[峰津院大和]]にとっての死神として其処に立つ。
その傍らに影法師のように侍る蒼白の少女の存在が、大和に一切の可能性を与えない。
「死柄木といい君といい、けったいなものを継承した物だ。
忠告しておくが、その娘を余り直視しない方がいい。それは君の手にも目にも負えないモノだ」
「…どうも。ていうか何。[[死柄木弔]]に会ったの?」
「会ったも何もつい先刻殺し合ってきたばかりだよ。流石にこの体では荷が勝ったがね」
化物め。
空魚は内心で悪態をついた。
霊地争奪戦の顛末は聞いている。
連合の王が乱入し、全てを台無しにしたらしい事も。
そんな相手と衰弱した体で戦っておいて何故生きているのだこの男は。
弱り、隻腕にさえ成りさらばえているというのに相変わらずの底知れなさが鼻に付く。
「らしくないね。諦めてるんだ」
「往生際と言うものは弁えているつもりでね」
「ふーん、そう。ま、足掻かれても困るんだけどさ」
空魚はマカロフを大和へ向けた。
アビゲイルに任せても構わなかったが、そうしなかったのはせめてもの良心だ。
一時は付き合いのあった同盟相手。
どうせ幕を引くならこの手でやってやる。
そのくらいの情は空魚の中にも残っていたらしい。
「最後に言い残す事。ある?」
「無――いや。どうせなら一つ問わせて貰おうか。君のような小市民であれば良い答えが期待できそうだ」
「喧嘩売ってんの」
眉根を寄せる空魚だったが。
大和が口にした"問い"を耳にすれば、その表情の意味は苛つきから訝しみへと変わる事になった。
「"おでん"というのはどういう食物だ」
「…は? え。何、頭でも打った?」
「単なる興味だ。やけに私に付き纏う名前でな、大方見窄らしい庶民食だろうと推察するが」
「あぁ、うん…。まぁ間違いじゃない……んじゃないかな。私もそんな好きな訳じゃないけど」
調子を狂わされ、放つ殺意もついつい萎む。
とはいえ今際の際なのだ。
知ってるんだし答えてやるか…と空魚は続ける。
「よくある煮物だよ。出汁の中に色んな具…卵とか大根とか、後はちくわとかもかな。
地域によって色々差もあると思うけど、兎に角あれこれ入れて煮込むだけ。屋台とかで売ってたりもする」
「成程。道理で私が知らん訳だ」
「まぁあんたの口には…そんな合わないんじゃないかな。あんたの言う通りザ・庶民食って感じの味だしね」
それにしても何だってこんな事が気になるのか。
何処かで知識マウントでも取られたのか、此奴。
そんな事を考えながら空魚は指を引き金へと掛ける。
今際の希望には答えてやった。
であれば後は終わらせるだけだ。
「参考になった?」
「ああ。褒めて遣わそう」
「じゃあ撃つよ。動かないでね、狙い反れたら無駄に苦しむのはあんたなんだから」
空魚と大和の付き合いは短かった。
呉越同舟と呼ぶにも足りないような、僅かな付き合い。
だから空魚は大和が今何を考えているのか等まるで知らない。
あの合理性の塊のような男が、何故におでんなんて料理の仔細を訊いて来たのか。
その経緯を想像する事すら出来なかった。
只、此奴にもあれから色々あったんだろうなと心の中でそう結論付けて。
僅かなりとも付き合いのあった相手を撃つ事への逡巡を、忘れる筈もない華やかな"あいつ"の笑顔で掻き消して空魚は引き金を引いた。
「今までお疲れ、大和」
「ああ。達者でな」
マカロフの銃口が鉛弾を吐き出す。
それと同時だった。
これまで殊勝に死を受け入れると言う顔をしていた大和が、地を蹴ってそれこそ弾丸宛らに加速したのは。
「――ッ!」
空魚が目を見開く。
しかし再装填等間に合う筈もない。
大和は懐に納めていた龍脈の槍を隻腕で握り、そのまま空魚の心臓を目掛けて突き出した。
龍脈の力を反動恐れず解放しての最高加速で繰り出された不意討ちは今の大和に可能な最大限だ。
[[峰津院大和]]は諦めてなどいない。
死を受け入れてなどいない。
その選択肢は既に否定されたものだ。
潔く敗北を受け入れて浄土へ渡る。
貴き者の美しき在り方に、否を唱える背中がある。
迫る崩壊の前に一人立ち。
身勝手で理解不能な理屈を撒き散らし。
最後まで豪放磊落な破天荒のまま消えていった男。
そして空に舞う無数の鳥達の姿を覚えていた。
それが、それらが。
取るに足らない筈の記憶二つが、大和に"生きろ"とそう命じ続けているのだ。
“愚か者共め。この私が、貴様らの狂った理に揺るがされるなど有り得ん”
此処で空魚を殺害しサーヴァントを奪い取る。
その上で再び聖杯戦争に名乗りを上げる。
[[峰津院大和]]が熾天へと至る最後の階が此処に有る。
“私は、私の意思で――生きる。この先へ、限りないポラリスへと至ってみせるのだ……!”
空魚の眼が蒼く輝くが最早遅い。
大和の極槍が迫り、そして。
「駄目よ。そんな非道い事をしたら」
彼の最後の一撃は、鍵剣の一閃の前に阻まれた。
胴体が張り裂けて鮮血が噴き出す。
心臓を断ち切られた感覚が、[[峰津院大和]]に命の終わりを冷たく教えていた。
「マスターが…あの人が悲しむもの。だから、御免なさいね」
銀の巫女が嗤っている。
ち、と少年が舌を打った。
そのまま大和は受け身も取れずに地面へと倒れ臥した。
それきりだった。
◆ ◆ ◆
無様な戦いをしたものだ。
[[峰津院大和]]は漆黒に消える意思の中で、この界聖杯での戦いをそう振り返った。
霊地を手中に収める事は叶わず。
聖杯への道はこうして志半ばに終わり、あの馬鹿げた怪物にどちらが上かを示す事も出来なかった。
己がこの地で得た物は何もない。
何も得ぬまま、失うだけ失ってこの世を去る。
これを無様と呼ばずして何と呼ぶのか。
しかし最も不可解なのは、文字通り死ぬ程無念だというのに、直に消えるこの心には不思議な清々しさが存在している事だった。
それはまるで澄み渡る青空のように。
――どうして空は青いのか。
『おれはお前らに張った! 賭けた! だから気にせず、最後まで突っ走りやがれ!!』
思い出した言葉に失笑する。
あの馬鹿侍は今も何処かで笑覧しているのか。
だとすれば心底腹立たしい。
そもそも貴様と出会ったのがケチのつき始めだったのだと文句の一つも言いたくなる。
“望み通り走り切ってやったぞ。これで満足か?”
――お陰で最悪の気分だ。
大和は吐き捨てた。
何も得ず何も成し遂げられなかった男が清々しさを抱いて死ぬなんてこんな馬鹿げた話もない。
やはり自分はあの東京タワーで死ぬ筈だったのだ。
それを生かされ、時間を与えられた。
その延命で得たのは一つの勝利もない余生。
こうして地面に這い蹲って死ぬだけの予定調和。
…それでもあの男は呵呵と笑って「良かったじゃねェか」等と言うのだろうと確信が持ててしまい、つくづく嫌気が差す。
得るものはあったんだろう? 本当はよ。
いけしゃあしゃあとそう言ってのける風来坊の顔を、よりにもよってこの今際で幻視してしまう。
“……下らん”
生かされ、守られた。
挑んで敗れた。
最後の瞬間まで走り続けた。
[[峰津院大和]]の自負を砕き、その上で最後まで貫かせるような時間だった。
“だが、そうだな”
とはいえ発見があった事は認めざるを得ない。
この自分が取るに足らない弱者の偶像などに守られた事。
その死に僅かなりとも感傷を抱いてしまった事。
それは紛れもなく、この時間があったからこそ得られた発見で。
“意味はあった。そういう事にしておいてやる”
根負けしたように大和は響く幻聴へそう応えた。
不思議と屈辱には感じなかった。
何しろ己は何一つ曲がっていない。
抱いた理想は今も変わらずこの胸に。
死の一度や二度で諦める気も毛頭ない。
いずれ必ず、天の星へと至ろう。
今回は無理でも次は必ず。
叶えるその日まで、この足で突っ走ってやる。
曰く王道とは死に非ず、らしい。
“では、私が死ぬ道理は、ないな…”
その証拠に今もこの胸には理想の灯火が輝き続けている。
[[峰津院大和]]は死なない。
この志は不滅のままにひた走る。
いつか真に最後の時を迎えるその日まで。
――さあ、往こうか。
王の落日。
されど理想は墜ちず。
光る月に照らされた旭日は、鳥の舞う青空へと駆け出していった。
&color(skyblue){【峰津院大和@デビルサバイバー2 to be continued...】}
◆ ◆ ◆
心臓が弾けんばかりに高鳴っている。
頬を伝い落ちる汗の雫が雪解け水のように冷たかった。
アビゲイルに斬り裂かれた大和は地に伏し動かない。
広がる血溜まりの大きさが、彼の命がこの地上を去った事を如実に物語っている。
だが空魚の脳裏には今も疑念が貼り付いていた。
「…本当に死んだの、こいつ?」
「ええ。死んでいるわ、命の気配を感じないもの」
[[峰津院大和]]が。
この男が、これしきで本当に死んだのか。
そんな疑いを抱かずにはいられない。
結局[[紙越空魚]]は最後の最後まで彼の鼻を明かす事が出来なかった。
空魚にとって大和は命尽きるその瞬間まで、底の知れない超人で…そして。
「本当に、ホンッッットに、最後までムカつく奴だなぁ……ッ」
思わず青筋が立ってしまうくらいムカつくガキだった。
アビゲイルの太鼓判が押された今でも、またあの不敵な声が聞こえて来るのではないかと警戒してしまう。
それが杞憂だと言うのは空魚とて解っている。
主を失って霧散し、悲鳴のような音を立てて消えていく龍脈の槍。
大和の死を暗に証明するそれを見つめながら空魚は口を開いた。
「…アビーあんた、あれ取り込めないの」
「できるけど…あまり意味はないと思うわ。もう殆ど残っていないもの」
「成程ね。最後のアレ、本当に全力だったって訳か」
――お前、そういう事するんだ。
空魚は何となく意外に思った。
この[[峰津院大和]]という男は、そういう柄ではないように思えたからだ。
横のアビゲイルが護衛を仕損じる可能性がどれだけ絶望的に低いか解らない訳でも無いだろうに。
それでもあの瞬間、大和は賭けたらしい。
自分の未来に繋がる唯一無二の道を必死こいて突っ走った。
その事実は空魚にほんのりと、感傷未満の小さな感慨を抱かせた。
此奴にも色々あったんだなという感慨。
そして、そんな此奴を今自分は殺したのだという実感。
「…悪いけど死体漁らせて貰うからね。こっちも必死なんだから」
ポケットの中には妙な紙片が数枚入っている。
今は亡きアサシンが超人化を可能にする麻薬が出回っているとか言っていたのを空魚は覚えていた。
それ以外の道具は…使い方の見当も付かない。
実際空魚が悪魔召喚の為の道具を持ち去った所で、何かに活用出来るとは考え難い。
麻薬らしき紙片を回収するだけに留めたのは賢明だったと言えよう。
「空魚さん、終わったかしら」
「うん。とりあえずこの辺から離れよう」
最後に一度だけ空魚は後ろを振り向いた。
線香をあげてやるような間柄ではない。
化けて出る柄でもないだろう。
そもそも殺した当人が被害者を悼むなんて煽り以外の何物でもないと空魚は思う。
只、それでも…何となくそのまま立ち去るのは気が引けて。
「大和」
最後に一言だけ、残してやる事にした。
「じゃあね」
【品川区(渋谷区付近)/一日目・午前】
【フォーリナー([[アビゲイル・ウィリアムズ]])@Fate/Grand Order】
[状態]:霊基第三再臨、狂気、令呪『空魚を。私の好きな人を、助けてあげて』
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスターを守り、元の世界に帰す
0:マスター。私は、ずっとあなたのサーヴァント。何があっても、ずっと……
1:さようなら、不器用な人。
2:空魚さんを助ける。それはマスターの遺命(ことば)で、マスターのため。
[備考]※[[紙越空魚]]と再契約しました。
【[[紙越空魚]]@裏世界ピクニック】
[状態]:疲労(小)、覚悟
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:マカロフ、地獄への回数券
[所持金]:一般的な大学生程度。裏世界絡みの収入が無いせいでややひもじい。
[思考・状況]基本方針:鳥子を取り戻すため、聖杯戦争に勝利する。
0:ま、ゆっくり休みな。
1:マスター達を全員殺す。誰一人として例外はない。
2:心臓に悪いわ馬鹿。二度と蘇ってくんなよ。
[備考]
※フォーリナー([[アビゲイル・ウィリアムズ]])と再契約しました。
**時系列順
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**投下順
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|166:[[共犯者、まだ終らない]]|CENTER:紙越空魚|172:[[人外魔境渋谷決戦(1)]]|
|166:[[共犯者、まだ終らない]]|CENTER:フォーリナー(アビゲイル・ウィリアムズ)|172:[[人外魔境渋谷決戦(1)]]|