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仁科鳥子&フォーリナー - (2021/06/04 (金) 20:51:12) の1つ前との変更点

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 はむ、はむっ、と。  そんな牧歌的で可愛らしい擬音が聞こえてきそうな絵面が、仁科鳥子の対面で繰り広げられていた。  金髪の少女だった。  鳥子もまた金髪で、しかも通りかかった外人が思わず目を止め立ち止まってしまうほどの美人だったが、彼女はあくまでも海外育ちの日本人である。  だから顔立ちも東洋人のそれなのだったが、彼女の対面で幸せそうにパンケーキを頬張っている少女は違う。  まるで人形のように精微で可憐な容貌をした、外国人の少女。  二人は外国人と日本人だから姉妹には見えないが、しかして美女と美少女が向かい合ってお洒落なスイーツに舌鼓を打っている様はやはり絵になる。  事実、遠巻きではあるもののスマートフォンを向けて撮影をしているギャラリーの姿もあった。  それほどまでに――鳥子と少女の座るテーブルには、華があった。 「美味しい? アビーちゃん」 「はむっ、んむっ――ごくん。  ええ、とっても美味しいわ! 私の知ってるパンケーキとは少しテイストが違うけれど、これもとっても素敵よ!」 「なら良かった。この店、空……私の友達と前に来たことがあってね。まさか"こっち"にもあるとは思わなかったけど」  鳥子はそう言って、おもむろに空を見やる。  青空だ。でも、これはあくまで一般的な範疇に収まる程度の"青空"でしかない。  あの、何処までも深く、気を抜けば吸い込まれてしまいそうな"青空"とはあまりにも縁遠い。  鳥子にとっての異世界。もとい、裏世界。あの恐ろしくも不思議で魅力的な世界に比べれば、此処はあまりに平凡過ぎた。 「それも今の内だけなんだろうけど、ね……」 「マスター?」 「あ、ううん何でもない。ゆっくり食べよ、アビーちゃん」  さりとて、この世界は決して平凡で退屈な場所などではない。  今でこそこうして仮初めの平和を謳歌出来ているが、直にそれも終わるだろう。    ――聖杯戦争。  "界聖杯"と呼ばれる、曰く万能の願望器だという景品を巡って行われる血で血を洗う殺し合いの儀式。  仁科鳥子が迷い込んだこの世界は、集めた器達に件の儀式を行わせるためだけに創生された模倣世界だ。  裏世界ならぬ、異世界。見てくれこそ鳥子の生まれた世界と変わらないが、現実にはこうしている今も、水面下で数多のマスター達が争いを繰り広げている。  事実、最近は不可解な事故や事件のニュースをよく聞く。  聖杯戦争は着実に進み、本戦の開幕へと近付いているのだろう。  自分たちがこうして穏やかに過ごせているのは、たまたま好戦的な主従に目をつけられていないだけ。  いつまでこんな日常を続けられるのか。いつまで、戦わずに過ごしていけるのか。  定かではないが――いつまでも戦争と向き合わずにいることは出来ないというのだけは、確かだった。 「(空魚、どうしてるかな……私が居なくなって、取り乱してくれてるかな。なんて)」  鳥子には、大切な人が居る。  ひょんな偶然で出会って、たくさんの危機を一緒に乗り越えて。  危ないところを何度も助けてもらって、人生で初めてってくらい仲良くなって。  いつしか鳥子は、その女に対して友情を超えた感情を向けるようになっていた。  けれどそんな大切な相手、想い人とも……今は、離れ離れだ。 「(まあ、でも……サーヴァントがこんないい子だったのは、せめてもの救いか)」  そんな鳥子が呼び出したサーヴァントこそが、今彼女の目前でパンケーキを頬張っている少女である。  真名を、アビゲイル。アビゲイル・ウィリアムズ。鳥子は、アビーと呼んでいる。  鳥子はその快活な見た目とは裏腹に、あまり人付き合いの豊富な方ではなかったが。  それでも、アビゲイルのことは"いい子"だと感じていた。  品性があって、穏やかな性格で、少しでも物憂げな顔をすればまるで我が事のように自分を心配してくれる。  大切な共犯者と会うことが出来ない今、アビゲイルの存在は間違いなく鳥子にとっての心の支えだった。 「ごちそうさまでした――とっても美味しかったわ。  ありがとう、マスター。マスターはとっても優しくて、物知りなのね」 「あはは、そんなことないって。じゃ、そろそろ帰ろっか」  そう言いつつ、アビゲイルの口元に付いた生クリームを紙ナプキンで拭ってやる。  すると彼女は一瞬、恥ずかしそうに頬を染めたが。  すぐにその顔は照れ臭そうな笑顔に変わって、それがまた鳥子の心を癒やした。  この世界においてはどこまで行ってもひたすら孤独な鳥子にとっては――その少女らしい、可愛らしい反応こそが、唯一の癒やしであった。 ◆◆ 「やっぱりね、出来るだけ人は殺したくないんだ」  家に帰って、一息ついて。  それからすぐに鳥子が口にしたのは、そんな言葉だった。   「元の世界に帰りたい、そこは変わってないよ。  でも、この手を汚して帰ったら……それは何か違う気がするんだよね。  第一、そんな汚れた手じゃ友達に会えないし。後ろめたさを抱えながら一緒に居るなんて、嫌だから」 「……、」 「あ――ご、ごめんね? 変だよね、聖杯戦争のマスターがこんなこと言うのって。  ……でもね。私はさ、そこの一線を超えたくないんだよ。  一線を超えることの意味とか重みは、人より分かってるつもりだからさ」  人を殺したことはないし、これから殺す予定もない。  殺人犯の知り合いも居ないし、これから出来る予定もない。  だがそれでも、鳥子は物事の一線を超えることの重さをしっかり理解していた。  この世の全ては、薄氷のように危うげで脆いバランスの上で成り立っているのだ。  それを超えれば、その先には何もかもが狂いきった恐怖の世界しか待っていない。    あの、何処までも蒼い――裏側の世界のように。   「だからなるべく穏便に、出来れば裏口みたいなのを見つけて帰りたい。  願い事なんて叶わなくてもいいからさ、今まで通りの毎日にひょっこり帰れたらそれでいいよ」 「やっぱり、マスターは優しい人だわ。私、マスターに召喚されてよかった」  ややもすると、一筋縄では説得出来ないかもしれないと思っていた。  これまで数日間付き合って鳥子がアビゲイルに対し抱いた印象は、くどいようだが"いい子"の三文字に尽きる。  さりとてどれだけ愛らしい容姿をしていようとも、彼女はサーヴァントなのだ。  聖杯戦争という土壌、法則においては、仁科鳥子のような考え方をする者は何処まで行っても"少数派"なのである。  鳥子もそれを理解していたからこそ、最悪の場合は対立することも覚悟していたのだが。  蓋を開けてみれば、アビゲイルは安堵したようににこりと笑って鳥子の手を取ってくれる。 「……きれいな手」  指先だけが透明の左手。裏世界の存在と接触したことで変質した、異能の指。 「マスターのこと、とても好きよ。  マスターは明るくて、優しくて、一緒に居てすごく楽しい人だもの」 「はは……そうかな。これでもあんまり友達は多くないんだけどね」 「そんなマスターの"お願い"なら、私は叶えてあげたいと思います。  あんまり優れたサーヴァントではないけれど……それでも良かったら、これからも一緒にいてくださいな」  その言葉を受けて、鳥子は率直に――面食らった。  彼女はその明るい性格と振る舞いとは裏腹に、実のところ"相方"に負けないくらい人付き合いが不得手である。  そんな鳥子だからこそ、殊勝な言葉と一緒に微笑みかけてくるアビゲイルの可憐さに一瞬心を真っ白にされてしまった。 「(……この場に空魚がいなくてよかったわ、ホント)」  今のは事故なんだよ、そういうのじゃないから……と。  この場にはいない相方に心の中で弁明しながら、鳥子はアビゲイルに苦笑を返した。  それから、透明な左手でわしゃわしゃとアビゲイルの頭を撫でてやる。   「(撫で心地いいな~……髪の毛さらっさらだし)」  撫でられる猫のように、こそばゆげに目を細めているアビゲイル。  その姿は思わず頬と口元が緩んでしまうほど愛らしい。  それにしても――まさか、こうも快く自分の方針を受け入れてもらえるとは思わなかった。 「(この子がサーヴァントだっていうのは、正直未だにピンと来てないんだけど……)」  アビゲイル・ウィリアムズ。  何処かで聞いたことがあるような、ないような名前。  見た目はお人形のように可愛くて、性格も素直で善良ないい子。  手を焼かされたことなんて一度もないし、むしろ彼女の方が自分の心身を慮ってくれるほどだ。  こんな子が人智を超えた力を持った英霊だということについて、鳥子は未だに実感を持てていなかった。    それでも。  アビゲイルはサーヴァントで、鳥子は彼女を従えるマスターなのだ。  いつかは彼女の力を借りて戦わねばならない場面もきっと来る。  方針上、自衛としての戦闘が主になるだろうが……覚悟はしておかないとな、と、鳥子は思った。 「(――フォーリナー。か)」  確か普通のクラスじゃないんだよね、それって。  フォーリナー。意味的には、外国人――いや。 「(アビーちゃんがサーヴァントってことを念頭に考えると、"異邦者"……ってとこ? なのかな)」  エクストラクラス、フォーリナー。  鳥子はアビゲイルのクラスが通常の聖杯戦争におけるそれではないことを、脳内にインストールされた知識から把握していた。  それがどれほどの意味を持つかまでは、魔術師ではない鳥子には分からないが。  アビーちゃんは何か特別なのだろうか。だとしたら、何が?  その疑問だけはずっと、鳥子の頭の片隅に居座り続けていた。  ――ずぶり。  アビゲイルの頭を撫でていた、仁科鳥子の左手。  "裏世界"の存在を掴み取る力を持つ、透明な指先が。  撫でている内に不意に触れたアビゲイルの額に、そんな音を立てながら潜り込んだ。 「あ」  ――その後のことを。  仁科鳥子は、よく覚えていない。 ◆◆ 「マスター。マスターは、本当にいい人だわ」  善き人。聖杯の甘美さに乱されない人。  獣の性に走らない、優しくてきれいな"人間"。  守りたいと、アビゲイルはそう思う。  本心だ。アビゲイル・ウィリアムズは、仁科鳥子というマスターのことを信頼し、好いていた。  けれど。彼女の真実を――鳥子は、未だ知らない。  鳥子が不意に触れたアビゲイルの額。透明の指が潜行した、深淵。  その先にある名状し難い真理を、窮極を。鳥子がすんでの所で知らずに済んだのは、きっと幸運だったに違いない。 「あなたは、元の世界に帰るべき。  あなたのことを待っている人が、そこに必ずいるはずだから」  暗い部屋の中で、アビゲイルは独りごちる。  清教徒らしく手を合わせながら、祈りを捧げるように告ぐ。  されど今の彼女は、純粋な少女などではない。  神を信じ祈りを捧げる、経験な清教徒などではない。    アビゲイル・ウィリアムズ――クラス・フォーリナー。領域外の理を宿す、窮極の門への鍵。  その真実は未だ殻の中。  いや、願わくばそれが美しい手の彼女に知られないように。  そう願いながら、アビゲイルは眠りこけた鳥子の透明な指先をきゅっと握った。  自分の"真実(ほんと)"は、あなたに見せられないけれど。  それでも、あなたを大事に思うこの気持ちは本物なんです、と――そう、伝えたがるみたいに。 「だから、安心して。おやすみなさい、マスター」  いあ、いあ。  そんな声が、暗闇の中で聞こえた気がした。 【クラス】フォーリナー 【真名】アビゲイル・ウィリアムズ 【出典】Fate/Grand Order 【性別】女性 【属性】混沌・悪 【パラメーター】 筋力:B 耐久:A 敏捷:C 魔力:B 幸運:C 宝具:A 【クラススキル】 領域外の生命:EX  外なる宇宙、虚空からの降臨者。  邪神に魅入られ、権能の先触れを身に宿して揮うもの。 狂気:B  不安と恐怖。調和と摂理からの逸脱。  周囲精神の世界観にまで影響を及ぼす異質な思考。 神性:B  外宇宙に潜む高次生命の"門"となり、強い神性を帯びる。  世界像をも書き換える計り知れぬ驚異。その代償は、拭えぬ狂気。 【保有スキル】 信仰の祈り:C  清貧と日々の祈りを重んじる清教徒の信条。 正気喪失:B  少女に宿る邪神より滲み出た狂気は、人間の脆い常識と道徳心をいともたやすく崩壊させ、存在するだけで周囲を狂気で汚染する。 魔女裁判:A  本人が意図することなく猜忌の衝動を引き寄せ、不幸の連鎖を巻き起こす、純真さゆえの脅威。 【宝具】 『光殻湛えし虚樹(クリフォー・ライゾォム)』  ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1~? 最大捕捉:1人  人類とは相容れない異質な世界に通じる"門"を開き、対象の精神・肉体に深刻なひずみを生じさせる、邪悪の樹クリフォトより生い添う地下茎。  効果対象は"鍵"となるアビゲイル個人の認識に束縛される。それゆえの対人宝具。本来ならば対界宝具とでもいうべき、際限のない性質を有している。 【weapon】 触腕など 【人物背景】 金髪・碧眼の少女。神を敬い、感謝の祈りを欠かさず、多感で疑う事を知らない年頃の娘。 心優しく分別があり、差別が当然のように罷り通る環境にあってそれに流されない芯の強さを持つ。 彼女の真実は──この宇宙とは異なる領域外に棲む「深淵の邪神」の一柱である『外なる神』に仕える巫女。 いわば神を顕現させる"依り代"であり、虚構への門を開く"鍵"である。 『全にして一、一にして全なる者』と称される大いなる神のごく限定的な依り代と化した彼女は、宇宙の外側にある『窮極の門』に接続する『銀の鍵』の力を宿している。 【サーヴァントとしての願い】 マスターが無事に元の世界に帰れますように。 【マスター】 仁科鳥子@裏世界ピクニック 【マスターとしての願い】 元の世界に帰る 【能力・技能】  裏世界の住人「くねくね」と接触した影響で、左手の先が青く透明になり、裏世界の存在を掴み取る力を持つ。  また特殊部隊所属だった母親により訓練されていたため、銃器の扱いに長けている。 【人物背景】 金髪の女性。人目を引く抜きん出た美しさを持ち、彼女の相棒である紙越空魚曰く「めちゃめちゃ美女」。 裏世界で行方不明になった友人・閏間冴月を探して裏世界の探索を続けており、一時はそのことに人生を支配されていたが、紙越空魚と出会いいくつかの事件を経たことで今は落ち着いている。 代わりに空魚に対して恋愛感情と思われる好意を抱くようになった。 格はいたってポジティブだが、他人との距離感をうまくつかめず孤立する性格で、冴月や空魚以外の友人はいないらしい。 【方針】 なるべく穏便に元の世界に帰る手段を探したい。 アビーちゃんを戦わせることもなるべくしたくない。
 はむ、はむっ、と。  そんな牧歌的で可愛らしい擬音が聞こえてきそうな絵面が、[[仁科鳥子]]の対面で繰り広げられていた。  金髪の少女だった。  鳥子もまた金髪で、しかも通りかかった外人が思わず目を止め立ち止まってしまうほどの美人だったが、彼女はあくまでも海外育ちの日本人である。  だから顔立ちも東洋人のそれなのだったが、彼女の対面で幸せそうにパンケーキを頬張っている少女は違う。  まるで人形のように精微で可憐な容貌をした、外国人の少女。  二人は外国人と日本人だから姉妹には見えないが、しかして美女と美少女が向かい合ってお洒落なスイーツに舌鼓を打っている様はやはり絵になる。  事実、遠巻きではあるもののスマートフォンを向けて撮影をしているギャラリーの姿もあった。  それほどまでに――鳥子と少女の座るテーブルには、華があった。 「美味しい? アビーちゃん」 「はむっ、んむっ――ごくん。  ええ、とっても美味しいわ! 私の知ってるパンケーキとは少しテイストが違うけれど、これもとっても素敵よ!」 「なら良かった。この店、空……私の友達と前に来たことがあってね。まさか"こっち"にもあるとは思わなかったけど」  鳥子はそう言って、おもむろに空を見やる。  青空だ。でも、これはあくまで一般的な範疇に収まる程度の"青空"でしかない。  あの、何処までも深く、気を抜けば吸い込まれてしまいそうな"青空"とはあまりにも縁遠い。  鳥子にとっての異世界。もとい、裏世界。あの恐ろしくも不思議で魅力的な世界に比べれば、此処はあまりに平凡過ぎた。 「それも今の内だけなんだろうけど、ね……」 「マスター?」 「あ、ううん何でもない。ゆっくり食べよ、アビーちゃん」  さりとて、この世界は決して平凡で退屈な場所などではない。  今でこそこうして仮初めの平和を謳歌出来ているが、直にそれも終わるだろう。    ――聖杯戦争。  "界聖杯"と呼ばれる、曰く万能の願望器だという景品を巡って行われる血で血を洗う殺し合いの儀式。  仁科鳥子が迷い込んだこの世界は、集めた器達に件の儀式を行わせるためだけに創生された模倣世界だ。  裏世界ならぬ、異世界。見てくれこそ鳥子の生まれた世界と変わらないが、現実にはこうしている今も、水面下で数多のマスター達が争いを繰り広げている。  事実、最近は不可解な事故や事件のニュースをよく聞く。  聖杯戦争は着実に進み、本戦の開幕へと近付いているのだろう。  自分たちがこうして穏やかに過ごせているのは、たまたま好戦的な主従に目をつけられていないだけ。  いつまでこんな日常を続けられるのか。いつまで、戦わずに過ごしていけるのか。  定かではないが――いつまでも戦争と向き合わずにいることは出来ないというのだけは、確かだった。 「(空魚、どうしてるかな……私が居なくなって、取り乱してくれてるかな。なんて)」  鳥子には、大切な人が居る。  ひょんな偶然で出会って、たくさんの危機を一緒に乗り越えて。  危ないところを何度も助けてもらって、人生で初めてってくらい仲良くなって。  いつしか鳥子は、その女に対して友情を超えた感情を向けるようになっていた。  けれどそんな大切な相手、想い人とも……今は、離れ離れだ。 「(まあ、でも……サーヴァントがこんないい子だったのは、せめてもの救いか)」  そんな鳥子が呼び出したサーヴァントこそが、今彼女の目前でパンケーキを頬張っている少女である。  真名を、アビゲイル。[[アビゲイル・ウィリアムズ]]。鳥子は、アビーと呼んでいる。  鳥子はその快活な見た目とは裏腹に、あまり人付き合いの豊富な方ではなかったが。  それでも、アビゲイルのことは"いい子"だと感じていた。  品性があって、穏やかな性格で、少しでも物憂げな顔をすればまるで我が事のように自分を心配してくれる。  大切な共犯者と会うことが出来ない今、アビゲイルの存在は間違いなく鳥子にとっての心の支えだった。 「ごちそうさまでした――とっても美味しかったわ。  ありがとう、マスター。マスターはとっても優しくて、物知りなのね」 「あはは、そんなことないって。じゃ、そろそろ帰ろっか」  そう言いつつ、アビゲイルの口元に付いた生クリームを紙ナプキンで拭ってやる。  すると彼女は一瞬、恥ずかしそうに頬を染めたが。  すぐにその顔は照れ臭そうな笑顔に変わって、それがまた鳥子の心を癒やした。  この世界においてはどこまで行ってもひたすら孤独な鳥子にとっては――その少女らしい、可愛らしい反応こそが、唯一の癒やしであった。 ◆◆ 「やっぱりね、出来るだけ人は殺したくないんだ」  家に帰って、一息ついて。  それからすぐに鳥子が口にしたのは、そんな言葉だった。   「元の世界に帰りたい、そこは変わってないよ。  でも、この手を汚して帰ったら……それは何か違う気がするんだよね。  第一、そんな汚れた手じゃ友達に会えないし。後ろめたさを抱えながら一緒に居るなんて、嫌だから」 「……、」 「あ――ご、ごめんね? 変だよね、聖杯戦争のマスターがこんなこと言うのって。  ……でもね。私はさ、そこの一線を超えたくないんだよ。  一線を超えることの意味とか重みは、人より分かってるつもりだからさ」  人を殺したことはないし、これから殺す予定もない。  殺人犯の知り合いも居ないし、これから出来る予定もない。  だがそれでも、鳥子は物事の一線を超えることの重さをしっかり理解していた。  この世の全ては、薄氷のように危うげで脆いバランスの上で成り立っているのだ。  それを超えれば、その先には何もかもが狂いきった恐怖の世界しか待っていない。    あの、何処までも蒼い――裏側の世界のように。   「だからなるべく穏便に、出来れば裏口みたいなのを見つけて帰りたい。  願い事なんて叶わなくてもいいからさ、今まで通りの毎日にひょっこり帰れたらそれでいいよ」 「やっぱり、マスターは優しい人だわ。私、マスターに召喚されてよかった」  ややもすると、一筋縄では説得出来ないかもしれないと思っていた。  これまで数日間付き合って鳥子がアビゲイルに対し抱いた印象は、くどいようだが"いい子"の三文字に尽きる。  さりとてどれだけ愛らしい容姿をしていようとも、彼女はサーヴァントなのだ。  聖杯戦争という土壌、法則においては、仁科鳥子のような考え方をする者は何処まで行っても"少数派"なのである。  鳥子もそれを理解していたからこそ、最悪の場合は対立することも覚悟していたのだが。  蓋を開けてみれば、アビゲイルは安堵したようににこりと笑って鳥子の手を取ってくれる。 「……きれいな手」  指先だけが透明の左手。裏世界の存在と接触したことで変質した、異能の指。 「マスターのこと、とても好きよ。  マスターは明るくて、優しくて、一緒に居てすごく楽しい人だもの」 「はは……そうかな。これでもあんまり友達は多くないんだけどね」 「そんなマスターの"お願い"なら、私は叶えてあげたいと思います。  あんまり優れたサーヴァントではないけれど……それでも良かったら、これからも一緒にいてくださいな」  その言葉を受けて、鳥子は率直に――面食らった。  彼女はその明るい性格と振る舞いとは裏腹に、実のところ"相方"に負けないくらい人付き合いが不得手である。  そんな鳥子だからこそ、殊勝な言葉と一緒に微笑みかけてくるアビゲイルの可憐さに一瞬心を真っ白にされてしまった。 「(……この場に空魚がいなくてよかったわ、ホント)」  今のは事故なんだよ、そういうのじゃないから……と。  この場にはいない相方に心の中で弁明しながら、鳥子はアビゲイルに苦笑を返した。  それから、透明な左手でわしゃわしゃとアビゲイルの頭を撫でてやる。   「(撫で心地いいな~……髪の毛さらっさらだし)」  撫でられる猫のように、こそばゆげに目を細めているアビゲイル。  その姿は思わず頬と口元が緩んでしまうほど愛らしい。  それにしても――まさか、こうも快く自分の方針を受け入れてもらえるとは思わなかった。 「(この子がサーヴァントだっていうのは、正直未だにピンと来てないんだけど……)」  アビゲイル・ウィリアムズ。  何処かで聞いたことがあるような、ないような名前。  見た目はお人形のように可愛くて、性格も素直で善良ないい子。  手を焼かされたことなんて一度もないし、むしろ彼女の方が自分の心身を慮ってくれるほどだ。  こんな子が人智を超えた力を持った英霊だということについて、鳥子は未だに実感を持てていなかった。    それでも。  アビゲイルはサーヴァントで、鳥子は彼女を従えるマスターなのだ。  いつかは彼女の力を借りて戦わねばならない場面もきっと来る。  方針上、自衛としての戦闘が主になるだろうが……覚悟はしておかないとな、と、鳥子は思った。 「(――フォーリナー。か)」  確か普通のクラスじゃないんだよね、それって。  フォーリナー。意味的には、外国人――いや。 「(アビーちゃんがサーヴァントってことを念頭に考えると、"異邦者"……ってとこ? なのかな)」  エクストラクラス、フォーリナー。  鳥子はアビゲイルのクラスが通常の聖杯戦争におけるそれではないことを、脳内にインストールされた知識から把握していた。  それがどれほどの意味を持つかまでは、魔術師ではない鳥子には分からないが。  アビーちゃんは何か特別なのだろうか。だとしたら、何が?  その疑問だけはずっと、鳥子の頭の片隅に居座り続けていた。  ――ずぶり。  アビゲイルの頭を撫でていた、仁科鳥子の左手。  "裏世界"の存在を掴み取る力を持つ、透明な指先が。  撫でている内に不意に触れたアビゲイルの額に、そんな音を立てながら潜り込んだ。 「あ」  ――その後のことを。  仁科鳥子は、よく覚えていない。 ◆◆ 「マスター。マスターは、本当にいい人だわ」  善き人。聖杯の甘美さに乱されない人。  獣の性に走らない、優しくてきれいな"人間"。  守りたいと、アビゲイルはそう思う。  本心だ。アビゲイル・ウィリアムズは、仁科鳥子というマスターのことを信頼し、好いていた。  けれど。彼女の真実を――鳥子は、未だ知らない。  鳥子が不意に触れたアビゲイルの額。透明の指が潜行した、深淵。  その先にある名状し難い真理を、窮極を。鳥子がすんでの所で知らずに済んだのは、きっと幸運だったに違いない。 「あなたは、元の世界に帰るべき。  あなたのことを待っている人が、そこに必ずいるはずだから」  暗い部屋の中で、アビゲイルは独りごちる。  清教徒らしく手を合わせながら、祈りを捧げるように告ぐ。  されど今の彼女は、純粋な少女などではない。  神を信じ祈りを捧げる、経験な清教徒などではない。    アビゲイル・ウィリアムズ――クラス・フォーリナー。領域外の理を宿す、窮極の門への鍵。  その真実は未だ殻の中。  いや、願わくばそれが美しい手の彼女に知られないように。  そう願いながら、アビゲイルは眠りこけた鳥子の透明な指先をきゅっと握った。  自分の"真実(ほんと)"は、あなたに見せられないけれど。  それでも、あなたを大事に思うこの気持ちは本物なんです、と――そう、伝えたがるみたいに。 「だから、安心して。おやすみなさい、マスター」  いあ、いあ。  そんな声が、暗闇の中で聞こえた気がした。 【クラス】フォーリナー 【真名】アビゲイル・ウィリアムズ 【出典】Fate/Grand Order 【性別】女性 【属性】混沌・悪 【パラメーター】 筋力:B 耐久:A 敏捷:C 魔力:B 幸運:C 宝具:A 【クラススキル】 領域外の生命:EX  外なる宇宙、虚空からの降臨者。  邪神に魅入られ、権能の先触れを身に宿して揮うもの。 狂気:B  不安と恐怖。調和と摂理からの逸脱。  周囲精神の世界観にまで影響を及ぼす異質な思考。 神性:B  外宇宙に潜む高次生命の"門"となり、強い神性を帯びる。  世界像をも書き換える計り知れぬ驚異。その代償は、拭えぬ狂気。 【保有スキル】 信仰の祈り:C  清貧と日々の祈りを重んじる清教徒の信条。 正気喪失:B  少女に宿る邪神より滲み出た狂気は、人間の脆い常識と道徳心をいともたやすく崩壊させ、存在するだけで周囲を狂気で汚染する。 魔女裁判:A  本人が意図することなく猜忌の衝動を引き寄せ、不幸の連鎖を巻き起こす、純真さゆえの脅威。 【宝具】 『光殻湛えし虚樹(クリフォー・ライゾォム)』  ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1~? 最大捕捉:1人  人類とは相容れない異質な世界に通じる"門"を開き、対象の精神・肉体に深刻なひずみを生じさせる、邪悪の樹クリフォトより生い添う地下茎。  効果対象は"鍵"となるアビゲイル個人の認識に束縛される。それゆえの対人宝具。本来ならば対界宝具とでもいうべき、際限のない性質を有している。 【weapon】 触腕など 【人物背景】 金髪・碧眼の少女。神を敬い、感謝の祈りを欠かさず、多感で疑う事を知らない年頃の娘。 心優しく分別があり、差別が当然のように罷り通る環境にあってそれに流されない芯の強さを持つ。 彼女の真実は──この宇宙とは異なる領域外に棲む「深淵の邪神」の一柱である『外なる神』に仕える巫女。 いわば神を顕現させる"依り代"であり、虚構への門を開く"鍵"である。 『全にして一、一にして全なる者』と称される大いなる神のごく限定的な依り代と化した彼女は、宇宙の外側にある『窮極の門』に接続する『銀の鍵』の力を宿している。 【サーヴァントとしての願い】 マスターが無事に元の世界に帰れますように。 【マスター】 仁科鳥子@裏世界ピクニック 【マスターとしての願い】 元の世界に帰る 【能力・技能】  裏世界の住人「くねくね」と接触した影響で、左手の先が青く透明になり、裏世界の存在を掴み取る力を持つ。  また特殊部隊所属だった母親により訓練されていたため、銃器の扱いに長けている。 【人物背景】 金髪の女性。人目を引く抜きん出た美しさを持ち、彼女の相棒である[[紙越空魚]]曰く「めちゃめちゃ美女」。 裏世界で行方不明になった友人・閏間冴月を探して裏世界の探索を続けており、一時はそのことに人生を支配されていたが、紙越空魚と出会いいくつかの事件を経たことで今は落ち着いている。 代わりに空魚に対して恋愛感情と思われる好意を抱くようになった。 格はいたってポジティブだが、他人との距離感をうまくつかめず孤立する性格で、冴月や空魚以外の友人はいないらしい。 【方針】 なるべく穏便に元の世界に帰る手段を探したい。 アビーちゃんを戦わせることもなるべくしたくない。

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