アイドル。 それは偶像を意味する言葉。 でも本当にそうなのか。 少なくとも私は違うと思うし、自分は絶対にそうじゃないって言い切れる。 私も、私が見てきた他の子たちも、偶像である以前に虚像だった。 虚像。英語でなんて言うのかはちょっとわからないけど、多分それがアイドルってものを指す上で一番正しい。 たくさんの色とりどりの嘘で出来た芸能界(せかい)で踊って歌って嘘を振り撒く、世界で一番眩しい嘘つき。 それがアイドルで、それが私。 それが――[[星野アイ]]。 「どうだった? 私のステージ」 私達の、とは敢えて言わない。 本当なら他の子がどう見えるかとかそういうことも思いやりながらパフォーマンスした方がいいんだろうけど、あいにく私はそこまで器用じゃない。 私が“アイ”であれるように。ファンの皆に好かれ愛される人気者の“アイ”に見えるように。 それだけ考えて踊ってる、歌ってる。 笑って、演じて、講演(つく)ってるから。 「見事なもんでしたよ。 いやあ、今のアイドルってのは昔に比べてずいぶん華やかになったもんだ」 「演出の技術が上がってるのもあると思うけどね。……あれ、そういえばライダーっていくつなの?」 「三十九。享年ですけどね」 「あは。私のほぼ倍だぁ」 いいなあ、と言って私は楽屋の座椅子に腰を下ろす。 部屋の隅には壁に凭れかかってタバコを一本吹かしてる男の人の姿がある。 もしこんなところを誰かに見られたら大騒動になるだろうなぁ。 人気沸騰の星野アイ、楽屋に男を連れ込み蜜月か――なんて文●あたりに騒ぎ立てられちゃいそう。 まあでも十六で子供産んだのに比べればそこまでスキャンダルでもないかな? まだ言い訳は利きそうかも。 「なんで死んじまったんです、その若さで。 答えたくなきゃ答えないでも構いませんけどね。ただの好奇心ですから」 「ん~、ライダーはどうしてだと思う?」 「順当に行けば重病(ビョーキ)か事故(ハードラック)。 物騒なヤツで行くなら、オレらみたいな極道の悪事(わるさ)にでも巻き込まれたとか」 「ぶっぶー。正解はファンにナイフで刺されてぱたり、でした」 私がそう言うと、彼。ライダーは苦笑して肩を竦めた。 私が一度死んで生き返った人間にしてはあまりにもけろりとしてるからなのかもしれない。 殺されたことに対する動揺も、私を殺した子に対する怒りも、私にはない。 アイドルって損な仕事だなとは思ったけど精々そのくらい。 もっと生きて楽しいこといっぱいして、美味しいものもいっぱい食べたかったけど――人間なんだから誰だって死ぬ時は死ぬんだし、たまたまその順番が私には早く回ってきただけだと考えれば諦めはつく。 ……いや、それは嘘か。 「ほら。私ってめちゃくちゃかわいいでしょ」 「淀みなく言いますね」 「だからさ、いつかはこうなるんじゃないかなあって心のどこかじゃ思ってた」 子供出来たって言った時なんか、社長が頭抱えながら脅してきたっけ。 熱心なオタに知れたら刺されるぞーって。結局その通りになっちゃったな。 あーあ、あの時ドアにチェーンさえちゃんとしてればなあ。 あんな痛い思いすることもこんな世界(ところ)に迷い込むこともなかったのかなあ。 そう思って私は右手を見る。そこにあるのは赤いなんだか厨二病チックな刺青。 怪我したってことにして包帯巻いて隠してるけど、もしバレたらとんでもなく怒られそう。 これ、何ていうんだっけ。 思うや否やすぐに頭の中から答えが飛び出してくる。 レイジュ。そうだそうだ、令呪だ。 これを見る度実感させられる――今の私はアイドルをやるために生きてるんじゃないってことを。 今の私は“聖杯戦争”とかいう儀式を勝ち抜くために、この作り物の世界で生きてるんだってことを。 ……生かされてるんだってことを。 「でもマスターはオレに言いましたね。 生き返ったまま元の世界に帰りたいから協力しろと。 オレがどういう悪人(ヤツ)なのか分かった上で、それでもと」 「うん。“今は”、帰りたいよ。 とっても帰りたい。帰れないまま終わるかもって考えると……怖い」 「……理由(ワケ)、聞かせてもらっても?」 「子供がいるの。残してきちゃった」 それを聞いた時、一瞬だけライダーの顔が固まった気がした。 「話すと長くなるんだけどねー、私十六歳でママになったんだよ。双子の」 私は。 誰かを愛したことがなかった。 やり方がわからないから。その対象が見つからないから。 だからファンを愛したくてアイドルになった。 でもアイドルとして振り撒いた愛はいつも通りの嘘でしかなくて。 母親になれば、きっと子供を愛せると思った――そして。 最後の最後で私は、あの子達を愛せたんだ。 嘘だらけの人生だったけど。 嘘ばかりつき続けた人間だったけど。 でもあの瞬間、薄れゆく意識のなかで言った“愛してる”だけは真実だった。 真実の愛が。 私があの子たちと親子として生きた、最後の場所には――確かにあった。 「あの子たちが好き。自分の子供が好き。 愛してるの。愛せてるの。最後の最後にようやく、それが嘘じゃない真実(ホント)の気持ちだって気付けたの」 あれで終わりでもよかった。 諦めはついたし、まずあれはどうやっても助からない致命傷だった。 だから最後に愛してると伝えられただけでも母親(ママ)として最低限のことは出来たと思ってた。 あんまり褒められたお母さんじゃなかったけど。それでもあの子たちには、私がお母さんからもらえなかったものをあげられた。 もう大丈夫。私は十分幸せだった。そう思ってた。 でも、こんなのってずるいよ。 終わったと思ってた本に、続きのページを付け足すなんて。 そんなことしたら。 そんなことされたら。 思っちゃう、じゃん。 「だから、帰りたいんだ。 帰って、ただいまって言いたい。おかえりって言ってほしい。 あの子たちをもう一回抱きしめて、抱きしめ返されたいの。 何回でも愛してるって言って、今までよりもずっともっと可愛がってあげたい」 また会いたい、って。 世界で一番かわいいうちの子二人。 ルビーとアクア。私に似て顔が良くて、将来何にだってなれそうな自慢の双子。 もっと、あの子たちを見ていたい。天国からなんかじゃなくて、そばにいたい。 見て、聞いて、話して、触れて、普通の親子みたいに一緒に歳を取っていきたい。 それが私の願い。私がここにいる意味。 今の私は、アイドルの星野アイじゃない。 聖杯戦争のマスターの、星野アイ。 「……だからお願い。私を勝たせてね、ライダー」 「……ええ、お安い御用で。 オレはそう強いサーヴァントじゃありませんがね、そういうことなら話は別だ」 よくわからないことを言ってライダーは私の目を見、笑った。 「送迎(おく)ってやるよ、アイ」 ▽ △ 「ようやく得心行ったぜ。そういうことかよ界聖杯。 このオレをあの偶像(ドル)と結んだ理由(ワケ)は」 男は――神だった。 天は割れない、地を混ぜるなんてことも出来ない。 それでも人は彼を指して神と呼び、その神性(カリスマ)を時に涙さえ流して尊んだ。 彼(かみ)の名は、殺島。[[殺島飛露鬼]]。暴走族神、暴走師団聖華天初代総長、講男會傘下長沢組若頭、破壊の八極道。 しかし男は――神などではなかった。 殺島飛露鬼はどこまで行ってもただの人間。 幼稚で無軌道な“暴走”で数多の命を轍と灰に変えてきた、人でなしの大悪党。 少し人に好かれるのが上手くて、中でも特に大人になれない悪童達の心を掴むのが上手かっただけの男だ。 そんな屑が罷り間違って英霊の座なんてものに召し上げられ、こうして再び現世の地を踏んでいる。 何の冗談だと誰もが思うだろうし彼自身もそれについては同感だった。 自分の生は終わり、後は地獄の果てまで駆け抜けるのみだとそう思っていたのに――何故。 終わりなき自問の成果は先刻出た。 星野アイ。瞳に星を宿し、きらきら輝いては他者を魅了する一等星。 彼女の吐露した願いの形、その真のあり方。 それを聞いた時、殺島は悟ったのだ。 何故自分がこの目の眩むような女に召喚されたのか。 あの輝きに釣り合う英雄なり聖者なりを呼んでやればいいのに何故自分のようなお山の大将が適役とされたのか。 「子供(ガキ)かよォ……はは」 子供がいるの。残してきちゃった。 帰って、ただいまって言いたい。おかえりって言ってほしい。 あの子たちをもう一回抱きしめて、抱きしめ返されたいの。 ――ああ、それを言われたら駄目だ。 それは、反則(ずる)い。 それを言われたら、勝たないわけには行かなくなってしまう。 殺島とアイは違う。 同じではない。 殺島は守れなかった人間で。 アイは置いていった人間だ。 二人は似ているようで違う。決定的に違っている。 それでも。それでもだ。 子供のことを話すアイの目が、その瞳の中に浮かぶ星が、その時だけはアイドルのそれではなくなって見えた。 男は――父親だった。 この世の何よりも愛した子供を奪われ、守れず、甘美な復讐(みつ)に溺れた落伍者。 最後の最後で天国への階段に背を向け、地獄に堕ちていった極道。 だから彼は願わない。この血と罪に汚れた身体で、愛する娘に会わせてくれなどとは願わない。 ただ。 アイは、違う。 アイには願う資格がある。 子供のところに帰る権利がある。 そして今。殺島飛露鬼は、星野アイのサーヴァントだ。 「帰ってやれよ、早く。 お前は……戻れんだからよ」 殺島飛露鬼は神などではない。 彼はただの人間だ。 どうしようもないほど、ただの人間だ。 暴走という熱病に殉じた、ただの人間だ。 人間は走ると決める。 未だ見果てぬ地平線の果てへ。 単車? 車高短? なんでもいい。 ただ走るのだ。ただ走るのだ、どこまでも。 眩しい、目が焼けるようなヒカリを――あるべきところに届けるために。 暴走師団聖華天、否。 暴走族神、否。 英霊、殺島飛露鬼――――地平線の果てまで、いざ出発(デッパツ)。 【クラス】 ライダー 【真名】 殺島飛露鬼@忍者と極道 【ステータス】 筋力E 耐久B 敏捷B 魔力E 幸運D 宝具C 【属性】 混沌・悪 【クラススキル】 対魔力:E 魔術に対する守り。 無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。 騎乗:C 騎乗の才能。 大抵の乗り物、動物なら人並み以上に乗りこなせるが、野獣ランクの獣は乗りこなせない。 【保有スキル】 永遠の神性:A 暴走族神、不良達の神性(カリスマ)。 大人になれない者達の星。 基本的な効力はDランク相当のカリスマ程度であるが、ライダーと波長の合う者に対しては最大でAランク相当以上にまで効き目が跳ね上がる。 その神性は熱病のように人々の心と魂を駆け抜ける。 極道技巧:B ごくどうスキル。極道と呼ばれた裏社会の住人達のごく一部が、その得意分野を極めることで会得した超人的技巧。 ライダーの場合は拳銃を武器とした技巧を用い、内の一つは宝具にまで昇華されている。 地獄への回数券:B ヘルズ・クーポン。麻薬の一種だが実際にはドーピング薬に近い。 服用することで身体能力を始め、傷の再生能力から肉体の物理的強度までもを底上げすることが出来る。 ライダーのサーヴァントとしてのスペックはこの薬物ありきのもので、逆に言えばこれの服用がなければ彼はサーヴァントに遠く及ばない。 非服用時、ライダーはサーヴァントとしてではなくただの「人間」として認識される。 【宝具】 『帝都高爆葬・暴走師団聖華天』 ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:1000人 テトコーばくそう・ぼうそうしだんせいかてん。 彼が率いた暴走師団・聖華天による暴走の逸話を再現する対軍“暴走”宝具。 発動条件は場所が都市部であること、そして潤沢な魔力の備えがあること。 総数十万に達する構成員を擬似再現し、周囲に無差別な破壊と殺戮を撒き散らして“暴走”の限りを尽くす。 『[[世界の終わり]]』 ランク:E++ 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1人 ライダーの奥の手である極道技巧。 脳天を拳銃で撃ち抜き、自殺と見せかけてそのまま頭蓋骨内部で弾丸を激しく跳弾。 自身の片目の眼窩を銃口として銃弾を射出する、言うなれば命を懸けた騙し討ち。 発動の代償はライダーの消滅と非常に重い上、それが自殺でないと見破られればただの空振りに終わる可能性も無論ある。 しかし仮に命中したならば標的の耐久ステータスや各種防御スキルの存在を無視して必ずその肉体を撃ち抜く。 【weapon】 大型の回転式拳銃を二丁持ち。 更に常に大量の予備拳銃も仕込んでいる。 【人物背景】 暴走師団聖華天初代総長。 講男會傘下長沢組若頭。 破壊の八極道の一人。 暴走族神(ゾクガミ)の名で崇められた絶大な神性(カリスマ)の持ち主。 不良達の現人神。 あるいは、父親。 【サーヴァントとしての願い】 花奈のことに未練はない。 サーヴァントとしてアイを勝たせる。 【マスター】 星野アイ@【推しの子】 【マスターとしての願い】 もう一度ママとして、子供達を抱きしめたい 【能力・技能】 天性の顔立ち。天性のプロポーション。 そして観客の目を引きつける天性の才能を持つ「天才」。 しかし才能に驕ることなく日々の努力も積んでおり、才能と努力の両方で自己を形成しているアイドル。 【人物背景】 アイドルグループ・B小町不動のセンター。享年二十歳。 十六歳で双子の子を出産し、そのことを隠しながらアイドルを続け最終的にはドームでの仕事が舞い込むまでに大成する。 しかしながらドーム公演の直前、自宅を尋ねてきたストーカーにより刺殺される。 彼女の死を経て、“推しの子”として生まれた双子の兄妹は光陰それぞれの人生を歩んでいくことになった。 【方針】 あまり物騒なことはしたくないし、ライダーに人を殺してほしいとも思わない。 ただ元の世界に帰りたいという思いは強く、これだけは譲れない。