『私が言いたいことはすべて君の頭に浮かんでいるはずだ』彼は言った。 『では、おそらく私の答えはあなたの心に浮かんでいるでしょう』僕は答えた。 (中略) 『もし、君に私を破滅させるほどの知恵があるとすれば、まして私が君にそうできないことがあろうか』 『お褒めいただきましたので、モリアーティさん』僕は言った。 『一つお返しをさせてください。もし最終的に前者が保証されるなら、私は公衆の利益のために、喜んで後者を受け入れるでしょう』 A・C・ドイル『最後の事件』 ◆ 『禅院』との間で話し合いを終わらせたモリアーティの執務室に[[神戸しお]]が来訪したのは、折よくモリアーティがマスター達は夕食を終えた頃だろうかと懸案していたタイミングだった。 ノックの音が大人の身長よりもずっと低い位置から聞こえてきたために、訪問者がしおであることはすぐに分かった。 「こんばんはー」 ノックはするけれど、「どうぞ」というこちらの返事を待たずに部屋に入り込んでくる。 礼儀作法などが、保護者のしつけによるものではなくテレビ仕込みであるが故の、子どもらしい仕草なのだろうと察する。 「あれ? おじいちゃん、忙しかったならごめんなさい」 「いやいや、こちらはいつでも大丈夫な用事だったよ。それより、何か要望でもあるのかネ?」 彼女なりに礼儀を見せようとしている証拠に、モリアーティが携帯端末を操作している様子を見て気遣うように下がろうとする。 [[神戸あさひ]]の拡散具合をチェックするためのSNSから『板橋区が半壊』というニュースを手早くブックマークし、端末を手放して少女と向かい合った。 「さとちゃんのおばさん……松坂さんのお家にいたおばさんに会いたいから、おじいちゃんに会わせてもらいに来ました」 書斎机に腰掛けるモリアーティと机ひとつぶんほど距離を置いて相対し、ぺこりとお辞儀。 「ほう? 会って何をする?」 「たくさんお話がしたいです」 努めて敬語を使う緊張感がありながらも、声は子どもらしくあどけない。 この年頃の子どもは、親の許可など求めないまま遊びに行くなどしょっちゅうだろうし、実際に昼間は思いつきでコンビニに行っていた。 もちろん無断で外出をされるよりも圧倒的にありがたいことは確かだが、心境の変化でもあったのか。 「どうして、私の許可が必要だと考えたのかネ? 昼間にお邪魔したお宅の住所を忘れたわけではないだろう?」 「おばさんのサーヴァントは会ってもいい人なのか、もう一回たしかめたかったし。それにおじいちゃんが許してくれたら車が使えるから」 なんともまっとうな打算だった。 家庭環境のいびつさをのぞかせる割に、しお君はこういうところがしっかりしているんだよネ……と、改めてモリアーティは気付かされる。 幼少期に与えられる過度なストレスは、生活機能の低下や学力の低下を引き起こしやすい。 また、目的のために社会規範を犯すのではなく、情緒不安定さゆえに常識からかけ離れた行動、喧嘩、暴走が常態化するようにもなる。 そういった影響を鑑みれば、むしろ神戸しおは極めて健全でさえあった。 「『らいだーくん』は一緒じゃないのかネ?」 「らいだーくんは行きたくなさそうだったから。『おじいちゃんも賛成しれくれて、車も準備できてる』って先に言った方が、動いてくれるでしょう?」 なるほど、子ども特有の『〇〇ちゃんは賛成してくれたのに』という根回し工作を仕掛けに来たということか。 常識や知識に大幅なかたよりこそあれ、彼女は現状を正しく分析し、[[デンジ]]が言うところの『発作』以外については共感の成立する会話をこなしている。 作戦会議においてモリアーティが伝えた『[[松坂さとう]]の叔母のバーサーカー』の危険性と特徴も、きちんと理解して記憶している。 「サーヴァントである私のもとに、1人だけで訪れたりしてもいいものかな。何かの思いつきで君が邪魔になった時に、君を守る者が誰もいなくなってしまうよ?」 「でも、おじいちゃんはそうしない。私たちはまだ、何もしていないから」 幼いがゆえの拙さはあるものの、まちがいなく地頭は良い。 『同盟を組んでいる以上、その同盟の元が取れる、あるいは元が取れない結果が出るまでは手出しされない』という理屈を分かっている。 つまり、まだまだ伸びる余地がある。 ここで手早く、許可を出してしまうには惜しい。 「良かろう、と言いたいところだが、今この場でそれだけでは足りそうにないね。しお君」 「足りない?」 「私たちは、互いにとって得になるから仲良くしている」 「うん」 「つまり、下心があって君に優しくしているんだ。だから君が、私を納得させてみせなさい。君がおばさんと対面するのは、私にとっても良いことだと」 いずれ敵連合がどこかで勝者決定戦を行う時、当然にアーチャーは死柄木の側に立つことになる。 つまり、彼女にはその時までに『陣営』の将として、サーヴァントの使い手としての立ち振る舞いを覚えてもらう必要がある。 相手の機先を制するための判断力。 相手の思いもよらない仕掛け方をする発想力 相手はこういうことをしてくるかもしれないという想像力。 つまり、悪として振る舞うための『ノウハウ』だ。 それを彼女には、機会があるときに教授しておく必要がある。 幼い少女が、幼いゆえの無知を将来のアダとしない為に手を入れて、先鋭化させる。 「それができれば、おばさんに会わせてくれるってこと?」 「その通り」 競い合うならば、死柄木にも可能だろう。 しかし、教え導くとなれば己以上の教授役はいないという自負がモリアーティにはある。 元コンサルタントにして、元教師。 犯罪教唆にあたって、悪の芽を育てたことは数知れず。 「良いことって言われても…………おじいちゃん、おばさんのことをほとんど知らないでしょ?」 「ならば、理解していこうじゃないか。標的を仕留めるには、『まず相手やその周りについて探るところから始める』のだ。 これが私の生徒であればノートに取るように推奨するところだが、作戦会議の様子を見るに君は記憶力も悪くないからネ。覚えなさい」 教師としての顔を向けられ、しおはただただ目をぱちくりとさせている。 これは何だろう、と言いたげに首をかしげているあたり、就学して先生と対面した経験そのものが皆無であるのかもしれない。 今後、あまり難しい言葉は使わないよう努めよう。 「分かってもらおうと思ったら、さとちゃんのことから全部話すことになるよ? たくさんお話することになるよ?」 「それもよかろう。いい加減、ライダー君も君の話に、あまり良い相槌を打ってくれなくなったのではないかネ?」 ノロケ、というのは基本的に、どれだけ発話する相手が可愛らしかろうとも過剰摂取すれば食傷になるものだ。 ましてライダーのようなぞんざいな兄貴分であれば、喜んでラブストーリーの聴き手としての役割を全うしているとは思えない。 やはりというべきか、しおは陽が射したような喜びを顔いっぱいに表した。 さとちゃんの話に、真剣に耳を傾けてくれる聴き手が存在する。 その喜びが、面会を引き延ばしにされている残念さを上回ったのだ。 「おじいちゃん、いい人だね」 「おやおや、そんな風に考えるのは間違いだよ。これだって、『いつか敵になるから、標的について知ろうとすること』の一つなのだ。 君もいつか役に立つから、もっと相手の狙いを考える癖をつけるようにするといい。ただ、そうだね……もし、少しばかりでもお礼をもらえるならば」 「私のことは『おじいちゃん』ではなく……」と言いかけ、モリアーティは黙る。 果たして、例えば幼女から『おじさん』と呼ばれているところが目撃された場合、周囲は『あ、若作りをしたいおじいちゃんが、おじいちゃん呼びを禁止してるんだろうな(察し)』という顔をしないだろうか? いやいや、アラフィフと言えばまだ『老人』のくくりには入らないと思いますよ? まして、この時代で言えばまだ定年の歳にだって全然遠いじゃないですか。いけるいける。 ……ああ、でもなぁ。加齢臭を指摘されたことはあったんだよなぁ。 「……これからは、『M』と呼んで欲しい」 教授は土壇場で臆病風に吹かれ、呼ばれ方を妥協した。 ◆ プロフェッサー、Mを聞き役として、少女は甘い甘い砂糖になぞらえた物語を語った。 出会いから、別れまで。 記憶を失い、『お城』で目覚めた時のこと。 毎日のただいまとおかえり、ご飯、お風呂、誓いの言葉、一緒のおやすみ。 『お城』は融解し、死はふたりを分かつことになり、それでも生まれ変わってハッピーシュガーライフを過ごすまでのことを。 自らにある気持ち。 その人のことを考えるだけで幸せで、一緒になれると満たされて、ただいまとおかえりで笑顔になる。 きらきらしたものでいっぱいになって、触れあっていると甘くて、あったかさが胸にずっとあること。 アーチャーに相づちを打たれ、話を促されるうちにしおは気付く。 この老人がしおの話を真剣に聞いてくれるのは、あくまで『しお達の事情を知りたい』からであって、『さとうとしおの仲を取り持ちたい』わけではない。 興味こそあれど、さとうの叔母のように『応援したい』という好意ではないのだと、先ほどのやり取りも踏まえて理解する。 ここで彼が、『君とさとう君のために聖杯は譲ってあげよう』なんて言い出したら、その方がよっぽど変なのだから。 それでもうんざりしたような顔をするデンジより楽しく話ができることに、感謝の気持ちは大きかったけれど。 「では、おばさんがどんな人だったのか教えてくれるかな?」 アーチャーの『えむさん』が求めていることは、『どれほどおばさんに会いたがっているか』と真剣に訴えることじゃない。 今、えむさんを興味のある話で釣っているように、『私とおばさんが会うことは、あなたにも得です』と分からせてほしいと言っているのだ。 「おばさんは、自分のことよりも、私とさとちゃんの仲を応援してくれる。これは絶対にそう」 二人が逃亡計画のために考えていた策の数々は、常識の追いつかないしおにとって難しいことが多数あった。 それでも、おばさんは逃亡計画に関して言えば、さとうに全面的に協力していた。 明らかに運転し慣れていない車を手配して、いろいろな工作に従事していた。 「さとちゃんは、おばさんを苦手にしてたけど、おばさんは絶対に裏切らないって信用してた。 おばさんが、脅されてしゃべったら私たちは逃げられないかもしれないのに、ぜんぶを打ち明けてた。 だからおばさんは、自分のことが危なくなっても私たちの味方をしてくれる」 しおとさとうの幸せを語って求めるだけでなく、アーチャー達も得することを作り上げる。 それが、駆け引きをするということ。 「だから、わたしからおばさんに『お願い』って頼めば、おばさん達はえむさんの言う事を聞くようになると思う」 同じ結論を、とても頭が良くて住居の用意まですぐにできるほど何でも分かる『えむさん』ならとうに計算しているだろう。 それでも彼は、二つ返事で引き受けるのでは無く、『しおが自分からメリットを思いついて提示する』まで会話に付き合った。 愛のために戦うなら、戦い方と武器の使い方を覚えろと老人は教えたいのだ。 「おばさんはそうであっても、おばさんのサーヴァントは言うことを聞いてくれるかな? おばさんとそのサーヴァントの仲は、おせじにも良いとは言えなかった。 おばさんが協力してくれても、サーヴァントが従わずに台無し、はあり得るのではないかネ?」 だからこんな風に反対するのも、しおを促す為であるはず。 それだからこそ、少女は、知っていることを思い出そうとする。 しおと叔母について知っていることで、その反論に答えられる手札がないかを選び出す。 「……令呪があるよ。仲が悪いのに逆らいきれてないなら、おばさんはまだそれを残してると思う」 「素晴らしい。まずまずの交渉だった」 ぱちぱちと拍手されることをおおげさに感じ取りながらも、悪い気はしない。 この人のやり方を間近で見ていれば、もっと賢くなれる。 その手応えを、しおも感じ取った。 「どのみちバーサーカー君には動けるようになったら拠点を移してもらう予定だったネ。その引っ越しと重なるように都合を付けよう。」 モリアーティは四ツ橋に内線をつなぎ、現状で松坂家にアポイントを取って欲しいという要請をする。 また、松坂家の新居になる『日光の射さない家』は確保できたかどうかも確認をとる。 どちらも渡りがつけば、荷運びのトラックなども用意させつつ、バーサーカーが動ける日没を待ってからマスターごと転居させる。 そのタイミングで、引っ越し祝いを持参しながらしおを帯同させて会う、という段取りが組めるだろう。 「すぐ出かけられるように車も待機させるから、ライダー君にも話を通しておくといい」 「ありがとーございます!」 ふたたびぺこりと頭をさげ、ぱたぱたと退室しようとする。 そこをモリアーティは、ふとした気まぐれのように呼び止めた。 「そう言えば、しお君。話題は変わるのだがネ」 「なぁに?」 喜びいさんでライダーを誘おうとしたところに別の会話を組まれた少女は、ちょっとだけ残念そうな顔を見せる。 だが、Mという先生の話は有意義だということを、もう知っている。 「君の意見……君ならどう思うのかを聞いてみたいことがあるのだが、いいかな?」 少女に聴いてみるという選択肢をたった今、思いついたかのように、教授はゆっくりと切り出した。 それは実際に、なぜか聞いてみたくなった、としか思われないほどに唐突な話始めだった。 「実は私には生前……ずっとずっと昔から、こいつにだけは消えて欲しくてたまらないあん畜生がいたのだよ」 「あんちくしょう? ああ、さっきテレビでやってたあんパンのヒーローの仲間なの?」 「いや、違うのだが……そうなのかもしれないね。あんパンのヒーローと、ばいきんの悪役。我々はそういう間柄だったのだ」 「えむさん、悪い人だって言ってたもんね」 「そう、私がばいきんの側なのだヨ。ところが、だ。この聖杯戦争にいるかもしれないサーヴァントに、『こいつも同じあんパンの敵だったのか』と思える奴がいてね」 真名をあててみようとする発想さえないほどに物語を戯画化し、教授は宿敵のことを話題にした。 『同じあんパンの敵』が、己の鑑写しかもしれないとなどと、ノイズになる情報は伏せたまま。 「えむさん、あんパンとばいきんの仲なのに、そんな人がいるって知らなかったの?」 「そんなヤツがいるなんて、まったく想像もしていなかった。だが、集めた情報をもとに一から考えると、どうにもそうとしか思われない」 ところが一つ問題があってね、と前置きし。 「私の考えるそいつの性格は、どうしたって、あの『あんパン』を敵に回すような奴だとは思えないのだ」 盤上で駒を操りながら。 その『もう一人』を始末するために、同盟者に動いてもらう計画を電話で相談しあっていた、さらにその裏側で。 己の頭を悩ませる、個人的な疑問点について、少女の意見を求めるつもりになったのは、なぜなのか。 「どころか、今回の『聖杯』の取り合いのように、争う理由も思い当たらない」 もしかすると。 「どう考えてもその二人は敵として憎み合うような理由も、動機もないのに、最後には殺し合ったことだけが分かっている。しお君は、そんなことがあり得ると思うかな?」 壊れてしまった少女であれば、おかしな人間関係のことを思いもつかないように評するのではと、そのように期待したのかもしれない。 ◆ 最初に『もしや』と思ったのは、四ツ橋力也の『覚醒』を見届けた直後のことだった。 生まれ変わったかのごとき顔でスポンサーになることを約束した四ツ橋に、まずモリアーティは使いを命じた。様々なことを試させた。 電車、飛行機、船舶、徒歩などのありとあらゆる交通手段を利用させ、二十三区外に足を運ぶことかどうか検証させたのが主であったが、それ以外にも色々と。 ただの『可能性なき』[[NPC]]に過ぎなかった段階と比較して差異はあるのか、可能になったことに対して不可能になったことはないか、徹底的に確認した。 それまで当然のように行っていたことができなかったために、いざという時アテにできませんでした、といったことは避けたい。 結果は、モリアーティの予想通りのものだった。 覚醒する前にあたりさわり無く出入りできていた――当然のように隣県に出入りできるものと思い、また都外に足を運んだ記憶もあった――NPCの時の状態は、保てなくなっていた。 区と市の境界線をまたごうとしても同じ景色が立ちはだかり、行けども行けどもGPSは同じ位置を示し続ける。 聖杯戦争の参加者と、まるで同じ状態に置き換わっていた。 界聖杯がそのように定めたのも、すべて予想の範囲内であった。 仮に『参加者は東京都外からの物資の調達などを想定していないが、事情を理解しているNPCに己の代行をさせるのは可能だ』などという状態がまかり通れば、『この世界に二十三区外は無い』という世界の仕組みが形骸化し、聖杯によってまかなえる世界のキャパシティは壊れてしまうことだろう。 その結果を聞き取り……『やれやれ、危ないところだった』とモリアーティは胸をなで下ろした。 それはデトラネットの掌握の可否とはまったく別のところから生じていた危惧だった。 できればそうあって欲しくなかった――生前ならそうあって欲しかった――仮説が、実現し得るところを確認してしまったが故のことだ。 ああ、この惑星(界聖杯)は、壊そうと思えば壊せてしまう。 ひとつひとつ、論理は繋がることを証明しよう。 まず、可能性なきNPCや二十三区内の物資はすべて魔力によって構成された、界聖杯の管理下に置かれたデータである。これは前提だった。 物流の再現も、23区における食料自給率の数値を鑑みれば、マスターが飢えないための措置として『区外から流れてきた物資搬入の乗り物と運転手』が魔力で精製され出現している、という状態にあることは想像がたやすい。 出勤の都合などで『区内と区外を出入りしている』設定を持たされたNPCも、『二十三区外が存在しない』という前提がある以上、都心を離れて会場外に出てしまえばひとたび界聖杯を循環する魔力に置き換わり、都心に戻ってくる時間になれば『出かけていたという記憶』と『出かけていたという設定によって再構成された身体や手荷物』を付与されて、再び駒として復帰する。 このような措置が取られていると見るのが妥当だ。 だが、覚醒したNPCにこのような措置は行われない。 どころか四ツ橋は、己の意思によって『協力し得る全てをMに提供する』と宣言した。 つまり、状況を理解したNPCは、界聖杯の管理下にある端末から、独立した人間(参加者と同じ状態)へと移行する。 これについても、NPCに付与された知能水準を考慮すれば、『NPCに状況を理解させること自体は可能である』と事前想定できた。 より、突き詰めた断言をすれば。 『覚醒したNPCは、己の存在を界聖杯から独立させて、己が定めた主従に魂喰い(魔力提供)をさせることも可能になる』ということ。 ひいては。 『覚醒したNPCが魂喰いなどによって参加者に魔力を提供すれば、その分だけ界聖杯の管理下にあった魔力総量が参加者の手に渡る』ということを意味する。 つまり。 東京都23区で暮らしている都民を、短期間のうちにすべて『覚醒』させるようなプレゼンテーション能力を持ち。 都民全体の意思を、一つの方向に誘導、ないし煽動、ないし話術による教唆をすることによって、全都民から魔力供給を受けられる。 そんなサーヴァントが存在すれば。 モリアーティ自身には、それが可能ではあるのだが。 界聖杯は、東京都民約970万人の命を維持できるほどの魔力をそのまま失う、ということになる。 それどころか、その魔力を手にしたサーヴァントが事象改変、もしくは機能改造を得手とするサーヴァントであれば、それをそのまま聖杯破壊兵器に改造される可能性すらある。 そうでなくとも、内界の広さは東京都23区に限られ、それ以上の世界は設定する余地がないと規定されている規模の世界だ。 その世界を構成する中でも、『並行世界の人間を再現する』というのはとりわけ手間のかかる要素であることは疑いない。 その人口、全員分の魔力を削ぎ落とされて、界聖杯が形を維持し続けられるか――おそらく、否である。 予想が立てられれば、あとは計算の世界の領域だ。 界聖杯の世界に存在する物資、生物、NPCの全体数のおよそを計測。 固体それぞれの維持にかかりそうな魔力量を代数で置換。 代数の正確な値は魔術に通じた者でも無ければ割り出せそうに無いため、低く見積もった最低値と、期待にかなった場合の最大値をそれぞれで代入。 モリアーティは魔術については博学ではなかったけれど、すべて計算式と力学で組み上げられるならば、『数学者』であれば足りる。 むしろ『数学者』でなければ計算がかなわず、結論を出せない。 遠い日に、『地球を破壊することは可能』という主旨の論文を書いたのと同じ事。 できる、と言う計算だけはできてしまった。 やれる、と言う結論だけは出してしまった。 その上で、『やれやれ、危ないところだった』と安堵した。 同じ結論にたどり着こうとする酔狂な者など、まずいないだろうと予想した上での、感想だが。 誰かが聖杯を獲る前に別の者が聖杯を破壊することは、『970万人の殺戮』という人道さえ踏みにじれば可能であったのだから。 だが、『もしや』と思ったのは、『もう一匹の蜘蛛』も一度たどり着いていると察したためだった。 そうであるとしか思えないように、もう一匹は動いていた。 例えば、峰津院財閥への対応がそれだ。 手を入れた痕跡があったことはこちらも同様であった。 『財閥のトップに会いたい』という目的での探りだったことも、互いに同じだった。 だが、『それだけ』だったのだ。 もう一匹が『探り』を入れている気配なら、幾度も互いに感知し合っている。 互いに、それが分からないようでは同業者としてはやっていけない。 だが、こちらが四ツ橋に眼をつけるまでに都内企業の総浚いをしたのと比較して、もう一匹が『企業ごと抱き込む』ための接触を狙っていたと見受けられる事例は、それだけだった。 原因として考えられる他の企業との差異は、『長がNPCではなくマスターだと推定されたから』という一点しか見受けられなかった。 峰津院財閥との接触であれば、『事情を打ち明けられるNPCかもしれない』と見込んでのものではあり得ない。 ある程度、21世紀の国情に順応したサーヴァントであれば『この時代の東京に財閥があることはおかしい』と分かる。 つまりその接触は、明確に『同盟できるマスターであれば近づくが、そうでなければ退く』という一線を引いてのものだ。 モリアーティとデトラネットのように、『NPCであろうと巻き込む』という手段を選ばない接触ではない。 仮に、一つの目的のために企業を総動員させるならば、どうしてもその企業のトップには『聖杯戦争の事情を理解させる』という手順を踏まなければならない。 社長が目的を理解しているかどうかで、社長の権力によって動員できる戦力の質は変わってくる。 企業として可能になる対応には雲泥の差が生じてしまう。 その、『NPCに事情を打ち明け、聖杯戦争のことを理解させた上で協力者となってもらう』という過程を踏みたくない……それを明らかに避けている者の動きだった。 そう見受けられる理由ならば他にもあった。 予選期間の間に、互いに駆使し合っていた『NPCを利用した情報の糸を張る』という応酬。 そこでNPCを足がつかないように使っているというやり口は同一でありながら、その使われ方は『事情を打ち明けなくとも、恩義や脅迫によって実行できる範囲の協力』にとどまっているのだ。 明らかに、聖杯戦争の舞台について打ち明けることのリスクを知っている者の対応だった。 若い蜘蛛も、気付いている。 覚醒によって、ゲーム上のデータだったNPCが参加者と同質の『可能性ある命』と化すならば、それは聖杯が作った物の破壊ではなく、道義上の殺人なのだと峻別できない危険を孕んでいる。 界聖杯を破壊すること自体は可能だが、それは約970万人の『命を生み出した上で刈り取る』のと同義になりかねない。 『勝つためにNPCを次々と目覚めさせていく』という行為が、最終的にはその発想に繋がり得るということを。 その結論に到達した上で、聖杯を悪用させないために、970万人に命を宿らせた上で殺すという選択肢は放棄している。 『自陣が死ぬことを計画に入れるバカ』であれば、死柄木のような願いによって滅ぼされる地球人口70億人を守るために、全マスターを含めた都民970万人を殺戮できたのかもしれないが、それはやらない。 それを決断させたのは、モリアーティに『死柄木を見届ける』という新たな目的があったように、先方にも『巻き込まれただけの無辜のマスターを見捨てられない』という守るべき一線があったからだ。 もしも、聖杯を否定する者がその手段をとった場合。 戦争に無辜の市民を巻き込むのは許せないと主張する者が、同じ言葉で戦争に巻き込まれる命を積極的に増やしていることになる。 聖杯に対して革命を起こす大義が失われる。 故に、『NPCに舞台を理解させて目覚めさせる』という手段をその陣営は使えないし、使わない。 それが老いた蜘蛛(もう一匹)に対して圧倒的に勢力の規模で劣り、積極的な攻め手を撃つにも速度と質で競り負ける結果に繋がると理解した上で、そのままに戦うつもりでいる。 ここまでを考慮したところで、数学教授の思考は『なぜ解けた』に戻ってくる。 界聖杯破壊説を計算しようとするなど、策謀家の発想ではなく論文を書く学者のそれだ。 界聖杯の破壊に必要なエネルギーを算出する式など、ただ『頭が良い』だけでは絶対に解けない。 数学的見地からモリアーティと同じ地平に立っていなければ『小惑星(ユグドラシル)の力学』はできない。 故に、全ての『それ』以外の可能性は、有り得ないと除外される。 ――彼の職業は、数学者だ。 そして、モリアーティは疑念を持つ。 犯罪と証拠隠滅による暗躍だけならば、まだ『スタンスの違う同業者だ』と済ませることができた。 だが、その同業者の中に『小惑星(ユグドラシル)の力学』に解を出そうとする者が、いったいどれほどいるのか。 そして、283プロダクションの醜聞(スキャンダル)を経て疑念はより強くなっていく。 相手は、『数学』教授と、『犯罪』専門家に加えて、さらに経営の『コンサルタント』がかなうことが濃厚となったのだ。 並行世界があまたあったところで、これだけの酔狂な職業をすべて経験した英霊が、『モリアーティ(自分自身)』以外に存在するだろうか? これだけ希少な職業が別人の英霊によってすべて重複する可能性など、そちらの方がよほど極少ではないか。 そう思わせる根拠なら、理性だけでなく感性の側にもあった。 『まったくスタンスの異なる自分と、盤上で向かい合う感覚』に、[[ジェームズ・モリアーティ]]は覚えがあったのだ。 それはシャーロック・ホームズではない。 ホームズとモリアーティは、双方ともに英霊の座に召し上げられてからも永劫変わらない宿敵の縁を持っている。 故に、互いが同じ舞台に召喚された時に、両者には『お互いが存在することを理解する』ことが可能となっている。 つまり、盤上に立つその人物が、『さも義賊のように振る舞うホームズのカバーである』という可能性は初めから除外されているのだ。 それは、『善のモリアーティ』と、『悪のモリアーティ』と呼称されていた、新宿における聖杯戦争での対立の時のものだ。 アーチャーとしてのモリアーティに付与された『魔弾の射手』は、仇敵の打倒という共通の目的で、幻影魔人同盟を交わした際に取り込んだものだ。 つまり、魔弾の射手を持ち合わせている時点で、新宿の亜種特異点でのことはひと通り記憶として有している。。 結果的に一連の企みはすべてモリアーティの自作自演であり、『善と悪のモリアーティ』もそれぞれ同一人物というわけでなかったが。 当時の『己と似たような傾向を持つ、スタンスの異なる相手を盤上に置いて仮想相対する感覚』と、今回のそれは似ていた。 ここまで重なってしまえば、やはりそうなのかと、結論をつける向きに思考は流れる。 しかし、ただ一点だけ、『だとすればおかしい』という矛盾があった。 それだけが、結論を阻害していた。 若い蜘蛛が、『違う可能性のもとに生まれ付いたもう一人のモリアーティ教授』だったとして。 義賊である彼には、正義のシャーロック・ホームズを宿敵として位置づける理由がどこにもない。 故に、彼が『シャーロック・ホームズの敵』たるモリアーティ教授であることは否定される。 己が小説の中の存在であることを、モリアーティは全面的に認めるつもりはない。 だがしかし、物語の登場人物(キャラクター)として語られる存在であること、物語の人物に置換ができる存在であることは自覚している。 その上で、『ジェームズ・モリアーティ』の物語上の存在意義は、シャーロック・ホームズの打倒にあったとも理解している。 打倒しきれなかったからこそ、必ず勝てないという宿命を抱え込むことにもなったのだが。 故に、考える。 モリアーティ教授が真の悪人でないならば、シャーロック・ホームズを殺そうとする敵として登場する意義そのものに欠ける。 故に、若い蜘蛛が『別の物語のモリアーティ』だという仮説は立証できない。 義賊のままで『犯罪王』と同じ所業を行った理由ならば、いくらでも心当たりをつけられる。 ジェームズ・モリアーティは当時の大英帝国が、どのような時代だったのかを知っている。 30万枚のガラスがあしらわれた水晶宮が建造される一方で、街ひとつまたげばスラム街で数万人の堕胎児が生まれていた時代を、知っている。 堕胎されずに生まれて来られたら幸いで、盗みや殺人に手を染めないまま成長できる子どもなど、もっとごくごく一握り。 何よりも上層階級の者がそれが当然のように放置する理不尽がまかり通っていた時代を、知っている。 君は、あの世界が嫌いだろう。 理不尽に殺し合いを強要するような現状に反旗を翻そうとするような者にとって。 人種や階級、生まれによって他人を虐げる権利が発生する時代は、生き辛いことこの上なかっただろう、と。 正攻法ではあの時代を治癒するなど不可能だったとを、知っているからこそ。 彼をモリアーティ教授として置いた場合の最終的な目的は、犯罪による社会の革命だったのだろうと類推できる。 だが、そういう物語であるならば、彼を主人公に置くだけで、宿敵を置かないまでも完結する。 探偵役を配置する意義は、あっただろう。 犯罪によって社会に要求を突きつけるならば、『このような現状は間違っている』とプレゼンテーションする探偵役を用意することには効果がある。 だが、そうなった時の探偵は犯罪王に操られて探偵役をやらされる駒、より辛辣な言い方をすれば道化にすぎない位置に甘んじる。 モリアーティとは対等にも主人公にもなれないし、物語の中で成長をとげるにせよ、『モリアーティを倒すところまでモリアーティの思惑どおり』であるのは主人公の振る舞いとは言えない。 あるいは、犯罪王は間違っている、犯罪は犯罪だと糾弾する探偵役を置くことも可能だろうが、それだけでは敵にはなれても『宿敵』までには至れない。 正しい方法のみであの時代を変革すること自体は、ヒーローがいようとも不可能なのだ。 そして、両者の社会を改革するという大目的は一致していなければ、この物語はハッピーエンドにならない。最終的に、両者は敵対しない。 まさか、向こうのモリアーティにとっての歴史では、ホームズの方が悪の側だったのか、あるいはシャーロック・ホームズの方が敗北していたのか。 その可能性も有り得ない。 相手方の動きは、明らかに『善性を持った存在がいると信じており、悪の蜘蛛の打倒は可能である』ことを前提としたもの。 悪のモリアーティは正義のホームズに敵わないという大原則を理解している者のそれだ。 この人物が、『シャーロック・ホームズ』を敵に回した悪党の物語であり、なおかつ悪党は敗北する。 その構図が、どうにも思い描けない。 絶対にシャーロック・ホームズでなければならない理由が、存在しない。 老いた蜘蛛にとって、そこだけが『もう一匹』を『モリアーティ』と呼ぶことを躊躇わせる、最大の難題だった。 ◆ 「有り得るよ」 当時のロンドンで一二の叡智を持ったその教授に対して、少女は即答した。 なんだ、そんなことかと簡単な解法を持つように。 天使のようにたおやかな微笑みで。 愛を語る少女は解答する。 その矛盾を解決する、たった一つの解法は存在する。 「その人は、大好きだったんだね。おじいちゃんが大嫌いな人のことが」 だって、[[死がふたりを分かつまで]]殺し合えば、最後まで一緒にいられるでしょう? マキマさんたちもそうだったもんねぇ、と一人うんうんうなずいている。 その答えに、教授は驚愕し、ただ口を開けた。 言葉を取り戻すまでにやや時間を要し、『好きだったから』という単語を飲み込むのにしばらくかかり。 その意味を黙考して咀嚼しきる前に、まず反論が口をついて飛び出す。 「いや、だがね、しお君。敵同士だよ? まさに、私とその大嫌いな奴のような関係なのだよ?」 そこに『好き』があるというのか、と。 老いたモリアーティにとって最大の難所であるはずの、その『引っかけ』を、8歳の少女がいともたやすく越える。 「わたしと、とむら君は、敵同士だけど仲よしだよ?」 何もおかしなことはないと言わんばかりに提出される、自信満々な解答用紙。 その断言ぶりに、往年の大英帝国の叡智の一角は、それ以上の反論ができなかった。 頭の歯車が、違う形に噛み合う。 仮に、『その感情』があったとすればと、再構成が為される。 「ああ、ああ……」 仮に、『犯罪者』が『探偵』に向ける感情が、嫌悪や憎悪でなかったとすれば。 その仮定に立ってみるのは、かなり生理的におぞましい事だったけれど。 一端それは脇に置いて、見直せば。 そこに好意があるならば、『犯罪者が探偵に絆された』という解釈が成り立ち、探偵の勝利は成立する。 犯罪者は死亡し、探偵が生き残るという結末は、『犯罪者が探偵を道連れにできなかった結果』として探偵が勝った結末になる。 ――あれ、楽しかったでしょう? 「私も一度は『そう』だったのに、見落とすとは恥ずかしい……」 『探偵に向ける感情がそうだった』という点については認めたくなかったが、それでも経験したことがあるゆえの納得はあった。 その感情に絆されては、敗北するしかない。 どんな思惑を秘めていようとも、相手の思うままに流される切り札。 あの亜種特異点新宿で、悪の計略をどうしようもなく破綻させて敗北させた、敗因。 それは、『七発目の魔弾が直撃するほどの親愛(いちばんたいせつなひと)』。 「おじい……えむさんにも、好きなひとがいたの?」 「たった一度だけ。もう忘れようと決めていることさ」 それを己も持ったことがあるだろうにと、己の不明を認める。 「私には大切なものが、何ひとつ存在しなかった。愛用の棺桶を手に入れる過程で知り合った、たった一つの出会いを覗いてはネ」 「えむさん、結婚できなかったんだね。かわいそう」 「君の言葉はロマンスでいっぱいなのにピンポイントで生々しいなぁ……」 お城で育った女の子にとって、『大切な人がいない』とは『誓いの言葉をささやいて結婚式を一緒にあげる人がいない』という事実を指す。 だが、大人の世界におけるそれは『結婚も子ども無かったなんて寂しい人生を送ったなぁ』という凶悪な煽りと化す。 ここに現界したのは、『新宿幻霊事件』を経たモリアーティ教授である。 宿敵を倒すために、無理やりじみた手法で善性を獲得し、一度だけは『正義の味方(じゃあくなるもの)』として振る舞ったことがある教授だ。 しかし、ここに現界したのは天文台(カルデア)に召喚されたモリアーティ教授ではない。 界聖杯に召喚され、悪役(ヴィラン)の首魁に引き寄せられたモリアーティ教授だ。 サーヴァントの性質は、マスターに引っ張られる。 であれば、藤丸立香ではなく[[死柄木弔]]に召喚されたサーヴァントが悪を志向するのは当然。 ジェームズ・モリアーティは悪であり、またそのことを自覚もしている。 これが人理の危機であり、かつて大切に思ったマスターの抱える問題であれば、その悪意は人を救う為に役立てられたかもしれない。 しかし、悪の可能性を目にしてしまったモリアーティが、前召喚においてつむがれた縁を『不要』と断ずるのは当然のこと。 それでも一つだけ、言及することがあるとすれば。 ――死柄木弔が破壊しようとしている世界が、『藤丸立香が救った世界ではない』と分かった時は、安堵した。 いやはや、まったく、愛とは『これ』だから。 犯罪界のナポレオンは、愛を御することができない。 いまひとたびの愛に染まるつもりはないし、これから先に誰を愛することもない。 一人だけ存在した『大切な人』が界聖杯には招かれていなかった以上、その先を知ることもできない。 だが、愛が厄介なものであることは知っている。 故に、神戸しおの『愛』について、彼女を育てるための根幹だと価値を見出す。 「どうして?」 「ん、どうしてとは?」 「えむさんはその人のことが大好き。なら、えむさんみたいに悪い人が、どうして悪い事をして会いに行かないの?」 目の前にいる老人は、テレビに出てきた『悪いことはやめるんだ』と説かれる悪役のように、したいことの為なら悪さをするのを躊躇わない。 故に、大切な人のいるMが、大切な人に会いに行くよりも『とむら君』の面倒にこだわるのはおかしいと主張する。 その言葉に老いた蜘蛛は口元を歪め、これは君には出会った事の無い考え方かもしれないが、と前置きして。 「世の中にはね、『その人の為なら騙しても犯しても奪っても殺してもいい』と思える人がいる一方で、 『その人の為なら、騙したり犯したり奪ったり殺したりすることはできない』と思える人がいるのだよ」 「…………」 彼女がそれを『愛じゃない』と判定するのか、『そんな愛は間違ってる』と評するのか、それは蜘蛛の判定することではなかったが。 「だから私は、大事な彼女を望まないのサ。今の教授(せんせい)は、『悪の味方(じゃあくなるもの)』だからネ」 故に老いた蜘蛛(オールド・スパイダー)は、愛さない。 また、もしも愛することを考慮した上で己がマスターに接すれば。 いずれ『大事なものを奪う七発目の弾丸』が、今度は死柄木弔へと発射条件を満たしてしまう。 故に老いた蜘蛛(オールド・スパイダー)は、他者を愛せた己に別れを告げる。 己にわずかばかり芽生えたかもしれない善性を、切り離す。 「ただし。それが君にとって、『愛じゃない』と言えるものだったとしても、『愛だ』と認められるものだったとしても、そのどちらにも言えることだが」 言葉を切り、大事な要点を授業で説明する時のように、もったいを付ける。 幼い少女へ、後学のためにと、教唆(アドバイス)を行う。 これから君がおばさんの厚意を利用しに行くのもそうだよ、と前置きして。 「他人の愛は、悪用しなさい」 ◆ 神戸しおが退室した後、283プロダクションへの仕掛け方について相談済みだった禅院のもとへと、さらに追加で連絡を入れた。 ――もし、283プロジェクトに潜んでいたサーヴァントが『二つ名』を名乗っていることがあれば、それをすぐに私に教えてほしい。 当然に、真名が露呈しかねないような二つ名を名乗るサーヴァントはいない。 しかし、己が『M』だとか『教授』だとか名乗っているように、ゆかりのある呼称をつけてしまうということはある。 たとえばそれが、彼の職業に関わるものだったとすれば、この予感には解答を得られるだろう。 その時は、『もう一匹』のことを、いよいよ真名『ジェームズ・モリアーティ教授』だと仮定する。 また、もしもその仮定どおりであったとすれば。 『もう一匹』もまた、こちらが『ジェームズ・モリアーティ』である可能性には至っていることだろう。 向こうの『悪の敵』と違って、『悪の味方』をするモリアーティの人物像は、ほぼほぼ小説の『シャーロック・ホームズ』のそれに立脚した、巨悪としての立場で動いている。 『物語に刻まれた英雄も、英霊として座に加わることがある』というサーヴァントの知識をもってすれば、こちらが向こうの真名をあてるよりも推測材料は多いのだから。 禅院には、先方の正体に心当たりや興味でもあるのかと探りを入れられたが、その理由は伏せた。 ――いや、対面して見てもし顔の良い若い男だったなら、『なんでこっちは腰痛持ちアラフィフなのに向こうはイケメンなのかネ』という長年の劣等感から解放されるから。 「「「「そこかよ」」」」と、もしこれが死柄木でもライダー(デンジ)でも四ツ橋でも禅院でもでも同じ言葉を言い返したはずだが、誰もその理由は知らない。 しかし、神戸しおに言われたとおりの物語だったとして、やはり本気で腑におちないことがある。 あんな男の、どこがいいんだと。 犯罪王の、ジェームズ・モリアーティだけが知っていることがある。 小説でシャーロック・ホームズの所業が褒めそやされるたびに。他者がホームズに好評をつけるたびに感じ取る、わずかな違和感。 『ジェームズ・モリアーティの知るシャーロック・ホームズは必ずしも善人ではなかった』ということ。 モリアーティは悪人だったが、それと対を成すものが善人であるとは限らない。 むしろ蜘蛛の知るシャーロック・ホームズは、人理を、公衆の利益を守るためならば、どのような手段をも実行する男であった。 でなければ、正当防衛が成立する状況であったとはいえ、『モリアーティの逮捕は不可能だから、ライヘンバッハの滝に突き落として死んでもらおう』などという選択肢を選べるはずがない。 また、とある幻霊都市にて、狼王を陥れる為にその妻の死と、巻き込まれただけの無垢な一般犬を利用するなどという策を用いるはずがない。 数々の事件において、名探偵は『善人』には選べない、他者が引くほどの冷酷な選択肢をいざとなれば提示してきた。 間違いなく『正義』を掲げる者ではあったが、善と悪では善を取る男ではあったが、必ずしも善人ではない。 最善の行為によって犠牲を良しとする裁定者。 真実を解き明かし、人類史を維持するためにこそ万物を裁定する探偵。 幾多の地獄を積み上げ、時には土地の民を殺戮し、『悪』と呼ばれてでも前に進める集団に属せる者。 目的は誰かのためなどではなく、ただひたすらに正義のため。 神戸しおからすれば、『いらない』のひとことで済ませるような存在。 悪を殺すことに躊躇はなく、悪と手を取り合わず、悪に向かって手を伸ばすことなど有り得ない。 たった一人のヒーローには成りえない、『みんな』しか救わない正義の味方(ヒーロー)。 それが老いた蜘蛛の知る名探偵だった。 一言で言ってしまえば、あの『名探偵』を個と個の関係として一方的に好きになる人間など、そういないと思っていた。 そこだけは、納得がいっても内実が分からない。 蜘蛛の奸智は、邪智の極みではあっても全知ではないのだ。 それが証拠が、早くも一つ浮上しかかっている。 これから彼が為そうとしていることに、誤算があったとすれば。 今現在、会いに行こうとしている松坂家の女は、決して神戸しおのように行先を告げてから出かけてくれる性質ではないということだった。 [備考] 日没にさしかかろうとする頃に、中央区・豪邸の松坂家のもとに、デトラネットから引っ越し先の確定および神戸しおからのコンタクトがかかります。 松坂さとうの叔母達の外出と前後するかどうかは、後続の書き手に任せます 【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル/一日目・夕方(日没開始直前)】 【神戸しお@ハッピーシュガーライフ】 [状態]:健康 [令呪]:残り三画 [装備]:なし [道具]:なし [所持金]:数千円程度 [思考・状況] 基本方針:さとちゃんとの、永遠のハッピーシュガーライフを目指す。 1:さとちゃんの叔母さんに会いに行く。 2:とむらくんとえむさん(モリアーティ)についてはとりあえず信用。えむさんといっしょにいれば賢くなれそう。 3:最後に戦うのは。とむらくんたちがいいな。 4:“お兄ちゃん”が、この先も生き延びたら―――。 ※デトネラット経由で松坂([[鬼舞辻無惨]])とのコンタクトを取ります。松坂家の新居の用意も兼ねて車や人員などの手配もして貰う予定です。 アーチャー(モリアーティ)が他にどの程度のサポートを用意しているかは後のリレーにお任せします。 【アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)@Fate/Grand Order】 [状態]:健康 [装備]:超過剰武装多目的棺桶『ライヘンバッハ』@Fate/Grand Order [道具]:なし? [所持金]:なし [思考・状況] 基本方針:死柄木弔の"完成"を見届ける。 0:当面は大きくは動かず、盤面を整えることに集中。死柄木弔が戦う“舞台”を作る。 1:禪院([[伏黒甚爾]])に『283プロダクション周辺への本格的な調査』を打診。必要ならば人材なども提供するし、準備が整えば攻勢に出ることも辞さない。 2:バーサーカー(鬼舞辻無惨)のマスターと、神戸しお君を面会させるためのアポイントメントを取る。そろそろ日没だが、勝手に出かけたりしてないだろうな? 3:しお君とライダー(デンジ)は面白い。マスターの良い競争相手になるかもしれない。 4:"もう一匹の蜘蛛”に対する警戒と興味。真名が『モリアーティ』ではないかという疑念。 [備考] ※デトネラット社代表取締役社長、四ツ橋力也はモリアーティの傘下です。 デトネラットの他にも心求党、Feel Good Inc.、集瑛社(いずれも、@僕のヒーローアカデミア)などの団体が彼に掌握されています。 ※禪院(伏黒甚爾)と協調した四ツ橋力也を通じて283プロダクションの動きをある程度把握していました。 ※283プロダクションの陰に何者かが潜んでいることを確信しました。 **時系列順 Back:[[オペレーション『サジタリウス』]] Next:[[オペレーション・ドクター!〜包囲せよイルミネーションスターズ〜]] **投下順 Back:[[オペレーション『サジタリウス』]] Next:[[オペレーション・ドクター!〜包囲せよイルミネーションスターズ〜]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |046:[[愚者たちのエンドロール]]|CENTER:神戸しお|063:[[まがつぼしフラグメンツ]]| |~|CENTER:アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)|~|