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サムライチャンプルー(Some Like Cham-POOL) - (2021/12/07 (火) 07:44:15) のソース

◆◇◆◇


自分のことを話したのは、三度目だった。
最初は。俺の身を案じてくれた、飛騨さん。
二度目は。俺の味方になってくれた、[[デッドプール]]。
そして、三度目―――俺を真っ直ぐに受け止めてくれた、おでんさん。

俺は、おでんさんに打ち明けた。
ここに至るまでの、人生を。
この聖杯戦争に辿り着くまでの、道筋を。
おでんさんは俺の想いも、俺の言葉も、黙って受け止めてくれた。
それがとても心地よくて、何よりも嬉しかった。

大人は信用できない。
世の中は、誰も手を差し伸べてくれない。
ずっとそう思って生きてきたし、今でもそれはきっと変わらない。
俺を追い詰めていく社会の眼差しは、今までと変わらずに俺を焼き続けていく。

だけど、今は少しだけ違う。
[[デッドプール]]は、俺の味方になってくれた。
櫻木さんは、俺を本気で心配してくれた。
おでんさんは、俺の身を案じて駆け付けてくれた。
冷え切った胸の内に、ほんのりと温もりが込み上げた。

時折、思うことがある。
俺はこれから、何処へ向かっていくんだろう。
おでんさん。櫻木さん。皆、優しい人達だ。
でも、いつかは乗り越えなくちゃならない。
[[デッドプール]]と共に、戦わなくてはならない時が来る。
それはつまり―――俺を想ってくれた人達を、踏みにじるということ。

わかっている。
それでも、俺は止まりたくない。
止まれば、俺には何も残らない。

今の俺を見たとして。
願いの為にしおを否定する俺を見たとして。
飛騨さんは、なんと言うのだろう。
答えは、分からない。分かるはずもない。
彼女はいない。願いを叶えれば、俺に関わることもなく生きる。
だから、考える意味なんてない。
飛騨さんと俺は、きっともう交わることはない。

過去を清算して、未来を掴み取る。
掴み損ねた家族の幸福を、手に入れる。
それが、俺の祈り。
それ以外に、俺は何もない。
その為なら、俺は。


◆◇◆◇


「おさらいも兼ねて一先ず言っておく。今のあさひの社会的な立場は最悪だ。
 具体的に例えれば『ジョン・ウィック:パラベラム』冒頭のキアヌ・リーブス並に酷い」

中野区、哲学堂公園の近辺―――空き家となっている廃屋の内部。
周囲の気配は既に“見聞色の覇気”で探っている。近場に監視カメラが無いことも確認済みだ。
一行は腰を据えて話し合うべく、アヴェンジャーが発見した廃屋内に居座っていた。

赤黒のスーツを纏ったアヴェンジャーのサーヴァント、[[デッドプール]]は説明を始めた。
黴びた匂いのする薄暗い居間の床に胡座を掻き、他の3人へと視線を向ける。
[[光月おでん]]とセイバー。[[神戸あさひ]]とアヴェンジャー。四人の主従は互いに向き合い、円を描くように座っている。

[[神戸あさひ]]を取り巻く状況は、間違いなく最悪だ。
謂れのない悪評の流布。監視カメラの映像の流出。拡散と共に噂には尾鰭が付き、真偽さえも曖昧なまま『[[神戸あさひ]]は危険な犯罪者』という情報が独り歩きを続けていく。
無雑作に広がっていく風評。無責任に燃え続けていく炎上。個人ではどうしようも出来ない、ネットワークの脅威だ。
ましてや情報戦で遅れを取っている彼らには、太刀打ちすることも出来ない。


「だが、あさひはある意味で安全でもある」


それを理解した上で、[[デッドプール]]はそう切り出す。
その一言に、冷静な態度のまま佇む縁壱以外の二人は目を丸くする。

「どういうことだ?」
「あさひの奴、傍から見りゃ完全に厄ネタだからだよ」

疑問を投げかけるおでんに対し、[[デッドプール]]はスマートフォンを片手に答える。
SNSのタイムラインでは、変わらずにあさひの情報が錯綜を続けている。

「確かにあさひは追い詰められてる。ネットじゃドナルド・トランプに匹敵……いや言い過ぎた、その3割程度の炎上ぶり。
 そして警察も捜査を始めたなんて話も流れてやがる。逆を言えば、だからこそマトモな主従は関わり合いを避ける」

あまりにも目立つが故に、あさひは逆に他の主従から遠ざけられる。
[[デッドプール]]の推測を聞いたおでんは、合点が行ったように呟いた。

「……下手に手出しすりゃあ、あさひ坊の巻き添えになっててめえ達まで注目を浴びる。そういうことか」
「そうだ。中には敢えてあさひを野放しにしておく奴らも出てくるだろうな」
「なるほど、今はあさひ坊が民衆の注目を集めてるからな。
 目立った標的として、ある意味で囮に出来る」

他の主従からすれば、“暗躍”するには寧ろ都合がいい。
多数のネットワークや群衆監視が入り乱れるこの街において、当分はあさひの騒動を隠れ蓑にして目線を逸らせるからだ。

「それに、白瀬咲耶の一件に続いてこの炎上騒ぎ。現代のネットリテラシー持ってる良い子のマスターなら気付く可能性が高い。
 『さっきから燃え広がるペースがおかしくないか?アイドルの次はよく分からない犯罪者かよ?』ってな。
 そもそも“連続失踪事件の犯人”がいたとして、今までろくに痕跡残してなかったそいつが突然こんな不用心な見つかり方するか?」

そんなわけだから、俺ちゃんは気づいた。
そう呟いて、[[デッドプール]]は言葉を続ける。

「この社会の情報網を握って、ノンキな連中を扇動してるクソッタレ野郎が街に潜んでる。
 俺はそう睨んでる」

この街に潜む“暗躍者”の可能性。
それを聞いた三人は、各々の反応を見せる。
おでんは、怒りの入り混じった微妙な表情を浮かべ。
縁壱は、表情を動かさず――しかし瞳に険しい色を湛え。
あさひは、込み上げる焦燥と不安を押し留めるように唇を噛み締める。
彼らの面持ちを眺めながら、[[デッドプール]]は話を続けた。

「白瀬咲耶の時はそれに気付かなかったとしても、流石に二度目となりゃ違和感を抱く奴らも出てくるだろう。
 そうなりゃ他の連中は尚更慎重になってもおかしくはない」

あさひが却ってアンタッチャブルな存在になるであろう理由は、そこにもある。
仮にこの社会を扇動するだけの地位や人脈を持つ存在がいて、それが度重なる炎上の糸を引いているのならば。
あさひへの干渉は、影で静観を続ける黒幕に存在を認知されるかもしれないというリスクに繋がる。

「座標さえ特定されてるのに、未だにでかいヤマが起こってる気配のない283んとこの件でも思った。
 大半の奴は様子見に回ってるか、騒動を避雷針として利用してるってのが実情らしい」

真乃達が何事も無かったように外部を移動していたことも、283プロで大きな騒動が起こらなかったことの証明となる。
もしかすれば、複数の主従に事務所を睨まれても状況を切り抜けられるほどに“[[プロデューサー]]”かそのサーヴァントがやり手だった線も考えられる。
あの公園で真乃に送られてきた避難指示からして事務所に危機が迫っていたことは確実だし、[[プロデューサー]]がマスターである見込みも相当に高い。

しかし、例え彼が有能だったとしても、何かしらの乱戦が起きれば事務所に大きな被害が出ることは免れない。サーヴァント同士の戦闘になれば尚更だ。
仮にそうなればニュースで大々的に報道されても不思議ではないし、そのような危機的状況が起きた直後となれば真乃も呑気に外出している場合ではなくなる。
つまり、事務所近辺は今のところ小規模な騒ぎで留まっていると考えたほうが合点が行く。

「恐らく黒幕もこの結果は少なからず見越してるだろうよ。あさひの件もきっと同じだ」

この件の厄介な点は“社会的には致命的な打撃”であるということ。
下手な者ならばパニックに陥りかねないし、早急な行動へと走りかねない事態だ。
しかし、だからこそ冷静に睨まなければならない。これは敵の罠であると見極めなければならない。


「炎上騒ぎはあくまで攻撃じゃない、あさひを消耗させて出方を伺う為の『いやがらせ』に過ぎないのさ」


故に、[[デッドプール]]は結論付けた。
これは牽制と妨害であって、攻撃とは違う。

「……敵を攻撃するだけならば、態々衆目に晒して事を大きくする必要はない。
 自らの監視網を駆使して、迅速に先手を打てばいいだけ」
「その通り、流石はサムライジャック。
 炎上なんて手を使ってる時点で連中は様子見のつもりでいやがるってワケ」

理屈はどうあれ、炎上の黒幕は監視カメラの映像をリークすることが出来ている。
その気になれば映像を辿ってあさひの行動に対して先手を打ち、闇討ちを仕掛けることも可能だった筈だ。
しかし、敵はそうしなかった。あさひを社会の敵としてでっち上げ、騒動の火を作り上げた。
このことも敵があさひへの直接攻撃に消極的であるという証左になる。
迅速に排除するつもりならば、炎上によってあさひを槍玉に上げる必要など無い。社会からも敵主従達からも不用意な注目を集めるのだから、却って逆効果だ。

「で―――どうするんだ、アヴェンジャー。
 [[星野アイ]]とそのライダーが一枚噛んでる可能性が高い、ってえ話だったな。
 そいつらをとっちめに行くのか?」
「[[星野アイ]]とライダーには、いつか必ず落とし前を付けさせる。恨んだ相手を追い掛け回すのは“復讐者”の得意分野ってヤツだ。
 だが、今はやめといた方がいい。連中だって、俺達がすぐに殴り込んでくることは予想済みだろうよ」

それ故に、早急な行動は避けるべきだ。敵にとってはむしろ御し易くなる。
この炎上を利用して自分達をすぐさま誘き寄せ、そこから明確な罠や攻撃によって此方を陥れてくる可能性もある。
状況はこちらが圧倒的に不利。今は下手に攻め込むべきではないと[[デッドプール]]は考えた。

その上で、[[デッドプール]]は頃合いを見計らって真乃にこの疑念を伝えるつもりだった。
電話なり直接対面なりの手段を使って、「[[星野アイ]]への疑念」と「その影に潜む黒幕の可能性」を共有することを考えていた。
仮にアイ達が本当に糸を引いてて、本当に真乃達を利用しているのだとすれば。
真乃達を本格的に味方へと引き入れる切欠―――即ちアイ達との対立軸を作ることが出来る。
少しでも状況を有利にする為にも、手を結べる相手は大いに越したことはない。

「監視カメラって……」

それまで[[デッドプール]]らの話を聞いていたあさひが、ふいに口を開く。
何かに気づいたかのように、自らの考えを語りだした。

「たぶん警察とかの管轄、だと思うけど。
 その映像が外部に流出って、普通は有り得ないことだよな。
 あるとすれば……内部犯とか」
「あさひ、お前も冴えてるな。良いところを突いた」

そんなことを言いながら、[[デッドプール]]は人差し指であさひの頬をむにむにとつつく。
鬱陶しそうな、満更でもなさそうな。何とも言えぬ表情を浮かべながら、あさひはされるがままに苦笑いする。
そうして一頻りあさひを弄んでから、[[デッドプール]]は咳払いをして話を続ける。

「おれぁ風来の身、この世界の警察ってのがどんなもんかはよく知らねえが。
 つまりこの黒幕どもは、社会に根付く人脈か大層な地位のいずれかを持ってるってことか?」
「SNSを利用した超スピードでの情報拡散、そして監視カメラの映像の横流し。
 映像だけならハッカーとかそういう線もあるかもしれないが、炎上も加味すればどう考えても少数で出来るはずがねえ」

つまり連中はアンタの言う通り、社会的なコネクション―――あるいは相応の権力を握っている可能性が高い。
で、そいつらが[[星野アイ]]たちの言っていた『同盟相手』だろうな。と[[デッドプール]]は付け加える。

恐らくあの二人は、というか確実に、同盟相手の情報をこちらにバラしたくはなかったのだろう。
だからこそ連中はこんな嫌がらせを繰り出して、あさひ達の行動に大きな制約を与えた。善良で誠実な真乃達には暫く利用価値があるとしても、あの時ライダー達への警戒心を顕にしていたあさひ達は厄介者でしかない。そういうことなのだろう。

「で、今あさひも『内部犯じゃないか』って言ってたな。
 最初の白瀬咲耶の炎上の時も思ったが、報道が過熱するスピードもおかしかったんだよ。
 それに加えて監視カメラの映像をこうも簡単に、しかもピンポイントで載せられる」

[[星野アイ]]達との接触から、ものの数時間。
[[神戸あさひ]]は、たったそれだけの短い間に“社会の敵”と変えられた。
戸籍も住居も持たない浮浪者であるにも関わらず、瞬く間に本名から風貌に至るまで多数の情報を引き抜かれた。
そして、根も葉もない噂とともに悪評が拡散されている。
白瀬咲耶の件に続いて、その異様さは見て取れる。特に今回はあさひが当事者となっているのだから、尚更だ。

「警察絡みって線も考えたが、それだったらSNSの公式アカウントで声明を出すなりさっさと指名手配するなりした方が早い。
 炎上なんて手段をわざわざ使う必要は無い」

監視カメラの映像の横流し。
SNS上での拡散工作。
そして白瀬咲耶のニュースにおける、異様なスピードでの報道。
これらの条件から、[[デッドプール]]は推測する。

「情報メディアとか、IT系とか、そういう“幾つかの企業”が連中のバックに付いてる可能性が高い」

敵は、一つの集団ではないという可能性。
同盟関係や社会的地位などと言う生易しいものではない。
企業の集合体こそが、黒幕の正体であるかもしれない。
[[デッドプール]]はそこへと行き着き、“最悪なゲームバランス”を呪った。

この聖杯戦争では、ごく普通の社会が再現されている。人々は何事もなく生活しているし、そこには経済が当たり前のように介在する。
そんな盤面を前提として戦う以上、この場では組織力と経済力が圧倒的に物を言うようになる。
ロールなど無視して大暴れをすれば根底を引っくり返すことも出来るかもしれないが、一ヶ月もの間に社会が崩壊しなかった時点で答えは明白だ。
敵主従は皆この社会を利用しているし、社会基盤を下手に脅かせば敵の注目を浴びることも理解している。
だから当然、社会での暗躍が幅を効かせるようになる。社会に根付き、コネクションや地位を得ることが大きな力となる。
それらを期待できない[[神戸あさひ]]や[[光月おでん]]というアウトサイダー達は、初めから圧倒的に不利な条件で戦わされているのだ。

「あさひ坊はこれからどうする?」
「人目に付かない適当な廃屋か何かを見つけて、そこを隠れ家にする。ぶっちゃけ今はそうするしかない」

[[デッドプール]]の推測に動揺することもなく、迷わずあさひの身を案じるようにおでんは問いかけた。
現状の最善手はそれだけだ。あさひの座標が完全に特定されていない今の時点で、迅速に“隠れ家”を確保して息を潜めさせる。
あさひは最早下手に出歩くべきではない立場となった。それ故に今はひたすら身を隠してやり過ごす他無い。

「ここじゃ駄目なのか?あさひ坊の隠れ家ってのは」
「一時的な拠点にはなれど、長居は禁物だろう。
 この一帯の地区は大規模な都市部から近い位置にある」

おでんはそう問いかけるが、直後に縁壱が[[デッドプール]]の意図を汲むように口を開いた。

「今は身を潜められるとしても、そう遠くない内に敵や社会の追手が迫るという危惧は否定できない」
「サムライジャック……無口に見えて結構いいフォローしてくれるよね。俺ちゃん、お礼のキスとかしたくなっちゃう」
「……ささやかな助力しか出来ない身だが、かたじけない」
「お前の何処がささやかなんだよ。ジョコビッチとダブルス組んでる気分だよ」

縁壱と漫才のような掛け合いをする[[デッドプール]]だが、この廃屋を拠点にし続けることは難しいと彼は実際に考えていた。
既に述べられている通り、監視や追撃から少しでも逃れる為にも大都市からは可能な限り距離を置くべきだ。
真乃のアーチャーが講じた一芝居によって助けられたとはいえ、「[[神戸あさひ]]は渋谷近辺にいる」という噂話もじきに広まるかもしれない。
それに、中野区には283プロダクションも存在する。大きな騒動は未だ起きていないとは言え、いつ鉄火場と化すかも分からない施設の近辺に滞在することも避けるべきだろう。
都心部から離れた郊外の廃屋や廃墟など、可能な限り存在を悟られにくい場所が望ましい。
ホテルを始めとする宿泊施設、ネットカフェなどを利用することは避けるべきだ。従業員による通報の危険性が高い。

あさひは身元の特定を少しでも防ぐために服装を着替えている。普段着ていたパーカーや護身用のバットも既に[[デッドプール]]が回収していた。
何処から敵が来るか分からない状況で、少しは持ち慣れている武器を携えていないと落ち着かないから。元々あさひが武装していた理由はその程度のものだった。
当初は[[デッドプール]]も反対したものの、最終的にはあさひの精神状態も考慮して渋々受け入れていた。
[[神戸あさひ]]は、まだ子供だった。それだけのこと。

真乃達からは着替え以外にも、保存食などの物資を受け取っていた。
[[デッドプール]]は真乃と連絡をした際、今後あさひが身を隠すことを見越して最低限の食料調達などを真乃に頼んでいた。
お代はツケで―――などと冗談を叩きながら。
ともあれ、彼女達のおかげで隠れ家で息を潜める為の準備をすることが出来た。

「あさひ」

そして今のあさひには、[[デッドプール]]が魔力で生成した武器――拳銃を隠し持たせている。
これまでは日雇いの労働に従事するなど、曲がりなりの社会生活を送っていた。それ故にトラブルの原因となる明確な凶器を持たせることは憚られた。
しかし、最早それどころでは無くなった。あさひは明確に社会の敵だ。万が一襲撃が来る可能性もある、形振り構ってはいられない。

「一応銃を持たせるが、言っておくぜ。そいつはあくまで最終手段だ。
 これから先、お前は身を隠すことになる。敵が殴り込んできたら、迷わず令呪を使って俺を呼び寄せろ」

あさひの居場所を下手に察知されないようにするために、俺は暫く距離を取って偵察や遊撃に回る。
[[デッドプール]]はそう告げた。それが彼の選んだ苦肉の策だった。

おでんや縁壱とも既に打ち合わせている。本格的な拠点が見つかるまではあさひ達と行動を共にするが、それ以降は同じく距離を置く。
おでんの風体はあまりにも目立ちすぎるうえ、2体のサーヴァントが共に居続ければ敵に魔力を察知される危険性も高くなる。
既に[[デッドプール]]の連絡先はおでん達に伝えている。携帯電話を持たないおでんに[[デッドプール]]から連絡を取ることはできないが、万が一の場合はおでんから交信を行うことはできる。

「……社会は相変わらず、お前を敵視し続けている。
 お前が隠れている間は、暫く側に居てやれなくなる。それでも大丈夫か」

[[デッドプール]]は、心配するように問う。
対するあさひは、俯きがちに沈黙する。
その表情に籠もっている不安は、容易に見て取れた。
答えを出すことへの恐怖を、噛み締めていた。
それを見て、[[デッドプール]]はばつが悪そうに黙り込む。
やっぱり、一人は怖いよな―――あさひがどんな人生を送ってきたのか、彼は知っている。
だからこそ、[[デッドプール]]は迷う。
そうして自らの方針を決めあぐねた時。


「……大丈夫だよ」


あさひが、口を開いた。
ゆっくりと顔を上げて、[[デッドプール]]を見つめた。

「誰からも見放されてるなんて、昔からだよ。
 寧ろ今は、それより……よっぽど恵まれてると思ってる」

強がるように、気を張るように。
恐怖を抑えながら、言葉を紡ぎ出す。
自らを支えてくれる人々に、目を向けながら。
そんなあさひを、[[デッドプール]]もまた見据えていた。


「だから、こんな“クソッタレ”な状況に負けるつもりはない」


あさひは、ニヤリと不敵に笑ってみせた。
自らを取り繕うような、作り物の表情だった。
それでも。瞳には、確かな想いを宿していた。
こんなところで、屈するつもりは無い―――紛れもない反骨心があった。
そんな眼差しを見て、[[デッドプール]]は何処か嬉しそうように目を細める。


「クールな言い回しだ。男前になったな」


そう言いながら、わしゃわしゃとあさひの頭を撫でた。
やめろよ、と照れ臭そうにあさひは言う。
それでもあさひの口元は、[[デッドプール]]から少しでも認めて貰えたことを喜ぶように。
ほんの僅かながらも、微笑んでいた。

あさひの様子を見て何処か安心したような素振りを見せた[[デッドプール]]は、改めておでん達へと向き直す。

「サムライジャック。それと……カブキ」
「カブキ!?おれは[[光月おでん]]だ!!」
「ごめん」

即座に平謝り。
それはさておき、[[デッドプール]]は畏まった態度でおでん達を見つめる。

「普通は自分のマスターのことで他の誰かを頼るなんて出来ない。
 だが、アンタらは違った。真乃達もそうだが……アンタらがいたから、俺達は助けられている。
 騒動に巻き込まれるリスクも蹴飛ばして、俺達のもとに来てくれた」
「……おれは幾ら罵られようが構わん。そいつらの好きにさせてやる。
 だが、おれの知っているヤツが謂れのない罪で罵られるのを黙って見るつもりはねえ。だから来た」

ジョークや軽口を混ぜることもなく、[[デッドプール]]は真剣に語る。
そんな彼に対し、おでんは神妙な面持ちで見つめながら答えた。
その言葉を聞いて、敵わねえな。とぼやきながら[[デッドプール]]はフッと笑った。


「―――ありがとう。マジで感謝してる」


そして、[[デッドプール]]は頭を下げた。
それは、紛れもない誠意から出た言葉だった。
あさひを取り巻く状況は、間違いなく悪い。
このまま孤立を深めてもおかしくはなかった中で、真乃達とおでん達は打算抜きでの手助けをしてくれた。
ささやかなんかじゃない。間違いなく、得難い助力だった。
だからこそ、[[デッドプール]]は礼を言う。
普段のように戯けることもなく、あさひの力になってくれたことを感謝した。


「アヴェンジャー」


[[デッドプール]]の礼を見届けた縁壱もまた、ゆっくりと口を開いた。


「此処から先も、武運を祈っている。お前は、やはり強い男だ」
「……アンタには敵わねえっての。こっちこそ、祈ってるよ」


縁壱の真っ直ぐな激励に、[[デッドプール]]は苦笑いと共に答える。
なんとも言えぬ態度を見せる[[デッドプール]]だが、その胸の内には眼前の相手に対する敬意が存在していた。
たった一度剣を交えただけの仲。ただそれだけの短い関わりでしかない。
しかし、それでも。この寡黙な剣士が宿す確かな気高さを、[[デッドプール]]は感じ取っていた。
それは縁壱もまた同じだった。先の戦いで、彼は既に“不死の傭兵”の本質―――饒舌な態度の裏に隠された意志を悟っていた。

「さて……今回の炎上もそうだが、この街は厄介なことが多い。
 さっきもSNSを見たが、ヒゲ生やした馬鹿でけえ“青いドラゴン”が町で大暴れしたって話も……」
「――――待て」

そうして[[デッドプール]]が、改めて先程までの話を纏めようとした矢先。
ふいに飛び出した単語に、おでんが目を丸くして食いついた。
予想もしなかった方向からの反応に、[[デッドプール]]は思わず目を細める。

「青い……なんだって?」
「ドラゴンだよ、つまり龍」

青い龍の目撃情報。
―――おでんの眼に、驚愕の色が宿る。
そして、何かの予兆を感じ取ったように。
因縁の予感に、腹を据えたかのように。
真剣な眼差しを向けて、問い質した。



「詳しく聞かせてくれねェか、その話」



◆◇◆◇



人生ってのは不幸の連続だ。
幸せな瞬間は合間にしか訪れない。
誰がこんなこと決めたんだ、神様か?
ジーザス・マザーファッカー。
もう日曜礼拝には二度と行かねえ。
神様、くたばりやがれ。

現状は芳しくない。クソッタレだ。
さっきも言ったように、あさひはある意味で安全だ。
炎上による悪評は社会的な打撃であって、主従間での集中砲火を約束するような戦術ではない。
しかし、立ち回りという点においては紛れもなく手痛い打撃を受けている。
あさひは東京中のネットワークに存在を拡散されている。最悪なまでに注目の的だ。
しかも敵は大規模な組織の可能性が高い。

一度起こった炎上を止める術が無い以上、もはや利害関係で他者と組むことは難しい。
[[星野アイ]]の情報を横流しすることも勿論視野に入れているが、現状リスクは大きい。
あさひの社会的な立場は終わってる。例え誰かが交渉に乗ってくれたとしても、こっちの弱みに付け込まれる危険性が高い。
そうなりゃ最早同盟じゃなくて、支配下に置かれるってことにもなりかねない。ファック。

こんな最悪の状況の中で、[[光月おでん]]や[[櫻木真乃]]たちが手を貸してくれたのは本当に大きかった。
あいらは単なる損得では動かない。だからこそ信頼できる。
感謝している。それはマジの本心だ。

だが、結局は“スタンスで噛み合わない相手”ってことも事実だ。
利害を問わない同盟関係を結べたのは大きい。それでも、利害を問わないからこその根本的な欠陥ってモンが生じている。
仮に俺達が手段を選ばずに勝ち抜く道を選んだとして、向こうがそれを受け入れるとは考えにくい。
俺は強いサーヴァントとは言い難い。敵はハルクの群れ、俺はせいぜいブラック・ウィドウ。そんな感じだ。
例えあいつらが割り切ってくれるとしても、今後の協調や助力を視野に入れれば結局は取れる手段がある程度限られてくる。
それに、もしもあいつらが聖杯戦争の打破に動き出すとしたら―――いよいよ俺達の立場は無くなる。
聖杯を狙う主従からは厄介者の競合相手と見なされ、戦う意思の無い主従とは協調できずに敵視される。完全なる孤立状態になりかねない。


『なあ、あさひ』


だからこそ、俺は考えている。
誰にも悟られないように、俺はあいつに念話を飛ばす。


『最悪、本当に最悪のケースだが。
此処から先、俺達が勝ち残ることが困難だと分かったら。
 そして聖杯戦争を打破しようとする連中に“勝機”があるかもしれない、その時は』


俺は淡々と語る。
最悪の場合の、身の振り方ってやつを。
もしも聖杯戦争を勝ち抜くことが困難であると確定したらその時は。


『お前をそっちに向かわせることも考える』


真乃達のような主従と共に、あさひを“脱出派”へと行かせる。
あさひの命を最優先に動く。

あさひの願いを叶えてやる。
あいつの味方になってやる。
それが最初に誓いだった。
だが、状況は変わった。
あまりにも最悪な方向へと転がってしまった。
最早勝ちを狙えるのかどうかさえ分からない立場へと、追い込まれてしまった。

―――クソッタレが、[[デッドプール]]。

俺は、俺自身に毒づいた。
こんなことを言わなきゃならない俺が嫌になる。

あさひは暫く、何も答えなかった。
延々と沈黙を続けて。
口籠ったように、黙り込んで。


『……そんなの、“絶対に嫌だ”って言いたい。
 俺には、聖杯が無いと何も取り戻せないから』


そして、ようやく言葉を絞り出したように。
あさひは、念話で答えを返した。


『俺には、しおと母さんしかいない。
 それ以外の幸せなんて、分からない。
 だから、諦めたくない。……でも』


俺は、何も言わなかった。
黙ったまま、あさひの言葉を聞き届けていた。
俺はあいつに何を言ってる?
もしもの場合は夢を諦めろ、なんて話をしているんだ。
クソッタレ。マジにクソッタレだ。
あさひにキレられたって仕方無い。文句は言えない。
それでもあいつは、あくまで冷静に言葉を紡いでいる。
本当はどんなことを考えているのかなんて、勘繰ろうとは思わなかった。


『お前が、そう言うってことはさ。
 少なくとも、俺のことを考えてくれた上での言葉だって信じられる』


なんでかって、そりゃあ。
あさひが、答えてるからだよ。
自分の意志を、伝えようとしてるからだよ。
しおを手に掛ける決意をした時もそうだった。だが、今回は少し違う。
今のあさひは、強がってなんかいない。
だから言葉の裏なんて考えない。考える必要がない。
あいつが今言ってることが、全てだ。
それでも、敢えて聞きたくなることもある。


『どうしてそこまで言い切れる?』
『[[デッドプール]]は、優しい人だからだ』


あさひは迷わず、そう答えてきやがった。
まあ、なんていうか。
お前さ、そういうトコが可愛いよな。
俺は思わず、フッと笑っちまった。
照れ臭いような、嬉しいような。
ま、どっちだっていいさ。


『だからさ、今言ったことは考えておく。
 でも、出来ることなら、そうしたくない。
 母さんやしおと一緒にいられることが、俺の全てだから。
 それ以外の道を――――俺はまだ、考えられない』


あさひは、あくまでそう答える。
仕方無い。俺はあさひを咎めたりはしない。
俺だって、一度ヴァネッサを喪ってから暫くの間は―――彼女抜きの人生なんて考えられなかったから。
理解は出来る。当然のことだ。

『じっくり考えな。時間はまだあるさ』

あさひは人生を取り戻そうとしている。
聖杯を手にしなければ、それを掴むことはできない。
あいつを諦めさせようとしてる俺の方が、間違いなくクソ野郎だ。
だからあさひを責めることなんて出来ないし、したくもない。

それでも、一番大切なのは“生きること”だ。
例え折れなくても、曲がらなくても―――此処で死んだら、やり直すことさえ出来なくなる。
あいつを死なせる道だけは、進ませない。
勿論まだ勝利の期待が持てるのならば、変わらず聖杯戦争を続行し続ける。
だが、それが不可能になった時は、身の振り方を変える必要がある。

だからこそ、最悪の場合。
現状の盤面と自分達の状況を鑑みて、勝ち抜くことは困難であると判断した時は。
あさひと再び話して、脱出派に転向する余地を作る。
必要ならば本気で説得することも辞さない。
せめてあいつが生きて帰れる道筋を整えてやる。
そして、出来ることなら。
俺はあいつに、もっと教えてやりたい。
お前は前を向いて生きられる、ってな。

―――さて、乗るか反るか。

勝負の見極め時は、いずれやって来る。
手札は確認したか?手持ちのチップは?小便はきちんと済ませたか?
オーケーオーケー、大丈夫だ。
ベットタイムはもう間もなく。
お楽しみは、此処からってワケだ。

何、もう暢気に軽口叩いてる場合じゃない?
おいおい、そいつは違うね。
ビバリーヒルズ・コップは、いつだってジョークを絶やさなかったぜ。

【中野区・廃屋/一日目・夕方】

【[[神戸あさひ]]@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(小)、全身に打撲(小)
[令呪]:残り3画
[装備]:[[デッドプール]]の拳銃(懐に隠している)、着替えの衣服(帽子やマスクを着用)
[道具]:リュックサック(保存食などの物資を収納)
[所持金]:数千円程度(日雇いによる臨時収入)
[思考・状況]
基本方針:絶対に勝ち残って、しおを取り戻す。そのために、全部“やり直す”。
0:頃合いを見て郊外へ移動し、暫くは身を隠す。
1:折れないこと、曲がらないこと。それだけは絶対に貫きたい。
2:ライダー達は、いつか必ず潰す。
3:“あの病室のしお”がいたら、その時は―――。
4:聖杯は、出来る限り諦めたくない。
[備考]
※真乃達から着替え以外にも保存食などの物資を受け取っています。

【アヴェンジャー([[デッドプール]])@DEADPOOL(実写版)】
[状態]:『赫刀』による内部ダメージ(小)
[装備]:二本の刀、拳銃、ナイフ
[道具]:予選マスターからパクったスマートフォン、あさひのパーカー&金属バット
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:俺ちゃん、ガキの味方になるぜ。
0:あさひを暫く郊外の何処かに隠す。以後はあさひから距離を置き、偵察や遊撃に徹する。
1:あさひには安全な拠点に身を隠してもらう。出来れば一箇所に留めたいが、必要に迫られる事態が起これば拠点を移す。
2:頃合いを見て真乃に連絡を取り、[[星野アイ]]達のことを警告する。
3:真乃達やおでん達とは暫く友好的な関係を結ぶ。
4:[[星野アイ]]達には必ず落とし前を付けさせるが、今は機を伺う。
5:真乃達や何処かにいるかもしれない[[神戸しお]]を始末するときは自分が引き受ける。だが、今は様子見をしておきたい。
6:最悪、あさひを脱出派に向かわせることも視野に入れる。
[備考]
※『赫刀』による内部ダメージが残っていますが、鬼や魔の属性を持たない為に軽微な影響に留まっています。時間経過で治癒するかは不明です。
※[[櫻木真乃]]と連絡先を交換しました。
※ネットで流されたあさひに関する炎上は、ライダー([[殺島飛露鬼]])またはその協力者が関与していると考えています。


◆◇◆◇


廃屋の一室。
夕焼けの光が指す畳の部屋で、おでんは座り込んでいた。
[[デッドプール]]達との情報交換を経た後、彼は縁壱と改めて話し合う場を設けた。


『あさひ坊は、“取り戻したい”らしいな』


おでんは、念話で話を切り出す。
彼は、[[神戸あさひ]]の願いを聞き届けていた。
生まれた環境のこと。
大切な家族のこと。
悪魔のような男のこと。
掛け替えのない妹のこと。
それらの果てにある、切実な祈りのこと。
あさひが背負うものを、おでんは受け止めた。

妹を、取り戻す。
家族三人で暮らす幸せを、取り戻す。
その為にも、聖杯戦争には負けられない。
それがあさひの答えだった。

『あいつの取ろうとしている手段は、察しが付く。
 ……そのことであれこれ問うつもりはねェ。
 それが自分の人生に対する、あいつなりのケジメなんだろう』

如何にして、妹を取り戻すのか。
如何なる願いで、失った妹を引き戻すのか。
それを問い詰めることはしなかった。
だが――――察することはできる。その手段が彼自身のエゴであることも、悟っている。
それでも、おでんは何も言わなかった。
彼の背負った境遇、彼の凄惨な過去。
そしてその上で背負った決意を知った今、おでんは口を挟むことを止めた。

それからおでんは、僅かながらも沈黙する。
何かを考え込むように、口を一文字に結ぶ。


『どうした』
『……ある野郎を思い出してた』


おでんの脳裏に浮かぶ、一人の男。
大名の“コマ使い”として現れ、狡猾に権力を奪い取った一人の悪党。
おでんにとっての因縁であり、そして自らの最期に関わった張本人だった。

『そいつはとんだ卑怯者だった。
 策を弄して将軍家を乗っ取り、大海賊と手を結み……おれの故郷であるワノ国を掌中に収めた!
 それからは圧政で民衆を虐げ、国を疲弊させ、てめえ自身は地位を振りかざして極楽の限りを尽くしやがった』

淡々と、しかしその声に怒りを滲ませながら語る。
顔を巌のように強張らせながらも、一息を吐いて次の言葉を紡ぐ。

『そいつは、国を憎んでいた。人間を恨んでいた』

その男の“悪”を生み出した根源。
それは、憎しみによる国中からの迫害だった。

『おれが命を落とす間際……すべては復讐の為だとそいつは明かした。
 切腹を命じられた大罪人の親族だったせいで、そいつは一族もろとも国中の人々から迫害を受け続けた。
 そいつら自体は、罪人でも何でもねェのにだ』

だから“その男”は、謂れなき罪で自身を追い詰めた民衆達―――すなわち国に対する復讐を始めた。
おでんを失墜させたのも、大海賊と手を組んだのも、国を荒廃させたのも、すべては復讐の為だった。
己を蹂躙し続けた社会への報復。自らを拒絶し、否定し続けた大衆への怨嗟。
悪意に曝された“その男”は、そうして醜悪な怪物へと成り果てた。

『後のことは“おれの侍達”に託したが……あの大バカ野郎は今でも許せねェし、許すつもりもねェ!
 それでも、思うこともある。理不尽に対する憎しみってモンは、時に人間をとんでもねえ“バケモノ”に変えちまうのだと』

幾ら同情の余地があろうとも、国を欺き民を苦しめたことに変わりはない。故に、悪事の数々を許すつもりはない。
されど、一度死を迎えて振り返った今―――奴がそうなるに至った根幹は、理解できる。
彼の家臣達は、逸れ者の寄り合いから始まった。迫害を受けていた者も、悪事に手を染めていた者もいた。
誰もがそうだった。環境や経験によって、人は時に道を踏み外す。
そうして取り返しが付かなくなる輩は、幾らでも居る。おでんは理解していた。

『あさひは強い奴だ。俺はそう断言できる。
 ……あいつは自分達や家族を見放した世の中を恨み、疑い続けた。
 だが、それでも外道にだけは堕ちなかった!今だってそうだ!』

だからこそ、おでんは思う。
[[神戸あさひ]]。あいつは強い。

『あいつの進む道が、あいつが選んだ手段が正しいのかどうか。それを断じることは出来ねえ。
 だが、少なくとも―――お前がアヴェンジャーを認めたように、俺もあいつを認めている』

誰からも手を差し伸べられなかった幼少期。
父親の暴力に耐え続けた、地獄のような日々。
母や妹との幸福を願い、必死に耐え続け。
しかし、渇望し続けた祈りさえも最後には踏み躙られた。
世界を憎んだとしてもおかしくはない。
道を踏み外したとしても不思議ではない。
そんな人生を、彼は歩んでいた。


『あいつは、あのアヴェンジャーと共に前を向いている』


しかし、それでも。
あさひは、自らの幸福を見捨てなかった。
他の誰かを想う心を手放さず、己自身を貫き続けていた。
ただの童にとって、それは並大抵のことではない。
そんな彼が、戦う覚悟を決めている。他の連中を乗り越えてでも、例え過去を否定する手段を取ることになってでも。
それでも[[神戸あさひ]]は、聖杯を掴み取ろうとしている。
その決意の重みを、おでんは理解した。


『―――ああ。そうだな』


だからこそ、縁壱も答えた。
ただ一言。されど、確かな感触を以て。
おでんの言葉に、静かに頷いた。
それ以上は、交わさなかった。
あの二人に対する答えは、既に出ていた。

『さて……』

そうしておでんは、一呼吸置き。
気に掛かっている事柄を、縁壱に語る。

『青い龍、と来やがった』
『先程もアヴェンジャーに問い掛けていたが、心当たりが有るのか』
『ああ。お前と同じ……“直感”ってヤツさ』

いつになく真剣な声色で、おでんは語る。
アヴェンジャーを経由して知った『住宅地に出現した青龍』の噂。
曰く、そいつは突如として空から現れたという。
曰く、そいつは圧倒的な暴力で『何か』と戦って町もろとも蹂躙したという。
曰く、そいつは以前から何度も都市伝説として存在を囁かれていたという。
たったそれだけの断片的な情報。
確信に至る材料など、一つたりとも存在しない。

それでも。それでもだ。
[[継国縁壱]]が、“悪鬼”との因縁を感じ取っているのと同じように。
[[光月おでん]]もまた、因果の巡り合わせを察知していた。
あの悪辣な将軍の背後に潜んでいた大海賊―――“百獣”と称された、圧倒的な怪物。

この地平の果てで始まった聖杯戦争において、誰よりも“英霊”に近い男であるからこそ。
[[光月おでん]]は、迫り来る宿命を悟っていた。

『それと、もう一つ』
『……どうした』
『“凄腕”に遭っちまってな』

現状のおでんが語ることは、もう一つ。
それは、数刻前に世田谷区の路上で対面した一組の主従のことだった。
マスターは[[古手梨花]]と名乗る、幼き少女。
彼女が従えていたのは、一騎の剣豪。
おでんは、その女剣士―――セイバーと一太刀を交えていた。

『そいつぁ女だが、とんでもねえ猛者だった。
 お前程じゃあないにせよ―――俺も肝が冷えたくらいの“剣の化け物”だ』

世辞も何も無い、本心から出た言葉だった。
あの女剣豪は、紛れもない強者だった。
異常なまでの鋭さ、捷さ。針の穴に糸を通すかのような絶技。
一歩間違えれば首を落とされていたのではないか。そう思ってしまう程の、凄まじい剣術だった。
―――それでも尚、『剣技では己のサーヴァントが上回る』とおでんは感じている。
自らの従者を担ぎ上げている訳ではない。純粋に、そう感じていたのだ。
おでんは理解している。[[継国縁壱]]は、あの女剣士さえも上回る“剣の怪物”だ。

『そして、そいつらは“聖杯戦争を打破する手段を持つ主従”を知ってると言ってた。
 具体的な話は向こうも知らねェようだったが……単なるハッタリじゃあねえだろうな』

その主従との対峙で驚愕させられたのは、何も剣技だけではない。
それは即ち、界聖杯をひっくり返せるかもしれないという可能性。
有無を言わせずに“可能性の器”を徴用し、命がけの闘争へと駆り立てる儀式。
この一ヶ月で界聖杯のきな臭さは察知していた。これは「勝てなければ残念」と言った程度の遊戯でも競技でもない、上手い話などないことは明白だ。
故に、その根幹を覆せる手段を持つ主従がいるという話は紛れもなく大きな収穫だった。

とはいえ。
それを受け入れるかどうかは、別だ。
その答えは、まだ出せていない。
界聖杯の善悪。主従の善悪。
それらを完全に見極める為にも、まだ時間が必要だ。
それに。おでんは既に、[[神戸あさひ]]の願いを知っている。
この地には、聖杯に縋らねばならない者がいる。
それは恐らく―――いや確実に、あさひ以外にも存在するだろう。
故に、おでんは迷い続けていた。

『……あと、悪い』
『何だ、マスター』
『その女にお前のことを話しちまった。
 それで……どうやら火が付いちまったみたいでな。
 お前と一太刀交えたいって感じだった』

それからおでんは、申し訳無さそうに縁壱に伝えた。
おでんはあの女剣士との闘争の後に、思わぬ形で彼女を煽ってしまった。
もっと上の剣を見た。だからお前の一撃を凌げた。
その何気ない言葉が、女剣士の闘志を焚き付けてしまった。
次に会う時は、セイバーと死合(や)らせてほしい―――おでんは彼女との口約束を交わしてしまった。

『……その時は、善処しよう』

何とも言えぬ口振りで、縁壱は答える。
曖昧な返事、というよりは素朴な一言。
大きな“火遊び”にはならないだろうと思いたいが。あの女剣士がどう出るかは未知数だ。
それなりの覚悟は必要だろうと、おでんは思った。

一頻りの情報を纏めて、おでんは振り返る。
群衆の槍玉に上げられた[[神戸あさひ]]。
アイドルを襲撃していた得体の知れない男。
対聖杯の手がかりを持つ女剣士の主従。
縁壱が直感した“鬼の気配”。
そして、この戦争に潜む“青い龍”……。


「……やはり一筋縄じゃいかねェな、界聖杯ってヤツは」


おでんは、ポツリと呟く。
どんな答えを出すにせよ、今はまだ道を進み続けるしかない。
これより先、如何なる壁が待ち受けているのか。如何なる因縁が迫っているのか。
その真実は、未来のみぞ知ることだ。


【中野区・廃屋/一日目・夕方】

【[[光月おでん]]@ONE PIECE】
[状態]:右肩に刀傷(行動及び戦闘に支障なし)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:二刀『天羽々斬』『閻魔』(いずれも布で包んで隠している)
[所持金]:数万円程度(手伝いや日雇いを繰り返してそれなりに稼いでいる)
[思考・状況]
基本方針:界聖杯―――その全貌、見極めさせてもらう。
0:隠れ家を見つけるまではあさひ坊を守る。見聞色の覇気で周囲の気配は探り続ける。
1:他の主従と接触し、その在り方を確かめたい。戦う意思を持つ相手ならば応じる。
2:界聖杯へと辿り着く術を探す。が――
3:何なんだあのセイバー(武蔵)! とんでもねェ女だな!!
4:あの変態野郎(クロサワ)は今度会った時にぶちのめしてやる!
[備考]
※[[古手梨花&セイバー]](宮本武蔵)の主従から、ライダー([[アシュレイ・ホライゾン]])の計画について軽く聞きました。
※「青い龍の目撃情報」から[[カイドウ]]の存在を直感しました。
※アヴェンジャー([[デッドプール]])の電話番号を知りました。

【セイバー([[継国縁壱]])@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[装備]:日輪刀
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:為すべきことを為す。
1:[[光月おでん]]に従う。
2:他の主従と対峙し、その在り方を見極める。
3:もしもこの直感が錯覚でないのなら。その時は。
4:凄腕の女剣士([[宮本武蔵]])とも、いずれ相見えるかもしれない。
[備考]
※鬼、ひいては[[鬼舞辻無惨]]の存在を微弱ながら感じています。
気配を辿るようなことは出来ません。現状、単なる直感です。


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|~|CENTER:セイバー([[継国縁壱]])|~|