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夕景イエスタデイ - (2022/01/12 (水) 18:01:53) のソース

 時計を見るともう十八時半だった。
 あと三十分。
 それだけ経てばさとうにとって待ちに待った夜が来る。
 ようやく聖杯戦争を進められるようになるのだ、これで。
 誰にともなく溜め息をつくと隣を歩くGVの表情が目に留まった。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「そう言われても気にしないのは無理だ。理由は君も分かるだろう」
「アイツもあれで一応聖杯を目指してるみたいだから、食欲任せで同盟相手のマスターを殺したりはしないと思う」
 さとうだってもしGVの立場だったならあの狂った鬼とマスターを二人きりにするなど冗談ではないと考えるだろう。
 こうして付いてきてくれているだけでも温情というものだ。
 しょーこちゃんはいいサーヴァントに恵まれたね。
 さとうは皮肉抜きに、心の底から本心でそう思う。
「仮にそうだったとしてもだ」
 一方でGVはさとうに訝るような目を向けた。
 確かに童磨にだって願いはある。
 その願いが保たれている限り、そう軽率な行動は起こさないだろうが……
「彼はボクのマスターに対してきっと何か言うだろう。
 君はそれを分かった上で、ボクを連れ出したんじゃないのか」
「……別にそういうわけじゃないよ」
「マスターが君に付いて行けと言わなかったら、ボクはあの場を離れることはしなかった」
 GVは決して完璧な思慮を持ったサーヴァントではない。
 だが、それでもあの危険な鬼と自分のマスターを進んで二人きりにするほど耄碌してはいないのも確かだ。
 さとうの懇願を受けたGVは当然渋った。
 彼の重い腰を上げさせたのはしょうこの言葉だ。
 さとうに付いて行ってあげて。何かあったら念話するから。
 その言葉に促された結果彼はこうしてさとうと一緒に夕暮れの路傍を歩いているのだ。
「私が一番困るのはしょーこちゃんが[[神戸あさひ]]に傾倒してしまうこと。
 それはあなたも同じなんじゃないの、アーチャー」
「言っただろう。ボクはあくまでサーヴァントだ。マスターが彼との合流を選ぶなら、ボクはそれに従うだけだ」
「あの子の意思なら東京中を敵に回すことになっても構わないっていうの?」
「次々敵が現れる状況には慣れている。たとえそうなったとしても、ボクはあくまで彼女のための雷霆であり続けるさ」
「ふーん。本当に忠犬なんだ」
 まあいいや。さとうは少し息づいて続ける。
「とにかく、私はしょーこちゃんがそっちに進んじゃうのは困るの。
 だけどこのままあの子がぐずぐず燻ったままでいられても、それはそれで困る。
 こっちの方はあなたも同じでしょ? あなたはしょーこちゃんの忠犬だもんね」
「……」
 これについてはGVも言い返せなかった。
 GVがこの聖杯戦争で最も優先する存在は[[飛騨しょうこ]]だ。
 それがしょうこの意思ならば、[[神戸あさひ]]という情勢の爆心地に近付くことも厭うつもりはない。
 それどころかしょうこが望むのなら、聖杯を狙う大前提すら覆したって構わない。
 GVはそういう男でそういうサーヴァントだ。
 だが……そんな彼もさとうの言う通り、しょうこがああして沈んだままになってしまうのだけは避けたかった。
「直に夜が来る。日が沈んで人目が減るのを見計らって動き出す敵も少なくない筈。
 そんな状況なのにうじうじ沈んでるままじゃ、いざって時何も出来ずに殺されちゃうよ」
「お前は――そのために彼女とあの鬼を二人にしたのか」
「アイツは猛毒。見ても毒、聞いても毒、触っても毒。何度捨てたいと思ったか分からない」
 GVもそこに異論はなかった。
 かつて彼と相対した時、GVは律儀に言葉を交わしたが。
 本来ならばそれすら間違いなのだ。
 童磨の言葉は全て毒であり聞くに値しない戯言。
 童のように薄くて浅い言葉を吐き連ねるだけの口。
「でもあの子は私やあなたとは違って本当にただの……普通の女の子だから。
 立ち直らせるんなら、毒を飲ませるくらいがちょうどいいんじゃないかと思って」
「……本気で言っているのか、[[松坂さとう]]」
「冗談でこんなこと言わないよ。もし悪い方向に転がってたら、同盟も決裂かもしれないけど」
「当たり前だ。その時は、お前にも報いを受けてもらう」
「そうならないことを祈ってるよ。私もあなた達を敵にしたくはないから」
 しかし毒も場合によっては使いようだ。
 あの鬼の戯言が……哀れな譫言が。
 もしかするとしょうこの羽にこびりついた錆を落としてくれるかもしれない。
 さとうがしょうこと童磨を二人にしたのにはそういう考えも多少あった。
 いくら旧知の仲とは言えど、腑抜けた同盟相手なんて抱えているだけで損なのだから。
 あさひの方に向かって羽ばたいてしまうとしたら最悪の裏目だが、そこはそうなった時に考えるしかあるまい。
「それはそうとさ。一つ聞いてもいいかな」
「……何かな」
「しょーこちゃんから全部聞いてるんでしょ? 私のこと」
 さとうにとって[[神戸しお]]を愛する気持ちは己の全てだ。
 他の誰にどう罵られようと響かない。戯言にしか聞こえない。
 間違ってる? 支配欲(エゴ)? 言いたい奴は勝手に言ってればいい。
 [[松坂さとう]]の大切なものは[[神戸しお]]だけで。
 彼女と過ごすハッピーシュガーライフに、そんな戯言が入ってくる隙間なんてありはしないのだから。
「いくら私としょーこちゃんが友達だったからって、なんで止めたりしなかったの?」
 だがさとうも外の人間が自分を見てどう思うか客観視することくらいは出来る。
 [[松坂さとう]]は事情を知らない人間から見ればただの誘拐犯だ。
 おまけにGVにしてみれば結果的に生き返ることが出来たとはいえ一度はマスターを殺した人間でもある。
 そんな相手との合流に、この男が素直に応じたらしいこと。
 それがどうにもさとうには不思議だった。
 打算や駆け引きの一切を抜きにした純粋な疑問だ。
 それを受けてGVは一瞬沈黙。
「……あの時は選んでいられる状況じゃなかった。君が危険な人間であることは重々承知していたよ」
「だろうね。私が裏切ったら優しいあの子に代わって、あなたが私を殺すんでしょ?」
「察しがいいね。隠しておくようなことでもないけど」
 答えたGVと彼の考えを読むさとう。
 さとうはしょうこを殺せたが、逆はきっと絶対に無理だろう。
 [[飛騨しょうこ]]は自分の手を汚せるような人間ではない。
 そうなればこの真面目なサーヴァントは、彼女に出来ないことを代わりにやろうと考える。道理である。
「君達と同盟を組むことで生まれるリスクはボクが背負えばいい。それに」
「それに?」
「……別に、頭ごなしに否定するようなことでもないと思った。それだけだよ、[[松坂さとう]]」
 その言葉を聞いたさとうは。
 足を止めて、驚いたようにぱちくりと瞬きした。
「そんなに驚くことでもないだろ」
「そう……かな。十分驚くに値することだと思ったけど」
「さっきも言ったけど。人の愛なんて、誰かが語るようなことじゃないんだ」
 [[松坂さとう]]にとって[[神戸しお]]以外の人間が発する言葉は雑音に等しい。
 何一つとして彼女が与えてくれる甘さに並ぶものはない。
 なのに今の言葉に、普段聞いては流している無数の言葉にはない重さを感じてしまったのは気のせいだろうか。
 さとうは知らない。GVだけが知っている。
 蒼き雷霆のガンヴォルト。彼が殉じた一つの愛のその形を。
「だからボクはお前の愛まで否定するつもりはない。敵になるなら倒すし、味方でいる内は共に戦う」
「……真面目な人だね、アーチャーは。うちの馬鹿鬼にも爪垢くらいでいいから見習ってほしいな」
「そんな大層なものじゃないよ。そういう風にしか生きられなかっただけだ」
 もうじきに日が暮れる。
 鬼の時間が、聖杯戦争の時間がやってくる。
 波乱の予感を確かにすぐそばに感じながら。
 何の縁でも結ばれていない二人は家路を歩んでいた。

    ◆ ◆ ◆
 
 一人残された……いや。
 一人残ることを選んだ少女、[[飛騨しょうこ]]。
 彼女が危険を承知でそうした理由は、これ以上自分を嫌いになりたくないからだった。
 もしもさとうの頼みを拒んでGVと一緒に留守番をしていたなら。
 自分はきっとこの混乱した胸の内を彼にぶつけてしまっていただろう。
 彼が優しくて誠実なのをいいことに吐き散らしていたに違いない。
 だからGVを行かせた。行ってもらった。
 そうしなければ感情を制御することも出来ない自分の弱さと醜さにしょうこは心底失望していた。
「やあ。辛そうだねぇ」
 [[松坂さとう]]、かけがえのない大切な親友。
 [[神戸あさひ]]、自分に勇気をくれた男の子。
 [[飛騨しょうこ]]はこの二人のどちらかを選ばなければならない。
 両方の手を取ることは出来ない。
 しょうこがそれを望んでも、さとうが……恐らくはあさひも、それを許さないだろう。
「しょーこちゃんだったかな? まさかあのさとうちゃんにこんな可愛いお友達がいたなんてなぁ」
 そんなしょうこの許に顔を出したのはさとうのサーヴァント、童磨だった。
 彼の危険性はGVを介して聞いているし、所謂喋るだけ無駄な人種なのも先刻のやり取りを見ていて分かった。
 少なくとも今このメンタル状況で言葉を交わしたい相手ではない。
 しょうこは憔悴を露わにした表情で童磨の方を見、けんもほろろに突っぱねた。
「……悪いんだけど少し一人にして。これからどうするべきなのか考えたいの」
「うーん。それは殊勝なことだが、君がいつまでもそうして燻っていると俺達みんなが困ってしまうんだ」
 わざとらしく口を尖らせながら言う童磨。
 他人の神経を逆撫でするためにやっているとしか思えない仕草にしょうこの心がささくれ立つ。
 とはいえ所作はともかくその言っていること自体はそう間違ってもいない。
 同盟を結んでいる都合、しょうこがこうして悩み沈んでいる間は童磨達も動けないのだ。
 こちらの同盟と心中するのか、それを蹴飛ばしてでも哀れな少年を助けに行くのか。
 どんな形であれしょうこが答えを出さないことには現状が前進しない。
「だから俺が君の悩みに答えを出してやろう。これでもそういうのは得意なんだ」
「いらない。……あっち行ってよ。アンタの意見なんて求めてない」
「そう言わないでくれよ。俺は喋るのが好きなんだけど、さとうちゃんと来たら何を話しかけてもつれなくてさ。そういう意味でも君達が来てくれてよかったと思ってるんだぜ」
「だから──」
 しょうこもそれは分かっている。
 分かった上で自分なりにひねり出そうと努力しているのだ。
 でもそれはあくまでしょうこ自身が考えて出すべきもので、間違ってもこんな狂った鬼に口出しされるようなことではない。
 はっきりと拒絶したにも関わらず粘ってくる童磨に声を荒げそうになるしょうこ。
 しかしそれを遮るように鬼の蠅声(さばえ)が響いた。
「あさひくんのことが好きなんだろう? しょーこちゃん」
「なっ…! そ、そういうわけじゃ……」
 ぼっ、としょうこの頬が紅潮する。
 思いがけない方向から球を投げ込まれたのが丸分かりな反応だった。
 咄嗟に否定するしょうこに童磨は小首を傾げる。
「? 違うのかい?」
「それは…その。えぇと……」
 改めて違うのかと問われると困ってしまう。
 嫌い、ではない筈だ。
 そんな相手のためにこんなに悩んだりなんてしない。
 でも、その。
 かと言って好きなんだろうと聞かれて断言できるほどしょうこは思い切りのいい人間ではなかった。
 さとうと一緒になって男漁りをして遊んでいた時期は確かにあったが、あれをそういう観点で見るのは話が違うだろう。
 落ち着かなそうに指を絡めるしょうこに童磨は慈しむような微笑みを向けた。
「ならやることは決まってるはずだよ。雷霆の彼と一緒に颯爽と駆けつけてあげればいい」
 ――その聖者のような顔から出た言葉。
 それを聞いたしょうこは今までの初心な反応も忘れて真顔になった。
 彼女をそんな顔にさせたのは怒りではなく驚愕だ。
 今、この男はなんと言った?
「アンタ…何言ってるの? それって……私に"裏切れ"って言ってるのと同じじゃない」
「そうさ。さとうちゃんを裏切ってでも愛する彼を助けに行けばいいじゃないか。
 だって君はあさひくんを愛しているんだから。この世で唯一色づいたその感情に殉じればいい」
 しょうこはこの時自分の認識の誤りを悟った。
 異常な存在だと分かっていたつもりだったが、それでも最低限聖杯戦争のセオリーに添うつもりはあるのだろうと勝手に決め付けていた。
 だがそうですらなかった。この男には自分のマスターを、さとうを守るつもりすらないのだ。
 熱が入って潤んだ虹色の瞳が彼の言が狂言の類ではない本音であるとダイレクトに理解させてくる。
「この世に愛に勝るものなんてありはしないんだよ。
 俺は鬼になって何百年か生きたが、今際の際に知ったあの感動に勝る体験は長い生涯で一度としてなかった。
 忠誠も食欲も……あと友情もかな。そういう聞こえのいいものも全部、所詮誰かを想う胸のときめきには敵いやしないのさ」
 しょうこはごくりと生唾を飲み込んだ。
 それから呼吸を整えて、キッと童磨を睨みつけ言葉を絞る。
「アンタはさとうのサーヴァントなんでしょ。アンタだって譲れない願いがあって此処にいるんじゃないの?」
「もちろん願いはあるとも。ただそれは、何も彼女と一緒じゃないと叶えられないものでもないだろ?」
 しょうこはきっとどこかでサーヴァントという存在に対して幻想を抱いていたのだろう。
 彼女が呼んだサーヴァント、GV(ガンヴォルト)は常にマスターであるしょうこの方針を第一に考えてくれる。
 だからこそこの童磨も何だかんだ言いつつも本質的にはさとうの味方なのだとそう思っていた。
 しかしそれは買い被りもいいところだった。
 童磨に対して用いるにはあまりにも役者の足りない常識の物差しに見極めを委ねてしまっているだけだった。
 この鬼は聖杯を求めてこそいるものの、成就の瞬間自分の隣にいるのが誰であるかには何ら執着がないのだ。
 ようやくそのことが分かったしょうこの目前で、童磨は陶然と語る。
「実は先刻さとうちゃんに酷いことを言われてね。
 俺はすごく心が痛んだんだが……同時にこうも思ったんだ。そこまで言うのなら、俺が見極めてやろうじゃないかって」
 補足しておくならば"今の"童磨は無条件でさとうを切り捨てようとしているわけではない。
 彼が今注目しているのは[[松坂さとう]]の信じる愛の形、その美しさだ。
 人間の分際で自分を哀れんださとうの"愛"。
 もしもそれが、己の愛に及ばないのなら。
 もしもそれが、己の愛の先を行くものでないのなら。
「あの子が俺に切った啖呵。それに見合うだけのものを見せてくれたなら俺は彼女にちゃんと従うさ。
 だけど期待外れだったなら"さよなら"だ。俺はさとうちゃんより優秀で、仲良くおしゃべりの出来る新しい主君を見繕って仕えることにするよ」
 その時童磨は[[松坂さとう]]を喰らう。
 そして彼女の愛すら糧にして先へ進む。
 さとうはただの人間でしかない。
 腹を一発刺されでもすればそれだけで死んでしまうか弱い命、ちっぽけな人間だ。
 彼女に勝るマスターなんていくらでもいる。
 それが分かっているから童磨はさとうを見極め、彼女との決別を視野に入れているのだ。
「……アンタさ」
 それを聞いたしょうこは眉根を寄せた。
 そこにある表情はもはや困惑の類でも、怒りですらもない。
 しょうこがその美顔を歪めて表現している感情はただ一つ。
「最悪ね」
 シンプルな、言葉を挟む余地もない"軽蔑"だった。
 男漁りをしている中でも最悪な男はいくらでもいた。
 体しか見ない男、こっちの行動を弱み代わりにして強請ろうとしてくる男、色々いた。
 だが[[飛騨しょうこ]]という人間が人生で最も強く軽蔑の念を抱いた相手は、間違いなくこの童磨に対してであったに違いない。
「私には正直、愛ってものが何なのかは分からない」
「さしずめ小鳥だね。巣立ったばかりのいたいけな小鳥だ」
 嗤う童磨相手に苛立ちを示す気も起きない。
 しょうこは心底からさとうに対して同情していた。
 親友としての贔屓目抜きに、これと一ヶ月余り一緒に過ごしてきた彼女の心労を慮らずにはいられなかった。
 その上さとうはこれに自分の命運を預けなければならない立場なのだ。
 自分がもし彼女の立場だったらと思うと……ゾッとする。
「でも」
 睨みつける瞳に乱れはなく、発する声に震えもない。
 あまりに軽蔑の念が強すぎて恐怖や緊張の念など欠片も込み上げてこなかった。
「お願いだからアンタは誰の愛も語らないで。聞いてるだけで不愉快なの」
「酷い言い草だな。俺も真実の愛とやらには覚えが――」
「でもありがとう。アンタのおかげで決心がついたわ」
 しょうこもようやく理解した。
 この鬼の言葉は何一つ聞く耳を持つべきではないと。
 例えるなら蠅の羽音のようなもの。
 中身など何もないのにやたら耳障りで耳に残る不快音。
 だがそれでも、彼との対話があったからこそ辿り着けた……見つけ出せた結論があった。
 なんて皮肉だと思うし溜め息が出そうにもなる。
 だけど前に進めたのは確かだから、形だけでも礼は伝えることにした。
「私は」
 決意表明。
 もしくはさとうに自分の答えを伝える前の予行演習がてらに。
 [[飛騨しょうこ]]は自分の運命を決める答えを吐いた。
「あの子のところには、行かない」

    ◆ ◆ ◆

「……え」
 買い物から帰ってきたさとう。
 その姿を視界に収めるなりしょうこは告げた。
 自分が悩み、考えた末に出した答えを。
 それを聞いた時さとうが漏らした声は、単語ですらない驚きの"音"。
「諦めたの? [[神戸あさひ]]のこと」
「そういうわけじゃないわ、よ。でもほら、これ見て」
 言ってしょうこはさとうに自分のスマホ画面を見せる。
 そこに表示されているのはやはりと言うべきかSNS。
 検索ワードは、「[[神戸あさひ]]」。
 相変わらず炎上真っ最中であったがしかしその風向きは少々元のそれとは異なりつつあった。
「少しずつだけどこの炎上がデマだってことを広めてくれる人が出てきてるのよ。
 聖杯戦争の関係者なのか、それとも単純に世間の人たちが自分で気付いてくれ――気付いたのかは分からないけど」
「……ふぅん。運がいいんだね、あいつ」
 さとうに言わせればこれは間違いなく聖杯戦争に関係した人間なり英霊なりの工作に見えた。
 この世界の[[NPC]]とは可能性なき者、無知で蒙昧な大衆そのもの。
 そんな彼らの中から可能性ある存在の手を潰すような論調が自然に出現(ポップ)してくるとは思えない。
 だが真実がどうであったにせよ、[[神戸あさひ]]が幸運に恵まれていることは間違いないと言えるだろう。
 さとうとしてはあのまま炎上の波に呑まれて潰れてくれれば都合がよかったのだが。
「それで。しょーこちゃんは、あいつの状況が好転したから助けに行くのをやめた……って認識でいいのかな」
「……あはは。アンタ相手に噓ついても無駄だと思うから本当のところを言うけど、ザッツライト。その通りだよさとう。
 でもね、それだけじゃない。よくあの子と話したこととか思い返してみたらさ……分かっちゃったんだ」
 しょうこはそう言って笑った。
 どこか寂しそうな、悲しそうな笑顔だった。
「あの子はきっと聖杯を手に入れようとする。
 そしてその道の途中に私が立ってたとしても、あの子の目指す目的地は多分変わらない」
「……」
「怖いのよ。あの子に会いに行って、もし拒絶されたらって考えると」
 聖杯戦争は仲良しこよしを保ったまま完結出来る戦いではない。
 [[飛騨しょうこ]]は聖杯を求めていて、[[神戸あさひ]]も聖杯を求めている。
 であればいつかはその時が必ず訪れる。
 しょうことあさひは決して相容れない。同じ道は歩けない。
 そのことにしょうこは多分最初から気付いていた。
 さとうからあさひの存在を教えられた時には既に。
 なのに今に至るまでそのことを直視しなかった理由は……きっと怖かったからなのだろう。
 誰にだって見つめたくない現実というものはあるのだから。
「だからさ。私はまだ当分アンタの友達でいるわ」
「そっか。……よかった。私もしょーこちゃんとまた喧嘩するようなことは避けたかったから」
「ほんとよ。アンタとの喧嘩はシャレにならないって身を以て知ってるんだからね、私は」
 それが愛の一文字に集約される感情であることにしょうこは未だ気付かない。
 気付かないまま、彼女は親友の身を慮った。
 童磨は信用ならないサーヴァントだ。
 この先彼のさとうに対する認識がどう変遷していくかは未知数だが、期待の眼鏡に適わなかった時童磨は必ずさとうを殺す。
 そのことが分かっていたからこそ、前述したあさひと組めない理由も含めて……しょうこは親友(彼女)を選んだ。
 最後に雌雄を決するのはいい。
 だけど狂人の癇癪じみた理屈の犠牲にされてさとうが死んでいくなんて未来は許せない。認められない。
 わざわざ恩着せがましくそれを口にするつもりはなかったが、確かな事実は一つ。
 [[飛騨しょうこ]]は[[松坂さとう]]の手を取った。
 一度は自分を殺した少女の傍らに寄り添って戦うことを選んだ。
 恋と友情、その在り方は一から十まで全く異なる。
 あるいはだからこそなのだろうか。
 決して優劣を付けられないだろう両者の取捨選択という場面でしょうこが天秤を成立させ得たのは。
 恋と友情、似て非なる二つの概念の間に生じる差異故のものであったのかもしれない。
「だからさ。これからもよろしくね、さとう」
「……しばらくは、ね」
「それでもいいよ。もう私はアンタの愛についてとやかく言ったりしないから」
 そう言って笑うしょうこ。
 それを見てさとうは、彼女の名前を呼んだ。
「しょーこちゃん」
 [[松坂さとう]]は疑問を抱く。
 何故自分は、しょうこが自分を選んだことが分かった瞬間戸惑いの声を漏らしたのか。
 あれはむしろ好都合だと微笑む場面ではなかったか。
 なのにあの時さとうは確かに、心の底から戸惑いの声を口にしていた。
 信じられないものを見たような。
 そんな目とそんな声色をしていた。
 その理由は今以って分からないけど。
「泣かないで」
「…え? ……あ、あれ……。ちょ、何よこれ……おかしいな、もうっ………!」
 いつも通りの笑顔を浮かべたまま大粒の涙を流す友人にさとうは声をかけていた。
 苦笑いしながら困ったように涙を拭うしょうこ。
 その涙の意味がさとうには分かる。
 だけど彼女の選ばなかった道をさとうは肯定出来ない。
 その道を認めることは即ち、さとうの目指す理想の未来に唾を吐くことに繋がるからだ。


 [[松坂さとう]]は[[神戸しお]]を諦めない。
 それはもう決して覆らない事実だ。
 [[飛騨しょうこ]]が何をしようとこれだけは変えられない。
 真実の愛とはそれほどまでに重いもの。
 愛の真理へのきざはしを見出したさとうであれば尚更だ。
 だが。たとえ一番ではなくても二番を見ることが出来たなら。
 そこにいるのはきっとさとう自身すら予想だにしない"誰か"なのかもしれない。
「ありがと、しょーこちゃん」
 泣きじゃくる友人を抱き留めその頭を撫でながら。
 [[松坂さとう]]はその口で言った。
「私を選んでくれて、ありがとう」

【一日目・日没/北区・[[松坂さとう]]の住むマンション】
【[[飛騨しょうこ]]@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:魔力消費(小)
[令呪]:残り2画
[装備]:なし
[道具]:鞄
[所持金]:1万円程度
[思考・状況]
基本方針:さとうを信じたい。あさひくんにお礼を言いたい。そのためにも、諦められない。
1:さとうと戦う。あの子のことは……いつか見えるその時に。
[備考]
※[[松坂さとう]]と連絡先を交換しました。

【アーチャー(ガンヴォルト(オルタ))@蒼き雷霆ガンヴォルト爪】
[状態]:疲労(小)、回復中、クードス蓄積(現在3騎分)
[装備]:ダートリーダー
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:彼女“シアン”の声を、もう一度聞きたい。
0:マスター。君が選んだのはそれなんだね。
1:マスターを支え続ける。彼女が、何を選んだとしても。
2:ライダー([[カイドウ]])への非常に強い危機感。
3:[[松坂さとう]]がマスターに牙を剥いた時はこの手で殺す。……なるべくやりたくない。
4:マスターと彼を二人にして心配だ……
[備考]
※予選期間中にキャスター(童磨)と交戦しています。また予選期間中に童磨を含む2騎との交戦(OP『[[SWEET HURT]]』参照)を経験したことでクードスが蓄積されています。

【[[松坂さとう]]@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:鞄
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:しおちゃんと、永遠のハッピーシュガーライフを。
0:もししおちゃんが居たなら。私は、しおちゃんに――
1:ありがとね、しょーこちゃん。泣かないで。
2:どんな手を使ってでも勝ち残る。
3:しょーこちゃんとはとりあえず組む。ただし、[[神戸あさひ]]を優先しようとするなら切り捨てる。
4:叔母さん、どこに居るのかな。
[備考]
※[[飛騨しょうこ]]と連絡先を交換しました。
※[[飛騨しょうこ]]のサーヴァントが童磨の言う"雷霆の弓兵"であると当たりを付けました。
※本名不詳([[松坂さとう]]の叔母)が聖杯戦争に参加していると当たりを付けました。

【キャスター(童磨)@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[装備]:ニ対の鉄扇
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:もう一度“しのぶちゃん”に会いたい。
0:君の愛が、俺の先を行くものでないのなら。その時は俺が君の先を行くよ、さとうちゃん。
1:日没を待つ。それまではさとうの“感覚”を通して高みの見物。
2:さとうちゃんの叔母と無惨様を探す。どうするかは見つけた後に考えよう。
3:雷霆の弓兵(ガンヴォルト)と話したい。俺は話すのが好きだ!
4:しょーこちゃんもまた愛の道を行く者なんだねぇ。くく、あはははは。
[備考]
※予選期間中にアーチャー(ガンヴォルト(オルタ))と交戦しています。さとうの目を通して、彼の魔力の気配を察知しました。
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要ですが、さとうは索敵のために渋々受け入れています。
※本名不詳([[松坂さとう]]の叔母)と[[鬼舞辻無惨]]が参加していると当たりを付けました。本名不詳([[松坂さとう]]の叔母)は見ればわかると思ってます。


**時系列順
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**投下順
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|061:[[藍の運命 新章(オルタナティブ)]]|CENTER:飛騨しょうこ|086:[[世界で一番の宝物]]|
|~|CENTER:アーチャー(ガンヴォルト(オルタ))|~|
|061:[[藍の運命 新章(オルタナティブ)]]|CENTER:[[松坂さとう]]|~|
|~|CENTER:キャスター(童磨)|~|